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表裏の鍛治師  作者: かきす
第二章「クラス騒動編」
31/55

第二十話 「決着 前篇」

次で終わります(前後編じゃないとは言ってない)

 ○ ○ ○


 一瞬で流れる緑生い茂る自然の情景を抜けた先、開けた空き地のような場所でシュゼイルは待ち構えていた。

 彼の周囲、どころか辺り一帯に大量の水が生成され、視界を緑から青に塗り替えられていく。

 俺は地面に足をつけると同時に、影身で横へ飛ぶ。つい先ほど足を止めた場所の地下から、ドリルのような形をした水が土を削り破った。

 二度目の着地。


 メコォ……!


「…………」


 何かがめり込むような音。それを聴覚が捉えると同時に武器庫を展開。左右に下げていた手斧をしまい、中から鞘に納められた直剣を取り出す。

 体をひねり、背後から迫っていた水の槍をわきの下に通して回避する。ひねった遠心力を使い、方向転換をしようとしている水の槍を切りつける。縦に両断された魔法の槍は、ただの水に成り下がり、バシャンと水音を立て地面に落ちる。

 いまだ体を浮かせたままのおれは、そこに足を置いて滑らすのも嫌なので、剣の鞘尻で地面を突き、今一度地面から離れる。


「まだまだいきますよ……!」


 どこまでも冷静に状況を把握する俺とは違い、気分が高揚しているシュゼイルは杖を両手でもてあそぶように回す。


(すでに魔法が発動された後ということか……)


 杖を回すのはテンションがハイになっているからではなく、きちんとした意味がある。すでに発動状態にある魔法を操作しているのだ。

 シュゼイルが杖の先で空間を突き左に振るえば、俺の右隣に浮遊する水の塊が左に動く。身をよじっても回避できないと判断した俺は、剣を鞘に納め、鞘に魔力を通す。


 ガァンッ!


「っと……」


 ザザッ!


 鞘を盾代わりに受け、その衝撃で後方に飛ばされてしまった。動きはそこまで素早くなかったにも関わらず、かなりの衝撃だ。剣と剣のぶつかりあいに近かった。

 危なげなく足裏で地を捉え、体勢を整える。この程度で着地時に体勢を崩す俺ではなく、隙を狙ったであろう三つの水球は合間を抜けてやり過ごす。

 俺は狙いをずらすためジクザクに走りながらまた武器庫から別の武器を取り出そうとする。


「させませんよっ! 『ミニフォール』!」

「ちっ……!」


 小さな滝が頭上に作り出され、俺は大きくその場から飛び離れた。開いた空間は、大量の水が押し流す。


(武器庫は破壊、されてなさそうだな。反応はある)


 直前でキャンセルしたので、被害はゼロ。しかし、相手はこちらの動きを読んでおり、武器を手に取るタイミングが少ない。あったとしても、防御目的が多い。

 思考に気を取られた隙に、四方向と上から逃げ場をなくすように水が押し寄せる。武器を取り出し対処しようにも、すでに目と鼻の先にソレが近づいてくる。俺の体がついに魔力で具現化した水と触れた時、そこに俺の姿はない。


「くっ、また残像ですか!」

「今回は気づくのが比較的早かったな」


 俺は直前で影身をし、シュゼイルの真横まで接近していた。右の回し蹴りを杖で受け止めたシュゼイルは、自分の周囲に水を呼び寄せ守る。

 無属性の俺がその危険地帯を強行突破するには被害が大きい。

 一度距離を開け、まだお披露目を果たしていない武器を取り出す。


「さあさあ、新しい武器だ。これをどう対処するのかな、お前は?」

「……弓、ですか」


 深くしなる木製の部分の端と端に、単純な腕力だけでは引けないほど強く張られている白い糸。また、細長い筒もセットで取出し、その中には羽があり、先には鋭くとがった小さな矢じりがついている矢。

 シュゼイルの言った通り、その武器は弓だった。


「魔法という遠距離攻撃が主流となっているこの時代に、少し時代遅れだと思いますが?」

「そういうわけでもないさ。確かに魔法は時間で回復する魔力を使う、いわば再生可能なコストでの”武器”だが、だからといって万能というわけでもない。魔法ニアh属性というプラスにもマイナスにもなりえる要素が絡んでくる。お前相手に水属性と火属性は通用しないが、雷属性であれば一定以上の効果を期待できる」


