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表裏の鍛治師  作者: かきす
第一章「入学編」
4/55

第三話 「第一回、魔力と能力の講座」


 船(潜水艦)の中は意外に明るい雰囲気だった。船と違い、水中を進むため揺れも少ない。


「これはこれで良いな……」


 早すぎて魚雷と間違われそうなところが問題だが。


「カキス君は船とかよく乗るの?」


 俺に比べれば荷物の量が多いゆりが、荷物の整理を終えたようだ。


「あぁ、大陸を散々回ったからな。ゆりは……あんまりなさそうだな」


「うん、インドアライフだよ。……この三年間」


「三年間?」


 俺が家出をしたのは六年前。半分の三年間をインドアライフで過ごしていたなら、残り半分はどう過ごしていたのだろう?

 軽い気持ちで聞いたが、空気が重くなる。


「最初の三年間は、カキス君の……ずっと、ずっと……」


「あー……」


 俺が家を出るとき、親父とはきっちり話をしてから出ていたが、ゆりにはあの事があったため、会うことができず出て行ってしまった。

 親父に口止めを頼んだのだが、素直にやってくれていたとは思えない。

 昔より明るくなったが、それは社交性を身に着けただけで、本質は変わっていないはずだ。

 常に誰かの後ろに隠れたり、その人にすごく甘えたりする。特定の人間に依存しがちなのがゆり本来の姿。

 ゆりにとって俺は、かけがえのない友人であり、数少ない依存できる存在なのだと思う。

 それを考えれば急に消えた俺を三年間探し続けていたとしても……。


「カキス君の部屋を使ってたの」


 捜……、え?


「カキス君が帰ってきたときびっくりさせようと思って」


 ゆりの目はうるうるとしている。それは、過去の事を思い出して悲しんだ故ではなく、あくまでも恥ずかしい過去話を暴露した羞恥よって。


「本当はね、捜してもいたんだけど、その時はまだまだ幼すぎて。で、でも、カキス君の部屋ね。カキス君の匂いが色んな所から感じてね」


「……元俺の部屋だからな」


「そ、それで、その……。なんだかカキス君が近くにいるような感じがしてて安心できていたというか、その……はぅ」


 俺の顔を見られない恥ずかしいなら話さなくても良いだろうに。可愛いことは可愛いのだが、俺はげんなりするだけだった。


「お前は……」


 俺の心配?はなんだったのか。


(はぁ……、ゆりらしい、っていうべきなのか?ここは)


 つい癖でゆりの頭を撫でてしまっていることに薄ら気づいていながらやめない俺。


「あぅ……ごめんなさい」


「いいよ、別に。お前に何も言わずに出て行った俺が悪かったんだから」


 頭を撫でる動きから髪を梳く動きに変える。


「もうすぐ着くぜ、お嬢」


 船……艦長がやってくる。

 港を出てから大雑把に計算すると……時速二百㎞。……これ、軍事用品じゃないよな?


「艦長は俺らを送ってからどうするんだ?」


「しばらく爆走するに決まってんだろう?」


「いや、そんな『当り前だろう?』って顔をされても……」


 ゆりに言うとおりである。


「魚雷とレースしたりして」


「はっはっは。面白いことを言うな。……魚雷ごときに負けるとでも?」


 ……艦長の目、めっちゃくちゃギラギラしてるのが洒落にならん。マジの目だな、あれは。


「舵取ってなくて大丈夫なんですか?」


「大丈夫だろ。この船は魔力で動いているだろうから、遠隔操作とか自動操縦とお手の物だろうな」


 俺がゆりの疑問に答える。


「そういうこった。お嬢は安心していちゃいちゃしておきな」


「い、いちゃ……!」


 ボンッ!と音がしそうな速度で赤面するゆり。


「うにゅぅ…………」


 プシュー……、と音がしそうな感じ俯くゆり。


(……男という暴走列車の機関部かこいつは)


