第十四話 「死と人形」
短いですが、あまりにも間隔が開いてしまったので、生存報告をかねて投稿することにしました。
遅い上に中途半端な物で、申し訳ありません。
「……さて。これからどうするか……地下室なのは間違いないだろうが、出口が見当たらん」
『人形』を全て蹴散らした俺は、周囲を見渡しながらスイッチを切る。
”スイッチ”を入れている間は戦闘に特化するため、探索するには邪魔だった。
まぁ、切り替えたところですぐには道を発見できる訳ではないが。
「……ミリアは無事だろうか?」
俺には一つ懸念があった。ミリアの安否だ。
彼女はゆりと違い自衛手段に乏しい。ゆりの場合だと、精霊たちや色欲にまみれた淫魔吸血鬼がいる。ゆり自身の実力を軽く凌駕する力が、ゆりを守ってくれる。
俺などいなくとも。
「黒ゆりはあの調子だからなぁ……期待するだけ無駄か」
今のところ、黒ゆりはミリアに対してプラスの感情を抱いていない。まったくもって困った話である。
「ま、無理に二人を仲良くさせる必要もないか。むしろ、ゆりとの繋がりが強くなれば”後で邪魔になる”可能性もある……」
ゆりの勘の良さは尋常ではない。また、俺のことに関して嘘か真か論理をぶっ飛ばして結論にたどり着いてしまう。
俺の計画は結果が大事なのであって、経過に意識を持っていくよう、立ち回っている。もしかしたら、そうなれていない部分もあるが、許容範囲内だ。ゆりだったら、そんな”隙”を見せなくても、察する。
「我が幼馴染ながら、恐ろしいやつだ……」
こうして、目を離している間にも、少しずつ前に進んでいるのだろう。
あいつは、そういうやつだ。
◯ ◯ ◯
「……もう、いいかしら?」
「はい、大丈夫です」
ゆり――私は、ミリアさんに訊かれてようやく動き出す。柔らかな毛を立たせているカーペットに手をついて立ち上がる。
「ごめんなさい、時間を取らせてしまって……」
「……別にいいわ。必要なことなんでしょう?」
「……はい」
必要なこと。
それは、カキス君が罠にかかって急にいなくなったことに対する心の整理とは違う。
ここは一方通行の狭い廊下で、挟み撃ちをされたら一環の終わりになってしまう。
だから、こちらも罠を仕掛け返した。
「……凄く繊細な魔力操作技術を持っているのね。見た目には勿論、触っても分かりそうにないわ」
「殺傷性とかはないですけどね」
私は照れ隠しにそう返しながらはにかんだ。
ミリアさんが誉めてくれたこの魔法は、ちょっと特殊なもので、言った通り人を傷つけるためのものではない。
一種の結界に似ていて、触れたら私の魔力をマーキングさせる。そうすることで、カキス君みたいに魔力を観る真似ができる。
覇閃家で学んだ魔法の一つ。それは、私の中で残り続けてくれている。私と、カキス君の共通点が。
【共通点とは、面白い言い方をするわね。ゆりちゃん】
(……そう、かな?)
もう一人の私と言っても過言じゃない黒ゆりちゃんは小さく笑った。見えてはいないけど、感覚として伝わってくる。
【共通点。同じもの。繋がっていること。……カキスとの繋がりを意識するなんて、ゆりちゃんにしたら珍しいわ】
(私はいつも、どうやったらカキス君ともっと仲良くなれるか考えてるよ?)
心にそう返しながら、ミリアさんと廊下の角を曲がる。
【何か、危機的意識でも芽生えたんじゃない?】
(え……?)
