第八話 「高き陽光」
夢を見ることがある。子供の時の夢を見ることがある。その夢におれ自身の姿はなく、俺がいない世界がそこに存在している。もしかしたら視点が折れなだけで、本当はおれがそこに存在しているのかもしれない。その確証はないけれども。
夢だから、確認のしようがない。
だが、俺が気にしていることはそんな些細なことではない。
おれが存在しない世界で、ゆりが、どんな人生を送るのか
”もし”の世界は現実とまったく同じことが起こり続ける。俺が関係する内容については代理で誰かがこなす。その度に人は違うので、完全におれの成り代わりがいるわけではないらしい。まぁ、それはどうでもいいか。
夢は何度か見てるのだが、その度に時間がバラバラで、真夜中にゆりが寝ている姿しか見えず、暇な時もあった。
夢に意味なんてない。脳が記憶の整理をしているときに現れているだけだ。
それでも、それでも……。
「……俺は始めから……」
「……ん? 何か言った?」
口に出したつもりはなかったが、ミリアは馬車による乗り物酔いで青い顔をしたまま聞き返してくる。
「いや、なんでもない。ちょっつぃた独り言だ」
「そう……」
「それよりもお前は遠くの景色でも見てろ。向こうにつくまでに普通に戻っているぐらいにはな」
「やだ、そんなに悪い……?」
自覚がないのか、それとも確認する余裕がないのか、ミリアはペタペタと自分の頬を撫でさする。
メイリオの誘いを受けることにした俺たちは、馬車で森を抜け、ようやく街について歩き始めているところだ。先頭はコルトでほかの三人と楽しげに話している。ゆりも、一応はその輪に加わっているが、相槌を打つだけである。
おれとミリアは、それらを後ろからぼんやりとみていた。
改めてミリアの顔を至近距離から見つめる。
「な、なに……!?」
「お、赤くなった。なんだ、自由自在じゃないか」
顔を近づけた瞬間、ミリアの顔は真っ赤に染まる。変態行動をつっこんだ後のゆりなみの早業だった。
普段からポーカーフェイスを気取っている俺でも、さすがに生理現象による顔色の変化までは操れないので素直にすごいと思う。
「人をカメレオンみたいに言うなっ」
「おっと」
ブン。
右フックを仕掛けてきたので、さすがに顔を離す。
「でもすぐに顔色を戻すどころか赤くしただろ?」
「別にあれは私の意思でやったんじゃなくて、あんたが急に顔を近づけるからでしょ!?」
「……顔を近づけたぐらいで赤くなるか?」
「距離を考えなさいよ、距離を。鼻が触れるかと思ったわよ!」
どうやら、思春期のような思考回路で顔色をリカバリーしたらしい。
「思春期のような思考回路だな」
「何ですってぇ……!?」
おっと。思わず思っていたことが口から零れて出てしまったらしい。
あっはっは、俺としたことが。
「あんた……この五年で身長だけじゃなくて態度まで増長したわね……! 今日という今日はそのねじまがった性格を叩き直すからね!」
「それは怖い。俺は少しでもミリアの気が紛れる様にと思って……」
「平然と嘘を吐かない!」
手のひら大の雷球を飛ばしてくるが、首を傾げて避ける。ミリアが指先で支持を与えるとブーメランのように弧を描いて戻ってくる。一歩横にずれてそれも回避。
ミリアは指をタクトみたいに操りながら、何度も雷球を俺にぶつけようとしてくるので、俺はそれを涼しい顔で避け続ける。
本来であれば、いくら手のひら大の大きさと言っても絶対に当たるわけにはいかないが、これは無属性であることを考慮して手加減されている。もし当たったとしても全身が軽い関電状態になるだけだ。
そんなじゃれあいに近いことをしている俺らに、視線を向ける人物がいる。
「…………」
「どうしたんだい、水谷さん?」
「え、あ、何でもないですよ?」
それはゆりだった。ゆりは時折こちらをちらりと振り返っては寂しげな視線をよこしてくる。
(まいったな……)
最近になって、もしかししたら俺がいなかった六年の間に、ゆりは人とコミュニケーションをとるようになってきた。それを子供が親離れをするようなものだと思っていた。だが、どうやらそうではないらしい。
ゆりはまだ、”俺離れ”ができていない。おれに、依存している状態が継続されている。
(あまり時間は残されていない……。準備を進めながら少しずつ距離を取らなければ……)
もし俺に何のしがらみもなければ、ゆりに依存されていてもよかった。しかし、そうもいかない。そうさせてくれない事情が、俺にはある。
