第十七話 「新入生総代VS元特異科新入生」
作業にまったく集中させてくれない真紅かわいい (詳細は後書きで)
「……まずいな」
「え? 急にどうしたの?」
しばらくゆりとじゃれあっていた俺だが、おもむろに森のある方向を目を細めながら呟く。ゆりは突然の行動に目を瞬かせ首を傾げている。
「見えるか? あそこの方に、切り株の所に座っている茶髪の少年がいるだろう?」
「え~と……あ、あそこ?」
「そうそう」
俺の五感能力は異常に発達している俺だが、ゆりも視力はかなり良い方である。一応、自然豊かな所で育ったため、自然と視力が良くないと不便な生活を強いられてしまうが故だった。
色々あって、ゆりは今現在俺におんぶされている状況なのでかろうじて見渡すことができている。なお、どうしておんぶになったかとか聞かれてもいつの間にか自然とこうなっていた。
「あいつは第二学生総代のシュゼイルだ」
「いつだったかの朝にアルター君とシェリルさんとケンカしてた人?」
「その認識もどうかと思うが……まぁ、間違ってないな」
視線の先には、隙だらけに見せながら周囲を警戒しているシュゼイルの姿があった。
シュゼイルがいることの何がダメかというと……、
「今ここで戦うと作戦がダメになりそうだな……」
「だよね……」
事前に考えている策が成り立たなくなってしまうからだ。今のままでは勝利するにはポイントが足りず、シュゼイルに勝てたとしても結果的には確定的な勝利を見逃してしまう可能性が高い。
これがシュゼイルがたまたま視界に収まっただけなら問題ないが、どうも進行方向がこちらに向かっているふしがある。俺と、俺ほどではないにしろ相当視力の良いゆりがギリギリ見える程度には距離が離れているので、俺達二人の姿が見えたからこちらに向かっている、というわけでもないだろう。単に廃墟があったから目指しているだけな気もする。
作戦自体はメンバー全員が理解しているのだが、トラクテル兄妹、特にシェリルは不安分子の一つで、煽り耐性のない彼女は簡単にシュゼイルの言葉に乗せられて作戦を台無しにしてくれそうな気がするのだ。
「確実にこっちに向かってきているからな……仕方ないか」
「……なんか嫌な予感がするよ、カキス君?」
俺はゆりを背中から廃墟の屋根の上におろすと、柔軟をする。けが防止運動を始めた俺に、ゆりは不安そうというよりも嫌そうな声で問いかけてくる。
一通りし終えると、俺は片手を自らの額に斜めに当てる、敬礼をゆりにする。
「じゃ、後のことは任せた」
「え、ちょ、待っ……!」
タタンッ!
俺はゆりの制止の言葉を振り切り、後ろ向きに影身でシュゼイルの近くへと跳躍する。
一人残されたゆりは掴めなかった手を伸ばし呆然としていたが、
「私一人でどうやって二人を足止めするのか……アドバイスぐらいしてから言ってよぅ……」
任された事の難しさに頭を抱えてしゃがみこむのであった。
○ ○ ○
「それにしても、素晴らしい再現度ですね。さすがは世界に誇るデルベル魔学院といったところですか」
薄暗い森の中を歩く少年は、辺りを見渡しながら感嘆の呟きを漏らす。
「まるでどこからか空間ごと切り取ったかのような……」
「あながち間違いじゃないな」
「っ!?」
俺は、その少年の独り言に飛び入り参加させてもらい、木の陰から気配を”消したまま”姿を現した。
シュゼイルは独り言を呟きながらも警戒をおこたわっていない。にも拘らず、話しかけれられるまで俺の存在に気付けなかった。
(気配探知能力は高くないか……)
訂正をするなら、決してシュゼイルが低いわけではない。世間一般で考えれば高い方である。しかし、どうしても過去の強敵達と比べてしまいがちになる。自分の悪い癖だと思いながらも直そうとは思わない。今のところ、最低基準はコルト以上かそれ以下かしか判断基準がない。
「この空間はとある森の場所を空間ごとコピーして、今回の競技用に手を加えた空間らしいぞ」
「君は……、どうしてそんなことを知っているんだい?」
「さあな。気が付いたらそんな情報が色んなとこから聞けるようになっているからかもな」
シュゼイルの問いに、俺はあやふやに返す。
シュゼイルはそのことを気にし様子もなく、油断なく杖を構える。同時に、魔力も集めだす。
