第七話 「パーティーの終わり」
グロシーンあり!
注意をば!!
「……よくもまぁ、こんなくだらないことに使う金があるな。……いや、正確には違うか?」
上り続けること数階。地下の構造は、部屋があって螺旋階段があって……の繰り返しなのだが、
「ウルフ五体か……段々飽きてくるアトラクションだな」
部屋には五体のウルフが待ち構えているのも、絶対的なものとなっている。
俺があと一歩でも近づけば、伏せている体を起こし一気に襲い掛かってくるのが、下のフロアで分かっている。
ウルフの足元には、所々がちぎれているボロ布を着た白骨死体がいくつも転がっている。ウルフのおもちゃにされたのもあるだろうが、高そうな布地に小さな穴がある。
おそらくは、服についていたであろう装飾品を回収した後だろう。回収した装飾品を金に換えているのだろう。
「そう考えると、そこそこ金にはなるかな?」
そう呟きながら二歩前へ出る。同時に、飛び掛かろうとしたウルフどもに殺気を放ちながら。
「グォ……!?」
一歩目を着地すると同時に扇状に飛び掛かったウルフたちが空中で硬直する。
二歩目で硬直した的が俺の足の範囲に入る。
「邪魔だ、わん公」
無道さからの後ろ回し蹴り。五体を巻き込んで壁に叩き付ける、などと生ぬるい威力ではなく、顎を貫き頭蓋を粉砕する。
パパパパパァンっ!!
風船が破裂するような音が狭い円形の部屋に響く。ドチャドチャッ、と胴体だけとなったウルフが次津日に、血を撒き散らしながら小さな山を作る。
その上を歩いて快感を得るようなサイコパスではない俺は、迂回して次の部屋を目指す。
「力加減を間違えたな。……危うく帰り血まみれになるとこだった」
後ろ回し蹴りを放った直後、飛び退かなければ今頃トマトマンになるところだった。あんなにもろい頭だとは思っていなかった。
服にはかからなかったが、その分靴にはたっぷりこびりついており、階段には足跡が描かれている。
「滑りそうだな」
……だぁぁぁん…………
滑って階段から落ちる前に床に擦り付けていると、真上ですさまじい音が鳴る。
ぱらぱらと天井から土が落ちてくる。
「もたもたしてる暇は無い、か」
死人が出てからでは遅い。コルトの実力を疑っているわけではないが、防衛戦を得意としない。
二段飛ばしをやめ、三段飛ばしで駆け上がる。そして、扉を蹴飛ばす。
「グギャウ!?」
またまたウルフが待ち構えていたが、正面の一体は俺の蹴飛ばした扉に当たり、悲鳴を上げて気絶する。
義理を果たす相手がいない以上、野暮だろうがなんだろうが知ったこっちゃない。
「消えろ……!」
殺意を向けると、ウルフたちは無言で尻を壁に押し付けるように後ずさる。なんだ、大人しければマヌケで可愛いじゃないか。
入る時と同じで、扉を蹴飛ばして部屋を出る。
それを何度も繰り返していると、上から、風の魔力と火の魔力を感じられるようになる。
「あと三階ぐらいか」
魔力までの距離を計算してあとどのくらいかを計算する。
これまで通りの扉の開け方をしたが、いつもの悲鳴は聞こえず、壁に当たった音がする。人の気配も獣の気配もしないので一度止まる。
部屋に入ると、一段と大きなヴィジョンが、見覚えのある部屋や、パーティー会場を映し出している。
どうやらここで、すべてのヴィジョンを操作できるようだ。
「……ちょうど真上がパーティー会場とは都合が良い」
念のため、ヴィジョンに繋がっているコード類を全て抜いておく。
部屋の右隅で、右手全体を引きながら捩じる。そして、高く飛び上がるために、ひざを曲げて力を溜める。力だけではなく、魔力も。
「ふぅ~……」
息を吐き出し、溜めていたものを天井に向けて放つ!
「流連流武剛体の型、其の二『昇竜・穿』!」
ドゴゴォォン!!!!
残りの階層も貫き、コルトの目の前の床から地上復帰を果たす、だけで終わらず、大男のハルバードを下から素手の握りこぶしで押し戻す。
「ぬっ!?」
「及び、激天脚の型、其の三『払足雷蹴』!」
床に足がつくと同時に、押し上げられたハルバードのせいで体重が後ろに移っている大男の足を、引き寄せるように足を払う。そして、その勢いのまま、小さな落雷とともに踵落としを大男に叩き込む。
ピシャッ!!
踵落としの打撃音や、床板の破砕音はせず、落雷の音だけが響く。
「……避けられたか」
雷に目を焼かれたコルトたちにはわからないだろうが、大男は払足雷蹴を避けていた。
大男は、足を払われた時点でハルバードから手を放し、バク転をして踵落としを避けていたのだ。もちろん、払足雷蹴の弱点は理解している。避けられた場合に隙ができる可能性があることを。
だから、踵落としの勢いをそのままに着地をする。だが、衝撃を受け流し切れずに体が硬直してしまう。
それがまずかった。
バク転で開いた距離を、ドン!と力強く床を蹴って詰めながら、先程手放した斧槍を掴み、振り下ろす!