 まったくもって可愛らしい反応である。というか、うにゅぅって……。

 抱きしめたくなる衝動を抑えながら艦長に親指を立てると、艦長も返してくれる。

 満足した様子の艦長は、俺らの横を通ってどこかに行ってしまう。一応、操縦室にでもいるつもりなのかもしれない。

 それからしばらくの間、ゆりの頭を撫でながら、リベルに到着するのを待っていた。


       ○          ○         ○


 港は人が多く、はぐれるといけないので、全員が手や腕を持ったまま小走りで人混みを抜ける。二、三日分の着替えしか持ってきていなかったから、スムーズに抜け出せた。


「カキス君はリベルによく来てたの?」


「よく来てたというか……俺は基本的にどこかの場所に一年ぐらい滞在してたからなぁ。ここにはそれこそ二年前まで滞在してたし。三年の内に大体大きな所は巡りきったしな」


「へぇ~。……あれ?三年の内?じゃあ、残り三年は?」


 一年目はヴェルド、二年目はガルダン、三年目はリベル。五年目と六年目はあの森で過ごしていた。


「四年目は秘境とか、細かいところをぶらり旅してた。……あの一年はサバイバルな一年だったぜ」


 別にサバイバルが嫌いではないのだが、ほかの五年に比べれば不自由で面倒な一年だったといえる。


「壮絶な六年だな、おい」


 今俺達が歩いている所は、大通りから少し外れた道だ。入学シーズンにも関わらず、人が少ないのはそのせいでもある。


(昔からだな、こののどかな雰囲気は)


「お嬢様、所々にレンガ以外の素材がありますが、あれは何でしょうか?」


「機械です。正確には金属のほうが正しいかもしれないですけど」


「なるほど、あれが……」


 ディングの疑問に普通に返すゆり。


「お前、見たことないのか?」


 馬鹿にされたと思ったのかギロリと睨まれた。


「あぁ、いや。馬鹿にしてるつもりはないんだ」


「ふん、悪かったな。見たことがなくて」


 取りつく島もない。

 そう簡単に心を許してもらえるとは思ってもいないが、もう少し態度を軟化してくれてもいいと思うのは俺だけだろうか?


「三大大陸は知ってるか?」


「……むろん、知っている。中央のリベル、左のヴェルド、右のガルダンだろう?」


「そう。そして、ヴェルドは魔力を使った摩科学技術が、ガルダンは科学技術が発達している」


「そのガルダンの得意技術の一つが、機械なんです」


 えっへん、と何故かゆりが誇る。なんかムカつく。


「……お前は学校に通っていたことがあるのか?」


 ディングは逆に俺に聞いてくる。

 俺の事を深く知ろうと、善悪のない目で見てくる。


「俺は家に居た時に教育を受けたり、世界を廻るうちに知識を身に着けた。……いや、一応学校に通っていたといえば通っていたか」


「どういうことだ?」


「いろいろと事情があったんだよ」


 今から三年ほど前の話だが、実は俺はデルベル魔学院に"半強制的に"入学されていた。今思い返してみても、余計な面倒を増やしてくれただけなので、いい迷惑だった。

 半強制入学をさせた犯人に会うことがあったら、もう一回本気で殴ってやろうと心に決めていたら、


「あ、着いたよ!」


 犯行計画を考えるのを一旦中止して、ゆりが指した方を見ると、見覚えのある木造の家があった。

 入り口脇のポストの横に、「ピース」と書かれた看板があり、さらにその横には犬の銅像がある。外との境目として刺さっている柵の内側には、落ち着いた色の花が植えられている。正直、花の名前は詳しくないので知らない。毒花であれば詳しいのだが……。

 総じて、ゆったりと穏やかな宿である。


「とても穏やかでいい宿ですね」


 ディングも同意見らしい。そのことを口に出したらまた突っかかってくるだろうから言わないが。


「荷物、重くなかったですか?」


 実は三人分の荷物をディングに持たせていた。


「いえ、かなり軽かったです。……このポーチなんか、何も入っていないんじゃないだろうかと感じたほど」


 ポーチは俺のものであり、唯一の俺の荷物である。中身は……、


「あぁ、それ?ゆりが転んで怪我したとき用の絆創膏が入ってる」


「私そんなに転ばないよ!?」


「今回は、な」


「意味深そうに言わないでよぅ!」


 別に意味深でもなく、昔はよく転んでいたからなのだが。


「もし転んでも、ニヤニ……笑って手を貸すから」


「今、ニヤニヤって言いかけたよね!?」


 ニヤニヤ。


「なんで今ニヤニヤしてるの!?……ふぅ。もう、早く中に入ろう?」


 いつになく立ち直りが早くあまりいじれなかったのが少し残念だ。


「そうですね。こんな奴は置いといて」


 嫌味な言い方なのはゆりをいじったからだろうか?律儀に俺のポーチも運んでくれているが?

