第三話 「黒の少女の前では」
今回はいつもの1.5倍ぐらいありますのでそのおつもりで
「三学の生徒会長さんはすでに知っているとは思うけど、五人を呼んだ理由を教えるわ」
俺たちはソファに、ミリアはデスクの椅子に座り、本題に入る。
明らかに黒ゆりを警戒して一人離れた位置に座ったな? と俺がジト目を送ると、ギロッ! と睨まれる。睨まれた俺は明後日の方向に視線を向ける。
今現在部屋にいるのは俺、ゆり、コルト、ミリアの四人に加え、他に三人ほど名前も知らない生徒がいる。
「知ってのとおり、先のオリエンテーションで問題を起こした、ミストレンの目撃情報を掴んだわ」
ミストレンとは、シュゼイルの父の名だ。
「噂も流れているけど、それは嘘。学園側が流した偽の情報よ。噂ではまだリベル大陸にいることになっているけど、ターゲットはヴェルド大陸に移っているわ。私たちがするのはターゲットの拘束、ないし足止めがミッションよ」
ミリアの言葉に、俺は目を細めて言及する。
「拘束、ね」
ミストレスの実力派体感では魔法師の強さを持っていた。この学院で言えば教師二人分の強さを持っていることになる。そんな男を、この六人で、それも生け捕りするのは無理がある。
可能か不可能かで言えば可能だ。俺の能力、コルトの実力を考えれば魔法師程度殺さず動きを封じるぐらい造作もない。
(だができるからといって力を十全に使ってやる義理もないが)
学校側も依頼を受けこちらに話を通している。生徒会はその小間使い。俺たちはさらにその小間使い。小間使いの小間使いはその名に恥じない動きをするとしよう。
密かに目配せをコルトに送る。アイコンタクトの内容を理解したコルトはウィンクを返してくる。飛んできた星全部砕いてやろうかこの野郎。
「私たちもミストレンを追って海を渡ります。船酔いをする人はこの中に……いないみたいね」
どんな船に乗るか知らないが、魚雷戦艦で酔わなかったのだ、ゆりが酔うはずがない。周りの人間も自信があるのか手をあげない。
「質問。俺たちがミストレンを追って別大陸にいる間、単位はどうなる?」
「保障されているわ。失敗しても出席したのと同じだけもらえるし、成功したらいくらかオマケしてくれるって。安心して」
「了解」
別に俺は自分の単位を心配しているわけではない。誰も聞かなかったから聞いただけだ。案の定名前も知らない男子生徒Aがほっと胸を撫で下ろしていた。
他にも、何か報酬を用意してくれているらしいが、俺やゆり、コルトは事前に辞退した。必要も無い物を受け取る性格ではなかった。
その後もいくつか報酬を詰め、その日は解散となった。
○ ○ ○
「で、この後は?」
「買い出しに行こう? 何が必要なのかチェックしておかないと」
「どうせワンピースしか着ないくせに」
「一つ一つ違うワンピースだからね!?」
もし世界からワンピースが消えたらゆりはどうする気だろう? 全裸か? まっぱなのか?
「……猥褻罪で捕まるなよ?」
「かキス君の頭の中ではどんな風評被害が繰り広げられているのかな!?」
遊ばれているとわかっているなら無理に全力で反応しなければいいのに、と思わないでもない。が、ゆりの性格では難しそうだ。
「生活用品はあらかじめ用意した方がいいだろうな。いちいち向こうで買い集めるのは手間がかかる」
慣れない土地では、食料や服はとこもかく、日用雑貨を購入するのが難しい。観光地でもなければ簡単にはみつけられないのだ。
現に、大和とリベルでは売っている商品も違えば、それが置かれている売り場の位置も違う。ゆりもピースで暮らし始めてから何度か足りないものを買っているが、毎回時間をかけて街を回っていた。その度に道案内を提案するが断られた。
なんでも、自分が生活する町は自分で歩けるようになりたいらしい。ゆりなりに、俺に負担をかけたくないと思っているのだろう。
(そんなこと、負担になりやしないのにな……)
おれ自身、ゆりの助けになりたいと思っているし、今までのおわびも含めて返していきたいと思っている。それと、変な所に入ってトラブルを起こされても困るのだ。目を離して誘拐、などと嘘みたいな速度で事件に発展し始める。そしてそれを一瞬で解決する方が負担になる。
幸いと言うべきか、ゆりの方向感覚は正常なので、俺ですらどこにいるのかわからなくなるほどは迷ったことはない。
今日もそれにもれず、ゆりは寄り道することなく日用雑貨を売っている店まで着くことができた。
カランカラン。
「いらっしゃいませ~」
ベルを鳴らして店に入ると、奥のカウンターからゆったりとした店主の声が聞こえる。
「何を買ったらいいかな?」
「そうだな……会長の話だと林の奥にある大きな空家を借りるらしいから、歯ブラシとか身の回りのものとかだな」
宿に泊まるのではなく家を借りる理由は、その方が色々と便利だからだ。現地入りしてから最低一週間は道を覚える作業になる。地図と照らし合わせながら歩き、同時にオリジナルの地図も作る。既存の地図だけでは記し切れていない場所も知り尽くしてようやく、本格的な情報収集に移れる。
この計画を考えたのはミリアで、時間をかけて確実に目的を果たそうとする所が彼女らしい。孤児院でお姉さん役を一身に受けていたからだろう。
ミリアは妹と一緒に教会のシスターに拾われて以来、三十人にも満たない弟や妹たちの世話をしてきた。性格ももっと明るく元気に溢れていた。丁度、シェリルがもう少し面倒見が良くなったぐらいの感じだった。
「あ、そういえばカキス君」
「ん?」
ゆりの隣に立ち、棚の商品を意味もなく眺めながら昔を思い出していると、ゆりが思い出したように声を出す。ゆりは一つ、商品を手に取って見ながら質問をしてくる。
「生徒会長さんと何があったの?」
「何かって……”お前も聴いてたいんだろう”?」
「昨日のことじゃなくてもっとも前の話。仲良さそうだったから……またカキス君が何かやっちゃったんじゃないかなぁと」
チラリと横目でこちらをうかがうゆりの目からは疑いの色が見える。
「……いまいち質問の意図がわからないんだが……?」
性格には質問の内容が。
あの会話をどこから聞いていたのかわからないが、そんなに仲がよさそうに感じるものだったのか? 何かやっちゃったなら、仲良さそうというのは矛盾していないか?