「ちっ!」
影身、は硬直している状況ではできない。そもそも、後ろにはまだ視界が回復していないコルトがいる。俺一人が逃げることはできない。
(なら……!)
俺が選んだ選択は、魔法でも流技でも能力でもない。魔力を纏わせただけの、ただの裏拳だった。
ゴッッ、ドゴォ!!
ハルバードの刃ではない部分を横合いからたたき、ほんの少しずらすことに成功した。魔術なしでは、手首ごと吹き飛ばし俺とコルトは地下のウルフたちと同じことになっていただろう。
すかさず、コルトを抱えて後ろに飛ぶ。
「……」
大男は目を細めるだけで、追撃はしてこなかった。
「ごめん、カキス」
「気にするな。それよりディングは?」
視界が回復したコルトは自らの足で立つが、おぼつかない。
「彼なら水谷さんの近くに放り投げといたよ」
「そうか。とりあえず、お前は休め。後は……俺がやる」
肩に手を置き座らせてやると、コルトは女だったらクラクラするだろう微笑みを浮かべ、精神統一をするように目を閉じる。
「貴様、何者だ?奇妙な体術を使うが」
大男は俺とコルトが話し終えるまで待ってから問うてきた。
「さあてね。今は、ただのボディーガードさ」
油断なくコルトから離れるように動くと、大男はそれに合わせる。
「クククッ。その男はね、本物の殺し屋だよ?君のような下賤な輩に僕の手を汚す必要もない。さっきも言ったけれど君らは……!」
カン!
「五月蠅い。お前の長い無駄話は黙って聞いてやる価値がない」
コルトから返された短剣をイラプドとゆりの間に投げる。
静かになったのを確認すると、改めて大男に向き直る。ごろつきが手に入れられそうにないヘビーアーマー。磨き抜かれたハルバード。アーマーの間から見える肉厚な筋肉。どれを見ても重そうな男だが、繊細な魔力コントロールで強化され、かなり動きが素早い。
斧槍をよく見ると、ナイフが交差している紋が柄に薄く刻まれている。
「なるほど、殺人ギルドの人間か」
「ふん……」
大男は鼻を鳴らして認める。
「俺の名はマルニアス。Bランクだ」
殺人ギルドとは、殺人を生業とした犯罪者に仕事を提供するギルドで、クライアントは主に貴族が多い。そして、ギルド内で強さや功績によってランク付けがされており、最低がF。最高がsの七段階がある。
この男、マルニアスはBランク。つまり上から三番目。
(なんだ、Bランク止まりか)
過去、俺が出会った中で一番ランクが低くとも、Aランクだった。
「俺の名前は……」
「死に行く者の名など聞く意味がない」
名乗られたので名乗りかえしてやろうかと思ったが、興味がないらしい。
「そうかい。まぁ、俺も名前を覚えてもらう必要もないな。Bランクごときに」
不敵に笑うと、マルニアスはハルバードをかつぐ。
「俺を愚弄したことを後悔するが良い。……『ファイアーボール』」
火属性初級魔法を放ち、それを盾にして一気に間合いを詰める気のようだが、逆にそれは、自らの視界を狭めることになる。
「……流連流鏡華水月の型、其の三『水霞』」
俺が右手を前に出すと、50cm先にあるファイアーボールが跡形もなく”消える”。
「!? くっ……!」
マルニアスは盾代わりとしていた物が消え、慌てて横に飛ぶ。
だが、そうするのを読んでいた俺は、マルニアスの着地地点に持っていた物を手首のスナップだけで投げる。
カツッ!
それは単なる石ころに過ぎない。そんなものを投げられた程度で、何の脅威にもならない。だが、マルニアスが正確にそれを視界に捉えられたかは別。
マルニアスは、着地地点で音がするのは聞こえたが、音の正体がなんなのかは捉えることができなかった。その結果、反射的に身を固めてしまい、着地がほんの少しおろそかになる。
「隙あり、だな」
影身でマルニアスに一瞬で肉薄した後、アーマーの腕部分の隙間に左手を差し込む。そして、アーマーの内側に雷の魔力を左手から流し……。
「『フレイムブラスト』」
「!」
フレイムブラストは自分を中心に熱風を起こす初級魔法。
熱風が広がる速度は速くないが、アーマーに手を差し込んだままの状態のせいで吹き飛ばされてしまう。傷を負わずに済んだが、吹き飛ばされたせいで距離が開いてしまう。
「……ちっ」
「それが貴様の能力か」
俺の右手には今まで見えなかったショートソードが握られていた。
「さぁてね。どんな能力だと思う?」
「ふん、分かりきったことを。武器を隠す能力『ミスト』だろう?」
「残念賞」
先手を打たれる前に間合いを縮め、ショートソードでマルニアスの右足を狙う。
マルニアスはそれを、膝蹴りで剣の軌道から足を外しながら反撃にもつなげる。
剣を振り切る前に、膝蹴りを掠らせながら足元に転がり込む。が、膝蹴りはフェイントで、俺を踏み潰しにかかる。
両手をクロスさせて守るが、ヘビーアーマーのせいもあり、骨が軋む音がする。
「俺がやったのは流技であって、能力じゃない。……分からないのか? 三流」
「減らず口を!」
マルニアスが更に体重をかけるタイミングで雷の魔力を放出する。
バヂヂヂィ!!