「……ん? どうしたの水谷さん。まさか、反応が……?」
「あ、な、なんでもないです……あはは」
黒ゆりちゃんの言葉に驚いて足を止めてしまった。ミリアさんには、適当に誤魔化した。
……黒ゆりちゃんのことはミリアさんも知っていることだけど、咄嗟に正直に答えられなかった。
【図星ね?】
(……わかんないよぅ)
反射的に足を止めただけなのに、黒ゆりちゃんは確信を得たような、笑い顔を向けてくる。……実際に見ているわけじゃないけど。
【まぁ、そうそう負けないと私は思うわ。だって、ソイツはスタート地点にすら立ててないもの】
(……ソイツなんて言い方)
どうしてか、黒ゆりちゃんはミリアさんを悪く言う。もちろん、そうなった決定的な場面に私もいたし見ていた。争うことになった原因の彼が、その事に対してまったく気づく素振りを見せないところも、苛立たせていることも。
……。
「……カキス君は……」
「あいつがどうしたの?」
小さな小さな声に、ミリア生徒会長さんは足を止めずに返事をして。
私はカキス君がいては訊けない疑問を声に出した。
「……ミリアさんは、その、シスターさんの命を奪ったカキス君のことが、憎いんですよね?」
少しの勇気を出してみようと思った。
「カキス君が無理やり能力を使わせて、そのリスクでシスターが倒れてしまったって話してましたけど……」
今しかないと、そう思ったから。
「それは本当にカキス君が使わせたんですか?」
カキス君のことを誤解されたままなのが、嫌だったから。
「話を聞いていると、どうしても違和感があって……」
カキス君を悪く言われるのが悔しかったから。
「……わざと、”そういうこと”にしてませんか?」
――ううん、違う。そうじゃなくて――
「ミリアさんは……本当のことを知っているんじゃないですか?」
――ただ、知りたいだけなんだ。
◯ ⚫ ⚫
「ミストレス様、侵入者です。どうか、避難を」
屋敷の中央より少し奥。最も大きな研究室のノッカーを何度も鳴らし、中の人間を呼び続けているのは、ミストレス専属の執事だ。
外見は初老の彼は、昔からミストレスの友人で、なおかつ同じ研究者として良きライバル同士だった。
名前はユーナリス。血縁関係をすべて切り、一人の従者として今は暮らしている。
ユーナリスの家は元々貴族に仕えてきた伝統的な一族だった。突出した噂はないが、優秀な者を排出していることで有名だった。
そんな家に生まれた彼は、幼少の頃から鳥に憧れていた。空を優雅に飛ぶ彼らに羨望と嫉妬を抱き、見上げていた。
彼は地頭に自信があり、鳥について、空を飛ぶことについて熱心に研究していた。研究を密かに開始した時点で家を継ぐ気はさらさらなかった。
厳しい訓練を受けつつ、飛行に関する研究を続けていたある日、実家を”とある一族”が襲撃してきた。
その日はたまたま遠出をしていた彼は、馬車にのって戻ってきた時は目の前の光景はを疑った。
これまで世話になってきた我が家が全焼している光景に。
何度瞬きをしても変わらない家に現実を疑った。
そして、いつまで経っても変わらない”残骸に”彼は身体震わせた。
あぁ、ついに私は空を飛べる、と。
その身震いは歓喜によるものだった。
あともう少しで何かを掴めると確信していた彼にとって、面倒なレールが消えたことは喜ばしいことだった。
彼は巨大で豪奢な屋敷など必要ない。望んでいたのは研究。ただ一つそれだけだった。
だから喜んだ。
だから叫んだ。
ひとしきり狂喜乱舞した彼に、複数の人影が群がった。ユーナリスは彼らが自分の檻を焼き払ってくれたのだと理解した。そして礼を口にした。
それはさぞ慇懃な態度だったろう。これまで人に感謝する方法は学んでいた。
ほぅ、家が無くなり喜ぶか。
後に主人となりライバルとなる相手の言葉の端に、共感が滲んでいることを察したユーナリスは、その心の内を語った。
案の定、その男はたいそう喜んだ。
俺のところに来い。存分に研究させてやろう。
仰せのままに、旦那様。
悪意など一切ない、純粋な誘いに、断る選択肢などない。
……そんなユーナリスは、自らの研究を終え、それからはミストレスの執事として仕えている。
自分を拾ってくれた主人への恩返しであり、友に対するサポートのつもりだった。久しぶりの従者生活に、無礼はないか心配だったが、杞憂に終わった。
彼を想えば、身体自然と動いてくれた。この時ばかりは、教育を施した父を称えた。それ以降は一回もないが。
「ミストレス様、緊急事態であります。どうかお顔を見せてください」
そんな彼が、今は額に汗を伝わせている。酷く嫌な予感があった。いつになく危険な匂いがしている。
「……失礼します、ミストレス様」
彼の性格なら自分が入っても何も言わないだろうが、一言言ってからドアを開けた。
「ミストレス様……?」
中に入ると驚くほど真っ暗だった。もしや不在かと思ったが、熟睡しきっている可能性を考え、部屋の奥へ。明かりはつかないが、すぐに慣れる。
「……ミストレス様。ミストレス様……!」
ミストレスはいた。奥のデスクで杖を握っていた。
「……ミスト、レス」
デスクの上で、彼は血を流し絶命していた。
ユーナリスの予感は、当たってしまった。
⚫ ◯ ◯
「ミリア生徒会長! それに水谷さんも」
「コルト君! 無事で良かった……」
二分したチームは合流を果たすことができた。
「カキスは……野暮用みたいだね」
「……うん。ちょっと急用で下に」
