第六話「光の届かぬ場所で」
○ ● ●
「ねえアルテミス」
「…………」
「私の妹をどうする気なのかしら?」
「どうするとは?」
第五王女テリスの執務室に呼び出されたアルテミスは机を挟んでたたずむ。テリスの横にはアリーが存在感を消しながらアルテミスにプレッシャーを与えている。この部屋を訪ねる人物は、カリスマ溢れる王女と否応なしに緊張を感じさせる側近のプレッシャーで、普段のペースを保てないだろう。
「面倒事の塊でしかない王族を手で転がす意味を教えてほしいものだ」
これまで悪徳大物商人や、大貴族も冷や汗を垂らしてきたこの場で、黒コートは仮面の穴から王女を見下すような視線を向ける。不敬罪とも取れそうな言葉にテリスは一切反応することなくにらみ上げ続けている。
「ふぅ……。さっきも言った通り、どうする気はない。彼女が自らの意思で行動することはあってもな」
「それがあなたの言い分?」
胡散臭そうに顔を上げるテリス。
「ああ。誰に何と言われようが思われようが。……第一、おかしな現状だと考えないのか?」
低く、空気を震わす声が問題を一つ呈する。
「第一位で王位を継承する資格がある者が”最低位にいることを”」
――それは、王国の闇に触れるものだった。
誰も触れてはいけない問題を、家中の人間の目前で指摘する。
「アルテミス。私たちパーヂコードは余計なことを考える必要など……」
当然、そんな無礼に噛みつく王女の忠犬がいるが、
「余計なことではない。王位が入れ替わるのは我らが組織の力が変化することにつながる」
「パーヂコードの力が多少落ちたところで、姫様をお守りすることに変わりありません」
「姫さんを守るのが目的なら脅威になりうる要因を気にかけるのが当然だろう」
「それは……」
「で、姫さん本人はどう思うんだ?」
噛みつくに至らなかったアリーをしり目にアルテミスは王女へ水を向ける。
革張りのソファに溶け込むように腰を落ち着けるアルテミスから、気遣った様子は伝わってこない。全身黒ずくめの彼がそのソファに身を沈めれば沈めるほど、存在が薄くなる。やがては姿を失い、空間から声が響きそうだ。もし姿を見失えば今日はもう認識できなくなる。少なくとも、日中は。夜は彼の領域といってもいい。
テリスは仮面の赤さを捉え続けるべく、目元の鋭さを増す。
「知らないのよ。兄様も、年増姉さんも二姉様も」
「お前は、知っている」
闇が一段深くなる。
「タイミングは重要よ」
「ああ。自分の立ち位置を維持するためにもな」
「違う」
「違わない」
また一段と。
「私はあの子を想って」
「お前は自分を思って」
黒に、深みが生まれる。
「他人にはすぐには受け入れられないでしょうね。拒絶が起こる」
「王宮内の人だけが受け入れらない。拒絶を装う」
「あの子に外に出る意思があるとでも?」
「手中に封じたのは誰の命だと?」
浮かび上がる色は――
「私はハーリストの”姉として”」
「俺はハーリストの”兄として”」
――鮮血の赤。
● ○ ○
「珍しく出かけないんだね、カキス」
「あぁ、まだ出る必要がないからな」
「”まだ?”」
「今行動してもミストレスしか、捕まえられない。せっかく海を越えたんだ、楽しみたいだろ?」
「……はははっ。良い笑顔だね」
「お前に言われても嫌味にしか聞こえん」
「ははは……」
○ ● ●
「…………」
「…………」
明るい部屋で響いた暗い応酬はピタリと止まり、二人は同時に視線をそらす。テリスは机の上に、アルテミスは天井に。天井には豪奢なシャンデリアが魔力を発し続けている。輝く結晶達はそうやって部屋中を明るく照らす。
「……で、あなたの見定めはもう終わり?」
「…………」
テリスの挑戦的な発言にアリーが目をむく。
「姫様を、見定めた……?」
自分たちの主であり一国の王女の一人。それを相手に試すなど、礼を欠くどころか王宮内では自作行為に近い。特に、人一倍の忠誠心を持つアリーの前では。
「アルテミス……あなたはパーヂコードとしての自覚が足りないようですね……!」
「ふん。……お前が思っているのは自覚ではなく忠誠だろう?」
ピリピリ……!
