第十六話「勇敢の名」
お久しぶりです
生きてます
「どうした? 簡単な二択だろう?」
ミリアが選択できることは、敵討ちのために俺に刃向かうか、全てを投げ出しここから逃げるか。
どちらを選ぼうが、俺との繋がりは断たれる。ミリアに期待していた部分もあったのだが、ここまでのようだ
最悪コルトと”あいつ”がいればどうとでもなる。
俺はミリアがどれを選ぶのかほぼ予想できている。
……躊躇いは、捨てる。
「そんなの……決まってる」
顔を上げたミリア。その瞳には真っ赤に赤熱した決意を秘めていた。俺を視線だけでも傷つけようと睨みつけてくる。明確な怒りを抱いてミリアは俺との距離を詰めていく。
一歩、二歩。
俺は逃げ出さなかったミリアに、内心で哀しくなった。
――できるなら、この手にかけたくなかった――と。
壁に突き刺したままの剣を戻し、ミリアの心臓を穿つ。それだけでミリアの命は終わる。
中身の壊れていた少女は、外身も壊れる。この館で破壊してきた人形と同じように。
(……すまない、ミリア)
心の中で詫びる。
口に出すことのできない状況を作り上げた自分を恨み、謝罪する。
許されることではないとしても、俺はここで止まるわけにはいかない。
俺は剣を壁から抜く。ザリッと壁材が削れる。振り返りつつ腕を引き絞る。
ミリアの顔がはっきりと視界に映る。その顔は怒気に彩られたまま。変化はない。ミリアは手を振り上げていた。
――手を、振り上げている……?
パァンッ。
…………薄暗い廊下の中央で、乾いた破裂音のようものが響いた。だが、紙袋が破裂した音ではない。柏手を打ったような音だ。
「私は何時までも真実を受け止められない子供じゃないわよ!!」
「……何のことだ?」
俺の剣はミリアの心臓を貫いてはいなかった。自分でもよく分かっていない。ただ覚えているのはミリアの姿が、シスターと被ったことだけ……。
予想外すぎる行動だった。俺はてっきり雷を纏わせた手刀で首をかっ切るか、雷撃の槍で心臓を狙ってくるものだとばかり考えていた。
それが実際には、ビンタが飛んできた。意味がわからん。
……いや――
「あんた、ラナイルに嘘を言うように命令してたでしょ。ふざけないで!」
「……あの野郎、バラしやがったのか」
――今の俺なら、分かる。
「シスターはあんたに無理やり傷を治させられたんじゃない。シスター自信の意志で使った。そうでしょ?」
「……分かってるなら聞くなよ」
「私が起こってるのは、バカみたいな嘘を吐いていたことよ! ほんっとバカじゃないの!?」
「……はは、本当にお前は、シスターの娘だな」
二人に血の繋がりはなかった。それでも親子としての歳月が存在していた。俺みたいな、歪な関係でもなかった。
俺はわざと捌け口となれるよう立ち回っていたが、そこには利益しか考えていない外道だった。それに比べ、シスター親としての愛情として、ミリアの支えになっていた。
ミリアがとった行動、言動、全てがシスターと重なる。慈悲深き修道女の意思を継いでいる。
「まるで私があんたを裏切るみたいなことを言ってるけど、そんなことなんてしないから! ひねくれた弟の扱いは慣れてんのよ!」
毅然とした態度で、俺を弟と呼んだ。ミリアは俺との繋がりを保つどころか、更に強固にしてきた。
俺は剣を下ろし叩かれた頬に触れる。熱を持っている。痛みもある。
この痛みが、感じられる。
誰かを心配させた胸の痛みが、この熱さの中に宿っている。
「よく言うよ。つい最近まで悩んでたくせに」
俺は溢れそうになる笑みを押し込め、ジト目で肩を竦める。
ミリアはまるで俺と再開する前から、みたいなことを言っているが、少なくともここ数日間は俺を信用していなかった。どういった経緯でラナイルから聞き出したかにもよるだろう。
「う、うるさいわね! 私が真実を知っているとは知らないあんたの表情を楽しむための演技よ!」
ミリアは俺の軽口全力で噛み付いてきた。顔を真っ赤にして反論してきたくせに、よくもまあひねくれた弟の扱いには慣れているとか言えたものだ。
「そいつは随分と演技派なこって。……で」
俺は緩んだ気分を締め上げメイリオに向き直る。
「どうする、メイリオ……? どうやら俺達が思っていた以上にミリアは自分の意思を持っていたらしいが?」
バチッ……バチッ……!