 本当に俺を置いて中に入った二人に、やれやれと肩をすくめる。

 すると、


「カキスさんは女性に対してはもう少し優しくされると思っていたのですが、この三年でお変りになられたのですね」


 と、後ろから聞き覚えのある声がした。


「相手にもよりますよ、ルトアさん」


 答えてから後ろを向くと、ゆったりと穏やかな雰囲気の女性が買い物袋を両手に持って立っていた。

 ルトア・テルロさん。長期滞在用の宿屋「ピース」を経営している女性。年齢は今年で二十歳。気性も穏やかで、しっかりとした大人の女性だ。


「久しぶりですね。三年ぶりですか?」


 ピースには一年間お世話になっていた。その関係でピースのオーナーでありメイドのルトアさんとはもちろん知り合いだ。


「そうですね。先ほどのお二人はお友達ですか?それとも、彼氏さんか彼女さんですか?」


「前者はまずないです」


「ふふ……冗談です」


 大人の余裕を感じられるところがゆりとの大きな違いだ。ついでに言えば、胸の大きさもゆりより大きい。


「お話は水谷家の方々から聞いております。ですので、説明なされなくても大丈夫ですよ」


 そう言って中に入っていく。

 おれは、開きかけた口をそのままに、


「かなわないな、ルトアさんには」


 ふぅ、と一息洩らすと俺も中に入る。


          ○            ○             ○


「この宿のオーナーのルトアです。お三方の事情は聞いておりますので」


 ディングが、外での俺のように口を開きかけたがルトアさんが慣れた様子で先じる。

 今、俺らはロビーのテーブルに三対一でルトアさんと向き合っている。テーブルの上には数枚の書類が置かれている。


「ん?お三方?」


 俺とゆりはわかるとして、ディングも何かあるのだろうか?


「はい。ディングさんは学歴が無く、常識に疎いと。それで、私に教えてほしいと頼まれました」


「あぁ、そのことか。なるほどね」


「何故おまえが偉そうにしている」


 じろりと睨まれたが無視する。

 そんな俺を見てゆりだけでなく、ルトアさんもクスリと笑う。


「三年前とお変りないようで」


「ですね。……て、三年前って、三年前にもカキス君はここに来たんですか!?」


 ゆりは乗り出しかねない勢いで食いつく。その勢いにルトアさんは若干引きながらも「は、はい」と応じる。


(……俺は珍獣か何かか?)


