第十六話 「静動の前半戦」
今回は短めです
「「うおおおおおぉぉぉぉ!!?」」
「「やあああああぁぁぁぁ!!?」」
仮想空間の太陽がさんさんと降り注ぐ、まるで昼下がりのような日差しの中で、悲鳴をあげながら森を疾走する四人の男女。
一人目はディング。
「な、何だよあれ!?」
彼は後ろの存在を指さしながら最後尾を走る。
その問いに答えるのは二人目アルター。
「お、俺が知るかよ!?」
戦闘を走りながら邪魔な木々の枝を折っていくが、全速力で走っているため、他のメンバーが通りやすくするようには気が回らない。
三人目シェリルはとても綺麗なフォームで走っている。
「あんなのまであるなんて聞いてないわよ!?」
いつも先に怒りを前面に押し出すシェリルも、今回ばかりは逃げることに精いっぱいのようだ。
そして最後はゆり。
「わ、わた……! 私……! 足が縺れちゃいそうに……!?」
ディングに背を押されながら走る彼女の体力は限界に近く、このままでは背後から迫っているモノに追いつかれてしまう。
いざとなれば抱えて走る覚悟をしながらディングは懸命にその背を押し続ける。
ガサガサガサガサガサガサッ!!!!
「「「「ひぃっ!?」」」」
四人が全力で逃げいているソレの正体は至極シンプルに、
ブブブブブブブブブブブブブッッッ!!
虫の大群だった。
「あの量! あの量は無理!」
「誰よあれにデッカイ魔法を唱えて一網打尽でポイントもガッポガポなんて言ったのは!?」
「「お前だろうが!!」」
「はひっ、はひっ!」
ただの虫の大群ならどれだけよかったことか、残念ながら背後に迫る虫は百の足があるといわれている虫に羽が生えたような生物や、鈍く黒光りしたフォルムを持つ生物に猛毒の針を足したものがいるのだ。
「きゃあっ!?」
ドサッ!
「お嬢様!?」
「くそっ!」
「ああもう……!?」
ついにゆりの体力が尽きてしまい、足首を挫くように木の根に足を引っかけてしまう。
それに連れて全員の足が止まり、全員でゆりに寄り添う。
「「「どうしてこうなっちゃった……」」」
「アタシが悪かったわよ!! 三人で声をそろえてこっちみんな!!」
この大騒ぎ。どうして起きたかというと、少し時間を巻き戻させてもらい……。
▽ ▽ ▽
「よし、出発ね!」
「まずはどこに向かう?」
「そうだな……一応獣道みたいなのがあるし、それを辿っていくか」
「大丈夫なのか? 他のチームと出くわしそうな気がするんだが……」
「大丈夫よ。私たちはもうすでにほぼフルメンバーなんだから。変なハプニングでも起きない限り問題ないはずよ」
「それもそうか……って、お嬢様? どうかしたんですか?」
「あ、いえ……、あそこにハチの巣みたいなのがあるなぁって……」
「ホントだな。ていうか、あれを一発で見つける水谷さん、視力が滅茶苦茶いいんじゃないか?」
「カキス君に比べたら全然……!」
「……お嬢様、あいつを比較対象にするのは今後、控えた方がいいと思いますよ。誰もあのレベルに到達できませんから」
「カキスがどんだけ人間離れしてるかは置いといて、あれどうする? 結構上の方の木に張り付いてるみたいだし、巣自体がかなり大きいし」
「あ、ここに看板がある。何々……? 『ギミックポイント5点分の情報をあなたに授けます! 大量撃破が条件です。ヒントは……大きなお家!!』って書かれてるけど……。これってあれのことよね」
「だろうな。それにしても5ポイントはでかいな」
「で、でも……何だか嫌な予感がしますよ?」
「私も同感だ。得体の知れいないものは触れないに限る」
「だな。じゃあ、あれは記憶の片隅に入れておいて後で……、シェリル?」
「デッカイ魔法をぶつけて一網打尽でポイントもがっぽがぽなんじゃない? 一回だけトライしてみましょうよ」
「「「いやいやいや……どう考えたって運営の罠だと思いますが?」」」
「ふん! 良いわよ! 私一人でやるんだから!! 『現れし……』」
ボバァバババァン!!