「そうですか。それにしても、まさか君がこんな競技に参加するとは思っていませんでしたよ。いつぞや街で会ったときに参加することを聞いたときは耳を疑いましたからね」
「そうかい。俺としては、お前がこの競技に参加することの方が疑問だがな。もっと得意な競技があったんじゃないのか?」
「そうですね。私にはもっと向いている競技がいくつもありました。クラスメイトの皆さんがこれに出てほしいとしつこかったのでね。致し方なく出ることを決めたのです」
「そうゆうことか。何やら複雑な家庭事情が関わっているのかと思ったんだが、俺の読み間違い?」
「そういった事情もありますがね」
次から次へと繋ぐ会話。なんでもない世間話を装いながらの情報戦。明確な言葉をお互いに躱し合い、相手の情報を引き出そうと画策する。しかし、お互いにボロが出ることはなく不毛な争いにしかなっていなかった。
「…………」
「…………やはり、君が本当の新入生総代だと思うのですが?」
「そんなことはないさ」
一瞬の静寂。それは両者が機を伺った瞬間だった。
何事もなかったように会話を続けようとするシュゼイルに、俺は腰に差した木刀に触れながら応じる。
「この学園の頂点に興味がないのですか? 君なら良い所まで目指せそうなものですが」
「残念ながら、”上”には登り切った後でな。今の俺はただの――」
ヒュッ。
「――一学生さ」
「……その、剣の太刀筋でよくそんなことが言えますね」
俺は不意打ちにで魔法を放とうとしていたシュゼイルの顔の横に、木刀で空間を突き破る。牽制の一撃は、シュゼイルの動きを止める抑止の一撃となった。
ひきつった笑いを浮かべるシュゼイルを、振りぬいた姿勢のままニヤリと見上げた後、俺は大きく後ろに距離をとる。
「どうしても新入生総代がどちらか気になるなら、ここで少し試してみるか?」
「……是非もない。仮想空間ですから、無属性だろうが遠慮はしませんよ?」
そう言って一つ身震いをしてから杖を構えるシュゼイル。緊張している表情とは裏腹に、二つの水晶は木漏れ日を受けてギラギラと闘志に輝いている。
「遠慮なんかしていたら、勝てないかもしれないぞ?」
その言葉を皮切りに、俺はシュゼイルに向かって、まるで戦いの火蓋をきるように、縦に木刀を振った。
ブォンッ!
音を立てて空を切り裂く俺の木刀は、何もない空間を断ち切り強風を生み出す。
「くっ……!」
地に落ちた木の葉は吹き荒れるように舞い上がり、二人の間に緑と茶の壁を作り出した。
シュゼイルは視界を遮るそれを杖で払おうとし、直前で身を投げ出すように横に跳ぶ。
「ほう……」
影身で残像を残しながら自分が作り上げた壁を迂回した俺は、低いと思っていた気配探知能力が間違いだったことに気付く。もし杖で薙ぎ払おうものなら、その隙を横合いから狙うつもりでいたが、直前で俺の気配を察知し、距離をとった。
そして、魔法使いに距離を空けられるのはよろしくない。
「水よ」
ピシュシュシュシュッ。
シュゼイルは同時に四つの水晶のように澄んだ水球を作り上げ、それをわずかにタイミングをずらして飛ばしてくる。俺は一つ一つ丁寧に木刀の腹で受け流しながら距離を詰める。
が、
「噴き出せ、水よ」
シュゼイルが杖を地面から上へと振れば、全弾を避け一歩足を踏み出した地点から、鋭く尖った水の槍が数本、靴底ごと突き破ろうと水をまき散らしながら噴き出してくる。
仮想空間であっても無属性であることに変わりない。このまま受ければ一瞬で足から頭まで続く”道”を開通させられることになるだろう。そんな状況を容認するつもりのない俺は、足に魔力を集中させる。
「流連流水麗木花の型、其の一『砕氷湖』」
俺は衝撃を他の物に移す流技で、押し上げてくる水流の力を逆にその水流へと押し返した。
バシャァンッ!
すると、一瞬で水の槍は自らの力とぶつかり相殺され、鋭かった水はただの水しぶきに成り下がる。
「ちっ!」
シュゼイルは舌打ちを一つ残すと、今度は自分の足元から水を吹き上げ体を持ち上げる。
木刀の届かない頭上から詠唱をする気なのだと理解し、その絶えず噴き出し続けている水柱を木刀で横に割る。かなりの力で噴き出していたが、身体強化を使い力任せで割り切った結果、シュゼイルは体を押し上げる浮力が途切れ、バランスを崩す。
その隙を逃すつもりはない俺は、シュゼイルの足首を持って地面へと引きずり落とすことに成功した。
ドッ!