 ゆりの大仰な反応にそう思わずにはいられなかった。


「三年前のカキス君はどんなでしたか?できるだけ詳しく!」


「え、えぇと……、とりあえず落ち着いてください」


 このまま放っておくと話が進まないので、ルトアさんを救助する。


「その話はあとで個人的に聞いとけよ、ゆり。今は今の事だ」


 な、と言いながら頭をなでると少しは落ち着いたようだ。


「そ、そうだね。どれくらい女の人を連れ込んだのかは後でじっくりと」


「私が数えられた限りでは十一人連れ込んできてました」


「なんであんたはそんなことを数えてる上に、覚えてるんだ!」


 よどみなく返答するルトアさんについ激しく突っ込んでしまった。というか、ゆりもゆりだ。


「十、十一人も?」


「えぇ、シーツを洗うのが大変でした」


「そんなことは一度もなかっ……!」


 ……。


「……いや、あったかも」


 思い出されるのは、俺と五才も違わぬ少女たち。


「そ、そんな……カキス君の節操無し!」


「あら?」


 ルトアさんは俺がまた否定すると思っていたらしく、首を傾げる。


「というか、それだったらルトアさんも数に入れるから十二人じゃね?」


「!?……えぇと、私は外から来たわけではないので……」


 ルトアさんは、俺の思いもよらぬ反撃に顔を赤らめて目をそらす。


「ほ、本当に節操無しだよぅ……うぅ」


 ゆり、なぜか涙目。


「……何か認識の違いを感じるのは俺だけか?」


「え?」


「俺が今言ってるのは『お仕置き』をした人数のことを言ってるんだが、ゆりはもっと違う何かを想像してないか?」


「あ……。え、えっと、じゃあ、総勢十二人の女の子が『お仕置き』の餌食になったってこと?」


「ああ。まぁ、一人一回ずつで、かなり軽めだったけど」


 『お仕置き』は俺にとっての一種の切り札であり、女子に対しての抑止力になる。だから、一回だけ体験させてどんなものか体に教え込ませた。

 といっても、フルコースでやらなかったのは半分冗談交じりな部分があったので、一段階ぐらいしかやっていなかったが。


「あ、あれで軽めなんですか!?」


 ルトアさんは、あれだけでもかなりのモノだったらしい。


「ちなみにカキス君、ルトアさんにはどのくらいのを……」


「Bを十分ぐらいだったかな?」


「あ、なんだ。それくらいなんだ。……良かったですね、ルトアさん」


 ゆりがなぜか自分の事の様にほっとする。そして心の底から安心している。


「そ、それくらいって……。ゆりさんはどのくらいまで……」


「い、言えません! カキス君から内容を言うなって言われてますし、恥ずかしくて口に出せないです!」


 二人で顔を真っ赤にしてキャーキャー悶えている。


「安心しろ、ゆり。お前が一番だ。『お仕置き』の回数も密度も」


「そ、そんなことで一番になってもうれしくないよぅ!」


 ゆりはいやいやと首を激しく横に振る。『お仕置き』の内容を思い出したのか、さらに顔が赤くなる。


「お前……!お嬢様に何をした?」


 ディングが俺の肩を痛いくらい強く掴んでくる。


「一応言っておくが、俺は必要に駆られたからやってきただけで、俺が楽しみたくてやってるわけではないからな?」


 過去一度も、俺の欲望のはけ口として『お仕置き』をやったことはない。


「ルトアさん、面倒なんでもう話を進めてください」


「そ、そうですね。コ、コホン!……先程、オーナーと申しましたが、基本的にメイドをしております。皆様の身の回りのお世話は私がさせていただきますので、何かあれば気軽にお申し付けください」


「は、はい。分かりました!」


 いまだに動揺が残るゆりだったが、それでもきちんと返事をする。

 忘れてしまいそうだが、俺達三人の中で一番偉いのはゆりだ。俺は雇われの身で一種の傭兵だ。ディングはそもそも水谷家の使用人の一部。

 ディングと俺では、おそらくディングのほうが立場が上になるかもしれないが、そんなことは俺にとってはどうでも良い。ディングだって、人の上に立てるほどの経験もないだろうし。


(……そういえばディングって何歳なんだ?)


「それではお部屋を決めていただけますか?」


「はい」


 二人の会話はいつの間にか部屋割りに関してのことに移っていた。

 部屋割りは、今、一人もこの宿に滞在していないので、好きに選ぶことになる。

 各自、荷物を持って二階に上がる。

 二階には部屋が全部で五つあり、どの部屋もできるだけ間取りを同じにしてあるらしい。

 さて、だれがどの部屋を使うかだが……、


「ゆり、お前はどの部屋を使う?」


「え?う~ん……この部屋にしようかな?」


 階段上がってすぐの、右端の部屋を選ぶ。


「じゃあ、俺は屋根裏部屋で」


「予想外の方向へ!?」


「何だよ予想外の方向って」


「カキス君のことだから真反対の左端を使うかと思ったんだよぅ!」


「人を意地悪な性格みたいに言うな」


「みたいじゃなくてそうだろ……」


「失敬な。俺は人を苛めるのが快感なだけだ」


「もっと嫌な人に!?」


 短い時間に二度ショックを受けるゆりだった。


        ○            ○              ○


「三年振り……か」


 あの後、ゆりと一部屋空けて真ん中の部屋をディングが使うことが決まった。

 今は各自で荷物の整理をしている。

 とはいっても、家具は元から各部屋にある上、必要なものはこれから買い揃えるので、元々そんなに荷物を持ってきていない。なのでやることはこれといってなかったりする。


「埃も無いから掃除する必要も無さげだな」


 三年の間、まるで誰かが屋根裏部屋を使っていたかのように全く家具が傷んでいない。机もタンスもベッドも、ついでに本棚の本も。すべて三年間放置されていたとは思えないほど綺麗だ。