殺気立つアリーの影が大きくなる。それにつれて空気が張り詰める音が生まれる。
「ちょっと、アリー。書類が飛びそうなんだけど?」
パタパタ端が浮足立つ重要書類を抑えながらたしなめる。しかし、忠犬の行動を収める理由にはならかった。
「内容はすべて記憶してあります」
「そういう問題じゃないでしょうが……」
アリーはテリスの言葉を左から右に流し、体勢を整える。
「アルテミス。あなたが無属性魔法の使い手であることは知っています。しかし、体術では私に劣る!」
アリーがテリスの仕事机から躍り出る。
「体術、ねぇ」
ハイヒールのヒールを突き刺す、フェイントをかけ天井から落下しながらの踵落としを繰り出す。
ソファにもたれかかり肘をつくアルテミスにその素早い攻撃をいなせるはずがない。アリーはいまだ動かないアルテミスを見ながらそう確信した。アルテミスがどう動こうと防ぐことすら間に合わない段階まで差し迫っている。
実際、アルテミスはよけることも守ることもなかった。
「そもそも、俺にまっとうな物理攻撃が通用しないが?」
しかしそれは、行動する必要がなかったからだ。
「なっ!?」
アリーの細くしなやかな足はアルテミスの身体に”のめりこんでいた”。
慌てて距離をとった後、足首を撫でる。膝まづく足からきちんとくるぶしの固い感触が帰ってくる。足が消えたわけではないようだ。
「……そういえば、お前が俺に直接触れようとするのは初めてだったか」
”穴の開いた”ソファから立ち上がり、アルテミスは言った。
「俺は俺が認めたモノ以外、干渉できあに魔術を使っている」
「――っ!?」
ふざけるなっ!!
アリーが咄嗟の叫びを呑み込めたのは、奇跡だった。目に入る主が見開いていたことが、それを助けたのかもしれないが。
アルテミスが語った内容が本当なら、誰も彼を殺すことができないということだ。拳も剣も魔法も喰らわない。魔法すら透過する。物理攻撃とは限定しなかった以上、そういうことだ。また、アリーやテリスは気づいていないが、魔力を封じる力も、能力を無効化する力からも、影響を受けない。
つまり、アルテミスの身体にダメージを与える方法は、まともにはない。ともすれば、あるのかすら怪しい。
大きすぎる力には相応のリスクが発生する。不死に近い肉体を持てる魔術など考えるに恐ろしい。だというのに、アルテミスからはそれを感じない。
今も、冷や汗が額を伝うアリーへ接近する足取りにおかしさはない。
「…………」
「それと、別に俺は体術が苦手というわけではない。ナンバー1が面倒だったから、三年前は手加減をしていたまでだ」
「どこまでも、人をコケにする人ですね……!」
ビッ!