顔に木刀を振るわれることを防ぐため、両手をクロスし顔を守っていたシュゼイルは不完全な受け身をとってしまう。わずかに空に浮いた体ではすぐには立ち上がれず、上からの追撃をかわせない。
「まずは、一撃……!」
ガッ!
上から真下に体重をかけて突き入れると、両手の守りを突き破り額に木刀の先端が直撃する。鈍い音とともに仮想空間とは思えない確かな感触が伝わってくる。
「ぐぁ……!? 撃ちぬけ、水よ!」
痛みに顔を歪めながら無詠唱で中級魔法の『アクアブラスター』を唱えたが、元々一撃しか加えるつもりがなかった俺は即座に離れ半径一メートル半はありそうなそれをやり過ごす。
俺が着地すると、シュゼイルは体を転がした勢いで素早く立ち上がり怒りを映した目で睨んでくる。
(さぁ、どうくる……?)
先程までは軽い遊びのようなつもりでいたシュゼイル。それを理解した俺は、敢えておちょくるような攻撃を仕掛けた。隙だらけだったにも関わらず、一撃だけで終わり追撃をしない。それにプライドを刺激された彼は、茶髪についた葉を払おうともせず魔力を溢れ出させる。
「『アクアオーラ』。これであなたは近づけませんよ」
怒りにまかせて魔力を噴出させているのではなく、自分の周りに実体化した魔力の水をオーラのように漂わせ、近づくものを弾く魔法。長時間使用するには消費魔力が多すぎるが、近づいて直接武器を当てなければいけない近接家には絶大な効果を発揮する。
そのオーラは、敵を触れさせないだけではなく、武器からも身を守ることができる。オーラは実体化しているため、普通に武器を振っても弾かれるか飲み込まれて振り切れないか、どちらにせよ、術者にまで剣が届かないのだ。刺突攻撃には弱いことは弱いものの、それでも威力は半減する。
シュゼイルほどの術者であれば、あのオーラの耐久力は並のものではないだろう。
それでも……、
「俺には通用しないな」
人より魔力制御能力が大幅に高い精霊の障壁を粉砕した俺には、関係なかった。
オーラを張られたからと言って、俺の剣の速度なら外側から徐々に削ぎ落とし、最終的に丸裸にすることも数瞬の内に終わらせることができる。たとえそれが実剣でなくとも。
「ええ、でしょうね。ですが、これはあなたを近づけさせない程度に機能すればそれで問題ありません。『遍く大河の流れよ……』」
先程とはうって違って、急に地上で、それも真正面に俺がいることを気にせず詠唱を始めた。
(何を考えて……、いや)
当然詠唱を阻止すべく影身で距離を詰めようとした、足を止め、周囲を見渡す。
「……そういうことか」
俺が誰に聞かせるでもない呟きを漏らした。そのわけは、周囲に浮かぶ泡のような魔力球にあった。
「『バブルマイン』。まさか、この中級魔法を無詠唱で唱えられるとはな」
「……』ふふ。私は無詠唱を使うのが得意でしてね。まぁその分、血の滲むような訓練がありましたが」
詠唱を止め、わざわざ俺の感想に答えたシュゼイルの表情は得意げに笑っていた。
俺は正面を向きながらふわふわと宙を漂う濃い青色の泡を木刀の先でつつくと、
パァンッ!
破裂音とともに中から鋭い針が四方八方に飛散する。数本ほど飛んできたが、全て木刀で叩き落とす。まるでフグが弾けたような現象である。
この魔法は個別に魔力制御を必要とされ、中に仕込まれている針にすら意識を持っていかなければいけない。これらは威力が高いわけではないが、敵に与える影響が高い。自由にうごくことを封じられ、下手に動こうものなら体中に針が突き刺さる。
針には毒の代わりに濃度の強い魔力があり、それを体内に入ると魔力中毒を起こしまるで二日酔いのような錯覚を起こす。また、他人の魔力というのは拒絶反応が出やすく、そのせいで強い痛みを発することもある。
かなり厄介な魔法らしく、発動するのにも詠唱は欠かせないのだが、この少年は一瞬でこの無数の泡を作り上げることができる。
(……十分に総代の実力を持っているじゃないか)
コルトと比べるともちろんあいつの方が強いだろうが、あいつとは違った強さを持っている。
「……でもまぁ、学生レベルだな」
「……巻き込め!』『デュバリアンスフロウ』!!」
そんな風にのんきに評価していると、ついにシュゼイルが詠唱を終え、上位中級魔法を発動した。
上位中級魔法は、上級魔法にこそ含まれていないものの、威力や範囲、効果などどれかが上級魔法にひけをとらないような魔法がそこに分類される。特徴としては、魔法名に古代の言葉が用いられ、内容も大昔の事例に関係する。
デュバリアンとは古代の言葉で怒れる大河という意味を持つ。
その言葉を持つこの魔法は古代人が恐れる自然災害の一つ、大河の氾濫を一部再現する。
「確かに遠慮するなっていう意味を言ったは言ったが、さすがにこれは容赦がなさすぎじゃないか?」
「はぁ! はぁ! 君なら、これぐらいどうとでもするでしょう……!」
「……まぁ、な」
短期間に大量の魔力を消費したシュゼイルは、息を乱しながら俺の嘆息の言葉に挑戦的な笑みを浮かべながら返してくる。
俺はその問いに、面倒臭そうにしながらも首肯する。
「まず一つに、『デュバリアンスフロウ』はそもそも詠唱を終了してから完全に効果を発動するまで時間がかかる。その二にお前は焦ってか詠唱を一節間違っている。三に、俺がそれまでの時間おとなしくするはずがないだろう?」
「……まったくその通りですね。しかし、これでも準備は整えたつもりですよ?