心が壊されてからどうにか感情を取り戻せたが、俺は対人関係の気づき方はまだ拙い。できる限り自然にゆりから離れる形が好ましいが、多少強引な手段になるだろう。
(……今は目の前のことに集中するか)
俺は頭の隅でそう結論付けると、ミリアとの戯れに終止符を打つべく雷球の核を突き崩す。
○ ○ ○
「しばらくこの部屋でお待ちください」
バタン。
教会に入ると、すぐにメイリオが出てきてくれたが、これから教会内で少しイベントがあるらしく、奥の一室に収められた。
長机には片側に五つ、もう片方に一つだけカップが置かれている。一つだけ置かれたカップには中身が入っておらず、五つにはミルクティーが入っている。
「これを飲んでろってことかしら?」
「準備がよろしいことで。最初から予定があるってわかってるなら、そう言ってくれてもよかったよな?」
アルベルトが悪態を吐きながらも、席に着く。他のメンバーも口には出さなかったが同じ考えだった。
「はぁ……まぁいいわ。時間の指定を忘れていたのはお互い様なんだから」
ミリアは一番真ん中の椅子に座る。その左隣がアルベルト、そのさらに左隣がプリッシュで、右側にコルト。さらにその横に俺が座り、なぜかゆりが俺の膝の上に座った。
「……おい」
「あら? 何かしら?」
正確には、乗ってきたのは黒ゆりだが。
「椅子はまだあるんだからそこに座れよ。おれの膝上に座るんじゃない……!」
そう言いながら壁際にある椅子を指さす。しかし黒ゆりに動きはない。それどころか、さらに体重をかけてくる。
「だってカップはここまでしかないじゃない」
「そんなに欲しけりゃお前にくれてやる。だからど、け……!」
おれは黒ゆりを膝の上から無理矢理落とす。さっきからミリアの視線がとても痛い。おれは無実だと、声を大にして叫びたい。
「はは。君たちは本当に仲がいいよね」
「はは。お前は本当にウザやかなあ笑顔を浮かべるな、コルト」
俺は再度乗り込もうとする黒ゆりを維持しながら、コルトの心のこもった言葉に同じく心の声を返す。
「私、人間の道具って合わないのよね。どうして肌がムズムズするっていうか……」
「オーケー。話は聞いてやろう。とりあえず足をあげようとするのはやめろ」
「地面の上に立つのとは違って、肉体の調整が難しいのよね」
こいつ聞いてねえ。
「だから、そんなことで一一ストレスを感じるのもばからしいから。わかったかしら?」
一ミリもわからないんだが……。
「お待たせしました。あら、一つ足りなかったようですね。申し訳ありません」
と、そこへシスターメイリオが戻ってきた。黒ゆりは扉が開いた瞬間にゆりに後退して逃げている。
「いや、気にしないでくれ」
おれは椅子から立ち上がり壁から一つとってくる。
「ありがとう」
それを受け取ったゆりが俺の横に座ってから、メイリオも席に着く。
そして、「話し合い」が始まる。
「本日はお越しいただきありがとうございます」
「いえ……私たちも協力者が欲しいと思っていたところです」
丁寧な物腰で頭を下げるメイリオに、ミリアは少々高慢な態度で頭を上げさせる。これはまだメイリオが信用できないので、当然ともいえる対応だった。
自分が信用できる人間か試されていると理解しているメイリオは、柔らかい表情で静かに微笑む。
(……随分と手馴れているな)
見た目には優しげなシスターだが、その中身は多くの経験を積んできたことがうかがえる。
「皆さんはつい先日、この大陸に船で渡りすぐにこの街にきたのですよね。おそらく調べられたのは彼の人が街にきたことが予想できるほどしか情報を得られなかったはずでは?」
「……そうですね。正直に言って、慣れないことをしても満足のいくものを得られませんでした。ですが、彼の行動や研究内容については知っています。そこから行動範囲を絞る程度はできています。
ミリアはカップの液体を一口含む。
「そちらも彼を探しているようですが……ここで一つお互いの目的を明かしませんか?」
カチャッ。
わざとソーサーに音を立ててカップを置く。ミリアの表情は常に凛とした顔を保っているが、僅かな緊張を感じられる。
ミリアが開示を求めた最終目的。
これが今回の話し合いにおいて重要なポイントになる。場合によってはメイリオの協力を仰ぐことができず、それどころか逆に邪魔になることもある。
メイリオにとってもそれは同じはず。簡単に目的を明かすことはしないだろう。お互いに嘘の目的を提示し、互いに腹を探り合う。
ミリアのいったことは、宣戦布告に近かった。
それに対するメイリオの返答は、ミリアの予想を大きく外すものだった。
