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表裏の鍛治師  作者: かきす
第三章 「狂乱を受け継ぎし者編」
54/55

第十五話「立ち上がる理由」

遅くなりましたが、最近にしては文量が少し多くなってます。


 人形が狙いを定めたのは、ミリアだった。


「くっ!」


 体が傷つくことを恐れないため、いくら雷撃を掠め、牽制しようがその動きは鈍らない。むしろ、当てたミリアの方が動きが鈍くなっている。

 ギラリと鈍く光る鉄の塊。杖ごと断ちきられるだろうが、それでも盾代わりに前へ押し出す。

 しかし、何の抵抗にもならず、剣は勢いを持ったままミリアの胸へ……。


「はぁっ!」


 そのすんでのところで、二人の間にコルトが立ち塞がる。


「彼はもう死んだ人間なんだ。情けをかける必要はないよ」


「あなたやカキスと一緒にしないで……! 私の魔法で動きを止めることぐらい……!?」


「っと。……やっぱり、”一つ”だけじゃないか」


 背後からの一撃に、コルトは振り替えることなく風で対応する。吹き飛ばされた新手の少女は、着地と同時に姿を消した。


(速い……!)


 ミリアは視界から消えた少女を無理に追おうとはせず、自分の周囲に雷球を複数浮かべる。

 ミリアが得意としているのは無詠唱による同時操作で、魔法使いの弱点とされている近接戦闘を拒否しやすい。

 現に、少女は近づくことを諦め少年の横に並び立った。雷球同士に隙間は開いているが、それをくぐり抜けてミリアへ攻撃するのは無理だと判断した。


「……ねぇ、水谷さんやアルベルト君、それにプリッシュさんはどこに行ったの?」


「…………たぶん、大丈夫だよ。黒ゆりさんがついてるからね」


 二人だけの会話が続く理由。それは本来居るべきメンバーが減少していることにあった。


「僕はカキスみたいに気配に敏感じゃないから……。気がついたら居なくなってるね」


「随分とこちらの戦力を別けてくるわね……!」


「焦ってもしょうがないさ。落ち着いて、とりあえずはここを突破しよう」


「簡単にいってくれる、わね!」


 ◯ ◯ ◯


 生徒会長コンビが奮闘している頃、いなくなったと思われるゆりたちは……、


「無事で良かった……」


「あ、ありがとうございました……メイリオさん」


 メイリオとその仲間に保護されていた。


「でも、どうして……?」


 何故この三人だけあそこから連れ出したのか。三人はその意味が理解できなかった。

 コルトやミリアの様子からみて、ゆり達がいなくなったことに気づいていなかった。


「こちらの勝手な判断ですが、貴女方三人はあの場において邪魔になると思ったからです」


「な、なんだよそれ!?」


 アルベルトは憤慨する。


「そ、そりゃあ生徒会長クラスには届かないかもしれないけど……これでも認められてここに来たんだ!」


「今は非常事態なのです。凶悪な兵器を、”彼ら”は持ち出しました」


 淡々と状況を説明するメイリオだが、その額には僅かに汗の玉が浮かんでいた。


「…………」


 ゆりはメイリオが「彼ら」という言葉を使った時、考え込むように俯く。


【ゆりちゃん、これは……】


 黒ゆりも何か気に止まるなにかがあるようだ。

 アルベルトとプリッシュはそんなゆりを視界に納め認識する余裕はなく、ただ勢いで言葉を重ねる。


「そうだとして、なんであんな風に連れ出したんだよ!」


「そうですよ。もしかしたら、今二人とも私たちを探してるかもしれないのに……!」


「もし二人に判るように逃げれば、敵にばれてしまうからです。あの兵器を侮ってはいけません」


 強い口調で返され、二人は押し黙る。

 押し黙ることしかできなかった。

 二人はこれまでで、大きな貢献は一つもできていない。それどころか、カキスやコルト達との実力差を見せつけられただけだった。

 また何もできず足を引っ張る。本当に自分たちは必要なのか? この場にいる意義が、二人は欲しかった。


