第六話 「パーティーの始まり」
病んでいる表現がございます。ご注意を。
「お帰りなさいませ、カキスさん、ゆりさん」
「ただいま」
「ただいまです、ルトアさん」
夕日が沈みきる前にピースに帰宅できた。それは良い。何の問題もない。だが、いまだにゆりが手を放してくれないのだ。
道場から出た時点でかなりの恥ずかしさを感じてはいたが、それでもピースに着くまでは我慢していた。直前で手を緩めて自然に放そうとしても、すかさずゆりが力を入れて離さないので『手を握る』から『手を掴まれる』という状態になってしまっている。
「ずいぶんと遅いお帰りだったね、2人とも」
「…………おい」
ロビーのテーブルに羊皮紙が拡げられているところを見るに、ルトアさんが、ディングに一般常識を教えていたのだろう。そのことに何らおかしいことはない。
ただ、メンバーがおかしい。
「なんでコルトまで居るんだ……」
「どうせなら今日一日君に密着しようかなって思ったんだ」
さらっと本人の許可も無しにプライベートを荒らす宣言をするコルトは顔に似合わず、かなりの食わせ者である。
「ストーカーのような奴だな」
「いやだなぁ、ただのファンだよ、僕は」
「……なぁ、ゆり。今日お前は俺にジゴロと言ったが、どう考えてもこいつの方がジゴロだろ?」
「……えっと、ジゴロにも色々とタイプがあるから」
「なるほど」
ついでにコルトの言った「どうせなら」の意味は、「今夜どうせ会うなら」ということだ。
「まぁ、本音を言うと、久しぶりに君とゆっくり話をしたかったからだけどね」
「それならそうと早く言ってくれ。危うく縁を切るとこだったぞ。はははははは」
「目が全く笑ってないのに棒読みじゃないのがむしろ怖いよ、カキス君!?」
失敬な、演技派と言ってくれ。単に目まで笑わせる必要がないと思っただけなのに。
「はははっ!やっぱり君は水谷さんと一緒だと楽しそうだね」
どこまで冗談なのか、あるいは全てが本気なのか知らないが、一番楽しんでるのはコルトだと思う。……ついでに俺は本気だった。
ジト目もそこそこに、俺とゆりも席に着く。と同時にルトアさんが俺たちの分もティーカップを持ってきてくれる。
「カキスとコルとの馴れ初めも気になるが、それ以上にカキスとゆりお嬢様とのことの方が気になるな」
ディングが勉強道具を片付けながら聞いてくる。
「ん? 普通じゃなかったぞ?」
「さも当然のように以上と言い切ったな、こいつ……」
「ん~。……カキス君の実家はちょっと特殊なんです。私たちの母国、『大和』での最高権力者のお方を裏から支えてもらっているんです」
ゆりが苦笑しながら我が家『覇閃家』について説明する。
「支えてもらっている、とは?」
「はい。普通、私たち国民は大きく見て国王の部下です。国王よりも下の存在なのは私達、水谷家も変わりません。でも、カキス君の実家は、財力、武力、人材、どれをとってもすごい規模で、覇閃家単独で、中規模国家を作れるくらいなんです」
「そこまでの力を持っていると、どこの国にも属する必要性が無い。だが、その力の一部を大和の最高権力者、いや、大和のために使ってやっているのさ。力を貸しているといってもいいな。覇閃家は、表社旗にも裏社会にも根を這っている」
ある意味、大和の本当の権力者は覇閃家となる。覇閃家初代頭首は、たった一代で築いた力を、自らの母国に使った愛国者だといえるだろう。
「元々、上の立場の人間だったわけか」
「いや、そんなことはない。別に政治に関わっていた一族じゃない。俺たちの元は覇閃一族と呼ばれていた大和の暗殺集団だ」
「はぁ?」
すごいガラの悪い奴みたいな声を出された。
「それは今でも変わっていない。本業は暗殺で、副業の一つとして大和の要請に耳を貸しているだけだ」
ディングは空いた口を閉じて険しい表情になる。俺もそこでいったん言葉を切り、ディングが整理するのを待つ。
「……何故そんな一家と水谷家が関わりを持っている?」
「さぁな。俺とゆりの父親が親友だから、と本人たちは言ってたな」
本当にそうなのだろうが、絶対にそれだけではないはずだ。
「副業は、世界中の孤児を回収している。基本的には、大和基準で育て、成人を迎えたら彼らにどうしたいかを選ばせる。新しい人生を歩むか、覇閃家の家事とかもろもろのキレイな仕事をするか……、汚れ仕事をするか」
覇閃家が有している私有地は島一つ丸ごと。その敷地の約三分の一は孤児たちのために使われている。本家とは話して暮らさせているのは、機密が漏れたり、不必要に裏の世界に触れたりしないようにするためだ。
「最初からその汚れ仕事をやらせるために拾い集めているんじゃないのか?」
「ディ、ディングさん、違います! カキス君の説明の仕方が悪いだけで、覇閃家は……」
「ゆり、それはお前の感覚がマヒしているだけだ。普通誰だったディングのように思うさ。それに、ディングは決めつけるんじゃなくて、俺にどうなのか聞いているだけだ」
ゆりは覇閃家の明るい部分も、暗い部分も幼い頃から触れているため、普通とは少し感覚が違う。
普通誰だってディングのように思ってしまう。孤児とは良くも悪くも社会的地位が低い存在として扱われることが多い。道具のように使い、壊れたり使い物にならなくなれば簡単に捨てられる。
暗殺を生業とする以上、その辺に対して懸念を持たれるのは当然だ。
「だが、俺達、……否、我が一族はむしろそのような行いをするものを成敗している。……俺たちはそんなクズどもと同じことをしているつもりはない」
「カキス君……」
あえて口調を堅苦しいものに変える。
たとえ、世界中の人々にどう思われようとも、俺にとっては誇れる家族たちなのだ。自分だけだろうと、俺はみんなを信じている。
「……ふっ、だろうな」
ディングは最初から分かっていたかのように表情を緩める。
「私はバカだからな。変に疑って混乱するぐらいなら、絶対的な存在を決めて善悪を判断することにしている」
「…………その存在が、ゆりってことか」
「なるほど、だから、ディングは愚直でありながらも間違った方向に向かないんだね」
今までだんまりだったコルトは納得しように手を叩く。かくいう俺もだが。
要するに、ディングは信念を持っているのだ。自らが忠義をささげた相手を信じるという信念を。それは揺るぎない信念であり、それを心に決めているのなら道を曲げることはない。
「だから私は、お前を善だと断言されるお嬢様を信じて、私もお前を善だと信じている。……それに、お前の目に迷いはない。であれば、信じない私が悪になってしまうからな」
「……そいつはどうも。話を戻すぞ」
