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表裏の鍛治師  作者: かきす
第三章 「狂乱を受け継ぎし者編」
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第二話 「望むべくは」


「それでは生徒会長、挨拶を」


「はい。皆さんこんにちは。大多数の方が私のことを知らないことでしょう。それもそのはずで、私が孤児院で出身だからです。高貴な生まれでも、高度な教育を受けたわけでもありません。人並みの才能しかない私が、果たしてこの場に立って常に言葉を発し続けられるのか。先のことは分かりませんが、精いっぱい努力しようと思います。以上、今年度生徒会長”ミリア・トーン”でした」


 ○ ○ ○


「……以上が報告書です」


「そう、ありがとう……えぇと」


「ブラウンです。それでは僕はこれで」


「ご、ごめんなさい。それじゃあまた明日」


 バタン。


 扉が閉まり、生徒会長室は静寂の空気がつつむ。


「ふぅ……」


 ギィというイスの軋みが背中に伝わる。吐いた息も、すぐに痕跡残さず消える。


「生徒会長、かぁ……そんなつもりじゃなかったのに」


 今年で十九になる私は、予想だにしなかった役職についてしまった。孤児院、ではなく教会が取り壊されてから二年。必死になって勉強をして、お金を稼いでようやく入学した学校。

 振り返る余裕もなく過ぎて行った一年間が終わった瞬間にこれだ。


「どうしてこうなっちゃったのかな……」


 元々は、妹と一緒に働ける仕事に就くためだった。同じ教会で育ったある子の里親さんの職場で、魔道具ショップが私と妹の就職先。

 その里親さんは遠い島国の人らしいが、妙に資金を持っていた。なんでも、本国一の組織に所属していて、そこから大量の活動費が支給されていると言っていた。活動言うのも孤児の救済、という非常に胡散臭そうな内容で、ちょっとだけ心配もある。

 でも事実、その活動で、私や妹、養子となった子は助かっている。養子を引き取って、新しくお店を作って仕事を生み出す。しかも、お店の方は利益を出さなくてもいいという大盤振る舞い。

 金持ちが始めた道楽商売にする。当の本人がそう納得していても私たち姉妹が、主に私が許さない。

 少しでも商品として売れるものを作るために、この学園に入学した。

 入学自体はそこまで難しくない本校だが、その分卒業することが簡単ではない。だから、ここで知識と同時に実績を手にする。

 生徒会長なんて面倒くさいこと、するつもりはなかった。


「……愚痴ってても仕方ないか」


 私は気力を振り絞るために手帳から一枚の写真を取り出す。

 その写真には三人の子供と大人が一人写っている。三人の子供のうち、二人は私と妹のミリカ、もう一人は子供とは思えない思慮深い少年。大人は私たち孤児の面倒を見てくれたシスター。

 男の子を中心に、左右にミリカと私、その後ろにシスターが立っている。ミリカはいつもの眠そうな表情で、私は少し緊張で顔がこわばっている。二人に共通しているのはほんのり頬が朱色に染まっていること。シスターは少年の肩に手を乗せ逃がさないようにしている。

 そして、中央の少年。


「何度見ても、つまらない顔をしているわね」


 少年の顔は憮然としていた。隣り合う異性に照れるでもなく、後ろに立つ母親のようなシスターに恥ずかしそうにするでもなく、ただひたすらに、底冷えする瞳で無表情にカメラを見据えていた。

 少年らしさは、一欠けらも感じられない。


「どうして……こんな顔しかできないのかしら」


 そう呟く私は、その呟きの答えを知っている。完璧に、とは言わないけど、断片的になら、知っている。

 自分のことを一切話そうとしなかった彼が、おそらく言うつもりなんてなかったであろう過去話。大人の暗い感情に振り回された、一人の子供の成長話は、感動的なものじゃなかった。