「ギッ!!」
力が弱くなった隙に立ち上がり、また水霞をする。
「さて、と。……流連流の太刀筋、三流ごときに読めるほど甘くはないぞ?」
「ぅ、ぐ!減らぬ口だなぁ!」
マルニアスは激しい口調の割に、冷静に隙の小さい振り下ろしをする。
「流連流鏡華水月の型、其の一『影身』」
残像が出るほどの速度でマルニアスの背後に回る。
「ちっ!」
マルニアスがすでに俺がいない場所にハルバードを振り下ろした時点で、俺は剣を振っている。
ガキィン!
さすがに、鎧を着込んだ相手にこの程度の攻撃が通らないことは分かっている。
「ぬん!!」
床に叩きつけたハルバードを振り向き様に薙ぐ。
「流連流、流水の型、其の一『斜陽』」
ショートソードを逆手持ちに切り替え、ハルバードのの柄の部分に、同じ速度、同じ方向に引きながら、上からそっと押し下げる。
ズダン!
「何!?」
ハルバードはガクッと強力な磁石に引き寄せられたかのように床に落ちる。
「流連流激天脚の型、”奥義”『裂顎天脚』!」
ハルバードに引っ張られて体勢を崩したマルニアスの顎を膝蹴りで砕き、曲げた足を延ばして鳩尾につま先を抉りこむ!
「ごがっ!!」
(流連流激天脚の型、其の一『雷心槍』)
バヂィ!
爪先から送り込んだ雷の魔力はマルニアスの心臓に電気ショックを与え、短い時間ではあるが心肺機能が一時的に停止する。
完全に動きが止まったマルニアスに、砕いた顎を掠めるような後ろ回し蹴りをする。
「ぬ、ぐぁ……ぁあ!?」
ガシャシャン!
脳を揺らされた上、一時的に心臓が止まったせいで頭から床に倒れる。
「チェックメイト。しばらくは動けないようにさせてもらったぜ」
それでも一応、ネクタイで手を縛る。……まぁ、ネクタイごときで拘束できるとは思えないが。
「さて、さて、とそろそろパーティーをお開きにしませんか、先輩?」
不気味なほどのに静かだったイラプドの方を向くと、ゆりの首筋に俺が投げた短剣を当てていた。
「う、動くな!! こ、こ、これがどうなっても良いのか!?」
瞳孔が開かれ、醜い本性が露わになる。
ゆりを「これ」扱いしている時点で、若い女性を人身売買している本性を隠す余裕がないことは明白だ。
「……ゆり」
そんな狂人を意識の隅に置いておきながら、ゆりを見る。ゆりの表情は髪に隠れて見えないが、なんとなく何を考えているのか分かる。
「そ、そうだ、大人しくしていろ! 君たちは僕には絶対に勝てないはずだからねぇ!! ひゃ、ひゃひゃひゃひゃはは!!」
この段階にもなってまだ、自分が優位でいられていると思っているイラプドは壊れた様な、いや確実に壊れている笑い声を空虚なパーティー会場に響かせる。
「……ぅ、ひっ……ぅぅ……」
それに紛れて、俺には妙にはっきりと、ゆりの嗚咽が聞こえる。
「なぁ、ゆり。お前が今日のパーティーを断らなかった理由、分かったよ。これ以上俺たちに危害が及ばないようにしようと、そいつに交渉しようと思ったからだろ」
パーティーに行くと引かなかった時点で少し怪しいとは思っていたが、ヴィジョンを通してイラプドとの会話を聞いたときに確信した。俺には一人で抱え込むなと言っていたゆりが。
「入学式の後、道場に行く前、本当はあの時にも泣いていたんだろ?助けて欲しいと願ったんじゃないのか?」
実際に、ゆりの泣き声が聞こえたわけじゃない。部屋の前を通った時、妙に静かで変だと思ったからだ。その直前にはイラプドの接触があり、奴から何らかのメッセージがあったのだと予想できたからだ。
そうじゃなくとも、”ゆりの助けだけは”聞き逃すはずがない。
「俺は全く納得できないが、ゆりが本当に一人で犠牲になることを望んでいるなら止めない」
心の底からそう思うのであれば、俺に止めることはできない。俺の意思を尊重してくれるゆりの意思を俺が妨害することなんてできるはずがない。
「……だけどな、お前が本当は望んでいないのなら、実行する前から後悔しているのなら、お前が助けを望むなら……、俺は必ずお前を助ける」
ゆりが本当にその選択を選ぶ気でいるのなら、今泣いていない。
「ゆりを助けることは迷惑なんかじゃない。負担でもなんでもない。ゆりが俺を救ってくれたように、俺もゆりを救いたいんだからな。……だから」
だから……!
