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表裏の鍛治師  作者: かきす
第三章 「狂乱を受け継ぎし者編」
43/55

第四話 「選択の時期を」

「時期」と書いて「とき」と読んでくだしあ。

 ○ ● ●


 リベル王国第五王女のテリスには、彼女本人が集めた私兵組織がある。その集団は基本的にテリスに忠誠を誓っている。

 メンバーは現在十人。それぞれ0~9の数字と王女から与えられたコードネームを持っている。0~9の数字には意味があり、各人その番号に則った役割をこなしている。

 例えばナンバー9であるアリーの場合は、王女の秘書兼ボディガードを仕事としている。ナンバー9は王女の傍に居る側近の役割を果たしているということだ。

 ナンバー1は純戦闘要員。

 ナンバー2は交渉員。

 ナンバー3は暗殺員。

 ナンバー4は遊撃員。

 ナンバー5は諜報員。

 ナンバー6は調略員。

 ナンバー7は物資員。

 ナンバー8は魔法術。

 ナンバー9は防衛員。

 あらかじめ、この九枠の役割が決まっているが、一つだけ不定のメンバーが存在する。

 それが、ナンバー0だ。

 そもそもパーヂコードは建国後初の内乱が起きた時代の女王が作った組織だった。それを再結成したのが、今のパーヂコードだ。テリスはその当時と同じように1から9のメンバーに役割を与えた。何百年前のパーヂコードにもナンバー0は存在し、ジョーカーと呼ばれていた彼はリベルの人間ではなかった。当然、女王に対する忠誠もない。

 なら、何故そんな人物をナンバー0に入れたのか。”というのは前提が違う”。

 ナンバー0は、パーヂコード設立当初にはなかった。つまり、ジョーカーと呼ばれる人物を抱え込むために作られた器なのだ。

 ナンバー0はゲスト。ナンバー0に着くのは、王女が気に入り、強大な力を持つ人間である。

 過去何度もメンバーが入れ替わっているパーヂコードで、ナンバー0を与えられたのはジョーカーと、アルテミス以外には居ない。

 さて、そんな異質な組織の中で異質な人物が他のメンバーからどう見られているのか。

 半分以上のメンバーが彼を受け入れていた。


「ナンバー0。ここにいたんだっ」


「……5か。何の用だ? 俺はこの後向かう場所がある」


「あはっ。嘘、言わないっ。向かう場所があるなら、こんな庭園の真ん中で一人ぼうっと立ってないでしょっ」


「…………」


 中性的な少女の指摘に否定の声を発しない。

 王城の中庭には大きな庭園がある。数十を超える種類の花が咲く光景は、管理している人間の丁寧さが伝わってくる。

 黒衣のナンバー0であるアルテミスはその中央、噴水広場に一人で佇んでいた。

 それを二階の窓から見とがめ降りてきたブロンド髪の少女は、アルテミスの嘘を言い当てニコニコ笑っていた。その笑顔からは何か嘘くささを感じる。

 特徴のある語尾を持つ少女はアルテミスの隣に立ち、二人そろって噴水から溢れる緑色の水を眺める。旅人のような珪藻が、水しぶきでぬれることが心地よさそうに目を細めて少女は言う。


「テリス王女がスねてたよっ。オモチャを取り上げられたってっ」


「なら、オマエはオモチャを取り返しにでも来たのか?」


 低い声で、仮面が応じる。


「ん~、それも面白いけどあんまり意味がないかなっ」


 大理石でできた噴水のフチに座って足をブラつかせる。


「どうせ死んじゃう人に興味ないし、テリス王女も返して欲しそうってわけでもなかったからっ」


「なら、本当に何の用だ?」


「あははっ。決まってるでしょっ?」


 肩を揺らし笑い、少女は下からアルテミスが着けている仮面の下を覗き込みながら、


「君に引導を渡しに来たんだよ」


 殺気を放った。


 ザァァァァ……!