「ふふん、どうよ!」
「「…………おい」」
「ひっ!?」
「何よ、もう消し飛ばしたんだから何も残ってるはずが……ひぃっ!?」
ブブ、ブブブ、ブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブッッッ!!!
「ちょ、何よあれぇ!?」
「知るか! 逃げるぞ!!」
「あ、あの虫たちは多分魔法耐性があったんじゃ……!!?」
「お、お嬢様、早くお逃げください!」
ブブブブブブブブブブブブブブブブブブッッ!!
「「「「うひぃっ!!?」」」」
ブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブッッッッッッ!!!!!!!
△ △ △
そして今に至る。
ゆりの読み通り、虫たちは強い魔法耐性を持っており、地上から攻撃が届かないからと安易に魔法を使って倒そうなどと、甘い考えを持つ生徒をお仕置きする一つのギミックだった。正攻法としては、巣を刺激しないように木の上に上り、威力の高い攻撃を集中放火させることによって、一切虫を漏れ出させず巣を破壊することができた。
また、魔法の一部魔力を吸収し、それを力に変換する能力を持っており、仕留めきるには至らなかった半端な威力なせいで、なおさら彼らの動きを早くしていた。
「皆、逃げて!! 私のことは良いですから……」
「お嬢様を見捨てていけるはずがありませんとも!!」
「右に同じく!」
「も、もとは私が原因なんだから残るのは当然じゃない!」
「み、皆……!!」
心優しい仲間達。一人虫の大群に囲まれる覚悟のあったゆりの瞳に希望の光が……!
ブブブブブブブブブブブブブッ!!!
「「「…………」」」
「あ、あの……?」
虫達が近づくにつれ無言になり、顔を向けてくれなくなった仲間達に、ゆりが不安そうな目を向けている。
「ま、まさか、あそこまで言ってやっぱり逃げる……なんてありませんよ、ね?」
「「「…………」」」
「な、何か!? 何か言ってよぅ!? 怖すぎだよぅ!?」
ブブブブブブブブブブブッ!!
「「「…………はたして、我らのチームはこんな終り方で許されるのだろうか? たった一人。たった一人の仲間の犠牲により、つかめるかもしれない勝利が……」」」
「ない! ないですから!! 見捨てないでぇ!!?」
ブブブブブブブブブブブブブブブブッ!!!!!!
「「「さらっ……!」」」
「何やってんだよお前ら」
ブブブブブブッ、ぎゅぎゅぎゅぎゅぐぐぎゅぎゅぎゅぎぃぎゅぎぃぎぎぎぎゅぐっ!!?
三人がついに決断を下し、一斉に背を向け逃げ出そうとしたその時、銀髪の救世主は現れた。
「か、カキス君!!」
「うぉっと……! 危ないだろうが、急に抱きついてくるな」
カキス――俺は、突然抱き着いてきたゆりを受け止めると、その頭上にチョップをかまして叩き落とす。
「い、痛ぁ!?」
腰から強制的に叩き落とされたゆりは涙目ながら見上げてくるが、そんなのはどうでも良く、別のことを気に掛ける。
「全員、怪我はなかったか?」
ゆり達が虫の大群に襲われている光景は木の上からすぐに見つけることができたが、道中で敵チームに出会ってしまったが故に救出が遅れてしまった。
見た目には怪我をしているようには見えないが、俺が見ていないところで戦闘をしているかもしれないからだ。
「ああ。大丈夫だ。お前以外は結構早くに合流できたからな」
「そうね。むしろ、あんたが今までどこをほっつき回ってたのか聞きたいぐらいよ」
「そういえば他の……」
「お前らさりげなく話を変えようとしてるが、直前でゆりを放置して逃げようとしてたのを見ていたからな?」
俺が目を細めて言うと、三人は額に汗をかきながら顔を逸らす。ゆりは俺の足元で座り込みながらうんうんと激しく頷いていた。
「ま、なんだかんだで仲良くやってるようで良かったよ」
俺はもっとゆりが馴染めずに浮いてしまうかと危惧していたが、トラクテル兄妹に関しては杞憂だったようだ。
もしゆりが馴染めず浮いてしまうようだったら、さっさと俺一人で終わらせて変える、なんてこともしなくて大丈夫か。
そう思いながら、さっきから涙目で見上げてくるゆりを、チラっと見下ろす。
「お前はいつまで座ってるんだよ……。いくら仮想空間って言ったって、土がつくぞ?」
「……腰抜けちゃったんだよぅ……」
「お前なぁ……!」
最近、ゆりの腰が緩くなっている気がする。
あれか? 俺が『お仕置き』しすぎなのが悪いのか? 何回も腰を抜かすからクセがついた的な感じか?
