第十三話 「分散」
今回短めです。
いつもの七割ぐらいの分量(しかも中身が薄い)ですが、一度切りたかったので上げました。
人生というのはままならないものである。
何かを得たと思えば、何かを失ってしまう。理不尽なんてのは日常的で、普遍的だ。いくら耳聞こえのいい言葉を口に出そうが、現実にはなんの影響も及ぼさない。
そもそも、現実自体が非情なのだ。人生がままならないものとして、不動の立ち位置を確保している原因がそれだ。
「あの、ミリアさん。朝は姿を見なかったんですけどどこに行かれてたんですか?」
「い、今は敵地に潜入中よ。後にして」
「そうですけど……。どうしても気になるんです。朝早くから、カキス君と一緒に帰って来て、顔も真っ赤にしていましたし……」
「だ、だから、説明したでしょうっ。暑さで目が覚めて散歩してたらたまたま合流しただけだった」
「でも……」
「……あぁ、人生ってままならねぇな……」
俺たちは今、とある館に侵入している。この館はミストレスの本拠地であるという情報を掴み、その可能性も高いことから、俺たちは忍び込んだ。
▽ ▽ ▽
「これがその場所だと?」
「はい。そうです」
およそ二十分前のこと。
俺たちは広大な敷地を持つ豪邸、の裏で集合していた。
「……随分とデカイ建物だな」
デカイと言っても、縦にではなく横にではあるが。俺たちは街の外の森からここまで進んできたが、ここから街までこの館が伸びていると考えると、その大きさが少しはイメージできるだろうか。
ミストレスはここを本拠地としているようだ。
「この街一番の資産家ということになっていますからね。その立場に恥じない屋敷は有していて当然でしょう」
「それにしたって限度があると思うがな」
ここまで大きい屋敷を見たのは久しぶりで、眺めていると飲み込まれそうな気がしてくる。
「……今度こそ、間違いはないんですね?」
俺たち、学院生を束ねるミリアは厳しい表情でメイリオを睨む。
「三名が死亡、生きて帰ったのは二名だけ。それも重症でした。彼らが命をかけてくれた情報です」
メイリオはただ淡々と、被害の総数とその情報の価値を示した。
ミリアはその感情を絶ちきった報告に、言葉を詰まらせすぐに返答できなかった。
「思ったより少ないな」
代わりに俺が率直な感想を口にする。
「随分と冷静な分析をされるんですね、あなたは」
「そう怖い目で見ないでくれ。これでも褒めているんだ」
偵察として放った人員は五名。おそらく結果的には五名で済んだだけだろう。もし一人として情報を持ち帰ることができなければ、倍に増やしたはず。
敵の、それも覇世家の息がかかっている領域に立ち入るということは、容易ではない。三十人という報告をされるとばかり思っていたので、拍子抜けだったのだ。
「……少ないものですか……! これまでの犠牲の数々を考えればよっぽど……!」
上手くいったとでも?
そう口にしなかったのは、沈痛な表情を浮かべた少女の姿があったからだった。ミリアが責任を感じていなければ、俺はその冷徹な言葉を浴びせかけただろう。
「……前回ミスをした私達が、言えたことではありませんでしたね……」
ミリアはおもむろに立ち上がったかと思えば、腰を曲げ頭を下げ初めた。
「ミリアさん? 急にどうされたんですか?」
「……ただの、勝手な自己満足です」
そういって、ミリアは自嘲を含んだ苦笑を張り付け、頭を上げた。
メイリオたちの被害は、直接的には俺らには関係がない。情報の集め方に要望や指示を通していなかった。暴力的に言ってしまえば、自業自得なのだ。
しかし、ミリアは思い責任を抱えている。そんなものを背負う必要性など、義務も含めてないはずなのに。
俺にはない優しさの形だった。
それが少し、ほんの少しだけ、羨ましく感じられたのはきっと気のせいではなかった。
「……話を戻すとして、だ。中に入ってからは二手に別れよう。その方が効率がいい」
俺は意図的に話を変えた。
「そうだね。いつミストレスが逃げ出すのかわからないからね」
「俺としては、俺以外が陽動で……」
「「それは却下」」
……こいつらいつの間に生徒会長同士の結束を強めてやがった?