 少女を中心として風が吹く。まるで草原を駆ける春風のような強風が起こる。吹き出る水は押され、咲き誇る花たちは揺れる。

 笑って細められた少女の瞳に、見下ろす目玉が二つ。


「……くだらん」


 ザァァァ、フッ………。


 風が、止まる。


「今の言葉は聞かなかったことにしてやる。次、――」


 バサッ。


 アルテミスは少女から視線を切り、黒コートを翻して庭園を後にする。去り際に、少女の耳にもう一言付け加える。


「は、はは……委細承知っ……!」


 それを聞いて、諦観したような、興奮したような、乾いた笑い声を発する。先ほどまでの威勢の良い殺気は消え去っている。


 ――次、俺と殺し合いで死にたくなかったら額の汗が出なくなってからにするんだな。


 少女は、じっとりした額を腕で拭った。

 ……アルテミスを認めていないのは、3、7、8、9だけ。その他のメンバーはアルテミスを認めている。少なくとも、彼の実力は。

 全身黒いコートで身を隠し、顔も仮面で見えない。その姿を見ても、誰も不信感を抱かない。アルテミスの存在はすでに城中に広められているだから、すれ違う兵士も侍女も顔を背けるばかりで声はかけない。かけられない。

 アルテミスは広い城の中で、独りだった。死を映す鏡の前に、誰が立とうものか。


 コンコン。


「……入るぞ」


 ガチャ。


「え、やっ……!?」


 ノックして数秒後、アルテミスは豪奢な扉を片手で押し開く。

 室内には着替え中の少女がいた。その少女の身体は半透明になっていた。


「はぁ……。着替えていていも、実体化を解かないようにとあれほど言っていただろう」


「ご、ごめんなさい……」


 少女は着かけていた服で体を隠しながら謝る。素肌を見られてしまった側なのに謝ってしまうほど、少女は気弱な性格をしているようだ。


「着替えてしまえ。話はそれからだ」


 くるりと回って少女に背中を向ける。見えたままだと着替えづらいだろうとのアルテミスなりの配慮だ。


「……出て行ってはくれないんですね」


 少女はささやく程度で文句を言う。気弱な少女の精一杯の抵抗だった。


「鍵もかけられいないお嬢さんが、無警戒すぎるね」


「き、聞こえてましたか……」


 精一杯の抵抗は失敗に終わる。アルテミスとしては一々出入りするのは面倒だし、いまさら全裸を見られた相手に恥ずかしがる意味が分からない。しかも、ただ見たことがあるだけではなく全身を洗ってやったこともある。


「終わりましたよ」


 少女の許可が下りたので振り返った先には、王家の紋章が腕に刺繍されているドレスを着こなした少女がいた。


「……はぁ」


「気分はいかがですか、”第六王女”ハーリスト殿下?」


「ため息を吐いた後に訊きますか、それ?」


 自らの身体を見下ろしため息を吐いたハーリストに対して、アルテミスは平淡な声で問う。まるで自分に興味がないのか、こうして私室に来てくれる程には興味があるのか。少なくとも無感情な声からは判断できない。


「で、俺がここに来た理由が分かるか?」


「あなたはいつも急に来るじゃないですか。それも、急な予定で場所を移動しても何故か先回りしてるし」


「さぁてね。それほどあんたの情報が王城で飛び交ってるんだよ」


「どうせ、悪評だけですよ……」


 彼にしては珍しくおちゃらけるような口をしたが、ハーリストは気づかず、一人で勝手に気持ちを沈めた。

 第五王女のハーリストの立場は王宮内であり得ないほど低い。王族であるはずの彼女は、後宮から出ることを許されていないほどに。つい先ほどまでアルテミスがいた庭園は、外に出ることができないハーリスト自身が作ったものだが、本人とアルテミス以外知らない事実だ。


「そうとも限らない。少なくとも姫さんは扱いに困る妹ぐらいには見ている」


 姫さんとは第四王女であるテリスのことだ。


「お姉さまは優しいですから……。他の”方々”は私を視界に入れてもくれません」


 この少女に対する雑な扱いは、兄姉達にも及んでいる。

 テリス王女以外はハーリストを認めたことがなく、従者達にまでその存在を認めさせず誰一人として、彼女を世話する人間がいないのだ。仲の良いテリスですら躊躇ってしまうほどに。