 それを思い出すと、今指先でなぞっている少年が、たまらなく愛しく感じる。

 この子は、私と同じ育ち方をして、一人気丈にふるまっているのだと。冷たく凍らせた暖かい優しさがあることを。


「……今、どうしているのかな?」


 あの子との年齢差は三つ。一年間教会に滞在していたが、年は十一と言っていた。あれから五年。


「私も十九歳かぁ……」


 時の流れは本当に早い。いつまでも同じ時間には居させてくれない。

 私は一度、目を閉じて天井を仰ぐ、気力を入れなおすつもりが、逆に落ち込ませてしまった。


(さっさと終わらせよう……今日はお祝いがあるし)


 まったく嬉しくないけど、生徒会長就任祝いだそうだ。祝ってもらえること自体は嬉しくても、その内容が非常に空しい。

 最後にもう一度写真を見て書類の山を崩しにかかろう。

 私は目つきの悪い少年に微笑みかける。そこにどんな思いを込めているのか私しか知らない。


「随分と、懐かしい写真を持っているんだな」


「ふにゃあうぁっ!?」


 突然の声に、私はイスから飛び上がった。

 耳に、耳にゾクって来た!?


「だ、誰……!? ですか、あなたは?」


 反射的に後ろを振り返った一瞬、私は言葉に詰まった。

 四階であるこの部屋の窓枠に座っていること。抑えつけ隠している底なしの魔力が伝わってきたこと。

 色々な情報を一度に詰め込まれたことによる思考の停止。その中でもとりわけ、私を動揺させるものがあった。

 侵入者は銀髪の段sに。視線を、瞳と瞳を突き合わせた時、


 ゾクッ。


 その冷たさに、体が震えた。


「…………」


 私の問いに、少年は答えない。嘘くさい微笑みを浮かべている。


(……違う)


 私は否定した。


(ただ、少し似ているだけ……)


 でも、その否定に力はない。


(髪の色だって、あいつは黒だった)


 それよりも別の疑惑が大きくなる。


(違う……違う? だってあいつは、こんな風になんか笑わない……)


 ぐるぐると回る思考を繰り返す。

 その間に、少年は私の目の前に立つ。


「……急に話しかけられるのに弱いトコ、変わってないな」


「う、そ……」


 口を開いたかと思えば、急激に魔力量が減り始めた。その変化につれられるように、髪の色が染まり始める。

 いや、”色が戻る”。


「あなたは――」


 私の手から、写真が離れる。写真は風にあおられ机の上へ。

 少年の魔力の減少が止まり、一色に染まりきる。


「カキスなの……?」


 写真の少年と、同じ紙に変化していた。


「久しぶりだな、ミリア」


 ○ ○ ○


 昼過ぎ、というより夕方前と言った方が正確な時間帯。この時間帯はいつもならゆりと一緒にピースには帰っていなかった。

 現在、諸用で生徒会室にいる。


「説明、してくれんでしょうね?」


 そして、諸用の中でも一番の重要事項が、窓際にもたれかかっているこちらを睨みあげてくる。


「あぁ、ノックしても反応がなかったから、確実に気付く方法で話しかけたんだ」


「そっ! ……れじゃありません。もっと前の話です」


(…………?)


 必死に自分を抑え、冷静に振る舞おうとしているミリアに、俺は違和感を覚える。

 まるで距離をとろうとしているかのように。


(ふむ……)


 ミリアの態度の理由はアレしかないだろうが、それならそれで”計画に入りやすい”。


「分かった。感動の再開は望んでいないようで」


「……別にそんなわけじゃありませんが、私だって混乱しているから無理です」


 肩をすくめて返すと、ミリアはいくらか視線を和らげた。


「非正規役員の一人として、今日はあいさつをしに来た。ちょうど見知った顔だったから特に早めに来たんだ」


 できる限り他人行儀になるように言葉を選ぶ。表情は少し柔らかめに、しかし目は笑わせず、硬い声で告げる。

 途端に、ミリアは目を合わせてきた。


「あなたが非正規役員? ……先生に一任したけど、先生はあなたの正体を知っているの?」


 ミリアの瞳は真意を探るように俺の全身を駆け巡る。手先も足先も毛先も。余すことなく碧玉に吸い込まれていく。

 その間に、俺は隠し持っている道具にスイッチを入れる。道具は前に黒ゆりの器を作った科学者、ゼイドアが試験的に作ったもので、相手が能力者か否かを見極められる、らしい。


