第二十一話 「決着 後編」
上のタイトルで」←これ、をつけ忘れていたことに一週間後に気づく作者
おっと、どうやら心の内が漏れていたらしい。直前まで顔をうつむかしてかくしておいてよかった。もし顔をあげていたら逃げられていたかもしれなかった。気づかれてしまった以上、早々に行動に移さなければ。
この際、理由づけとかする時間もないしその手間も面倒なので、投げやりかつ勢いで誤魔化すとしよう。
「さ。さっそくお前の出番がやってきたぞ」
「いや待て。待ってくれ。非常に嫌な予感がするのだが? 爪が食い込みそうなほど両手に力を入れているのはなぜだ?」
「よ~し、じゃあいっせ~の~……」
「ま、ままま待て待て待てまぁ……!?」
「っせ!!」
ブオン!
俺は、この後何をされるのかわかっているくせに往生際悪く、ごちゃごちゃと囀っているディングの片腕を持って、全力で敵のほうに向かって投げだした。
身体強化を医療しての腕力にものを言わせての人体投擲。その非常識さに、三人は一瞬体の動きが完全に固まってしまう。
「なっ!?」
俺はすぐさま影身で背後にまわり、ディングの着地予想地点を狙って魔法を唱えようとしていた取り巻き1の足を払う。気配を消しての足払いに払われた途にようやく気付いたことの男は、慌てて両手を地面に向ける。
「実戦経験不足、だな」
俺はそんな取り巻きに強烈な蹴りを腹部に叩き込み、いまだ空中を飛んでいるディングの方へ蹴り飛ばす。
「ディング、そっちに行ったぞ」
「行ったんじゃなくて、いかせたんだろう、が!」
ザシュッ!
ディングはすれ違いざまに腰に差した鞘から抜刀し切りつける。相手の腕を狙った攻撃は、切断とまでいかなかった。せいぜい深い傷跡を負わせた程度で欠損部位としては処理されない。
二人は着地すると同時に後ろを向きお互いが狙う敵を正面に捉えた。
向こうで新しいカップリングが成立している間に、俺は取り巻き2の前方上空へ躍り出る。
「ふっ!」
あらかじめ出現させておいた武器庫から大剣を取り出し下から救い上げるように振るう。取り巻きは体を逸らして躱すと、一方後ろに距離を取ってから反撃を一発。
「囲め、水よ!」
周囲を囲むように水が噴き出るが、その包囲網を大剣で無理やり壊してけりによる第二撃を狙った。が、これもやはり一歩下がってから反撃を打ち出される。次は水で囲って動きを止めようとしても、大剣による力技で意味を成さないと理解したのか、単発の水弾を数発飛ばしてくるだけにとどまる。
一気に前に出てもよかったが、大剣を盾に自分の体を隠してやり過ごす。
ゴンゴンゴン!
三連続で重い衝撃が大剣ごしに伝わってくるが、大剣の重みもあって吹き飛ばされることはななかった。
「もらったわ!」
さらに、”大剣の陰から”シェリルが杖先を取り巻きに向けて飛び出してくる。
「なんという……!?」
すぐには動き出せないだろうと踏んでいた取り巻きの、思考の隙を狙って仕掛けた罠。
俺があえて大剣を盾代わりにすることで、相手から自分の体が完全に隠れ、なおかつ大剣の向こう側の動きを見にくくされる。
取り巻きは追撃に走り出していた自分の体を止めようと、足元に踏ん張りを入れ、防御魔法を準備するが……、
「俺を忘れてもらっちゃ困るな」
ヒュッ、ぐいっ!