 人は自らが持つ属性はほとんどが一つしかなく、使い分けがしづらく、ともすれば安定性に欠けているといえる。


「その点、こういった普通の武具っていうのは、常に一定水準の役割を果たしてくれる。……まぁ、多様性には欠けるがな」


 俺は苦笑して説明を締めくくると、弦に手をかける。矢には、まだ、手を付けない。

 一見すれば緊張で大切な手順をすっ飛ばしているお茶目さんにしか見えないが、シュゼイルは油断なく魔法を展開していく。

 第二学生として入学し、その新入生の中で最優秀の生徒がいるとすれば、シュゼイルに違いないだろう。この少年は、相手が何をしてくるか常に考えたいようしようとする。その姿勢に思わず、意味がこぼれそうになる。

 イラプドなどとは大違いだ。とても、楽しめそうな戦いになりそうだ。


「さぁ、第二ラウンドの幕開けだ」


 俺は胸の高ぶりを放つように、限界まで引き延ばした白き糸から手を放す。解き放たれた力は、閃光となり敵の目を焼く。


「目つぶし……っ!?」

「流連流破魔弓塵はまきゅうじんの型、其の二『白鱗はくりん』だ」


 危険を直前に察知したシュゼイルは咄嗟に顔面を腕で守っていたため、一瞬の目くらましの効果となった。本来なら、強い光で相手の目を焼き、じっくりと相手をいたぶる技だが、そうはならなかったようだ。

 シュゼイルが腕をおろし、目を見開いたとき、すでに俺の姿は地上にない。俺は木の上に移動し終えている。

 矢筒から一本矢を番え、狙いを定める。無心となり、機械的に的を絞って矢を放つ。


「うぐっ!? そ、そちらですか!」


 ガサガサッ!


 シュゼイルは型に突き刺さった矢から飛んできた方向を割り出し振り向くが、向いた方向とは真逆の方向で枝の揺れる音が発生する。

 向き直りそうになる体を無理やり抑え、音のした方角を向くが、そこには俺はいない。そこへは矢を打ち込んで音を出しただけだ。


 スト、ストトッ。カララン。


 三本の矢はシュゼイルの視界外から飛来し、杖を弾き飛ばす。正確無比に放たれる矢の源流を、シュゼイルはまだ見極められていない。杖を手放さられたことに強く歯噛みしながら、魔法で自分全体を水のバリアで包む。どこから飛んでくるかわからないのなら、全てを打ち落とす作戦だろう。


(それだけなら、少し考えが単純すぎるな。流連流破魔弓塵の型、其の一『空襲麟くうしゅうりん』)


 矢筒から数本の矢を一度に弓にかけ、それを同時に空へ放つ。と同時に弓を仕舞い、空間の歪みから、双剣を引っ張り出す。

 その双剣は、左右で衣装が大きく異なっている。元々は違う探検同士を組み合わせたものであり、俺が無理やり双剣として扱っているだけだ。

 それらを手に、影身でシュゼイルの足元へ一瞬で移動する。


 ザリッ!


 驚愕に目を見張るシュゼイルを無視して左の短剣を縦に振る。シュゼイルはこわばった顔でそれを回避。下に振り下ろした剣を斜め右に跳ね上げつつ、その下を通すように右手を左に手を振る。


 ヒュヒュッ!


 猛獣の牙と変わりない鋭さで伸びる、一対の短剣が繰り広げる波状攻撃は、大きく下がることで躱された。

 反撃として、小さな水のドリルが俺の顔面めがけて放たれたが、左に体を大きくひねり剣で薙ぎ払い消し去る。さらに、回し蹴りでシュゼイルの体を横から蹴り飛ばすことに成功する。


「ぐぅ……!」


 筋肉の少ない脇腹をえぐる肉の感触と、肺から無理矢理押し出された空気の振動が、足に直接伝わってきた。仮想空間が作り出したにしては、いやにリアルな感触だった。

 俺は僅かな詠唱の隙を与えない怒涛の連続攻撃でシュゼイルを圧倒する。動きを読み、回避先に剣筋を置き、動きが止まれば思い打撃攻撃を繰り返す。


 シュ、シュシュ、ごっ、ガッ、ダダンッ、バキッ、ヒュヒュヒュッ!!


