第一話 「三回目の魔力と能力講座」
三章前半は日常的なシーンが多い予定です
王立デルベル魔学院。四大属性に加え、覇属性の魔法およびその知識が学べる教育機関だ。属性ごとに校舎、どころか小規模学校と同じレベルの施設がある。水属性専修の俺、ゆり、それにディングは第二学生、コルトは風属性専修で第四学生と区分をされており、かなり特徴的だ。
そんな特徴的な学園の生徒会長も、当然特徴的かつ変態的である。
変態的と言ってしまうと事実を歪曲しすぎだが、内面にクセのある人物が多い。もちろん中にはまっとうな生徒会長が存在する。この学園では面倒ないざこざを避けるために、平民と貴族を分けてクラスを作ることも多い。が、実力さえ示せば上に立つこともできる。
特徴的かつ変態的と言ったのはそのせいで、実力面と同じくらい性根のねじまがった人間が多い。
そもそも、『生徒会長』などという役職はあくまでも肩書にすぎず、行ってしまえばそこで皆に最強と認められた人間に与えられる称号なのだ。
だが、この普通とはかけ離れた学園の人間なれど、時として通常の考えを持つことがある。この学園に入学できたということは様々な形の力を持っている。持っているからこその怠惰が彼らを動かすこともある。
簡単に言ってしまうと、まじめに強いやつを探すのが面倒で、その場の勢いに任せたノリによって選出することがある。
こういった選ばれた方には迷惑極まりないことは数年に一度はあり、前会長がとてつもなく強くて、言い換えると自由人すぎて疲れたので、今年は普通の一年を過ごしたい。という思いが彼らにあるからだろう。
今年の第二学生の上級生はどうも、その傾向らしい。
「よかったな、カキス」
「あぁ本当にな。来年がどうかはわからないが、今年は大人しく過ごせそうだ」
朝の教室。朝礼が終わり、一限目の実技のために服を着替えていた俺たちは、とある噂を聞いて安堵の息をついていた。
噂の内容は、今年の生徒会長が「良心的」だというものだ。
「じゃあ俺たちは先に行ってくるな」
着替え終わったアルターは、クラスの男子全員に声をかけてから教室を出る。俺たちと言われてしまったので、仕方なく続いて俺も教室から出た。
俺は何も言わなかった。
「別にいちいち先に行くなんて言わなくていいんじゃないか?」
今日はディングが体調を崩して休みを取っている。今頃、ルトアさんが無理に出席しようとするバカを苦笑しながら押さえつけてくれていることだろう。
少し歩みを遅くしたアルターは、横に並んでから答える。
「まぁ、そうなんだけど、な………」
ポリポリと後頭部をかきながらの、歯切れの悪い言葉だった。
「最近気になるやつがいるんだよなぁ……」
「そうか……。俺はしっかりと理解しているからいいが、その言い方は、さっき通り過ぎた女子みたいに勘違いされるぞ」
キャー……!
アルターは頭を抱えて立ち止まってしまった。まぁ、まだ時間もあるし、立ち直るまでまってやるか。
「今更クラスの男の誰を気にするんだ? もう見慣れた顔しかないだろうに」
俺は廊下の窓枠に腰掛けつつ、ホモ疑惑を受けた赤髪のクラスメイトを同情の視線で見守る。
「おいおい……忘れたのかよ?」
「誰をだ?」
「……シュゼイルのことだよ。オリエンテーション後にこっちのクラスに引っ越してきただろうが」
「ああ、シュゼイルか」
オリエンテーションでは一番の強敵として立ちはだかっていたシュゼイル。彼は父親のミストレスが犯した罪を問われることはなかったが、彼の家はきれいさっぱり消されていた。その後、国の保護下に入り、兵士達の宿舎で生活をしているらしい。
そして、貴族しかいないクラスはやっぱり気分が悪いとか言い出して、こっちのクラスに移ってきたのだ。最初は、俺以外の全員が驚いていたが、オリエンテーションで知った彼の性格を考えれば、そう遠くないうちにクラスを抜けるとは思っていた。……それにしたって、動きが速いとは思ったが。どうせ裏で教師陣が一枚かんでいるのだろう。興味ないので、特に調べていない。
アルターはそのことを気にしているのだ。
「なるほど。ライバルに一声かけたかったわけだ」
「そういうこと」
よっこいせ、と少々ジジくさい声とともにアルターは立ち上がる。
「シェリルはまだちょっと複雑ぎみだけど、俺としてはもう友達だからな」
「そうか」
アルターが誰とどんな友好関係を広げても、俺には関係ない。よほど悪いやつでも連れてこなければ、口を出すほうがおかしいだろう。
俺はどうでもよさそうに答え、第二体育館を移動した。その間、特に話すこともなく無言だった。
○ ○ ○
第二体育館の入り口には、意外な人物が立ちはだかっていた。
「サーシャ先生? 珍しいですね」
その人物とは、最近彼氏ができたと”嘘情報”が流れている女教師、サーシャだった。彼女は実技担当ではないはずだが、俺たちを、いや俺だけを見ている。まるで今日の実技の授業はサーシャがするかのように。
「そうですね。少し、カキス君に用事があるの」
「生徒に手を出すのは禁止されていませんが、推奨もされていないですよ?」
面倒そうだったので、その横を通り過ぎようとする。
ガシッ!