「『助けて』って叫べよ、ゆり……!!」
俺が言いたいことを言いきると、場は静まり返る。
だが、静寂は、短かった。
「本当に……良いの?」
ゆりはイラプドに拘束された状態で俯いている。
「口に出したら……どこかに行かない?夢みたいに消えていかない?」
ポタ……、ポタポタッ。
ゆりの足元に水滴がいくつも落ちる。
「最近ね、夢に見るの。私がよく分からない何かに飲み込まれそうになってて、カキス君に助けを求めようとすると、無表情で光に消えて行っちゃうの……。私はどうしたら良いの?」
ゆりは顔を上げる。涙に濡れた瞳は確かに助けを求めている。それでも、その思いを口に出そうとしない。悪夢にうなされ続けているかのようだ。
「ゆり、口に出さなければいつまで経っても現実にはならない。伝えなければ、行動しなければ現実は変わらない。お前がいま直面しているのは現実だ」
現実を変えるのはほかの誰でもない。自分自身だ。
「……け、て……」
「聞こえない」
再び俯いたゆりの呟きは俺には届かない。
「……意地悪しないで、助けてよぅ、カキス君!!」
涙がパッと散るほどの勢いで顔を上げてゆりは叫ぶ。俺に助けを求めて。
「任せろ、ゆり」
ゆりの叫びを聞くと、ショートソードをイラプドの足元に投げる。
カランカラン!
が、右にそれて床を滑る
「どこを狙っているのかなぁあ? ずいぶん偉そうなことを言っていた割に大したことないねぇええ! それとも、僕に恐れをなした……」
だらだらと高説を垂れているイラプドの正面に影身で迫る。
「ゆりを助けるのは俺一人の仕事じゃないんでね」
「なっ!!」
ギィィン!
イラプドが持っていた短剣は、横合いからの割り込んできたショートソードによって弾かれる。
「いい加減……」
弾いたのは、俺が投げたショートソードを受け取ったコルトだった。
「パーティーを終わらせてもらう!」
意識を戻したディングが、ゆりを拘束している腕に鋭いフックを入れる。
「うぐぅっ!?」
解放されて、俺に倒れこむように全体重を委ねるゆりを抱き寄せる。
「な、何故僕に逆らう!? 何故僕が殴られる!?」
信じられないものを見るような眼をするイラプドは、生者に縋り付く亡者のようにゆりに両腕を伸ばす。
「そんなの決まってんだろ」
伸ばした両腕は、左右からコルトとディングに掴まれ、俺たち届かない。
「お前がゆりを怖がらしたからに決まってんだろ!!」
イラプドが腕を振りほどくより速く、むかつく顔に、渾身のハイキックをかます!
「ごっ、が……」
イラプドは後ろに数歩よろめくと、目を回して気絶する。
振り上げた足をゆっくりと降ろすと、
「自らのプライドに溺れてろ」
そう、呟いた。
○ ○ ○
「すぅ……すぅ……」
「よく寝てるね」
「まぁ、あれだけ泣けばな……」
あの後、ゆりは俺の胸で大泣きをして、今は疲れ果てて寝ている。泣き止むまで時間がかかりそうだったので、一番負傷していないディングだけは先に帰した。一撃で気絶した割に、異常はなさそうだったが、奴の体はどうなっているんだか。
「ゆりが寝てるのは良いんだが……なぁ、コルト」
「ん? 何だい?」
「お前、あの時全然ピンチじゃなかっただろ」
俺の問いに、ピクリと動きが止まる様子も、悪びれた様子もなく答える。
「やっぱりばれてたか~。いや~、ヒーロー役は君じゃないとダメかと思ってね」
「嘘つくな。俺がヒーロー役をやるまでもないような雑魚だったろうが。……大方、俺の勘を取り戻させるためのリハビリ程度にしか考えてなかっただろう?」
「……本当に、君には隠し事ができないよ」
やれやれと息を吐くコルトは苦笑をしていた。
「買いかぶりすぎだ」
わざとだと気付いたのはついさっき。マルニアスとの戦闘を振り返ることで気が付けた。
「ゆりが人質にされてたのに、危険なことをするな。何のために俺じゃなくてお前を地上に戻したと思ってる」
「僕に対する心配は?」
「あんなふざけたことして死ぬ奴が悪い。もしそうなっても自業自得だ」
「ははは、ごもっとも、だね」
むろん、コルトもそう簡単に死ぬつもりなんかなかっただろうから、何一つ心配することなんかない。
しばらく無言で歩く。途中、ずり落ちるゆりを背負いなおしながら。
「……」
「……」
ゆりの寝息を穏やかな心持で聞いていると、ある違和感に気付く。
なんというか、その、背中にボリューミーな何かが当たっている。六年ぶりだから、というには随分と違いがありすぎる質量だ。
(入れ替わっては無い、気はするが……?)
ゴスロリの装飾ばかりに目が行っていたから気づかなかった。決して、スカートから伸びる美脚の方に視線を向けてたからではないぞ? そりゃあ、上半身と下半身でどっちの方が視線を向けていたかで言えば、2:8ぐらいの割合で下に目を向けていたかな?
