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表裏の鍛治師  作者: かきす
第三章 「狂乱を受け継ぎし者編」
46/55

第七話 「【幻想】穏やかに過ぎ去る日々【回帰】」

変化球を投げ込む練習です。



 ○――――――――――――――――――――――――――――○


 ある少年の話をしよう。

 少年は自分を嫌っていた。

 少年は自分の体を流れる血を嫌っていた。

 少年は自分の体を流れる血にある歴史を嫌っていた。


 ある少女の話をしよう。

 少女は自分を嫌っていた。

 少女は無力な自分を嫌っていた。

 少女は少年を支えられない無力な自分を嫌っていた。


 ある少年少女の話をしよう。

 少年は自らの血の因縁により少女の体を傷つけた。

 少女は自らの無力さにより少年の心を傷つけた。

 少年と少女。はたしてどちらの傷が深いのだろうか。

 ただ、どちらの傷が癒えるのが先か、それはすぐに解ることだろう。



 2000年9月5日。

 四季がある大和的にはまだ夏(正確には秋)だが、今ここは春の日のように暖かい。

 ここは、四季による変化がほとんどない。


「おい、あんなところにガキがいるぞ」


 ついでに言えば、今は夜なので昼に比べれば寒い。


「本当だ。ミルクでもチューチュー吸ってんだろ」


 俺は暑いのよりは寒いほうが好きだ。なので夏は嫌いだ。


「ママのミルクだと思ってな。チューチューってな。ハハハハハハハハッ!」


「ハハハハハハハハハッ!」


 店内の客は大人が二人と子供が一人。大人二人は完全に酔っぱらい、子供はコップに入っている琥珀色の液体をちびちび飲んでいる。

 二人と一人はカウンターの右端と左端に座っている。

 子供は二人が来る前から居座っており、二人はこの店に来る前から呑んでいたのか、席に着いた時点で顔が赤かった。


「マスター、おかわり」


「…はいよ」


 子供は少年で、かなり幼い。酒場の空気もあり、ひどく異様だ。

 おかわりをもらっても少年は相変わらず、ちびちび呑んでいる。


「おいおいマスター、ミルクじゃないのか?」


「おいもういいだろ。帰ろうぜ」


 一人が無理やりもう一人の腕を掴み、二人分のお代を置いて店を出る。


「……………………」


「……………………」


 カランッ。


 氷が澄んだ音を出すと、先ほどまでの緊張した空気はなくなり、心なしか、マスターと子供の表情が和らぐ。


「ふぅ、酔っぱらいは嫌いだな、俺は」


「…好きな奴はそうそういないだろう」


「酒場のマスターが言うと、説得力が違うね」


 少年の言動は大人っぽいが、笑った顔は年相応の幼い笑顔だった。


「…人一倍酔っ払いと接しているからな……」


 そんな少年に違和感を抱く様子もなく、馴れた様子で会話をするマスター。

 会話の内容だけ聞くと、とても十一歳と四十歳の会話とは思えないだろう。


「俺もそろそろ出るかな……」


 少年はぐぃっとコップを煽ると、数枚の銀貨をカウンターに置いて立ち上がる。


「…まいど。…明日も来るのか?」


「その日の気分、かな」


 いつもの言葉を残し、店を出る。

 酒場『ダンディー』から南に歩くこと数分、街の協会に着く。

 その協会は、とても古いのが外壁から見て取れる。実際、古くからこの町にあるらしい。だが、外壁だけではなく、中の壁もボロボロだ。

 協会というのは宗教的なシンボルともいえる。宗教は民主の心の支えになる。そのシンボルがここまでボロボロということがこの街の荒廃さが解る。


「カキスですか?」


「げっ」


 明かりがついていた部屋の窓が開かれ、中から四十代ぐらいの女性が顔を出す。


「こんな夜更けに何処へ?」


 その女性は修道着を着ていて、穏やかに聞いてくる。


「……今帰ってきたとこだよ、シスター・アマリー」


 名前は「アマリー・トーン」。ここ、ヴェルド大陸の北西にある街「テートン」の協会でシスターをしている。シスターはこの教会で育ったらしく、先代のシスターから受け継いだ。