「――安心してください」


 若者の、未熟な心が力を求める。


「二人にしかできないことがあります」


「そ、そんや慰めみたいな言葉はいらない!」


 忸怩たる想いが、ぐらつく。


「慰めなどではありません。お二人だからこそ得られる強さがあります」


 足元の見えなくなった少年少女に。


「この街で古くから伝わっている特殊な薬を、差し上げます。これを使えば今すぐにでも、元の場所にお返ししますよ」


 狂気が手を差し伸べた――。


 ◯ ◯ ◯


 強さとはなんなのか。時折、そんな哲学じみたことを考えることがある。

 もちろん、答えを知りたくて考えるわけじゃない。強さに猛執するほど飢えていない。いっそ、こんな力なんかなければ良かったと考えるほどには。

 ならどんな時に考えるのかと言うと、知り合いが強さを求める時だ。

 その知り合い、なんだったら自分が関係する人物だっていい。そいつらが力を得て、それを正面から潰した時、俺は考える。

 ああ、強さとはなんだろう、と。


「流練流鏡華水月の型、其の一『影身』」


 俺は部屋の状況を一瞥してすぐ、コルトの背後を狙う人形の頭を掴み、床に叩きつける。


 グシャッ!


 身体強化した腕力で人形の頭を潰し、活動を止める。


「コルト、奥の奴らを頼む」


「かきす、戻ってきたんだ」


「ああ。地下にはわんさかいたよ、こいつら」


 それにしたって居すぎなのだが。


「三年前の残り、というよりは新しく作られた物だろうな」


 どうやってこの技術を再現したかは知らないが、材料自体はそこらへんに溢れている。死体さえ、人間さえいれば作れてしまうのだから。

 新しく作られていても、絶対にないとは言えなかった。


「あんたも、知っているの……?」


「まぁな。三年前に製造方法も製造ラインも潰したはずなんだが」


 三年前。始めてコルトと出会い、共に解決した事件。”やつ”はそれと繋がっている。


「ミストレスはどうした? 逃がしたか?」


 五体ほどの人形達から放たれる魔法を魔絶で消しながら、ターゲットの顛末を問う。


「……殺されていたわ。私達がこの部屋に来た時にはすでに」


「……なら、ミストレスの研究内容は回収されたか」


 重苦しく呟き似た回答に俺は顔をしかめた。

 ミストレスの研究が奪われたということは、それを継続または転用するものがいるということ。正直、あの研究が利用されるのは面倒だ。


(後で回収する手間が増えたな……)


 増えた後始末に溜め息が漏れそうになる。

 そのため息を飲み込むように、弾幕の隙間をつき一体の人形の本当に懐へ潜り込む。

 危険を察知した人形が脚を振り上げた。瞬間に俺は圧縮させた魔力をその足の腹に解放する。無属性の魔力を圧縮から解放させたところで押し出す程度のことしかできないが、バランスを崩させるには十分だ。

 半回転しそうな勢いで体が捻った人形の表情に変化はない。冷静に力を制御し持ち直そうとする。

 俺は地下で人形から奪ったレイピアを、迷いなく頭部に突き入れる。


 ガギュッ!


 骨を貫通した音に水気が加わり、独特な手応えが腕に伝わる。反対側へは貫通させていないが、確実に脳は貫いた。

 僅かなラグの後、人形からがくりと力が抜ける。膝を折り、肩をぶつけ、倒れ伏す。

 動かなくなった人形からレイピアを抜く。ズリュ……と鮮血で真っ赤に染まった切っ先を拭う間もなく、残りの人形が一斉に襲いかかってくる。


「頭以外を狙っても意味がない。覚えているだろ?」


「もちろん」


 複数の人形に埋もれる直前、コルトの自信に満ちた声が聞こえた。俺は姿勢を低く、目前の人形に集中する。

 人形は四方向から迫っているが、


「風よ、舞え! 『エア・サイズ』!」


 うち三方向は全てコルトが処理してくれる。

 風の鎌の切れ味は抜群で、触れた瞬間人形の首が跳ね飛ぶ。二節ほど詠唱しているが、これは『エア・サイズ』に本来ない動きを加えるためだ。あの魔法は正面に真っ直ぐ小さな鎌を飛ばす魔法だ。