三つの理由を口にするが、シュゼイルの表情は曇らない。それどころか、余裕を取り戻しさえした。
実際、その言葉通り、準備は万全だった。俺を容易く近づけなくするための『アクアオーラ』。動きを抑制する『バブルマイン』。まだ魔力に余裕のあるシュゼイル本人。前二つの魔法は詠唱のための時間稼ぎではなく、魔法が発動するまでの時間稼ぎの布石だったのだ。
これが無属性でなければ、多少無理やりにでも前に進んだかもしれないが、数本突き刺さるだけでも体の自由が利かなくなるだろう。他属性にとって多少の麻痺毒程度でも、無属性にとっては猛毒と変わりない。
その危険地雷地帯を超えても、ゼリーのような壁に守られた魔法使いが待ち受けている。
絶体絶命。仮想空間でなければ死を覚悟するような状況に追い込まれていた。
もうどうしようもないかのように思われる現状で、俺は思わず吹き出しそうになる。
「く、くく……」
「…………?」
完全には堪えきれず、漏れ出るようにくつくつと笑う俺に、シュゼイルが気でも触れたかという視線を向けてくる。失礼な話だ。
俺はただ、つい最近似たような状況に追い込まれたことを思い出しただけだというのに。
「さぁて、どうとでもすると、期待された以上応えないわけにはいかないな」
シュゼイルがどうかはわからないが、俺にとってはこの戦いは前哨戦。まだ後に本気でぶつかるつもりなのだ。シェリルのときのように魔絶を使うのは控える必要がある。あれは、魔法使い相手には切り札になるからだ。
俺は木刀を地面に差すと、ポケットからとある球を取り出す。
「それは……!?」
シュゼイルはそれがなんであるか、当然知っており、驚愕に目を見開く。同時に、しまった、と自分の詰めの甘さをここにきて理解する。
「この競技を考えた人間は、結構いいセンスしてると思うよ。少なくとも俺は」
それはこの競技の特殊ルールであり、切り札になるアイテム『ジョーカー』の能力を秘めた水晶。
「『ジョーカー』にはあらかじめ色々な効果があり、その中から一つだけ選びこの水晶に封じ込める。そして、一チームに二つほど持たされるこれには、勝敗を揺るがすような効果が封じられているのは当然。……さて、これはどんな効果でしょう?」
「…………」
先程までの余裕はどこかに潜め、無言で身構える茶髪の少年に笑いがこみ上げてくる。いい感じに優位に立っているつもりだったがため、余計にそのギャップを意識させられる状況に、サディスティックな性格をする俺が、笑いを堪えることができようか? ――いや、
「安心しろよ。これには、誰もが使わないような効果を入れてきたから」
――いや、できるはずない!