 テートンは治安が悪く、孤児が街にあふれている。それを、布教に来た初代シスターがここに教会を建て、孤児の面倒を見始めたのが最初だ。

 テートンには二週間前から滞在しているが、シスター、というかこの協会はこの街の良心だと思う。協会の子供たちは純粋なのは、ひとえに、協会があってこそだろう。


「カキス?今何時なのか分かっていますか?残念ながらこの街は治安がよろしくないのです。何かあったらと思うと……」


「大丈夫だよ、シスター。俺は旅人なんだから多少なりと武術の心得があるから。それに、もし俺に何かあってもシスターが気にすることじゃない」


 俺の言葉に、シスターは悲しそうな顔をする。


「そんな淋しいことを言わないで、カキス。……確かにあなたはこの国、この街に生まれたわけではありませんが、この教会で生活している以上、他の子たちと同じ……」


「家族として扱う、だろ?」


 シスターの言葉を遮るように被せる。


「ふぅ……、分かった。俺が悪かったよ、シスター」


 俺は今、協会に泊まらせてもらっているのだ。なので、シスターにとっては俺も『家族』の一員。


(家出をしたはずなのに『家族』の一員とはこれいかに?)


「わかってくれればいいのです。……おやすみなさい、カキス」


「おやすみ、シスタ・アマリー」


 キィッ、と蝶番の軋む音を立ててシスターが窓を閉める。


「………………『家族』、ねぇ……………」


 一人残された幼い少年のどこか嘲笑うような呟きは、誰に聞かれることもなく、ただ夜の闇に消えるのだった。


 ○――――――――――――――――――――――――――――○


 掃除。

 世界中の約半数の男は、いや女もかもしれないが、できることならしたくないことの一つだろう。かくいう俺も、掃除が苦手で嫌いだった。

 だが、ここ最近はそんな考えが一変した。教会の生活(ここに関してのみかもしれないが)で、掃除することが多くなり、効率の良いやり方がわかってくる効率の良いやり方がわかると、短時間で目に見えて綺麗になるので、更に楽しくなる。

 そうして、気が付くと家事全般が得意になっていたのだ。得意になったどころか、好きになったぐらだ。


「こんなもんかな……」


 昼夜逆転の生活をしている俺は、明け方まで全く眠くならない。教会に帰ってきたのが午後3時。そこから3時間の間、やることもなかったので、一人で礼拝堂を掃除していた。

 粗方終わると、気が抜けたのか一気に疲れの波が押し寄せて眠くなる。


「ふぁぁ~あ……、寝るか」


 掃除道具を片付け、教会堂を出て宿舎に向かう。

 と宿舎の玄関の前で腕組みをして立っていた少女が、こちらに気づき走ってくる。朝早くから元気なことだ。


「ちょっとカキス!あんた今までどこ行ってたのよ!」


「おはよう、そしてお休み」


 片手をあげて朝のあいさつ。お休みのあいさつも忘れずに。うん、いい夢が見られそうだ。


「こらこらこらーーーーーー!さわやかに無視するな!」


 さすがにそうはいかず、ローブのフードを掴まれる。


「街の酒場。以上」

「あんた昨日、消灯時間にはいなかったわよね?……9時間以上も酒場に居座ってたの?」


 眉を潜め、目が「嘘を吐くな」と言外に語っている。


「そんななわけないだろ。3時間しか居座ってないし、さっきまで礼拝堂の掃除をしてたんだよ。他の子達じゃ、届かない場所とか危ない場所とを。大変だって前に言ってたろ?」