 複数の人形を同時に無力化するために、詠唱を行った。詠唱を短所ととるか長所ととるかは、使い手にかかっている。


「お前……人が気を使ってスプラッタにならないようにしてたってのに……」


「ん? より強く実感出来ていいんじゃないかな?」


「時々お前って、俺よりデリカシーがなくなるよな」


 もう過ぎたことだし、コルトの言い分にも利があったので、ため息を漏らすだけに留める。コルトが半笑いで肩をすくめたのにはイラッときたが。


「……本当に、死んでいたの?」


 呆然と呟くミリア。いまだに事実を飲み込みきれていない。


「研究が進んでいなければ、な。」


 殺さずに操る方法を編み出したのなら、というあり得ない可能性を考慮すれば、生きていたかもしれない。


「死体であったとしても、脳からの信号があれば体は動く。血が足りないだとか、どこか欠損しているだとか、魔力で動いているあいつらには関係ないのさ」


 脳からの信号が途絶え、一般的な死をむかえる。それが本来生き物のあるべき姿。

 魂が離れた器はもう二度と動かない、はずだった。


「魔力で肉体を操る……そんなことが本当に可能なの?」


「別にまったく聴かない話じゃないだろ? 洗脳系の魔法だっていくつもある」


 チャームの魔法は認識阻害に近いが、それでも魔力で人の行動を制御する意味では同じだ。


「どうやってそんなことを? まさか機械や魔石を埋め込んだ訳じゃないんでしょう?」


 ミリアは活動を停止した人形の側で膝をつき、人形の開ききった瞼を閉じさせる。


「それもある、が基本的には術式を組み込むんだ。特殊な薬品を使ってな」


「随分と都合のいい薬品ね」


「別に、都合よくできたわけじゃないがな……」


「? 何か言った?」


「……何でもない」


 怪訝そうな顔でこちらを振り返ったミリアから顔を逸らす。

 ミリアは知らない。自分がその薬品とまったくの無関係ではないことを。薬品が作られた経緯に、彼女は関わっていない。が、素材、というべき”祖体”のことを知っている。

 まぁ、だからなんだという話なのだが。


「それより、ゆり達を助けに行くぞ」


「助けに行くにしても、どこに連れ去られたのか……」


「ゆりの居場所だけならわかる。そういう道具を渡してあるからな」


 感覚的に、ゆりがいる方向がわかる。魔力の糸が繋がっているような感覚。それをたどっていけば……


「ミリア、移動しながらになるだろうが……話がある」


「何よ……?」


「ミストレスを殺したであろう人物について、だ」


 こうなること、つまりミストレスが死ぬことは始めから予想していた。俺が殺さずとも、始末をつけにくる連中がいる。


「……あなたの関係者なんでしょう、どうせ」


「そうだ。正確には一族だがな」


「覇世家、だったかしら? 生徒会長になって、色んな書類に目を通すとよく見るけど」


 どうやら、五年前に少しでた名前をしっかり覚えているようだ。


「違法賭博に人身売買、暗殺や殺人までこなす最低最悪の集団。そんなやつらと、あなたはなんの関係があるっていうの?」


「そこは覚えてないのかよ……」


 記憶が間違ってないなら、説明したはずなんだが……。いや、もしかしたら個別に説明して関連は示してなかった可能性もある。

 まぁ、今後”説明する機会”も増えるだろうから、その練習だと思えばいいか。


「遠い昔の話だが、それぞれの頭首は兄弟だったんだ。ある時に思想の違いで道を別ち、覇世家と覇閃家が生まれた。俺はその片方、覇閃家の人間なんだよ」


 大分ざっくりとした説明になってしまったが、詳しく話すとなると長くなる。それに、余計なことも話す必要が出る。


「俺は一応家出してることになっているが、あいつらからすれば俺が覇閃家の人間であることは変わらない……」


「どういうこと? 覇閃家と覇世家がいがみ合ってるのは何となくわかったけど……あんた自信はあまり関係ないと思うんだけど?」


「残念ながら、あるんだよ」


 俺は大仰に嘆いて見せる。


「覇閃家現頭首、覇閃裂牙。俺はその――」


 ――その、

 大事な部分を言う直前、廊下の奥から血を流す一人の少女がいることに気づいた。


「……メイリオか?」


「あぁ……皆さん、ご無事でしたか。良かった……」


