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表裏の鍛治師  作者: かきす
第二章「クラス騒動編」
30/55

第十九話 「果たし状」

今回も例に漏れずロークオリティでお送りします。

「さて、これからどうしようか?」


 競技開始から数時間が経過。この仮想空間では相変わらず日が高い位置にあるが、外(現実)ではそろそろ沈んでいてもおかしくはない。


「目標ポイント数まで溜まったんだから早くあいつをボコボコにしに行きましょう」


「ま、そうだよな。時間ももうあまりないだろうし」


 若干姑息な手段で、具体的にはギミックを利用してトラップをしかけて荒稼ぎして、ポイントを集め終わった。目標ポイント数は、シュゼイル達のチームと二ポイント差である。それ以上でもそれ以下でも俺が考えた作戦は実行できない。


「じゃああいつを探す前にもう一度ターゲットを確認するぞ。ディングとアルターは単体魔法が得意な取り巻き、ゆりとシェリルは範囲魔法が得意な取り巻きだ」


 全員を見渡しながら最終確認を取ると、各々うなずいた。

 この組み分けには理由がある。

 ディングとアルターは狭い範囲での戦闘で実力を発揮する。また、ゆりとシェリルは範囲魔法のほうが扱える。という理由だけではなく、


「この人選なら、俺がシュゼイルと一対一で戦っても流れ弾の心配が多少減るから、任せたぞ」


 という理由が付随している。

 俺とシュゼイルの一騎打ちに、横槍を入れないためには取り巻きの動きを抑える必要がある。事前に連中の得意な系統の魔法はあらかじめ調べている。それによれば、俺が仕留めた二人は魔法全般、そして単体魔法と範囲魔法がそれぞれ一人ずつ。

 シュゼイルは言うまでもなく優秀すぎるので分析の中には加えていないが、大体はこんな構成らしい。元々、パーティーを組んでの戦闘を目的としていないのか、バランスがとれているようで安定していないと、俺個人は思う。

 俺個人の見解はさておき。アルターは範囲魔法が使えないこともないが、決して上手いとは言えない腕前だった。なので、範囲魔法が使える女子二人は範囲魔法が得意な奴にぶつけることで、範囲魔法同市相殺してくれることを祈る。

 避けがたい範囲魔法に比べ、単体魔法は単発だけの魔法が多いため、視界外から飛んできても回避するのは容易い。


「うん、任せて!」


「お前は安心して目の前の敵に集中するといい」


 主従コンビのやる気は十分なようで、気のいい返事をくれた。俺二人に軽く頷いておいた。


「シェリルも、悪いな」


「良いわよ、もう。考えてみれば、これは私たち双子の戦いじゃなくてクラスの戦いだから、多少の私情は……頑張って耐えるから」


「俺もシェリルと同じ考えだ。シェリルが我慢するってのに、俺が我慢しないんじゃ兄として体裁を保てないからな」


「そうか……。期待してるぜ、トラクテル兄妹」


 まるでこれから死地にでも向かうかのような言葉の応酬だが、似たようなものだ。

 仮想空間ゆえに肉体が死んでしまうことも精神が壊れることもない、が俺たちの運命を決める重要な戦いに変わりない。それを死地へ向かうといっても問題ないだろう。


「よし……準備はいいな?」


 自分の手荷物を確認した後、みんなの様子を見るが、慌てて動き出すような奴はいない。全員、準備は万全だった。


「なら作戦開始だ!」


「「「おうっ!」」」


「が、がんばろ~……!」


 ……一人ノリについていけず気の抜けた声を上げているが、まぁ、俺らなんてこんなものだろう。微妙に締まらない空気が逆にちょうどいい。


(それにしても……予想以上にあいつらがポイントを伸ばさなかったな……。コルトが小細工を台無しにしてくれたのか?)