「え~と……ま、まぁ! 分かんないならいいよ。カキス君にその気がなかったのはわかったから」
「おいこら。俺がやらかした前提で話を進めてんじゃねえ」
事実誤認も甚だしい。
ペチンペチンベチコンッ! と軽めの二発から思いデコピンに、ゆりは額を押さえてうずくまる。通路の邪魔になっているゆりを放置して必要なものを持って会計を済ませる。
「仲がよろしいようで」
「あぁ、騒がしくして悪かった」
笑顔で袋を渡してきた店主に苦笑を返す。
「別に他のお客さんがいるわけでもないし、商品を傷つけない程度で自由にしてもらっていいよ」
「それはそれでどうなんだか」
「またのおこしを~」
俺は楽しげな店主の声を背に受けつつ、もう一度ゆりにデコピンを――
「あぅ」
「ほら、次行くぞ」
――今度は痛くないようにして店を出た。
○ ● ●
「…………」
「ん……? やぁ、君か。待っていたよ。アレ以来会えなかったからどうしたのかと思っていたところだ」
「ふん、よく言う。俺に逃亡者の追跡とそれに関するガセ情報を流させていたくせに」
「ははっ。これは手厳しい。が、君ならもっと早く仕事を終わらせると予想していてね。何かトラブルでも?」
「ミストレスが乗っていた船に正体不明の集団が襲撃し、奴が持ち去ろうとしていた縛魂結晶を根こそぎ奪い取っていった」
「ほぅ……」
「そのせいで二週間近く動きがなかった。その後は知ってのとおりだ」
「その集団は、驚くほど動きが速かったね。まるで誰かが情報をリークしたんじゃないかって思うほどに、ね」
「…………」
「まぁいい。元々君に彼の尾行を任せたのは何も縛魂結晶を取り戻そうとしたくてたのんだわけじゃないからね」
「……国家にたてつく逆賊を、国立の魔法学校生の教材にするのはおまえだけだろうな」
「使えるモノは使わないと。予算削減のためなら私は金の亡者になろうじゃないか」
「鬼になろうが悪魔になろうが好きにするといい。だが、事後報告をするこちらの身にもなってもらいたい」
「そういえば、もう一度ナンバー0の席を手に入れたようじゃないか。おめでとう」
「貴様に祝われる必要はない。俺も忙しい。早く要件を済ませろ」
「まったく、少しは休ませてくれよ。これでも学園長なんだぞ?」
「休む時間などないことぐらい、お前も理解しているはずだ。その身が朽ち果てるその時まで……」
「それもそうか。次の仕事だが……」
● ● ●
その頃王城では、第五王女が父親である現国王とサロンで顔を突き合わせていた。
「父様、どうして許してくださらないの?」
「国王として、王女を危険な所へ送り出すわけにはいかん。当然であろう」
「そこで父として、とは言ってくれないのね」
「言ったら言ったで王の自覚が足りないとか文句をつけるくせに何を言うか……。第一、お前が行く理由がないはずだ」
国王は、どうしてこうねじまがった性格になってしまったのか……と嘆きつつ、娘の行動を止めようとしている。王女の方もまた、どうしてこう素直に認めてくれないのか……と呆れつつ交渉を続ける。
「理由なら十二分にあるわ。先日起きたデルベル魔学院の事件。私が行くと知っておきながら、それでも行われた強行よ? 死傷者の数も何十人にのぼったのかしらないの?」
王女がしようとしているのは、パーヂコードを引き連れてミストレスに報復しようとしているのだ。
それは、国王には認められないものだった。
「忘れておるのか? その件はすでにデルベル魔学院に任せている。今更お前が出ては話がややこしくなる」
これがもし、デルベル魔学院に話を持っていく前であれば、王も嫌な顔一つして送っていたことだろう。しかし、すでに話が通り、一度手元から離れたものを自由にできるほど、世の中単純ではない。
「ちっ。使えない王様」
さらりと国王を侮辱する王女。嘘偽りのない本音に、父としてグサリときながら無表情を突き通すあたり、さすがと言えよう。
「もう良い。アルテミスに頼んで捕えてきてもらうから」
「無理だ」
このまま椅子に座って交渉を続けていても拉致があかないと思った王女は、立ち上がってドアから出ようとした瞬間、ドアをすりぬけて黒コートを着た仮面の男が出てきた。
まるで王女が退室しようとするのを阻むように。
「残念だが、今回の件は手を引いてもらう」
実際に、男は王女の意図しない方向性を示した。
「……どうして? ここで指を咥えて待ってるより、私自身が力を示した方が、私の発言力が強くなる。あなたの望む展開だと思ったのだけれど?」
賛同してくれると思っていたテリスは、アルテミスの真意を探るように真意をぶつける。
「俺のクライアントが、王女様に出てきてほしくないようだ」
それに対して、アルテミスはどこまでも感情を凍らせた平坦な言葉を返す。
そのことにテリスは苛立ちを覚えながら、頭をフル回転させる。
(アルテミスが直接的に私に接触を図りに来た理由は? この男が私を止めるためだけに姿を現すとは思えない……! ”妹”に会いにきたから、ついでに寄ったなんて平和的な理由じゃない。もっと多くの思惑が関係しているからのはず!)