「俺が悪いってことか、ああ?」
「わ、私何も言ってないよぅ!?」
急に凄まれたゆりが更に涙目になるが、そんなことは気にせずゆりをおんぶしてやる。
「まったく……」
「うぅ……ごめんなさい……」
丁寧に持ち上げ、ぎゅっと強めに手を組む。間違っても尻に触れる危険性をなくすためだ。おそらくゆりなら何も言わないどころか顔を赤くするだけで何も言わないだろうが、まったくの勘違いである。そしてその勘違いを放置しておくと後でとんでもない問題に発展する可能性があるため、全力でその可能性を排除する。
「むぅ……私は気にしないのに」
「……バカなこと言ってないでそろそろ俺たちも動き出すぞ」
ゆりの言葉に答えず、俺は全員の顔を見渡しながら言う。
「シュゼイル個人のポイントは現在六ポイント、あいつのクラス全体のポイントは俺たちのポイントの約三倍だ。他のくらすはどこも俺たちと同じ状況で、ポイントに大きな差はない。あって一ポイントだな」
「待て、私たちの持っているポイントは二ポイントだろう? 三倍というと六ポイントにならないか?」
「いや、”これであっている”」
ティングが疑問を口にするが、首を横に振って間違っていないことを主張する。
奴らのクラスのポイント数は十二ポイント。俺が二人を時限式でセットさせているので、今はまだ二ポイントなだけだ。いずれ時が来れば三倍ちょうどになる。
「おそらく、あいつらはギミックによるポイントの入手ははなから考えていないはずだ。奴らに追いつこうと思ったら、その空いているポイントを狙ったほうが確実だ」
ギミックポイントは、特殊なもので、入手できるポイント量は多いが、その分厄介な内容が多い。ゆりたちが追い掛け回されていたのもそれの一つだ。
「だが、それは他のクラスも一緒じゃないのか? 集中して乱戦にでもなったら……どうなるかわかったもんじゃないぞ」
「ああ。内にはトラブルプリンセスがいるからな。おそらく運悪く俺たちだけ全滅とかの可能性もあり得る」
「ひ、ひどいよぅ!? 私がトラブル体質なのは認めるけど、運は悪くないよぅ!?」
「お前本人が悪くなくても周りに影響が出るんだっつの。というか、アルターも最後まで話を聞け。俺は何もそのポイントを狙うなんて言ってないぞ?」
「あ……」
途中で話を中断させていたことに気付いたアルターは申し訳なさそうに頭をかく。隣でシェリルが呆れた視線を兄に向けているが、お前だって似たようなことを乱発するくせに、とか言ってやりたい。まぁ、面倒なので絶対に言わないが。
「俺が言いたいのは、そのギミックポイントを狙う連中を、纏めて倒して稼ごうってことだよ」
「ふ~ん、大きいポイントを餌に群がってきた獲物を狙い撃ちするのね」
特に異論がないらしく、突っかかってくることなく素直に感心しているシェリル。
うちのパーティーは範囲系魔法を得意とするシェリル、周囲にあるものをうまく使い面攻撃を行えるアルター、なんだかんだ言って範囲中級魔法を使えるゆりと、この作戦に適している人材が多い。俺は論外として、ディングはいまだに初級魔法に多少の詠唱が必要となるので、攻撃班には加えない。
「とりあえず、さっきお前たちが虫に襲われた奴だが、あれははずれの巣だったようだな。アナウンスがこないということは、ダミーの一つらしい」
「そんなものまで用意しているのか運営は……」
まさかダミーの存在があるとは知らなかったディングは、運営の腹黒さに腹を立てていた。忌々しそうに上空を睨み上げるが、別にそこに運営はいない。
俺は一度、ずり下がってきたゆりの体の位置を直してから続きを口にする。
「まず、俺とディングが偵察をする。残った三人であるお前らは、魔法の準備をしていてくれ。待機場所は木の上で、獲物が見える位置に。ディング、俺たちは餌を用意したらあとはその周囲に気を配るぞ。あらかじめサインを決めるから、”網”に引っかかったらそれで攻撃班と連絡をとるように」
「了解した」
「こっちもOKだ。任せてくれ」
「遠慮くなくやらせてもらうわ」
「頑張りましょうね……!」
みんなの気合は十分なようで、それぞれ闘志に満ち溢れた目で見つめ返してくれた。
(……ただ、不安はいくつかあるんだよな)
気になる点はいくつかある
どうして、シュゼイルのクラスの生き残りはそれぞれ三人も遭遇できたのだろうか?