 ちょっとした疑問を持ちつつ、俺たちは移動を開始した。場所は、仮想空間の中央、巨大樹がそびえる地点。

 そこが、俺たちの決戦場だ。


 ○ ○ ○


 ざ、ざ、ざ……ざっ。


「…………」


「……約束通り、だな」


「約束というか、決闘状通りと言うべきか迷いますけどね」


 シュゼイルとその取り巻き二人は、俺たちが拠点としてた廃墟側の逆から姿を現した。俺と遭遇してから一切姿を見なかったことを考えるに、取り巻きを含め向こうで何か拠点を作っていたのかもしれない。

 シュゼイル達を呼び寄せた方法は、なんとなく果たし状を書いてみた。何故私かというと、森の中で出会ったとき、すでに用意してあったのでそれを奴の懐に忍び込ませておいた。技術的にはスリの逆バージョンで、スリが上手ければ上手いほど対象にばれないで何かを押し付けることが可能である。

 俺は過去、この技を使って扱いに困る宝石を悪名高い商人の懐に押し付けておいた。後に、強盗罪として捕まったようだが、きっと俺のせいではないと思う。


「まさか、あれを信じるとはな。結構適当に書いてあっただろう?」


「そうですね。あれほど簡素な手紙を受けたのは初めてです。これでも私はモテる方でしてね、時折女性から文通を申し込まれることがありますが……あれほどやる気のない手紙を目にしたのは初めてでした」


「おい、カキス。お前どんな内容にしたんだよ……」


 アルターが俺とシュゼイルの会話を聞いて呆れている。


「別に、内容が伝われば良いだろうと特に何も考えず適当な言葉を付け足しただけだが?」


「何故そうも自身満々でいられるんだよ……」


 胸を張って事実を包み隠さず伝えると、さらに呆れられた。


「良いだろ、結局こうして来てくれたんだから」


「時々カキス君って、計画的なのかそうじゃないのかわからなくなるよね」


 ゆりは悪びれもしない俺の言葉に、苦笑しながらそうコメントを残す。


「ゴホン。……果たし状を見てここに来たってことは、勝負を受けてもらえると思っていいんだな……?」


 緩んだ空気を引き締めるために一度咳払いをすると、自分の中でスイッチを切り替える。日常から戦闘へと。


「さぁ? 私たちはいまだトップを維持。無理にあなた達を倒さなくてもこのまま逃げ切れば自動的に勝てますからね」


 シュゼイルは肩をすくめてそう返してきた。後ろの取り巻き二人が驚いた顔をしているが、シュゼイルの視線を受けるとおとなしく引き下がった。

 後ろの二人は戦う気があるらしい。ポイント稼ぎのいい的、程度にしか俺たちを見ていないのが丸わかりだった。


「そうだな。現状、俺達はお前たちに1ポイント負けている。僅差ではあるが、覆すのは容易くないだろうな。だからこそ、お前が受けない選択肢を用意してくる。……そのくらい、俺が予想していないとでも思うか?」


「……なら、どうすると?」


「ふ……」


 顔を俯かせ、精神を集中させる。スイッチを切り替えただけでは生温い。ただ意識を変えるだけではなく精神状況も整える。どこぞのプライドだけはハイな先輩と違い、こいつは油断できない。少しの油断が大きなダメージとなって襲い掛かる。

 だからこそ、磨く必要がある。精神を、鋭利な刃物へと。


「つまり、戦う理由ができれば、具体的にはポイントを上回れば戦ってくれるんだな……?」


「え、ええ……。何をしようとしているかわかりませんが、この場に我々以外の人間はいませんよ。先程あなたが言ったように終盤戦に差し掛かった今、そう簡単にポイントが……」


 ……ドォンッ……


『か、カキス選手、2ポイント入手!』


「な……!?」


 遠く離れた所から爆発音が聞こえ、すぐさま放送が入る。

 ポイント数は、2ポイント。


「ど、どうやって……? あなたは無属性のはず……魔法は使えないはずなのにどうやって?」


 茶髪の才気溢れる目の前の少年は、いまだ驚愕から立ち直れず、見開いた目で虚空を眺めぶつぶつと言葉を絞り出す。シュゼイルほどではないが、ゆり達も同じ表情をしている。


「別に、丁度いい生贄が二人、仲間と言い争っていたから捕まえて、時限爆弾になってもらったのさ」


 ポイント源は撃破ポイント。撃破した人物二人は、シュゼイルの取り巻き二人。今、後ろで固まっている二人ではなく、競技開始早々にシュゼイルがバッサリ切り捨てた二人だ。あの二人は俺が速攻で捕えて地面に埋め、わざわざまどろっこしい時限爆弾を用意してまで仕掛けた”舞台演出”。時間をこの時、丁度になるよう、全てを計算しながら動くのは、かなり頭痛の種だった。頭の回転的に。