 一方的にリンチに、シュゼイルの顔がゆがむ。


「どうした? 能力を使わないのか? それにジョーカーだって残しているんだろう?」

「二つとも、そう簡単には、お見せ、できませんよっ!」


 深いしわを眉間に刻みながら、余裕のない返答をするシュゼイル。その間にも仮の体は傷跡を増やしていく。


(意外と耐えるな……)


 表面上は有利な俺だったが、内心では我慢強いシュゼイルに舌を巻いていた。わざと軽い攻撃ばかりを仕掛けているのだが、シュゼイルから少しでも切り札を引き出していたからだ。

 胸のバッチから能力者であることや、シュゼイルの性格と実力を考えてジョーカーを持っていることは明白。しかし、何一つとして実際に目にできていない。能力のほうはトラクテル兄妹から聞いてはいるものの、どの程度まで扱えるはこの目で直接見ないことには何も言えない。


「……仕方がない。そんなに本気を出したがらないなら、こっちが先に本気を出させて貰おう」

「何を……?」


 連撃を止め、一度距離を取って呟いたその言葉に、シュゼイルは警戒心を全身ににじませる。

 俺は双剣に武器庫に納め、新たな武器を取り出す。黒き洞穴は俺が望むものを入り口に引き寄せ、この手に掴ませる。


(逆か……。俺が、引き寄せているのか……)


 些細なことを脳内で訂正しながら、目的の武器を仮想空間へと呼び出す。


「……いくぞ」


 ヒュッ。


 武器の全容が現れる前に、俺は影身でシュゼイルの頭上へ飛び上がる。シュゼイルは俺の速度に慣れてきたのか、遅れることなく顔を上げる。詠唱には入らない。この距離だと唱え切れる前につぶさせることを、シュゼイルはよく理解している。

 代わりに、


「水よ!」



 詠唱の必要がない初級魔法で迎撃しようとしてくる。俺は当然のように、足に魔力をまとわせて直接生身で触れないようにコーティングし、それを足場として地面へ急降下した。


「喰らえ……!」

「挟み込め、水よ!」


 着地の瞬間。その隙を狙って繰り出されるだろう攻撃を予想し、無理な体制をさらに崩しながら武器をふるう。それに対抗するように、俺自身に狙いをつけた青色のリボンが挟み込んできた。

 想定以上に早いその攻撃に、俺は全身をひねって周囲を薙ぎ払うように、”バスターソード”をふるった。


「なっ!?」


 まさかバスターソードだと思っていなかったシュゼイルは、あわてて数歩後方に回避行動をとる。どんな形状の武器だと思っていたのかわからないが、バスターソードよりリーチが短い武器を想定していたのだろう。

 しかし、俺は冷静にそれを見極め、


「流連流激天脚げってんきゃくの型、其の一『雷心槍らいしんそう』!」


 足を限界まで伸ばし、右足につま先をかすらせた。


 バチィッ!


 帯電する足先による打撃は、右腕に強烈な痺れを与え一時的に右腕を使用できなくさせる。

 人間のバランスは意外と繊細で、片方の腕や足が使えなくなると、途端にバランス感覚が悪くなる。本人が無自覚に、だ。例にもれず、目の前の茶髪の少年もまるで亡くなったかのように思えるほど、感覚のない右腕に気を取られバランスを崩した。

 俺は振りぬいて一回転した勢いのベクトルを前方に変え、俺の身の丈以上にある大剣を引き寄せた。


「グフッ!」


 それだけでさまざまな力が加わり、柄で鳩尾を打撃しただけでシュゼイルは遠くに吹き飛ばされる。

 これまでの吹き飛ばされ方とは違う、本気の飛び方。


 ダダダンッ!


 地面や木の枝を蹴り、宙をかけるオオカミとなり、飛ばされたシュゼイルに並ぶ。そして、並んだまま、流技を使う。


「流連流巨臥峰盛きょがほうせいの型、其の一『断腎剣だんじんけん』」



 横並びになっている状態から、上から地面へ叩き付ける技。ただそれだけが、狙った部位が腎臓付近でなおかつ、衝撃を全身が伝わるように細かい調節も行い、力の限りを叩き付けた。

 属性も何もない攻撃を無防備に受けたシュゼイルは苦痛の表情を浮かべて地に沈む。


「…………」


 だが、まだ終わりではない。

 振り下ろしたバスターソードには特殊ギミックが施されている。そのギミックはマジックドレイン。


「くっ、かっ……」


 魔力を少量流すと、地面と大剣にサンドされているシュゼイルは口から苦痛に満ちた息を漏らし始めた。


「な、何を……?」

「この大剣は押しつぶした相手から、魔力を吸収することができる。どういう意味か、わかるよな?」

「魔力枯渇が狙いですか……! そうはいきません、よ……!」


 シュゼイルが魔力を滾らせた。その瞬間、


 ドスドスッ!