 とりあえず、手荷物絆創膏を机の引き出しに適当に突っ込んでおくと、二階に下りる。


「あら、お早いですね」


「あぁ、ありがたいことに三年前より綺麗なくらいだったから。妖精さんでも掃除してくれてたかな?」


「ふふっ。そうかもしれませんね」


 ゆりの時の楽しい感じではなく、ルトアさんとの穏やかな会話も、三年しか経っていないのに、とても懐かしい。


(それ程、ここの生活がよかったってことか)


 同時に、十六歳が感じるには年寄り臭いなと思い、つい苦笑してしまう。


「どうしました?」


「いや、ルトアさんとの生活がとても良かったんだって改めて思ってから……」


「……カ、カキスさん!」


 年寄り臭いなって思って、と続けるつもりがルトアさんによって中断された。しかもちょっと強めの口調で。


「さっきの発言の意味を考えてください!」


「さっきの?え~と……」


 ……………………。


「ふむ、なるほど。これは誤解を招きかねない」


「わかりましたか。まったく」


「まったくって言ってる割には赤くなって嬉しそうですね、ルトアさん」


「きゃっ!」


 ちょうどゆりの部屋の前で話していたので、中のゆりにも聞こえていたらしい。なぜか扉を少し開け、隙間から覗いている。恨めしそうな視線はちょっと不気味である。


「そ、そんなことありませんよ?……コホン!」


「本当ですか~」


「俺も赤くなって嬉しそうに見えたけど、ゆりと同じ意見なはずがないから気のせいだろ」


「それどういう意味!?」


「おいおい、俺に言わせんなよ。……照れるだろ」


「照れるところなかったよね?」


「じゃあ……、おいおい、俺に言わせんなよ、……感じるだろ」


「もっと悪化したよぅ!?」


「まったく、我が儘だな」


「カキス君の言い方が悪いだけだと思うよぅ……」


 ゆりは俺を責めるようにジト目で見てくる。

 その視線から逃げる。振りをして流し目にルトアさんを見る。深呼吸をして落ち着こうとしている。……深呼吸するほど動揺したようだ。ちょっとショック。


(とりあえず、もう少し時間を稼ぐか)


 新しく話題を投下する。


「にしても、何であんな恨めしそうに見てたんだ?ルトアさんに何か恨みでもあるか?」


「えっ!?」


(何故にそこで驚く?)


「いや、その、別に恨みがあったんじゃなくて、羨ましかったというか……、そのことによる八つ当たりというか……」


(あぁ、地雷だった……)


 新しく投下したのは話題ではなく地雷だったようだ。

 ゆりはもじもじしながら何か言っているが、面倒なことになりそうなので、無視することにしてディングの様子を見に行く。


「そろそろ終わったか?」


 ノックをすると意外とすぐに中からディングが出てくる。


「お前とお嬢様とルトア殿の会話が聞こえてくるころに」


「聞こえてたなら助けてくれよ。俺はあいつの面倒を見続けられるほどの若さもないし疲れるし」


「疲れているようには見えないが?」


「疲れを表に出すのが苦手でね。……そろそろ二人とも落ち着いたかな」


 ちらりと横を見ると二人はいつの間にか消えていた。下から声が聞こえるので、ロビーにいるのかもしれない。


「俺たちも下りるか」

 そういって階段を下りようとしてもディングはただこちらを見るだけで、動こうとしない。


「……どうした?」


「いや、ふと気になったんだが……。なぜおまえはお嬢様から逃げていたんだ?」


「………………質問に質問を返すようで悪いが、どうしてそう思ったんだ?俺が逃げてるって」


 実際、俺はゆりから逃げていたといってもいい。あの夜のこと、今はそこまでではないが、昔はかなり重い出来事だった。


「ゆりお嬢様はお前のことを話してくださることがあった。……さっきお前のことだと分かったがな。その話を聞く限り、お嬢様が嫌いになったからと言って逃げだすような奴じゃないんじゃないかと思ったんだ。違うか?」


