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表裏の鍛治師  作者: かきす
第三章 「狂乱を受け継ぎし者編」
39/55

プロローグ 「日常的な朝」

お待たせしました。第三章の始まりです。


 コンコン。


 ……。


 コンコン。


 ……。


「カキス君? 入るよ」


 ガチャ。


 私は久しぶりに幼馴染み――カキス君の部屋へ足を踏み入れる。彼の部屋は屋根裏にあり、階段から伸びている通路は照明も窓もないのでかなり暗い。木造で、少し年季の入ったそこは、少し不気味で怖かった。


(だから返事がなくても入っちゃうのは仕方ないよ)


 そんな、本人に聞かれたらデコピン必至の言い訳を胸に、部屋を見渡す。

 見たところ、部屋の主は不在らしい。


「どこに行ったんだろう……」


 今日は学校もお休みの日。今日こそ六年間何をしていたのか問い詰めようと思ったのに。


「……どこかに隠れてたり?」


 彼がいなかったことに肩を落とした私はそういった。彼のベッドに目を縫い付けて。


 ゴクリ……。


 私は唾をのみこみ、ふらり……と引き寄せられるようにそこを目指す。


「お、お邪魔しま~す……」


 ペラリと、人がいないとは思えないふくらみを持つ、ベッドのシーツをめくって……!


「何やってんだ?」


「ひぅっわぁにゃぁぁぁぁっ!?」


 ○ ○ ○


 トイレから戻ってくると、妙に鼻息を荒くしたロリっ子が、自分のベッドをめくろうとしていた。

 そんな不思議で意味不明な状況を、普通ならどう対処するだろうか?

 たぶん、傍観する人は少ないだろうと俺は思う。


「あの、これは違うの!?」


 憎からず思っている相手が、自分の寝床で何かしようとしているのだ。気になるのは当然。


「聞きたいことがあってね!? それで部屋に来てみたらいなくてね!?」


 ここで問題点がある。そのロリっ子が万年発情期ということだ。


「この幼女に近い少女はことあるごとに頬を赤く染め、なおかつ物理的にも精神的にもマゾヒストであるため……!」


「やめて!? 窓から乗り出してそんなことを叫ぶのはやめてよぅ!?」


「くっ! そうだった……こいつの業界じゃ羞恥プレイはご褒美だったんだ……!」


「ご褒美だなんて一度も思ったことなから!? 効果抜群だから!」


「じゃあもう少し続けよう。この万年発情ドМ変態ロリは……!」


「悪化してる! 悪化してるからぁ!?」


「ええい、腰に抱き着いてくるな! 鬱陶しいっ」


「今日のカキス君いつも以上にサドいよぅ!?」


「ひどいとサドを混ぜるな!」


 今日という今日はこの女に普段どれだけ変態行動が目立つのかわからせてやる!

 幼少期に比べ行動力がついてしまったゆりは、最近日に日に大胆さが増してきている。こちらが主導権を握っている状況ではひかえめな少女と出会えるが、一度手を離せば痴女が染み出してしまう。

 別に多少においをかがれてもベッドの中へもぐりこまれても俺は気にしない。問題なのはその表情だ。恋愛系の書物のように、適当な理由をつけダメだとわかっていながらもつい……。そして少し冷静になってから恥らいながらも、止められない。そんないじらしい内容であれば俺だってふりだけでも胸キュン的な反応を見せようものを……。

 残念ながらこいつは、タレ目ぎみの双眸を欲望でトロけさせ、上気した頬に気づかず熱い吐息を漏らしていた。若干前のめりながら、何かを求めて両手を伸ばしてすらいた。

 その後ろ姿はまるで、どころかまさに痴女そのもの。


「お前にその自覚があるのか?」


「え? 何の話?」


「…………」


 すっ……。


「ヒッ!? 無言でデコピンを構えないで……!!」


 ベチンッ!


「あいたぁ!?」


 額を守る両手ごと、デコピンをかます。俺のデコピンの前ではガードなど無意味である。


「お前の顔がとんでもなくド変態だったのを理解していたのか聞いたんだよ」


「は、初めから言葉で言ってよぅ……」


 昔から変わらない、語尾が伸びる口癖を出しながら、デコピンを一身に受け止めた左手を右手でさする。雪のように白いゆりの肌がそこだけ赤く染まっていた。


「言葉で言ってお前は理解して改善するのか?」


「す、するよ!」


「じゃあほれ」


 俺は自分のベッドをめくりゆりを見る。


「……えっと?」


「好きなように使っていいぞ」


 そういうと迷いなく、かつ素早くベッドの中にもぐりこむゆり。


「久しぶりにカキス君のベッドだぁ~……はっ!?」


「……ほほぅ」


 もぞもぞと男のベッドで身もだえ出したゆりに、鏡を使って本人にその顔を見せる。


「自分の顔を見てどう思った?」


「いや~、その、……童顔だなぁって」


 くだらない誤魔化しで現実から目を逸らそうとするゆりを哀アンクローで締め上げる。ギリギリと音がしそうなほど手に力を込めると、腕を本気でタップしてきたので解放してやった。