左隣から静電気の弾ける音が鳴っている。ミリアはメイリオが反応を返すよりも早く魔法を複数展開していた。
その一つ一つがすぐにでも暴れだしたいと自己主張しており、焦らされれば焦らされるほど威力を増していく。
ミリアはお互いが発電しあっている雷球を宙に浮かべたままきつく睨んでいる。長らくもやもやしていた彼女はようやく苦難から解放され昂っていた。下手に答えれば一瞬で黒焦げに成り代わるだろう。
「……あなた達は勘違いをしています。確かに私はあなた方に剣を向けようとしました。ですがそれは、これ以上あなた方が利用されないようにするためです」
三人に明確に敵意を向けられた状態でなお、メイリオはしつこく俺たちの勘違いであると主張し続ける。
あげられた顔に諦めの色は、ない。
「余計なお世話だな。もうこれ以上話すことはない」
――だから死ね。
完全にスイッチを切り替えメイリオの心臓へレイピアを突きこむ。
メイリオは身を屈めてそれを避けた。コルトは確認すると同時に一回転する勢いの蹴りで牽制しようとする。が、いとも容易く片手で足首を持って壁に叩きつけた。
ドゴォ!
一体どこにそんな力が秘められているのか、コルトは抵抗もできないまま粉砕された壁に埋もれる。
「神に祈りなさい。神が許して下さればそれはまだ間に合うということ。さぁ、祈りましょう……?」
気負いなく両手を広げ導くその姿に、まともな神が宿っているとは思えない。
「カキス君……!」
メイリオが現れた方からゆりと軽傷を負った他二名が走ってくる。
ゆりは口を開きかけたが、何も言わず杖を構えた。
「ミリア会長! 彼女は……」
「ええ、わかってる。私はこの二人がいたから大丈夫だったけど、そっちはよく無事だったわね?」
この二人ってのは俺とコルトのことだろう。俺達は端からメイリオを黒だと確信していたから防ぐことができた。対処も簡単だった。しかし、三人がメイリオの裏切りに気づくのは難しかったのではとミリアは感心していた。
「は、はい。水谷さんが警告してくれたので」
「カキス君の言う通りだったよ。変な薬を飲ませようとしてた」
俺は予めゆりにもメイリオのことを伝えていた。俺と別れたときは、最大限に警戒するように、と。
その際、メイリオが出してきた薬や食べ物など、体内に入れるような物は絶対に拒めと言い含めた。
ゆりを助けた少年がいた。彼は間違いなく人形で、それを制御しているのがメイリオであることも察することができた。
ゆりは硬い声で俺の予想が外れていなかったことを教えてくれる。
「どういうこと?」
「人形を作り出す特殊な薬を、あいつは持っているってことさ。入手経路は知らんがな」
「……全部、この人のせいってことね……!」
ミリアは迷いの消えた、滑らかな詠唱を始める。
「――天を割き穿ち我が敵に裁きを与えよ、必殺の雷鳴!『キリングボルト』!!」
「…………」
中級魔法『キリングボルト』。真正面に放たれた二筋の稲光は、飛び出してきた人形が身代わりとなり防がれてしまった。
「ああ、これは酷い……真っ黒になってしまって」
「そうだな、死者を操っている奴のせいで」
ミリアの罪悪感を引き出すような嘆きに、俺は即座に返す。同時に、ミリアを強引に引き寄せる。
カカカッ!