ランダム転移をしたのであれば、そんな簡単にはそれぞれが三人もこの短時間で会うはずがない。
また、競技時間も問題だ。中盤にすら差し掛かっていないこの段階で、大きな点数差がついてしまっている。いくら作戦がうまくいったとしても、追い抜くことは到底かなわない。それどころか、その間にさらに差を開けられる可能性だってある。なんなら俺たちに抜かれてからでも十分逆転可能な時間がある。あってしまっている。
もしかしたら、あの魔方陣の効果の中には、敵探知のような効果まであったのかもしれない。
(いや……さすがに参加している選手全員をマークするのは物理的に難しいか……)
一クラス一チームで五人編成といっても、クラス数が非常に多いため全員のことを探知できるように魔方陣に式を書き込むのは、魔方陣が大きくなりすぎる。実際に、あの魔方陣に選手全員分の式が乗っていたとは思えない。
魔方陣の効果はおそらく全部で四つ。内二つは何とかギリギリのところで消せていたようななので、効果がわかっていないのが残り二つ。
(う~む、わからん)
情報が少なすぎて考えても結論は出そうにない。
「さて、動き出すとするか。行先はさっきの廃墟な」
俺は結局、魔方陣の効果を特定するよりも先に、ポイントを確保することにした。
全員が俺の指示で廃墟の方角へと逆戻りしていく。今現在指令ているギミックがそれだけだからだ。
とりあえずは、廃墟に向かい、それから情報をうまく流して獲物を引き付ける。幸い、あの辺りは広いようで狭く、一掃するには適している。また、悪路が多いが、逃走経路は三百六十度にあるので、もし失敗しても、囲まれて全滅というパターンを回避できる。
その廃墟に向かう道中、アルターにこんな質問をされた。
「そういえば、お前は合流する前は何をしていたんだ?
「ああ。どうも近くにお前らが飛ばされていないことを確認したら、ちょうど近くにいたシュゼイルの戦いを遠くから眺めた後、仕込みをしていたんだ」
「……お前の眼から見て、シュゼイルはどうなんだ? 強いのか?」
「そうだな……強いよ、あいつは。貴族らしくない戦いをするからこそ、な」
「貴族らしくない戦い?」
俺が前方を警戒しながらそう告げると、その隣を歩きながらアルターが首をかしげた。
貴族というのは無駄に見栄っ張りで、上品さを優先させる。そのため、派手なだけで過剰な消費魔力、そのくせして低威力の魔法を唱えようとする。また、詠唱にすらわざと時間をかけようとし、dけいもしない無詠唱はほめたたえるくせに、詠唱短縮は邪道だと言い張る。そんな貴族たちが戦場に出れば、迷惑なことこの上ない。
そんな教育を、一般的な貴族は子どもの頃から厳しく教え込まれることになる。
だが、シュゼイルにはそんな片鱗は一切なく、無駄を省き、消費魔力を抑え、詠唱短縮を駆使し、実践性を考えた魔法を唱えていた。通常の貴族なら使わないであろう憲政や消費魔力を増やしすぎて使えない魔法まで難なく放っていた。
そのシュゼイルは、十分に強く映る。
「お前らは違和感をあまり感じないかもしれないが、シュゼイルの戦い方は普通の貴族とかけ離れているんだ」
トラクテル家は、大昔の戦争で貢献した魔法騎士で成り上がった一族らしく、その役割をいまでも色濃く受け継いでいるため、実戦的な戦い方をするほうではある。そのため、シュゼイルが他に比べ強いと感じる要素の一つが理解できないのも、わからないでもない。
俺は、後ろを歩きながらも興味津々という感じで耳を傾けているシェリルと、その姿を隣から見て苦笑しているゆりの存在を意識に入れながら、あるたとえを出す。
「例えばだが……初級魔法のファイアーボールを放つとする。アルターならどんなやつにする?」
「随分と適当な質問だな……。俺だったら、俺だったら……場合によるんじゃないか? 牽制目的なのか、それでダメージを与えたいのか、はたまた別の理由があるのか。その時々によって違うだろう?」
アルターの答えに、シェリルがうんうんとうなずいているのが背中越しに気配だけで伝わってくる。
「そんなに気になるなら会話に加われば良いのに……」
「何か言ったかしら?」
「いいえ、なんでもないですよ」