体重だけではなくついてしまった勢いも止めようとしていた取り巻きの足に、赤い鞭が絡みつき、その足の一本を引き上げる。
アルターの魔術だった。
彼は妹のように大剣の陰から飛び出してはいたが、直前まで気配をけし、このタイミングで相手の体勢を崩すことを狙ったのだ。
「き、貴様……!」
取り巻きが、無様な姿につるし上げられたことに歯を食いしばっていたが、慌てて自分の状況を思い出し、せめて防御魔法だけでも展開しようとする。
しかし、すでに魔力を集め終えたシェリルは目前に迫っていた。
「終わりよ! 『フレイム・ツイス……!」
「『アクアレーザー』」
「『アクアミラー』!」
(ちっ……。あと思う少しだったんだがな)
杖の先に魔力があふれ出し、魔法式から形状を読み取り、魔法が展開され始めた直前、横やり、いや横水がシェリルを穿つ。シェリルにあたる前にゆりが水の鏡のようなものを作り出し、どうにかアクアレーザーをしのいだが、攻撃は中断せざるを得なかった。
俺は大剣を放り出して宙に浮いたままのシェリルを抱き留め、追撃をけん制する。シェリルは地面に着くとすぐに俺の腕の内から降りて杖を構える。
「随分と優しいものだな、シュゼイル」
「ええ、こう見えても私は優しんですよ。犬死しかなかった味方のフォローをしてあげるくらいにはね」
シュゼイルの直接的な嫌味に、取り巻きは強く唇を噛みしめて顔をうつむかせる。一同に、プライドの高い貴族のやつには屈辱的なことだろう。ただ、俺たちを甘く見た結果なので同情など一欠けらもしてやらないが。
やはり、アクアレーザーの無詠唱が厄介すぎる。アクアレーザーはその性質上、高い貫通性能を有している。下手に守ろうものなら、その盾を貫通してしまう可能性が高い。かといって、ゆりが実践したようにレーザーをいなしてばかりでも攻めきれない。一応は、貫通性能が高いだけ、致命傷になりえる部位にさえヒットしなければダメージは大きくない。
(だが……一瞬でも動きが止まれば第二射が飛んでくる可能性も大、か……)
とことん攻めづらい相手だ。
そんな風にシュゼイルの強さを再認識している最中、視界の隅から飛来してくる影が一つ。
「ぐぁっ!」
「……よっ。何やってんだよディング」
影の正体は服が若干ボロボロになっている肉壁だった。
俺は右側から飛んできたディングの体を左手でせき止めるように受け止めた。ディングにはもう一人の取り巻きの時間稼ぎを任せていたはずだが、どうして飛んでくるような事態になるのだろうか?
「くっ、魔法とはやはり卑怯だな……!」
「ディング、ここは魔法学校なんだが?」
なにやらバカなことを言っている。これはまた投げ込んでやる必要がありそうだ。
次はどこに投げ込んでやろうものか。
「君も随分優しいと思いますよ。味方を投げるという、一見乱暴に見える方法を取っていますが、確実に被害を受けないであろう場所に素早く移動させる。……よく全体を見ている証拠ではありませんか?」
「……そこまで考えていないさ。単にこいつがいても視界の邪魔にしかならないから投げ捨てただけだ」
トン。
軽い音とともに俺は飛び上がり、シュゼイルの頭上へ一直線に降下する。
武器はない。大剣はまだ後方の地面に突き刺したまま。武器庫は武器庫から取り出した武器を二種類以上同時には引き出せないようになっている。しまうゲートを開けても取り出すゲートは出せない。
だが、俺にとってシュゼイルのような典定的な魔法使いには、武器がなくとも戦って勝てる。
「流連流鏡華水月の型、其の二『水霧』」
俺は両手の周りに細かい水滴を大量に生成、高速振動をさせる。そうすることによって、俺の両手はぼやけて見える。そのまま、シュゼイルにこぶしを高速で突き出す。
本来は武装をぼやかし相手の距離感覚をわずかに疎外させる技だが、大量の水滴を高速振動させてまとうことができる。そしてそれをまとった腕を高速で対象に突き出すことによって、
シュシュシュシュシュシュシュッ!!