「いろいろと、待ちなさい」
「キャー、ヤられるー」
「あなたは私をどれだけ欲求不満キャラに見せたいんですか!? 良いから話を聞きなさい!」
ちっ。面倒な女につかまった。どうせ俺のやる必要のないことをやらせる気だろう。
最近少し忘れがちだが、今の俺はゆりのボディーガードであり、常にゆりの傍にいなければならない。しかも今日はディングもいないため、なおさら離れるわけにはいかないのだ。
「ざっけんな。毎度毎度俺と無関係な話ばっかり押し付けてきやがって」
一応はにこやかだった微笑みをしまい、よく冷たいといわれるいつもの表情に戻す。
「今の俺は仕事中だ。サーシャから新しく仕事を受ける余裕はない」
「そういうわけにもいきません。私にだって仕事があるんです。適当にごまかして逃げようとしないでください」
「誤魔化してない。今日はもう一人の仕事仲間がいないからあまり遊んでられないんだ」
こちらの言い分に納得してくれないサーシャは、一向に手を放してくれない。詳しい仕事内容を説明するのは面倒なので、今日は余裕がないことを伝える。
「そんな雑な作り話を信じるわけないでしょうが。さっさと本題に入らせてください」
「…………」
……この女は。
「だから誤魔化してねぇつってんだろうが。ちゃんと人の話を聞けよホルスタイン」
「ホルスタイン!?」
「少しはその無駄な脂肪を有効活用してみろよ、えぇ? いつまで母性の象徴(笑)にしとくつもりだごら、あ゛あ゛?」
「セクハラとか諸々で訴えますよ!?」
おっと、俺としたことが……少し取り乱してしまった。
「すまん。今は都合のいい噂が広がっていたんだったな。悪いことをした」
「誤ってそれかしら? 謝罪する理由がそれかしら……!?」
「で、本題に早く入ってくれ。俺たちはこれから授業があるんだよ」
まだ予冷は鳴っていないが、話を聞いてるうちに鳴る可能性がある。サーシャ相手にストレス発散しているひまはない。
「あなたが話を逸らしたんでしょうに……! コホンッ」
サーシャは気を取り直すために一つ咳払いをした。
「第二学教師で会議し、あなたのお嬢様に生徒会へはいらないか、と実質的な使命がありました。本人に伝えたところ、あなた次第ということです」
「ふむ……」
生徒会の役員は半数が会長の指名、もう半分が教師の指名で構成されている。人数に制限があるのは役職のある場合のみで、いわゆる下っ端は何人でもいい。
教師が口を出せるのはその下っ端だけだ。ゆりが直接指名されるものではない。
デルベル魔学院は生徒会の実務経験を積ませるために、外部からの危ない仕事を受けることがある。生徒会の役員である以上、それらに関わるざるを得ないこともある。
そのため、一定以上の実力も求められるのだが……。
「ゆりの名前が出た理由は?」
「あなたなら予想していたんだじゃないですか?」
「はぁ……やっぱりか」
俺は肩を落とし、重い息を吐く。
「俺が目的か……」
正確には、元特異科の人間の力だろう。
「俺という力を持つ人間を間接的に使いたいってことか」
「さぁ? 私は会議に参加していないので、真意を測れません」
皮肉交じりの推理を言葉にすると、サーシャは苦笑を浮かべる。
(ゆりはそのことに気付いたから、俺に判断を任せたんだろうな)
相変わらず、俺のことに関しては察しのいい幼馴染である。
「考えときますよ、サーシャ先生」
「はい、お願いしますね」
用事はこれだけだったのか、答えを聞くとサーシャはさっさと立ち去って行った。
「人気者だな、カキス」
空気を読んで口を挟まなかったアルターの言葉には、肩をすくめて返しておいた。
○ ● ●
「もうこの時期か」
「ああ。若くして力を持つ生徒らが、私の前に姿を見せてくれる。まるで、王にあいさつするかのようにね」
「狂った王だがな」
侮蔑を多分に含んだ言葉が暗い空間に響く。二人の男は、照明もつけずに闇の会合を開いている。
「たとえ狂った王と呼ばれようとかまわないよ。私の目的が果たせればね」
「知っているか? 世の中にはそういった人間を嫌い、その手を赤く汚すやつもいると」
「それはそれは……。君はそんな危ない人から私を守ってくれるんだろう?」
「さてな」
赤と黒のらせんが描かれた仮面をつけた、少年とも青年とも判別がつかない男は肩をすくめる。穴からのぞく眼球は本来映すべきモノを映していないかのように漆黒をたたえている。
二人がいるのは学園地下にある、研究室の一つ。数ある研究室の中でも、トップクラスのセキュリティで守られている。