「うぐっ!?」


 二本の矢がシュゼイルの両足に落下した。

 長い滞空時間により、極限まで落下速度を得たその矢は、両足を貫通するほどの威力を秘めている。直撃したシュゼイルが集めていた魔力を霧散してしまうほどに。

 俺はそれを確認すると、大剣をしまい直剣に替える。今のシュゼイルの魔力量は最大魔力量の半分ほどしか残っていない。もう、あの大技を唱えるには魔力量が少し足りない。


「残念だったな。お得意の大規模魔法を潰されて。これで、俺との戦力差が大きく開いたかもな」


 距離は開けず、すぐ隣で上から地面に倒れ伏すシュゼイルを見下ろしながら、俺はそう口にする。

 だが、自分で言った通りだと思っていない。

 シュゼイルはおそらく、一点集中型の魔法を得意としているはずだ。この競技中、一度も『アクアレーザー』を使われた覚えがない。もしかしたら、俺が見ていないところで使用していた可能性があるが、少なくとも俺に対しては使ってきていない。

 また、何度もいうが能力も使われていない。能力者というのは往々にして、能力を発動しない戦闘と能力を発動する戦闘では大きく立ち回りが変わる。能力はこの競技でいう、『ジョーカー』に近い。

 特赦な力があり、そしてほとんどノーリスクでその恩恵を得られる。このうえないコストパフォーマンスを示している。


「お前の体力があと僅かであるのはわかっている。……さぁ、お前の全力を見せてみろ」

「くっ……! なら、お望みどおりに……見せてあげますよ」


 どこまでも、どこまでも冷たく、まるで実験動物からデータを得るように無機質な目で、シュゼイルを見下ろす。そこに勝負を楽しむという感情の入る隙間はない。ただ、自らの頭にある計画を、どこまで予定通りにこなせるか。ただそれだけを考えている眼だった。

 反対に、シュゼイルはアルターやシェリルと変わらない、燃えるような意志の火を瞳に宿し、俺を強く睨みあげてくる。負けたくない、勝ちたい、このまま無様には終われない、私はもっと戦える、恐怖に打ち勝つ、己の限界に挑む。

 強く、多様な感情が、その瞳から伝わってくる。その視線から、感情の純度を示してくる。

 その熱すぎる視線を向けられてなお、俺の心に変化はない。凍りついた俺の感情は、この程度では一ミリたりとて溶けやしない。今の俺はもう、完全にスイッチが入っているのだから。

 シュゼイルは立ち上がる前に、ローブの内ポケットから水晶を取り出し、そこに魔力を流し込む。中級魔法一発ぶんだろうか?そのぐらいの魔力を消費したシュゼイルの体に、変化が訪れる。


 パァァァァァ…………。


 少し焦げている右腕が、等しく穴の開いた両足が、全身を駆け巡る裂傷が、傷が癒えていく。


「……それがお前の持っていた『ジョーカー』か」

「あなたとぶつかることを想定して、これを選んだんですよ。まさか、ここまで疲弊されるとは思いませんでしたがね」


 目を細めてその現象を眺めていた俺の漏らした呟きに、シュゼイルは立ち上がりながら応える。もう、両足で立つことが可能なほど回復したようだ。

 『何度でも(リピーター)立ち上がる勇気を(フェイサー)』は、一定量の魔力を注ぎ込むことにより発動する『ジョーカー』。仮想空間内だからこそ実現可能な現象で、傷を完全に癒すことができる。しかも、何度でも。