「ええ、もちろん。構いませんよ」
メイリオは微笑みながら、
「私の、ひいてはこの教会の目的はこの街の治安維持。教会は表の顔で、もう一つの顔は裏組織を壊滅させる治安維持組織です」
俺には薄く笑っているように見える顔で、
「彼の人、ミストレスはこの街をひどく乱す人物だと認識しています。なので、この街からの退去、捕獲、そして殺傷が目的です」
簡単に全てを明かしてみせた。
「そ、れは……」
(道理で……)
あまりにたやすく機密をばらしたメイリオに言葉を詰まらせるミリアと違って、俺は心の中でうなずいた。
妙に離れしていると思っていた。たかが一シスターが交渉でうまく立ち回れるはずがない。メイリオには初めから余裕があった。その理由が、これだっただけの話。
「少し……信じられませんね。もし仮にここがその拠点だとするならば、あなたもその一員なのですよね?」
すぐさま動揺から立ち直ったミリアは姿勢を整えながら険しい表情をする。
組織のことを明かしてもいいのか、と。
「はい。元々私はシスターではありません。たまたまシスターの役割を与えられただけですから。時折、街でパトロールもしています」
(……カキス)
(メイリオは嘘を言っていない。顔からも言葉からも、嘘の感じがしない)
ミリアは視線だけで俺に真偽の確認を求めてきたが、俺は小さく首を横に振った。
嘘をついている人間特有の雰囲気がない。もし嘘だったとして俺が気づかないとすれば、よほど嘘を吐くことになれているか、嘘と思っていないか……。
どちらにせよ、メイリオの言っていることが嘘という根拠は見つけられない。
(……決めつけるにはまだ早いが、あまり疑っていても仕方ないんじゃないか?)
(……それを決めるのは私よ)
このままメイリオに警戒心を過剰に抱き続けていても話が進まないと思った俺は、ミリアにとりあえず受け入れるよう勧めてみる。が、ミリアは鋭くこちらを睨んで拒否した。
この五年で随分と嫌われたらしい。まぁ、そうなる理由や原因は知っているのだが。
さて、あちらは目的を明かしたので、次はこちらの番だ。ミリアは少し悩んでから口を開く。
「私たちの目的はミストレスの確保です。彼には償ってもらうべき罪や聞き出さないといけないことが多い。なので、生け捕りの協力をお願いできますか?」
「わかりました。ですが、うまくとらえられた場合はすぐにでも街の外に連れ出してもらえませんか?」
「できるかぎりそうしますが……どうして?」
「彼の人がこの地に止まり続けるのは困るんです」
ミリアの問いに、メイリオは微笑みを浮かべたまま、曖昧な言葉を返す。
「…………」
じれったそうな表情をするミリアへ、
「これ以上は彼の人を捕まえる私たちの協力関係以外のこと。必要のないことはお話しできません」
笑って言った。
○ ○ ○
「どうぞ、この奥です」
メイリオの案内で通されたのは教会の倉庫の地下。場所を移し、街の自警団の拠点とやらを見せてもらうことになった。
地下への道は巧妙に隠されており、初めからそういうスペースがあると知らなければ、見つけるのは困難だった。
「そういえば、あの少年はどこにいるんだ?」
「あの少年?」
俺はふと、昨日の少年のことを思い出す。その少年は人形のように事務的で、極端に無口な男子だった。
「ああ。昨日教会まで案内をしてくれた少年だ」
「カイトスのことですか? あの子には今街のパトロールを頼んでありますからいませんよ」
「そうか……」
「あの子に何か用でも?」
「いや、あいつもこの自警団の一員なのか気になっただけだ」
俺はチラリとゆりに視線を向ける。ゆりはミリアと何か会話をしているようで、俺の視線に気づいていない。
メイリオもその視線の先を追ったが、特に何も言わなかった」
「メイリオさん。この方々が例の?」
低い声が前方から響いてくる。人の気配は感じていたが、壁の向こう側だったので話しかけてくるとは思わなかった。
壁の向こう側とういのは隠し通路をふさぐ壁のことで、昔の日本にあった回転扉に近い仕掛けをしている。
その空間の大きさは一室分しかないこともあって、単に通行人を監視するためにあるのだろう。
「はい。新しい協力者です。余計な手出しはしないように」
「了解」
壁の向こうの男は短く返事をすると完全に気配を消した。
「い、今のは誰に……?」
ミリアがあたりを見渡しながらメイリオに尋ねると、メイリオは苦笑しながら説明した。その説明内容は俺の推測通りだった。