テリスとアルテミスの付き合いは一年に満たない短い年月。それも三年前のこと。テリス自身は王族として、人を見る目を養ってきたつもりだ。しかし、アルテミスだけは心の奥底が見渡せないでいた。
普通の人は木の根の部分が見えない。心の奥のことを根として、そこから太い幹が伸び、枝を広げて、葉を巡らしている。テリスは地表から地中にある根の大きさや種類を、判別することができる。熟練の職人の様に正確に、間違えることも極端にない。
これを、この例えをアルテミスに当てはめると途端にわからなくなる。
(アルテミスは幹も葉もない、枝だけの木とも言えないモノ。大本である幹から折れ、葉を生やすこともない……地面に何本も枝が刺さっている……)
まるで枯れ木の様な人物像。根などあるはずもない。
(なのに、なのに……!?)
改めてアルテミスを見る。木のイメージをしようとして、地面に枝が刺さっている風景が浮かんでくる。その下には、
「アルテミスよ、学園側はどうすると?」
「そこまでは知らん。俺の仕事に影響を与えるほどではないだろうな」
はっとテリスが沈み込んだ思考の沼から浮上してきたのは、父と問題の男の会話が耳に滑り込んできた。
「……私はまだ納得してないんだけど……。あなたのクライアントって誰なのかしら?」
「教えるわけがないだろう? クライアントの情報を簡単に明かすのは三流のすることだ」
「ふん。一流は言うこともやることも違うわね」
そういってため息をついたテリスは、これから何をするか、スケジュールを組み立て始める。
一級品のソファーに身を沈めるテリスの頭にはすでに先ほどのことは消え去っていた。
――その下には、地中を穿つ、一本の根が生えていた。
● ○ ○
「それじゃあ、言ってきます」
「お土産を待っててくださいねルトアさん」
「ディング、戻ったら道場で全力で……」
「宴会か?」
「一発本気の試合ね?」
「……わかった」
あれから数日後、いつものメンバー(+ルトアさん)は港で集まっていた。
俺たちはこれからまさに大陸を渡るところなのだ。
「お土産よりも、ゆりさん自身が大丈夫か心配で……」
「あはは……大丈夫ですよ。これでも世界規模に市場を持っている大商人を父に持っているんですから。確かに一度も行ったことのない場所ですけど……言葉は通じますから」
心配そうにゆりの手を握るルトアさんに軽く答えてみせる。
「いざとなればカキス君を遠慮なく頼ることにしますから」
ね? と微笑を向けてきたゆりに、俺は微笑み返す。
「おねしょは自分で処理しろよ」
「誰も下のお世話なんて望んでないよ!?」
「え?」
「え? じゃないよ!? 私そんなことをルトアさんに任せてると思ってるの!?」
どうやら認識の違いがあったようだ。
「確かに、時折ビショ濡れのシーツを洗うこともありますが……そっちではありません」
「まさか本当に漏らしていたとは……」
あながち間違いでもなかったようだ。
「違うからぁ!? きっとそれ「お仕置」で出た汗とかだからぁ!?」
「それにしても他のメンバーが来てないな?」
「無視しないでよぅ!?」
誤解だよぅ!? と腕にしがみついて無罪を主張する諦めの悪い容疑者を完全に無視して辺りを見渡す。
生徒会室で見た顔はなく、忙しなく荷物を運ぶ船員ばかりだ。現在地が、学院所有の港であるため、人の山に埋もれて見えない、などということもない。見渡しても見つからないということは、この場にいないということ。
まだ時間はあるが、何か嫌な予感がする。
「……少し探してくる」
「僕もついて行こうか?」
「いや、いい。お前はここで待ってろ」
単にミリア達を探しに行くだけならコルトはいらない。それに、この三人を放置するのもまずい。
船に乗るのは俺たちだけだし、多少現地入りが遅くなっても大した影響はないが、さっさと探してこようと一歩を踏み出したとき、背中に小柄な少女一人分の重みが加わった。
「私も連れて行きなさい。どうやらまだ時間がかかるみたいだし」
重さの正体は黒ゆりだった。久しぶりに器を使わず表に出てきたかと思えば、人の背中に張り付いてきた。
「その格好でか? 俺は目立ちたくないんだが」
チラリと後ろに視線を向ければ、真っ黒なゴスロリに身を包んだ見た目十代前半にしか見えない少女が、俺の首に手を回し、足を胴に絡めている。いつも思うのだが、体が入れ違うだけでも超常現象なのに、この一瞬の早着替えにもびっくりだ。
目が合うと妖艶な笑みを返してきたので、足を軽くはたいて返す。絡めた足を落とされたせいか露骨に拗ねた顔をされる。
「じゃあここで脱げと?」
「誰もそんなことは言ってねぇだろうが……!」
この淫魔、どこまでもソッチ方面に持っていこうとしやがる。海に叩き落としてやろうか。
「その体は思念体だから外見はある程度簡単に変えられるだろうが! それで服装をもっと大人しいものにしろと言ってるんだ」
「嫌よ。諦めなさい」
必死の説得を続けるが、その労力むなしく、黒ゆりはきっぱりと拒絶を示した。
「はぁ……分かった。しっかり捕まってろよ」