……というか、着やせするタイプだったんすね、ゆりさん。これじゃあ、完全な合法ロリとは言えないかもしれない。いや、それでもやっぱりこの身長だと、どうしても比較的ロリになるような気が……。
「? どうしたんだい、カキス」
「あ、あぁ、いや、今回バックにいた連中がようやく動き出すのかと思ってな」
どんな顔をしていたのか、コルトが訝しげに聞いてくる。
「バックにいた連中?」
「ああ」
うまく話が逸れたことに内心ほっとしながらも、頭を切り替える。
「俺が落ちた地下にはウルフがいたが、アレは大和製だった。十中八九、大和の家が関係しているはずだ。今回はゆりを狙っているようにも見えたが、広く見れば俺を狙っていた可能性もある」
「もしかして……!」
「おそらくは。だが、まだ分からない。直接的に繋がっていなかった可能性の方が高いな。今回はたまたま俺が視界に入っただけで、情報があちらまで広がっていない、と思う」
「思うって……大丈夫なのかい?」
「どっちにしろ、火が燃え広がる前に消火するつもりだ。再燃するまで時間はあるさ」
「山火事は勘弁だからね」
「んぅ……」
背中でゆりが寝ていたというのに、きわどい話をしすぎたな。そろそろ目を覚ますかもしれない。
「それじゃあ俺……達はここで」
「うん。それじゃあ」
ピースは大通りから少し外れた場所にある。コルトと別れると、俺の足音とゆりの寝息だけしか聞こえない。時刻はまだ8時。民家が点在しているが、金持ちでもないこのあたりの住民に、光源に費やす資金などあるはずもなく、日が沈めばほとんどがベッドに入る。その分、朝が早いのだが。
「んぅ……あれぇ?」
「お、起きたか」
まだ目がトロンとはしているものの、しっかり俺の首に手を回す。
そうなると、さらに密着度が上がってしまう。
(わざと押し付けてんのか、こいつ……)
幸い、ゆりは寝ぼけているせいで、俺の心臓がドキドキしていることに気付いていない。
「私、寝ちゃったんだぁ……ありがとぉ、カキス君」
「気にすんな」
子どもの頃であれば、微笑ましいが、胸が当たっていることを意識してしまっている今では、下っ足らずなことすらも艶っぽく感じる。
「ゆり、一つ確認なんだが……」
「なぁに?」
「体は入れ替わってるのか?」
「あっ! そうだった!」
さっきまでの微睡から一気に覚醒したゆりの腕が俺の首をさらに巻き付いて、もはや締め付けられてくる。
「そこのことについてなんだけど……本人から聞いた方が良いよね?」
「本人?」
今、この場には俺とゆりしかおらず、三人目の人物などいないのだが……。
「どういう……っ!」
「……いただきま~す」
突然、ゆりが俺の首筋に噛みついてきやがった!?
「ちょ、おま……!?」
「ん……チュル」
チクッときたと思ったら何かを吸われる感覚。
「……ぅ……ぁ……」
「ん……んくんく、……ペロ」
吸うだけではなく、チロチロとと舌先でかなり鋭い犬歯が刺さっている周囲を舐められ、ゾクゾクしたものが背中を走る。
俺からは見えないが、ゆりは今、細い喉をコクコクならして血液を飲んでいるに違いない。
「ん……ぷはぁ、ごちそうさま」
「…………何がごちそうさまだ、まったく」
とりあえず背中から降ろし、対面する。
「はじめまして、じゃないよな?」
「あら、覚えてくれてたのね。森の小屋の時はどうも」
スカートの端をつまみあげ礼をする。
第一印象としては、キリッとした大人のゆり、といった感じだ。口調も、年上のような余裕が感じられる。
身に纏う魔力は今まで感じたことのない類の質で、魔力の純度がかなり高い。
「あなたとここで仲良くお話をするもの良いのだけれど、宿までもう少しだから、そこで話しましょう」
「そうだな、……ディングが面倒だがな」
何かあるたびに話に横やりを入れられては話が進まない。
「なら、あなたの部屋でゆっくりと、朝まで語らいましょう?」
ふふふっと妖艶に笑う。
「…………」
この六年で出会ってきた、どの同年代とも違う存在は、少しだけ面倒そうだな、と密かに思う。
○ ○ ○
「それで、お前は何者なんだ?」
「あら、レディに対してその口振りは失礼なんじゃないかしら?」
「いきなり人の血を吸うような奴はレディとは言わん」
ゴスロリドレスからいつものワンピースに着替えたゆりは入ってそうそう、俺のベッドに横たわる。
「……何してる」
「ゆりちゃんとは違う肉体だけど、疲労は私にも伝わってくるのよ。だから、少しでも楽な体制にしてるのよ。……一緒に入る?」
「おい、自称レディはどうした」
「レディにだって、雌豹になることだってあるわ」
「…………また血を吸われそうだから断る」
半分は冗談で半分は本気だ。別に、多少血を吸われたところで問題はないし、また血を吸われるとも思ってない。
単に、ベッドで一緒に寝ている場面を誰かに見られると面倒だからだ。
「そう? 残念ね」
対して残念そうにしていないのは、最初から俺が断るとわかっていたからだろう。
「そろそろ本題に入らせてくれ」
「……順を追って説明するわ。まず、私は魔族として生まれ変わるはずだったの」
「魔族、ねぇ……。こっちのイメージだと人型の魔族といえば妖魔とかだが?」
「それで大体あってるわ。私は……そうね、サキュバスといったところかしら?」
人間界のほかに、魔界と呼ばれる世界が存在する、らしい。その魔界にいる種族を魔族と呼んでいる。
魔界は人間界より魔力の純度が高く、魔族は体が魔力で構成されている。
(たしか、血を吸うような種族だとは文献には書かれていなかったが?)