「違わない。ゆりを嫌いになったからって六年も逃げ回るなんておかしいだろ。……ある夜のことが原因でもあるんだよ」


「ある夜のこと?」


 思い出されるのは、六年前の襲撃。


「あぁ。事件といった方が正しいな。六年前の事件で俺はゆりにけがを負わせた。……負わせてしまった。そのことだけじゃないが、色々あって家出したんだ」


 幼い俺は逃げた。その現実から。

 だが、現実から逃げることはできなかった。逃げられる訳がない。現実というのは世界であり生きていることそのもの。

 世界から逃げることも、生きることからも逃げることもできなかった。


「お~い、二人共~、お茶にしよ~?」


 階下からゆりの声が聞こえる。


「……この話はおいおい話していく。とりあえず今は下りようぜ」


「そうだな」


 ロビーに下りると既にゆりとルトアさんは席について談笑している。

 俺たちも席に着く。


「久しぶりだな、ルトアさんの紅茶」


 テーブルの上にはいい香りの元がある。

 一口含むと若干の苦みからかすかな甘みと、さらに香りが広がる。二年前と一切変わらない味に自然と顔がゆるむ。


「ルトアさんが入れてくれた紅茶、とっても美味しいです」


 ゆりは、マナー違反を承知で、カップを両手で包むようにもってのんびりモードに入っている。


「ふふっ。ありがとうございます。クッキーもたくさんあるので」


 そう言いながらルトアさんもクッキーを摘まむ。ゆりも遠慮がちではあるが、クッキーを摘まむ。ディングはキョロキョロソワソワと落ち着きがない。


(まぁ、水谷家でアレ等に囲まれていれば、こういった雰囲気に慣れてるはずがないか)


 俺が生暖かい目でディングを見ていると、ルトアさんが「う~ん」と唸る。


「どうしたんですか?」


「いえ……。二年間練習したんですが、カキスさんのクッキーに敵わないな、と」


「まだやってたんだ。……ん、30秒焼くのを短くして、15秒余熱でやるとよくなるかな?」


「それが難しいんですよ……」


 ためしに俺も食べてみたが、少し焼きすぎて固くなっている。硬すぎるほどではないが、お店の商品に比べると固く感じる。


(俺はこの方が好きだけど……)


 確かに、あまり早く余熱に切り替えても、中が生焼けになるため、タイミングが重要だ。


「カキス君、お菓子も作れるんだね。……もしかして家事全般得意?」


「あぁ、料理以外は五年前に教会にいたとき一通り」


「お前は六年間どう過ごしていたんだ……」


 ディングは呆れたように息をつく。脳筋のディングのことだ、剣の修業がどうとか言いたいのだろう。


「色々あったんだよ。確かに六年間いろいろしたけど、お前より強い自信はあるぜ?」


「カキス君は強いもんね」


 ゆりは嬉しそうに俺のことを誇る。


「ふふっ。ゆりさんはカキスさんのことが大好きなんですね」


 ルトアさんは子の成長を喜ぶ母親のような顔で俺を見てくる。少しだけ寂しそうなのが、少し前の会話のせいで変なことを考えてしまいそうになる。


(密かな恋心を持ってるように見えるんだよなぁ……)


 今俺は渋い顔をしているに違いない。別に、ルトアさんに好かれるのが嫌なわけではないが……。


「えっと、その……」


 ゆりはそんな俺の顔を見て言葉を濁す。ただ俯いて泣きそうな顔をするだけ。

 昔と違うその反応に俺は固まった。

 昔だったら、頬を赤く染めながらも頷いていた。ゆりが俺を好きだと言ってくれた時、昔はそれが純粋にに嬉しかった。誇りだった。

 今でも嬉しいことは確かだ。でもそれは事実としか感じていないんじゃないか。相手の心を、ゆりの思いを感じているのだろうか?また、いつから誇りに感じなくなってしまったのだろう?


(これじゃあ、ゆりと初めて会う前に逆戻りだ……!)


 ゆりと会う前の俺に戻るのだけは嫌だ。今となってはあのころの俺に戻るのが恐怖にすら感じる。俺はゆりとであったからこそ、人間としての心を感じられるようになった。

 だから俺は……。


「俺も好きですよ、ゆりのこと。嫌いな奴を二年間も護衛できるほど、人づきあいが得意ではないし。なぁ、ゆり?」


「え?」


 ゆりは聞いてなかったかのように呆けた声を漏らす。

 もう一度言うのは照れ臭いので話を逸らす。


「ルトアさんはここ二年間何をしてたんですか?」


 ルトアさんはすぐに答えず、ニヤニヤしている。どうせ、今俺の顔が赤いのだろう。


「あ、えと、私的にはカキス君がここで何をしてたのかが気になります」


 話を振る相手を間違えたかと思ったが、以外にもゆりが若干の動揺を残しながらもフォローしてくれた。

 さすがに二人に話を振られては無視できないらしく、ゆりの方の希望に答える。たぶん、お詫びのつもりだろう。ゆりに詫びる前に俺に詫びてほしい。


「そうですね……デルベル魔学院に通っておられました」


「えぇ!私全く聞いてないよ?」


「まぁ、半ば強制的にな」


(あぁ、あの頃が一番精神的にキテたなぁ……)