先程までミリアが立っていた場所にナイフが突き刺さる。いつの間にか、ミリアの背後に複数の人影が見える。
それも三人や四人などといった数ではなく、少なくともその三倍以上はいるだろう。その全てが人形だとは思いたくない。
量産を目的に研究された兵器だが、道徳的な面を一切考慮しないというだけで、高いコストを要求される。地下にいたモノも含めればこれ以上人形を揃えていなさそうだ。
「容赦はしません。躊躇いは、あなたがたに失礼ですからね……?」
メイリオが微笑む。揺るがない自信を持っている。
「覚悟してもらおう」
暗がかりに身を隠したまま、聞き覚えのある声が低く脅しかけてくる。
おそらく、教会地下の入り口通路でこちらを監視していた男なのだろう。魔力の流れが酷似している。
「カキス君、これ……!」
突然、後ろから何かが投げられる。片手でそれを受けとると、
「……どこでこんな物を?」
「ここに向かう途中で、ウンディーネさんに頼んで作ってもらったから……」
「なるほど。……ま、名匠の一太刀じゃないにしろ、一振り程度は持つか」
投げ渡されたのは、刀だった。鞘に収まるそれを確認してみるが、それほどいい刀ではなかった。
持って一振りも怪しいところがある。が、無いよりはましだ。
「随分な言い様ですね、少年」
「事実だろう? 言い方が悪かったのは謝るが、助かることは確かだ」
意外と人間らしいところが多いウンディーネに、苦笑しながら礼を言う。
左側の腰に刀を差し、右手に抜き身の剣を構える。
「ミリア、ゆり。援護を頼む」
「怪我、しないでね……?」
「お相手さん次第、だな」
ゆりの心配に俺は冗談混じりに応える。確約はしてやれない。俺にだってミスはある。最近は甘さも生まれつつある。
それに対して、相手はプロの殺し屋として生活してきている。
ミストレスの屋敷でも、予想外の反撃にかなりのダメージを受けた。しかもあれは能力で対処したが、あれは魔力がリセットされることが予想できていたから使ったのだ。今は使うわけにはいかない。
だから、武器が増えることは好都合だった。
一連の流れを見ていたメイリオは目を細め警戒の色を出す。
「……刀、ですか。あなたにそれを使わせるのはよろしく無さそうですね。破壊させて貰いますよ」
「さすがに知っているか」
さりげなく放たれた水弾はかわし、小さく舌を鳴らす。
覇閃家は暗殺の家計となっているが、同時に剣士の家計でもある。聞いた話では初代は世界で指折りの剣豪と言われていたが、真偽を確かめるつもりはない。
世界的に有名な剣士の一族としての顔を持つ我が家が、次期頭首の息子に生半可な教育で終わるわけがなかった。
「いくら剣の腕に優れていようと、数の前では無力です」
メイリオは人形に指示を出し、俺に向けて特攻させる。人形達は魔力を寄せ集めその身を爆弾として、狂った主の指示に従う。
時間稼ぎ。消耗戦。 運良く俺が死ぬことなど考えていない作戦。
本当に刀を潰させるためだけに人形を消費していく。
「別に俺一人で戦おうなんざ考えてないさ」
俺は独り言のような音量で呟く。
その場から大きく飛び退く。俺が後ろに下がったことで、隊列としてコルトが最前線になる。
合図は一切出していないが、コルトは初めから俺が下がると知っていたかのように詠唱を済ませていた。
「吹きすさべ!『テンプルゲイル』!」
狭い廊下を一直線で押し掛けてきた人形達全てが、強烈な風の壁に押し返される。
術者前方に烈風を巻き起こし風圧で敵を押し返す中級魔法。近接戦闘を避けたい魔法使いとしては攻撃魔法というより、防御魔法として用いられることが多い。そんな魔法でも、範囲を限定していやればそれなりの風圧になる。
コルトは魔法を扱うのが苦手な方ではあるが、詠唱さえしっかりと行えば問題なく発動する。
人形達は風の壁に押し潰され魔力を爆発させながら壊れていく。その爆発に巻き込まれ周囲の何体かも同様に動かなくなる。
自爆までいかなかったやつもあるが、全ての魔力を込めていたのか完全に動かなくなっていた。
「……面倒だな」
襲いかかってくる人形達を処理するのはいい。 魔力が尽きるまではこちらに被害なく済ますことが可能だからだ。
それよりも、メイリオに近づくことの方が問題だった。
「僕が攻めようか?」
俺の心情を読み取ったコルトの提案。しかし、肯定すべきか迷う。
「それでも良いんだが……」
俺が迷っている要素。それはメイリオの実力が不明なことだ。
覇世家が外部から雇った人員であればそこまで警戒しないのだが、メイリオは内部の人間だ。所詮は一研究者に過ぎなかったミストレスとは格が違う。
それは魔法使いとしての腕に限らず、もしかすれば体術がコルトの剣技と同等以上の可能性もある。更に言えば、能力者かどうかも考慮すると……。
「別に君と違って単身で突っ込もうなんて考えてないさ」
「俺だってそんなこと考えてないわ」
コルトは、後方支援としてゆりやミリアがいると言いたいのだろう。しかし、それは向こうにも同じことが言える。
「来ないのですか?」
不敵に微笑み、距離を詰める。一歩、二歩、三歩……と。
(……油断している今がチャンスか)
七歩目と同時に俺は"刀を腰から抜き捨て"メイリオの懐に潜りこむ。
「「「なっ!?」」」
一撃必殺と謳っていた武器を捨て突如動き出した俺に、敵味方問わず動揺が走る。
圧縮された時間の中で、メイリオの表情に変化はない。それどころか、俺が先程まで居た地点から視線が一切動いていない。
「……ふふっ」
「っ」
ババッ!