(若干嫌な予感が……)


 こういった研究品というのは九割八分の確率で、いらん誤作動を起こす。そして、最終的な被害者は使った本人になると相場が決まっている。


(まぁ、一度受けてしまったものはしょうがないか)


 考えるのが面倒になった俺は、ミリアに意識を戻す。


「学園の教師がおれの正体を知っていようがいまいが関係ないさ。非正規役員は言ってみれば雑用係。生徒会の人間が出るまでもない案件を処理するための猫の手だ。ある程度実力があれば誰だっていい」


「誰でもはよくないわ。一般常識がない獣の手は借りれない」


 淡々と理由を説明する俺に、ミリアは徐々に苛立ち始める。何故そんなことがわかるかというと、ミリアの癖の一つで、苛立っている時は親指と中指を何度もこすり合わせるのだ。

 指を鳴らす振りに見え、最初は練習しているのかと思い、アドバイスをしたこともある。

 本人はそのことを知らずにやってしまっている。わかりやすい少女、いや女性である。


「猫に常識を求められてもな。第一、お前が先生に丸投げしたのが原因なんだろう?」


「違います。私はちゃんと先生に条件を提示しました。だからあなたが悪いんです……!」


「責任の所在が亜空間すぎるだろ。なんで俺のせいになったんだよ……」


「日ごろの行いのせいよ! だから先生があんたを選んだのよ!」


「普通日ごろの行いが悪かったなら選ばれねぇだろ」


「どうせ先生をだましているんでしょ!?」


「してないから。する意味ないから」


「大体なんなのよ!? まさか今の状況で急に再開するなんて……! 生徒会長になって少しはお姉さんぽい所を見せようと頑張ったのに、冷たくあしらうみたいに……!」


「お姉さん、ぽく……ねぇ?」


 そういえば昔、ミリアは妙に俺に対して年上ぶろうとしていた。当時の年齢を考えれば、世話を焼きたがるのもわからないでもない。だが、今俺の年齢は十六。対するミリアは十九。

 とても世話をやきたがる年齢ではない。

 というか、記憶にあるのは逆に世話をしていた気が……。


「まぁ、どうありたいかは個人の自由だ。が、昔と大して変わってないぞ。特に、さっきまで耐えてた言葉づかいとか」


「うっ!? ……コホン!」


「いまさら取り繕ったところで遅いけどな」


 散々わめいた後に冷静さを装っても手遅れである。そのことを指摘すると、顔を真っ赤にしてすごい形相で睨んでくる。


「何か言いたいようで?」


 非常に物騒な視線を向けられる。ので、正直に思ったことを口にさせてもらうことにした。


「お前目つき悪くなったな」


「誰のせいよぉぉーー!!」


「さすがに顔を整形するのは専門外だ」


「ムカつく! その無駄な『どうよ?』って感じの表情ムカつく!」


 バンッ! と力強く机をたたくミリア。怒りで赤くなった頬は今にも湯気が出そうだ。


「生徒会長はさすがだな。ヘソの上じゃなくて頬の横で茶が沸かせそうだな」


「『しかもダブルで』とかいうんでしょう!?」


「いや、へその上も含めてトリプルだ。まだ甘いぞ、ミリア」


「あ~も~! ムカつく~!!」


 随分とストレスが溜まっているようで、机を強打する動作によどみがない。確か前も、似たような会話をしていた時も同じ展開になっていた。

 違う点をあげるとすれば、年をとったせいであまり子供っぽくみえないところだろうか。子供ならまだ微笑ましさを感じるが、割と座高の高い今では本気で怒っているように見える。

