14話 悪魔との決戦
戦闘描写試行錯誤してるうちに1か月経ってました。
「人は欲に溺れ、罪を重ねて堕ちてゆく。それ即ち悪魔なり」
悪魔は登場するやいなや、そう呟き始めた。
「我もまた、罪を重ねる悪魔なり。自らに眠りし悪魔、《アンドラス》。その力をしばし頂戴致す」
梟のような顔面に、人間の胴体。下半身は獣のように毛深く、背中にはドス黒い羽が生えていて、右手には細身の剣を携えている。そんな悪魔を目の前にして、俺は呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。
「キヒヒ……。驚きましたか? これが堕落を極めた者の姿です……。」
「これが破壊者なのか……っ!? 陶馬、データが無い以上、戦うのは危険すぎるっ!」
「い、いや、データなら一応ある……!」
そう、俺はヤツが「アンドラス」と名乗った時、ある事を思い出した。それは俺の一番の特技にして趣味、ゲームだ。
「アンドラス、ゲームで聞いた事のある名前だ。敵を皆殺しにする術を教え、不和を操る悪魔……。」
「おやおや、ご存知でしたか……。ま、良いでしょう。……さて、最終局面と行きましょうか」
悪魔との決戦が幕を開ける。ヤツは獣のような脚、そして黒翼を巧みに使い、一秒も時間を与えずに俺へと迫り来る。
(クッ……! 速い……っ!)
速さの乗った重撃に咄嗟に刀をぶつけ、なんとか命拾いをする。だがそのまま鍔迫り合いになると、圧倒的な力に押し負けてしまい、後方へ吹き飛ばされた。
「クソッ! 流石にキツイな……」
今までに無い位に長引く戦闘の中で、俺はかなりの体力を消耗していた。更に宇美から受けた傷の痛みが、それとの相乗効果で倍ほどに感じられる。一刻も早くあの悪魔を倒さなければならない、そう思い俺は必死で頭を回転させ、勝利の策を思考する。しかしヤツはそんな暇なんて与えてくれない。俺が起き上がると既に悪魔は矛先を先生に変えていて、剣と剣のぶつかり合いが始まっていた。そしてその最中先生がほんの僅かな隙を見せた時、悪魔は思いっきり先生を鷲掴みにした。
「ぐあっ! 離しやがれっての!」
「先生ッ!」
先生は必死でもがき、脱出を試みるが、ヤツの尋常ではないパワーの中では無力も等しく、全く身動きの取れない状態にされてしまっていた。俺は救出をしようと悪魔の方へ走った。
「先生を離しやがれ!」
「キヒヒヒ! 離してやりますともォ! ほぉれ!」
俺が上方へ刀を振りかぶった時、ヤツがこちらに先生を放り投げた。
「何っ!?」
俺は何とか間一髪で振り下ろす手を止め、悪魔の卑劣な罠を回避する事が出来た。しかし放り投げられた先生が俺に直撃し、俺達は同時に後方へ飛ばされた。
「クッ、悪ぃ、歌川……」
「気にしないでください、お互い様っすよ」
先生が俺に謝り立ち上がると、悪魔は何もせずこちらを観ていた。様子を見ているのだろうか。
「おい! 何ボーっと突っ立ってんだ、梟マスク!」
「キヒヒ……。いえ、なにも無意味にこうしている訳では無いのですよ? キヒヒヒ! 今に判りますよ」
「あ? ……っ!? 何だァ!? ぐあッ! あ、頭が痛てぇ!」
そう言われた数秒後、先生は頭を抱え始め、大きく悶え苦しみ始めてしまった。
「先生! どうしたんです!?」
「わ、わからねぇ! うぅあぁ! 頭が……割れそうに……うぐぁ……」
「さあ、“不和”を奏でなさい……」
アンドラスがニヤリと笑いそう言うと、悶絶していた先生の様子が一変し、青ざめた表情を浮かべ始めた。そして次の瞬間、俺の予想していた事が起きるのだった。
「やっぱり、か……」
俺の恐れていた事、それはヤツの最大の能力であろう「不和」を司る力。俺の考えていたアンドラスの能力は味方同士での不和、つまり内輪揉めだ。それは見事に的中し、悪魔に操られ正気を失った先生は俺に刃を向けた。
「キヒヒヒィ!! 貴方方はどんな踊りを踊ってくれますかねぇ……?」
戦いの中で起こってしまった第二の戦闘。それを傍観するは悪魔。
「やるしか無いよな……」
俺が渋々覚悟を決めていると、先生は二対の刃を重量級の長き刃へと変形させた。それの威力を間近で観てきたからこそ、柄を握り締める手にも自然と力が入る。
「…………」
先に動きを見せたのは先生。何も言葉を発さず、傀儡の様な無機質な眼光でこちらを睨み、大剣を振り下ろした。俺はそれを刀で受け止める。操られているが故の迷い無き重撃は、受容する事こそ容易なものの、それを弾き返すとなるとかなり厳しいものだった。その為、硬直状態が続き、俺の苦手な体力勝負となってしまった。