今まで、こんな風に俺のことを信頼してくれた奴はいなかった。俺が証明することもなく、ただ、人づてに信じる心の持ち主を。だからだろう。つい言葉が出なかったのは。
微笑を浮かべかけるのをなんとなく抑え、話を戻す。
「あぁ、私だけ知らぬのも落ち着かないからな」
「あ、ぼくは知らなかったよ?カキスに幼馴染がいたことすら」
一人だけ仲間外れだと思っていたディングに、コルトは手を挙げて仲間だと主張する。
「私はとても可愛らしい女の子と仲が良かった話は何度かお伺いすることはありましたが、詳しいお話は聞いたことがありません」
実は、六年間の間、ほとんど誰にもゆりの話はしていなかった。それは、ゆりのことをあまり考えないようにしていたからでもあるが、話す機会がなかったからだ。それに、
「あの頃の、ゆりと出会う前後のことはあんまり思い返したくなかったからな」
「荒れてたもんね、あの頃のカキス君」
2人して苦笑しあう。
「あまり話したくないから端折らせてもらうが、まず俺が最初にゆりと会ったときは六歳で、子ども心に侵入者だと思って殺そうとしたんだ」
「おいこら待て、侵入者だと思って殺そうとする心がある子どもがいるわけないだろう」
「まぁまぁ、ディング。カキスの話にいちいち突っ込んでたら話が進まないよ?それで?」
コルトの言い方だと俺が非常識の塊のように聞こえるのが納得いかないが、話を進める。
「昔からゆりは人見知りだったが、その頃は無表情でボーッとしてる子どもだった。そんなゆりの首筋にクナイ……この国でいう、ナイフ的な物を当てたんだ。そしたらこいつ、その時になんて言ったと思う?」
三人が全く同じ動作をとる中、ゆりは一言一句同じことを言う。
「『私の最初の友達になってくれませんか』だったよね」
ゆりは、見えない宝物であるかのように、愛おしそうに胸の前で手を握る。
「最初は言ってる意味が全く理解できなかった俺は、とりあえず親父のところに連行した、というのが俺とゆりが初めて会った時の話だ」
俺がしみじみと語りきると、ディングが何故か渋い顔をしている。
「……とりあえず思ったことを言わせてもらうと、そこからどうしたらこうなる?」
「別に?誤解が解けてからはことあるごとにゆりが、特に何かをするわけでもなく、常に俺の服を握ってついてきてたぐらいかな?……あの頃の俺は殺人人形としてしか世界の見方を知らなかった。そんな俺にゆりが普通の世界の見方を教えてもらった」
「あぁ、なるほど、だからか」
今日二度目の納得をコルト。
「いやね。たまにだけど、カキスの口調や考え方や行動が妙にゆったりというか、ほのぼのというかしてる時があって、君らしくないと思っていたんだ」
「確かにそうですね。リラックスされている時だったからなのかもしれませんが、ゆったりなされている時はらしくないように思えることが何度かありましたね」
「カキスらしくない時があるのはたぶん、水谷さんの影響なんじゃないかと」
「ま、そうだろうな」
「確かにそうかもしれませんね」
「え、え、どういうこと?」
「私も良く分からんのだが?」
ゆりとディングはまだ分からない様子(普通は分かると思うが……)で、ルトアさんは納得し、俺はそのことを認める。
いまだに理解していないアホの子とバカに詳しく説明してやる。
「俺はゆりと出会ってから感情を再構築したんだ。いつも近くや隣にいたゆりの影響を受けるのは当然だろ?」
とはいえ、六年間離れている内に、かなりゆりの性格とは離れていったらしい。まぁ、それも家出目的に一つだったといえばそうなのだが。
「「なるほど!」」
主従仲良く声を揃える。
「……というか、俺がほのぼのしてたら悪いか?」
ジロッとコルトを睨み見ると、おなじみのコルトスマイルでニコニコしている。
「とんでもない。らしくないとは言ったけど、悪いなんて言った覚えはないよ」
「はぁ……。まぁ、良いか。コルト、予定を繰り上げて夜からじゃなくて今からにするぞ。腹いせに」
「やれやれ、ゆったりなのかせっかちなのかどっちかにしようよ、カキス」
「じゃあせっかちということにしといてくれ。面倒だから」
お互いに軽口を言いながらカップを片付ける。自分の食器は自分で片づけるルールがあるわけではないが、クセで片づけてしまう。
「お出かけですか?」
いつの間にか、ルトアさんが「命令待ち」で立っている。
「命令待ち」というのは俺が勝手に呼んでいるのだが、会釈程度に腰を曲げた状態で二歩分斜め後ろに立っている状態のことを示す。
忘れがちだが、ルトアさんはメイドであり、”アゴ”で使われる立場の人間だ。もちろん最初は「カキス様」と呼ばれたり、着替えのお手伝いや、ふろで背中を流そうとしたりと、メイドとして俺の身の回りの世話をしていた。
だが、俺は「様」づけで呼ばれるのが嫌いだし、屋敷に居た頃から使用人を使うのが苦手だったので、そのことをルトアさんと長時間にわたって話し合った。結果、ルトアさん的に年上の友達を相手にするという形で落ち着いた。
そして、この「命令待ち」は、必要ならお申し付けください、といった感じで命令を待っている。だから、「命令待ち」
「たぶん夕飯には帰ってくると思う。コルトは……」
「僕は僕の家で食卓を囲むよ」
「そうか。ディング、俺がいない間のゆりの子守りは頼んだぞ」
「了解した。どこで何をするつもりか知らんが、気を付けろよ」
目ざとく俺とコルトの手元にある木刀を見ているあたり、なんとなく予想がついているのだろうが、ディングは何も言わない。ゆりは少し心配そうに俺たちを見送る。
例のメモ帳のことが若干の不安を残すが、先手は打ってある。奴は絶対に真正面からケンカを売ってくるはずだ。
「その時にケリをつけるか……」
「カキス?考え事かい?あんまり考え事ばっかりしてると、お嬢様が心配するよ」
「そいつは困る。うちのお嬢様は一度心配しだすと、不安げな目で見てくるから、心が痛いこと痛いこと……」
「あはははっ!それは刺し傷のように痛そうだね」
「あぁ、あいつは俺を精神的に殺せる。いろんな意味で」
「それはすごい。……さて、どうする?すぐに始める?」
「そうだな。夕飯までそんなに時間がないからな」
ピースの裏の用水路に着くと、準備運動もそこらに俺らは木刀を構えて向き合う。
「君ほどの人間でも、二年のブランクは大きいのかい?」
「ああ。むしろ、”俺ほどの人間だから”、二年がデカい。……正確に言えば六年だがな」
「そっか。……なら、勝つチャンスかな、これは?」
「ふん。…………始めるぞ?」
「…………いつでもどうぞ」
○ ○ ○
ヒュオンヒュオン……カランカラン!