 いや、まぁ……現在進行形で本気で怒っているんだけど。


(それにしても……)


 改めて成長したミリアの姿を見て気付くことがある。


「何よ?」


「いや……美人になったと思っただけだよ」


「はっ? え?」


 もはや言葉を取り繕うともしなくなったミリアの口から、呆けた声が漏れる。怒りで紅潮していた頬も、すっと戻った。


「子供の時は可愛いだったけど、やっぱり年を重ねると変わるもんだな」


 そう付け加えて頭を撫でる。

 ゆりのそれとは質も量も違う。サラサラで極上の手触りであることは変わりないが表面を撫でつけるぐらいしかできないのも、違いの一つだろう。

 色から受ける印象かもしれないが、ミリアの髪はどちらかといえば硬い気がする。

 ゆりよりもサラサラなのは水分が少ないからかもしれない。ゆりはしっとり艶やか。ミリアはサラサラ輝く感じだ。


「ちょっと……止めてよ。私の方が年上なのに、こんなところを見られたどうするのよ……」


 口では文句を言いながら、手を払いのけることはない。


「別に大丈夫だろ。お互いまだ若いから多少の誤魔化しがきく」


 自分で言いながら思ったのは、なんだか若作りをして久しぶりに学校にやってきたみたいだ。実際には、先輩の頭を優しく撫でつける後輩という構図だが。


「そういう問題じゃない、から……」


 ただ頭を撫でているだけで、ミリアの体から力が抜けていく。


(まるで猫だな)


 そっぽ向いていたかと思えば、尻尾を揺らしてやってくる。気まぐれな猫そのものだ。

 懐いてくれのは嬉しいが、ペットじゃない。必要以上に距離を縮めるつもりはない。


「ミリア」


「……何よ?」


 心地よい時間を邪魔され、不機嫌そうな鳴き声を出す。


「一つ聞き忘れていた」


 俺はその猫の尻尾を、


「シスターはどうなった?」


 踏むことにした。


 ○ ○ ○


 五年前、屋敷を出て少し経った頃のこと。旅をするのにも慣れ始めたとき、俺はある街についた。その街では、貧困街と貴族外の二つにわかれており、色々と動きやすい貧困街を拠点に選んだ。

 最初は普通の宿に泊まろうとしたが、当時十一歳ということもあり、受け入れられなかった。仕方ないので空き家を探し、たどりついたのが一つの教会だった。

 見るからに人の気配がないこと、この街では宗教の話を耳にしなかったこと、程よく街から離れていること。俺は一応先人がいないことを確認するべく、戸を叩いた。


 どちら様で、あら? 小さなお客様は初めてですね。


 子供の体には大きすぎる扉を開くと、澄んだ声の先人が、そこにいた。


 ……初めまして。


 はい、初めまして。


 軽く挨拶をすると、修道服に身を包んだ柔和そうな女性も返してくる。

 どうやら、無人などではなかったようだ。アテが外れた俺は、早々に立ち去ることを選んだ。ローブのフードで顔を隠しているので、放って別の場所目指して扉に手をかけた。


 バタバタ……!


 すると、シスターの向こう側から誰か、足の短そうな足音が聞こえた。俺は一歩扉から離れてそれに備えていた。ごっつんこをする気などさらさらなかった。


 シスター! さっき怪しい……子供?


 お前も子供だろう、という言葉を飲み込み、フードを深くかぶる。突然入ってきた女子は俺より身長が高く、浅くなっていたフードの前から顔を見られる恐れがあったからだ。


 怪しい奴だ。さっさと出たいんで、どいてくれ。


 慣れない現地語で答えると、その脇を俺は抜けようとした。


 ちょっと待ちなさい。


 襟首を掴まれた。


 怪しい奴だって自分で語る子供が、うちの教会に何のようかしら?