 様々な不確定要素の塊だったゆりを上手く制御し、シュゼイル達も上手くあしらう。その面倒な作業から全て解放され、俺は爽やかな笑みを浮かべ、こう言った。


「さぁ、戦ろうか?」


 と。


 ○ ○ ○


 戦力分析というのは戦いにおいて重要かつ必要な情報分析の一つだ。

 自らの実力だけではなく、相手の実力を正確に推し量り、それを基にどう立ち回るかを考えなくてはならない。戦力分析を蔑にした場合、実践であれば勝機を見る前に自分の死を見ることになる。

 10の力でいいと思えば、50も力がひつよづあった、なんてミスを犯すことは、生まれ持って暗殺者としての術を押し込まれた俺にはとてもできない。肉体に染みついたクセとして、半ば強制的に戦力を解析する。


(……なんだ、思ったより魔力量が少ないじゃないか)


 魔力というのは体の内から溢れ出るものであり、意識して制御しなければ一部が体から滲み出る。俺がよく察知している気配とは少し違い、完全に魔力を抑えるのは難しい。

 いつも背中を狙われるような生活をしていない物は大抵、その魔力を抑えようともしないだろう。また、溢れ出る魔力というのは最大魔力量に比例してその量が増す。そのため、シュゼイルの左右に並び立つ二人の魔力を探り、その量をみて判断できる。

 事前情報としては属性などを調べはしていたものの、具体的な情報は入手していない。必要ないと判断したためだ。

 俺は戦力分析を終えると、いまだ衝撃から立ち直っていない敵味方を無視し、シュゼイルの懐へ一足に潜り込む。


「っ!?」


「ふっ!」


 影身えいしんほどではないが、それなりの速度で距離を詰められたシュゼイルは遅まきながら杖を構えた。当然、詠唱する暇を与えるつもりのない俺はすぐさま攻撃に移る。

 踏み込んだ勢いを利用しての肘鉄。シュゼイル側に出した足で踏ん張り、その完成を余すことなくぶつける。


 ガッ!


 鈍い痛みがひじに伝わってくる。どうやらかろうじて杖で防いだようだ。

 気にせず、防がれた杖を視点に肘を伸ばしてそのまま上へ、シュゼイルのアゴへ向けてこぶしを振り上げる。


「そう何度も……!」


 が、シュゼイルは一歩退いてやり過ごした。俺との間に盾代わりとして顔ぐらいの大きさの水球をいくつも出現させ、詠唱に入る。


「ワンパターンだな。その手法で俺とやりあったのを忘れたのか?」


 すでに一度ぶつかっている。その際にも同じように詠唱の時間稼ぎを取られたが、俺には通用しない。


「流連流鏡華水月きょうかすいげつの型、其の一『影身えいしん』」


 ヒュヒュッ……!


 残像が残るほどの速さで地面と木の枝を蹴り、がら空きの側面へと回り込むことに成功する。

 水球は俺の動きを自動追尾するように回り込もうとするが、術者を回るには少し遅い動きだった。


「まずは一発だな」


 シュオン。


 俺はジョーカーの効果で空間の歪みを作り出し、そこから飾り気もない槍を一本取りだすと、槍先を膝めがけて突き出す。

 魔法使いとの戦闘で定石となるのは機動力を奪うこと。仮想空間で実際の死はないものの、仮想体にけが自体は反映される。

 膝を破壊して動きを止める。初手としてはよくある一撃を容赦なくふるう。


「水よ! 穿て!」


 そうはさせるかと言わんばかりに、シュゼイルは左右から挟み込むように水で槍の動きを止め、そしてドリルの形に形状変化させ槍を折ろうと削り出す。


 ガガガガガッ!! ドガッ!