 本来なら中級魔法一発分の魔力というのは、学園に入って二か月も経っていないことを考えれば相当多いコストになる。その効果に合うだけの魔力を支払うことになる。

 しかし、シュゼイルにとって中級魔法一発分の魔力はそこまで多い消費魔力ではない。甚大な消費であるあの魔法に比べれば、どうということはない。

 『何度でも立ち上がる勇気を』は傷はいえるものの、気分や体力、魔力は回復しない。なので、魔力を消費して欠損部位を回復すると考えれば妥当ともいえる。

 今回はシュゼイルに関して言えば、彼としてはすでに半分を切っている魔力だが、それ以上に重傷を負っていた。その状態ではさすがにハンデがありすぎた。


「ここからが、本当に本気ですよ」

「そうか。楽しませてもらおう」


 最早いままでのような生ぬるい優しさを遮断した俺は、流れるように口から適当な単語が出てくる。俺は只静かに剣を構える。

 能力の内容は把握している。であれば、普通に警戒するだけで十分だ。


「いきますよ……『杖の創造ウォンドバース』!」


 シュゼイルが、確かな意志を持って口に出した一種の詠唱。その言葉がシュゼイルの体の中で処理され、彼の望む形を作り上げ、魔力を消費して手の内に現れる。

 シュゼイルの手には、長い杖が一本握られていた。


「ふん、、バース系の能力程度で、よくここまで隠そうとしてきたな。バース系は切り札というより、全体の戦力強化に使える能力だ。普段使いしたほうがよっぽど適切だと思うが?」

「私の『杖の創造』は、多少なりとも成長していきますからね。限界はありますが、いくつか効果を付与できるんですよ」

「ほう……」


 バース系に限らず、能力には成長の余地がある。たとえば、発動までの時間が短くなったり、発動時の効果を上昇させたり、消費魔力を減らしたり。一段上の能力に変化することだってある。

 シュゼイルが今作り出した杖は、どうやらただの杖ではないようだ。


「この杖には消費魔力軽減と、詠唱短縮の効果をつけてあります」

「魔法使いとしては妥当な効果だが……実際に付与するのは簡単ではないな」

「ええ。これを作るのにそこそこ魔力を持って行かれますし、できるようになるまで長い年月を必要としました。その苦労を、存分に味わってもらいますよ!」


 ブンッ!


 杖が縦に振り下ろされる。俺はその刹那に武器を変更し弓を取り出しながら右に飛ぶ。


 ピシャァァァァァァ!!


 振り下ろされた直線上を、高圧の水が通り抜け森の木々をすべて貫通する。


(詠唱短縮と言っていたが、ほぼ無詠唱じゃないか。それにあの威力。今までは魔力を節約して威力を抑えていたな……)


 数本の矢をシュゼイルめがけて射抜きながら、その威力に驚く。本当に、これからが本気のようだ。

 弓を投げ捨て、片手で地面に着地、再度右に大きく移動する。数瞬後、手をついた地面が高圧水流で削られる。

 予備動作は杖を振るモーション。しかし、それはブラフに近い。魔法を放つ方向に合わせて杖をふるっているだけで、実際は杖はあくまでも補助機能としてしか働いていない。

 杖の動きだけで魔法の軌道を判断していると……、


 ピシュュュュュン!!


 頭と胴体が分断される。

 俺は直前で杖と魔法の軌道が違うことに気づき、回避方向を変更して避ける。表面の肌を舐めるように掠った水の刃が残した傷から、ブシュッと地が噴き出る。実際に血が出ているわけではなく演出にすぎないのだが、いやにリアルだ。

 そんな余計なことを考えている間にも、水の刃は三方向から迫る。


「流連流鏡華水月きょうかすいげつの型、其の一『影身』」


 俺は左斜め前方にある空間に飛び込み、その先で待ち構えていた『ブロウブラスト』を空中で身をよじって躱す。青色の大きな球体が脇を通り過ぎ、前方の視界が開けた。


「っ。流連流激天脚の型、其の三『払足雷蹴ふっそくらいしゅう』!」


 開けた視界の先には次の魔法がセットされており、スライディングで下に潜りこみ、さらにシュゼイルの足を払う。流れるように踵落としにつなげるが、始動の足払いが不十分だったせいで、防がれてしまう。

 そのまま反対の足で蹴り飛ばそうとしたが、横合いから青い影が視界の隅に映り、回避行動を余儀なくされる。


 ヒュオッ!