もう少しで手が届くという所で、進行方向を変え垂直に飛び上がる。同時に、暗闇から先程まで一切の魔力を感じなかった人形が、何体もメイリオの周りを囲う。また、メイリオ本人にも"変化"が起きた。
一瞬でも反応が遅ければ、人形達の連鎖爆破に巻き込まれていただろう。
"俺に引っ張られた刀"を手繰りながら天井を蹴りコルトの前へ着地した。
あの状況で深追いはできそうになかった。
「良く、今のが避けられましたね?」
「…………」
俺は厳しい視線で、メイリオの言葉に反応する。
(なるほど、だから"前に出ていた"のか)
メイリオが不自然にも前に立っていた理由。それがわかった。
先程、刀を捨てた、ように見せかけ魔力の糸を繋ぎ時間差で手元にくるよう小細工をしかけた。捨てる動作により動揺させ、どうせくるであろうと予想していた人形は剣で捌くつもりだった。獲れたはずだった。
しかし、そうはできなかった。
「……あれ、何なの……?」
ミリアが疑問を抱く物。
「……『拒絶と再会の壁|』」
「『拒絶と再開の壁』?」
「確か、術者と同じ属性の結界を作る能力……だったよね?」
「そうだ。しかも、一度発動すれば壊されたとしても自動で修復する」
正直、持っていて欲しくなかった能力だった。
「でも、ただ結界を張っているだけなら……!」
「カキス君ならなんとかできたり……」
「馬鹿言え。俺が近づこうもんなら――」
ミリアは薄紫色の壁に包まれたメイリオに向かって雷を飛ばす。
バヂィッ!
光の速さでメイリオまで飛び、光の速さで四散した。
「ああなるぞ」
「だよね……」
あの結界は術者の力量次第で、結界の大きさを変えられる。例え剣で間接的に破壊しようとしても、広げられたらその時点で終わりだ。無属性の俺にとって、最高に相性が悪い能力である。消そうと思えば消せるが、すぐに復活するため、なお達が悪い。
「厄介な……!」
「ミリア生徒会長。下手に魔法は使わないでおこう。長期戦だろうから」
「ま、俺次第ってとこだろうな」
攻めるタイミングさえあれば、結界も含めてどうにかなる。その、どうにかするための時間として……。
「必要なタイミングで三秒程度時間を稼げるか?」
「三秒でいいのかい?」
コルトはからかい口調で問い返してくる。
「ああ、それだけあれば十分だ」
できるか? という視線を全員に向ければ、全員が頷く。
「頼もしい限りだが……無理はするなよ?」
一瞬、俺の言葉にミリアがむっつりとした表情で口を開きかけたが、言葉を発する前にコルトが敵陣につっこんだ。
連携も何もあったものではないが、誰か一人ぐらい前線の位置を押し出し、人形をこちら側まで近づかせたくない。
「ミリア、今から覚えて欲しい魔法がある。少し難しいかもしれないが、まあ禁呪魔法より覚えるのは簡単だから安心しろ」
何かアイコンタクトをしたわけでもないが、コルトが自ら進んで時間を稼いでくれている間に、ミリアにある魔法を教える。
「待って。待ちなさい。上級魔法がどのレベルか知ってるの? いきなりそんなレベルの魔法なんて使える訳がないでしょう!?」
「少々魔法式が複雑だから、感覚で覚えてもらうだけだ。だから、簡単かどうかは感覚を掴むお前次第だ」
「……それは、そうかもしれないけど……!」
「ここは戦場だ。決断は、即座に」
押し渋るミリアを急かす。コルトはまだまだ持つだろうが、いずれは魔力も体力も尽きる。できるできないは即断してもらわなくては困る。今後のためにも。