「ぐぁ……!」


「まだまだ甘いな」


 完全に貫通される前にシュゼイルを蹴り飛ばし、槍を力任せにふるって邪魔な水を払う。回転に物を言わせて削っていたので、水自体に鋭さがないからこそできる力業である。これがもし鋭い水の刃であれば、逆にスッパリと柄が切れ、ただの棒切れと化す。

 水で挟んで止めたことは驚いたが、その後の対応が経験不足をうかがわせる。


(まぁ、経験不足は何もこいつだけの話じゃないがな……)


 追撃をあきらめ、槍をしまって大きく後ろへ下がる。着地した場所はちょうどシェリルとアルターの間。


「何をぼうっとしている。もう戦闘は始まっているんだ」


「はっ!? そ、そうだった!」


 今更正気に戻ったかのように開いた口を閉じる赤髪少年に一抹の不安を感じる。


「相手も気を取られていたからいいものの、もしそうじゃなかったらファーストアタックが失敗していた可能性があるんだぞ?」


「う、煩いわね……! 戦いは始まったばかりなのよ!」


 まったくもってそうだ。だから早く動いてくれ。

 そう思いはしたが、口には出すまい。代わりに、


「気をつけろ。おそらくお前らが相手する取り巻きは……」


「……え? それってルール違反じゃ……」


「そうだ。しかし、あいつらが今更いくつか規則を破ったところで驚くことでもないだろう?」


「それもそうね……」


 俺は戦力分的のときに気付いた、とある懸念事項をシェリルに声を潜めて伝えると、一段と集中力が増した。


「い、いきなりとは随分とは野蛮な。普通は名乗り合いをするところですよ?」


 全員が正気に戻ったところで再度シュゼイルへ突撃しようとしたとき、動揺から立ち直り切れていない男の声が聞こえた。


「野蛮と言われてもな。正直この競技自体が野蛮だとは思わないのか? そしてその競技に出ている自分が十分野蛮な人間に入るとは思わないのか? ああそうかお前は頭の中身から腐っているからそんな認識がないのか。そうかそうか、それは悪いことを聞いたな。お詫びにこれをやろう。ほれ」


「あ……え……えっ……?」


 俺は一息にすべてを言い終えると同時に、単体魔法が得意な取り巻き――確か名前はルベルディア――へあるものを放り投げる。


 ベチャッ!


 それはルベルディアの手に当たるとやけに瑞々しい音を立てた。


「へっ?」


「うわぁ……えげつないことを」


「容赦ないな、お前……」


「か、カキス君、さすがにあれは……」


 状況を正確に理解できていない頭の回転が遅いルベルディアは、シェリルやアルター、ゆりにひきつった表情で距離を取られる。間抜けな声をだし、先程まで傲慢そうだった態度は影を潜めている。

 ルベルディアは原因が掌に乗る物体だと判明し、ようやくそれを視認する。


「…………………へっ?」


 ルベルディアに投げ渡したもの。それは……。


「お前に親愛の証として野生動物のフンがどっさり入った袋をプレゼントだ」


 天然ものと違い、匂いのしない代わりに強烈な茶色をしている排泄物だった。


「うぎゃああーーーーー!!?」


「うわっ!? こっちに来ないでください!!」


「ちょ、おち、落ち着きなさい!」


 中身を理解した瞬間、ルベルディアはどこか遠くに投げれば解決するものを、思いっきり握りしめながらシュゼイル達の方へと駆けていく。無論、そんなものを強く握りしめた野郎が近づいてこられても、仲間だとかの前に人として逃げ出すだろう。