元々人通りの少ない区画で、日が沈めばもはや人の姿はない。そんな通りの裏の用水路で俺とコルトは組み手をしていた。
秘密の修行。というとロマン溢れるもののように聞こえるが、実際は、周りに被害が出ると危ないので人が少ないこの場所を選んだ。人目に付くのを避けるのも目的ではあるが。
「……魔術に頼りすぎだったな。剣本体を当てなきゃ意味がない」
「やっぱりそうだよね。どう考えたって今回は無駄なことに魔力を使いすぎだったよ」
「面白い魔術ではあったが、実戦で使用する分にはもう少し使用頻度を下げた方が良いだろうな」
俺が弾き飛ばしたコルトの木刀を、自ら回収して手渡し、今回の反省点を話し合う。
「それにしても、全然勝てる気がしないな~」
「そう簡単に負けてやるかよ」
126戦中、俺の勝率は100%。それでも、過去何度も『奥義』を使っているので、コルトの相手をするのは手が抜けない。
基本的に勝負ごとに対して強いこだわり、それこそ負けず嫌いというわけではない。どちらかというと俺はそういったことには無関心ではある。だが、人並み以下なりには悔しいと思うことがある。だから、そう簡単に負ける気はない。
「とはいえ、お互いに手加減してるからな。本気で戦ったらいい勝負になると思うぜ」
「それは剣術での話じゃないか。君の能力も考慮したらそれこそ打つ手なしだ」
「お前が能力者でもないのに、俺が能力を使ったらフェアな勝負とは言えなくなる」
「そうだけど……」
コルトは能力者ではない。いや、もしかしたら能力者なのかもしれないが、少なくとも今のところは覚醒していない。
能力者ではない人間からしてみたら、能力者の方がよっぽど強いように思えるだろうが、そんなことはない。いくら、能力を持っていたとしてもそれを磨く努力をしなければ強くはなれない。むしろ能力者の方が大変なのだ。能力がないのであればその分ほかのことを磨く時間が作れる。それで補えばいい。
能力が無いことを言い訳にして、努力もせずに怠ける者には、能力者に勝つことなど永遠にできない。例え、どれだけ頑張っても勝てなかったとしても、それは必ず自らの成長につながるのだから。そして、それは凡人という底なしの谷底から這い上がるための縄梯子となる。
だからコルトは強い。確かに、コルトには元々の剣術の才能もある。それは才能がないと言われたものにしてみればそれだけずるいと思うかもしれない。
だが、コルトの剣術の才能は天才とは違う。何の努力もせず、最初からや少ない経験で成功してしまう才能ではない。それは、努力の結果を発揮する才能だ。その才能は、秀才と呼ばれ、決して才能に溺れて輝く力ではない。むしろ、努力しなければいけない才能なのだ。
コルトはそのことを自分でよく理解しているから強い。今では、そこらの能力者よりよっぽど強いはずだ。
…………それでも、『正直者を馬鹿が笑う』現実は、いつの時代になっても変わらない。どの世界でも。
ともかく、俺はコルトに戦術の一つとして魔力の有効活用を進める。
「俺が無属性なのを利用して、属性で攻めてくれば勝機を見いだせるんじゃないか? どこぞのプライドがハイな輩程度でも俺は危ないんだからお前並みになれば一撃必殺になるだろう?」
「君が魔法を剣技で無効化しなければね……」
コルトにしては珍しく、やさぐれたような表情を浮かべる。
「使うタイミングの問題だ。中級魔法ですらない、初級魔法をバンバン使うからだ」
コルトはそこまで魔法が得意ではないが、それでも大半の中級魔法が扱える。その中で、比較的使用する魔力量の低く使いやすい魔法だって存在する。なのにコルトはそれらを使わない。
「いや、そもそも普通の人間は剣技で魔法を無効化しないから」
「いまさら、俺らのレベルで普通の人間を引き合いに出すか?」
「そりゃあいっぱいいるだろうけど、全部”魔術”でだよ。それに比べ、君は純粋な剣捌きでやるじゃないか。それも、大きなためや予備動作も無しは僕のレベルじゃいないよ」
「やり方は教えたし、できるようになったんだろう?」
魔法を無効化する技術は世界的に有名で、王国の騎士は必須技術の一つとなっている。だが、それはコルトが言ったように魔力を使用して行う魔術なのだ。
同じ量の魔力を真正面から打ち付けて相殺する。それが『魔法無効化』の原理だったが、魔力を使う以上属性関係や魔力を使用してしまう。失敗する可能性もあるので、避けた方がよっぽど経済的だし、苦労しない。
だが、世界で五本指に入ると謳われていた程の剣豪だった我らが初代覇閃家当主は、密かに魔法無効化と同じ技術を開発した。
その技術は覇閃家の一族である俺にも伝わり、習得している。
「それでも成功率は低くくて、とてもじゃないけど僕には扱いきれないよ」
「まぁ、俺も中級魔法で成功率が80%を超えるぐらいだからなぁ……。上級魔法に関しては絶対的に経験が足りなくて、成功率が出せないし」
初代頭首はこの技術を公表しなかった。正確には公表する意味がなかった。そもそも、世界的な剣士が編み出した技術が、一般人に扱えるはずもない。