 さすがに俺でも9時間以上居座るのは無理だ。


「もういいか?一仕事して疲れたんだよ。寝させてくれ」


 返事も聞かずに宿舎に入る。いつもだったらもっと相手をしてやるが、眠気と疲れで相手をする気が起きない。


「あ、ちょっと!」


 呼び止める声は閉じた扉によって邪魔される。

 一人残された少女は邪魔された扉に口を尖らせる。


「……お礼くらい言わせなさいよ、バカキス」


 ○――――――――――――――――――――――――――――○


 俺に宛がわれた部屋は三階の一番奥で、さっきの気の強い少女の部屋の隣だ。

 少女の名前は「ミリア・トーン」で、14才ながら子ども達の中で一番の年長者だ。9才の時にシスターに拾われ、ずっとここに住んでいる。

 年長者らしくきちんとお姉さんをしていて、他の子供たちの世話をよく見ている。子ども達の信頼も厚い。

 子ども達によると、とっても優しいお姉ちゃん。らしいが……。


「ま、俺は余所者だしな」


 寝間着に着替え、ベッドに潜り込むとすぐに深い眠りにつく。

 次に目が覚めたのは夕方で、日も沈む時だ。ベッドから上半身だけ起こしそのまま少し、ぼ~とする。


 コンコン。


「カキス~、いい加減起きなさい。晩御飯にするわよ」


「あぁ、分かった」


 正直、二度寝をしたかったが、用意された物を無下にするのももったいないので、仕方なくベッドから降りる。

 いつものローブを着てドアを開ける。


「ひゃっ!」


 まだ俺の部屋の前にいたミリアが、ずいぶん可愛らしい声を上げて驚く。地味にこっちも驚く。

 軽く握られた手は、再度ノックをしようとしていたらしく不自然な位置にある。


「おはよう、ミリア」


「コ、コホン!お、おはよう、カキス。もうこんばんはだけどね」


 すぐにいつもの調子に戻り、腰に手を当てて怒る余裕ができる。


「そうみたいだな。それより今日の夕飯の献立は?」


「あんたはご飯のことしか頭にないの?」


「だってミリアの作る飯はうまいんだもん」


 シスターだけでは人数分の食事を作るのは大変なのでミリアも手伝っている。


「そ、そりゃどうも……」


 ミリアは赤くなった顔を隠すように、そっぽ向く。本人的には隠しているつもりなのだろうが、バレバレである。


「……いつもこうなら可愛げがあるんだけどな」


 はぁ、と溜め息をしながらミリアの背中を押し、階段を二人で降りる。


「ちょっ、ちょっと押さないでよ!」


 ○――――――――――――――――――――――――――――○


「……ん。……そうか、昨日は早く寝たのか」


 久しぶりに朝日を浴びて目を覚ました。時間はわからないが、もうすでにミリアは起きているのだろう。


「……とりあえず、掃除かな」


 いつものローブに着替え……ようと思ったが、見当たらない。代わりに、きれいなシャツと長ズボンが畳まれて置かれている。

 その上には折りたたまれた紙が置いてあり、開いてみると、

 小さいこの前に出るのに、あんなくらい格好じゃまずいから勝手に着替えを用意させてもらったから

 と、ある。


「まぁ、俺は別にあのローブに拘ってる訳じゃないからどうでも良いんだが……、俺より他の子を優先したらどうなんだ?」


 そう思うのは俺だけだろうか? 金銭的に辛いからシスターが働きに出るはめになったのだから、俺みたいな居候の旅人に服を使わず、他の子達に回せば良いものを。


「やれやれ……」


 俺は特にありがたいとも思わずに、着替える。

 着替え終わった後、すぐに部屋を出る。まだ早朝ということもあり、小さい子どもしかいないのでとても静かだ。

 起こさないように足音のしない歩行技術で廊下を歩いていると、


「……?」


 ゴソゴソ……。


 ある扉の前を過ぎると、妙な物音が聞こえる。その物音は屋敷にいたときによく聞いた、隠れてコソコソしようとしているときの音だった。

 気配を完全に消し、ドアに耳をつける。


「へへへ……」


 中から聞こえたのは、少年のあくどい感じを出そうとしている忍び笑いだった。

 ドアから顔を離し、誰の部屋かを判断するために付けられたプレートの名前を確認する。


 『ラナイル』


(たしか……ちょこちょこ面倒な事をしでかす悪戯っ子って、ミリアが言ってた奴の名前だったか?)