 例にもれず、取り巻きその二とシュゼイルは魔法を使って水の壁を作り出してまで接近を妨害する。


「だ、だってこんなものを持たされて落ち着いていられますか!? いやそんなはずがないですとも!?」


「で、ですからといって、こちらに近づいてこないで頂きたい!! ほら、あっちに丁度よく敵がいるわけですし!?」


「ば、馬鹿ですか! さっさと投げ捨てなさい!」


 比較的冷静なシュゼイルは確実な対処法を呼び伝えようとするが、当の本人は大混乱状態で話を聞いていない。


「やべぇ……俺今超背筋がゾクゾクしてる。今日一番で楽しい競技だな、これ」


「ド畜生だなお前!?」


「ていうかあんなものいつの間に用意してたのよ!? ついでにこっちに来るんじゃないわよ!?」


「カキス! お前はそれでも剣士か!? ここは肥料を必要とする農場ではないのだぞ!?」


「ディングさん、そのツッコミは違いと思います……」


 混乱状態は味方にも伝染しているようで、正気なのは俺とゆりだけのようだ。

 ルベルディアに投げ渡したものの正体だが、実は野生動物のフンなどでは決してない。さすがの俺もさして大きくもない袋にフンを詰め込んで持ち歩くような趣味はない。ペットの飼い主でも路上でフンをすれば土をかけるだけで持ち帰りなどしないはずだ。

 なら、あれはなんのか? 実はそこらへんの腐葉土を袋に詰め、そこに水を含ませてそれっぽくしているだけだ。俺的には少し水分を増やしすぎてフンには思えないのだが、まぁ信じてくれているようなので大差ない。


「なんて姑息なマネを……! 少しでも君を見直していた自分が憎らしいですよ!!」


 シュゼイルがなにやら叫んでいるが完全無視。姑息なマネを先に実行したのはあちらであって俺ではない。というか、偽装フン袋を姑息なマネと言わないと俺は思う。


「お嬢様、あいつはいったいどんな目的があってあんな汚物袋を……? というかいつから?」


「ああ、えっと……ここに向かう前ですね。ちょうど廃墟から出る前に水を出して欲しいって言われて土に水をかけたので」


 ゆりには協力してもらっていたため、動揺がなかったらしい。まぁ、さすがにあの運用法をするとは思ってみなかったようだ。

 それにしても、素晴らしい地獄絵図である。

 つい先程まで火花を散らしていた相手が子どもの様にハシャギ(騒ぎ)回り、それをこちらはドン引きする。シリアスな空気は一瞬で氷解されてしまっていた。


「恐ろしいな……!」


「お前の発想がな!!」


 どうやらトラクテル兄妹の誤解も解けたようで少し離れた所からアルターが叫んできた。

 俺は肩をすくめてその言葉を適当に受け流すと、武器庫から何本ものナイフを取り出し、地面にばらまく。


 カランカランカランカランッ。


 次々と武器庫から零れ落ちる探検の数は約二十本。これでもまだ武器庫に入れてある探検の総数の半分にも満たない。

 俺はいまだ、水分を含んだだけの茶色い袋を持って騒ぐ男三人の様子に背筋をゾクゾクさせつつ、再度認識を戦闘用に変える。元々切り替わっていたが、なんとなく仕切り直したい気分だった。

「……さて、アルター。ブラストを」


「お前が敵じゃなくて本当に良かったよ……。現れし爆炎の奇跡『ダブルブラスト』!」


 俺の呼びかけにアルターは、短い詠唱で唱えられた魔法で応える。

 その魔法は単体中級魔法の中では下位に位置する魔法であり、二つの爆発を狭い範囲で起こす魔法だ。ブラストと名のつく魔法は爆発系の最も弱い種類だ。


 ボゥンボゥン!!


 二つの爆発は俺のすぐ脇で立て続けにおき、足元に散らばるナイフを弾き飛ばす。


 ギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャアンッッ!!!


 鉄の刃同士がぶつかり擦れあう音が幾重にも重なり大音量となる。それだけではなく、敵味方関係なく飛び散りシュゼイルたちにも、アルター達にも飛来した。


「なっ、水の理抗いし暴雨!『レインスプレッド』!!」


「流連流水麗木華すいれいもっかの型、其の三『天涙てんるい』」


 ズドドドドドドドドドドドドドッッ!

 パチン……カラカラカラカラカラカラカランッ!