 俺たちの姿を捕らえ安心したのか、壁に寄りかかる。崩れ落ちる程ではないようだが、かなり消耗している。

 確実に何かあったのだろう。


「一体どうした? あんたらには外の警備を任せていたはずだが?」


 俺は弱々しく息も絶え絶えの彼女に説明を求める。


「ミストレスと繋がりのある組織が、襲撃を……うっ」


「まさか……!」


「……そうか」


 俺は目を細め思案する。今、何が起こっているのか。


「彼らの目的はすでに果たされたはず、です。早く、ここから脱出を」


 メイリオは右足を庇いながらこちらに近づいてくる。その視線の先は、俺たちではなく、後ろにある廊下。


「すみませんが、私はこれで撤退します。すでにゆりさん達には伝えてありますから、おそらく出口に向かったかと」


 息も整い出したメイリオはいまいちおぼつかない足取りで歩く。

 俺たちの脇を抜ける瞬間、


「で、ゆりを舐めていた代償はその外傷だけか?」


「――っ!!」


 メイリオの抜刀。

 コルトの剣撃。

 メイリオの魔法。

 俺の魔絶。

 全て、一秒もない出来事の連続だった。


「ようやく、本性を現してくれたか」


 左右の壁を俺とコルトの剣に阻まれたメイリオに、俺は無表情で声をかけた。


「……この剣を、退かしてもらえませんか?」


 俯き表情を隠したメイリオは低い声で要求してくる。普段とのギャップに、別人かと間違えそうな程凄みがある。


「断る」


「善意で注意喚起をしたというのに、剣を向けてくる。恩を仇で返すとは正にこのことですね。こちらは怪我人なんですよ?」


「先に剣を抜いたのはお前だ。そんな奴からの注意喚起に恩を感じるほど、能天気じゃない」


「確かに剣を抜いたのは私ですが、殺気を向けてきたのはそちらでしょう?」


「被害妄想はよしてくれ。まだ頭が回らなくなるほど出血してないだろ? まぁ、なんと言おうが逃すつもりはない。諦めるんだな」


 ミリアの言葉を全て却下する。ここでこいつを逃す理由がない。

 コルトも、薄く微笑んではいるが剣の柄を握る手を緩めない。


「……ゆりたちはどこだ?」


「ですから、もう出口に向かったと……」


「そんなペラっペラな嘘に騙されるかよ。あいつがまだこの屋敷にいるのはわかってる」


 いつまでもくだらない言い訳を続ける。見え透いた時間稼ぎに付き合う傍ら、冷めていく心を視線に表出させていく。

 見下されている側からすれば、明らかな侮辱だろう。

 メイリオはそれでも表情をひた隠し、静かに身を縮めている。


「……ミリアさん。どうか二人を説得していただけませんか? こちらの話を聞いて頂けないのです。助けてもらえませんか?」


 メイリオは唐突にミリアへ助け船を求めた。饒舌に俺らの非を語り、さも自分が被害者であることを主張する。

 既にこれまでのやりとりから不信感しかない。それはミリアだって同じはずだ。無条件に相手の言葉を信じるほど愚直で愚かなやつではない。


「おかしいとは思いませんか? そもそもミストレスは誰かから逃走してこちらに赴いたはずです。彼を追い込んだのは一体誰なのか?」


 だというのに、


「圧倒的な強さを誇り、余裕を見せつけておきながら、逃がした人物」


 メイリオは鈍い光を映した瞳でミリアを惑わし続ける。


「全ての元凶は彼だと疑ったことはありませんか?」


 果たしてその言葉にどれだけの効力があるのか――


「私、は……」


「…………」


 ミリアは俺とメイリオの間で視線をさまよわせる。俺は口を真一文字に結んだまま、見つめ返す。

 感情の消した眼で。


「っ!?」


 ビクリと、ミリアの肩は跳ねる。


(……やはり、まだ早かったか)


 ミリアには、踏み込む覚悟が足りなかった。もう少し早く再開して、もしくはもっと時間をかけられていれば、あるいは。

 ……過去のことを言っても仕方がない。今からだと準備することが多過ぎて面倒だか、切り替えるとしよう。

 ”ミリアは切る方針に”


「ミリア」


「よく考えてみてください。あなたはまた、”騙されるんですか?”」


「っ!? あなた、私の何を知って……!」


「シスターの件を、忘れたわけではないでしょう?」


(……こいつ)


 この女、俺だけではなくミリアのことをどこまで調べていやがる……?