「あの、何かすごい遠い目をしてるんですけど、何かあったんですか?」


「そっとしておいてあげてください」


「はぁ……。でも、成り行きって?」


「あぁ、急に覚醒してな。その関係もあって学院に半強制的に入学させられたんだ」


 俺が能力に目覚めたのは三年のこの街に来たばかりの時だった。


「覚醒?」


 ディングは能力について知らないらしく頭に疑問符を浮かべている。


「あ~、ざっと雑にまとめると、その人の特殊な才能みたいなもんだ。で、その特殊な才能に目覚めるのが覚醒だ」


 後にルトアさんが続く。


「能力にはいくつかの分類に分けられています。その中で特に強力な力を持つ能力を異能系と呼んでいます」


 どこから取り出したのか大きな羊皮紙とペンを机に広げて、分類を書いていく四種類の分類の内、異能系を丸する。


「異能系の能力の使用には高いリスクを負います。リスクの内容は能力ごとに違うんです。そのリスクのせいで入学することになったんです」


「正確には能力の影響なんだけどな……。まぁ、とにかく、俺のリスクは魔力量の激増だ。他のリスクにもいくつかあるがな」


 リスクが複数あるのも異能の特徴の一つだ。


「ちょっと待て、魔力は魔術を使うときに必要なものなのだろう?何故それが増えることがリスクになる?」


「水みたいなものだと思え。器の中の水が器以上だと流れ出るだろう?そうなると流れ出た魔力が周囲に影響を与えて危険なんだ」


 ルトアさんからペンを借り、羊皮紙に水があふれ出ている水瓶を書く。


「一応、その状態を魔力の暴走とか、能力の暴走と呼んでる」


 水瓶の図を丸で囲んで「魔力及び能力の暴走」と書いておく。


「必ずしも魔力量が増えて良いことばかりではないということか……」


「あ、でも、多少だったら暴走って言う程ではないですけどね。だからカキス君は激増って言ったんだと思いますよ?」


 ゆりはそれなりに魔力学についての知識があるようだ。たぶん俺と違ってちゃんと学校に行っていたのだろう。


「で、だ。俺の場合なんだが、魔力量が二十倍になる。それも、能力を発動した瞬間から発動中はずっとだ」


「二十倍?」


「う、うそ!?」


「…………」


 三者三様とは正にこのことだ。

 ディングは二十倍という数値がどのくらいやばいかについて理解ができていないようだ。

 ゆりは二十倍がどのくらいなのか理解できているようで、驚愕のあまり、手で口を覆う。

 ルトアさんは俺が覚醒した時のことを思い出しているのか、目を閉じて眉を寄せている。


「急激に魔力量が増えた場合はその人の二倍の魔力量で暴走するといわれてる。俺はその十倍を耐えなきゃならなかった訳だ」


「耐えたって……暴走を?死ぬか生きるかの瀬戸際で?」


 ゆりが険しい顔で聞いてくる。


「そんなに大事なんですか?暴走は」


「いいえ、暴走ことだけではありません」


 今まで、ただ険しい顔をして口を閉ざしていたルトアさんが補足する。


「人は自分の五倍の魔力量が急激に生成されると、肉体がそれに耐えきれずにバラバラになることが多いそうです」


「なっ!」


 ディングも二十倍がリスクに入ることが理解できたようだ。

 五倍といっても理論的な値で、個人個人で違う。魔力耐性とか、属性とかを考えずに出した値なのだ。


「その四倍なんて耐えきれるものなのですか?」


「五倍は基準の値らしいですけど……だからって二十倍は……」


 あの時のことを例えるなら、二十人の自分に一斉に全力で内側から殴られる感じと言えば伝わるだろうか?実際はもっと酷いものだったが。


「凄かったですよ。カキスさんはむしろ暴走を利用されたんです。肉体が慣れるまでずっと魔力を放出されていました。二日間ずっと……」


 暴走状態は魔力を放出する身を守る行為でもある。そもそも、許容量以上の魔力のせいで暴走するのであって、それを放出しきれば暴走も収まる。

 だがそれは「一瞬」だけ魔力量の最大値が増えたからすぐに収まるが、俺のように発動中から「永続」的に魔力量の最大値が増えたままの場合は肉体が慣れるまで放出し続けるしかないのだ。