 別に、特に用があったんじゃない。


 強引に手を払って逃げ出す。逃げ出すといっても、走り出したわけではなく、速足で扉の向こうに歩いて行っただけだ。

 しかし俺は立ち止った。扉の前で。とても小さな気配があったからだ。押すのではなく引いて扉を開けると、後ろの少女より更に小さい幼女がぬぼっと立っていた。

 眠そうなその瞳に見つめられ、どんな言葉をかけていいかわからず、立ち尽くしてしまった。幼女の方も、具体的に何をすればいいかわかっていないらしい。


 ……おにぃ?


 ……違う。


 出した結論は兄呼ばわりだった。


 じゃあにぃに?


 呼び方の問題じゃない。

 どうしても兄の立ち位置から外してくれない。服装からしてさっきの少女と関係者に違いないと判断。少女から見えていないだろうが、救いの目を向ける。


 ミリカ、こいつは怪しい人よ。怪しい人を視界に入れちゃダメでしょう?


 ? おにぃは怪しい人じゃないよ? だって前に怪我の手当てをしてもらったもん。


 言われて、記憶の片隅にあるモノが刺激される。

 数日前、町から離れた場所で一人の幼子の怪我を手当てした覚えがある。その時の子が、この子なのだろう。


 まぁ、それはどうもご丁寧に。


 いや……。


 別に気にしないでいい。そう告げようとしたが、その前に発せられたシスターの言葉で言えなかった。


 俺にしばらくここで生活されませんか?


 はっ?


 思わず間抜けた声が漏れた。

 一見して二十代後半にしか見えないこのシスターは何を言っているのかと衝撃を受けた。後から聞いた話だと、教会に入ってきた俺の目が行き場所を探す孤児に似ていたらしい。シスターはそれを考えて、この提案を出したようだ。

 最初こそ戸惑ったが、俺はそのお礼をありがたくもらうことにした。それから一年、事あるごとに世話を焼こうとするミリアと、いつも眠そうなミリカ、それに他の孤児たちとの生活が始まった。




「あなたが旅を再開した時、シスターがどんな状況だったのか……忘れたの?」


「…………」


 キィッ……。


 夕暮れに近づく世界は、室内を赤く染めだす。止まることを知らない月と太陽は今宵も暦を刻む。残り少しの力を振り絞り、見下すものすべてを焼き付ける。

 その様子を一度見ようとミリアはイスを回す。もう少しで一日が終わるという時に過去を振り返っている。

 ”ように見える”。


 フ……。


 生徒会室の位置では日が沈むよりもっと早く光源が隠れる。その時間を迎えた部屋は闇に包まれる。窓から入り込む陽光を乱反射していたため、照明をつけていなかったせいで、不気味な明るさに変わった。

 真っ暗とは違う暗闇。つい先日のミストディレクションは白い霧だったが、今は黒い霧が支配しているかのような状況である。

 俺を拒絶する意味で背を向けたシェリルは、深くイスに身を沈めた。


「出て行って」


 軽く、冷たく、告げる。


「次あなたを呼ぶ時は他の人達と一緒に依頼を受けてもらいます。それまで大人しくしておいてください」


 俺はその言葉に、


「わかった」


 とだけ答えて退室した。

 左手で扉を押し開け、暗い廊下に足を踏み出す。


「……どうして裏切っ」


 バタン。


 ミリアの最後の言葉が俺の耳に入ることはなかった。


 ○ ○ ○


「……どんな状況だったか忘れたの、か」


 忘れるはずがない。忘れられるはずがない。彼女は俺の命の恩人なのだから。

 俺に命を使ってどうなったのか。


「今更、俺がどんな顔をして悲しめっていうんだよ……」


 当時の俺はシスターの行為に感謝の念を抱いたことはなかった。どこまでも凍りついた心はありがとう、とは口にできなかった。


(まぁ、もっとも今も面と向かっては言えないだろうけどな)


 ミリアにシスターのその後を聞いた時から握りしめたままだった拳を解いて、扉に顔を向ける。


 ――どうして、どうしてなの……!?