「それで、こちらの部屋が我々の会議室になりますね。どうぞ……」
キィ……。
鉄製の大きな扉。軋む音が薄暗い通路に響く。まず目に入ったのは強烈な光。
「う……!」
明るさの違いに全員が目を腕で守る。俺は問題なかったが、一応それらに習っておくことにした。隠す寸前に見えたのは大きな円卓だったが、腕を下した時には簡素な椅子が円状に並べられているだけだった。
「…………」
「カキス君……? あの、入れないんだけど……」
「え? お前も入るの?」
「えぇ!?」
「馬鹿やってないでさっさと入る。邪魔でしょう?」
部屋にあった椅子は全部で二十個。俺たちは全員で七人で余りが出る。
「お好きなところへおかけください。特に意味はありませんので」
宣言通り、メイリオは並びを崩し、六対一の状況に変える。
「机はないんですね」
「ええ。私たちはここで生まれ育っている人間です。机の上に地図を広げて話し合う必要がありませんからね」
「印をつけて見直すみたいなことは……」
「記憶力には自信があります。それに……」
「それに?」
「予算が……少しでも節約を強いられる状況でして」
「……もったいぶった割には何とも言い難い理由だな」
思わずつっこんでしまった。
メイリオは恥ずかしそうにはにかんで誤魔化した。裏の自警団の人間としては少し人間味がありすぎるが、それくらいの方が親しみが湧いてくる。一気に現実味を帯びるから余計に。
現に、
「大事な理由よ。予算は大事で少しでも余裕を見せればすぐに消えなくてなくなるんだから。ねぇ、メイリオさん」
「はい……。数年前はここまでではなかったんですが、先代のトップが豪快に高級品を買い集めて……」
似たような経験をして苦しんだ女子が一人、さっそく手を握って熱く語っている。先ほどまでの警戒心はどこへ行った生徒会長よ。
「予算はどこから捻出して?」
もう一人の生徒会長が出所を尋ねる。
「基本的には市長からですね。あとは我々の存在を知っている方々からのお布施です。教会ということもあり表向きには敬虔な神の徒とみられますから」
「教会様様って感じだな」
俺は椅子のふちをなぞる。随分と質素な作りをしている椅子で、シバリがいくつもたっている。
「……中にはシスター資格を持たない人間もいますから」
そっと瞑目したメイリオの脳裏にはいったいどんな映像が浮かんでいるのだろうか。
「ミリア」
「何よ、容赦の欠片もない女の敵」
ひどい言われようである。
「何とでも言ってくれ……。そうじゃなくて、今度はコルトと俺に任せてくれないか?」
刺々しい様子のミリアに肩をすくめながら、そんな提案をする。
「……どうして?」
「どうにもお前は交渉に不慣れだ。適材適所をするために、これだけの人数がいるんだろう?」
「……そうね。でも、油断はしないでね」
ドン。
強く背中を叩かれた。気合を入れろ、ということなのだろう。
(言われなくとも……)
俺はコルトにアイコンタクトをとり、二人で頷き合う。
「それで、そちら側はミストレスの居場所にどの程度検討がついている?」
「そうですね……」
俺は椅子にも座らず、単刀直入にほしい情報を求める。いきなりの直球勝負に、ミリアが額に手を当てている。
何を心配しているのか……こっちは五年前から”言葉”で金を稼いできたんだぞ?
「最近西のミナーリルで新しい家が建ちました。持ち主は数か月前に引っ越してきた金持ちのご子息だそうです」
「そいつの家が怪しいという根拠は?」
ミリアはお互いに情報を出し合いながら腹を探り合うものだと思っているようだが、それは絶対の正解ではない。
今回の相手、メイリオは素直に情報を提示してくる。その上、こちらからの情報を求めていない。ただの考えなしか、それだけ情報に自信があるか、だ。前者はまずありえない。ここまでの会話でそれは感じなかった。つまり、後者の方。
この街の出身ばかりの組織ということで、それだけ質も数も絶対の自負になる。
「その家を建てるまでは宿を転々としていたようですが、急に家を建て始める。……怪しいと思いませんか?」
メイリオはコルトの笑顔に一切揺れることなく答える。しかも、こちらに同意を求めて。
俺の勝手な推測だが、メイリオには悪意がない。ほぼすべて善意で構成された人間だろう。俺たちははめようという考えは一切ない。
だから、
「じゃあ今からそこを攻め入ろう。これからの役割は基本的に、そちらが情報収集、こちらが現地を確認する。というのはどうだろう?」
その善意、利用させてもらおう。
「ちょっとカキス!?」
ガタッ!