「ほかにも、吸血鬼の血も流れているんだけどね」
「……なるほど」
どうやら、混血らしい。そして、そのすべてが嘘ではないことを証明している。
目の前のゆりの体|(正確には違うが)を使っている魔族は楽な姿勢を保ちながらも、俺の位置からは下着がぎりぎり見えないようにワンピースの裾を調整していることから。
サキュバスは、人を快感で堕落させる、という伝承が残っている。俺が見た文献では、サキュバスは若い男の性を糧にして生きる種族らしく、特に人のモノが好物らしく、世界中で知らぬ内に搾り取られている若者もいることが記されていた。
特に、手で持って位置を調整していないのに、このチラリズムを調整できるのはそれ以外考えられない。
時たま、寝返りを打っているが、そのたびにパンチらが起きる。
「……あんまりゆりの服で遊ぶな」
体といわなかったのは、今は魔族の方の体だと思ったからだ。
「でも、この美脚を見せないで隠しておくのはもったいないでしょう?」
「俺はお前の足に対していってねぇよ。……はぁ、言っておくが、俺に色仕掛けは通用しないぞ」
「そんなことは昔から知っているわ。サキュバスの生理現象みたいなものよ。気にしないで」
半分くらいわざとだろうに。
俺は六年間の間で、性欲と物欲を抑制できるようにした。一人で生きる上で、性欲と物欲を抑制できなければ身を滅ぼしかねないと思ったからだ。……まぁ、結局そんなことは起きなかったし、性欲は感情も関係してくるせいでほとんど制御が必要なかった。
「魔族として生まれるはずだった、てのは?」
「魔界にも色々と領地があるの。私がいた場所はちょっとした内乱があって、その内乱に、私も巻き込まれたのよ」
「内乱の原因は?」
「さぁ? たぶん、次の領主争いじゃないかしら? 元から派閥争いが目立ってたし」
どこの世界もそういったトップの争いがあり、それに一般人が巻き込まれるのは同じのようだ。
「私たちの領地はサキュバス派とデーモン派に分かれていたのだけれど……私のようなハーフはなぜか優先的に殺されていたの」
「…………」
これもまた、世界共通なのだろうか? 混血が迫害される事実は。
こちらでは人間という種族に変わりがないので純血かどうかではあるが、生まれによって差別されるのに違いはない。
「私の父は自らの能力で私を転生させた。転生、といっても、私たち魔族は肉体が魔力でできているから、体を魔力に戻して魂と一緒に一時的に人間界に逃がしただけだけど」
「なるほど、その時にゆりの能力が覚醒して呼び寄せられたせいで、魔族に生まれ変わることができなかったのか」
「いいえ? 私は百合ちゃんが生まれると同時にだったわよ? ゆりちゃんの能力は関係ないわ」
「何?」
二人同時に眉を寄せる。
(ゆりの能力が関係せずゆりが生まれたと同時にこいつも生まれた、なんてことがあり得るのか? それとも、こいつの父親の能力が人間に生まれ変わるものだとしたら? ……いや、結論を出すのは早いか……)
「あなた、きづかなったの?」
「あぁ、まったく。俺はてっきりゆりの能力かと思ってたからな。……というか、それならそれでどうして今まで出てこなかった? 少なくとも、俺たちより年上だろうし、俺に関しては今と大して思考レベルが変わってなかっただろうに」
もし、幼い子が大人と同レベルの会話が成立したら、不気味がられるか、天才扱いをされるか。もし、両方のことを忌避していたとしても、あの家で、俺と二人でいた時ぐらいなら表に出てきてもおかしくない。
「あの時はまだ私は不安定で夢を見ているような感覚に近かったのよ。ゆりちゃんも不安定な状態だったから、混じり合っていたのよ」
「だから、今と昔で話すペースがかなり違うのか……。なら、安定したのはゆりが覚醒したときか?」
体に変化出るようになったのは覚醒してからだ。その時から密かに目覚めていたのだろう。
「そうね。あぁ、ついでに、今の体が私ので、数分前のがゆりちゃんのよ」