そんな場所で話し合う彼らの眼前に広がる空間には、巨大な培養管が鎮座されている。しかし、その中身をみることはできない。なにせ、照明もない空間なのだ。薄ぼんやりと培養管のふちをとらえることはできても、その内側を盗み見ることは不可能だった。
「それにしても、コレがまだ残っていたとは思わなかったね」
「処分する必要がある素体だけしか破壊していなかったからな。その気になればパーツを組み合わせて新しく作ってもよかった」
ただ、二人には培養管の中身がなんであるか理解しているようだ。
「それにしたって三年も経過しているのに、損傷が少ないんじゃないか?」
ニコニコと、感情のない笑みを張り付け続けている男が、現物を見ながら訊く。
「”元々は人だ。三年程度問題にはならん」
仮面の男は平淡な声で答える。平淡とは程遠い内容を。
笑い続ける男はその答えを聞いてもさしたる反応を示すこともなく、「それもそうか」と納得する。
二人の間に、重苦しい空気も、狂気的雰囲気もない。彼らがコレなどと呼んだ存在が、元人間であろうと、現在はモノ。だから二人の間に渦巻くものがあるとすれば、お互いの膨大な魔力だけである。
「それにしても、彼は本当に面白いものを作ったものだね」
「……ビジネスに使うなら欠陥品だが、奴の目的を果たすには、このうえなかっただろう」
二人して昔を懐かしく思うような声色を使う。もしこの場に他の誰かがいれば、そのことに隠しようのない戸惑いを覚えただろう。
ピシ……ピリ……。
まるで親しかった友との楽しき日々を振り返る声を出しながら、身から発する魔力は圧力を増していく。今にも形どり、具現化、そしてあたりを消し飛ばしかねないほどに。
外壁が微かな悲鳴を漏らし始めると、彼らは魔力を抑えた。
「さて、俺はもう行くぞ。これからパーヂコードとしての仕事がある」
「そうか。次ぎ合う時を楽しみにしているよ、アルテミス」
「フンッ。俺と会うことではなく、会うことになる状況を、の間違いだろう? 学園長」
「はは、違いない」
薄く笑う学園長と対照的に、仮面の男はどこまでも冷たい目をしていた。
● ○ ○
「今日は生徒会長さんと会えるんだよね?」
「そうだな。会えるというより、会うことになるの方が正しいか」
「そっか。私たちは呼ばれた側だもんね」
本日の授業をすべて終えた俺とゆりは生徒会室前に立っていた。
結局、俺はサーシャの要求を受け入れ、非正規役員として生徒会に入ることを決めた。その旨をサーシャ経由で生徒会顧問に伝えたところ、できる限り早く、現メンバーに顔を見せるように言われている。
その指示を果たすべく、俺たちは今扉の前に立っているのだ。
「まぁ、会えるかわからないがな」
「え、どうして? 先生に来るように言われたんじゃ……?」
「早めに来いと言われただけで、今日とは言ってなかった」
おそらく、会長はいないだろう。アポ無しに加え、扉の向こうから気配を感じない。生徒会室自体が無人のようだ。
そのことを知らないゆりはがっくりと肩を落とした。
「なんだ……今日中じゃなかったんだ」
何かそこまで落ち込むことがあったのか、普段がだらしない目じりがさらに垂れ下がる。たれ目どころかだれ目である。
「予定でもあったのか?」
一応は予定を確認しておいたが、こちらを優先してくれたのかもしれないそう思い沈んでいるゆりの頭を撫でつつ問いかける。
「ううん。特にはないよ。ただ……」
「ただ?」
言いよどんだゆりの顔を覗き込むと、照れくさそうに視線を上げながら笑う。
「久しぶりにカキス君と一緒に、ゆっくり下校したかったなって」
「……そうか」
うん、と小さく言葉を返すゆりの両頬はリンゴのように赤く、本人すら気づいていないほどわずかに、体に力が入っていた。
俺を誘うのに、少しだけ、ほんの少しだけ緊張を感じている。子どもの頃はいつも一緒だった俺に。
(いや……よく考えてみれば、ゆりが自発的に遊びに誘うのは珍しいことか)
ゆりを誘ったり連れ歩くことはあっても、ゆりが俺の手を引くことはなかった。そう考えれば、確かに勇気が必要なことかもしれない。
俺は頭に乗せていた手で、白くか細いゆりの手首を握る。ほっそりとしたその腕は、六年たっても小さいままに感じられた。が、それは俺もゆりも成長したからそう感じるだけで、昔より肉付きもよくなっている。変わっていないように見えて、確実に成長している。
「じゃあ、帰りは少し遠回りをするか」
俺もゆりも、少しは成長している。
「……うん!」
○ ○ ○
商店街に立ち並ぶ数々の露店。売り物の多くは食品が大多数を占めている。違いは売っている食品。これまた膨大な種類があるため割愛するとして、大多数を占めているのが食品ならば、逆に少数はどんな店があるんだろうか?
