13話 立ち塞がる狂気
戦闘で1話使ってみました。
巨大な槍の様は爪は宇美を穿ち、彼女は即死した。宇美の体は跡形もなく錆の粉となり消え去った。その爪はシュルシュルと男の体へと戻されていった。
「おや? そこにいるのは倉科さんではないですか。まさか寝返られるとは…………。それ相応の処罰が必要なようですねぇ、キヒヒ……」
高い身長を全身覆う程の黒いマントを身に纏い、オペラマスクを着けたその男の肌は赤黒く焼け爛れている。髪の毛は無く、不気味なその外見からは静かで禍々しい殺気が感じられる。俺は何よりも先に“恐怖”を感じた。
「どうして奴がここに…………? まあいい、少女達、歌川君、逃げよう。彼には敵うはずない」
俺の本能は間違っていなかった様だ。恐らくこの大男はかなり危険なのだろう。倉科は逃亡を提案したが、それをする事は出来なかった。
「逃げるなら色島さん達を連れてアンタだけで行け」
俺の逃げられない理由、それはヤツが担いでいる二人が原因だった。二人は間違いなく先生と多川さんだったからだ。俺は大きな恐怖心をぐっと堪え、仲間の救出を優先した。
「あまり格好を付けすぎない方がいいと思うがね。……まあいい、この少女達は任せてくれたまえよ」
「歌川君、私も一緒に戦いたいよ!」
「吾輩もだ! トーマス、その身体では無茶だろう?」
「大丈夫。俺も先生達助けたらすぐそっちに向かう。だから安心して」
「そうだよ、君達には危険過ぎる。今は歌川君に任せたまえ」
「ここでもし全滅したら金口の陰謀を止められない。だから分かってくれ、二人共」
彼女達を生かしたい一心で俺は説得をした。勿論俺達は金口の野望を阻止する事が目標だ。しかしそれとは別の感情が俺の中には犇めいていた。まだまだ短い俺の人生の中で、俺を嫌がること無く接してくれた数少ない女性。彼女らはその中の二人なのだ。そんな優しい彼女達をこれ以上危険に晒す訳にはいかない。
「分かったよ……。でも、でも絶対生きてまた会おうね!? これだけは約束して」
「うん、約束する。だから安心して逃げて」
俺の思いは通じてくれたようだ。絶対に生きて帰る事を約束すると、色島さんとジュリエッタは少々名残惜しそうに出口へ走り出した。倉科はその後ろに付いて行き、この場には俺と、先生、多川さん、そしていかにもヤバそうな男が残った。
「……キヒヒ、なかなかご賢明な判断でございますなぁ、歌川君。君一人で死ぬ準備は出来たという事ですねぇ? ま、あの方々も直ぐに消えますがなぁ、キッヒヒヒ!」
「その二人を返してもらおうか?」
「いいでしょう、まだ死んではいないようですしねぇ」
随分あっさりと俺の要件を呑むと、男は二人を放り投げた。俺はそそくさと二人に駆け寄り、ヤツを睨みながら、二人を壁側へ移動させた。そして距離をとる為に歩き出そうとした時、俺の服の袖を何者かに掴まれた。先生だった。
「なぁに独りでカッコつけてんだテメェ……。俺にも良いとこ寄越しやがれ……」
「先生!? 無茶ですよ! 安静にしててください!」
「テメェにゃ言われたかねぇなぁ? ほれ、その傷」
忠告を無視し先生は立ち上がると、俺の傷を指差した。そして溜息混じりにポケットからタバコを取り出し、火を付けると、二本の剣を構えた。
「うっし……。満身創痍二人でさっさとあのデカブツ倒しちまうぞ、準備いいな!」
「は、はい! 行くぞ、エリフ!」
「ああ。絶対に勝利する!」
先生の気合に流され元気に返事をする。そして刀を出現させる。
「キヒヒヒ……。ーーさあ、始めましょうか。罪を刻み、堕ちゆく時間を」
敵との距離おおよそ3m。戦闘が開始した。先手に出たのは俺達。構えた武器を手に、一気に詰め寄る。
「オラァ!」
俺は刀を力強く切り上げ、先生は双刃を突き刺す。どちらも見事に命中。だがヤツは顔色一つ変えない。俺達はすぐに後ろに跳んで相手との間隔を広げた。
「キヒヒヒヒィ! 反撃させて頂きますよォ!」