ゆりは独り言を呟くが、耳ざとく拾ったシェリルが若干赤面しながらゆりを睨むが、睨まれた本人は楽しそうにクスクスと笑う。
素直じゃないシェリルに、俺も思わず笑ってしまいそうになるが、急に笑ったらアルターに不審がられるので堪える。
「まぁ、普通は臨機応変になるよな。特に初級魔法なんて。……だが、貴族連中の常識じゃ、選択肢なんて共通の一択しか持ち合わせていない。『とびっきり上品な魔法にする』っていうな」
「なんだよそれ……。普通の貴族ってのは、どうしてそんなことをしようとするんだ?」
「あいつらは、基本的に役割が違うからだよ。もし戦争なんかが起きてもそれに加わることなんて滅多にないし、加わったとしても後方からチマチマ魔法を唱えるだけ。トラクテル家は全線で立ち向かうのが前提の家業だが、あいつらは領民を統治するのが本業。その差だな」
考えてみれば当然の話で、別に彼らは戦場に立つことを要求されていない。なので、戦場や旅で生き残るような術など必要としていないのだ。ただ、見栄っ張りな性格のせいで、魔法を使ってすごく見せてやろうとした結果、高度な無駄を要求する魔法となっている。
現在は魔法学校も増えてきているせいで、学歴のために入学してくる、または入学させる貴族が多いが、学園に一歩足を踏み入れればそんな常識は捨て置かなければ卒業すら危うい。
「それに比べ、シュゼイルの戦い方は完全に実戦的だ。極力消費魔力を抑えようとするし、囲まれていたら好きの少ない魔法で確実に一人ずつ倒していくし。はては、詠唱短縮まで駆使するし、だ。そんな奴が強く感じないわけがないだろう?」
「確かにな……。じゃあ、俺らとあいつの差は、生まれ持った才能だけなのか……?」
俺の説明に納得したアルターは、今度は一人で悩みだしてしまう。自分とシュゼイルの強さの差を理解できずにいるようだ。
(……少し違うな)
シュゼイルの強さの秘訣。いや、正確にはトラクテル兄弟との明確な差。それが俺には分かっていた。
だが、それを二人に教えるつもりはない。正体を知ったところで二人が改善できるようなことではないからだ。
「ま、強いって言ったって、二人が絶対に勝てないってほどでもないぞ。何度も挑戦してみればいい。そのうち、どうにかできるかもしれないからな」
「そのうちって……」
「どうにかって……」
隣と後ろで、疲れたような声を上げている男女がいる気がするが、気のせいだろう。
と、そんな話をしているうちに、廃墟まで戻ってこれた。
廃墟の正方面入口の上にある木を見上げると、いくつも似たような巣がある。青く巨大な素もあれば、真っ赤でこれで人が刺せるのではないかと思えるほど鋭い形をした素もある。それらは全てダミートラップであり、本物は、
「ほら、一番上に一際小さな巣があるだろう? たぶんあれが正解の巣だ」
「本当だ……。あんなところにあるなんて、学園側の悪意を感じるね……」
まさか一番気づきにくい位置に本物があるとは思わなかったゆりは、学園側のいやらしさにがっくりと肩を落とす。特にゆりは一番の被害者なため、思うところが多いのだろう。
「というか、さすがに周りにあんだけ他のがあるんだから、あんな単純な罠ぐらい少しは警戒しろよな」
俺は慰めるようにゆりの頭を撫でながら言うと、急に全員がシェリルを半眼で見始めた。
「「「単純……」」」
「う、うるさいわねぇ!!」
「……引っかかったのはお前だったんだな、シェリル」
どうやら、他の全員は刺激する気がゼロだったにも関わらず、シェリルは勇んであれに挑んだようだ。なんという無鉄砲さ。
「いいか、今度は絶対にうかつに刺激するなよ? 絶対だぞ!」
「わ、わかってるわよ!」
俺はシェリルに再度強く警告すると、俺は影身を駆使しながら木の頂上付近にある、正解の巣を回収する。ハチの巣のように見えるが、中身は空のようでとても軽い。虫が潜んでいる可能性はないようだ。
それを片手に、俺は一気に地上に飛び降りる。
ト……。
異常に小さな着地音とともに地上に戻ると、ゆり以外の三人はハトが豆鉄砲でも食らったかのような表情をしている。俺はシェリルに巣を手渡すと、追及される前に廃墟の屋根に上った。ところどころ崩れいている石造りの廃墟だが、屋根はほぼすべて壊れていない。