俺は魔力をこめ、その効果を開放する。
俺が込めた効果は特殊で、他とは違い何度も使えるという特殊性にも関わらず、誰一人として使おうとしない不遇な効果。しかし、俺にとってその内容はそれ以外ありえない。
その効果とは、
「ジョーカーエフェクト8番、武器庫だ」
複数の武器を収めておける倉庫を空間に出現させるものだった。
○ ○ ○
「ねえ! セットし終えたわよ!!」
「あ、ありがとうございます!」
私の名前は水谷ゆり。大和出身のちょっと身長が低い女の子です。
「? なんであなたが返してくるの!?」
「べ、別によくないですか!? 私が返したって!?」
私は今、屋根の上からクラスメイトに叫び返しています。普通、身長の、じゃなくてちょっと身長の低い女子が屋根の上に登らない、なんて言う方もいると思いますが、これにはわけがあります。
「それもそうか……。この後どうするのよ『カキス』!!」
「え、えと、えと~……!」
そのわけは、私の幼馴染の男の子が私を捨てたからです。とても語弊のある言葉ですが、彼にはこの状況を丸投げした恨みがあるので容赦はありません。
私はすぐにクラスメイトのシェリルさんに叫び返さず、狼狽えてしまう。それも当然で、彼女が呼んだ彼は、今この場にいないから。それも、私にしか言わずに。
それにも理由があり、というかその理由のせいで私は今困っている。
というのも、シェリルさんには知られたくない存在が、私たちのいる廃墟の近くに向かっていることを見てしまったからなのです。
「ど、どうするの、カキス君!?」
ヒュォォ……
まさかこの場に居ないとは言えない私は、誰もいない空間に向かって、割と切実な気持ちで疑問を投げかける。でも誰もいないのに疑問に対する答えが返ってくるはずもなく、虚しく風が吹くだけだった。
(ど、どどどどどどうしよう黒ゆりちゃん!?)
(とりあえず落ち着きなさいな。そんなことよりこの仮想空間って太陽があるくせに月がないのね)
(他人事だからって落ち着きを払いすぎだよ黒ゆりちゃん!?)
私はもう一人の自分と言っても過言ではない人物に助けを求めますが、基本的にカキス君と自分が直接関係しないことに対して興味がない彼女は、この緊迫した状況には場違いなことを言ってきます。もう私大パニックに陥ってツッコミしかできず、まともな思考が働きません。誰か助けてください。
「い、今人を呼ぶ方法を考えてるって言ってます!?」
「どうして疑問形なのよ!?」
動揺のあまり、ついつい疑問形で叫んでしまう私。ああ、これだって短い時間稼ぎにしかならない。だって彼は、こんな作戦の計画に時間なんてかけないから。
彼は頭の回転がとても速くて、こういった人の行動を読むようなことは得意だからです。これではそのうちに私が自分で考えたことを言うか、さらに話をぼやかすかしかありません。しかし、私にはとてもこれ以上話を引き延ばすことなんてできる自信がありません。なので、自分で考える必要があります。
(いつも私に『お仕置き』してくるけど、返ってきたら私がお仕置きをするからねカキス君!?)
そう心に強く刻み込みながら頑張って彼が思いつきそうな作戦を考えるのでした。
(で、でも……たぶん返り討ちにあって、いつの間にか私が『お仕置き』を受ける立場になりそうな気が……、え、えへへ……)
(……自分が丸め込まれることを予想して悦んで顔を赤くしてないで、作戦を考えなくていいのゆりちゃん?)
(よ、よよよよよよよ悦んでないよぅ!?)
なんだかんだで、彼に調教し始められている自分が、意外と嫌ではないことを意識の隅に必死で追いやって、結局シェリルさんに催促を受けるはめになりましたとさ。
○ ○ ○
「8番の武器庫に収められる武器の数は全部で八つ。普通、鉄製の武器を八つも持ち歩いて行軍するとか狂気の沙汰じゃないが、仮想空間であるを利用して、現実世界にある武器庫に直接空間をつなげて持ち出すことができる」
「ですが、もっと普通のことを言えば、武器を八つも持つ意味がるでしょうか? 確かにこの学園では魔法使い以外にも騎士が通ってはいますが、多くの武器を扱うことは稀です」
「つまり俺は、稀な人間に含まれるわけだ」
そう会話する俺たちの頭上には着々と水嵩が増す渦が浮いている。のんきに会話をしている場合ではないかもしれないが、当人である俺たちにとってはそれほど余裕がある。
そもそも、この魔法は最終的に発動するのには術者の合図が必要になる。あまりの範囲に術者まで影響下に入ってしまう可能性があるからだ。その辺の制御実を含めて、相対する少年、シュゼイルの魔法の才能の高さが理解できる。
「つまり、あなたは一つや二つではなく、三つや四つの武器が扱えると。そういうのですね」