男が両腕を広げると腕が姿を変え、先端が刃で出来た鞭のような形状へ変化した。その鞭はこちらに伸ばされると四つに分かれ、計8本の鞭が俺達を襲う。
「キッヒヒヒヒヒヒャ!! まずはお手並み拝見ですよォ!!」
四方八方から的確に死角を狙って放たれる斬撃乱舞を、俺達は必死に打ち返す。一瞬でも気を抜くとミンチに成りかねない状況、俺達はヤツに攻撃を与える暇がなく、防戦一方になってしまっていた。
「一か八かだ……。歌川、せーので後ろにジャンプしろ、いいな!」
「わ、解りました!」
「せーの! はぁぁっ!」
その状況を打破したのは先生だった。俺に指示をすると、先生は二つの刃を一つに集約し、大きな刀身の剣へと変化させた。そして合図で後ろに跳ぶと、それで半円を描く様に上方向へと薙ぎ払った。すると振り払われた剛撃は全ての鞭に見事ヒットし、八つの金属音と共に壁や天井に打ち付けられた。
「今だ走れェ!」
先生のファインプレーで攻撃をする隙が出来た。今しか無い、そう思い、再びヤツに向かって全力で駆ける。
「くたばれタコ野郎ッ!」
ヤツの真ん前まで行くと俺は飛び上がり、大きな体を真っ二つにした。
「キヒャヒャ……! 効きますねぇ」
しかし男は全く動じず、切断された部分を瞬く間に修復させた。その光景に目を疑っていると、後ろから先生の大声が聞こえた。
「後ろだ歌川ァ!」
その声で後ろを振り向くと、壁や天井に打ち付けられていた触手が俺の方へと迫り来ていた。
「っ!? 間に合えぇっ!」
目前まで来ていた8本の鞭になんとか反応し、思い切りジャンプをした。だがそれは俺を追尾し、更に襲い掛かる。一瞬戸惑いつつも俺は一回転しながら鞭めがけて斬撃を放ち、何とか難を逃れることが出来た。しかし、例によって例のごとく反動で飛ばされ、くるくると回りながら天井にぶつかってしまった。
「痛ってぇっ……!」
「ったく何やってんだよ歌川……。さっさと立ちやがれ」
そのまま落下し、尻餅を付いていると、先生が呆れ顔で手を差し伸べた。俺がそれを掴むと、先生が引っ張り起こしてくれた。
「すいません、ポンコツで……」
「謝んのも礼言うのも後にして、さっさと刀構えろ!」
「は、はい!」
先生の一喝で気合を入れ直し、ヤツに刀を向けると、先程まで俺達を苦しめた鞭はヤツの腕へと姿を戻していた。
「キヒヒヒ……。少しはやる様ですねぇ。……良いでしょう、ワタクシも少し本気を出させて頂きますよぉ!」
男はマスク越しにでも分かる程興奮した面持ちでそう言うと、マントを脱ぎ捨てた。その下は自らの身体へと包帯の様にグルグルと鉄の蔓が巻き付けられていて、その外見から俺は西洋の鎧騎士が脳内に思い浮かんだ。
「鉄……? いや、樹か? あんなタイプ初めてだぞおい……」
言われてみると、確かに先生が呟いた通りだった。普段戦っている破壊者達は、一つの形質しか持っていなかった筈。しかしコイツは、まるで鉄で出来た植物の様な形質へと変化している。
「キヒヒ……。ワタクシは少し“変り種”の様でしてねぇ。普通なら硬質で柔軟性の無い鉄の形質に、柔軟性のある伸縮自在な木の形質が融合した形になっているのですよ、キヒヒヒ……」
そう言うと男は右手を前に出し、不敵に笑った。
「面白い物をお見せ致しましょう」
男は腕の変形を始めた。すると、腕はあっという間に姿を変え、チェーンソーの様な形に変化した。
「おいオッサン! 今日はまだ13日じゃねぇぞ? んなもん器用に作りやがって……」
「キヒヒヒィ! どうです? 柔軟な鉄ですから、こんな事も出来ちゃうんですねぇ……キヒヒ!」
ヤツは一度それを振り下ろし、重苦しい始動音を辺りに響かせた。
「今から貴方方をコレで切り刻む事を想像すると……キヒャッ! ゾクゾクしますねェェ!!」