先ほどの着地音がほとんどなかったことについて訊かれても、覇閃家に伝わる技法のため、企業秘密としか言えない。それではどうせシェリルが納得しないことが目に見えているので、逃げ出したのだ。
「俺はここから周囲を確認しとく。それは適当なところにでも設置しといてくれ」
一方的にそう言うと、俺は全方位に首をめぐらせる。
廃墟の周辺の木は背が高くなく、こうしてちょっと高いところに登れば、周囲の状況が一目でわかる。ざっと周囲を確認したが、敵影はなし。
「……バラけて転移されたから近くにいるんじゃないかと思ったんだがな……」
読みとしては、それなりの数の人数がこの競技に参加しているので、バラバラに飛ばされたならあちらこちらに人がいてもおかしくないはず。だというのに、今見える範囲では人影がない。ついでに言えば、戦闘の後も。
もうすでにシュゼイルが狩りつくした跡か? と眉を寄せていると、
「どう? 誰かいそう?」
後ろからゆりに声をかけられた。
「お前、よくここまで登ってこれたな」
「うん。昔から木登りとか得意だったから」
どうやら木を使ってここまできたらしい。
「う~ん、う~ん!」
ゆりは俺の隣に立つと、一緒になって森を見下ろすが、ゆりの身長では気に隠れて何も見えていなさそうだ。
「無理して足を攣らせるなよ。なんなら肩車でもしてやろうか?」
「ええ!?」
その様子に苦笑しながら提案すると、何故かゆりは後ずさった。しかも顔を赤らめながら。
「私は今、スカートだよ!? それなのに肩車とか……さりげなくセクハラだよぅ!?」
「ちげぇよ! そういう意味で言ってねえよ! すぐにそんな方向に持っていくなよ万年発情ロリ!!」
この万年発情ロリはとんでもない勘違いをしているらしく、ワンピースの裾を両手で引っ張りながら講義をしてくるが、俺も負けじと叫び返す。
「デリカシーがないよぅ!」
「デリカシー以前の問題だ! 俺は別にお前のスカートの中身なんてどうでもいいわ!」
「ひ、ひどいよぅ!? 乙女の秘密の領域をどうでもいいなんて……!?」
「乙女……? はっ」
「は、鼻で笑われた!?」
ゆりが乙女とか、鏡をみてから言ってほしい。五年後だってまったく成長しないであろうことが目に見えているというのに、乙女とか。
唯一成長しているところといえば胸ぐらいのものだ。
「わ、私だって日々成長してるんだからね!」
それは胸のことを言っているのか? と聞いてやりたい。
「成長してるってんなら、ここ一年で何センチ伸びたか言ってみろよ?」
「え? えっと確か……二センチ?」
「おいこら」
よくそんな成長度で日々成長しているとか言えたものである。いまだ成長期であるにも関わらず、一年かけてその程度しか成長しないゆりの栄養の使い方に疑問が湧いてくるぐらいだ。もしかしたら、黒ゆりの胸に栄養が吸い取られているかもしれない。ほら、忘れがちだけどあいつ、ちょうど色んなものを吸い取るサキュバスだし。
「だ、だってね? 女の子はね? 男の子に比べて身長の伸びが悪いんだよ? 背比べができるのは子どもの頃だけなんだよ?」
「わかったわかった。ゆりがどれだけ成長してないかわかったから」
「それはそれで語弊があるよぅ!?」
ぽんぽんと頭に手を乗せながら言うと、ゆりは両手を使って俺の胸を叩いてくる。ゆりの力では例え全力でも痛くないだろうが、じゃれ合いに近いためポカポカと肩叩きならぬ胸叩きをされているような気分だ。
「まぁ、身長なんて気にする人間は気にするし、気にしない人間は気にしないだろ」
俺は慰めるように頭を撫でれば、ゆりは撫でられる感覚に集中するため叩くのを中断する。たびたび俺の頭を撫でる技術は世界最高だと思うだとか言ってくるが、単純にゆりが頭を撫でられることに弱いだけな気もする。
「カキス君は気にする方?」
「俺か? 俺は別に気にしないな。あんまり背が低いとリーチがなくなるが、だからといって背が高くても邪魔になりそうな気がするからな……今ぐらいが俺にはちょうどいいな」
「……そういうことじゃないのに、むぅ」
何故か質問を丁寧に答えたのに、ゆりは不機嫌になってしまった。何がいけなかったのだろうか?