このデルベルという学術都市では若者向けの商品が多い。魔法具だけではなく、おしゃれに着飾るためのアクセサリーもある。変わりダネとして木刀専門店もあったが。
実は元名称が一つ一つ手作りで売っている木刀屋は置いておくとして、だ。若者である俺とゆりはアクセサリー商店に立ち寄ってみることにした。
すると、見覚えのある少女がいた。
「シェリルさん?」
「あら、水谷さん。こんにちは」
「こんにちは」
トラクテル兄妹の妹の方だった。シェリルは赤髪から散らし、意外そうな表情で振り返る。彼女の手には青色の鉱石が埋め込まれたバングルが握られている。
「プレゼント用か?」
「これ? そうよ。お父様の誕生日がもう少しなの」
どうやら贈り物を選んでいたようだ。
「……それを選んだ理由は?」
俺はもう一度手の内を見て問うた。
「魔法石が埋められているからよ。普段から身に着けられて、魔力をこめられるから実用性を……」
「それは加工されたラピスラズリだぞ?」
ピク……。
――を重視して選んだわ。と続けていただろうシェリルの言葉に割り込み、間違いを訂正する。
「加工されたラピスラズリは魔法石に酷似するんだ。アクセサリー商が客の目を欺いて売る以外にも、ハッタリにも使えるな」
一通り説明すると、俺は値札を確認する。俺の説明を盗み聞いて商人が眉をひそめる程度には高かった。
そして先ほどから、シェリルが妙に静かだ。
まさかと思いその顔を見ると、顔中真っ赤にして何かをこらえるようにプルプルと震えていた。
「言っておくが、店の人に罪はないからな? 値札しかないとはいえ、魔法石付きのバングルとも言っても書かれてもない。お前が見抜けなかっただけの話だ」
「うっ」
息を詰まらせるシェリル。俺とゆりはそれを見て苦笑を浮かべる。
ゆりも俺も、似たような経験があるからだ。俺は武器屋で、ゆりは雑貨屋で体験したことが過去に一度だけあったのだ。
どちらも、商人であるゆりの親父さんに目を鍛えられたが、これがまた難しい。血なのか、俺よりゆりの方がそういった小細工を見抜くことが多い。俺はどちらかといえば、直接的な危険のある仕掛けには気づける。そう”教育されている”。
今でも二人して間違えることがあるが、それは売る側が本気であるということ。そもそも俺たちが露店で物を買うとすれば食べ物ぐらいなものだが。
幸い、シェリルは購入前だったらしく、羞恥に瞳を濡らし、きっ! と鋭くアクセサリー商を睨んてもの位置に戻す。
「良い表情してるんだろうな、あいつ」
「……私たちからは見えないお店の人の顔のことだよね? そうだよね?」
ゆりが何か言っている気がするが、恥辱に満ちたシェリルを見ることに没頭している俺の耳には入ってこない。
きっとゆりも同意してくれているのだろう。
「さて、プレゼントは結局選ばなくて良かったのか?」
「うっさい!」
「ま、まぁまぁ。いっそのこと最初から普通の物を選んだらどうですか?」
ニヤニヤと笑いながらシェリルに声をかけるが、ぷいっと顔をそむけられた。間を取り直すようにシェリルへ提案するゆり。
それを聞いたシェリルは、少し迷うような素振りを見せたがそれも一瞬のことですぐに首を横に振った。
「やっぱり少しこったものを選びたいのよ。年に一回だけだから」
赤い顔を隠すように、先ほど手放したブレスレットの方を向く。
「ふっ」
「ふふっ」
「な、何よ?」
俺とゆりは顔を見合わせ、思わず吹き出してしまった。クスクスと笑う俺たちにシェリルは不審そうな顔をする。
(やっぱり素直じゃないね)
(まったくだな)
小声で会話しながら頬の緩みを感じる。
本人は不思議そうな顔をしているが……
「「なんでもない」」
「教えなさいよっ」
シェリルにはもう少し素直じゃないままでいてもらうとしよう。