 まさか俺の計画に気づかれている? だとしたら、随分と困ったことになる。

 だが、まだ発覚されるような段階ではないはずだが……。

 その答えは、メイリオが口に出してくれた。


「勝手ではありましたが、私たちなりに皆さんのことを調べさせていただきました。彼を除いてね……」


(……あぁ、そういうことか)


 どうやら、俺の杞憂だったようだ。


「ただ一人、まったく情報が出てこなかったのです。怪しくはありませんか? ミリアさんはどうやら彼と昔に何かあったとか」


「……それがなんだっていうんですか?」


「あなたの、あなたの”大事なシスターに能力を使わせ、両親を殺した”仇、チャンスは今しかありません。そうは思いませんか……!」


 俺は、コルトがミリアに剣を向ける初動と同時に、魔力と殺気を解放した。

 その場の全員が、動きを止める。


「……ちょうどいいとは、思っていた」


 五年前、とある理由により立ち寄った街で出会った少女。

 一緒にいた時間は一年程だったが、関係は今まで続いていた。


「選べ、ミリア。お前の誇りを選ぶか、命を選ぶか」


 その関係に、区切りをつける。


 ▼ ▼ ▼


(何とか……死なずに帰ってこれたか……)


 だが、帰ってこれたからといって、安心できる状況ではない。教会内も荒れたまま、以前に熊とやりあった時以上の出血と負傷。今もこうして意識を保ったまま動けている方がおかしいくらいだ。


(これは……本当に不味いな……)


 ミリアはまだ気絶している。俺の背中で浅い呼吸を繰り返している。

 段々と位置がずり落ちてきているが、これを直すには一度立ち止まる必要がある。


「……今足を止めたら、二度と動きそうにないな」


 痛みはない。ほとんどの感覚は切ってある。あるのは尋常ではない倦怠感のみだ。

 あとは、眠気もか。


「……カキス、カキス!?」


 能天気なことを考えていると、教会の中からシスターが走り寄ってきた。


「シスター……他の子供達と一緒に逃げなかったのか?」


 火の海に飲まれる前に全員で一度街の外へ避難していたはずなんだが……。

 どうやら俺の信用は無かったらしい。

 信じて待っていてくれ、と伝えたんだが。


「そんなことよりその腕っ! 一体どうしてそんなことが……ああ、痛わしいでしょうに……!」


「止血もしてあるし、痛みは止めてある。生きてるだけ儲けもんだよ」


 シスターが顔を青ざめて俺の腕を気にしている。それも当然だろう。


「ミリアはこの通り無事出しな」


 おぶる、というより乗せているという方が正しい状態のミリアを、シスターに見せる。片腕が使えないせいで、途中何度も落としそうになった。


「……お馬鹿!」


 ヒュッ。


「……なんのつもりだよ、シスター」


 突然シスターは俺の頬を叩こうとしてきた。俺を高い位置から見下ろすその目は、溢れる涙に濡れていた。薄暗闇でもはっきりと見て取れる。

 シスターがこれまで誰かに手を挙げたことはなかった。本人の性格を考えても、まさか振り下ろしてくるとは思わなかった。

 ここ最近の俺であれば、大人しく受け入れただろうが、今は過敏になっている。無意識に回避行動をとってしまった。


「あなたという子は……! もっと自分を大切にしなさい!」


 ヒュッ。


 シスターは涙を散らし、声を荒げ、俺の頬を払おうとする。

 しかし、その手が俺に触れることはなかった。虚しく空を切った腕を胸に抱き理不尽な怒りをぶつけてくる。


「なぜ避けるのですか!」


「いや、こっちは怪我人だぞ?」


「だったら、もっと痛がりなさい! 子供らしく泣きわめきなさい!」


「そんなレベルの怪我じゃないんだが……」


 俺には、シスターが必死になって何を伝えたいのかが分からない。痛覚を戻せば、痛みで気絶する未来が見える。別にもう目的地についたので、そうしてもいいのだが、好き好んでそんなことはしたくない。全員で避難するという集団行動を乱した罰にしては重すぎやしないだろうか?