これ以上言っても本人に改善するつもりがないので、諦めて背負いなおす。そして、空高く跳躍し、近くにあった木造の屋根に着地する。
普通の道を通って人目に付くなら、人目の付きにくい道を通ればいい。さらに、人を探すなら上からの方が早いというのもある。
倉庫の屋根は周囲の中では最も高さがあり、港と学園を分ける塀までくっきりと見渡せた。
しかし、いくら景色に目を走らせようと、遅刻者数名の姿はない。
(まったく、生徒会長様ともあろう方が……。いきなり面倒事を呼び込む)
代わりに、魔力が見える。その場にとどまる攻撃的な残留魔力が。
「誰が浚ったのかしらね? あれだけ偉そうにしていたのに、いいザマね」
「……お前にもわかるのか?」
一瞬、どうしてそこまでミリアを敵視する、なんて口に出しかけたが、すんでのところで飲み込んだ。黒ゆりがミリアに関して良くない感情を抱くようになったのは、どうにも俺が原因な気がする。
原因の俺が知らぬ顔で図々しくそんなことを質問するのは、少々無神経すぎる。
言葉を飲み込んだ間を黒ゆりは驚いて声が出なかったからだと受け取り、背中に当たる柔らかな二つの丘をさらに押し当て答える。
「ええ。これでもサキュバスだからね」
そんなことは背中に当たる素晴らしい二つの感触で十分すぎる程理解している。もっとやってくれ。
「魔族が人間を襲うときは、魔力の濃さを基準にするの。だから、あなたと同じように魔力の違いや空気中の魔力を見ることができる」
「なるほど。魔族にそんな力が備わっているとはな」
トンッ!
俺は黒ゆりの興味深い魔族の話に耳を傾けながら、目と足はミリア達を探すために動く。
眼下には人で溢れる商店が立ち並んでいる。観光客相手に商品を売り出す風景はいつ見ても変化がない。平和そのもので事件は起きていそうにない。
「私の場合は種族的に翼があったわ。吸血鬼、ヴァンパイアは空を飛んで獲物を捕らえるから」
「サキュバスにはないのか?」
商店の方にいないなら住宅地の方に、いや、道具を受け取りに工場の方へ行った可能性が高いか。
方向を左から右に。進路を変えて一つ屋根を飛んですぐ、覚えのある気配が伝わってきた。ミリアの気配と一緒に、他の三人の気配もある。
幼い頃からの”躾”によって俺は一度顔を合わせたことのある相手を忘れようとしない限り思い出せなくなることがない。それは、顔や声だけではなく、気配も含めてだ。
間違いなく、彼女らのものだ。
場所が特定できた時点で、俺はただ屋根を飛ぶことから、影身を混ぜながら高速で飛ぶことに変えた。
遠く離れた場所でもダンッ! と屋根が耐えられるギリギリの力で四つ五つと飛び越せばすぐにたどり着ける。
「サキュバスとしては飛行する必要もないから、羽は飾りよ。ヴァンパイアは空から闇に紛れて獲物を襲う……」
ダタンッ!!
「こんな風にね」
俺が着地した場所は廃墟の倉庫、数人の男に囲まれているミリア達の中心だった。
「カ、カキス!? あなたどこから……!?」
「話は後だ。先にこの場を切り抜ける」
三人と八人の視線が一斉に俺に集中する。
が、それも一瞬で男たちは注意を逸らした三人に襲い掛かる。
俺は体を一回転させ、背中の黒ゆりを左側の生徒に向けて飛ばし、俺は斜め右後ろの生徒の前の二人をまとめて蹴り飛ばす。
ミリアは、
「っ!? やぁ!」
先に相手の攻撃を避けてから、空ぶった隙に雷をぶつけて飛ばしていた。
(……雷属性か? それで良く生徒会長の話を受けたな)
ミリアが放出した魔力は雷属性で、そのことが意外だった。
生徒会長は、実力で選ばれたりもすれば、ミリアの様に雑に決まることがある。しかし、それは候補の段階であり、最終的な決定は学園側の教師が権限を持っている。
今回の様に、学園の外からの依頼をこなせる実力を持っていなければいけないという理由だけではない。自分たちの生徒をある程度抑えられる力を持つ必要があるからだ。
それが理由の一つなら、ミリアの属性は一見して有利に見える。実際、水属性と相性の良い雷属性であることは強みにはなる。その代わり、いらんしがらみを受け入れるはめになる。
向上精神の強い人間が多い上級生は、相性の悪い属性に対抗する術を研究している。それには弱い相手ではなく強い相手を求めるのだが、わざわざ第四学まで行くのは遠いし、かといって自分たちのところではそんな相手を見つけられるはずもない。
そんな連中が生徒会長の肩書きを持つミリアの元に集まらないはずがない。
今回の依頼で、生徒会室は上級生が殺到するだろう。
「ま、俺には関係のないことか……」
それもミリアが決めたことだし、自業自得といえなくもないからな。
俺の小さな呟きは傍にいた男子生徒には聞こえていなかったらしく、無言で首を捻っている。
「逃げるぞ」
大きな声で発したわけではないが、俺と黒ゆりを最後尾にして全員が出口に向かう。
「お、追え!」
男たちはワンテンポ遅れて追い出すが、先ほど落下しながら壊しておいた支柱にナイフを投げる。
シュッ! カツン! ギギギギ……!