○ ○ ○
「そうだゆり。お前に渡しておきたいものがあったんだ」
あれから、シェリルも加わって三人で通りの露店を冷かして帰り道を楽しんだ。ゆりも大分シェリルに慣れてきたようで、普通の、年相応の少女の表情をしていた。
時々、それを一歩離れてみていた俺に意見を求めてもきた。
シェリルとは途中から向かう方向が違ったため、住宅街に入るころには別れている。
「ん? 珍しい、のかな?」
「どうだろうな。屋敷にいた頃はそんなこと、お互いに考えもしなかったし」
「でも、誕生日のときはプレゼント交換してたよね」
「あれは、物を贈るくくりに入るのか?」
「ふふふっ。たぶんそうだよ」
人も物も熱気も溢れていた商店街から少し離れた住宅街。無音ではないはずなのに、とても静かに感じる。溢れかえっていないだけで人も物もある。違う点は、熱気だろうか。
それとも、この優しい空気は俺たち二人だけが感じているのかもしれない。
「まぁ、今もってないからピースに帰ってからだけどな」
「え~? 期待したのに……お預けはひどいよぅ」
「わざとそうしてるんじゃないさ。ただ忘れそうだったから口に出しただけだ」
ぶーたれるゆりに苦笑する。艶めく黒髪をクシャリと撫でつければすぐに笑ってくれるが。
「どんなものか聞いていい?」
「ペット用の首、チョーカーだよ」
「私の耳がおかしいのかな? ペット用の何かって聞こえたよ?」
「きのせいだよ、きっと」
俺は不安がるゆりに優しく微笑みかける。
「優しく微笑みかけられても誤魔化されないよ!?」
ちっ。誤魔化しきれなかったか。つい真実を口にしかけてしまった。
「絶対首輪だよね!? 私カキス君のペットにされちゃうよねぇ!?」
「違う。確かに元はペット用の、犬の首輪だが、チョーカーということにすればなんとかなる」
「首輪とチョーカーに大きすぎる差があるよぅ!?」
俺がプレゼントしようとしている首輪は少々トゲなどがついていたりする、ほんのちょっぴりいかついものだが、ゆりがチョーカーと言い張ればチョーカーになる。
「きっと似合うから、とりあえず見るだけでも」
「なんだかカキス君が悪徳商人に見えてきたよ……」
気が付くとピースの前まで着いていた。扉を開くと澄んだ鐘の音が耳に入り込んでくる。
「ただいま戻りました」
「ただいま」
先にゆりが、次に俺が帰ってきたことを報告する。が、返事はない。
「いない、のか?」
「お買い物にでもいったのかな?」
「まぁいいや。今、部屋からとってくるから待っててくれ」
「期待しないで待ってるね……」
どんよりしたゆりの言葉を背に階段を上る。
(というか、なんだかんだ言って受け取るのな、首輪)
別に、俺自身は首輪でなくともよかったのだが、形状的にそれしか売れていなかった。決して、ゆりが犬っぽいと普段から思っているからではない。
そんな物だが、ゆりは一切受け取りを拒否していない。普通なら断ってもおかしくないのに、身に着けるかはともかく受け取ってはくれる。
「嫌なら断ってくれてもいいんだがな……」
俺は机の上に無造作に置かれている箱を手に取る。代わりに机には数枚の書類をのせて部屋を出る。
ロビーに戻ると、ゆりはソファに座って庭の景色をぼんやりと眺めていた。
「ゆり?」
声をかけながら横に回り込む。
「残念、黒ゆりよ」
「別に残念ってわけじゃないが……ぼんやりしてる気がしてね」
いつの間にか黒ゆりに入れ替わっていた。
「ねむい」
「じゃあなんで出てきたんだよ……」
黒ゆりは両手で目をコシコシこすっている。普段は子ども扱いされるのを嫌う割に、こういった行動をまれにみる。子どもの微笑ましい背伸びにしか見えないのは、黒ゆりが小柄でちょっとした仕草も子どもっぽく映るからだろうか?