 俺はずり落ちてきたミリアを背負い直し、空を仰いだ。


「結局、シスターは何が言いたいんだ?」


 俺が呆れたように訪ねると、シスターの表情が変わった。

 真剣に怒っていた表情を、くしゃくしゃに顔を歪めた。


「どうして……どうしてあなたには伝わらないのですか……!? 今の、今のあなたは……片腕が、”右手がなくなっている”のに、どうして平気そうに過ごしているのですか!!」


 シスターの絶叫。

 普段は子供たちの騒ぎ声で賑やかな広場に、その大きな声が霧散する。反響するものもないこの場で、それは一瞬のうちに掻き消えてしまった。

 そして、


「…………なんだ、”その程度のこと”をまだ気にしていたのか」


 俺の心でも、一瞬しか言葉の意味が残らなかった。


「確かに、腕の欠損はこれからも残り続ける弱点になるが、補えないことはない。俺の実家で片腕のおっさんが魔力の腕みたいなのを生やしていたから、それを真似すれば全然問題ないさ」


 魔力というのは本当に便利だと思う。今の俺ではまだ義手として形を保ち扱うことはできそうにないが、その内は身に付けるつもりだ。

 この歳にしては最大魔力量はある方だが、それでも子供。日常的に腕を生やしておくことは無理でも、半年もあれば戦闘中ぐらいは維持できる。

 シスターは随分と気にしているようだが、俺にとってこの程度なんということはない。

 俺はシスターに苦笑を見せ、杞憂だと言外に伝えた。


「っ!? ……あなたはいつの日か、私に語ってくれたではありませんか。特殊な家庭に育ったからこそ、普通の子供が羨ましいと。……今のあなたは自らその道を閉ざしているのですよ!?」


「……シスター」


 嗚咽を漏らし泣き崩れるシスターを見下ろす。


「自分を底から救ってくれた少女のために、今頑張っているという言葉は嘘だったのですか! あの時の、あの表情……!」


 俺の体にしがみつき感情的に、暴力的に、想いを叩きつけてくる。


「今のあなたはさながら偽善者です! 救えるものを救おうとせず、見捨てているだけです! あなたは……あなたは……!」


「シスター……」


 俺は彼女の肩に残った手を置く。顔を上げた彼女に微笑みかける。シスターはそれを見て僅かに希望を期待する。

 そっと、耳元で囁く。


「偽善者は、はたしてどちらかな?」


「え……」


 シスターは間抜けた声で、表情を凍らせた。

 希望など、一秒も持たなかった。


「対象者の傷を全て治し体力も回復させる能力。シスターは、その力を持っているだろう? 神に仕えるものとして相応しい力。慈悲深いその能力を俺に使おうとは思わないのか?」