「と、止まれっ!?」
倒れこむ支柱に気付いた一人が泡を食ったように叫ぶ。その声に他の男たちは慌てて減速する。
ガシャンッ!
残念なことに、誰一人として、倒れる支柱に巻き込まれることはなかったようだ。せっかく罠をしかけたのに、時間稼ぎ程度にしかならなかったのは悔しい。腕が落ちているのかもしれない。
「ほらほら、せっかくできた時間が無駄になるわよ」
黒ゆりの一声で突然の轟音に足を止めていた三人が状況を思い出し逃走を再開する。
俺もその後を追うのだが……、
「……重い。走りづらい」
「女性に対してその単語は禁句よ?」
何故か背中には黒ゆりが。
「自分で走れっての」
痛いから。ミリアからの視線が超痛いから。自分で走ってくれませんかねぇ……。
「見せつけてやらないとね。私たちの関係を」
「良し分かった性格に理解してもらうためにおんぶから担ぎ上げに変えてやろう」
「え? 突き上げ?」
「どういう耳をしてんだお前は!?」
「冗談よ。でも私の格好も少しは考えてくれないかしら? それともそういうプ・レ・イ?」
「プ・レ・イ? じゃねぇよバカ。お前の頭の中身は桃色一色か?」
黒ゆりと俺は余裕そうに喋りながら走っているが、他の三人にはそこまでではないらしく、何か言いたそうにしながら走り続けている。
特にミリアからの視線が強い。その眼には覚えがある。女性を次から次へと魅了していくコルトを見るディングの目だ、あれは。
(絶対誤解されてるだろこれ……)
おそらくミリアの中では、ゆりを弄びながら他の女と遊ぶ最低の奴と思っているのだろうが、真実は限りなく同一人物に近い二人がじゃれついてきているだけだ。しかも、今にも首に噛みついてきそうなこいつは、逆に俺で遊ぼうとしている。
ミリアの勘違いもいいところだ。
(後ではっきりと言っとかないとな……)
俺とゆり、それに黒ゆりとはそんな関係ではないと。
しばらく逃走を続けると、先程上空から見下ろした商店街の通りまで距離を稼げた。ここまで逃げてくれば追っても諦めてくれるだろう。
結局ここまで下りてくれなかった黒ゆりを背負っていたのに息一つ乱していない俺と違い、他の三人は、壁に背中をあずけて呼吸を整えるものや、膝に手をついて汗をぬぐうもの、服の胸元をゆるめて風を取り入れるものなど様々である。
「お前ら、身体強化ぐらいできないのか?」
「簡単そうに言ってくれるわね……。これでも本気で身体強化をしたつもりよ」
息の整ったミリアが三人を代表して反応する。
「あなたはどうしてか、かなり強い強化ができているようだけど、私たちの身体強化レベルだこんなものよ」
身体強化は本来、近接戦闘を苦手とする魔法使いのためにある。肉体を鍛えるより、魔法の腕を磨くことを優先し続けるために編み出されたといってもいい。
その身体強化がうまくできないのは、まだ見習いレベルか――
「基本だからっておろそかにしているか」
ビクッと体を震わせているので、どうやら図星のようだ。
最近は強い魔法を放てるのが、すごい魔法使いみたいな風潮が広まっている。原因は昔に比べ戦争が激減しているのがある。今の生徒には戦いを意識して魔法を学んでおらず、一種のステータスとしか見ていない。
「ま、俺の場合は無属性だから、身体強化にしか時間を使うこともなかったからな」
だが、別にそれが間違いだとは思わない。戦争がなくなるのは良いことだし、魔法が一種の芸程度の認識に変われば、よりいっそう平和に近づく。
俺みたいな人種は少ないに越したことはない。
「積もる話は船の上で話そう」
無属性、という単語に気まずそうに視線を背ける三人に、俺は普段通りの声音で告げた。
○ ○ ○
「ふぅ……」
「お疲れ様、カキス君」
ゆったり動き始めた船の一室で、俺は万感をこめた息を吐く。
優しくねぎらってくれたのは、真っ白なワンピースに身を包んだ黒髪幼……少女、ゆりだ。
「結局皆が遅れた理由はなんだったの?」
「……よくわからん連中に囲まれていた」
俺はベッドに身を任せて眼を閉じる。少し前の記憶を、強く意識する。それだけで俺の脳内で鮮明にその時の映像が蘇る。
その映像を改めて振り返り細かい点に注目すると、犯人たちの拙さが見えてきた。
「もし、俺たちがミストレスを足止めするために派遣される人員だと知っていて、ミストレスが送ってきたなら、あいつらを狙うのはおかしい」
「どうして? 別に誰でもいいんじゃないの?」
ゆりは可愛らしく首をかしげて疑問を投げかけてくる。俺はその問いに、明確な答えを返す。
「狙うなら、実力のわかっている俺かコルトを狙うべきだ。どの程度の者を送ればいいのかわかるし、特徴もはっきりしている。それなのに何故俺やコルトじゃなくて他の三人を選んだ? その理由は?」
「言われてみれば……そうかも。でも、カキス君やコルト君に勝てる相手を探すのが大変だったとか?」
「いや、それも考えたんだが……」
俺はかぶりを振ってゆりの言葉を否定する。
「さすがに誰か捕まえてくるだろう。ミストレスの背後に例の家があるんだから。まぁ、見つけたとしても金がないのであればそいつらを使えない」
裏稼業の人間は高くつく。ミストレスがその道の人間であろうと関係なく要求するものは要求される。しかも、連中は現金を求めることが多い。あいつが移動した先に大量の現金がなければ……、
「あっ! だから安く済む人を呼んで、強いかわかんない会長さんを狙わせた!」
「と、思うのが普通なんだろうが……」
「あれ?」