覇閃家には初代頭首に関する文献が大量にあるため、俺はその技術を知ることができた。習得するのにはかなりの年月を費やしたが、まだまだ完璧とは言えない。文献によると、初代頭首はその技術で天変地異レベルの魔法、『禁呪』魔法すらかき消したという。
「……刀さえあれば簡単なんだが……。まぁ、無いもの強請りしても仕方ないか」
俺がもっとも扱える剣は日本刀だ。それさえあれば、上級魔法だって楽に消せるだろうが、大和以外で刀は全く見ない。
「君の能力で”創れ”ないのかい?」
「まさか、単に俺の拘りなんだよ。刀だけは俺の能力を使わない。六年前、家どころか大和すらも捨てるぐらいの腹積もりで家出した俺は、日本刀に対する思い入れだけは捨てなかった。それほど特別なんだよ、俺にとっては」
「水谷さんも、だろう?」
「茶化すなよ」
強く否定はしないが。
肩をすくめて、コルトを置いていくように歩き出す。
「冗談が通じない人は嫌われるよ?」
コルトはすぐに俺の隣に並ぶと、肘で俺の脇をついてくる。
「じゃあ、お前はそんな奴の親友に喜んでなる、変人系爽やかイケメンだな」
「それでも構わないよ、君と親友を保てるなら。……それにしても、日本刀、だっけ? を使ってる君と一度戦ってみたいな……」
「やめとけ、……もっと差が広がるかもしれないぞ?」
俺にとって、刀以外の武器を使うのは利き手じゃないほうで食事をするようなもの。刀を扱って初めて、俺は剣士として、武士として、本気になれるだろう。
「望むところだ! って、ディングなら言いそうだね」
「かもな」
そんなどうでもいい会話すら、いや、そんな平和な日常だからこそ、俺は自然に笑っていられる。
これからすぐに、面倒なことに巻き込まれることがわかっているから。
○ ○ ○
「パーティー、ねぇ……」
入学式から二日経った今日、家族会議(?)の議題は一通の招待状について。場所はピースのロビーで、メンバーは俺、ゆり、ディング、ルトアさんの四人だ。内容は新入生歓迎パーティーにぜひ来てほしいといったもので、それ自体は会議を開くほどのことではない。
入学式の後、三日間の休みがあるのは、貴族がまさにこういったパーティーをするために用意された学園側からのご厚意だ。今日はまだぎりぎりその期間の内なので招待状が来るのは何らおかしいことでは二だろう。
水谷家は位が高いわけではないがそれでも貴族だし、ゆりは身内びいきしても美少女だ。水谷家と顔見知り程度の連中が、自分の息子の嫁にするためにパーティーに招待することだってあるだろう。
なお、本人の強い主張により美幼女と表現するのは禁止となった。つまらん。
なら、何故ここまで大仰に扱うかというと……、
「イラプドの屑は文字が書けるくらいには頭が使えるのか、びっくりだな」
「く、屑って……」
そう、イラプド、もとい、屑からの招待状だから問題なのだ。しかも奴の屋敷で。
「どう考えても、望んでない熱烈な”歓迎”が待ってるだろうな」
嘆息気味に、招待状をテーブルの上に投げる。
(まさか、ここまで行動が早いとは思わなかったな……)
だいたい、ついこの間に招待した相手の従僕を傷つけておいてこれはないだろう。確かに俺も最終的にはぼこぼこにしてやったが……。まさか、仲直りという名目で誘った気か?
「私もそう思います。お嬢様、行くべきではありません」
ディングは道場での出来事を考え、行くべきではないと主張する。どうやらディングも、あいつを危険人物のリストに入れているらしい。
もちろん俺も、ディングに賛成だ。道場のこともあるが、他のことでもイラプドを警戒している。
ゆりだって理解している筈だが、頑なに招待を断らない。
「もう、心配しすぎですよ?ただのパーティーなんですから、そこまで重く考えなくても大丈夫ですって」
ゆりは苦笑いを浮かべてルトアさんが入れた紅茶を口にする。
「でも、カキス君がダメって言うなら行かないけど……」
「俺はお前の護衛であって、お前を縛る人間じゃない。俺の意見としては、行くのを進めないが、どうしても行くなら、俺とディングの仕事になる」
何もせずに無事にパーティーが終わるとは思えない。だから、何かあったときは俺とディングの、護衛の仕事をするまで。……まぁ、ディングがどこまで役に立つかわからないが。
「カキス……、お前はどっちの味方だ」
「むろん、考えなしのゆりの味方だ」
「とても私の味方とは思えない発言だよぅ!?」
ディングはどうしても反対らしく、いまだに眉を寄せている。
「ディングさん、どうかお願いします。私、どうしても行かないといけないんです……」
「…………………」
ゆりは、ディングに頭を下げる。
「そ、そんな……!頭を上げてくださいお嬢様。……わかりました。私たちは、お嬢様をお守りするためにここにいるんです。お嬢様が行かれると仰られるなら、どこまでもついていきます」
ディングはわざわざ、席を立ってまでゆりに跪く。畏まれるのが苦手なゆりは慌てて手を振る。そんな二人を視界の隅に収めながら、俺は別のことを考えていた。
(……『どうしても行かないといけない』だと?……あの野郎、ゆりに何を伝えやがった?)