「それくらい判断がつく。……で、お前は?」
「え? 私? 正確には計測してないけど、少なくともDカップはある自信があるわ」
そういって、わざとらしく腕を組んで胸を強調する。
「胸の話じゃねぇ……! お前の名前を聞いてるんだよ」
「そっち? ごめんなさい、私ってサキュバスだからいやらしい話かと思って」
「サキュバスって言えばなんでも解決すると思うなよ?」
本気で謝る気はなさそうだ。なぜなら今度は襟元をくいっと引っ張っているからだ。
(こいつ、半分はゆりの体ということを忘れてないだろうな……)
「ふふっ」
内側でゆりがワーワー騒いでいるのが、表情、というか笑っていることから分かる。基本的にはゆりの体なので、表情を見れば大体わかる。
「私の名前は……無いわね」
「無い?」
着崩れ|(確信犯)を直し、ベッドに座る。
「えぇ。……確かに、魔界で暮らしていた時の名前はあるわ。でもそれは魔界の住人としての名前。今の私の名前じゃないもの」
床板を見る目は決意と、少しだけ哀愁が込められている。
俺は、たとえ中身が別人だとしてもゆりがそんな目をするのが耐えられなかった。せめて、気が紛れるように何かしてやりたい。そう思ったとき、一つ、名前が浮かんだ。
「なら、黒ゆり」
「え?」
虚を突かれた時の反応があまりにも同じで、ゆりと重なって見える。
「お前の名前は黒ゆりにしよう。いつまでもお前、とか魔族じゃ呼び難いだろ?」
ゆりを白と考えた時に対比で黒ゆり。純粋で清らかな少女のゆり。反対に、大人な女性としての色香と少女の体のギャップが妖艶な雰囲気を醸し出す黒ゆり。
ぴったりだと思うのは俺だけだろうか?
「……私、殺されないの?」
「何を言ってるんだ?」
「だって、私は魔族だし、人間を食べ物として生きてきた種族だし、私なんて必要のない存在でしょう?なのに、私に名前を付けて……」
(……その顔で、そんな目をするなよ…………)
実際に涙が浮かんでいるわけではないが、瞳は確実に潤んでいる。怒られることを覚悟して、せめて泣かないように堪える子どもの様な目を。
「何故、俺がそんなことをしなくちゃならない。お前を迫害する必要性を全く感じないし、生まれた時点でゆりと一緒なら、お前だってゆりなのには違いない。いうなれば、双子みたいなものだろ? ……俺に、ゆりを殺せると思ってんのか?」
今まで、まったく姿を見せなかったのは覚悟を決めるためだったのだろう。自分が殺されるのは決定事項のように勘違いして、恐れていたのだろう。
そもそも、そんな風に考えること自体が間違いなのだ。今までで、ゆりの体を奪おうと思えば奪えたはずなのに、奪わなかった。それどころか、ゆりの迷惑にならないように最大限耐えていた。そんな奴を追い出す必要があると思っているのだろうか?
(いや、違うな)
魔族として、魔界で生活していた時の名残なのかもしれない。
まるで内乱が始まってから差別を受け始めたように言っていたが、実際はその前から差別を受けていたのだろう。だから、自分を一番下と考える。
「そんなこと、俺はしない。俺だけじゃないはずだ」
俺は、自分の胸を指さす。自分の中の存在に聞いてみろと。
「あ……ふふっ、ありがとう」
「なんて言ってた?」
「『黒ゆりちゃん、よろしく』って。……あなたも、ありがとう」
「どういたしまして」
黒ゆりの年相応の笑顔は、よくやる蠱惑的な微笑よりよっぽど、美しかった。
いい加減俺も、警戒を解いて寝っころがりなおした黒ゆりの頭の真横に腰掛ける。
「ゆりとはいつでも会話できるのか?」
「……え、えぇ。どちらか片方が出ているときも、『起きて』いられるから。心の中の自分に語りかける感じかしら?まだ、私もゆりちゃんも慣れていないから口に出しちゃうけど」
何故だか急にたじろぐように俺から目を逸らす。
「そっか。まぁ少しずつ慣れていけば良いさ」
微笑みかけると顔ごと背かれる。何故?