「リスクは承知の上だ。頼む、お前にしかできないんだ」
俺はただ、淡々とした様子でミリアに懇願する。
「……あーもう! わかったわよ! やればいいんでしょ!?」
やけくそで叫ぶミリア。
「やるけど! 安全は保証しないわよ!」
「そんなもん百も承知だ。下手に遠慮される方が困る」
女は度胸って言うしな、と付け加えると半目で睨まれた。
ミリアに教える魔法。それは、芸術性を求められている現代では失われかけている魔法だ。
細かい魔力操作を必要とし、制御が非常に難しい。
ミリアなら、この魔法が扱えるはずだ。俺はそう信じている。
「で、肝心の魔法だか……」
学園の講義のように長ったらしく説明している暇はない。出来る限り簡潔に、分かりやすく。
「…………! そんな危ない魔法……!」
「俺なら大丈夫だ。もし失敗するとしても後ろにさえ飛ばさなければいい。……また怖じ気ついたなんて言わないでくれよ?」
「……分かってる。大丈夫、やれるはず」
俺はどんな魔法式かを教えただけだが、ミリアはそれがどんな魔法か理解した。そして、俺がそれをどうしたいのかも。
(問題は、メイリオが他に手の内を持ってることだが……)
中には複数の能力を持つ者もいる。攻撃性のあるものなら逆に対処しやすいが、防衛能力だったならまた考え直さなければならない。
守りに集中されるということはそれだけ隙が少ないということ。肉弾戦ならいざ知れず、魔法術が絡む戦いならば一撃で相手を殺せるのが望ましい。
攻めてくれれば、チャンスは広がる。
「ま、しょうがないか……」
「何か言った?」
「気にするな。詠唱が必要なら先に済ませておけよ? 発動のタイミングはお前に任せるから」
「詠唱は必要ないわ。一つ一つは単純だし」
「頼もしいことで」
ミリアの準備はOK。
「黒ゆり」
「はいはい?」
「万が一魔法が暴走した時はゆりを頼んだぞ」
「これから挑戦しようって意気込んでる女の子を前に良く言えるわね……」
「万が一を放ってはおけないだろ?」
俺は至って真面目だ。冗談や遊びで言ってない。
複数の"槍"を放つ魔法だ。流れ弾の一つや二つ、あってしかるべきだろう。
「好きに言ってなさい。かんっぺきに制御するから、私は」
ミリアは逆に、闘志を燃やしている。長らく底辺の生活を送っていただけあって、下克上精神はまだ抜けきっていないようだ。
……さて、と。
「長い話し合いは終わりましたか? 一人を沈ませてまで作った時間で、是非とも面白いものを見せてくださいね?」
「…………」
ここまで静かに佇んでいたメイリオ。人形に囲まれ、間合い外から魔法を打ち込まれ続けていたコルトを狙わず、ただただ微笑を浮かべていた。
コルトは膝まづき、頭を垂らし肩で息をしている。人形達の自爆特攻により、すでに衣服はボロボロになっていた。
沈ませた。そうメイリオが表現しても全くおかしくない様だった。
「確かに、その少年の剣技や魔術の腕は歳不相応でした。しかし、その実力は十二分に発揮出来ていませんでした」
「……だろうな」
コルトの強さを発揮できる状況を、俺は縛っていた。時間稼ぎを任せ、負担を強いていた。
「ああ、本当に哀れな。不憫な子でしょう。我らが神の元に産まれていれば、こうはならなかったでしょうに……」
メイリオは何かを堪えるように、胸元を押さえる。コルトの様子に心を痛めたのか、その若き才能が消えかかっていることを惜しんでいるのか。