「大丈夫……だったんだよね?」


「あぁ、学院の地下で人払いも結界もしてあったから」


「そうじゃなくて!カキス君の自身の話のことだよ」


「大丈夫なわけないだろ。体中の色んなトコから魔力と一緒に血が噴き出ること噴き出ること。暴走が治まった後も死にかけたからな」


 まともに魔力を出すだけでは間に合わず、目や鼻、関節、内臓から噴き出る時もあった。


「それでよく死ななかったな」


 今までの呆れたものではなく、感心したようにディングが漏らす。


「まぁ、魔力は噴き出るほどあったから穴が開いたところは魔力で塞げば何とかなるんだけどな」


「そうですね。おかげで暴走が終わってからが本当に大変でしたけどね」


 魔力がなくなれば塞ぐ者も無くなり、治まった後の方がよっぽど死にかけていた。ルトアさんにはそのあとに多大な迷惑をかけたものだ。


「……他には?」


「他って?」


「うん。他にもリスクがあるって言ってたよね?」


「あ~……秘密」


 いったら絶対に使うなと言われるのでもう一つのは秘密にしておく。


「じゃあ、一生能力を使わないで」


「そうきたか」


 どうやらマズイものだと分かったようで、即禁止されてしまい、つい苦笑いをしてしまう。

 そんな俺の反応にゆりはぷりぷりと怒っている。


「笑い事じゃによぅ!どうせ寿命がどうとかでしょ?」


(……鋭い)


 クッキーを小動物のように食べながら怒る方もどうかと思う。まぁ、本人は真剣なのかもしれないが。


「お前が面倒なトラベルに巻き込まれなきゃ使わないさ」


 はっきりと使わないとは明言しないでおく。

 カップの残り少ない中身をぐいっとあおると、ふと、あることを思い出す。


「ルトアさんの能力は相変わらず?」


「えぇ、一応は。……ゆりさんのことですか?」


 ちらりとディングを見たのは内容が内容だからだろう。

 ルトアさんも事情を知っているようだが、なぜかディングが知らないのだろう?

 ディングは、俺とルトアさんの会話をただ首をかしげるだけで、特に反応を示さない。


「え、私?」


「そう。お前の能力の影響のことだよ」


「待て待て待て!……お嬢様も能力者だと?」


 ディングは手を使ってまで止めてくる。分かりきってはいるが、それでも聞かずにはいられない。


「こいつ……お前の家の使用人だよな?」


「あはは……。あ、でも、お父さんとお母さんにしか教えてないですから、知らなくても当然ですよ」


(主人にフォローされる使用人って……)


 しかもそれが普段がボケボケのゆりだから……泣けてくらぁ。

 俺が同情の目を向けていることにも気づかずに一人沈んでいるディング。そんな男二人を置いて話を進める女二人。


「私の能力が『能力判定(アヴィリティ・ジャッジ)』なことも関係して、ゆりさんのお父様もこの宿を選ばれました」


「ついでに、『能力判定』は相手の能力が覚醒していれば、その能力の内容とリスクが分かるアシスト系の能力のことな」


 先に説明して話の流れをキープする。


「ゆりさんは未だに能力が不明でしたよね」


「はい」


「どうしましょうか?今から……、は恥ずかしいですよね?」


「え、え~と、はい」


 『能力審査』は心臓に近い肌を直接触れなければならない。さすがにその場に男の俺らがいるわけにはいかない。


「いや、俺たちは外に行ってくるからさっさとやってしまえ」


「あれ、どこ行く気?」


「えぇ、近くに師匠から勧められた道場があるので、そこに行ってみようかと」


 そう言いながら招待状を懐から出すディング。


「その道場の門下生の中に知り合いがいるからそのついでに俺も、な」


「知り合いって、あの方ですか?」


「そ、あいつ。……それじゃあ、行ってきます」


「行ってまいります」


 その後、帰る時間なんかを決めて、俺とディングは二人に見送られ道場に向かった。

 道中、木刀専門の露店(妙にクオリティが高い)で、木刀を買って行く。

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