ミリアが勢いよく立ちあがった。
おそらく俺が勝手に役割を決めようとしているのを止めたいのだろう。しかし俺が今話しているのはミリアではなくメイリオだ。ミリアとは話していない。
「自分たちの街は自分たちで片をつけたいかもしれないが、ターゲットはこちらの身から出たさび。ここは譲ってもらえないか?」
俺は、軽く頭を下げる。会釈程度だが、メイリオからは俺の表情が見えず、心の内を読むことが難しくなっている。とはいっても、大した心の内もない。情報収集が面倒なだけで、深い意味を持った行動ではなかった。
「…………」
「……メイリオ?」
いつまでまっても返答がなく、不審に思って顔を上げると、なぜかメイリオはハンカチ片手にすんすん鼻を鳴らしていた。
「うう……なんという責任感の強い若者でしょうか……! 嗚呼神よ、この者たちに主のご加護を……」
そして、俺たちのことを祈られた。
「メ、メイリオさん……? どうされたんですか?」
あまりに急な事態に茫然としている俺たちを代表して、ゆりが泣き出した(ついでに祈られもした)理由を尋ねる。
「いえ……この年になると涙もろくなってしまって」
「いや、あなたその見た目でそれは嫌味にしか聞こえませんけど。それに泣くポイントもなかったですけど」
年齢不明の女性にミリアは遠慮なくつっこむ。
メイリオはその言葉を無視して上品拭い、清々しそうな顔を向けてくる。
「わかりました。どうぞ、よろしくお願いします。あ、ただ、先ほどの家を狙うのはもっと後にした方がよろしいかと」
「……何か考えがあるのなら、できるかぎり従おう」
何が決め手になったのかは知らないが、メイリオは俺の提案を快く受け入れてくれた。
「こちらこそ」
「よろしくお願いします」
生徒会コンビが返礼をし、全員で席を立つ。
「さて、出ましょうか」
「そうですね」
正直この場は空気が悪い。変な臭いがするのは土を固めるための凝固剤のせいだろうか。倉庫に戻り他のみんなが先に日に当たり行ったとき、施錠をしているメイリオに声をかける。
「そういえば、メイリオ」
「はい? なんでしょうか?」
「十五か?」
「……え?」
俺の数字だけの問いに、メイリオの体は固まる。
「十五歳かって聞いたんだ」
俺の見立てが正しければ、メイリオの外見年齢は二十五、実年齢十五歳のはず。特に意味のない質問だが、ふと気になったので聞いてみることにしたのだ。
そして、その見立ては外れていなかったようだ。メイリオの表情がそれを物語っている。
「よく、お判りになられましたね……」
メイリオの表情は呆けた顔から一転し、今日一度も見せなかった”裏の”顔に替わる。曲がりなりにも聖職者の役割をしていたとは思えない、鋭い眼光を見せる。
「昔から人を見る目があるんだ。悪いな、女性の秘密を暴いて」
俺はそれを冷ややかに見下ろし、付け加えるように非礼をわびる。それには牽制の意味も込める。お前の本当の顔は知っているぞ、と。
「……みなさんには秘密ですよ?」
小憎たらしい言い回しとは裏腹に、メイリオは挑戦的な目を向けてくる。これは俺に対する宣戦布告だ。
もしこれまでの感情的な判断や親しみやすく振る舞っていたことをばらせば、お前の命はない。
そう、言いたいのだろう。
「わかっているさ。子供みたいにボロボロ口から落とすような年齢じゃないからな」
俺はふっと笑ってその布告を受け取った。どうせゆりたちには話すつもりがない。俺が知っていれば十分だ。
年のことも裏の顔のことも”それ以外のことも”。
「何の話をしているの?」
いつまでも小屋から出てこない俺たちに、ミリアが様子を見に来る。
「秘密の共有、とだけ言っておこう」
ミリアのわきを抜けながらそんなことを言う。と、ミリアは疲れたようにため息をつく。
「何をカッコつけてるんだか……全然似合わないから」
「容赦ねえな……。まぁ、自分でも言いながら思っていたけど」
「わかってるなら言わなきゃいいでしょうが……」
やはりミリアは、疲労感漂うため息を絞り出すのだった。
蒼灰混じる空に上る太陽は、まだ高い。一瞬雲に隠れることはあっても、すぐに姿を現す。空を征し空から見下ろしている。
やがて月が世界を塗りかえる時までは――