コルトはカキスがいないことを察したが、心配するような素振りは見せなかった。
「どうする? 調べ終えていないのは、この部屋だけど」
全員の視線が目前にある扉に集中する。大きな扉でもなく、特に罠がありそうでもない。
構造的に内装は広そうだが、入り口は小ぢんまりしている。
「こっちも同じ。……地下室の入り口は?」
「……それが、なかったんだ」
「そう……」
できればカキスとも合流しようと考えていたが、そう易々とはいかないようだった。
「始めは後衛組から入ろうか」
「それは危なくないですか? 私達反射神経がいいわけでもないし……」
「僕としては、背後を狙われる方が怖いかな。正面なら敵が見える。でも、後ろは対応が二歩遅れる」
反論を出した女子生徒の考えはコルトには通用しなかった。が、コルトなら確かにそうかもと思わせる実力もあった。
女子生徒は一つ頷きコルトの前に立つ。ゆり達も、静かに隊列を組み、
「それじゃあ……開けるぞ?」
先頭の男子生徒がドアに手をかけ、ゆだくりと厚い扉を押し開け中を覗き見る。ギィ……と軋ませながら踏み入れた空間は、薄ぼんやりとした光量で、乱雑に広げられた何かのレポートが散らばっていた。
完全に扉を開ききっても魔法が飛んでくることはなく、不気味なほど人気を感じられない部屋に、コルト以外のメンバーは動揺する。
「ど、どういう部屋なんだここは……?」
「研究室、だと思うけど……」
これまでも片付けられていない部屋はあったが、この部屋の場合確実に何かがあると感じるものがあった。ほとんどがその原因に気づけていないのに、コルトだけはそれを察せた。
「血の臭いがする……」
「血っ!?」
「おま、声が大き……!?」
端正な顔を歪め指摘するコルトに、女子生徒は思わず大きな声を響かせてしまう。
「おや? 誰ですかな、私の友の眠りを邪魔する方は……」
慌てて男子生徒が口を押さえたが、時すでに遅し。奥から妙齢の執事が少しやつれた表情を闇から覗かせた。暗闇からぬっと出て来たそれに、全員が武器を構える。
好戦的な態度を見せつけられた執事だが、力なく両手を上げた。降参を示す行動に、コルト達は油断なく睨み返す。
「私は見ての通り執事です。皆さんと命をかけて戦うことはできません。力もなければ、力を振るうこともいたしません」
丁寧な言葉使いで警戒を解こうとするが、思うようにはいかない。仕方無さそうに嘆息し、腕を降ろした。
「まあ使用されなくとま構いません。皆さんからいくつかお話をお聞かせくださいくだされば」
「……話?」
ミリアはいつでも電撃を飛ばせるよう魔力を溜めながら、一歩前に躍り出る。少なくとも目の前の自称執事に敵対する様子がないため話を聞くぐらいなら、と判断した。
念のためコルトと視線を交わしあっておく。
「ええ。皆さんがこの部屋に踏み入れた理由をお聞かせください。どうしても知りたいのです」
求めてきたのは理由の説明だった。
その真意が読めず、ミリアは眉を潜めて問い返す。
「まさか、自分の主がしてきたことを知らないとは言わないでしょうね?」
その問いに、執事は変わらぬ表情で答える。
「友がこれまで行ってきたことはよく知っております。しかし私がしりたいのはそのことではありません」
ミストレスが世間一般では犯罪ととられる方法で研究を進めてきたことは知っている。環境を整えるために手段を選ばないその姿勢を尊敬していたし、自分自身にも似たところがある。そんな彼に、ミリアの言葉は何の意味も持たない。
「……質問に答える前に、あなたの名前を聞かせてください」
悪びれもなく返してきた執事にむっとしたが、表情をに出すのは抑えた。
「これは失礼。私の名前はユーナリスと申します」
「そう、ユーナリスさんね。私達はあなたの主である、ミストレスを捕縛しにきたわ。邪魔をするというのなら……」
「それは、残念ながらもう手遅れですね」
これみよがしに武器を構えるミリア。それに呼応してゆり達も武器に手をかけた。
が、ユーナリスは静かに頭を振り、感情が消えた表情を浮かべるだけだった。
「……まさか、時間稼ぎ……!?」
してやられた。判断を間違えた。
ミリアの頭の中で後悔が溢れ返す。全員がはっとして背後を、ミストレスが去った可能性のある方向を振り返った。
唯一振り返らなかったのは、黒ゆりだけだった。
「なるほど、そういうことね」
いつの間にかゆりから抜け出し、器を使って表に出て来ていた黒ゆりは納得がいったという顔を浮かべている。そこには、獲物を逃したといったような悔しさなどは見当たらない。
「この部屋に充満している血の匂い……これはミストレスのものなんじゃない?」
「ええ。友は、おそらく十数分前に殺されたと思われます」
「え……?」
手遅れ。ユーナリスが口にした言葉の意味は、対象であるミストレスが、すでに死んでいるということで。
ミリア達にはその意味が信じられなかった。
「死ん、でいた……?」
あまりにも予想外な展開に、ゆりは瞠目した。
一瞬、この場にいないカキスの仕業を疑ったが、それにしてはどこか”雑さ”があるように感じた。
「自殺、の可能性は……?」
「杖を握りしめ、胸に剣を刺された跡がありました。自殺の可能性は低いでしょう」
ユーナリスは確信を持って否定する。第一、ミストレスが自殺する理由が見つからないのだ。
研究も少し前に進んだタイミングで、多少追っ手が増えたからといって頓挫する計画でもないのに、何故自殺をするのか?