 ラナイルは、俺と同い年で、俺がこの教会に初めて来たときも、ミリアに追われていた少年の一人だった気がする。その時は確か、おやつの盗み食いで数人の子どもが怒られていた。

 もう一度ドアに耳を付けると、紙袋の音がする。またお菓子でも盗み取ったのだろう。そして、この時間であれば、ミリアはすでにここにおらず、他の子達は寝ているからバレないと画策したのだろう。


(……ばかだなぁ、子どもの内から遅寝早起きを繰り返してたら後になって面倒なのに)


 ラナイルの様な奴が、自分の身長や体の成長具合に文句をつけるが、全部自業自得だということに気づかない。


(しょうがないな……)


 自分も同い年で子どものくせに、よっぽど夜更かしを繰り返している自分のことは棚に上げて、突入準備にかかる。

 大仰に言っているが、要するにどのタイミングで入って驚かせようかを図っているだけだ。


「今の内に……♪」


 ガサガサ。


 犯人が確実にブツを取出し、言い逃れができないのが音で判断できた瞬間、思いっきりドアを開け放つ!


「御用だ、ラナイル!!」


「うぎゃあーー!!?」


 バンッ!!


 勢い良く開け放つと、ラナイルは飛び上るほど驚いて、紙袋を手から放り投げる。俺に向かって。


「…………」


「あ……」


 ラナイルが投げた紙袋は中にまだ数個のクッキーが入っており、軽い紙袋でもすぐには失速せず、中身をばら撒きながら俺の顔をすっぽりと、それはもうきれいな位すっぽりと覆う。

 ラナイルが顔を引き攣らせているのは、突然の乱入者の紙袋を被った頭を見て笑いを我慢させてものではなく、やってしまったという後悔からくるものである。


「……なぁ、ラナイル」


「な、なんだよ?」


 俺は全員の子ども達と面識があるわけではないが、ラナイルとはいくらか顔を合わせているし、多少話をすることもある。その時は、基本的に年相応の生意気さがありよく俺に勝負を吹っかけてくる。そのたびに適当にあしらっているのだが……。


「これは……宣戦布告と受け取っていいんだな?」


「ひぃっ!?」


 その日の朝、鳥の鳴き声ではなくラナイルの断末魔で目を覚ましたのは隣の部屋のミリカだけではなかった。


 ○――――――――――――――――――――――――――――○



「まったくもう! ラナイルは……!」


「まぁまぁ、そんなに怒るほどのことでもないだろう? 元々あれは俺が自腹で作ったクッキーだったわけだし」


 洗濯物を干すのを手伝いながら、朝の事をまだ怒っているミリアを宥める。

 後から判明したのだが、ラナイルが持っていたのは俺が最近暇だった時に作ったクッキーだった。材料は自腹なので、現在財政難の教会側としては何一つ損なことはなかった。


「むしろそれが駄目なんじゃない! 私が作ったものならまだしも、人様が作ったものを勝手に食べるなんて……!」


 ちょうどラナイルの服を手にしたミリアは、バンバン!と、激しい音を立てて広げる。


「別に俺は気にしてないけどな。誰かに食べられても構わないからあそこに置いてた訳だし」


 クッキーを置いていた場所は食べ物などが置いてある場所の隅に保管していた。もし、自分が作ったのを忘れて腐らせないように、誰かが絶対に気付くであろうあの場所にわざと置いておいたのだ。