 幻聴だ。


 ――信じていたのは私たちだけだったの……?


 返事をしてはいけない。


 ――か、家族だって……!


 今言葉を返したら――


(すべてが台無しになる!)


 ギリッ!


 耐えきれずその場を速足で逃げ去る。堪えられたのは走り出しそうになる体を抑えることだけだった。

 折れそうな程奥歯を噛みしめすぐ近くの角を曲がる。

 

 ドンッ。


「きゃっ!?」


 衝撃を受け、視線を下げると赤くなった鼻を手で押さえるゆりの姿があった。


「悪い。少しイライラしていた」


「だ、大丈夫だよ。当たる直前に一歩下がったから」


「そうか」


 さらりと普通の少女ができない行動を明かすゆり。抜けているようでちゃっかりしている。


「カキス君の方こそ大丈夫?」


「あぁ。日ごろから何があってもいいよう、身体強化を……」


「体のことじゃなくて、心だよぅ……」


 ……本当に、ちゃっかりしている。


「聞いていたんだな、さっきの話」


 思えばおかしな話だ。ゆりはとっくの前に学園を出ている。ゆりには黒ゆりの事でゼイドアと話してくると言っておいた。ウソではないし、その場に黒ゆりもいたからゆりも知っているはずだ。

 それなのに、ゆりはこの場にいる。それも、角に隠れるようにして。


「この廊下の先は生徒会用の倉庫しかない。お行儀のいいゆりが、用もないところにくるはずがない」


「私はお行儀よくないよ。……大人しくお留守番できなかったんだもん」


 そんなことはない、そう言おうかと思ったが静かに首を振って否定した。

 今の俺はどんな顔をしているのだろうか? 盗み聞きをされて怒った表情か、悟られたと焦っている表情か。


「カキス君」


 トン。


 ゆりが囁くような声で名前を呼び、額で俺の胸を叩く。


「カキス君。困った顔してるよ……? 小さな子供に答えようのない質問をされたみたいな……」


「これはっ。これは……苦笑しているんだよ。ゆりも随分と行動的になったなって」


 引きつりそうな頬で、笑みを浮かべる。なんだか強面の男が必死に愛想笑いをしようとしているようだ。

 それ以上取り繕うと何もかも崩れてしまいそうだった。俺は踵を返し背中越しにゆりに声をかける。


「帰ろう。もうそろそろ日が暮れる」


 ぶっきらぼうな物言いに、


「うん」


 ゆりは短く返事するだけだった。


 ○ ○ ○


『生徒会非正規役員に選ばれた生徒は生徒会室に集合してください』


 翌日、早々にミリアから放送によって召集命令が下された。


「……行くか」


 たまたま一人で行動していた俺は、その放送を聞いて、深い深いため息をついた。

 正直、乗り気になれない。それはミリアと会うのが気まずいなどという子供っぽい理由ではない。心の底から面倒くさいだけだ。


「呼ばれた理由が、これからよろしく、みたいな朗らかさならいいんだが……」


 もちろんそうは問屋が卸してくれない。

 ぶつぶつとぐちを言いつつも足を動かし続け辿り着いた生徒会室のドアノブを握り、一思いに開け放った。


「あ……」


「ん……?」


「……何やってんだ、お前ら」


 目の前で、和装少女と洋装少女が絡み合っていた。しかも、お互いの胸元がはだけて下着が見えそうになっている。


「生徒会長は、わざわざこんなシーンを見せるためにメンバーを召集したんですか?」


「ち、違っ!? これはこの子が……!」


 冷めた表情で、目を細めてその痴態を再度確認する。

 下にミリア、上にゆりが乗っている。そしてゆりは黒ゆりで、しきりに赤々とした瞳を爛々と輝かせている。その視線の先を追っていく。……どうやら、少々本気で首を狙っている。何か気に入らないことでもあったのか、怒気すら孕んでいる臭い。