「……まぁいっか。昔はこうしてゆっくり頭を撫でてもらえるとは思わなかったしね」
「そうか? 俺は別に頭を撫でてやるくらいいくらでもしてやるが」
ゆりが頭を撫でられるのが好きなように、俺もゆりの頭を撫でるのを好んでいる。サラサラで柔らかい絹糸のような漆黒の髪は、指の隙間をスルスルと滑りぬけ、絶妙な快感をもたらす。性欲的な意味ではなく、幸福感をもたらすその感触を一日中堪能していても、俺は飽きないだろう。
また、髪の間に手を埋もれさせていると、ゆりの温もりが直接伝わってくるのでこの上ない安心感を感じられる。
叶うのなら、眠っている間も抱き寄せてやりたいと思うほどに。
「覇閃家にいたときは、こんな穏やかな気持ちで撫でてもらってないよ」
「……そうか。確かにそうかもな……」
俺がまだ覇閃家にいたとき、仕事の関係で数日屋敷を空ける場合ゆりが離してくれないので、必ず帰ってくるという約束と一緒に頭を撫でていた。あの時から、俺はついついゆりを宥めるときに頭を撫でる癖がついてしまっている。
「でもま、本来なら今そんなに穏やかな気持ちでいる場合じゃないけどな」
俺がそう言って肩をすくめると、ゆりは最初キョトン、としていたがすぐに、
「あはは、そうだね。クラス皆のためにも頑張らなくちゃ!」
無邪気な笑顔で見上げてくるのだった。
競技はようやく、中盤へと差し掛かる。一度加速してしまった列車が簡単には止まらないように、中盤から後半へと、留まることなく進んでいくことを、この時俺は確かに感じていた。
ゆりとのじゃれ合いの最中、視界の隅で正確に捉えていた。遠くに見える茶髪の少年――シュゼイルの姿を。
やった、やったよ! ついにガドフラが少しコンボに組み込めるようになったよ皆!! と誰もいない部屋で一人寝言を叫んだことのある、かきすです。
時たま夢と現実の境界線があやふやになることがあり、そういったときは大体目覚める直前の寝言を聞き取れていたりします。起きた後顔を覆いたくなるのでこんな特技捨ててやりたい。ついでにガドフラはDMC4の特殊技術でコンボに組み込むのは結構難しい技です。作者は時折成功します。
現在、二章が一章に比べ非常に長いですが、まだまだ続きます。たぶん、中盤戦に二、三話、終盤戦に一、二話、エピローグ前に二話程度を入れてエピローグに入る(予定)のため、全二十何話になりそうです。
ただ、作者の感覚的にはもう少しで終わりなので三章の適当なプロットを活動報告にでも書いときます。プロットといってもあらすじ的予告です。
可能であれば一週間のペースの更新を予定しています。が、何で崩れるかわかりません。例えば、最近またおさがりのPCがつかなくなって五、六話パーヂした空白の六年間シリーズのように。
……本当にもう、俺が何をしたって言うんだ……!!