素手でも遠距離攻撃を可能とする。
「ちっ! 『アクアシールド』!」
シュゼイルは大きく円形の水の盾を作り出し、斜め上からの攻撃を防ごうとする。俺はそれを確認すると同時にまた、同じことを続ける。
シュゼイルは盾を維持し続けざるを得なくなり、その場に縛り付けられる。
その間にも、ほかの三人が動き出す。
「ディングは正面、アルターとシェリルは左右から挟み込め! ゆりはフォローを!!」
俺が指示を出すと、全員がその指示通りにシュゼイルチームに襲い掛かる。
「喰らえ!」
「「炎よ!」」
「行きます……!」
ディングが正面から叩き付けるように剣をふるい、それを避けた取り巻き二人を挟み込む炎の壁。そしてディングの後ろからはゆりが相手の攻撃を予備動作の時点で邪魔をしようとしている。
「厄介な……!」
「こっちのセリフ、だな……!」
防ぐのに手いっぱいなシュゼイルは苦々しく悪態をつくが、それはこちらのセリフである。
水霧を連発すること自体は問題ないが、俺が直接攻撃できないのがもどかしい。かといって俺以外にタイマンできるのはゆりぐらいしかいないので、誰かに代わるわけにもいかない。
だが、その歯がゆさもここまでだ。
「さあ行くぜ……!」
疑似遠隔攻撃を繰り返している内にも落下を続け、ついに俺が魔法障壁に足を着ける。
障壁を消される前に、俺は足場として利用し、まず先に大剣の回収に向かう。
そのまま持ち歩くには重いので一端武器庫に閉まってからシュゼイルの正面に躍り出る。
「水よ、吹き飛ばせ!」
「流連流巨臥峰盛の型、其の二『塵風爪』……!」
接近してきた俺から間合いを開けようと、能力によって作り出した杖の恩恵で、無詠唱魔法を飛ばしてくる。
魔法自体は中級下位の『ブロウブラスト』だが、こめられている魔力がこれまでの倍以上はある。
まともに受ければ即退場待ったなしの攻撃に対して、真上から魔法ごと地面にたたきつける。
「守れ、水よ!」
ガキィン!
球体状の障壁に阻まれ、魔法を力ずくで消すことはできたが、シュゼイルには防がれてしまった。
しかし、俺の攻撃は思っていない。
上からの一撃に、障壁をまとったシュゼイルの体はわずかに浮かび上がり、すぐに反撃には移れない。
その隙を利用して、もう一撃、今度は左から右への薙ぎ払い。
ギギィン!
障壁は解除も破壊もできていないので、直接シュゼイルに当たらず、金属同士がこすれたかのように火花が飛び散る。
「これで反撃を……何!?」
大剣を振り切る前に指先へ魔力を集中し始めるシュゼイル。おそらく、アクアレーザーを放つつもりだろう。
だが、その考えは少々総計過ぎた。
もし、シュゼイルがもう少し近接戦闘に対する知識や県を振った経験があるならば、きづいたかもしれない。
俺が、魔力をまとわせたうえで手前に引き寄せるように凪いでいたことを。
「ふっ……!!」
普通なら、障壁があるため先の攻撃でシュゼイルとは大きく距離を放されることになる。
シュゼイルが張った障壁の種類は攻撃を受けた場合、弾き飛ばされるタイプの障壁。
大剣のような重量武器で殴り掛かれば、当然あらぬ方向へ飛んでいく。はずである。
しかし、そうはならなかった。
シュゼイルは目を見開いてその事実に少なくない衝撃を受ける。
(引き寄せ……!?)
見えない何かに掴んで引き寄せられたような感覚が、シュゼイルの混乱を強める。
そのことが乱れた魔力と表情から、手に取るように伝わってくる。
ただ、アクアレーザーの魔力を乱しても、障壁は全く揺らがないあたり、さすがの一言に尽きるが。
俺は引き寄せたシュゼイルを障壁ごともう一度、さきほどの一回転の勢いを利用してさらに威力を増した本命の一振りを、
「ですが、この程度で……!!」
「ちっ……」
直前で正気に戻ったシュゼイルは障壁を強化する。これでは最高威力の乗った攻撃でも割り切れない。
それでも俺は、中断しない。何故なら……、
「な、に……!?」
「よう、シュゼイル……!」
大剣の腹の上にアルターが乗っているからだ。
ガンッ!
予想通り、障壁を壊すことは敵わなかった。
「おらっ!!}
ボボォンッ!
代わりに、シュゼイルと並んで飛ばされたアルターが追撃に入る。
(次から次へと……まるでこちらの思考を読んでいるかのような……)
「読んでいるんだよ、経験でな」
「うし、ろ……!?」
シュゼイルが思っていることを言い当て、影身で背後に回った俺は、最近よく使っている木刀を取り出す。
すでにアルターは後方に下がっており、彼は横やりを入れられぬよう、周囲を気にかけてもらっている。
ガン、ガン、ガァン、ギギンッ!
詠唱をさせる隙を与えぬ連続攻撃を、シュゼイルは全て能力で作り出した杖で防ぎ続ける。
「この程度なら、まだ目でおい切れているようだな」
シュゼイルが反応できるギリギリを見極めるように、少しずつ剣振りの速度を上げていく。
ギンギンギンッ、ガガガガガガガンッ!