 明らかに黒ゆりが何かしろ暴走したんだろうが……とりあえずノっておこう。


「それとも、俺も含めた全員で楽しくて気持ちのいいパーティーですか。とっても淫らなパーティーですか?」


「そんなわけないでしょう!? 何言ってんのよあんたはっ!」


「だったらいつまでも青色で三角形の布を晒してんですか? あれ、誘ってる?」


「ちょっ!? ち、近づかないでよ見ないでよ!?」


 俺の詩的にミリアは顔を真っ赤にしつつ黒ゆりを押しのけようと必死だ。これで俺が受けら乗り付けたらどうなるだろうか?


「そしたら本当にレッツパーティーになると思うよ?」


「……何故コルトがここにいる」


「第三学生生徒会長として来たから、別に君のストーキングをして行き着いたわけじゃないから安心してよ」


 横を見れば気配もなく、にじり寄ってきた(ように感じる)コルトが立っていた。


「三学がわざわざ二学に何の用だ?」


 コルトは予想通り生徒会長になっていた。コルトは生徒会長になって多く案件を解決しながら剣の腕を磨くと言っていたので、生徒会長になっていたことは予想通りだ。

 それにしても、三学までこちらと関わってくるとは思ってもみなかった。


「君も”予想している件”で、二学だけでは頼りないのでは? ってことになって、僕が率いる三学は協力を志願したんだよ」


 さらりとそんなことを言ってのけるコルト。俺はそれに三学の連中に同情の念を感じる。


「さぞいい迷惑だったろうな。主に男子が」


 女子は持ち前のルックスで半強制的に抱き込んだのだろう。間違っても三学には近寄りたくないと思った瞬間だった。


「”俺が考えている件”は、そんなに重い話なのか?」


「僕やカキスにとって大したことはなくても、他の人たちから見れば、ね……」


「なるほど……」


 やはり、面倒な話になったか。

 と、俺とコルトが神妙な話をしていた間に……。


「ほんっとにっ! そろそろどいて……! やんっ!? こ、こらぁ……くすぐった、うにゃぁっ。へ、変なところに触ら、だ、だめだって、言って……んぅん! 男子、男子いるからぁ……」


「「あ、空気だとでも思って」」


「見てないで助けなさぁぁぁーーい!?」


 ミリアの肌面積は俺が入室したときに比べ倍に増えていた。うん、きめ細かい肌がとってもセクシーだ。


「はぁ……仕方ない」


 俺は二人に歩いて近づく。


「黒ゆり、そのくらいにしとけ。話が進まん」


 そう声をかけると、黒ゆりは無言のままこちらを向く。


「…………」


 ゆったりと振り向いた顔、その目じりにキラリと光る何かがあった。瞬きをした後は、珍しく不満そうな感情を押し出しており、もう光るものはない。気のせいだったのだろうか。


(どちらにしても……)


 ズボッ。


「んむっ!?」


「吸血をするのは俺だけにしろと言っただろう?」


 俺は黒ゆりのとんがらせた口に、人差し指をねじ込んだ。ぬるぬるで温かい感触がすぐに伝わってくる。何とも言えない感触も一瞬で、すぐに鋭い痛みが返ってくる。


「……チュル」


 黒ゆりは指を咥えたまま立ち上がり、俺の横に寄り添う。しばらくこのままで我慢することになりそうだ。


「ほら、ミリア」


「え、ええ……」


 空いた手を差し出すと、呆然としながらミリアはその手を取る。


 ――どちらにしても、放っておけないな。


 結局、黒ゆりがミリアに襲い掛かった理由は分からなかった。

早く「アストラエアの白き永遠」のファンディスクの映像出ないかなぁ。

記憶違いじゃなかったら、桃園になさんって引退されてたはずだから雪々の中の人代わるのかな?

できるなら代わらないといいけど……

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