珍しく大きな声まで出したゆりだったが、続く俺の言葉に肩を落とす。
「そもそも資金不足があり得ないんだ。あいつらはいくらでも金を生み出せるし、奪える。ランクの高い暗殺者を買うのは難しくない」
「そっか……なら、別の誰かが?」
別の誰か。そう言われても今は該当する人物が浮かんでこない。
「……わっからん! もしかしたら、今回は現場に丸投げしたのかもな」
「……本当、わっかんないね」
諦めて寝ることにした俺に、ゆりは苦笑しながらそう呟いた。
○ ○ ○
「やぁやぁ、ミリア生徒会長さん。ご機嫌はいかがかな?」
船の甲板で、波打つ海面を見ていたミリアに、コルトは明るく話しかける。
「……あんまりよくないわ。私、船酔いする人間だから……」
「それはそれは……。親指と人差し指の間の付け根らへんに、酔い覚ましのツボがあるから押してみるといいよ」
「へぇ……」
ミリアはさっそく教えてもらったばかりのツボを指圧する。
鋭い痛みの後、すっと意識が済んだ。生まれて初めてまともにツボを活用して、人体の不思議を感じる。
「ミリア会長」
「会長はいらないわ。あんまり自覚ないし」
ミリアには、生徒会長の自信がない。ミリアが抱く会長像は、隔絶した力で皆を引き連れるカリスマ的存在であって、自分のような『お姉さん』しか経験したことのない人間には勤まらないと思っている。
もちろん、それはミリアの勝手な想像であり、誰だって生まれた時から生徒会長をしたことのある人物などいない。二回目ならともかく、一度目で経験のないことを理由に勤まらないことなどない。
コルトはそのことを指摘せず、呼び方を改めるだけにした。
「それならミリアさん。あんたに聞きたいことがあります」
「……何?」
急に改まった態度をとるコルトに、ミリアは不審そうに顔を向ける。
今まで名前も聞いたことのない相手に、何を聴きだそうというのか。色んな質問を脳内に展開させるミリアに、コルトは質問を口にする。
「カキスとあなたはどんな関係ですか?」
その内容は、ツボを押すよりもはっきりと頭が澄み渡るものだった。
「……皆、あいつのことばっかりね」
ギリッ!
「私とあいつは五年前に知り合って、一年だけ同じ施設で暮らしていた。それだけよ」
吐き捨てるように言葉を紡ぐミリアからは、それだけとは思えない程くらい感情が籠っていた。
「……それだけの私に何を望むの?」
ミリアは無意識に爪が肌に食い込むほどこぶしを握り締めていた。コルトはそれを視界に収めながら、なおも一歩も退かない。
「君がそうしてまでカキスを嫌っている理由、教えてもらえないかな? 彼がこの六年間、何をやっていたのか知りたいんだ」
コルトはいつもの爽やかな笑顔を浮かべているせいで、ミリアには質問の真意が読み取れない。それがミリアの心に暗雲を作り出させる。
ミリアは、同級生とは思えないプレッシャーを与えてくる少年に、寒気を感じながら開く。
「悪いけど、嫌よ。彼の話だけじゃなくて、私の話もすることになるから」
震える声と比べ、ミリアの拒絶にぶれはない。
ミリアは教会で育ったことを誇りに思っている。しかし、その過去は苦労の積み重ねで、ただ美化された思い出ではないのだ。語りたがらないのも無理はない。
「……気分が悪いんだから、嫌な話をさせないで」
「わかった。諦めることにするよ。それじゃあまた後で」
船酔いか、それ以外の理由か。ミリアは頭痛を感じ始める。演技ではなく本当に苦しそうなミリアの様子を見て、これ以上情報を集めるのは無理だと悟ったコルトは話を切り上げる。
「……はぁ」
「そうそう」
「まだ何かあるの……?」
終わったと思ったら終わっていなかった。
「どれだけの人に問われたのか知らないけれど……誰かに聞いたことはあるかい?」
「何を?」
「どうして、僕たちがカキスのことを知りたがるのか」
「ないけど……」
コルトの表情に変化はない。いつも通り、女性を強く引き寄せる爽やかな笑顔を浮かべ続けている。
「僕は彼がしようとしていること、考えていることを知りたいんだ。彼ほど強い人間が六年も準備してやることを」
コルトは強く興味をひかれていた。コルトにとって剣術の師匠に等しいカキスが、六年の時間を費やしてまで戦おうとする相手が、どの程度の強さを持っているのか。
大方予想はついているが、もしかしたらほかの目的があるのかもしれない。だから、コルトは知りたがっている。
その理由は、ミリアには素直に受け入れられるものではなかった。
「何それ? カキスのことが知りたいからじゃなくて、カキスを通してその先を見たいのね」
「うん。だから僕はカキスと友達で、ビジネスパートナーなんだ」
楽しそう話すコルトが、ミリアにはまぶしく見えた。友達でありビジネスパートナーという相反するはずの関係性が自分たちだと言うコルトが、何故か生き生きしているように見えた。
ミリアには友人がいない。それは、学園にも育った教会でもそうだった。妹たちはたくさんいても、同年代の友はいなかった。
それに比べて、カキスにはこんな友がいる。聞いた限りでは冷たい関係性に聞こえるが、コルトの語り口からは普通ではないからこそ強い友情を感じる。ことができる。
それがたまらなく悔しかった。カキスを憎む自分が子供に見えてくる。駄々をこねて親を困らせる幼稚な人間に見えてくる。そんなはずもないのに、遊んでもらえなくて拗ねている妹のように思えてしまう。
(違う! あいつが悪いことには代わりない! 憎いことには代わりない……っ!)