 絶大な力だ。文句なしの異能タイプ。つまりそれは。


「リスクが、どれほどのものかはしらないがな。そうだな……同じ傷を自分が負う、てのは治療というより身代わりか」


 俺は元から籠ってもいない感情を、潰し、更に潰し粉々に砕きシスターへ笑いかける。


「そこまで言うなら、治してもらおうか、この腕。その、能力で」


 ▲ ▽ ▽


「はぁ……はぁ……はぁ……!」


 ミリアは走る。焼け焦げた街の治療所から、シスターが休んでいるという教会へ。

 後ろからは三歳年下の弟分、ラナイルが小さい子供の足で追いてきている。

 ラナイルはミリアが気絶してから何があったのか、カキスはどうなったのかを説明した。それを聞いたミリアはベッドから飛び降り、シスターの様子を確認しに走り出した。

 彼女には怪我がなく、走り出しても痛む所などない。

 しかし、ミリアは突き刺さるような痛みを感じていた。強く握られたような鈍い痛みを感じていた。

 気のせいだ。勘違いだ。

 そう自分に言い聞かせ、ひた走る。

 嘘だ。何かの間違いだ。

 そう心に言い聞かせ、ただ走る。


「シスター!」


 ばんっ!と扉を壊す勢いでシスターの自室を開ける。

 そこには妹のミリカが、ベッドで安らかに眠るシスターを座って見ていた。


「お姉ちゃん……」


 姉の大声で顔を上げたミリカは、泣きはらし赤くなった目を向けてきた。それだけで、振り切ったはずの痛みがぶり返してきた。


「シスターは、どうなの……?」


 恐る恐る枕元に移動し、寝顔を見下ろす。あれだけ騒がしく入室しても寝顔は変わらない。


「……起きない。ずっと、起きないって……」


「そんな……」


 昔からミリアという少女は人から聞いたミリアは話をあまり疑わない。見ず知らずの他人の言葉であれば、拒絶を示すこともあるが親しい人間相手には、受け入れる。

 だからラナイルね説明を受けた時もまさかと表面で思いつつ、そうなんだ、と受け入れていた。

 ショックは受けている。悲しいと思う。だか、それを覆そうしない。少女一人ではそれができなかった。


「シスターぁ……」


 じんわりと滲む視界。

 手を取れば暖かさはある。死んだわけではない。それでも、シスターが起きていつも安心する笑顔を向けてきてくれるビジョンは浮かばなかった。


「シスターは、どうしてこんなことに?」


「お医者様は、能力を使ったからだって……」


「能力……」


 ミリアは、シスターが能力を持っていることは知っていた。気軽に使えるものではなく、シスター自信も使う気はないと言っていた。人間には過ぎた力だからと、忌み嫌っているようだった。

 そんなポリシーを掲げていたのに、何故使ってしまったのか。


「……そういえば、カキスは? ラナイルは気がついたら居なくなっていたって聞いたんだけど……」


 まだ呆然としている頭で、所在の分からなくなった少年のことを思い出す。現実逃避にも近いものなのだろう。

 もっとも、それ以外の疑念のような含みも無意識下にあるようだが……。


「そぅ! それがね……!」


 普段から口数も少なく大きな声は絶対に出さないはずのミリカが興奮した様子でミリアに告げる。


「荷物が全部……なかったの」


「……え?」


 荷物がない。

 それはつまり、カキスはどこかに移動したということだろうか?

 街の外? それとも避難所?

 ミリアは呆然としている考えが、更にぐちゃぐちゃに掻き乱されていく。

 ミリアは、普通であればシスターが昏睡してしまっていることに涙を流してもおかしくないことに、気付いていない。命の恩人とも言えるカキスを探しだしてもおかしくないことに、気付いていない。

 現実を否定し喚くでもなく、悲しいと感情を爆発させるでもなく。

 姉として、妹の前では泣けないという責任感やプライドによる我慢ですらない。

 ミリアという少女は、”壊れていた”。

 何時から壊れていたのか、と問われれば、両親に捨てられたときから、だろう。両親に捨てられたことによる悲しみと憎しみと、子供には過剰すぎる多様な感情の爆発があった。

 心は完全に壊れる前に、一定以上の感情の振り幅を無視し、それ以上考えられないようにしてしまった。

 それが、十五になったばかりの少女の心だった。

 そんな少女の心を見破り、影で支えていた人物が、二人いた。


「……シスター、起きてよ。起きて……?」


 ミリカは消え入りそうな呟きを繰り返す。

 シスターは、ミリアだけではなくここで暮らす孤児全員の心の支えだ。それでも、シスターだけでは補いきれない部分もある。感情を堪えてばかりではいられないのが、人間という生き物なのだから。

 それを解消、解放させていたのが、カキスだった。カキスは意図的にその位置を確立し、簡単にミリア達の中へ入り込むことを可能にした。

 感情を壊された過去を持つ彼は、感情を取り戻す過程で心理学や、人心掌握術を学んだ。その知識を利用したのだ。


「……私はどうしたら?」


 もはや思考などできていない程、ミリアのダメージは大きかった。

 当然だ。彼女の心の支えが、拠り所が、一度に二つも失ってしまったのだ。もともと強い少女ではない。

 ゼロから立ち上がれるような少女では、なかった。誰かの力が必要で。立ち上がる理由が必要で。


「……カキスは、逃げたんだよ」


「……どういうこと……?」


 決して前向きなものでなくともいい。後ろ向きな理由だってかわまない。


「カキスは自分の怪我を治すために、シスターに無理やり能力を使わせたんだ。俺は、それを見てたんだ……」


「……嘘、だよ……! おにぃがそんなことするはずないもん……! ラナイル、嘘吐き」


「…………」


「……だから、見たって言ってるだろ。嘘なんかじゃない。現実を、受け入れろよ」


「違うもん……絶対ちがうもん! そうだよね、お姉ちゃ……! ……お姉ちゃん……?」


「あいつが、あいつのせいで……。私たちは……」


 例えそれが、復讐心だろうが、前に進むことには変わりない。


「私たちを、裏切ったんだあいつは!!」


「……ミリア」


 深い眠りについているシスターすら起こしてしまいそうな、熱く煮えたぎった思いを発露した。


 △ △ △



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