「まだ少し安定してないのよ。完全に目覚めたからと言って、すぐには感覚は取り戻せないから」
「……定期的に表に出ないと存在が薄くなる、と?」
「そういうこと。ゆりちゃんに替った方がいいかしら?」
「いや、今すぐってわけじゃない。……少しゆっくりしようか」
本人の自己申告通り、眠たげな眼をしている黒ゆりの隣に腰掛ける。柔らかいソファは俺の体重をすべて包み込む。
革張りの座面に沈み込む感覚。左側から体温。そして、自分という存在の”違和感”。
この場にふさわしくない無骨さ。あるいは、温度差が牙を向く冷酷さ。どれだろう。どちらが適確だろう。
(どちらにせよ、この違和感を拭えない。……俺が最低の人間であることは変わらない)
もう、”時間がない”。オリエンテーションまでのように動いた場合、俺はおそらく志半ばで、
「カキス」
トン。
冷たい思考が暖かい存在で霧となってそれ以上の思考を阻む。
黒ゆりが俺の肩に頭を預けてきていた。
「余計なことを考えすぎよ」
霧というのは水だ。水は温度を上げることで蒸発する。
「……寝言は寝て言え。余計なことなんか考えちゃいない」
「寝言じゃないわよ? だって寝てないんだもの」
俺も黒ゆりも、庭を見ている。光の当たる場所を見ながら言葉を交えている。
「私は人間じゃない。今は限りなく人に近いけれど、人間ではない」
春中旬の暖かな日差しは、陰らず庭の植物に恵みを与えている。植物も、その日差しを受け、感謝の意を告げるように風に吹かれている。
温かみがあって柔らかさがあって……儚い。ゆりとは違うもろさが黒ゆりにはある。その細さは今にも掻き消えてしまいそうな一筋の影。
「どうあっても、私はここ、人間が住む世界においては異物。駆逐されるイキモノ」
そんなことはない。お前のほうが余計なことを考えている。
そう言って頭を撫でてやりたかった。だが、俺の体は黒ゆりの言葉を否定し中断させることより、その続きが気になった。黒ゆりが自らを蔑んでまで伝えたがっていることを。
「そんな私から見てあなたは……観客よ」
「観客……?」
不思議な響きがそこにはあった。言葉通りの意味で出たにしては、随分と親しみを込められていた。
「そ。私と同じ観客、つまり外から見ている人間」
黒ゆりは頭を肩から太ももへと落とす。ゆりよりいくらか短い黒髪がさらさらと顔に流れる。
それを耳にかけながら、変わらず外を見続ける。
「今みたいに日の当たる場所を遠い所から見ている。だから観客よ」
「なるほどな。おれたちは、暗い観客席からスポットライトの当たる舞台を見ている者同士だと言いたいんだな?」
庭を見ると、いつの間にか小鳥が数匹、木の枝に座って羽を休めている。意外と防音性能が高いガラスを使っているのか、くちばしは動いても心地よいさえずりの声は聞こえない。
「さぁ?」
「さぁ、ってお前……」
「言っておいてなんだけど、あなたは観客だけでは終わらないだろうと考え直したわ」
黒ゆりはコロンと顔を天井に向ける。顔を天井に向いていても、視線は俺に固定されている。小悪魔的な笑みを浮かべ、八重歯をのぞかせた。
「あなたはやっぱり……よね」
「あ? 何だって?」
肝心の部分が聞き取れず、黒ゆりの口元に耳をよせる俺。
「あなたは脚本家よねって言ったのよ……」
カプッ!
「いっ!?」
声を上げたのは、黒ゆりにかまれたからか、図星を差されたからか、分からなかった。
○ ○ ○
「さてゆり。お待ちかねのプレゼントタイムだ」
「言ってることとやってることが合致しているとは思えないよ!? なんでそんなに血をこすり付けるの!?」
ただいま絶賛着色中。染色液は先程黒ゆりにかまれて出血中の液体である。無理やりひきはがしたせいで、中々止まらなくて困っている。
「そりゃお前、誰から渡されたものか忘れないようにするために決まっているだろう?」
「そんな血みどろの物、逆に忘れてしまいたいよぅ!?」
どうやらお気に召さないらしい。仕方ないのでキレイに拭き取ってやった。
「さて、俺の血も止まったことだし」
「冗談とは言ってくれないんだね……」
何やらゆりがげんなりしているが、後で頭を撫でてやれば十分だろう。
「これが俺からのプレゼントだ」
そう言って首輪を渡す。
「あ、ありがとう?」
ゆりは苦笑を浮かべながら受け取ると、微妙に困った顔でお礼を言われた。
渡しておいて何だが説明もなしに受け取って感謝できる物ではない。というか、これで感謝されてもそれはそれで引く。
俺は口を開いて理由を話す。
「それは言ってみれば誘拐対策のためだ。魔法石には通信機能、発信機能、防護機能、解毒機能などなど……色々詰め込まれている。また、その首輪自体が魔力を織り込んだオリハル糸で作られているから、それ自体の強度もそれなり以上にある。それと……」
「ま、待って待って。それ以上何か言われても私覚えきれないよ?」
「自分の身を守るためだ。詰め込め」
指折り数えていたゆりが途中から頭を回していた。が、俺は有無を言わさない口調で記憶することを強要する。
「プレゼントなんだよね!? それ!?」
「当り前だろ? プレゼント|(強制)だ」
「変な()つけないでよぅ!?」
がくがくと俺の服を掴んで揺らしてくるゆり。あぁ、今日も涙目のゆりは可愛いなぁ(棒)
「一番重要な話をしておこう」
「何?」
「その首輪は透明化ができる」
俺はゆりから首輪を受け取って魔法石に触れながら魔力をこめ、透明化させる。
「……これって私もできる?」
「できる」
ピタリと動きを止めたゆりは、柔らかい体を押し付けてきながら、上目使いで見上げてきた。俺はそれに言葉を添えて力強く断定する。
するとゆりは数秒俺の腹に顔をうずめた後、
パンパン。
ワンピースのスカート部分をはたきながら体を離す。
その顔はうつむいて隠されているが、髪の間からのぞく耳が赤く染まっている。そのせいで今どんな顔をしているのか、直接見なくてもわかる。
「こ、コホン!」
わざとらしいせきばらいを一つ。
「あ、ありがとう。大事にするね!」
「変わり身早いな、おい」
確かに、首輪のビジュアルから感じるインパクトは大きいとは思うが、それにしたって受け入れるのが早すぎるだろう。
「……皆の目をだませても、首輪を着けてる事実までは隠せないからな?」
見た目を透明にするだけで、実際には触れられる。そのため、首元に触られた場合、すぐにばれてしまう。触られた程度で透明化が解けてしまうことはない。が、それでもどうしても触れたときにわかってしまう。
「カキス君は私につけさせたいの!? それとも新しい冗談なの!?」
「もちろん着けて欲しいに決まってるだろ? だから普段使いできるものを選んだんだから」
「私別に普段から首輪なんか使ってないよぅ!?」
「なん、だと……?」
ウソだろ……。ゆりって普段から高速系アクセサリを身に着けているとばかりに……!