ミリアは下唇を強く噛んでばかげた考えを散らす。ミリアの脳裏には病床に伏すシスターの笑顔がちらつく。
その笑顔の意味を忘れたままに……。
○ ○ ○
ようやく、ようやくこの時が来た……!
拠点とする空家の中で、俺は待ち望んでいた瞬間が訪れた喜びに体を震わせていた。
何故なら……。
「ディングがいないからゆりをいじり放題だぜ!」
「何言ってるんだよぅ!?」
もちろん嘘である。そんなこと九割程度しか望んでいない。
「ふざけないで。こどもの遠足とは違うのよ」
ミリアは白けた目で俺を見てくる。ゆりにあんな視線を送るとちょっと嬉しそうな(俺基準)眼で見つめ返してくるが、俺にはまったく響いてこない。
「肩肘張ったところで意味なんかないさ。どうせ俺らにできるのは足止めまでなんだから」
五年前と変わらない調子で注意をするミリアに対して、俺は肩をすくめて返す。俺が急すぎる宣言をしたのは、そんなミリアに向けてのものだった。
「あんまり気を張り続けても体が休まらない。俺はともかく、生徒会長は余計な体力を消費したくはないだろう?」
最初に全員を集めた時は船酔いする人間がいないか聞いておきながら、自分が酔っていたミリアは、今日も船から降りる時に蒼い顔をしていた。しかも、追い打ちとして、ここまで馬車を使っている。今のミリアは相当体力と気力を削られているはずだ。
「僕も彼の意見に一票だね。夕暮れだから、次の朝までお休みとは言えないけど、今日はもう外に出るのは止めよう」
コルトも俺の案を支持する。俺とコルトは眼を合わせお互いに口の端をつりあげる。どうやらコルトも俺と同じことを考えているようだ。
ゆりは目ざとくそのやり取りをとらえて苦笑している。
(ゆりにもバレだっぽいが……まぁ大丈夫だろう)
肝心の人物が気づいていないのだから。
「ところで、昼はどうしてあんなことになったんだ?」
本来は船の上で聞こうと思っていたことを、話題替えに使う。
「露骨に話を変えて……。私と他の二人は方向が一緒だったから、三人で行動していたわ」
「最初からあんな奥まった場所にいたわけじゃないんだろう?」
「もちろんそうよ。人目の多い商店街を通っていたわ。でも逆にそれが仇となったの」
「……物盗り、か?」
「ええ」
普通、人目の多いところが安全だと思われがちだが、一概にそうとも言い切れない。人が多いせいで身動きがとりづらく、自分の変化に気づくのが遅れやすくなる。
昼の商店街では人が密集しすぎでそれが顕著に現れたのだろう。
「犯人はぶつかってきた人で、姿もわかりやすかったから追ったはいいものの……」
「誘導されていたと。少し迂闊だったね」
「……自分でもそう思うわ」
ミリアはコルトの指摘を受け、自らの行動に後悔をにじませる。
だが、コルトの指摘は俺に対して言っている。
「ミリアさんじゃくて、こっちの話だよ」
「ミストレスと直接戦った俺たちに攻撃が集中するものだと……あっ」
「あっ」
しまった。
「今、戦ったって聞こえたのは気のせいかしら……?」
ミリアは微笑みを浮かべながら聞き返してくる。ただし、額に青筋を立てながら。
「空耳だろ。今日の夜は何食べようか」
「疲れてるんじゃないんかな? 今日の夜は何にしよう」
「少しは誤魔化す努力をしなさいよぉーー!!」
うっかり口を滑らして、怒られると思ったから言わないようにしていたことを口にしてしまった。
「何時!?」
「オリエンテーションの日」
「どこで!?」
「彼が隠れていた屋敷で」
「なにを!?」
「なんでそんな大事なことを言わないのよっ!!」
「お前は俺の母親か何かか」
何だ、この予定を黙っていて怒られているかのような状況は。黙っていたのは一緒だが、怒り方としてもう少し何かなかったのだろうか。
「ケガは!? あなたは無属性なんだから一歩間違えればしんじゃうのよ!?」
もう一回言ってもいいかな? お前は俺の母親かって。
「それぐらい自覚している。わかったから。お前が怒っているのはわかったから落ち着け」
ガミガミと俺だけを怒らないでほしい。話が進まない。
助けを求めてミリアの後ろにいるご主人様と言えなくもない小柄な少女に視線を送る。
「さすが生徒会長さんだよ……!」
ウンウンと感銘を受けていた。
完全に同調してこっちを助けるどころか敵に回ってやがる。
(あいつ、後で絶対に『お仕置』してやる……!)
