21話 狂気の後で
戦闘時に使える語彙をもっと増やさねば……。
「ンン? なんだ、踊り食いってのはもっと暴れるから楽しいんだぜェ? 大人しく喰われたいってんなら、オレが許さねェぞ!」
数分の硬直状態であったが、痺れを切らした化け物がそれを断ち、俺めがけて跳び上がる。その醜体のどこにそんな力があるのだと思ったが、考えている暇はない。俺はすぐさま刀身を横にし上方で構え、落下速度の乗った両爪での攻撃を受けきる。
「オッホ! こうでなくちゃなァァ!?」
俺はすぐさま爪を振り払い、その瞬間に出来た僅かな隙に狙いを定め、ヤツの腹部へ刀を突き刺す。だがしかし、ヤツの作り出した身体の骨装甲は予想以上に硬く、俺の攻撃を弾き返した。
(こいつ、硬い……!? クソッ、早く構えないと……!)
俺は予測していなかった事態に焦りを覚えたが、危機を察知し、後方へと退陣。安全な距離を確保した事を確認すると、直ぐに身体の前で刀を構え直した。
「逃げたつもりかァ? 甘いぜェェ!」
安全とは言えど、その距離感は対人戦ならを想定した距離だ。破壊者であるこいつには全く通用せず、腕をこちらへと向けたと思うと、その腕をフックショットのように俺へと発射してきたのだ。俺はそれに対し、真横に転がる様な形で回避行動を取り、難を逃れる。
しかし、敵もそこまで馬鹿ではない。生き延びた俺を呑気に見逃す筈も無く、俺が避けたのを見計らってもう片方を発射させる。二発目にはジャンプで対応し、伸びきった化け物の腕の上へと着地すると、その上を走ってヤツへ近づく事にした。
「アレ!? 抜けねェ!」
「フルパワー頼むぞ、エリフ!」
「ああ、任せておけ。君は迷わず思い切り斬れ!」
化け物は俺を目掛けて撃ったはずの両腕が、的外れに壁や地面に喰い込み、焦りとイライラを隠しきれない様子だ。俺はヤツの肩付近まで駆けると軽く跳び上がり、全力で化け物の中心目掛けて刀を振り落とした。力いっぱい無理矢理に繰り出した俺の一撃は、見事装甲をもろともせずに、化け物の身体を真っ二つに断ち切った。
「グアアァァッ! やりやがったなうたがわとうまァァッ!」
俺が致命傷を与えた事により、化け物は激しく怒号を上げる。そしてもう諦めたのか、行動不能になった両腕を切り離すと、目の前にいる俺を全く気にせずに身体の結合を試み始めた。
「アアアアもうコレでイイィィィ!! 喰わせろ喰ワセロクワセロ喰わせろォォォ!!」
真っ二つになった身体、そして自ら切り捨てた腕は元に戻るわけが無く、失敗したかのように思えた。しかし、ヤツはそのいつ崩れるや分からぬ身体で、再び攻撃を仕掛けようとしていた。俺はその状況を見てすぐさま後退した。
「なんだよアイツ!? まだやる気かよ!」
「恐らくまともに相手をするだけ無駄だ。体力切れを狙うのが手っ取り早いだろうな」
俺もエリフと同意見だった。ヤツは両肩から新しく生えた腕とは呼べぬ棒状の骨を、デタラメに振り回し、無作為に辺りにある物を破壊し始めていた。そして俺の姿を視界に捉えているのか、はたまたもう視界すら無いのかは分からないが、より化け物感の増したヤツは、そのまま直進し、俺の方へ向かって来た。
「ウオアァァ!! 腹減ってんだァ! 喰わせろォォォ!」
「チッ! 暴れやがって! さっさと大人しくなりやがれ!」
俺はその予測不能な暴走を避けるべく横へ走り、距離を取る。しかし、思いきり走ったのが仇となり、足音がヤツの聴覚へと届いてしまった様だ。
「ンンンッ!? そっちだなァ!? そっちなんだなァッ!?」
動く度に身体の一部分が崩れ落ち、それを修復すればまた他の部分が崩れ落ちを繰り返しながら、化け物は己の聴覚を頼りに俺を追い掛けてきた。俺は攻撃を避けては距離を取るを繰り返し、ヤツが命を消耗するのを待ち続ける。
その攻防自体は単純な作業だが、俺が地面に転がる死体を踏まない様に注意していても、ヤツはお構い無しに死体の状態を悪化させながら向かって来る。俺の後をヤツが追う度に、生々しい音を立てて
四散する肉片と血が俺の服や顔にかかり、精神的にとても辛い状況であった。
「ンガアアァァ!! 限界だァァ! 喰うぜェェ!」
調理台や吊るされた鍋等の器具を次々薙ぎ倒しながら俺を食べる為に追跡を続けた化け物だったが、急に手を止めた。そして俺目掛けて大きな口を開けて突進してきたのだ。しかし、動きの鈍くなっているこいつの攻撃なんて簡単に避けることが出来た。ヤツはそのまま倒れ込み、大きな顎は辺りの肉片と共に地面を抉り取る。化け物は虚しくそれを噛み砕き、徐々に動きを止めていった。
「グ……アァ……! もう力出…………ね」
激しく暴走を続け執拗に俺を狙った化け物だったが、調理場の床を最後の晩餐にし、骨粉へと姿を変えていった。