ガチャ。
「ただいま戻りました」
「ただ……」
「うおおおおおおお! そんなのウソだぁあぁぁ!!」
「そこまでショックを受けることなの!?」
「うぉっ!? どうしたカキス!? 膝をついて床を叩いて!?」
「あら、涙まで?」
「ゆ、ゆりが、ゆりがぁぁぁぁぁ!?」
「えぇ!? ご、誤解、誤解ですから!?」
大して感じていない衝撃に慟哭する俺と、必死に弁明しようとするゆり。ゆりが、おれの心の叫びが実はウソだと気付いたのは、俺が飽きて茶を入れ始めるまで続いた。
○ ○ ○
「なるほど。それは便利そうですね」
「実際、便利な道具ですよ。ルトアさんが似たような魔道具を持っていたので、参考にさせていただきました」
あれから、俺たち四人はロビーのテーブルでティータイムを満喫している。……机に突っ伏しているゆりを除き。
「ゆりは体力がないなぁ。はっはっは」
「気力って体力に入るのかなぁ……?」
「どちらかといえば魔力ではないですか?」
「ディングさん、それは少しズレてます」
散々オモチャにされたゆりは精神を使い果たしてしまったらしく、首輪を握りしめながら両腕を机の上に投げ出している。
「ゆりさん、少しかして頂けませんか?」
「あ、はい。どうぞ」
その様子に苦笑していると、思案顔のルトアさんがゆりから首輪を受け取る。
ルトアさんは中央部分に埋め込まれている魔法石を見つめていたかと思うと、急に微笑みだした。
「ふふ……。カキスさんも素直じゃない一面もあるんですね」
何について言っているのか知らないが、俺はカップを傾けて口を隠す。さっきまで亡者と化していたゆりは、ルトアさんの言葉の真意を理解できなかったようで、可愛らしく首を曲げている。
「この魔法石と呼んでいる魔法石ですが、本当は魔晶石と呼ばれている石ですよ」
「魔晶石?」
「はい。一般的に魔石と呼ばれる石には大まかに三種類あります。魔法石、魔晶石、魔響石の三つです」
言いながら、スカートの内側か紙とペンが引きずり出される。相変わらず不思議な光景だ。
「魔法石は自然な状態で何かしろの魔法術的力を秘めているものを指します」
「この前お前に貸してやった石があっただろう? あれみたいなのが魔法石だ」
「ふむふむ」
ルトアさんが紙にイラスト付きで簡単に説明を書くと、ディングは食い入るように見つめる。
「魔法石自体は特段珍しい物じゃない。価値が決まるのは、その中にある効果が全てだ。例えば、冒険者の間で重宝されている、火石は大体リンゴ三つ分。貴族たちの家を守る侵入者阻害用、業火石は、高級大型家具と変わらないな」
ディングに直接関係ない知識だが、こういった一般常識に近いことも、教えておく必要がある。一般教養というのはえてして、思いもよらない所で活躍するものだ。
「魔晶石についてはおくとして、魔響石ですが、こちらは単に魔力を吸収して蓄えるタイプです。蓄えるだけではなくそこから魔力を取り出すことも可能な優れものなんですよ」
ルトアさんは実際に小さな石ころのような魔響石を机に置いて見せる。その数は一つ、二つ、三つ、四つ、五つ……。
全部で十六個。
「多い多い。どんだけ出してんだルトアさん。いくらなんでもこれは多いって」
一つ一つの大きさはそこまでだが、十六個もあるせいで完全に紙が隠れてしまった。
「すみません、ポケットに入れていたので重くて」
とてもにこやかな顔で言い放つルトアさん。
このメイドさんのスカートははたして何処につながっているのだろうか? さっき茶を配ってくれていたときはまったくそんな様子を欠片も感じなかったのだが……。
「まぁ、なぜこの量の魔響石を持っていたのかはともかく……。魔響石は国によって価値が大きく異なる。採掘量が地域によって大きく変わるからだ」
魔響石が多く取れる高山は特殊で、通常なら鉄や銀、金が採掘できる場所からは掘り出されない。魔響石専用の高山となる。