ディングは頭を下げられて、気づく余裕がなかったのかゆりの発言に違和感を感じている様子はない。
(案外、それがわかっていたからゆりは頭を下げた可能性もあるな)
ゆりは決してバカではない。そういう風に誘導することだって出来る筈だ。だが、俺がその程度で誤魔化されないとゆりは分かっている筈。なのに、俺に対しては誤魔化しを特にしていない。
俺には隠し事ができないと思っているのか、それとも……。
「ありがとうございます、ディングさん。カキス君も」
俺の思考を打ち切るようにゆりが礼を言う。
「気にするな。帰ったら『お仕置き』フルコースだから」
「気にする!それは気にするよぅ!昨日のも耐えられなかったのに二日連続は無理だよぅ!?」
顔を真っ赤にして首を千切れそうな勢いで横に振るゆり。
本来なら入学式の夜にやるはずだった『お仕置き』はまだ本調子じゃなかったので、昨日やったが、最後までする前にゆりがギブアップしてしまった。
「だからだよ。昨日はフルコースでヤれなかったから、その罰として今日もやるんじゃないか」
「”ヤる”のとこだけ強調しないで!?」
「どうしても行きたいって言ったのはお前だろ?」
「やっぱり行くのやめようかな……」
まったく、我が儘な奴だ。
今回、俺が強く反対しなかったのはゆりの気になる発言だけじゃなく、色々な理由がある。
「さて、パーティーに行くのはいいとして、だ。俺が行けるかだな」
顔を合わせるたび(二回)に喧嘩を売ってくる奴が、簡単に俺を会場に通すとは思えない。
嫌々ながら、招待状を封を切って中身を確認すると、以外にもゆりを含めた四人分の入場許可賞があった。
「えっと、カキス君、私、ディングさん……もしかしてルトアさんの分かな?」
「いえ、それはないと思います。私は水谷家の人間ではなく、宿を提供している一介のメイドに過ぎないですから。私の分ではないかと」
「おそらくはコルトの分だな。建前としては、ご友人と一緒にご参加を、ぐらいのつもりだろうな。ここ二、三日一緒にいたからだろうな」
コルトも貴族で、参加権がある。コルトに関してはこれからの関係を広げるために、俺らがダシに使われているかもしれない。
「コルトが一緒ならばさらに安心だな」
さりげなくコルトも手伝わせる気なのか、ディングは腕を組みながら頷く。
「それはさすがに迷惑なんじゃ……。まだそんなに親しいわけじゃないし」
「いや、あいつは喜んで手伝うさ。どうせ暇人だろうから」
(それに、コルトがパーティー中ずっとゆりの近くにいれば余計な虫がよらなくなるだろうし)
異性であるコルトが近くにいればナンパされることも少なくなるだろう。お似合いだとは思うし。
俺は、あくまでも護衛としてゆりの近くにいるつもりなので、虫を払うことができない。覇閃家の名を使うこともできるが、こんなことに使うつもりは一切ない。それに、覇閃家はむしろ貴族としての格が高すぎて、イラプドごときが開いたパーティーに出席するのは相応しくない。
「ドレス、あったかなぁ……?」
「良い仕立て屋を知っているので、そこで選びましょうか」
ゆりとルトアさんは既に服の話に移っている。
ゆりは後からも送られてきた荷物の中身を思い出しているが、どうせ衣類の全てはワンピースに決まっている。
それよりも、俺たちもスーツを何とかしなければならない。
「俺たちもスーツか……」
「私は別に気にしないが?」
「俺は堅苦しくて嫌いだ。ていうか、もう二人ともいないし」
テーブルの上にはピースの合鍵が置かれており、二人の姿はない。
「……はぁ、行くぞディング」
今は午後4時。パーティーは6時から始まる。それまでに準備を終えなければならない。
「ああ、了解した」
相変わらず固いディングの返事を聞いたとき、ふとディングのスーツ姿を想像する。
「……俺よりよっぽどボディーガードだな」
対して俺は遊び人のようになることだろう。
「何か言ったか?」
「いや、何も」
何だかディングに負けた気がしないでもないが、どうでも良かったので話さないことにした。
○ ○ ○
午後六時十分
何とか準備が間に合い、滞りなくパーティーは始まった。
表向きはまともなパーティーのように見えるが、チラホラと入学式で見たことのない奴も見受けられる。若い連中だけでなく、中年の連中もいる。が、そういった輩に限って笑みがあくどい。
(あそこら辺はイラプドのお仲間だな)
こちらに何かをしてくる気配はしないが、ニヤニヤと見世物の様にこちらを見てくるあたり、間違いないだろう。
用意された料理も毒なんか入っていない。ただ、妙にアルコール度数の高いカクテルやワインが並べられているのが気になるが、ゆりはまだリベルの法律では飲めない。
「なんというか拍子抜けだな」
全員がイラプド側の人間かと思ったが、ちゃんと新入生も誘っている。これではそう簡単に俺らに手が出せないと思うのだが、何を考えているのやら……。
まぁ、だからといって警戒を解くわけではないが。
「それはそうだよ。カキス君が今まで行ったことのあるパーティーに比べれば全然……」
「パーティーの規模に対して言ってない。……それとゆり」
「ん?何?」
「お前……ドレスを買いにいたんじゃないのか?」
「うん。行ったよ?」
小首を傾げるゆりの服は黒の妙にフリルが多いワンピース……いや、よく見るとゴスロリなのかもしれない。
よく、ドレスコードに引っかからなかったものだ。
「ゆりにとって、ゴスロリはドレスなのか?」
「あ、そうだった!あのね、カキス君。これを選ぶことになった経緯なんだけど……」
「こんばんわ、マドモアゼル。今夜は楽しんでお過ごしください。……それと、君に話がある」