 痛みが残るのか、ゆりは頭を抱えてうずくまる。


「確かにお前の顔は童顔だ。というか全体的に幼い。だがな、十五、六になってまだ男の寝床に嬉々としてはいる理由にはならないからな?」


「で、でも……一緒に寝るわけじゃないし、少しぐらい」


「ダメだ。変な習性がついてしまうと、同じくらい変な噂が広まる」


 俺は過去の実話を教えてやることにした。


「とある少女がいた。その少女は思考に没頭すると、周囲への意識が散漫になる子だった。その子を思考の旅から引き戻すには耳元で話しかけるしかなかったんだ」


「体を揺らしても反応なかったの?」


「……その発想はなかった」


「私を散々変態扱いしといてカキス君も大概だよっ!?」


「ほら、あれだ。後でセクハラ扱いされても困るだろ?」


「それでセクハラ扱いされるなら耳元でささやいても同じだよっ!?」


 別にささやいていたわけじゃないんだが。


「まあもう過去の話だ」


「今後に生かすつもりは?」


「まぁもう過去の女だ」


「すごい最低な誤魔化し方してるよぅ!?」


 しまった。会う可能性が限りなく低いっていうつもりが、誤解させてしまった。


「違う違う。そういう意味で言ったんじゃない。昔の話だから、もう会うことはないだろうって意味だ」


「な、なんだ……」


 ゆりは何に対して安心したのか、ほっと胸をなでおろした。


「ついでにゆりは昔からの女だな」


「ストーカーみたいな響きだからそれ!?」


 個人的にはそれに近い何かなのだが……まぁいい。


「不満か」


「当たり前だよぅ!」


「なら……昔からの痴女」


「もっと不満だよぅ!?」


「根っからの痴女」


「痴女から離れようよ!?」


「元から変態」


「言葉を変えただけで意味変わってないよぅ!?」


「万年発情ロリ」


「結局そこに行きつくんだね!? ねぇそんなに私ハァハァ言ってるかなぁ!?」


「現在進行形で」


 主に連続ツッコミのせいで。

 息を切らしたゆりは、へなへなと床に崩れ落ちる。


「おいおい、汚いぞ」


 猫がのびをする姿と同じ体勢で床につっぷすゆりに、俺は苦笑する。


「もおいいよぉ……」


 一日が始まったばかりなのにもう疲れ切ったらしい。自分のせいとはいえ、男の部屋でいくらなんでも無防備がすぎるだろう。


「俺はゆりの後ろに回ると、抱きかかえる。


「よっと。相変わらず軽いな」


「ひゃうっ!? く、くすぐったいよぉ……!」


 ゆりはその外見にたがわず、羽のように軽く体重を感じられなかった。腰から腹へ腕を回して持ち上げたので、恥ずかしさに頬を染めながら身をよじって逃げ出そうとする。が、いくら足をバタつかせても話す気はない。

 俺はそのままベッドの前に立つ。


「ほら、疲れたならこっちで休め」


 膝を曲げ、ゆっくりとベッドに下すと、幼馴染の少女は目をぱちくりと瞬かせた。


「いいの?」


「あぁ。どうせ俺はこれから外を走ってくるから使わないし……まだ朝も早いからな」


 そういって頭をなでてやる。

 ゆりの強張った体から力が抜けていく。自ら飛び込んだ時と違い、ゆっくりとベッドの中へもぐりこむ。


 モゾモゾ……。


 完全にベッドへ隠れたゆりは、恥ずかしそうに顔の半分だけを出す。


「な、なんかすごい恥ずかしくなってきちゃったよぅ……」


 落ち着きのない瞳は、視線が合うとすぐに逸らされてしまう。その様子に名残惜しさを感じながら、俺は出る準備を始める。

 必要なものをナップザックに詰め込みつつ、背中でゆりの視線を受け続ける。きまずい沈黙に耐え切れず、俺はゆりに声をかける。


「……なんだ?」


「ランニングしに行く割に荷物が多いなぁって」


「…………」


 俺はその言葉に、手を止めた。机の上にはまだ、数枚の資料が散らばっている。


(背中越しに見えて……いや、雰囲気で察したのか)


 チラリと視線を送る。しかし、首を動かさずゆりを視界に収められない。

 今ゆりがどんな顔をしているか、まったくわからない。


「いろいろと、やることがあるからな……」


 適当に返しながら、『警備員配置図』と書かれた二枚つづりの書類をナップザックに折りたたんで入れる。


「あ、そういえば、”ひーちゃん”から手紙が来てたよ?」


「なん、ですと……?」


 ”あいつ”からの手紙が、来た?