 不思議なことに、眼球でその姿を捉えているのに脳が認識せず、よほど強く思わない限り、ハーリストの存在を感じない。”認識できない”のだ。


「……城から追い出されないだけマシです」


「違うな」


 自らの無力さを滲ませたその言葉に、アルテミスはかぶりを振った。


「今のあんたは試験管に入れられただけのモノだ。何をするのも許されず、虐げられる。その生活のどこがマシなんだ?」


 ハーリストはその問いに、俯いて答えなかった。言い返せなかった。アルテミスはその姿に容赦のない言葉を浴びせかける。


「追い出されないことに安心なんて感じていないだろう? 日に日に絶望を大きくしている。変わらない日々、字面に騙された振りを、いつまで続ける?」


「……誰も、私が姿を現すことを望んでいません。それなのに、私が前に出ても場を乱すだけです」


 顔をあげてそう返すハーリストは、アルテミスを見ていなかった。今日までの過去の残影。それを見ていることが、震える声から読み取れた。

 その気持ちを理解できても自分に重ねて考えることは、アルテミスにはできなかった。彼にとって感情は邪魔で鬱陶しいだけだった。


「誰も望んでいない、場が乱れる。……それがなんだ? 誰も望んでいないのであれば望まれる人間になればいい。場が乱れるなら自分で整えればいいそれだけのことだろう?」


 それだけのこと。

 アルテミスはハーリストが歩んできた十年の葛藤を、いともたやすく砕いて見せた。


「簡単に言わないでください……! 人々が今さら私に何を望むというのです!?」


 ハーリストは初めて叫んだ。


「私が王位継承争いに加わって勝てるはずがないんです! できもしないのに、いたずらに場に立っても余計な混乱を招くだけです!」


 少女は、今までためこんでいた感情を爆発させる。


「それでお姉さまに迷惑をかけたくない、これ以上不便をかけたくないんです!」


 今まで、三年前まで独りだったことに対する蓄積は重く、彼女の心を縛り付けていた。


「どうすれば、どうすればいいの……”お兄ちゃん”っ!?」


 ハーリストはアルテミスの胸を両手で叩いた。なぐりつけた振動が彼女の腕にも伝わり、思わず黒いコートを握りしめた。額を押し付け、表情も隠して。

 太く冷たく張り巡らされた鉄線を解いたのは、三年前に彼女を見つけた一人の男。

 唯一、自分を見失わないでくれる”兄”に、少女は縋り付いた。

 答えを求めて。

 自分を変えたいと願って。

 少女の心の底からの願いを受けた男の眼は、


「選べ」


「え……?」


 変わらず死を映していた。


 ――しかしそれは、少女の死ではない。


「自身を変えるために自ら王座を奪い取るか。このままペットとして飼われ続けるか」


 少女の道にある障害物の、死だ。


「再びまみえるときはお前が選んだ後になるだろう。こちらも忙しい。できる限り早く再開できることを望んでいるぞ」


 兄と呼ばれてなお突き放すようにそれだけを伝え、闇に溶けて消えた。残された少女は虚空をつかむ手を握りしめた。

 決意の固さを示すように強く、強く――。


 ● ○ ○


 朝の五時半。寝床が変わっても変わらず深い睡眠をとれる人種は、旅をするのに向いている。環境への適応力だけではなく、健康管理にも役立つ。

 が、そうでもない場合もある。慣れない土地だからこそ、神経を鋭敏に保つことでトラブルを回避できる。


「おい、起きろミリア。ここはお前の部屋じゃないんだぞ」


「ん~、うるひゃい……!」


 こんな風に。


「ゆり……お前が原因なんだからなんとかしてくれ」


「ご、ごめん。生徒会長さんがこんなにお酒に弱いとは思ってなくて……。あ、でも幸せそうな顔をしてるし……」


「そりゃあ朝っぱらから酔った挙句、人のベッドで二度寝すれば大抵の人間が幸せになるわ」


 この生徒会長様は、早朝に人のベッドにもぐりこんだ理由が酒に酔ったからという、自由すぎることをしている。起こそうと声をかければ手を払って安眠を得ようとするのが憎らしい。


「……まぁ確かに調味料レベルのアルコールでダウンするとは俺も思わなかったが……」


「だよねぇ……」


 ミリアがこうなったのは、この地方の名物料理を食べたからだ。

 その料理の名前はディップピクルスという漬物の一種で、ほんの少しだけ酒が含まれている。元々の酒の度数が低いうえ、ディップという大根はアルコールを分解する成分がある。ディップはアルコールを分解することでうまみが増す特徴を利用した名物料理でミリアは食べたことがないといって、ゆりが食べさせた。漬け込みが浅いせいでアルコールが分解しきれていないソレを。