何度も、何度も何度も、上から下から横から斜めから、隙間なく剣を操る。
身体強化によって限界まで高められた力は、全てスピードに還元する。
パワーは必要ない。じわじわと相手を追い詰める攻撃ができればそれで十分だった。
「はぁ……!」
バキャ!
同じ場所への連続攻撃に耐えきれなくなった杖は、粉々はじけ飛んだ。
絶好のチャンスに突きを構える。
(がらあきだな……もらっ……!?)
この試合を始めてから、いやシュゼイル立ちとの戦いが始まってから、驚きの連続だった。
幾重にも張り巡らされた罠の存在や隠していた切り札の多さ。
そのどれもがお互いの思考の隙間に突き刺さり、大きなダメージとなって襲い掛かってきた。
「『プリズム……』」
試合前から数々の工作に手を焼き、結局は全てを拭い去ることはできなかった。それでも最後の二チームになるまで戦い続けた。
「『ウォルディル……』」
戦闘とは相手の裏を読み続ける究極の馬鹿し合い。
それは、このとどめをさせるという局面でも、変わりない。
「『ハンドレット!!』」
「ぐぁ、ぁぁぁぁあ!」
シュゼイルの唱えた魔術。それは、自らの片手にありったけの魔力を籠め、相手の身体の内側から爆発させる高等魔術。
この魔術の怖いところは、無詠唱かつ高速で発動可能な所である。
仮想体の腹部を突き破り、奥深くで暴れまわる魔力。余すことなく全て体内で水の本流を作り出し、無属性の肉体を苛め抜く。
情報として伝わってくる痛みは、即死レベルであれば痛みがないように設定されているが、この魔術ではそこまでとはいかない。そのため、それなりの激痛が継続している。
(こんな、隠し玉を……!?)
完全に、油断した俺のミスだった。シュゼイルがまさかここまでの魔法使いだったと分関できなかった結果が、これだ。
完全に技が決まっている状態。もはや俺の退場は逃れられない現実となるであろう。
「最後の最後で、詰めを誤りましたね……!」
極限状態による脳内麻薬の大量分泌の影響か、シュゼイルは愉悦に富んだ笑みを浮かべ、さらに魔力を籠める。
魔力全てを、俺にぶつけるつもりだろう。
「まったく、だな……!」
左手で腹に刺さっているシュゼイルの右手を掴み、右手は木刀を取り落す。
俺もまた、過剰な痛みに頭のタガが外れたような笑いを浮かべて見せた。
俺がここで退場すれば、優勢だったことこちらの勢いは止まり、一瞬で逆転されるだろう。競技時間も残りわずか。
俺は、腕を掴んでいる左手に、力を籠める。
「確かに詰めが、甘かった。だがそれは、俺じゃなくて、お前だぜ……シュゼイル?」
「この状態でまだ余裕がありますか。あなたがどこまで期待を寄せているのか知りませんが、トラクテル兄妹では私を倒せるわけがありません。そのことを知っているあなたがそれでもなお、あの二人を信じるというのですか?」
シュゼイルが語っている内容は傲慢だ。しかし、傲慢だが何一つ偽りのない事実だ。
トラクテル兄妹では、あと一歩の要素が足りない。今回は、俺という要素があったため、なんとか戦えているが、それもここで終わる。
二人は、一歩後退する。
消える時が近づく中、俺は確信を秘めた表情で、言葉を残す。
「俺は、あの二人を、信じる……!」
右手に隠していた最後のジョーカーを発動させながら……!!
「それは……!?」
「あとは任せたぞ、アルター、シェリル」
ジョーカー発動。
『最後の希望』
「「任せろ!!」」
相手が自分を攻撃中に付与する効果。
その内容は、「効果発動中に相手を撃破すれば、相手が取得したポイントをすべて吸収する。
シュゼイルはまだ、俺への攻撃が終わっていない。
避ける術は、ない。
「「いっけぇえええええーーーー!!!」」
燃えるような髪をした双子は、前後でシュゼイルを挟み、燃え上がらせた右手を突き出す。
その拳がシュゼイルの顔に入った所で、
「シュゼイル選手、一ポイント獲得!」
俺の視界は暗転した……。
「じょ、ジョーカーの効果によってシュゼイルのポイントが全て吸収され、勝者はトラクテル兄妹のチームですっ!!」
ジョーカーの一覧は二章の後書きにでも載せます。