「さすがに内部で単独行動はおすすめしませんが……二手に別れるのはいいかもしれませんね」
メイリオは苦笑しながら思案する。ゆりはその言葉に小首を傾げた。
「どうしてですか? 戦力を分散しない方がいいのでは?」
「数の問題だよ。ミストレスが抱えている戦力とこちらのどちらが人数が多いと思う? それに、この広さはミストレスを取り逃す可能性もある」
俺達が六人。たった六人しかいないのだ。まさか警備の人間が二桁にも及ばないはずがない。囲まれてしまえばそれだけで終わりだ。
まぁ、俺とコルトがそれなりに頑張れば突破できるだろうが、無駄な力を消耗したくないので、選択肢からは外している。
皆忘れているかもしれないが、本来ミストレスを足止めするのが目的である。逃走される可能性が高いことはさけるべきだ。
「危険度を考えると、俺とコルトだな」
「え? 僕は嫌だよ?」
「は?」
危険度とは言ったが、本音は戦力的に足手まといを切るためである。さらに言えば、コルトには多少の流技を見せようが問題ないからだ。
それぐらいコルトもわかっているはずなのだが、拒否されてしまった。
その真意が理解できず訝し気な視線を向ける。何を企んでいるんだ、と。
「戦力をわけるにしても、出来る限り均等にするべきじゃないかな? 僕とカキスが一緒に行動するとして、誰が水谷さんを守るんだい?」
「ミリアがいるだろう。伊達に生徒会長じゃないんだから」
「……二人して私を馬鹿にしてない?」
俺はそれなりに評価してるんだが……。言ってもどうせ納得しないだろう。
ふと、ゆりの気配が妙に薄い気がして視線でゆりを探す。
ゆりは俺の右後方でぼぅっとしていた。
何か思案しているようにも見えるし、遠くを視ているようにも見える。普段から軟体動物みたいな思考回路をしている奴だが、ただ呆けているのは珍しかった。
「……ゆり?」
少なくとも、幼馴染の俺が異常だと感じる程度には。
「…………」
声をかけたが、ゆりの意識は戻らずどこへなりとふらふらしたままだ。どこか不安を煽るその様子に、俺は目を細める。
ゆりから視線を切り、改めてターゲットの本丸を眺める。正確にはその奥にある魔力を、視る。
「……地下には近づかない方がよさそうだな。妙な魔力が渦巻いている」
「どういうこと?」
「んー、言葉にしにくいんだよな……。確実に言えることはミストレスより魔力量が多いナニカが蠢いてるってことぐらいだ」
しっちゃかめっちゃかに掻き乱された属性を、歪に繋ぎ会わせたような魔力。
"俺はそれの正体を知っている"。
ミストレスがいったいどういった経路でそれを入手したのか気になるが、今は放っておくしかない。
「地下に関しては一切調査できていません。行くこともないとは思いますが……私もあそこに近づくのはおすすめしません」
「でも一階や二階にいなかったら行かなきゃダメですよね……」
いつの間にか思考の海から上がってきたゆりが憂鬱そうに呟く。
「もしそうなった場合は、一旦合流しましょう。その時はいいでしょう?」
こちらの顔色を伺うミリアに、俺はうなずき返す。
地上階でミストレスを追い詰めきれない可能性は十二分にありえる。そうなった時、さすがに俺一人で地下には居たくない。もし合流しないなら、俺がゆりとミリアを守ることになる。敵に囲まれゆりとミリアを守りきれる自信は、ない。
「それで? もう入っても良いのか?」
話すことを話終え、俺は装備の確認を始める。まぁ、確認と言っても隠しナイフの位置を調整するだけだが。
「ええ、どうぞ。皆さんの健闘を期待しております」
「……ああ。楽しみにしとくといい」
シュ!
最後の一本を鞘に納め、答えた俺の姿ぶれ動き掻き消えた。
「行くぞ、ゆり、ミリア。愚かな科学者を捕らえに」
「い、いつの間に……」
「それじゃあ、僕たちも行こうか」
それぞれが、それぞれの役割を果たすために動く。
"ここまではよかった。"
問題はこの後だった。問題というのはあくまでも、俺の個人的な精神衛生上のことであり、作戦自体に大きな支障を出すものではない。が、そういうことではない。
窓を音もなく外し侵入した後、ふと思い出したようにゆりが呟いた言葉。
「そういえば、今日の朝は顔が赤くて唇を妙に気にしてましたけど、何かあったんですか?」
それが全ての引き金だった。
「……それはたぶん水谷さんの気のせいよ。ねえ?」
「……あ? あぁ……俺に聞かれてもな」
索敵に集中していた俺は適当な受け答えをする。
「それに……ミリアさんから、少しだけ、ほんの少しだけカキス君の匂いが」
お前は犬か。
ぼんやりと会話を耳に入れていた俺は内心でそう呆れた。
「う、嘘? あの一瞬で?」
「嘘です」
ピシッ!