 その後のことは、語るまい。


「昔からこうだったの?」


「何年前のことだ思ってんだよ? ミリアは俺の二歳年上でも、当時は十三、四歳だぞ?」


 しかも教会には酒を飲まないシスターしか大人がいない。酒を口にすることはまずない。


「少なくとも、酒の匂いだけで酔う奴じゃないのは覚えてる」


 酒場に行ったとき、充満していたアルコールでは倒れなかった。


「……カキス君って意外と記憶力悪いよね?」


 まったくもって勘違いである。

 まぁ俺の記憶力は置いておくとして、だ。


「コルトに指示を仰ごう。あいつも生徒会長だからな」


 今日どうするかを決める必要がある。


 ○ ○ ○


 使い物にならないリーダーを放って、ここ三日のスケジュールが立った。

 基本的に街を歩いて情報収集する。有益な情報を手に入れた場合、隠れ家に戻り他の帰りを待つ。決して深入りをせず、情報の正確性は全員で確かめる。

 他に、戦闘は極力さける。俺たちはあくまでも斥候部隊に過ぎず、ターゲットを倒すことは求められていないからだ。顔が広まるのも、困る。

 ここまでは問題なく決まった。情報収集する際の設定も統一した。


「さて。メンバー分けなんだけど……どうしようか?」


 そこが問題だった。

 実力差があまりに開きすぎて簡単に分けられないのだ。最初はできる限り相手の知っている人間でまとめるが、そうすると人数に偏りが表面化し、かといって当分配しても不安が出てくる。

 不安というのは、我らがトラブルヒロインの存在だ。

 ゆりのトラブル体質も問題だが、本人の人見知りの症状も問題がある。ゆりの容姿はこの隠れ家にたどり着く前に通った村で、かなりの人目を集めた。その時はローブのフードで顔を隠させたが、ここで行動する間はローブを着ない。怪しまれないために、私服で動く。

 ゆりが私服で動くということは、百パーセントワンピースを着るということ。実際、今もワンピースを着ている。今日は白でシンプルな一品。


「でも、学校には来てるんだし、買い物もしてるんじゃ……」


 今日改めて自己紹介した時に名前を覚えたプリッシュという女子が当然の疑問をぶつける。


「自分に意識を向けられるのがダメなんだよこいつは。単なる人ごみだったら問題ないんだけどな」


 買い物についてはルトアさんが代わりにしている。六年前からまったく成長しいないゆり。


「………………あ、そういえば」


 手持ちのもので何か役立つものがないか思案していた俺は、ルトアさんに持たされた荷物の中身を思い出す。


「ちょっと待っててくれ」


 俺は自室に戻り目的のものをとってくる。


「これなら自然に顔を隠せないか?」


 そういいながら、ゆりの頭にわらを編んで作られた帽子――麦わら帽子を被せてみる。


「わっぷ。うーん、ちょっとぶかぶかかも……」


「元は俺のだからな」


 ゆりには少し大きかったようで、目元まで隠れてしまっている。人相を隠すのが目的なので、これはこれで逆に都合がいい。


「で、メンバー分けだが……俺はここでミリアの様子を見ておく」


「水谷さんはどうするんだい?」


 コルトが若干暗い表情で問いかけてくる。


「お前がエスコートしてやってくれ。人見知りの妹ってことにすれば怪しまれないだろう」


 そう返すと、やっぱりという顔をする。俺がゆりを押し付けることを予想して、いつものウザやかな笑顔をむけてこなかったらしい。……地味にあいつゆりのこと(トラブルを起こす的な意味で)苦手になってやがるな?


「じゃあ私はアルベルト君と一緒に行動すればいいのね?」


「悪いな、勝手に決めて」


 こちらの事情で割り振りを決めたことをプリッシュに謝る。


「良いよ。私たちも知り合い同士のほうがやりやすいし」


 どうやらプリッシュとアルベルト――もう一人の男子生徒――は知り合いらしい。まぁ、同じ第二学生なので、当然といえば当然かもしれない。


「そういってもらえて助かるよ」


「…………」


 プリッシュの気遣いに肩の力を抜く。

 そんな俺を見て、アルベルトが無言でこっちを見ていた。その視線の意味を考えないよう、


「それじゃあいってら」


「行ってきます」


 三人を送り出した。


 バタン。


 ――あいつってあんな人間なんだな。


 ――アルベルト君はどんな人間だと思っていたんだい?