黒い穴からのぞける瞳に見下す色を見たアリーは、当たらないとわかっていながらも、立ち上がりざまに灰色の鞭をふるう。やはり、アルテミスの身体を透け出る。
「それも、無属性ですか……」
差別的な扱いを受けている無属性。魔法はおろか魔術が使えず、他属性の影響が強くなるせいで、最弱と侮蔑され、生存権すら否定されることさえある。過去に無属性で歴史に残した人物はない。
第五王女のテリスは無属性に対する扱いの向上を公約の一部に入れている。王権争いをしている兄や姉たちは良くて現状維持、第二王女に関しては国民全員を調べ上げ、無属性の人間を強制的に奴隷にするという公約さえある。
そこまで身分の低い無属性は、上流階級だけではなく平民にすら浸透しており、属性を偽って暮らすことがふつうで、裏社会ですら行き場がないとされている。
何故第五王女がそんな無属性を擁護する公約を組み込んだかというと、アルテミスから提示された条件の中にあったkらだ。そうでなければ、テリスは触れもしなかっただろう。あまりに社会に根強く築きあげられた思想は、爆弾に近いからだ。
つまり、アルテミスという化け物じみた力を持つ存在がいるから、興味を持った。
そして、それはアリーもだった。
アリーは昔からエリート意識が強かった。今でこそ見極める時間を設けているが、アルテミスと会うまでは第一印象や情報を見ただけで相手を決めつけていた。怠ける兵を見つければ虫の息になるまで鞭をふるい、見栄だけの貴族を攻めたて、必死で努力する魔法使いを憐れんでいた。無属性については、存在意義が不明だった。
そこに、突然現れた黒コートの男の、けたはずれの力を知った。アルテミスはその当時、他属性をまねて、擬似的な無属性魔法としていた。彼本人にしても、本当の無属性魔法だとはしていなかった。
しかし、そんな不完全な魔法でもアリーには十分だった。価値観を裏返すには。
無属性は魔法が使えないはずでは? バカげた威力は何のか?
「無属性魔法はないものとして扱われている。何故だかわかるか?」
思わず初対面のアルテミスに勢いでそんな質問をしたアリーに対する返答が、これだった。質問をしたら質問で帰ってきたアリーは、咄嗟に答えがでなかった。そんなアリーを一瞥し、アルテミスは答えを明かすことなく立ち去っている。
それ以来、ことあるごとにその答えを考え続けてきたアリーは、一つの結論に達した。
そして、その結論は今日のことでさらに確信性をアリーの中で大きくさせた。
「昔、あなたが私に出した問題を覚えていますか?」
「……それがどうした? 答えが出たのか?」
「ええ。何故無属性魔法がないものとして扱われているか。それは……」
「アリー」
回答を口にしようとした瞬間、テリスが名を呼んだ。
「あなたがどんな答えを見つけたのか、とても気になるわ。でも、それは果たしてここで話すのにふさわしいかしら?」
それは、部下の啓発な発言を止めるため。
「……っ!」
それは、彼女の見つけてしまった世界の裏を見抜いて。
「それと私怨を晴らすならここ以外でやってちょうだい」
それは、操り糸を断ち切る。
「申し訳ありませんでした、姫様」
気づかぬうちに人形へと成り代わっていたアリーは、元凶を睨みつつ鞭を専用のホルスターにしまう。
「…………」
手元から人形が消えたアルテミスは、ソファの肘掛けに肘を立て、頬突きをしながらテリスを向いていた。その瞳が何かを物語ることはなく、ただただ無言で動向を見つめていた。
「アリー。悪いけどアルテミスと一対一で話がしたいの。人払いをお願いできない?」
「……仰せのままに」
アリーは大きく息を吐いてから部屋を出た。暗に邪魔だと言われたことと、一度頭を冷やすべきだと判断したアリーは素直に従った。
「テリス様の身の安全、頼みましたよナンバー0」
「……あぁ」
それだけ残し、一礼してから執務質を出て行った。
「……ふぅ。相も変わらず、油断も隙もないわね」
じっくり間を空けてから、テリスは口を開いた。言葉通り、テリスの表情には疲れがにじみ出ている。