「ああ。俺は三つや四つだけではなく、五つや六つ以上の武器が扱える。それも、どれも本職の人間が使うのと遜色がない程度には、な」
そう宣言すると、試しに俺は斜め後ろに発生している黒い靄の中に手を入れ、中から一対の手斧を取り出す。
「これは二つあるように見えるが、一応両方使うことで一つの武器として認められている」
取り出した手斧は片方の刀身部分がやや細長く、もう片方の斧は刃が反り返るほど長い代わりにリーチは短い。柄の部分にも、刀身のひらべったい部分にも特に意匠はなく、大量生産で生まれた物の一つだということが伺えるシンプルさである。しかし、下手に癖がある武器よりも大量生産によってある程度性能が安定しているほうが多武器を使う者としてやりやすい。これは学園が用意していた武器の一つだ。
細長い方を右手に、短い方を左手に持った俺は、前言なくシュゼイルの懐に潜り込む。
影身を使った本気の潜り込みではないので、シュゼイルでも動きを追っているはずだ。あくまでも実演して見せるだけ。
俺の構えは両の斧をクロスさせるように、右手を前に、左手をそのやや下後ろのところで構えている。まずは曲げている右の肘を伸ばすように、握られているソレを正面に突き出す。
ヒュ、ヒュ。
シュゼイルは軽く横にワンステップ踏むだけで避け、跳ね上げた左手とともに振るわれた鉄の刃も今度は後ろに一歩引いて回避した。
「あまり本職の人を舐めない方がいいと思いますが?」
「おっと、それは失礼」
冷ややかな視線におちゃらけた言葉で返す俺は、振りぬいた左手の勢いを利用して、突き出した右手を手前に引きながら回る。そうすると、二撃で終わりだと思っていたシュゼイルのローブの胸部分を浅く切り込む。
足を動かすことすらできない、意表を突かれた形となった少年は表情筋を引き締める。が、俺の一連の動きはまだ止まっていない。
反時計回りに半回転したところで、左肩がシュゼイルを向く。そのまま、回転の力を倒れこむようなショルダータックルへと流す。当然、半端な姿勢で行われたそれにダメージを与えられるような衝撃はなく、もつれこむように相手の姿勢を崩すのが精いっぱいだった。
「な……」
基本的に力を必要とすることは身体能力で補う俺の肉体の重さは五十キロ前後。同じく細身のシュゼイルは生粋の魔法使いらしく筋力は俺以上になく、倒れこむ少年一人の体重をとっさに支えきれず上体を後ろに傾かせてしまう。ゆっくりと時間が流れるような錯覚の中で、やがて重みに耐えきれず片足が浮き始めた。
俺はそれを確認すると同時に、シュゼイルの全体重がかろうじて支えられているもう片方の足の裏に、その足とは逆の足、今回は左足の踵を横合いからタッと叩き合わせるように置く。
軍人が敬礼時に踵を勢いよく合わせて音を鳴らすのに似た動きに、不安定な姿勢で全体重を支えていたシュゼイルの右足は、滑りやすい森の腐葉土の上ということも相まって、地面をそれはもう簡単に滑る。何かにひっかかることなく滑っていくそのさまは、地面に油が撒かれているのでは勘違いしてしまいそうなほどあ。
対して俺は、体勢的に踏ん張りの利く位置に足を固定し、今もなお足を滑らせ完全に倒れこもうとしている少年の脇腹へと両斧を突き入れた。
ザクッ! ドサッ。
野生の息遣いすらない仮想空間の森の中で、響き渡るナニかを切り裂く音。続く地面に何かが倒れ伏す音が、さらに明瞭に耳へと届くのは、それだけ今この時に集中している証しだろう。
それはおそらく、
「……くっ!」
ローブと己の表皮を刃が擦った少年も同じだったに違いない。
「さて、これだけだと俺が斧の二刀流が使えるだけになるよな。……さぁ、立てよ。まだまだ魔法の発動準備までには時間があるんだからな。それまでは……体の表皮だけでもたっぷり味わってもらわないとな……?」
嗜虐的で残忍的、かつ挑戦的な言葉を投げかけられたシュゼイルは、はっと正気に戻ると、複数の水の槍を上から降り注がせる。魔力の組み方が荒かったそれらはその場を動かず無傷で受け流すことも可能だったが、あえて距離をとってやることにした。シュゼイルに、立ち上がる時間を与えるためだ。
俺は開いたままの空間に斧を投げ込むと、次は槍を取り出した。
一.二メートルを優に超す長い柄の先端に、これまたシンプルで小さな刀身が取り付けられている。これもまた、所謂量産品。曰く付きの武器や、気難しい職人の一品などではない。学園の武器庫に放置されていた槍の中の一つだ。とりわけ新品なものではあったが。
余談だが、この国、という範囲ではないが、何故かこの辺りの街は槍を使うことが少ない。というより、剣を主とする騎士が非常に多い。武器屋に並ぶ商品の約八割が剣だし、それ以外の武器種は性能すら低い。