音もなく近づいてきたイラプドは流れるようにゆりの前に跪き、手の甲にキスをしようとするが、気配で接近に気づいていた俺はゆりの腰を抱くようにして一歩下がらせる。
ゆりは俺が下がらせた意図にきづくと、気まずそうにイラプドから顔を背ける。イラプドはすぐに立ち上がり本気で俺を睨む。
(ふむ、まるでコントのような流れだったな)
我関せず、を突き通したかったが、話があると正面切って言われた以上無視できない。
「何ですか?先輩を倒したっていうこの上なく価値のない名誉なら喜んで無かったことしてあげますよ?大変でしょう、先輩はなんせ貴族の坊ちゃんですからね。俺のように名傭兵かぶれみたいな奴と違って」
わざと挑発するような言葉を選びながら気遣ってやる。
「!!………ふん!今のうちに最大限余裕を見せておくんだね」
「そうですね。せめて、煽られてすぐに青筋を立てた先輩よりは」
「お友達も連れてあそこの部屋へ。VIP待遇をしてあげよう」
もはや俺の話など聞く気無しといった様子で、自らが指した部屋へ行く。
ゆりは、俺とイラプドの会話中はずっと顔を俯かせていた。まるで、何かに耐えるように。
「何とも傲慢な奴だな」
「残念ながら、学園の中には彼みたいな貴族はいっぱいいるよ」
いつの間にか、ディングとコルトが挨拶回りから戻ってきている。
コルトはそこそこいいとこの坊ちゃんなので、いくら遊びで俺らについてきたとしても、貴族の仕事としてちゃんと知り合いへ挨拶をしなければならない。ディングには、これも勉強になるだろうからとついて行かせた。
結局、俺が探し回る前に、お友達が集まってしまった。
(行くしかないか……)
イラプドが消えていった部屋に視線を向けると、コルトが意外そうに声を上げる。
「あれ?ゆりさんを放っておいて良いの?チャームの魔法をはじくことが僕にはできないことを知ってるでしょ?」
「もちろん知ってるさ。それに、お前もあそこに誘われた人間だぞ?お前だけ面倒事から逃げることは許さん」
実は、パーティー会場に入ってからずっとゆりに、チャームの魔法を色んなところからかけられている。
チャームとは、異性を魅了する魔法で、術者の命令を何でも聞いてしまう洗脳系魔法だ。これにもしかかってしまうと色々面倒で、術者以外の男を敵と思わすことができてしまう。そうなったら、野郎しかいないこの場ではゆりを守るどころか、ゆりから逃げられてしまう。
チャームに限らず、魔法は結界によって防ぐことができる。結界は、魔法結界や衝撃結界など色々種類があり、対応する結界でなければ魔法を防ぐことができない。
コルトは結界魔法が得意ではなく、チャームの魔法を弾くことはできない。今のところは俺が結界を張っているが、俺自身も結界はそこまで得意分野ではなく、遠隔で結界を張り続けることはできない。俺が離れたら、ゆりは一瞬でチャームの魔法にかかってしまう。
「大丈夫だ、手を打つから。コルト、俺の右手を隠すように立ってくれ」
「あぁ、そういうこと。でも、良いのかい?使っちゃって」
「俺は気にしないさ」
コルトに、俺の右手を隠すように立ってもらい、ざっと誰も見てないのを確認すると、頭の中に短剣を思い浮かべる。
そして、魔力を右手に集めると、軽く握られた手に思い浮かべた短剣が一瞬で形作られる。
「え、え?今……?」
ゆりが余計なことを言う前に、鞘に収めた短剣を握らせる。
「ゆり、俺達が帰ってくるまでこれを持ってろ」
「う、うん」
ゆりが短剣を受け取ると、肩を持って180°ターンさせ、トン、と軽く背中を押す。何度も不安そうな顔でこちらを振り返るが、やがてパーティーの人ごみに溶けて消える。
それを見届けると、
「さて、行くぞ」
頭の中でスイッチを切り替える。二人を連れて、”裏”のパーティー会場へ向かうために。
○ ○ ○
「真っ暗だな……」
「この暗闇に乗じて何かする気なのかもな」
「実は今、周りが敵だらけ!とか?」
「さあて、どうだか」
微かに魔力を感じるが、人の気配はしない。
油断なく周囲を警戒していると、部屋の真ん中らしき床が光る。あまりにも小さい光で、部屋を照らし出すほどの光量はない。
「どうする?」
コルトが楽しさを隠そうともせず聞いてくる。震脚で何かあるであろう仕掛けごと壊そうとした俺の足を踏みつけながら。
「……はぁ。分かった分かった。無粋なことはしないから足をどかしてくれ。地味に痛い」
「お前ら、これは遊びではないんだぞ?早くお嬢様のところに戻らなければ……」
仕方なく、ディングの後に続いて光っているところに行くと、部屋の四隅に置かれていたらしい燭台に火がつく。おそらく、魔力灯だろう。微かな魔力の正体はこれらだったらしい。
弱い光ではあるが、暗闇に慣れた目にはちょうどいいくらいだ。その光に照らされた部屋の全貌は、何の変哲のないタダの部屋だった。
「?」
そう、ただの部屋なのだ。特に広くなく、ともすれば金持ちの家には相応しくない広さの部屋で、……いや、
「あれはヴィジョンか」
「本当だ。ヴィジョンだ」
この部屋にい入ってきた扉と間反対の壁には、横長の長方形の板が埋め込んである。
「ヴィジョン?」
「最近開発された魔道具で、映像を記録したりして、あの板にそれを流す、軍事用品だ」
「軍事用品がなぜここにある?」
「軍事用品とは言ったが、別にあれが一般の市場で売られていないことはない。だが、あまりにも高価で、貴族もあまり手が出せない代物らしい」
とても、イラプドごときが買えるような安物ではないのだが。提供者がいたのか、資金提供者がいたのか。それとも、その両方か。
ブブブ、ブツン!