「それだけじゃないわ。聞いた話によると、そこそこ数があったみたいじゃない。それなのに、ラナイルったら、自分一人で全部食べる気だったみたいだし!」


 騒ぎを聞きつけたミリアが到着した時点では、俺が断罪したラナイルをしり目に、ミリカを始めとした子ども達が、クッキーを全て食べてしまった。


「なんだ、ミリアは自分が食べられなくて怒ってるのか」


「ち、違うわよ!!」


 ミリアは顔を赤くして、俺のローブを顔目掛けて投げてくるが、もう頭が目覚めきっている俺はひょいっと顔を傾けて、後ろ手に掴んで物干しざおにかける。


「また今度作るって言っただろ? その時にみんなで一緒にな」


 ミリアだけでなく、一部の子どももクッキーを口にできていない。その子らがそのことを知って更にことが大きくなったので、俺が「また作るから」と宥めてその場は終わった。

 だが、ミリアは納得がいっていない様子で洗濯物を干していく。


「いつまでビンタ待ちみたいに頬を膨らませてんだよ?」


「その発想をするのはあなただけだと思う!? ……なんか、物で釣られたみたいでムカつく」


「別に、今まであまり食に恵まれて無い生活を送ってきたんだからがっつくのも仕方ないだろ?」


 決して、良い物を食べてきたわけではないはずだ。昨日のシチューだって、森から採取してきた野菜の方が、買ってきた野菜より断然多い。肉など存在せず、ほとんど野菜とミルクの味だった。

 とてもじゃないが、買わないと手に入り難い、いや、俺たちの年齢からしたら作るのすらも何手間もかかるお菓子を口にする機会はめったにない。


「うん……。ホントはね、今まであの子達には我慢させ続けてばっかりだったんだなって、改めて思って……」


「……ミリアは責任感が強すぎる。俺たちとそんなに年が変わらないのに、全部を何とかしようとしすぎだ。……そこら辺も、今までシスター以外に頼ってこなかったツケだな」


 俺は冷静にミリアの問題点を指摘する。慰めても良いが、それではこの先更に誰にも頼らなくなってしまうと思ったからだ。


「そうなのかな?」


「たぶんな。……悪いけど俺はこういう生活じゃなかったから、的確なアドバイスはできないけどな」


 食べる物に困るような生活ではなかった。むしろ、ある一点を除けばかなり自由な暮らしが約束されていた。俺の今までの日々とミリアの日々を比較して、どちらが辛いかなんて考えるつもりはない。

 ……だが、ゆりはどう思うだろうか?


(…………ゆりの事は出来るだけ考えないようにするつもりだったのにな)


 すぐさま、ゆりの事を頭の端に追いやる。余計なことを思い出す前に。


「そういえば、カキスは家出をしてるって聞いたけど、どこまで本当なの?」


 最後の一つを干し終わると、ミリアが聞いてくる。


「全部本当だって。色々と面倒な家柄だったんだよ」


 苦笑しながら答えるが、内心は特に何も思っていなかった。感傷に浸ることも、嫌悪すらも。


「まぁ、孤児のミリアからしたら、家を捨てるなんて信じられないかもしれないけどな」


 むしろ、怒りを覚えるぐらいだろう。自分たちは望んだわけでもないのに捨てられ、俺は自分から何不自由ない生活を捨てたのだから。


「うん。おにぃはとっても優しいのに、家族を捨てたのは信じられない」


 ミリアの内心を推察していると、予想外の人物が俺の言葉を違う意味で同意する。後ろを振り向くと、紙袋を小さな体で抱えたミリカが立っていた。


「ミリカ、ただいまは?」


「ん。ただいま、おにぃ、おねぇちゃん」


「はい、お帰りなさい。……なんで私より先にカキスの名前を言ったの?」


「無事に帰ってこられたか?」


「うん。最初は色んな怖そうな人こっちを見てたけど、何もしてこなかったよ?」


「まぁ、そうだろうな」


「二人ともわざと無視してない?」


 そう言いながらも、特に不満そうでもないので無視続行。


 ○――――――――――――――――――――――――――――○


「……すぅ、……ん」


「ふふふっ。こうしてみると、本当に子どもね」


 私、ミリアは膝の上で寝ている少年の顔を見て微笑みを浮かべる。ラナイルがもっと小さな時にも膝枕をしてあげたことがあるけれど、あの子は涎を垂らしそうになるからいつも叩き起こしていた。でも、カキスは違う。

