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表裏の鍛治師  作者: かきす
第二章「クラス騒動編」
37/55

エピローグ 「ソノ身ニ宿ルモノ」

長かった二章も、これで終了です。……本当に長かった。無駄に長かった。


 トントン。


「はぁい、って、カキス君!?」


「ああ、少し帰るのが遅くなった……」


「大丈夫なのっ!? その傷……それに髪が黒色に……」


 ゆりは真っ先に、俺の服の右脇腹の出血痕を確認し、その後に能力を解除した関係で戻っている髪色についても言及してきた。一瞬で、俺の体の変化をすべて見抜いて見せたゆりに苦笑する。

 こいつのこの勘の良さは、一生変わらないのかもしれない。


「傷は止血してあるし、すぐには死なないから大丈夫だ。髪が銀髪じゃないのは……これから説明する」


 俺はそういってゆりの腕をついかみ、屋根裏部屋の自室に連れ込む。結界を張ってあるあの部屋が内緒話をするには一番だからだ。

 階段を上る最中、一瞬だけでてきた黒ゆりが、


「私たち、今から襲われるのかもしれないわよ、ゆりちゃん?」


「え、ええっ!?」


 と、ふざけたことを抜かしたので脳天に一発拳骨をお見舞いしてやった。


「さて、とりあえずベッドに座ってくれ」


 俺は部屋のカンテラに小さな火種を入れて光源を確保し、おもむろに上着を脱ぎ始める。


「え、ちょ、本当に……?」


 血がべっとりとこびりついたシャツも脱ぎ捨て、床に一まとめにしていると、何故かゆりは俺の方をチラチラ見てはその度に顔の紅潮度を増していく。熱される鉄の段階を見ているような気分だ。


「? 何が本当になんだ?」


 ゆりの行動もだが、一緒につぶやいた言葉の意味も俺には理解できず聞き返す。


「えと……そのぅ、カキス君はなんで服を脱いだの?」

 

 そしたら逆にゆりは聞き返してきた。そんなこと、理由は一つに決まっている。


「何でって……血が付いたままの服を着るのは衛生上よろしくないからに決まってるだろ。お前は俺にあの服のままで話をしろと?」


 そういって脱ぎ捨てた衣類を指さす。別に線上に立った経験も少なくないので、今さら血糊がべっとりついた衣服を着たまま長時間過ごすこともできないでもないが、不快かどうかと言われれば、当然不快に感じる。着替えられる状況なら、さすがの俺だって着替えたいとは思う。

 そんなことぐらい、ゆりにだって理解できているはずなのだが……?


「え、あ、そっか。そうだよね、うん。そうだと思ったよ、うん……」


 そしてゆりは何故か目に見えて落胆し始める。一体こいつの頭の中ではどんな理由を想定していたのだろうか。気になるようで、知りたくない。普段の行いというのは、本当に怖いものだ。

 ともかくとして、途中で中断された着替えを続行し、ようやく一呼吸入れてから、俺は約束していた話の口火を切る。


「俺の能力についてだが……以前に少し話したときはどこまで話したんだったかな」


「カキス君の能力はリスクというか効果というかで、最大魔力量が二十倍になるっていうことぐらいしか、聞かされていないよ」


「そうか。なら、もっと具体的な能力の内容を教えるか。俺の能力は、頭の中で思い浮かべた武器を作り出す、というのが大雑把な説明だな」


「……思い浮かべた武器を作る……?」


 ゆりの頭上には、クエスチョンマークが浮かんでいる。


「そう。例えばだが、ぐねぐね針金みたいに曲がるけど、とっても切れ味のいい剣を想像するだろう。それを、魔力を消費して作り出すのが俺の能力だ」


 能力名は『ウェポンバース』。バース系の最上位の能力だと俺は考えている。バース系は、それぞれ武器の名前を冠しており、それ以外の武器は作れず、作成できる武器にも上限が設定されている。なので、俺のように思い浮かべた武器を好きなように作れる、という便利能力ではない。しかし、俺の『ウェポンバース』と安直だが、その効果内容に関しては、最凶の能力といわれている」


「最凶……」


 ゆりはその意味を考え、黙考するが答えは出せない。というより、明確な答えをイメージできないのだろう。それもそのはずで、この能力を持つ人間の記録は大抵残っていないのだがら。


「この能力は、文字通り、武器であればなんだって作り出せてしまうんだ。例えそれが、一振りで世界を破壊に導く剣でも、一本でも世界中の人間を心のそこから屈服させる短剣でも。過去にあった事例では、町一つをまるごと空に浮かび上がらせる杖を作り出した人間もいたという」


「そ、そんなすごい能力……普通じゃすまないんじゃ……!」


 普通じゃすまない。

 まったく持ってその通りだ。この能力の”リスク”は普通じゃない。

 元々、異能系の能力は高いリスクを払ってその恩恵を受けられるのだが、ウェポンバースは神の能力と言われるほど絶大な力を有し、また死神の能力と言われるほど絶大な危険を含んでいる。