…………二人の間で、妙な空気が作り出されていく。
ミリアはゆりに言われて二の腕の辺りを鼻に押し付けた体勢で固まり、ゆりの方は柔らかく微笑みながら固まっている。
「さすがの私も、そんなに鼻がよくないです。できて魔力を見極めることぐらいです」
ゆりはさも当然のように恐ろしいことを口にしていた。
魔力が読めるということは、俺の行動の軌跡がわかるということだ。ゆりは匂いがわかるとは言わなかったが、ミリアの体に残る俺の魔力を視たのだろう。妙に確信を持っていた。
「そんな話どうでもいいだろう? 特に今は」
何がそんなに気になっているのか、ゆりは変にミリアに絡んでいる。
圧力たっぷりなその雰囲気に、ミリアがたじろいでいる。
(何をそんなに気になっているんだか……)
こうして無駄話をしている間も、移動している。無駄話で居場所がばれ見つかったなど、目も当てられない。
しかし、現実はそういうわけにも行かず、ゆりの謎の圧力は続き……。
▽ ▽ ▽
「さっきもあの一瞬で、て言いましたよね? カキス君と密着するようなことがあったんじゃないですか?」
「し、知りません。きっとそれは難聴です」
「……若干キャラが崩れてますよ?」
「だ、だから……」
「いい加減にしろ、お前ら。緊張感のないやつらは置いていくぞ」
俺が少し強めに言いつけると、二人は揃って口を閉ざした。
「そろそろコルト達が動き出す。警備の人間に関わらず忙しくなるから、気を引き締めろよ」
少し早いとは思うがスイッチを切り替えておく。余計な思考が奥に押しやられ、戦闘に特化した視界が研ぎ澄まされる。
「……っ!」
それによって、あることに気付けた。
「全員ここから離れろ!」
しかし、それき気付くのが遅かった。
ガゴンッッ!!
「なっ!?」
「ひっ!?」
(ちぃっ!)
俺達の足元の床が真っ二つに割かれ、俺達を危険臭のする地下へ誘おうと漆黒の大口を開いたのだ。
俺はすぐさま二人の腕をつかみ引き寄せる。バラバラに落下することを回避するためではなく、
「ゆり! あいつを呼べ!」
「う、うん。お願い、アルファディオル!」
『キュアーッ!』
アルファディオルが回収しやすくさせるためだ。
ゆりは俺の咄嗟の指示を読み取り、すぐさま大鷲の精霊を呼び出した。
アルファディオルは水の中位精霊で、背中に人を二人は乗せられるほど大きく、高位精霊であるウンディーネと比べればその力は劣っているが、汎用性ではアルファディオルの方が勝っている。
空を飛べるというのは、この魔法社会の中でもそれだけの価値があるのだ。
ただ、それが万能というわけでもない。
「カキス君!」
「俺のことは気にするな!」
ゆりの悲痛な叫び声にアルファディオルが首を動かし俺を視界に捕らえたが、俺は助けを拒否する。
アルファディオルの背中に乗れるのは二人までであり、それ以上は機動性を大きく低下させてしまう。すでにそのことは検証済みだ。
落下する直前は辺りに誰もいなかったが、騒ぎを聞き付けてくる可能性を考慮するに、機動性をなくす方が危険だった。
「でもっ!」
「ミリア、頼んだぞ!」
最後の声が、ミリアに届いたのかは不明だ。最早アルファディオルの姿が小さくなるほど、俺達の距離は遠く離れてしまった。
(なんか最近、俺落ちてばっかりだな……)
そんな嬉しくもない状況に、大きなため息を吐いた。
◯ ◯ ◯
「ふっ!」
ギキィンッ!
カキスが地下に吸い込まれた頃、コルト達は正面口で、警備員相手に大立回りを見せていた。
「そっちいったぞ!」
「わかってる!」
カキスからは名前を忘れ去られた二人は前衛と後衛に別れ巧みに連携をとり、五倍の人数をさばき続けている。
「さすがに、非正規役員に選ばれるだけはあるね、二人とも」
「生徒会長にそう言われると、光栄……だ、ねっ!」
ふと隣に並んだコルトからの称賛に、男子生徒は切り結んできた男を弾き返しながら反応する。
コルトはいつもの笑顔を浮かべている。
「うん、準備運動はこれくらいでよさそうだね」
「は?」
コルトが"準備運動"と言ったこれまで攻防は、二人にとっては拮抗した真剣勝負のつもりだった。
コルトは飛来してきた火の玉を魔法で風を作り、無理やり逸らした。刹那ではあるが、攻撃の手が止まった隙に、コルトは右手を地面に勢いよく叩きつける。
「舞い上がれ! エアロダスト!」
バフゥンッ!
「おま!?」
「な、なになに急に何!?」
コルトの右手から放たれた風は森の腐葉土を混ぜ返し、視界一面を茶色に染め上げた。
腐葉土は微生物により細かく分解され粒が細かい。そのせいもあって目や口に入り込んでくるのだ。ただし、敵味方問わず。
「二人は動かないように」
自分は風の壁を作って塵を防いでいるコルトが、口に入る砂を吐き出している二人に声をかけてきた。
「すぐに終わるから」
耳元で呟きが聞こえたかと思えば、
ゴガガッ!!