そんな待遇を受けている武器の一つを、クルクルと手全体を使って弄びながらシュゼイルの準備が整うのを待っている俺に、シュゼイルは苦々しい表情であることを訊いてきた。
「……『アクアオーラ』を張っていた筈なんですが、どうやって?」
「ああ、あれか」
シュゼイルは今発動している魔法の時間稼ぎのために、二つの魔法を使っていた。その内の一つに自分の周囲にオーラのような実体化した水を張り、近づくことも、また武器で攻撃することも防ぐ魔法を発動していた。
シュゼイルはそれを解いた覚えはなく、今になって自分がその庇護に守られていないことに気が付いたのだ。
「それに『バブルマイン』だって、何故触れていたにも関わらず弾けなかったのですか?」
二つ目の魔法は宙を漂う泡の地雷。中には濃度の高い魔力をこめた針がたくさん詰まっており、触れようものなら、泡がはじけて中から大量の針が四散する。
「両方とも、対処するのは難しくなかったんでな。ちょちょいと無力化させてもらった」
「いとも簡単そうに……!」
絵を肩甲骨の間に押し当てるようにして、槍全体を支えるような構えをした俺がそう返すと、シュゼイルはさらに表情を苦しそうに歪めた。ただ、その表情は悲壮感ばかりではなく、幾ばくか楽しげな色も覗いている。
強敵と出会ったことの辛さと楽しさの相反する気持ちが両立しているのかもしれない。複雑な心理環境だ、と少しズレた感想を抱く。
『アクアオーラ』のような術者の身を守る魔法はバリア系や結界系と呼ばれる。その中で最上級のものが、いつぞやの雷精霊の使っていた障壁だ。
障壁は目には見えないレベルですら隙間をなくし、それで箱を作れば真空ができるほど密度が高い。物体構造上、完全に単一のモノより、細かい物質同士が繋がり合おうとする力でできたモノの方が強度は高い。これは衝撃分散にも関わってくるが、間に何も挟まず直撃するよりも、まず衝撃を吸収しやすいものを当ててからの方が喰らう衝撃は小さい。
その原理を利用した衝撃の硬さは初級魔法程度の魔力で、上位中級魔法を防げるほどに”完成した”バリアだ。
対して、アクアオーラだが、実はかなり隙間が多い。簡単に目につくほど隙間があるとは言わないが、見る人が見ればヒビだらけの壁になっていない壁と等しくなる。なので、俺はそのヒビをなぞる様に斧を通し、最初の二撃でアクアオーラを魔絶とは違う方法でかき消したのだ。
『バブルマイン』については、少し魔絶の技術を応用したもので、一瞬触れても爆発しない場所ばかりを触れて抜けていたのだ。
魔絶は魔法の核だけを壊し魔力を消失させるが、その核から伸びる枝のような、人間でいえば神経のような部分を避け、肉の部分ともいえるところを押して通り抜けたのだ。もちろん、一瞬だからこそ成立する技術であり、もたついていれば押し出した分だけ枝を圧迫し結果として破裂する。
ただ、その速度がシュゼイルの目に映っていなかったので、泡が意思を持って俺から離れたように見えたことだろう。
これらの対処は慣れてしまえば簡単で、バブルマインはともかくアクアオーラの方はまったく知られていないわけではない。だが、逆に知っている人は少なく学生のシュゼイルが知っている知識ではない。まぁ、年齢の話をするなら同い年なわけだが、複雑な家庭環境のせいなのでしょうがない。
そして、それらの対処法をわざわざ教えてやるような優しさは俺にはない。
「お次は槍だ。今度は少しぐらい魔法使いだって所を見せてくれよ?」
「その挑発に乗ってあげましょう……!」
シュゼイルは俺が動く前に自分の首位意に合計で十二の小さな水球を浮遊させる。さらに、今まで距離を詰められる側だったシュゼイルが、逆に距離を詰めてきた。
「なるほど、攻め方を変えようってわけか。その臨機応変さも、非凡な才能の一つだな。だが……」
俺は突然の変化に戸惑わず、正確に間合いを測る。
ブオンッ!
槍の間合いへと足を踏み入れてきた瞬間、突きだけではなく長い柄を利用した薙ぎ払いで牽制する。
(槍相手に自分から距離を詰めすぎるのは悪手だな)
俺個人の意見としては、槍は自分から攻めるスタイルと相手の出方を待つスタイルがあると思っている。その理論は一見どの武器にも適用されそうだが、槍は少し特殊だ。その長いリーチによって、相手では届かない位置から攻めることもできれば、逆に近寄らせないこともできる。その特性を利用して、無理に距離を詰めようものなら、串刺しに。突き入れることが厳しくなるほど距離を詰められたなら範囲の広い薙ぎ払いでそれ以上の接近を止めることだってできる。
もちろん、これらは利点を挙げているだけであって、決してそれらが実践で100%発揮されるわけではない。いくらでも対抗策は取られる。
「水よ!」
ブオ、ガッ!