「どちらが。姫さんだってきわどい質問をアリーがいるときにしていたじゃないか」
「それはあなたがちゃんと説明してくれないからよ。アルテミスが教えてくれないから強硬手段を採用したの」
責任を擦り付け合う会話に重みはない。ふわふわ羽毛のように軽く、現実味が消え失せている。実際、二人とってはその程度の会話でしかない。雑談と大差ないものだった。
「さて……」
「話というのはやはり、第六王女のことか?」
本題は、これからだ。
「えぇ。最近どうにも活発的になっているのよね……。以前までは絶対に部屋にいたのに、会えない時がある。それだけじゃなく、部屋に書物が置かれている」
「良いことじゃないか。少しは外に興味を持ち始めたんじゃないか?」
今まで引きこもっていた少女が外の世界に関心を持ち、出歩くことも増えた。不健康な生活に改善の兆しが表れた。
「いいえ、悪いことよ」
実の姉であるテリスは、それを「悪いこと」と断言した。
「ハーリストの秘密は知っているんでしょう?」
「当然な」
アルテミスはうなずく。
「なら、あの子が国民の前に姿を現してはいけない理由がわかるでしょう? 時期だって悪い。十年……せめて五年経ってからじゃないと、準備が間に合わない。あの子を今解放しようとしてもお互いに不幸になるだけ」
キィ……と、静かな部屋に椅子の軋む音が鳴り響く。
「それが理解できないあなたではないはずよ」
「……それも、当然な」
話の渦中にいる第五王女。彼女には尋常ならざる秘密がある。そのことを知っている人間は、両の指で数え切れてしまう。その内容が内容だけに、兄や姉たちの間ではテリスしか知らない。
そもそも、テリスが知ってしまったこと自体偶然だった。アルテミスが仕組んだわけでもなく、誰に教わったわけでもなく。
知ってしまった責任として、テリスはハーリストを閉じ込めた。閉じ込めることで、ハーリストを守ろうとした。それまでは、仲の良い妹だったからこそ、だ。
その想いをこめた説得に、アルテミスは目を閉じた。
「……なら、どうして?」
テリスには、妹が活発になった理由が容易に想像できた。また、そうなるよう扇動したのがアルテミスであることも。
けれど、その狙いまでは読めなかった。ハーリストを解き放つリスクを正確に理解している彼が、その危険なことをしようとする理由は、推測することができなかった。
「どうして、か……」
輝く銀髪を垂らし、わずかにうつむく。底冷えするような声音が空気を揺らす。自分自身に問いかける呟きに、テリスはのどを鳴らした。
「俺は始めから俺のために行動している。つまり、必要なことだからしているに決まっているだろう?」
一瞬、秒にも満たない刹那で、テリスはアルテミスの覚悟を感じ取った。あまりにも短い時間だったために、その感覚はすぐに胸の内を逃げ出したが、テリスの胸中に残ったモノもある。
(また、この風景……!)
それは、いつの日か見た幻影。荒れた大地には何一つ生命を感じない。ひどく悲しい大地。唯一存在しているのは武骨に突き刺さる枯れ木。緑生茂る葉は一枚もなく、つぼみもない。
まるで、世界の終りのようだった。
「いつっ!?」
そこまでイメージしたとき、鋭い頭痛がテリスを現実へ引き戻した。まるで、それ以上は踏み入れてはいけないと警告するように……。
「頭痛か?」
突然顔をゆがめ頭を抱えた王女に、アルテミスが触れる。
「大丈夫よ……女性にはそういう日もあるから……」
「……そうか」
冗談交じりに身を起こした王女の頭は、先ほどのイメージを忘れることにした。いつもアルテミスから感じるイメージとは少し違っていたことが気にかかりつつ、頭を切り替える。
「コホン。……あなたが勝手な都合で行動するのは別に今に始まったことじゃないから……。納得してなくても気にしないことにするわ」
「……で?」
「ちゃんとわかったうえで行動してるんでしょうね? あの子が、ハーリストに何かあったらパーヂコード全員であなたを潰しかかるから」
王女とは思えない乱雑な言葉づかいで脅しをかけるが、