 ――ミスリル製のナイフみたいに尖って固い人間だとばっかり……。


「……丸聞こえだっつの」


 俺は一人、入り口に佇みながら苦笑した。


 ○ ○ ○


「さて……」


 この眠り姫をどうするか。


「スー……」


 ミリアは俺のベッドの中で、健やかな寝息を立てている。


「なんというか、同じような状況を前にも体験した気がするんだよなぁ……」


 同じような状況というのは、数か月前にゆりと再会した時のことだ。あの時も、眠り込むゆりの扱いに困った。

 できるなら、再開せずに”終わりたかった”ゆり。だから偽ってゆりを帰そうと思っていた。関わる必要なんてない裏世界に巻き込むつもりなんてなかった。結局、その企みは失敗したが。

 俺はその時のことを思い出して、悔しいような嬉しいような想いを感じながら、ミリアの寝顔を見る。五年前と変わらない幼子のような横顔だった。


「……ミリア」


 ゆりからは逃げたともいえる。運命のいたずらともいえる偶然でゆりは巻き込まれた。だが、”ミリアは違う”。ミリアは俺が引きずりこんだ。


「起きているんだろう? お望み通り、二人きりの状況を作ってやったぞ」


「……本当に、あなたは嫌な奴ね」


 だから、逃げるわけにはいかない。巻き込んだ責任を果たさなければならない。

 寝たふりをしていたミリアは悪態を吐きながら状態を起こした。


「どうして五年前の私はそのことに気付かなかったのかしら?」


「気付かなかった自分を貶めるか、巧妙に隠した俺を持ち上げるか。好きな方を選べばいいさ。……それに、五年前は、少なくとも始めはだますつもりはなかった」


 そう、ミリアが俺を恨むよう仕向けた行動は、暫く経ってからだ。


「少なくとも、でしょ? 最終的に裏切ったことには変わりない」


 言い訳にも慰めにもならない言葉にミリアは魔力を込めた右手を向けてくる。

 俺はミリアに背中を向け、肩ごしにミリアと会話している。つまり、ミリアは隙だらけの俺の背後を攻撃しようとしている。


「あなたが無属性で良かった。簡単に殺せるんだから」


 バチ、バチチッ!


 確かに、これほどの密度の魔力をぶつけられれば、即死は免れないだろう。

 ただし――


「当たれば、な」


「この距離で外すと思う?」


「外すさ」


 俺は自信満々に断言する。


「何故なら……それは俺の残像だからな」


「っ!?」


 ミリアは眼前の俺が姿を消すと、弾かれたようにベッドから飛び退いた。部屋の入口付近に着地したミリアが首を巡らす、直前。


「チェックメイト」


「きゃあっ!?」


 バサッ!


 張り付いてた天井から落下しミリアを拘束する。バサッという音はベッドのシーツを被せた音だ。資格からの攻撃に対応できず、シーツに包まれてようやく抵抗を始める。


「この……っ!」


 手や足がシーツをけたぐるが、出口となる端は見つからない。


「無駄無駄。結んであるから探しても出口はないぞ」


 覇閃家で培った暗殺術の一つ、『しがらみ』だ。一瞬で相手を拘束し、運送しやすくするための技。

 プロの技術から素人が逃れられるはずがない。


「なら……!」


「チェックメイトって言ったろ? 残念ながら今は俺もお前も魔力を使えなくさせてもらった。まぁ、俺は使えたところで大したこともできないがな」


 俺はミリアの抵抗を予想し、あらかじめ罠を仕掛けておいた。

 『ウェポンバース』で魔力を封じる武器を創り出しておいた。創ったタイミングは、この部屋に入る前だった。

 『ウェポンバース』はその武器の有用性によって創造時の消費魔力が異なる。今回創ったのはできるかぎり状況や効果を限定させ、必要魔力を極限まで削ってある。

 そのポイントは三つある。

 まず、自らも影響下になるよう設定する。これだけで、ただ魔力を封じるだけのモノに比べ四分の一まで魔力量を減らせる。

 次にその範囲。部屋一個分程度しか効果がなく、しかも一度範囲外に出れば再度封じることはない。つまり、一定エリアに常時発動するのではなく、一度切りのジャミング装置ということだ。