「おいメア! 君の方からヤツの操作を中断させることは出来ないのか?」
「駄目、何度も試したけど……」
「クッ……! どうやら陶馬、君がどうにかするしか無いようだな」
「分かってるっての……!」
先生と競り合う中、付喪霊同士が話し合うが状況は変わらない。この現状を打破できるのは俺だけらしい。
「一か八かだっ! うおぉ!」
数分間続いた硬直状態だが、体力的にもう限界だった俺は、思いっきり刀に力を込めた。負けじと先生の刃も重たさを増すが、なんとか打ち勝ち、大きな刃は放物線を描いて悪魔がいる方へと吹き飛ばされ、地面へと突き刺さった。
「よし……! エリフ! 足に力頼む!」
先生が刃を失ったこの隙に、俺は悪魔の操作を解除出来るかもしれない、一つの方法に賭けてみることにした。
「混乱バステにはこれだぁッ!」
アンドラスの「不和」という能力、数々のゲーム、ネトゲをやり込んで来た俺がそこから連想出来たのは、味方や自分自身を攻撃する嫌らしい状態異常、「混乱」だった。それを回復するアイテム、無効にする装備は勿論有るが、現実世界にはあるはずが無い。となれば残る選択肢は一つしかなかった。
「ッ……!」
「おぉ、容赦無く行きましたねぇ、キヒヒヒ……。しかし無駄です! そう簡単に解ける術ではない!」
物理攻撃による荒治療、それは一番の手っとり早く混乱を回復させる常套手段だ。俺は顔面目掛けて渾身の力で上段蹴りをぶちかましたのだった。
「っとと……。慣れない事するもんじゃねぇな……」
こんな事になるまで殴られたり、蹴られたりする事はあったとしても、蹴りを誰かに入れるなんてことはした事も無かった。俺はフラフラとよろめき、なんとか刀を杖のように突いてバランスを保った。
「ッ…………!」
俺が蹴りの反動で体勢を崩していると、前方から拳が飛んできて、左頬にクリーンヒットした。
「痛ってぇ…………! まだダメだったか……」
尻餅を付き、辺りに落ちたであろうメガネを手探りで探していると、先生が突き刺さった剣に向かって駆けていくのが辛うじて分かった。そしてメガネを見つけて掛け直すと、鮮明になった視界で予想外の事が起きていた。
「な……ぜ…………? ま……さか…………あの蹴りで…………?」
「油断してんじゃねぇ、クソ悪魔」
悪魔に刃を突き刺す先生、鳩が豆鉄砲をくらった様な様子の悪魔。その光景に俺までもが目を丸くさせられた。
「私の……術……完璧な……はず………だった………………カハッ!」
「行き過ぎた過信は身を滅ぼすぜ」
「キヒヒ…………! キヒャヒャ! これで……貴方の……罪が一つ…………ハァ…………また一つ……堕ちてゆく…………キヒヒャヒャヒャヒャ!!!」
「ああ、何処まででも堕ちていってやるよ、家族の為にな」
強大で悍ましい姿をした悪魔アンドラス。その大きな体は、けたたましく不気味な笑い声と共に跡形も無く消え去った。
「せ、先生ッ!」
巨大な悪魔が消え去った後、俺はすぐさま先生の元へ駆け寄った。
「酷いすよ、無意味に俺殴るなんて……」
「しゃーねぇーだろが! 敵を騙すには味方からっつうだろ?」
「ま、まあそうですけど……」
強敵を倒した達成感、そして開放感。俺達はそれを分かちあい、一時の安堵を感じた。
「ま、何はともあれやったな、歌川」
「は、はい! あ、そういえば多川さんは?」
戦闘に集中していて忘れてしまっていたが、多川さんは未だ目を覚まさず、ぐったりと壁にもたれ掛かっていた。俺達はすぐに近づき状態を確認しに行くことにした。
「おい、多川! 起きやがれ!」
先生が多川さんの頬を軽く叩く。するとはっと目を覚し、叩かれた頬を手で押さえた。
「痛た……。あ、あれ? 生きてる……!」
「大丈夫ですか?」
「な、なんとか……。気絶で済んでたみたいだよ、ハハ……。あれ? あの大男は?」
「俺達で倒した。テメェが寝てる間にな」
「ま、マジすか……。やっぱ凄いなぁ……!」
多川さんが生きていた事に再び安心し、少し気を抜く事が出来た。しかしその刹那、目眩が起きる。
「うっ……!」
貧弱な俺に蓄積されたダメージは、許容量を超えているのが自分でも解る。それくらいに自らが弱っている事を認識出来ていた。
「大丈夫か!? クソッ、取り敢えずここ出るぞ! 歌川、もう少し辛抱してくれ」
「わ、解りました……!」
必死で戦い抜いた末ボロボロになった俺達は、よろめきながらも一歩一歩着実に足を動かし、この不気味な建物からの脱出を優先させる事にしたのだった。
続く
次はもう少し早めに更新出来れば良いなと思ってます。