顔をそむけた際に、黒髪がサラサラとベッドの上に少しだけ流れ落ちるように広がる。
無意識に黒ゆりの髪を梳くように撫でる。
「~~~っ!? ……あ、あの、あなた、さっきまでと雰囲気が違いすぎないかしら?」
「そうか? まぁ、警戒を解いたからそう感じるかもしれないな」
「……た、確かにこれはゆりちゃんの言うとおりジゴロね」
「ん? 何か言ったか?」
「い、いいえ、何も?」
「ついでに、俺はジゴロなんじゃなくて、単に鞭と飴を使いこなしてるだけだから。……今は、飴ってことさ」
「聞こえてない振りをしてた時点で鞭じゃないかしら?」
どうやら聞こえないふりをしていたことにご立腹らしい。だが、黒ゆりは勘違いしている。
「本当の鞭は『お仕置き』だろ?」
「そういうえば、わたしはその『お仕置き』について全く知らないんだけど?ゆりちゃんはその時間だけは記憶を共有させてくれないし、そのタイミングで強制的に眠くなるし」
どうやら、ゆりはちゃんと約束を守って『お仕置き』の内容を本当に誰にも教えてないらしい。まぁ、もし誰かにばらしたら更にキツイ『お仕置き』をするといってあったからだろうが。
ついでに、俺が張っていた結界はどうやら黒ゆりのような存在にも効果があるようだ。
「ふむ……なら、体験させとくか。後々便利だし」
『お仕置き』を一度体験させておけば、いざという時の抑止力になる。そう思い、ワンピースの肩紐に指を入れる。
黒ゆりは慌てて俺の手に手を重ねて止めようとする。
「え、ちょ、私の意思は!? ていうかゆりちゃんがすごいあうあう言ってるんだけど!?」
「安心しろ、ゆり。血塊を張るから、黒ゆりの言うことが本当ならお前は黒ゆりの乱れた姿を見なくて済むから」
「ま、まぁ、私はサキュバスだから人間より快感に耐性があるから、あなたが思ってるようなことにはならないだろうけど」
「そうだな、どのくらい通用するのかの試しにもなるな」
部屋の入り口に鍵をして、結界を張り……。
○ ○ ○
「……このくらいにしといた方が良さそうだな」
「ふぁ……ぁ、ぅん……ハァ、ハァ……。んんぅ……ハァ、ハァ……」
ビク、ビクン……トサッ。……ピク、ピク……ピクン。
約三十分の『お仕置き』を終え(当初は一時間のつもりだった)、黒ゆりをベッドに横たわらせる。
頬を上気させ、目は快楽にトロけさせられ、『お仕置き』の余韻に体を震わせている。口元の、唾液だけではない液体を拭ってやる。
「大丈夫か?」
「んっ……ハァ、ハァ……お、お願いらからぁ、もぉゆるひてぇ……」
「『お仕置き』はもう終わりだ。だからそんな声出すなよ。その気になったらどうする」
黒ゆりを落ち着けるように頭を撫でる。しばらくそうしていると、呼吸を落ち着けた黒ゆりがそっと俺の手をどける。
「ハァ……あなた、悪魔?」
ひどい言われ様である。
「サキュバスは人間より快感に耐性があるんじゃなかったのか?」
「限度があるわよ」
実際、今までで一番強い刺激を与えていたし、前半はまだ黒ゆりも楽しむ余裕があった。そう考えると、確かに耐性があることには変わりない。今までで二番目ぐらいに頑張っていた事も評価の対象だ。
なお、一番はゆりである。
「ていうか、私はてっきり完全に最後までシちゃうのかと思っていたのだけれど」
「まさか。俺もゆりも、『お仕置き』を受けてきた連中も清い体のままだよ。最後までしたらそれは『お仕置き』にならないからな。ただ、愉しんでいるだけだ」
『お仕置き』は、女スパイに情報を吐かせるために考案された拷問を、俺流にアレンジしたものだ。めちゃくちゃ強い刺激を与えながらも、一定以上のことをせず焦らす。とはいえ、強い刺激といっても、本気でやると精神がイカレかねないので、気を付けないといけない。
第三者からしてみたら、とんでもないSMプレイのようにも見えるだろう。
「ふ~ん。じゃあ、この切なさも『お仕置き』の一つなのね?」
黒ゆりは、下腹部をすりすりと撫で擦る。どう考えたって、誘っているようにしか見えない。
(さっきまであんな状態だったというのに……このあたりもサキュバスと言われる所以か)
貪欲なまでの性への欲求。文献どおりだ。
「……魔界にいたときは最後までシたことがあるのか?」
「あら、レディになんて事を聞いてくるのかしら?そんなことに興味津々なのはもしかして、あなたこれだけのことをしといてまだどうて……」
「まだ『お仕置き』をして欲しいならちゃんとそう言えよ」
ゆらぁ……。
「じょ、じょうだ……~~っ!?」
「……ま、これでいい加減身体が覚えただろう? これが、俺の対女用秘密兵器というわけだ」
『お仕置き』をむやみやたらとする気はないので、できるだけ近しい人間にはやりたくない。精神がイカレ手もらっても困るから。
(……あれ? むしろ、知り合いのほうが多いような気が?)
深くは考えないようにしよう。なんなら、近しい人間にシた回数をこれから越せばいいんだから。
「さて、今日はもう寝るから部屋に帰れ」
俺の体内時計ではもう少しで今日が終わる。森で生活していた頃は、日が沈んだらその日の作業を終えていた。
その頃に比べればかなりの夜更かしだ。めちゃくちゃ眠い。
「……」
黒ゆりは俺に背を向けたまま、部屋に戻ろうとしない。
「黒ゆり?」
「……腰、立たなくなっちゃった」
ポソポソと恥らいながら答えたのはゆりだった。黒ゆりめ、逃げたな?
結局、俺が部屋まで運んでやることにした。
「……今日は守ってくれてありがとう、カキス君」
「……あぁ、これからも守ってやるよ」
「……うん……!」
俺とゆりは、少しずつ、六年間を埋めていく。