この特性のためか、高山地帯が集中しているガルダン大陸は全体的に高値で、ここリベル大陸では質の良い品が大量に出ている。値段も高くなく、ちょっと奮発すれば一般市民でも十分手が届く。
さすがに、ルトアさんは持ちすぎだが。
「魔響石は多少加工しても効果が失われないからアクセサリーにして売るのが、最近のはやりだな」
「あ、私も持ってます。ほら、こんな感じです」
ゆりはポケットからシンプルな装飾が施された指輪を取り出す。ディングは丁寧に受け取ると、首を傾げる。
「宝石のようなものが埋め込まれているかと思ったのですが……」
「そうだな。普通は原石の形が多少なりとも残っている。だが、魔響石はそんな形にしても効果が失われない」
魔法石、魔響石。残るは、魔晶石。
「カキスさんが直接ご説明されますか?」
「……どうして俺が?」
「なんとなく、ですよ」
「……はぁ」
崩れないルトアさんの笑顔に、諦めの溜息をつく。
「魔晶石は魔響石と魔法石の間、といえばいいのか? 魔法石は最初から魔法術が込められているが、魔晶石は自分で魔法式を刻みこみ自由に設定できる」
「簡単に言うと、手作りと一緒ってことか」
「魔晶石だけで言えばな。首輪自体は露店にあったもんだ」
ディングの正解とも外れとも言えない微妙な言葉に俺は苦笑する。まるで俺が首から作ったかのように言っているが、俺はあくまでも魔晶石を刻み込んだだけだ。
たったそれだけのことなのに、重く受け止める奴がいる。
「言ってくれれば……」
「言ったら、お前は絶対に受け止めるだろ。ちゃんと嫌な物なら嫌だと言ってくれていいんだ」
「それでも言ってほしかったよ……」
昔から、ゆりは俺が作ったものや手を加えたものを断ったことがない。毎回毎回「手作り……すごくうれしいよぅ」とか言って、まるでプレミアのついた品のように扱う。同じものを渡したことはないが、少なくない数のプレゼンと送っている。どれかゆりの感性に引っかからなかったものもあったはずだ。
だというのに、曇りひとつない笑顔を浮かべていた。
「私だって本当に嫌なら断るよ?」
「俺が絡むと”本当”のハードルが低くなるだろうが。無理しなくていいんだよ」
「無理なんて……」
「ゆりさん」
ゆりが何か言う前に、ルトアさんが慈愛のこもった目でゆりを見る。
「いつものゆりさんなら、カキスさんが本当に思っていることがわかると思いますよ?」
「ルトアさん、余計なちゃちゃを入れないでください。別に本当のことなんて……」
「もしかして、恥ずかしがってる……?」
カチャ……。
ルトアさんの横やりをとがめたカップを持ち上げた際に、音を立ててしまった。普段なら立てないのに。
「俺が恥ずかしく感じる理由がないだろ」
カップをソーサラーの上に戻し肩をすくめる。若干早口になっているのは気のせいだろう。
「手間をかけて作ったことを隠したのが、恥ずかしいと思ったからだと思う」
ゆりがニヨニヨしているのもきっと気のせい。目の錯覚だろう。
「そんなことより、ディングの勉強会を再開するぞ」
「いや、今日はもう終わっているんだが……」
なにやら言っていることを無視し、ディングの勉強会は結局四時間以上オーバーして終わった。
「で、結局図星だったの?」
「……ゆりに説明したとおりだ。ただそれが十割ってわけじゃない」
「ふ~ん……可愛い♪」
「今日から吸血禁止にするぞ」
「あら、なら明日からは精……」
「断る」
「ちぇ、あ~む」
「あぁもうだから首に歯形をつけるなっ!」
今年は珍しく一年に二回も風邪にかかりました。まだ今年が十何日残っているとはいえ、二度とかかりたくないです。
特に一月とか二月とか休めない用事がすでに決まっているので本当にやめてほしいと思う今日この頃。
短編企画の話を少し前にしたんですが、活動報告にある通り、間に合いませんでしたので来年に流したいと思います。きっと来年には幼くて可愛い妖精さんが書き上げてくれていることでしょう。
私はそれを眺めて幸せになろうと思います。