「……できると思うなら、してみればいい」
当の本人はこともなさげに反して闇にまぎれる。
一人残された王女は、深いため息を吐く。
「新しいソファ、頼んどかないと……」
今日も負けた気分になるテリスだった。
● ● ●
とある島国。とある島の屋敷。
「久方ぶりじゃのう、裂牙」
「はっ。おひい様におかれては……」
「やめいやめい。何のためにこの屋敷にわざわざ来たと思っておる?」
「……息子の部屋に忍び込むためではなく?」
「それもある。が、真には堅苦しいのが嫌じゃから、朝廷を出た。それくらい理解しておろう」
「はてさて……」
一室には三十路半ばの男と、十代の少女が対面していた。
男の格好は島国独自の服と背中に大きな家紋を入れた、藍色の羽織を身に着けており、そこにいるだけで存在感を発している。対する少女も、存在感では負けていなかった。
肩口で切りそろえた黒髪の艶めきは高貴さを見る者に与え、男と同じく和服を着ているが、素材も織り目もそれ以上の品だと一目で判断がつく。二段も算段も上質なそれを、完璧に着こなす少女の気品。
「して、今日はいかようかな? 大和の帝、卑弥呼嬢」
「うむ。覇閃家七代目頭首、裂牙殿訪ねたのは他でもない……次期頭首のことじゃ」
大和の帝と覇閃家現頭首。国王と騎士団長の関係のようでいて、まったく異なる二人。
「知っての通り、まだ家での最中だが?」
「まったく困った親子じゃて……。家出をする方もする方じゃが、それを許す親も問題じゃ」
「と言われましてもな……それが我が家なので」
少女からの嫌味に、人を小馬鹿にした口調とともに肩を竦め返す。そのように、少女がよく知る少年の姿が被る。やはり親子じゃな……と目を細めながら小さく笑った。
少女は口元の緩みもそのままに話を本題に戻す。
「家出をするのもさせるのも勝手じゃが……誓いはどうなる? そろそろその時ではないのか?」
「まだ三か月ある。それまでは”ただの”小僧だ」
「その小僧の力に枷をかけておきながら、”ただの”というのはどうなんじゃ?」
「であれば、ありのままで解き放ってよかったと?」
ほとんど確認に近いその問いに、一国の主は答えず微笑みを浮かべるのみだった。
「それにしても三か月か……」
「えぇ。三か月後、あの子は帰ってくるでしょう」
二人そろって瞑目し、思いを飛ばす。三か月後、二人の思う少年がどう成長して帰ってくるのか。何を土産として持ち帰るか。
そして……、
「……長いな」
少女はぼつりと言葉を漏らす。男はそれに無言で頷く。二人はすでに瞼を上げていた。
「三か月もあれば、”国が一つ消せる”か?」
「……奴らであれば、あるいは」
「どこが消えると思う? トウセンかガズベラか、シューシルもありえるか」
「その程度の小国であれば三か月もかかるまい。おそらくは……」
明日の天気を予測するかのような気楽さで話す二人は、同時に口をつむぎ、障子をみた。しかし障子に影はなく、足音もない。それでも二人は視線を切らない。
「曲者か? 命知らずな……」
「……まだ若い、情念に燃える青年のようだな」
少女は同情的な声色で、男は静かに目を細める。いったい何が見えているのか興味が湧いていた少女は、男の言葉を聞いて立ち上がった。
そして男を誘った。
「行くか。青年とやらがどの程度燃えているかを見に」
天まで届く焔じゃといいがの、と年相応の楽しそうな顔で障子をあけ放つ。
「大人しくはしてくれないのか……」
いつの間に立ったのか、廊下に出た少女の真横で、男は疲れたような目をする。
「あのような人気も活気もない、暗くじめじめした部屋で長々と話すものではない。気が狂いそうじゃろう」
「そちらが出した条件に従い勢いだけでどこか行かれては、周りにいる人間の気が狂いそうだ」
男のもっともな言い分に、少女は満面の笑みを浮かべる。
「それぐらい我儘でなければ国など治められん!」
その言葉は昔々、幼馴染の少年から教わった言葉だった。ただ一人、大人びた少年が放ったその言葉に深い意味はない。それに少女は意味を見出し維持し続けてきた。幼き時から今日まで。何度も意味を持たせてきた。