大男は舌舐りをして、その大きな体からは想像出来ない位の物凄いスピードで俺達との間合いを詰めて来る。あの狂気的な凶器に当たれば即死亡。二度とこの世のクソッタレな空気を吸う事は出来なくなるだろう。俺と先生の緊張感が更に高まる中、男は右腕を不規則に振り回し、俺達はそれを後ろに避ける。
「歌川、俺がお前に合わせる。自由に動け!」
「わ、解りました!」
作戦を任され、俺は後退の足を止めた。そして真っ向からヤツとぶつかる事にした。すると二人を狙っていたチェーンソーは、矛先を俺に向け、思い切り俺めがけて振り下ろしてきた。大きな体から繰り出される重撃に、俺は柄を強く握りしめ、思い切り刀身をぶち当てるように振り上げる。刃と刃が激しくぶつかり、火花がチリチリと散る。俺は身体全てにかかる重さになんとか耐え、ヤツの右腕を弾き返した。
「ぬぅっ! やりますねぇ……!」
一瞬出来た空白、俺はヤツの胴体に力強い一線を書き入れる。
「はぁぁっ!」
「キヒッ! 甘いですよぉ!」
だが俺の一撃をヤツは硬化させた左腕でガードし、再びチェーンソーを振り下ろした。
「させるかよっ!」
隣から先生が助太刀に入り、俺への一手を阻止する。俺は命拾いし、すぐさま後方へと避難する。
「邪魔ですよぉ!」
「ぐぁっ!」
その直後、俺を助けた先生は殴り飛ばされ、壁へ激突させられた。
「先生っ!?」
「キヒャヒャ! まずは己の心配をしたらどうですかぁ!?」
吹き飛ばされた先生に目を向けていると、ヤツはそう言って再度俺へとターゲットを合わせ、右腕を振り回す。俺は咄嗟の反応で刀をそれへ向かわせ必死に自らの身体を守る。
「ほらホラホラァ!! 楽しいデスねェッ!! キッヒヒャヒャヒャ!!」
間違い無い。俺の目の前にいるのは確実に“狂人”だ。そう確信し、自らの中に湧き上がる恐怖心をグッと押し殺し、ヤツから繰り出される猛攻を防ぐ。男は軽快に振り回しているだけであるが、その一発一発にはとてつもない力が込められていた。その攻撃に死に物狂いで耐えていた俺は、遂に押し負けてしまい、刀を後方へと吹き飛ばされた。
「グハッ! ク、クソッ……!」
「キヒヒヒヒヒ! もう終わりデスかァ?」
終わった。そう思った次の瞬間、俺を助けたのはまたもや先生だった。
「後ろがお留守だぜ、気狂いクソ野郎」
「グッ……アッ! キヒッ! まだ立ち上がりますか……」
ヤツの背中から心臓部分へと先生の持つ刃が貫通し、目の前の狂人の動きが止まる。そして先生が剣を引き抜き後退すると、なんと地面に膝を付いたのだ。俺もすぐさま後ろへ下がり刀を拾い上げると、男の出方を伺う事にした。
「やった……のか……?」
辺りに静寂と、妙な緊張感が流れる。倒れてくれ、倒れてくれと心の中で強く念じる。だがその思いも虚しく、ヤツは立ち上がった。
「キヒヒ…………。何十年ぶりでしょう、死にかけたのは……」
「ッチ……! しぶてぇ野郎だな、おい!」
俺の中に出来ていた僅かな希望が一瞬で砕け散った。だが先生が与えたのは大きなダメージである事は確かだろう。あれほど楽しんでいた狂人の表情からは疲れが見え始め、息も上がっていた。
「ここから先は、人を捨てる覚悟で行かねばならない様ですね……。良いでしょう。貴方方にお見せしましょう、真の“恐怖”を……!」
そう言うとヤツは、刺された胸部から無数の鉄の蔓を放出し、自らを覆う繭のように身体へと巻き付けていった。
「っ……! 何をする気だ……?」
俺と先生は瞬きをすること無く、ただただ警戒を強め、その繭を睨む。そして数分後、ペキペキと音を立てながら繭が割れ、イヤな気配が辺り一面に立ち込める。息を飲み、脂汗を垂らし、一体何が起こるのかと武器を構える。すると完全に繭が崩れ落ち、中の生物が姿を現した。
「な、なんだよ……これ……っ!?」
「バケモン……? いや、違う……。何だこりゃ……っ!?」
中から出てきたのは、人でも、獣でも、化物でもない。架空の存在でしか無いが誰が見ても分かるだろう。間違い無い。コイツは“悪魔”だ。
続く
戦闘描写死ぬ程難しいです。