おそらく、そのどちらでもないだろう。
「ああ……ああぁ……! あぁはははははははははははは!!」
修道女は嘲笑する。腹の底を響かせ、狂喜を振り撒く。
「だから、だからこちら側の子になれば良かったのに! 可愛い愛しい神の子に! 物言わず、神のお告げを果たそうと邁進し続けるこの子達のように!」
狂喜が導いてきた、迷える子羊達は、俺が人形と呼び続けている死人。意思などありはしない。本能などとうの昔に失われた。"救い"を求める人々の姿だ。
あぁ……なんて、心底、
「くだらん」
ピタリ。
そんな擬音が聞こえてきそうな、動きの止め方だった。痙攣でもしているかのような不愉快な笑いは静止。愉悦に塗りたくられた表情も、無感情なものにシフトする。
「色々と思うところはあるが、一言だけ言わせてもらおう。他人の子を奪ったところで、神の子などにはなりえない。お前がやっていることは、人さらいをする山賊と大差ない」
いい加減、このふざけた女を終わらせるとしよう。
「コルト、そろそろ"後ろを"狙っていいぞ」
「……その言葉を、待ってたよ!」
まずは、後ろの"支援者"を潰す。
コルトは顔を上げると同時に駆け出す。
真っ先にメイリオが反応し、人形に進路を塞ぐよう隊列を組ませる。
「風よ、返せ!」
それを見たコルトは短く風を呼ぶ。人間が耐えにくい引き潮を風により再現し、人形の体勢を崩す。
コルトはその隙にメイリオの脇を抜けようやく危機感を抱き出した連中に剣を向ける。
「ちっ! 肝心なところで……!」
「そいつはお門違いだな」
「……っ!!」
バリッ!
「肝心なところで使えてないのは、指示を出す方だ」
ぬるりと懐に潜りこみ、一太刀浴びせる。つもりだったのだが、『壁』により阻まれた。表面を少し削った程度で、それも修復されてしまった。
まったくもって厄介な能力だ。
(……いや、逆か)
対処法が分かるのは大きい。何も知らず知らず飛び込んでいれば即死していた。
そんなことを考えつつ、もう一度剣を振る。
「あなたも、肝心なところでは使えていなかったではありませんか?」
自らを守る結界の存在に、メイリオはいくらか余裕を取り戻す。
「そうかもしれないな」
レイピアではやはり突き刺す方が効果的か。というか、レイピア自体が実戦を想定されていないのが悪い。エストックのように兜ごと刺し貫ける構造であればまだ良かったのだが……。
「その腰に指している刀は飾りですか? それとも、この結界を破る自信がないとでも?」
館の兵士の兵装がレイピアだったため、やむ無く扱っているが、正直戦いにくい。レイピア特有の複雑な柄で敵の剣を絡め折る、というのは武器を持っていなければ邪魔なだけだ。今の状況のように。
「どうしたのですか? あまり長く時間をかけると、そちらが不利にしか……」
「少し黙れ」
バギィンッ!!
先程から一人で盛り上がり五月蝿いメイリオに、レイピアを折る勢いで腕を振るう。
レイピアは簡単に折れたが、メイリオの結界も破壊される。
「耳障りだ。独り言なら冥福で漏らせ」
生者を嘲笑い死者を弄ぶこいつの言に耳を貸すつもりは毛頭ない。
「本当に、憎たらしい男……!!」
「コルト! 何か武器を!」
メイリオの怨嗟の声を無視し、コルトに武器を要求する。
魔法使い達は全員協力して結界を張っている。かなり強固な様で、剣では刃が立たなかったのか、風で圧力をかけ潰し割る方向へシフトしている。
「これ、使わないから貸してあげるよ!」
シンッ!