 シュゼイルは上からたたきつけるような暴雨を降らせる魔法でそれなりの数の短剣を、無理やり撃ち落とした。俺は、指を鳴らすと急に短剣の動きが止まり、重力の存在を思い出したかのように地面へと雪崩落ちる。

 『天涙』は本来別の用途で使う流技だが、現状すぐに複数の短剣の動きを止められる流技がなかった。この流技のからくりは自然属性の土属性の魔法を使っている。その内容は地面に魔力を集中させ重力場を人為的に発生させるものだ。これは相手の動きを鈍くさせるために生み出した技であって、決してこのような手品のようなエンターテイメント性溢れるものとは違う。

 指を鳴らすのにも俺なりの理由があり、重力場を発生させその程度と範囲を指定するのがとても難しいため、瞬間的な集中力を発揮するためにしている動作だ。しかし、今回はそれだけが理由ではない。

 指を鳴らすというのは、一つの合図として取り決めている。


「流れ出でよ水流!『アクアスプレッド』!」


「水より生まれし者よ、獲物を切り裂け『スプラッシュホーク』!」


「いくぞ!」


「おう!」


 ”指を鳴らしたら攻撃開始”。

 誰一人としてその指示を忘れることなくそれぞれの役割通りの行動に移る。

 俺も地面に落ちているナイフの柄を踏み、宙に浮かせて掴む。と同時にシュゼイルへ投擲。


 シュトッ。


「いづっ!?」


 俺たちが動き出したのは一瞬ことであり、まだ邪魔な暴雨が降り続いていたが、それをすり抜け俺の投げた短い刃は対象の肩に突き刺さる。長さはない。だから致命打にならない。

 けれど、それで集中が切れ、魔法が途切れればそれで十分だった。


 ドヴォンドヴォン、ドヴォンドヴォン! ブシャァン、ピュローーー!!


 シェリルの唱えた魔法がルベルディアが横合いから吹き飛ばし、もう一人の取り巻き――こちらの名前はガルドレア――をゆりが唱えた魔法により、水で生成された鷹のような魔法生物が突進して分断する。


 ダンッ!


 シュゼイルの左右が空いた瞬間、俺は重い踏込音がする影身で距離を詰め、今度は肘ではなく防がれても相手を浮かしやすいハイキックを胸めがけて放つ。


 ドダッ!


 支店となる左足が着地した音とハイキックをした右足がシュゼイルの胸に当たる音がほぼ同時だったため、不思議な音がした。


(……よし、身体強化の度合いも問題ないな)


 もしこれがコルト相手と同等の身体強化を施していた場合、良くて胸骨が粉々に砕けていただろう。今は多少骨が軋んだ音が足裏から伝わってくるだけで、折った感覚はしない。

 肩の痛みに気を取られていたシュゼイルは防ぐこともできず、ふわり、と足が地面から離れた。俺は縮めた距離をさらに詰め、ゼロ距離での掌底を鳩尾へ打ち込む。


 ドンッ! ガサガサガサッ!


 それを受けたシュゼイルは凄まじい勢いで木々の向こうへ飛ばされていったが、ダメージ自体はないはずだ。あくまでもシュゼイルを孤立させるのが目的。

 俺のはその後を追う前に、チラリと視線だけアルターとディングの方へ向ける。


「はぁ!」


「せいやぁっ!」


 シャン、シュ、シュシャ!


 二人は交互に剣を振り、僅かな隙があるとアルターが牽制程度の魔法を唱えている。


(問題なさそうだな)


 問題なく分断ができ、これから俺たちの戦いが本格化していく。

 そう思うと少しだけゆりが心配になった。なったが、あいつならきっとやってくれる。

 俺は声をみんなにかけることもなく、シュゼイルが消えた森の中へとその身を投じた。ここまで作戦通りに行っているが、まだ相手はジョーカーを一つも使っていない。効果もわかっていない。

 不確定要素は取り除けていないが、不思議と負ける気はしない。

 ……ただ。


(何だ……? この二重の嫌な予感は……?)