 三つ目は……、


「この部屋に入る前、台座と花瓶があっただろう? あれがソレだ」


 その扱いづらい形状だ。台座と花瓶というセットで、それも固定しなければ効果を発揮しないという条件が、大きく消費魔力を減らすことに協力してくれた。


「お前の魔力は封じた。魔法使いならともかく、ただの少女が俺を倒す方法はない」


「……私を拘束してどうする気?」


 くぐもった声が警戒心を強める。


「皆に何かしたら本気で許さないわよ!」


 自身を拘束された状況で、真っ先に他人の安全を確認するとは……相変わらず優しい心構えだ。

 俺はその言葉に少々懐かしさを感じながら、首をひねる。


「おや? すでに許されていないと思っていたんだが……優しいなミリア」


「――っ!? う、うるさい……!」


 ミリアには悪いが、俺の口元が緩むのが止まらない。別に他の連中をどうこうするつもりはないのだ。噛み合ってない感が笑えてくる。

 俺はただ、今後のために調……下準備をしようと思っているだけなのに。


「ほら、立て。それと腕を上げろ」


 俺はシーツの結び目を外し、両腕をホールドアップさせる。


「どうやら俺が何をする気なのか知りたいようだな……」


 俺はミリアの正面に立つ。


「教えてやるよ、俺のしようとしていること。お前にはきっと一言で伝わるだろう」


「一言……?」


 スッ……。


 耳元で、小さく囁きかけるのは絶対の一言。


「『お仕置』、だ」


「え……」


 一言。その意味を身を持ってしっている人間にとってそれは、一言で絶対的な意味を持っている。


「う、嘘……ちょ、ちょっと待って……!?」


 青い顔をしたかと思えば赤い顔。最後に受けた内容を思い出したのだろう。動揺したミリアが腕を下げる。瞬間、


 ピリッ!


「ひぅっ!?」


 ミリアの身体を青色の電撃が走る。

 その感覚に、体を震わせ、驚きの声を上げた。そこにはわずかながら艶やかな響きがあった。


「な、何今の……?」


「そういう『お仕置』だ。俺が指示した以外の行動をすると、少しの痛みとそれをほんのちょっとだけ超える快感が走る」


 俺は「手をあげろ」と言ったのに、ミリアは手を下ろそうとした。だから「罰」が走った。


「い、痛みはわかるけど、なんで快感も与えるのよ!?」


「そういう薬なんだ」


 真実を伝える。


「嘘言わないっ!」


「嘘じゃない」


 製作者が言っているというのに……薬の量を増やしてやろうか。

 この薬を作ったのは俺であり、効果を調整しているのも俺だ。とある毒薬と媚薬を混ぜ合わせて作った非売品。何故痛みだけではなく快感もあるかというと、痛みだけだと人は抵抗を続けるか、すぐにでも壊れてしまうか、俺が望んでいるような反応は得られないのだ。適度に悦びを与えさせることで、始めて成り立つ。

 なお、どのタイミングでミリアに薬を飲ませたかというと、これは液体の薬なのでシーツに染み込ませ嗅がせて服用させた。


「追加で、足を大股に開け」


「んっ……そ、そう簡単には、ぁつ、うぅ……!」


 別に足開くことぐらい、スカートですらないのだから問題にならないというのに、ミリアは強情な態度を貫く。


「我慢しないほうがいいぞ」


 なので俺はミリアに従順になることを勧めた。

 熱っぽい吐息を断続的に漏らす少女に俺は忍び寄るような声をかける。


「この程度……五年前に比べたら……!」

 

 確かに、ミリアにやってきた『お仕置』に比べればかなり温い。しかし、それは今の内だけだ。


「んんぅ、あ、あ、んぁっ……!? いっ、つぁ……強くなって……!?」


 次々に襲い掛かる苦痛と快楽に震えていたミリアの反応がある時から大きくなる。眉根を寄せ、耐えるように下唇を噛み、悩ましげな表情をする。股を開くどころか、内また気味になってきていた。膝から崩れ落ちそうな風体だ。


「だから言ったんだ。それは命令違反の回数と時間で少しずつ効果が増していく。……それが嫌なら俺の言葉に従うといい」


 そうすれば、強い痛みと熱い快感から解放され安心を得られる。そして、快感を欲するのであれば従えばいい。


「俺の犬になるか、はしたない犬になるか」


 じっくりと時間をかけて選ぶといい。

 俺は、その言葉に瞳を揺らすミリアを見て、背中を走るゾクゾクした感覚に舌なめずりをした。



プリッシュとアルベルトはあくまでも脇役。なので、特に扱いを考えていません。

だんだん邪魔になってきましたが、我慢します。※作者本人の言葉


次回は来週の土曜で、ちょい短めです。そして、ストックがそろそろ切れそう。

(要約)更新間隔がまた空きそう

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