「っと。……刃物を全力で投げるなよ、掴み損ねたらどうする?」
「中途半端に遅くすると、彼女がとりそうだったから」
「ま、それもそうみたいだな」
「…………」
彼女とは避けることで精一杯だったメイリオのこと。敵前で堂々と武器の貸し借りを行おうとしていた俺達を咎めるつもりだったのだろうが、投げ渡す速さに手が出せなかった。
「………………主の意に背くとどうなるか……本気でお教えしましょう!」
「……そろそろ決着をつけさせてもらうぞ、メイリオ」
「『天より出し理の剣、神の杖。絡み、纏まり、焦がし、照らし。対なる大地を穿ちて震わせ。我の敵に黄金の神光示せ』」
メイリオは詠唱を始める。これまでのようにスピード重視で破棄してきた言霊に力をこめる。
結界がある以上、その詠唱を止める術はない。あの詠唱に込めている魔力の多さからして、間違いなく災害レベルと言われる上級魔法だろう。放っておくわけにはいかない。
やつを叩くなら今しかない。
「ミリア」
振り返らず、問いかける。
「わかってる。いつでもいいわ」
真後ろから、返事が聞こえる。
更にその後ろからは複数の視線を感じる。俺がしくじったら失われる視線が。
前方に意識を向ければ詠唱に集中するメイリオを囲むように人形が集まる。
俺を近づかせないように。
守る価値もない女のために。自分を道具とする力のために。
すぅ、と息を整え瞑目する。ここからは乱れを許さない領域。ずれれば、終わる。
呼吸を、視線を、感覚を、ミリアに同調させる。呼吸、視線が揃う。
最後は、感覚。
――静かに瞼を開く。
「……行くぞ!」
右足を一歩前へ。次歩は右の壁に跳ぶ。
跳躍のために足指を踏ん張る。力を伝えるために膝を深く曲げる。
そこで、その接地した足底で、
「『ヴァリアント』!」
迅雷が生まれた。
ヴァリアント。
勇敢、気高い雄々しさ。それらの意味を冠する言葉を持つ魔法。現代の基準で区分するなら中級魔術に入る。よく使われていた時代は魔法にくくられていたようだが。
今となっては、古風と表現され評価もされなくなってしまった。
その原因は、現代の魔法操作レベルが低下したことにある。少しずつレベルが落ちて行き用済みのレッテルがついた。
バヅッ!!
静電気のような音が俺の跳躍音を掻き消す。
音の正体は小さなイカズチの矢同士が、お互いを弾く音。大量のそれらが重なり、静電気のような音――それでいてボリュームは耳をつんざく程で――が発生した。
その矢達は跳躍した俺に合わせ周囲を回り囲いながらついてくる。まるで檻の中にでも囚われたかのようだった。
しかし実際は、俺を守る結界であり、
バヅヅッ!!!
俺に近づくものを容赦なく焦がし貫く。
障害物(人形)にぶつかっても消えず、貫通する。地面や壁の上は跳ね回る。
好き勝手に暴れる全ての矢を制御すること。
それができなければ、この魔法は危険しか生まれない。
それができなくなったがために、古風などと小馬鹿にする。それが現代なのだ。
バヅヅヅヂッ!!!!
三度目の跳躍。着地先は天井。
すれ違う一切に牙を向き、勇敢な戦士を前に推し進める魔法。
確かに古風で、 物語に出てくるような話だ。
どうしてこの魔法が使われなくなってしまったのか、俺には理解できない。まぁ、戦争や荒事から離れていったと考えれば、いくらか納得もいくが。
「まとめてかかりなさい!」
詠唱を保留し人形達に指示を飛ばすメイリオ。
人形への指示は声に出す必要はないのだが、そんなことすら気にかからないほど焦っているのだろう。
もっとも――
「流練流疾刀の型――」
――すでに彼女の懐に潜りこんだ後だが。
『拒絶と再会の壁』は結界を張り直すのに、時間はかからない。消えた、と思った次の瞬間には復活している。
だが、その間隔にまったく隙間がないわけではない。本当に一瞬だけ無防備になる時がある。
その一瞬をつくためには、結界の破壊と同時に攻撃する必要がある。
――破壊はミリアの魔法で。
ここまで俺の移動にぴったりと着いてきていたヴァリアントは、最後の最後で数瞬ほど遅れ天井から床へ駆けた。意図していなかったが、光や音で目立つヴァリアントが遅れることでメイリオは俺の肉薄に反応が遅れている。
顔を上げヴァリアントとともに降りてきた視線が俺に気付き、瞠目した。
俺に意識を取られた刹那、
ギュガヂッッッ!!!!
怒濤の勢いで襲いかかる雷。複数あった勇敢な矢は一瞬で結界と凌ぎを削り消滅する。しっかりと結界を打ち消しながら。
メイリオを守る壁が、消えた。
メイリオを助ける力を、排した。
これで、刃が届く。
「――其の一、『一刀』!」
前書きでも書きましたが、お久しぶりです
放置系のアプリが多いこの携帯が悪いんです。常に携帯を弄れないのが悪いんです。
つまり、自 業 自 得
……出来る限り早く更新しようと思います