 上手く言葉にできない不安が、俺の中で強く渦巻いている。

 一つ起きて終わりではない。次々と押し寄せるだろうアクシデントは、その度に選択を強いてくる。そんな予感が、振り払えない。

 強くかぶりを振り、思考の片隅へと押しやる。

 今はただ、目の前のことに集中する必要がある。勝つためには、多少後回しにするしかない。

 開き直った俺は、武器庫から小回りのきく一対の斧を取り出し、遠くで立ち上がろうとしているシュゼイルを上から襲い掛かり――


 ○ ○ ○


 ディングはルベルディアに飛び掛かる。

 最短距離で間合いを詰め、二歩手前で大きく飛ぶ。そして体重全てを乗せた袈裟切り。しかし、その剣が何かを切ることはなく、ルベルディアは落ちてきたディングに初級魔法を叩き込もうとする。


「させるか!」


 すぐさまアルターが同じく初級魔法で相殺した。ディングは着地後の隙から立ち直り、強く地を蹴ってまた、距離を詰める。そしてそれをルベルディアは初級魔法でけん制する。

 その繰り返し。

 埒のあかない攻防。両陣営が本気で相手を潰しに掛かっていないが故の停滞だった。

 だが、その間にも時間は過ぎていく。


「このまま時間を……!」


「なるほど……時間稼ぎですか」


「っ!? くっ……!」


 ブンッ!


 突然、魔法でなく杖で攻撃を仕掛けられ、思わず身をかがめてしまうディング。当たっても大したダメージにもならないが、反撃につい体が反応する。

 その一瞬のすきを見逃さず、ルベルディアは背を向け一目散に駆け出した。


「なっ!?」


 ディングは逃してなるものかと、曲げた膝に力を入れるが、体がついてこない。シュゼイルと合流させない、という思いとは正反対に体は硬直を続ける。


(何故……!?)


 かがんですぐだからではない。足に入れる力が足りないのではない。

 焦り逸る心を押さえつけ、自分の体を見る。原因は足元にあった。


「水溜り……!?」


 ディングの足元は決してへこんでなどいない。木の根が直下にあるためむしろ少し水捌けは悪くないはずだった。しかし、何故か水の集まりができている。

 不思議な粘度を持つその水がディングの動きを阻むものの正体だった。

 魔法で吹き飛ばせばいいものを、ディングは底なし沼のような水溜りから抜け出すことに手間取る。


「俺を忘れてもらっちゃ困る……ぜ!」


 その脇を通り抜け、アルターが躍り出る。

 アルターは指先をルベルディアに向けると、弾速に優れた魔法弾を三発、逃走者の背中に向けて放った。


「ええい、さっきからチマチマと……!」


 誘導性が高い三つの炎弾を無視するわけにもいかず、ルベルディアは苛立ちながらも水の壁を作り出して沈下させる。


 ボジュウ、ボジュウ、ボジュウ!


 一、二発目が厚い壁を削り、三発目にして壁を貫き対消滅した。その隙を狙ってアルターが距離を詰める。

 アルターは魔法に威力を持たせることによりも、その形状を変化させることのほうが得意だ。そのため、魔法を飛ばして攻撃するよりも、武器を形どる魔法を多用する。正確には魔法ではなく魔術の部類なのだが。

 今回もその例に漏れず、距離が開いていても届く炎のムチを作り出し、横合いから鋭く打ち据えようと伸びる。まるで獲物に噛みつく蛇のような素早さでムチを伸び、意思を持っているかのようにとぐろを巻いている。


「くぅ……!」


 『ブレイズウィップ』と呼ばれるその魔術は、高い火力を有している。触れれば良くて重度のやけど、最悪触れた部分が燃えカスになってもおかしくない熱量を持っている。足止めに打った三発の炎弾を防いだ、ただ水を噴出させただけの壁では心もとない。

 詠唱を必要とする中級魔法でなくてはこの燃え上がる蛇から身を守ることはできない。ルベルディアが状況を理解した時にはすでに目前へと迫っていた。


(当たる……!)


 誰が呟いたかもわからない。もしかしたら誰も口になど出していないかもしれない。長きにわたる硬直を打ち破る一手になると期待するディングの心の声だったかもしれない。はたまた、自分より下だと思っていた相手に身を削るかもしれないと焦るルベルディアのモノだったかもしれない。

 ただ、どちらにせよ……、


 ガキィン!