もういい。あんな万年発情期ロリを味方だと思った俺がバカだった。あんな幼女とも少女ともはっきりしない奴をたよろうとするなんて気でも狂っていたんじゃないか俺は。
「こっちを見なさいっ!」
「どこを見ろと?」
上半身から下半身に眼を動かす。胸はあるが、別にどうだっていい。
「顔に決まってんでしょ!?」
どうやら自分の顔がミリアの女性としてのセールスポイントらしい。
「アンタ今余計なこと考えてるでしょ……?」
「ナンオコトヤラ?」
さっと顔を背ける。ピキっとミリアから何かのメーターが限界突破を図る音がした。
「はははっ! 君たちは本当に仲が良いね……!」
隣でその様子を見て、コルトが笑声を上げる。心底楽しそうに笑うコルトは、ゆりに同意を求めて向けば、ゆりは悲しそうな表情で頷いて返した。
(ゆり……?)
「すっごい不服なんだけど……水谷さんも彼女なら頷く場面じゃないでしょう」
「か、彼女!?」
俺の幼馴染は彼女扱いされてボッと燃える。
「勘違いされてるみたいだから言っとくが、ゆりは彼女じゃないからな」
ゆりは照れて使い物にならにので、代わりに俺が誤解を解く。見るからにゆりがしょんぼりしているが、知ったことではない。
「彼女じゃないなら、どんな関係なの?」
だが、ミリアは俺の言葉を疑っているようだ。
「ちょっと面倒な関係だな。色々複雑なんだ」
「説明が、でしょ? 一言ぬかすと途端に不純な関係に聞こえるよ……」
「え、え、ホントに?」
本人が違うと言っとろうに、ミリアは真偽を求めてコルトを見る。
「普段からイチャコラしてるけど、違うみたいだよ」
「待て。俺は別にイチャついてない。ゆりが勝手に発情して迫ってくるだけだ」
俺はそんな欲望のケダモノから貞操を守っているだけだというのに。
「さらっと嘘言わないでよぅ!? 私が何時発情してるって言いたいんだよぅ!?」
「……必至だな、お前」
「今なんで引かれたのかな私!?」
ガクガクと俺の腕を揺らすゆりに冷めた目を向ける。
「あぁもうはいはい」
パンパン。
ミリアは乱雑してきた場を整える。手を叩いて全員の意識を集める。この辺の手際の良さは昔から衰えていないようだ。
「今日は外にです、自由行動にするから各自自室に荷物を運んでね。あ、今日の夜は……」
「夕食なら俺が作ろう。この地域の食材の取り扱いは特殊だし」
ミストレスが逃げたここは「ウルビリア」地方と呼ばれている。大きな街が三つあり、森の近くに村がいくつも点在しているのだが、ウルビリア地方は作物がうまく育たない。
原因は地形が魔力枯渇していることにある。
作物が育つには養分と水分と日光、だけではなく、魔力も僅かながら必要なのだ。その魔力を受け取るのが地面、つまり土地からなのだ。人の魔力を吸わせても、毒素を発生させるだけでまともに食べられる食材にならない。
一応、魔力を吸わなくても育つことは育つが、やせ細り味も栄養も大してないものが出来上がってしまう。だから、多少毒があっても魔力を吸収させた野菜を市場に並べている。
郷土料理は他ではない手順を加えているため、経験者の俺が手を挙げた。
「……食べられるものを出すんでしょうね?」
「当たり前だ。五年前みたいに指をなめさせるとかないから安心しろ」
「なっ……!? に、二度とやらないわよあんなこと!!」
赤髪のクラスメイトみたいに、俺の言うこと全部に難色を示すミリアへ、反撃を試みる。反撃は成功したようで、ミリアは首まで赤くなる。
「解散していいわ! だから部屋に帰ってなさい!」
「へいへい」
これ以上古傷に塩を入れられたくないのか、指示を出してさっさと部屋に逃げて行ってしまう。
あまりに好き放題言われるのもあれなので言い返したことに後悔していない。後悔していないが……、
「私に普段含ませている指は何に使われていたのか……説明してもらうわよ?」
ガシィ!
……黒ゆりがいるとこで昔話は止めておいた方が良かったかもしれない。
今年最後の更新。でも、これを投稿したのは11日です。
四話はきっと来年の二月ぐらいになることでしょう。
いつもの更新ペース的には31日に更新するつもりでしたが、大晦日は忙しいと思ってその二日前にしました。……どっちにしろ年末だから皆さん忙しいか。
それではまた来年。
今年一年ありがとうございました。