ディングに説明し終わったタイミングでヴィジョンに映像がでる。
最初はぼやけていた映像も、段々とはっきりしてくる。映像には、一組の男女が映し出されている。
「なっ!?」
「あちゃ~……、やっぱりやられてたね、カキス」
「……面倒な」
一組の男女とは、イラプドとゆりである。
○ ○ ○
「先輩、今日は招待……してくださってありがとうございます」
カキス君たちと別れてすぐに、この人は私の前に現れて、この、パーティー会場から離れた場所に連れてこられる。
二人しかいない廊下で私は深く腰を折る。気持ちなんて一切込められていない。単に不安に揺れる顔を見せたくないだけ。本当は今すぐにでも走って逃げたい。
でも、何処に逃げたら良いの?
「ふふっ。気にすることはないよ。君は僕に招待されて当然なんだ。陛下の次に美しい僕が認めた人なのだから」
○ ○ ○
ふっ、とか言って前髪を書き上げるイラプドを見て一言突っ込まずにはいられなかった。
「おい、何処の国王なんだ?あいつより1個分美しい陛下とやらは」
「いや、僕に聞かれても……」
○ ○ ○
「……大変恐縮です」
国王陛下のお顔を見たことはないけど、絶対にカキス君の方がカッコいいと思う。
「それにしても、君の方から話しかけてくれとは思わなかったよ。意外と大胆なんだね」
まるで、私から誘ったように話を進めるけど、実際は目があっただけだ。それだけなのに……、冗談ではなく本気で言ってるのも怖い。
「……先輩、先輩はどうして今ここにいるんですか?さっき、カキス君と皆に話があるって言ってたじゃないですか?」
「ははは、いやだなぁ、ゆりさんは。僕があんな奴らと話すわけないじゃないか、汚らわしい。……どうでも良いじゃないか、彼らなんて。今は僕と話をしているんだから」
(どうでも良くなんてない!)
なんとか、叫ばずにいられたけど、キッ!と睨んでしまう。
「なら、先輩とのお話をします。このメモ帳は先輩のものですよね?お返しします」
私はバッグから例のメモ帳を取り出す。
「あぁ、どういたしまして。でも、これはメモ帳じゃないよ。交換日記だ。君と僕の、だれにも邪魔されることのない、ね」
○ ○ ○
ニチャァ……。
イラプドは下卑た笑みを浮かべ、メモ帳を受け取る。
「あれはあいつの物だったのか!?」
「あぁ、そうだ」
「カキスは知ってたの?」
「……まさか、ゆりまで知っているとはな」
俺は、あのメモ帳の正体を知っていた。入学式の後で奴と会ったときに。
「あいつとは入学式の後で初めて接触した。そのとき、何故か奴は初対面の筈のゆりの名前を知っていた。その時点で怪しいとは思っていたんだ」
事前に手に入れていた情報からも、目を付けていた相手ではあったので気づくのは簡単だった。
「……まさか、ゆりが知っていたとはな」
○ ○ ○
「そ、それと、そのメモ帳を通して先輩が私に何をしたいのかもわかりました……」
本題に入る前なのに、心が折れて泣き出しそうになるけれど、ここで引くわけにはいかない。
皆のために。……ううん、カキス君のために、
「お願いします。これ以上カキス君に怪我させないでください!私が、私が先輩のところへ行きますから……!」
私一人が我慢すれば良いから!
○ ○ ○
泣きそうなゆりの表情を見て確信した。ゆりはやっぱりあの時に泣いていたんだ。声を殺して泣いていたのは、俺に知られないため、俺に無用な迷惑をかけないようにするため。
そして、イラプドが俺を快く思わないことも理解して、俺たちから気が逸れるように自分を差し出すつもりなのだ。
だから、パーティーに行くときにあんな使命感のような言葉が出てしまったんだ……!
「あのバカ……。ゆりを探しに……!」
ガゴン!!
突然、床が開き体は強制的に宙に!
「のわぁぁぁぁ~!?」
ディングが間抜けな声を上げながら、手をジタバタさせる。
部屋自体が暗かったせいもあって下は真っ暗で、どのくらい穴が深いのか全く分からない。五メートルか、はたまた五十メートルか。どちらにせよ、一度落ち始めた以上、上る必要がある。
(ちっ!この程度で時間を使ってる暇は無いんだが……!)
俺一人ならば、この程度のことは時間稼ぎにもならない。だが、今はディングがいる。
「コルト!」
「うん!! 風よ!」
コルトは自分の背中から魔法で風を発生させ、ディングの腕をつかみ俺の方へ流れてくる。
俺は落下しながら姿勢を整え、流れてきたコルトの足裏を自らの足の甲の上に乗せる。コルトも膝を曲げて力を溜める。
「いくぞ」
「うん、いつでも!」
この間は三秒程度。加速がついていない状態から三秒程度であれば、そこまでの落下距離ではい。
「ふっ……!」
コルト(とディング)を乗せた右足を、思いっきり蹴り上げる。
「ぐぇ!」
カエルの残念な鳴き声みたいな声を出したディングは、俺に蹴り上げられたコルトに引っ張られる。ぎりぎり、二人を上に戻せたようだ。
「ディング、コルト!ゆりを頼んだぞ!!」
さっきのでさらに落下速度が上がった俺は確かに二人の声を聞き取った。
「「応っ!!」」
まだまだ床は見えてこらず、化け物に丸呑みされるような気分になる。
「……さあて、どうしたもんか……」
○ ○ ○
「ゆりさん、君は勘違いしている。」
相変わらず背筋がゾワゾワする笑顔で見てくる。
「どういう、事ですか?」
ジリジリと、距離を近づけてくる。
それがさらに私を恐怖させる。
「勘違いしているのはね……君は最初から僕のモノだということだよ」
「な、何を言ってるんですか……?」
「全ては運命なのさ。あの日、君が裸を見せてくれた時から」
「い、いや! 触らないでください! それに、見せてなんていません……!」
「あの日、僕からの言葉による感激に身を歓喜させて震わせていた時から」
「放……して……! ………恐い………よぅ!」
「あの日、僕の腕に身を預けた時から」
「全部……全部……グス、先輩の、勘違い、です……」
「それなのに、彼らはさも当然のように君を自分たちの物として扱う。彼らは僕に嫉妬してしまうあまり、君に危害を加える」
「……それは、あなたの、方、です……」
「二度と彼らが、君と遭えないようにしてあげる。ほら、見てごらん?」
「…………何か、降ってきてる?」
「あれは、彼らだよ。ちゃんと死んだか確認できるようにしたんだ」
「!? ……いや、いやぁ! やめて……くださ……いぃ……」
○ ○ ○
「ようやく見えてきたが……いきなり殺しに来てやがるな」
見えてきた着地地点にはぶっとい針山がわんさかあり、人間用の剣山のようだ。このまま落ちたら、落下速度的にも、死ぬだろう。
だが、俺の頭は冷え切っていた。
(…………能力と魔法は使うまでもないか)
とりあえず、ネクタイを外し、スーツの前を緩めながら足を針山に向ける。
針山に右足が接触する瞬間、
(流連流水麗木花の型、其の一『砕氷湖』!)