 その声の通りになるとは限らなかった。

 『ブレイズウィップ』は確かにルベルディアの喉元へ届いた。それはルベルディア本人に直接、ではなく、謎の紋章が描かれた、不思議な光を放つ盾に。


「……まさか、あなたらのような人に、ジョーカーを使う羽目になるとは思いもよりませんでしたよ」


 ルベルディアは息を吐き出しながら言葉を漏らす。腕で流してもいない汗を拭う動作をするのは、わざとだろう。


「な、なんだあれは!?」


 卑怯だろあれは!? とでも叫びだしそうなディング。アルターは硬い表情でその問いに答える。


「あれはジョーカーの二番、『ああ我をジョーカー守りしモノはシールド』だ。どんな魔法でもあの盾の範囲であれば全て無効化してしまう、ジョーカーに相応しい効果を持っている」


「どうすればいいんだ?」


「俺たちにはどうしようもないな。あの盾は前方まで範囲があるからアレもって、グルグル回られたら手が付けられない」


「本気でどうするんだ!?」


「とりあえず、足止めができないわけじゃないから適当に攻撃を繰り返すぐらいしかないんじゃないか?」


「……仮想空間でよかったと、今さらながら思うぞ」


 ディングは、腕や足の筋肉を気にしながらそうコメントを漏らすと、剣を構え直しルベルディアに飛び込む。


 ○ ○ ○


「えっと……どうしましょう?」

「わ、私に聞かれても……」


 場所を移しゆりとシェリルの二人組へ。


「まさか、あんなに簡単にいくとは思ってませんでした……」


「私もよ……」


 身長の低いゆりは困った表情でシェリルを見上げ、ゆりより胸がないシェリルはどこか遠い目でそれを返す。

 二人の前方には、ゆりが作り出した水の檻の中に、まるで犯罪者のように拘束されているガルドレアの姿がある。


「で、でも、結果オーライなんじゃないかと?」


「……さすがにこれはやりすぎでしょ。相手何もできてないわよ」


 球体状をしている水の檻は、中からいくつも魔法や杖による打撃を受けているにも関わらず、一向に割れる様子がない。かなりの魔力を使って作り出したため、そう簡単に割れてもらっても困るが、それにしてもの硬さを誇っている。


「あなたって、ここまで強い魔法が使えたのね。今日はあなたを見直してばかりだわ」


「え、あ、いや……あはは」


 実態は、ウンディーネから教わった詠唱の仕方で、効果の上昇と消費魔力の低減している。そのため、ゆりとしてはゆり本人の実力とは思っていない。

 そのため、ゆりはシェリルからの惜しみない賞賛に、乾いた笑みしか返せなかった。

 その間にも、ガルドレアは抜け出そうと必死に魔法を詠唱するが、その堅牢さを打ち破ることはできていない。


「……でも、本当にこの人は能力者なんですか? バッチをつけてませんけど……?」


 ゆりは僅かに首を傾け、難なく捕えた獲物の左胸に視線を向ける。ガルドレアは高価なだけのローブを着ており装飾品も、服自体の物しかない。ゆりの言葉通り、バッチをつけていなかった。


「そうね。能力者ならバッチをつける義務があるはずよ」


 シェリルはユリの言葉に頷く。

 オリエンテーションでは、能力者はバッチを胸につけることが義務付けられている。理由は、能力の使用を制限するため。バッチをつけることにより、能力別に使用回数を設けられ、それ以上できないようにするために存在している。

 カキスとゆりは初めから能力をつかわないと宣言しているため、バッチを装備していない。もちろん、バッチもなしに能力を使えば、反則負けとなる。

 基本的に異能系能力は、その効果に幅がありすぎるため、運営側が個別に制限を考えたりするのだが、二人ともそれが面倒だからと、競技に使わないことを決めたのだ。

 カキスはどうやってか、ガルドレアが能力者だと気づき、それをシェリルに伝えていた。そのため、初めから二人はダルドレアの動きを止めてやろうと決めていたのだが、予想以上にうまくいきすぎてこれから先何をすればいいのか混乱していた。


「このまま時間が過ぎるまで放置してみます?」


「……あなた、意外にカキスに毒されてるわね」

次回で競技終了予定です。案外来週には更新できたり……しないんだろうなぁ……

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