シュゼイルの横っ腹めがけて振るった薙ぎ払いは、直前で水球が間に挟まって障害となり、槍の動きを止める。
さらに連続して三つの水球を上、下、正面から、上下左右にぶれながら襲い掛かってくる。
「ふっ」
俺は一つ息を吐き出すと、足で槍の柄を蹴り上げる。そうすると、空中に固定されている水球を乗り越えることができた。しかし、そのままでは横に振るっても高すぎるためシュゼイルには当たらない。
片手で持つのをやめ両手で力任せ、いや身体強化任せで振り下ろす。
バシャバシャバシャ!
「なっ!?」
槍を受けた水球と違い、俺を狙う三つの水球は上から押し潰されただけでただの水へと成り下がり、接近していたシュゼイルはかろうじて杖を掲げて盾にすることで受けきった。
そうしたら、俺はいつもの通り、そこを起点に流れるような反撃に移る。
「はぁっ! ……なんてな」
「ぬぐっ……! っ!?」
さらに圧力を加え、それに対抗するようにシュゼイルが膝に力を込める、瞬間を狙って俺は槍に加えていた力を抜き、一気に引き寄せる。反発する対象がいなくなった力は、ただ上に解放され全身を隙だらけにする。
「流連流突剛雨尽の型、其の一『驟雨』」
俺は引き寄せた槍を、槍本来の使い方、刺突を連続で放つ。
槍先に魔力をまとわせたその突きの連続は、空気を含んで浮いているローブギリギリを掠めながら、凶悪な反しとなった魔力が生身にまで届き、少し肉を抉る。
「うぐっ……!?」
連続して主張する小さな痛みに、初めてシュゼイルは苦痛に整ったその顔をゆがめた。俺は適当なところでシュゼイルを蹴り飛ばし、槍を空間にしまいこむと、またもや仕切り直しを図った。
「思ったよりも、悪い趣味をしていますね、君は」
「そうだな。自分でもそう思うよ」
思わず、”これも作戦の一つ”だけどな、と危うく本音を漏らしそうになるが、否定できないのも事実。俺はあながち間違っていないその指摘を受け入れた。
「……何故、そんな顔をしているんですか?」
「ん? ……いや、ちょっとな。人をいたぶるよりもっと悪趣味なことを、しなくちゃいけないんだと思ったら少しな……」
「……何を抱えているか知りませんが、今だけは目の前のことに集中していただけませんかね? いくら私が君の足元に及ばないといっても」
「悪い悪い。失礼なことをして申し訳ありませんでした、シュゼイル殿」
俺は一度顔を手で覆うと、すぐにいつもの薄い笑いを張り付ける。
(これで良い。俺はいつだってぶれてちゃいけない)
思考が脇道にそれた。その脇道から無理矢理本筋に戻す。
俺は次なる武器を選ぶべく、空間の歪へと手を伸ばし、空間を掻き回すように目的のものを探る。
「シュゼイル。お前は、もう少し自分のしたい行動をしてみるといい。後悔しないようにな」
「それは、人生の先輩としての言葉ですか?」
「……いや、同い年に人生の先輩と言われても困るんだが。そうだな、後悔するであろう人生を送っている人間からの、忠告だ」
同い年だというのに、どこか俺に対して頭の低いところのあるシュゼイルの言葉に苦笑しながら、次なる武器をずるずると引っ張り出す。
「さあて、次はどういたぶってやろうかなぁ……!」
「……その性格だけは、直した方がいいと思いますよ」
ゴトンッ……!
重量の満ち溢れたその武器は、空間から引きずり出すようにしたせいか、地面に重い音を立てる。
身体強化をさらに強め、両手を使ってその武器を持ち上げる。
重厚な刀身に、槍の様に長いリーチ。鋭さによる切れ味よりも、重さによる断ち切りを目的とした切れ味。
俺が手にした武器は、
「今度は、バスターソードでやらせてもらおうか」
技術を重視する俺の戦闘スタイルとは大きくかけ離れた、力任せに振るう一般的な大剣だった。
【いろとりどりのヒカリ】真紅のボイスだけを集めてみた1~4まとめ
、をニコ動で聞きながら何か作業をしてみてください。ただ、それだけです。