針山の側面に右足を滑らせながら、押し付けるように落下の衝撃をすべて針山に移す。
パァァン!!
俺は、落下のエネルギーを全て針山に受け流したことによって、空中にピタリと静止し、針山はすべてが粉々に砕け散る。
「さて、と。扉があるってことは地上に戻れる……と信じたいものだが」
おそらく、この先にもアトラクションが待ち受けているのだろう。とてもじゃないが、この手度のギミックで殺せるとは思っていないはずだ。
今の時代、魔法や魔術が使えれば落下速度を落とすことも、針山を破壊することも造作ない。
「早く戻らないとな……」
扉を開けると、螺旋階段が二回分上に伸びている。一気に登れるとは思っていなかったが、予想以上に細かく部屋があるようだ。
「ん?」
天井の隅にカメラらしき魔法石が見える。
悪趣味なことで、あのストーカー野郎は俺が死ぬのを今か今かと見ているらしい。
(よくもまぁ、気に入らないやつを殺すのに金を使いまくるもんだな)
破壊しても良かったが、破壊する意味もないので今は放置することにした。どうせ、この先にもカメラが仕掛けてあるだろうに、それら全てを壊していては時間を浪費してしまう。
とりあえず、カメラに対して、親指で首を切る動作をしてから、二段飛ばしで螺旋階段を駆け上がる。
○ ○ ○
「ちぃ……! やはり死んでいなかったか!!」
イラプドは、カキス君しか落ちてこなかったのを確認すると、パーティー会場に私を強制的に連れて行く。
パーティー会場にもどると、コルト君とディングさんが騎士らしき鎧を着た人たちに囲まれていた。
「コルト君! ディングさん!」
コルト君が相手の動きを止めて、ディングさんが力強く肩でタックルをすることによって何とか耐えてくれているけれど、よろめかせるだけであまり効果がない。
「お嬢様!」
「水谷さん!カキスから渡された短剣を!」
「は、はい!」
すぐにバッグから出して投げる。が、あらぬ方向に飛んで行ってしまう。
「ディング、少し任せた!」
「簡単に言ってくれるな!」
コルト君はディングさんの肩を使って高く飛んで、短剣をぎりぎり掴み取る。
「地を這う風よ、我に仇なす者を舞い上げろ!『ウィンドブロウ』!!」
同時に、詠唱が終わり、ディングさんの周りにいた男たちが、台風に巻き込まれるように宙に浮く。
「う、うぉう!?」
「ぬわあぁあぁ!」
(す、すごい……)
男たちは抵抗をする暇もなく浮かされ、情けなく声を上げるだけだった。
詠唱の長さ的に中級魔法だと思うけど、初級魔法しか見たことのない私にとってはサーカスを見ている気分になる。……サーカスも見たことないけれど。
「散らせ、風よ!」
入れ替わりに着地したコルト君は、魔法で大量の五cmほどの小さな球体を自分を中心に飛ばす。
「うがっ!」
「ごっ!?」
上だと思ったら今度は後ろに飛ばされ、痛みにうめく騎士たち。
「これが魔法の力……」
特に詠唱も魔法名もない初級魔法でこの威力。さっきの中級魔法が攻撃魔法ならどうなっていたんだろう?
「くそっ! 高い金を払ったというのに!」
「い、痛っ!」
握られている、じゃない、つかまれている手に力が入れられて、現実に引き戻される。
私の声が全く聞こえてないみたいで、痛みを訴えても全然力を緩めてくれない。
「さぁ! お嬢様を返してもらうぞ!」
「パーティーは終わりだね。それとも、まだ何かサプライズがあるのかな?」
ディングさんも倒れている騎士から剣を取り、コルト君とともにイラプドに切っ先を突きつける。
「……いい加減にしてくれないかぁ。ゆりさんは最初から僕のモノなんだよ? いくら僕に嫉妬したって、ゆりさんが僕のモノであることに変わりない」
つらつらと、見下した言葉が出てくる。ヘラヘラと私を引き寄せる。
この人は自分の状況が分かっているのだろうか? ここまで来てまだ、危機感を抱いていないなんて……。
「……潰れろ、ゴミども」
「!? 二人とも、後ろ!!」
ズダンッッッ!!
「ぐがぁぁぁぁあ!?」
「ディ……っく!?」
突然、とても大きな男がこれまた大きな剣をディングさんに叩き付ける。
あまりの重量に、剣を盾にしても潰されてしまう。
コルト君が助けに入ろうとしても、大男の気迫に動けない。
(ディングさんは……! ……よかった、気を失っているだけみたい……)
……後で思い返すと、この時の私は、覇閃家にいた時に少しだけ戻ったんだと思う。出なければあんなに冷静でいられなかっただろうから。
「さぁて、二次会の始まりだね……。フ、フフ、ふひゃははははは!!」
イラプドは壊れたような、いや、すでに壊れた笑い声で嬉しそうに笑う。
午後六時半。平和な本会は終わり、選ばれたものだけの二次会が、今始まる。