「それで、主を失った執事はどうするんだい?」
うっすらと笑みを浮かべたコルトは、挑戦的な目でユーナリスを見やる。
「そうですね……せっかくなので、情報を一つ」
ユーナリスはちらりと自らの背後に視線を送り、何事もなかったようにミリア達を見直す。
「敵がなんであれ容赦はしないことです」
「何を言って……」
ふっ……。
暗転。
暗闇。
「『スパーク』!」
不自然な闇がミリア達を包んだ数瞬後、即座に紫電を撒き散らし闇を打ち払う。
パリィン!と硬質な物が砕かれたような音が響き、その向こう側から銀色の煌めきと黒い影が飛び出した。
「やらせないよっ」
キィンッ!
コルトは隙をさらしているミリアの前に立ち、敵の攻撃を鞘に納めたまま弾き返した。
ぼろぼろと黒い物質が空間から剥がれ落ちる。そこから、先程見ていた部屋が見えた。どうやら、空間を囲む結界のようなものだったようだ。
「あ、あなたは……!?」
不意打ちを凌がれた何者かは灰色のローブのフードを目深に被っていたが、バックステップでコルトから距離を離した瞬間、隠された相貌が覗けた。
その顔には表情や感情などなく、機械を見ているような印象を受ける。そして、ゆりはその無表情に見覚えがあった。
「…………」
無言で幅広の剣を構え直し、遠慮なく殺意を振り撒く。
その少年は間違いなく誘拐されそうになったゆりを救ってくれた少年だった。
「…………」
「っ!?」
コルトは咄嗟に剣を抜き床に向かって突き刺した。こめていた風の魔力を解放させ、全方位に風の刃を無数に発生させる。
コルトは、かろうじて反応できたのは運が良かった、と懐に潜りこみかけていた少年を下がらせながら思った。
少年の動きは決して速くない。目で追いきれないことはない。しかし、前動作が読み取りにくく、そのせいで反応が遅れそうになった。
「まさか、リズムを読まれないために呼吸を止めるとはね……」
人は生命活動を維持するために呼吸を繰り返すが、その間隔や深さには個人差があり、クセがある。
コルトはそれを読もうと集中していたせいで、反応が遅れてしまった。
「さすがに、死人は違うな」
剣を握りしめ、自分の周囲に気を張り巡らせる。何秒待っても呼気も吸気もしない少年に、リズムを読むのは止めた。
「……死人? 彼は今も動いてるけど?」
「別に心臓が止まったからって動かなくなる訳じゃないよ。魔力があればそれで十分」
ミリアの質問に何でもないような口調で、コルトはおかしなことをのたまう。
「いや、ありえないでしょそんなこと!?」
ヒュッ、ガッ!
姿勢低く懐に潜り込もうとした少年に、杖を突き出し牽制する。少年は剣の柄で強引に弾くと、大きく飛び退いた。
「さすがに見てる、か」
黒ゆりは黒いスカートの裾を揺らして一歩下がる。あのまま突破してくるようであれば、足元を水で包み転倒させるつもりだった。
「……詳しく話しなさい」
「彼らは既に死んでる。毒物なんかを使って心臓を止めてね。そんな彼らの脳に魔石を埋めて、魔力で操作させる」
「そ、それって……!」
ゆりは悲しそうに顔歪め、ミリアは唇を強く噛み締めた。
「僕やかきすは『人形』って呼んでる、人体兵器だ」
「…………」
人形。
感情を持つこともも喋ることも禁じられたその姿は、正に人形と呼ぶに相応しかった。
空虚な双眸は、表情の固いミリア達を反射していた。
最近動画投稿を始めました、かきすです。
更新が遅れている理由はこれではなく、GGXrdR2のせいです。
…………生きてます。書いてます。ただちょっと先を書きにくくなっただけですので。
また何ヵ月も期間が開いてしまうかもしれませんが、完全に辞める時はきちんと報告しますので。
以上、更新の遅い作者の見苦しい弁明でした。
また、次回で。