 固く結ばれているわけじゃないけど、だらしなく口を開けているわけじゃない。やんちゃな年の少年にしては、かなり可愛い寝顔だ。

 ついつい頬を指で突きたくなる衝動に身を任せかけるけれど、カキスのことだから勘付いて起きてしまう。それでこの無防備な寝顔を見られなくなるのは少し、もったいないと思った。


「それにしても、カキスは何処の国から旅をしてきたのかしら? 黒髪なんてここら辺じゃ見ないし……」


 一瞬、こんな子どもが遠くから旅をすることなんてできないなんて思ったが、すぐに私はそれを否定する。


「カキスだったら、大陸を渡っててもおかしくない……、なんて思えるのよね……」


 私はくすんだ黒髪に指を絡めながらもてあそんでいると、突然寝返りを打った。


「え、ちょ、ちょっと……」


 寝ているんだから当然寝返りだって打つ。けれど、これは予想外だ。

 カキスはごろんと私の顔を見上げる体位から、私のおへそを見るような向きに移る。規則的な寝息が私のおへそを熱を持って撫でる感触がこそばゆい。


「んぅ……、わ、わざとやってないから、怒るに怒れないし……、ふゃぁっ……!」


 身を捩って避けようとしても、私自身がカキスの頭を抱えてしまって結果的には余計に密着させてしまっている。そのことに気づいていない私は頭を抱えている腕に力をもっと入れてしまう。


「ん……!」


 そのせいで口と鼻が塞がれたカキスはもどかしさを感じたのか、更なる寝返りを打とうとする。が、今この密着された状態でそんなことをされれば、私のお腹に顔を擦り付けることになる。

 それだけは阻止しようと、頭を抱えるのではなく、頭を押さえつけるようにして止める。この際、太ももに顔を押し付けることになっても良い。とにかく弱いお腹を守りたい一心で、ぐっと頭を押さえつける。


「も、もう! いい加減にしなさい!」


「うっ!? ……なんだよ、いきなり。痛いだろ。ていうか、自分の太ももに年下の男子の顔を押し付けるとか、どんな……」


「う、煩い! あんたが悪いのよ!?」


「なんで疑問形なんだよ!?」


 あまりにも強すぎる力についにカキスが起きてしまう。

 慌てて誤魔化すが、カキスが余計なことを言い始めるのですぐに喧嘩になってしまった。

 それから、ミリカが騒ぎを聞きつけて乱入してくるまで、私たちの――というか私の一方的な照れ隠しによる罵詈雑言とそれをさらりと受け流すカキスとの――口論は続いたのだった。

 一か月前には想像できなかった喧嘩。こんな日々が続けばいい、と私だけじゃなく、カキスも思ってくれただろうか?

今回の内容はすべて外伝として公開中の「六年間の空白」の一年目の内容です。

多少編集して飛び飛びに過去の出来事を知る、みたいな演出をしようという試みです。どうだったでしょうか?

今のところデレなどない感じのミリアですが、過去には大分デレ要素が多かったというのを知ってもらうためにもこの話を作りました。

……また、それほど心を許していたミリアが現在、あれほどカキスを拒絶しているのか、という謎が深まったり……しませんでしたか?


じ、次回こそは遅れる! 遅れたい! 遅れたっていいじゃない!?(錯乱)

今年度で学校を卒業しますが、来年度もまた学生です。ので、時間ができたりなんだかんだ言って不安定だったりします。相変わらず更新が遅く、文章力も皆無なこの作品ですが、どうかこれからもよろしくお願いします。


気持ちを新たにしたところでまた次回。

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