 リスクはいくつもあり、内何個かは俺に対して大きな影響を及ぼさないものもある。武器を作り出すたびに激痛を発するとか、低確率で武器生成時に魔法の詠唱が行えなくなったりなど、痛覚遮断や詠唱することのない俺にとってはあってもなくても対して変わらない類のリスクもある。

 けれど、俺にとっても無視できないリスクも、ある。


「リスクの一つとして……一か月間の魔力を一切回復できなくなる。自然回復も、外部からも補給することも」


 魔力回復障害だ。

 普通、魔力は自然に回復する。体力と同じように、時間経過で回復し、普段から魔力を消費しているのなら体力がつくように、回復速度も上昇する。定説では、基本的な人は自然回復能力だけで完全に魔力が回復するのを待つと、四時間はかかるという点である。

 それでも、別に四時間経つまでの間、一切回復しないこともないし、魔法席などから魔力を吸いとれば回復はできる。

 しかし、ウェポンバースに隠せいしたものは、例えウェポンバースを発動していなくても、一定期間が経つまで一切魔力が回復しない。魔法席からいくら搾り取ろうとしても、能力を使っても、だ。一定期間というのはおおよそ一か月間であり、次に回復するときはその四、五日前後の日になる。その度に次はいつ回復するのか、感覚的にわかる。

 だが、そんなことがわかっても何の慰めにもならない。


「ウェポンバースで武器を作るのは、ありえないほど燃費が悪い。出来の悪い量産品の剣と同じ性能を作り出すのに、中級に及びそうなほどの魔力を消費してしまう。これで特殊能力を付与した場合、その能力の強さによって消費魔力が格段に跳ね上がる」


 今日だけで三回は出したであろう『女神の錫杖』は、上級魔法二回分の魔力を消費して形造っている。武器を出現させ続けるだけで中級魔法分を消費し続け、特殊能力の完全治癒では上級魔法五回分もの魔力を使ってしまう。

 なお、一応のことだが、ウェポンバースには消費魔力を無条件で減らす効果は通用しない。なので、「作成時に魔力を消費しないで済む武器」を作ろうとしても、それは魔法や魔術を行う時に魔力が消費されなくなるだけで、作成コストも維持コストも払わされることになる。それと、ウェポンバースのリスクの中で、消費魔力の増大、とかいうリスクは存在しない。

 適正価格で、このぼったくり価格。覚醒した当時は随分と頭を悩まされた。

 まぁ、悩まされたのは別にリスクのことだけではないのだが。


「そんなわけで、今の俺は魔力が空っぽで、髪色も元通りになっているのさ」


 普段から銀髪なのはあふれ出そうな魔力を髪一本一本に抑えつけておくことで、貴重な魔力が漏れ出したり、それで気配に気づかれたりしないためだ。ちなみに、銀色なのは変えようがなく、どうしても魔力の属性的に色は選べなかった。選べたら、何かと便利だったのに。変装のときとかに。


「……その間、カキス君はどうするの?」


 ゆりが心配しているのは、これからの俺のことを聞いているのだろう。

 中級魔法一発分程度の魔力は残っているが、長時間の戦闘であればいくら魔力消費が極端に少ない身体強化であろうと、切らしてしまう恐れがある。ゆりは俺の残存魔力量を見極めたうえで、そう聞いてきている。

 できるだけ明るく話す俺と違って、ゆりは終始真剣な表情を保ち続ける。出来る限り事態を軽くしようと俺の目論見とは正反対に、ゆりの中ではのっぴきならない状況になっているのだろう。

 ゆりの瞳は、涙で揺れていた。頬を伝うほどではないが、確かに瞳がキラキラと輝いていた。その理由は、自分自身を守る存在が、今まで以上に危険な目に合うことを心配しているのだ。この心優しき少女は。