「ハァ、ハァ、終わったか……」
「うむ。あまり利口な相手では無かったな。無駄な一撃を貰わずに済んだのは、今後の戦闘の為に実に良いな」
正直な所、極力戦いたくは無いが、確かに無傷で戦闘に勝利出来ていた。ゲームによってはトロフィーが貰えるレベルの完封勝利だ。精神的ダメージであるこの現場や、衣服等にこべり付いた赤黒い血と肉片を除けばだが。
「と、とりあえず外に出よう。こんな場所一刻も速く迅速に早急に離れたい」
俺はエリフの返答を待たずに、そそくさと彼女らの待つ外へと向かった。
そしてやっと扉から外に出て、その場に存在するだけで気が狂いそうな場所から開放されたんだと確信すると、俺は出てすぐの所で膝から崩れ落ちた。
「トーマァスッ! 無事だったのだな!?」
「はわわぁ!? ちゃんと出てきだぁ……っ!」
俺は気が付くと、そのままの姿勢で泣いていた。元気になっていたジュリエッタと、俺が助けたメイドさんが、生還した俺の元へと駆け寄ってくる。二人共が無事で生きていたという事に安心はしたが、俺の涙は止まらなかった。
「ど、どうしたのだ? 中で何があったのか?」
ジュリエッタもその光景を一瞬ではあるが見ていた筈。あの惨状を忘れる事なんて出来るわけが無いだろう。そう思ったが、次の彼女の一言ではっきりとした。
「目が覚めたら吾輩とそこのメイドだけで、トーマスの姿が無かったのでな……。中は危険だ、とその女に止められ、知る事が出来なかったのだ」
どうやら彼女は気を失ったショックで、そうなる前後の記憶が部分的に欠損してしまったのだろう。俺もそうなれればどんなに楽だった事か。
だが、こうなってしまっているのなら逆に好都合だ。ジュリエッタには、今の俺の様な気分になって欲しくない。俺は彼女に気を遣い、嘘をつく事にした。
「……何も無かったよ。中では化け物と戦っただけ」
「では、どうして貴様は泣いている?」
「しんどかっただけだよ。心配させてごめん」
俺は何とか真実を教えまいと、不安定な感情の中で目一杯努力をし、誤魔化す言葉を振り絞る。すると、ジュリエッタは不安に満ちた表情を一新させ、俺に微笑みかけ、優しく抱擁した。
「……そうか。御苦労だったな、我が守護兵よ。あまり長くはしておられぬが、少し休め。…………ありがとう、トーマス。無理はし過ぎるなよ?」
俺が赤く汚れている事なんて気にもせずに、彼女はしっかりと俺に抱き付く。その笑顔はまるで天使の様で、俺の嘘を見透かし、更にそれを優しく許し、俺の苦しみを優しさで全て包み込んでくれるような、そんな笑顔だった。
俺はジュリエッタのそんな優しさに温かく包まれ、更に涙が止まらなくなった。
「ごめん、ジュリエッタ。俺カッコ悪いよな……」
「何を言っている? このようになるまで、守護兵として吾輩を護ってくれているではないか。思う存分泣きたまえ」
「……ありがとう」
ジュリエッタは、俺のすぐ後ろの部屋で受けた心の傷を取り除くかの如くそう語りかける。
俺には勿体無い位の優しさ。今はそれに甘えていたい。俺は思いきり泣き続けた。辛くて、狂ってしまいそうだった俺の気持ちが自然と消え去り、俺を穏やかな気持ちにさせてくれる、そんな優しさ。
未だかつて受ける事の無かった、家族以外の他者からの愛。俺はその初めての体験をしっかりと心の中に刻み込む。そして、ジュリエッタをこの先の戦いから護りぬいて見せる。そう自分に誓った。
俺達は暫くその状態のままでいた。そして、俺は気の済むまで泣き終わると「ありがとう」とジュリエッタに呟き、立ち上がった。
「あ、あのぉ……。もう大丈夫なんですかぁ……?」
俺はその声の主を見る。すると、そのメイドさんは顔を真っ赤にしていた。……そうだった。一連の流れをずっと間近で見られていたんだ。メイドさんには悪いが、全く気にしていなかった。
「ああああ! だだ、大丈夫です、はい!」
恐らくジュリエッタもメイドさんの存在を今思い出したのだろう。俺が立ち上がった後すぐに立ち上がり、その場で腕を組む。
「ま、全く! 世話の焼ける守護兵だっ!」
自らの恥ずかしさを隠すべく、そう言うと彼女は俺から目を逸らしそっぽを向いた。
「ふふっ、仲良いのですね!」
そんなメイドさんの一言で更に顔に血が登り、身体が火照り始めた。俺はこの流れを断つべく、「も、もう行きましょう!」と二人を急かし、真っ先に歩き始めた。
戦場の中でのひと時に別れを告げ、俺達は歩き出す。護るべき者の為、日常を取り戻す為。俺は先程の彼女の優しさを、想いの強さに変え、更なる恐怖や強敵と対峙する覚悟の意識を高める。そして次へと進んで行くのであった。
続く
投稿ペース崩さぬようにしたいです。