何十という硬い音が重なったような音がした。
瞼を閉じた世界から得られる情報。それがたった一つ。それも、不明瞭な音のみ。
二人は強い不安を感じ、自然とお互いに身を寄せこの時間が過ぎることを祈った。
「もう大丈夫だよ、二人とも」
「お、おう……」
言われるがままに目を開くと、ついさきほどまでしのぎを削っていた相手が、それどころか、奥に見えていた援軍すらも地に伏せていた。
「な、何が起こって……」
二十はくだらない敵を、僅か数秒で倒した方法がわからない。ただ唖然とするしかない二人に、コルトはイケメンスマイルで答えを明かす。
「それなりの魔力量と操作技術があれば、君たちにだってできるよ。なんせ、風でたくさんの鈍器を作ってそれぞれに魔力の糸を繋いで、剣に引っ付けて引けば……」
ゴンッ!
「ね?」
「「いや。いやいやいや。無理だから!?」」
コルトが明かした"タネ"は、簡単である。
幾重にも枝分かれした鞭の先に石を付け、それを一人一つずつに後頭部へ当てた。状況を例えるなら、そういことだ。
複数の魔力を操作さえできればなんとかなる、のだが……コルトが軽く言うほど単純ではない。そのことは二人には十分理解できる。できてしまっている。
これが生徒会長に選ばれる人間の力なのだと、改めて生徒会長の実力を実感した。
「どうやら"おもてなし"の人間も尽きたようだし、中に入ろうか」
三人はカキス達の行動を円滑にするための陽動だが、可能であるなら正面突破を図ることになっている。コルトの魔力は十分以上に残っている。
「さて、どのくらい強い人がいるかな……?」
何気ないその呟きには、どれだけの想いがあったのか。小さな呟きを拾うことのできなかった二人には、一生理解できないだろう。
⚫ ⚫ ⚫
暗い暗い、穴の底。
光の当たらぬ、穴の底。
「「「…………」」」
身じろぎ一つとらない人形。その形相には表情などありはしない。当然だ。それらは人形なのだから。
たとえ元人間だったとしても……。
「変わらないな、あのクソジジイがやることは」
それらはまだ動き出してはいない。だが、いずれは動き出すだろう。それどころか、今すぐにでも動き出しかねない。
この人形達が動いたらどうなるのか……。
「……準備運動ってことにするには、ちょいと数が多いな」
俺は腰から剣を抜いた。戦闘を始めるための一動作だが、金属が擦れたシャリン……という音に人形達は目を覚ます。
あるいはそれは、どこからかの指示で起動したのか。
「まあいいか……。どうせ後々やることだったし」
この人形達が完全に活動し始めるまで少し時間がかかる。僅か三十秒ほどではあるが、休眠状態から全身に魔力を流すまでラグが生じる。
「”元”同族のよしみだ。今度こそ、殺してやるよ……!」
人間を使った非人道的兵器の総数は計り知れない。ここからでは最後尾が見えないほど、数がある。
イラプドの時やオリエンテーションの時とは比べ物にならない量を相手に、俺はスイッチを切り替えた。
● ◯ ◯
「思ったよりも中の警備が薄い……。それに静かだ」
「……確かに、怖いぐらい静かだな」
「実は研究者ばかりで、てことはないかな?」
「どうだろう。研究者だからといって戦闘ができないとは限らないからね」
コルトを含めた三人が強行突破を敢行した。ものの、いざ内部に足を踏み入れてみれば、しん……と静まりかえっていた。
コルトはそのことに違和感を抱きつつ、どこかで納得もしていた。
というのも、
「やっぱり地下に逃げられたのかな……?」
「地下?」
コルトはコツコツと靴裏で床を叩いて示す。
「僕らがあれだけ騒がしくしたからね。逃走経路が用意されてるかもしれないし、そうでなくても罠があるかもしれない」
地面の下に通路を貫通させ森のどこかに繋げるのは王都の貴族たちも採用している。
避難経路のためだけではなく、敵を迎え撃つのも有利になる。なにせ一方通行なのだ。追ってこようとすれば罠などを正面から攻略するはめになり、時間を稼がれる。コルトとしてはそれ以上に、カキスが言っていた地下の存在も気になっている。
カキスの言い方から、強いというより正確な対処法を知らないと苦戦するタイプの敵だろうことを察している。
(いったい地下には何が……?)
疑念は尽きることを知らない。一度何かを疑えば、連鎖的に広がっていく。
今は、悩んでいる余裕はない。コルトは与えられた任務を果たすことに集中することにした。