「……安心しろ。今日が、いや、丁度今が……」


 スゥ……。


「一定の期間だ」


 体中の倦怠感が一瞬で消え失せ、戻った魔力ですぐに髪色を銀髪に戻す。

 俺が今日、能力を多用したのかといえば、今日が魔力が戻る時だからだ。丁度一か月。次回は、一か月と二日。

 それを思考の片隅に留めておきながら、俺はゆりを安心させるために艶やかな黒髪を撫で付ける。


「心配させてすまない。でも、さすがに無計画に能力を乱用した入りしないさ。この能力に覚醒してから、もう三年は経ってるんだからな」


 穏やかな微笑を浮かべながら、サラサラの感触を堪能する。

 ゆりはそんな俺の顔を上目づかいで見上げ、一瞬でじわっと涙が滲んだが、すぐにごしごしと目元をこすった。


「……そっか。よかったよぅ……カキス君が無事で」


 ゆりは、自分の頭にある俺の手をとって、愛おしそうに胸に抱える。二の腕に湿った感覚が伝わってきたが、言及せずゆりの好きなようにさせてやることにした。

 それからゆりは、涙の跡が乾くまでずっと、俺の腕に頬を押し付けていた。


 ○ ● ●


「やはり、赤角は失敗しました」


「まぁ、当然であろうな。未完成のブースターを危機として使い、その高まった魔力でつまらぬ自爆でもしおったのだろう?」


「ええ。そして、ミストレスは予定通り、逃走に成功しました」


「ほぅ……? よくもまぁ、あの物から逃げられたな。私の予想では、無様に心臓を貫かれるものだとばかりに……」


「心臓は突かれていなかったようですが、心はえぐられたようです。奴は今、精神的なダメージを受けています。部下に確認させた情報によると、頭髪が真っ白になっているとか」


「……ふっ。よほど恐ろしいモノを見たのであろうな。例えば、逃れようのない自らの死、とかな」


「…………」


「それで、次なる一手の準備は? どうせ今回も失敗に終わると予想していたはずだ」


「はっ。次はすでに用済みとなったミストレスを撒き餌に、奴勢力の戦力を削ろうかと……。具体的には、例の研究で生み出された”人形”を使おうかと」


「面白い。奴がどんな立ち回りを見せてくれるのか。非常に楽しみだ……!」


「次こそは、必ず成功させて……」


「よい。どうせ、成功などするものか。それよりも、失敗することを前提にして動け。ただ敗れることは許さぬ。敗北ですら、糧として見せろ。我らが望む、桃源郷に至るための」


「……はっ!」


「……それと、今回は指示を出したら後は現地のものだけに対応させよ」


「それは構いませんが……何故に?」


「簡単なことよ。今回は我らの末端がかかわっておったせいで、余計な爺もつれてしまった。だから、次は余計な獲物が網にかからぬよう、手繰るためだ」


「わかりました。そのように采配をいたします」


「うむ。頼んだぞ」


「はっ! それでは……」


「ああ。…………ふぅ。まったく、何時になったら奴は”覚醒”を果たすのやら……。これでは、まともに自己紹介も出来ぬではないか。”覚醒”を待たずして相対でもしようものなら……うっかり奴の首を切り飛ばしてしまいかねんからな……!!」


 ● ○ ○


「黒ゆりちゃん、ウンディーネさん。……カキス君の話、どこまで真実だと思います?」


 ゆりは自身しかないはずの自室で、虚空に向かって言葉を発する。それに対する回答はあってないはずのなのに――


『正直、八割が真実だと思うわ。何かしろ、ゆりちゃんに話したくない部分があるから、そこを嘘ついたように思えるわ』


『……私には、測りかねません。彼との関係も浅い私では、人間の機微などとても読めるものでは……』


 不敵な声と申し訳なさそうな声が、ゆりの脳内で響く。

 その二人は、ゆりが信頼を置く話し相手に他ならなかった。


「……私は、全部本当のことを話してくれたと思います」


 少年は信じてやまない少女は、今回もやはり、少年を疑うような思考はなかった。

 ただ、


「でも、話してくれていないことが、たくさんあると思います」


 少年の隠し事を、正確に見抜いていた。


「だって、”魔力が回復しない程度”で、あんな便利な能力の使用を控える必要があるとは思えません。だから、きっと……もっと大きなリスクがあると……思うんです」


『……私は、その部分を含めての八割よ』


『私はあの能力について、知らないこともないですが、それはあくまでも敵対者として。使用者側のリスクはわかりません』


 少女は少年と離れてから六年が経っても彼を疑うことを知らない。だが、彼を知りたいと思う気持ちは日に日に強くなっていく。彼の全てを誰よりも、ともすれば本人よりも知っているはずの少女が、知りたがっている謎。

 それは少年の体を蝕む力のこと。


「たぶん、今聞いてもカキス君は答えてくれない……」


 ゆりは二人に語るでもなく、


「でも、いつか……」


 決意を孕んだ呟きを発する。


「カキス君の全部を受け入れてあげたい……」


 その呟きを聞いていたのは、黒ゆりとウンディーネだけではな――


「……やはり、そう簡単には隠し通せない、か……」


 ――ドアのすぐ隣の壁に体重を任せていた少年の耳にも、届いていた。




 彼らはすれ違いを続ける。正確には、巧みにすれ違っている。

 少女が少年の全てを受け止められる時は、来るのだろうか……?

次回は三章プロローグ! ではなく、二章のあとがきです。

ただ、少し間隔が空くかもしれません。出来る限り早めに更新したいと思います。

……決して裏で三章を書き溜める時間が欲しいから引き延ばそうと画策している、なんてことは……ないですよ? たぶん

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