「まったく……困った息子だ」
当時、その場にいた男は少女の考えを察し、無責任な言葉を残した自らの子に悪態を吐く。ニヤリと、口の端を吊り上げながら。
さて、二人は実に呑気に歩きながら会話をしているが、その実、少女は半径十メートルの強固な決壊を張り、男は二十メートル以上離れた場所から飛来する飛び道具をすべて決壊外で迎撃している。
「わらわの決壊は余計かの?」
「たまには自ら守るのも気分転換にならないか?」
「決壊を張っておるだけで、守っておらんじゃろうが」
頬を膨らませてジト目を向けてくる少女に、男は目を合わせようとしない。
「こら、こっちを向かぬか」
「前を見て歩かなければ転ぶぞ?」
「水谷の娘でもあるまいに、歩くぐらいで誰が転ぶものか!」
そんな言い争いをしながら角を曲がると、庭園の中央で男女含め六人の大人がいた。一人を除き全員が手に片刃の刀を持っている。そして、武器を持っていない男は手足を拘束され地面を転がされていた。
「なんじゃ、燃えておらぬではないか」
少女が拘束された青年を見て残念そうに言う。
「物理的にか?」
「とりあえずはの。心はパチパチはぜとることを期待するとしよう」
二人は縁側を降り、その場へ姿を現す。
「頭領? ……に卑弥呼嬢か。二人そろってお散歩ですか?」
「うむ。燃える青年がいると聴いてな。ちょっと見に来たのじゃ」
「全員捕えたか?」
「はっ! 被害はありません。それと、一部は例の部屋に」
「壊すなよ? 装備は回収後、溶かして市場に流せ。それから……」
「手際が良いのぅ……」
「……お前が、卑弥呼だと……!?」
「ん? 対象の顔も知らずに来たのか?」
一族の長らしく指示を出していく姿を見て感嘆の声をあげる少女に、つかまっている青年は目をむく。想像していた以上に容姿が幼かったことが、事前情報の拙さを理解させられる。
「理想に燃える青年よ。そなたは何を志してこの地に?」
己が存在を主張すべく、少女は雰囲気を一変させる。それだけで重苦しい空気があたりを包み込む。十代の少女に似つかぬ佇まいは、これが一度や二度ではない堂々さを持っている。
その変化に、青年は息を飲んだ。
「……歳は?」
「はっ。何を問うかと思えば、そのような些末事か」
青年の質問を少女は鼻で笑い飛ばす。
「些末事ではないっ! お前のような小娘に、国主が務まるものか!」
息や唾を飲んでも、信念は飲んでいなかった。うつ伏せの状態から、腹筋背筋を使い跳ね飛び、口に仕込んでいた針を吹き、
キィン、ザスッ!
「カッ……!?」
弾き返され青年自身の喉を刺し貫いた。
狙われた少女の背後から銀色に輝く細い刀身が伸びている。その先端は青年の腹肉を深くえぐる。
「悪いが、その小娘は俺の大事な客人だ。傷一つつけさせるわけにはいかん」
そう言って、男は刀を青年の体から抜いた。
バシャン!
「……ぅ、ぁぁ――」
自らが作り出した赤き湖に落ちた青年はギラギラした凶器的な光が宿っていた。それは命の残り火をたぎらせ憎悪を向ける視線。喉がダメになり正常な音を発せず、空気を吸う魚になっている。吸っているのではなく、怨嗟を吐き出している。
そして、事切れた。刺されてから一分もない、あっさりとした死だった。
「……裂牙、何故殺した? 生け捕りにするぐらい、造作なかっただろう……?」
「生け捕りにする必要がなかった。ただ、それだけだ」
ビャッ、シャァァ……チン。
男は刀についた血糊を払い、鞘に納めながら冷徹に返す。
「……ふんっ。嫌ななところまでそっくりじゃな……」
無理やり絞りだすように、少女は呟いた。
● ○ ○
次からは、次からは本当に更新ペースが落ちるんだからね! 本当だからね!
ヌケボーがやりたくてたまらなくなんてなってないんだからね!?
最近自分でも文章を書いていて違和感を覚えるようになってきました。
誰か初期(二章前半まで)と比べてどこが変化しているのか指摘してくれたりしないかなぁ……(チラ
それではまた次回