「な、何が書いてあった?」


「ん? 普通に元気ですかって。カキス君にもよろしくって書いてあったよ」


「そうか……」


 どうやらあいつからは何も聞いてないらしい。

 俺はゆりに秘密にしていることがある。その内容は、今まで隣にいてくれた、たった一人の幼馴染であるゆりが悲しむもの。

 それがバレていないことに安堵し……、


「でも、ひとつ気になることが書いてあったの」


「…………」


 安、堵……、


「『また一緒に気持ちのいい夜を過ごしましょう。初めてのコトが忘れられないわ』って」


「…………」


 なぜだろう? ゆりの背後が暗いというか黒く見えるのは。


「この初めてのコトは何を示す代名詞なのかしら?」


 そして黒ゆりまで参戦してきやがった。


「落ち着け二人とも。こんな意味深なことを書くかどうか、常識を踏まえて考えろ」


 このままでは不利だと判断した俺は、二人の高ぶった気持ちを静めようと試みる。真実を語る気なんて一切ないぞ、俺には。


「カキス君が常識っていうと、すごい範囲が広がるよ?」


「そんな記憶上書きしてやるわ。三百年の絶技を味あわせてあげる」


 ダメだ、一人事実に関係なく獣になってるやつがいる。重症すぎだ。


「おいこら服の裾をめくるなズボンを下げようとすんな」


「吸血鬼として、サキュバスとしてその勝負には負けられないのよっ!」


「俺を巻き込んで争うな!」


 ちくしょう、こいつ地味に身体強化してやがる。服をつかむ力が強くてふりほどけねぇ。


「女の戦いには負けられないことだってあるんだよ、きっと」


「手で顔を隠すふりして指の隙間から覗いてるお前は黙ってろ!」


 先ほどから、チラチラとズボンからパンツが見え始め、ゆりはそれを見ていないふりをしながら無責任なことを口にしている。

 黒ゆりがパンツにまで手をかけ始めていなければ、今頃あの額にデコピンの一つでもお見舞いするものを……! 

 俺は全力でモザイク阻止をしながら歯噛みする。


「くっ、意外にガードが堅い……! 硬いのはっ、必要な時だけでっ、いいのよっ!」


「それ以上具体的な言葉にすんなよ!?」


 モザイクを阻止できてもピー音の制御は、さすがの俺も厳しい。


「そんなに私の口を塞ぎたいなら物理的に行動すればいいでしょう? ナニ、じゃなくてビッグマグナムで!」


「十分具体的だわ!」


「た、確かに……まだ言い直す前のほうがぼやかしてたかなぁ……?」


 最近、段々とゆりがいろいろとオープンになり始めている。

 二日前、吸血がしたいといって部屋を訪ねてきたとき、いつもは首からなのだが、何故か人差し指を口に含んだ。上目づかいでわざと水音を立てながら。

 あまりにも露骨な挑発だったが、気づいていないふりで躱した。

 似たようなことがよくおこっている。そのたびにうまくあしらっているが、いつ爆発して強硬手段に移るかわからない。というかすでに暴走している。


「こうなれば最終手段よ!」


「なに?」


 こいつ、まだ何かしようというのか?

 俺は布が破れない限界まで身体強化をかけ、「最終手段」とやらに備える。


「私の用意する最終手段は……ゆりちゃんよ!」


 …………。


「えっ、ええ!? 私なんてカキス君に対して有効じゃ……」


「バ、馬鹿な……ゆりを加えるだと……!?」


「あれすっごいいやそうな反応なんだけど!?」


 ゆりを加えると……加わるとなると、この状況の混沌度が加速度的に上昇してしまう!

 ゆり一人の存在はとてつもなく大きい。ゆりのトラブルを引き寄せる能力を甘く見れば一瞬でピンク色の空間が広がる。そんなことをされたら困る。ゆりを止めるのに。


「ゆりを仲間に入れるのは反則だ!」


「ふふ。あなたにラッキースケベの恐ろしさを教えてあげるわ。いくらあなたが不感症気味だとしても、ラッキースケベの前では無駄よ!」


「不感症ぎみ言うな。コントロールしてるだけだっつに」


「そ、そうだよ! カキス君のはちゃんと機能するよぅ!」


「おいこら待て。そのフォローだとゆりが俺の状態を把握しているようにしか聞こえないだろうが。新しい誤解を作るだけだろうが」


 やばい、さっそく影響が出始めている。くっ! ゆりの周囲にはカオスの神でも取り巻いているんじゃないだろうなぁ……!


「ちちち違うの!? こ、言葉のあやだよぅ!? 前に一度だけ服越しに体感したことがあるって言いたかったんだよぅ!」


「…………」


 こいつははたして、何を言っているのだろうか?


「さすがゆりちゃんね。まだ本格投入してないのにこの破壊力」


「納得の最終手段」


「なっ!? もういいもん! 黒ゆりちゃん側につくもん!!」


 ガシィッ!


「言ったの俺だけじゃなかっただろうが!! あぁもう、お前らいい加減に離せえぇぇぇぇぇぇーーーーーー!!!」



今のところ書き溜めがないので、一話は二週間後になるかもしれません。


最近思い直しました。やっぱり自分は脚派だと(キリ

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