 服の裾をこそぎ取りながら通り過ぎた青い物体は、魔力で形成された水の球体だ。


「……邪魔が、いや救いの手が、入ったな」

「くっ、……何故横やりなど入れたのですか!」

「それはもちろん、シュゼイルさんが危険そうだったからに決まっているでしょう。なにせ、私は一流の魔法使いなのですから、シュゼイルさんのサポートをするぐらい容易いことですよ」


 言わせておけば、随分と自己評価の高いことばかりが口をついて出てくること出てくること。

 俺とシュゼイルは同時に大きなため息をつく。

 あいつはシュゼイルを助けたような口ぶりだが、あのまま俺が攻め続けていた場合、能力を使って瞬時に杖を再形成し、一瞬で盾代理を作り出しただろう。さらにそのまま短縮詠唱で範囲中級魔法を使われていた可能性もある。そのどれもが俺には地名だとはならないにしろ、多少なりとも傷を負わせることができたかもしれない。

 そんなことをまったく考えていない自称一流魔法使いは、自慢げな表情をしている。


「一流魔法使い……ねぇ。その実力の一端だけでも見せてほしいものだな」

「いくらでもみせてあげましょう。この……!」

「『ブロウブラスト』!」

「『影身』」


 ヒュッ! シュガッ!!


 自称一流魔法使いが何か口上を述べようとしたが、彼の斜め後方から大きな青の塊が俺へ向けて直進してきた。俺はすでに魔力で察知していたので、あわてることなく影身で避ける。

 と、


「うわっ!? 数多降り注ぐ水流の壁、『ウォーターフォール』!?」


 目標を見失ったブロウブラストは、不自然な挙動で一流魔法使い(笑)目がけて直進を開始した。すぐさま一流という名の三流魔法使いは滝を作り出し、それを壁として防ぐ。


(何をしているんだか……)


 あまりに間抜けすぎる光景に、俺は額に手をやる。気配だけで、シュゼイルもまったく同じことをしていることがわかる。それほどまでにコメディ感あふれる状況だった。ついでに言えば、慌て過ぎて詠唱を初っ端から間違っていた。

 一流と自称するにはあまりにもお粗末だった。


「すまんカキス!」

「足止めしきれなかった!!」

「ああもう、まさかジョーカーを持ってたなんて……!!」

「はぁはぁっ、し、仕方なかった、ですよ……!」


 全員集合を果たしたのはあちらだけではなかった。メンバー四人が俺のそばへ駆け寄ってくる。


「いや……結果オーライだ。アルター、シェリル、……準備はいいな?」

「っ……あぁ!」

「っ……まかせなさいよ!」


 やはり二人は双子だ。同時に息を詰まらせてから、威勢の良い返事を返してくる。

 俺はそんな兄妹の反応に微笑みを浮かべた後、今度は主従コンビのほうを向く。


「二人は予定を変更して俺と同じ役割をしてもらう」


 自分の中でスイッチを切り替えながら指示を出す。スイッチを切り替える理由は、ゆりの存在にある。

 ゆりは俺の目を見た瞬間、その双眸を細めたのだ。何か直接言われたわけではないが、無言の圧力を感じたので切ることにした。


「……私は邪魔になるのではないか?」


 そんな俺に、ディングはあざけりを込めた言葉を発する。

 水谷家で出会い、ピースでの共同生活を始めたばかりの時と違い、最近は俺に対して弱音を吐くようになってきていた。ディングなりの友情のあかしなのかもしれない。一定以上の友情がなければ、何時までたってもディングからは煙りたがられていたに違いない。

 それが今、下手な弱音以上にネガティブな自分自身に対して嗤っている。

 俺は……俺はディングの両肩に手を置き、顔をうつむかせて絞り出すように声を漏らす。


「ディング……。俺はな、誰が足を引っ張るとか、誰が足を引っ張らないとか、気にしたこと一度もない。もしもそうだと判断できるなら、すでにこの場にお前はいない。お前は、俺にとって重要な人物の一人なんだ」


 俺の正直な気持ちからディングを逃がしたくない。だから、乗せている手に力がこもってしまうのも仕方がない。


「俺はお前に期待しているんだ。だから自信を持て……な?」

「カキス……お前は……」


 顔をあげてディングに微笑みかける。

 ディングは、そんな俺の顔を見てかすかに呟く。


「……なんでニヤニヤしているんだ……?」


 そして、口元をひくつかせ始めた。


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