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表裏の鍛治師  作者: かきす
第二章「クラス騒動編」
26/55

第十五話 「思い思いに」

「それで、これは一体どういうことですか?」


「さぁ? 運営側のミスですかね。まったくしっかりしてほしいものです」


「全くです。我々は貴重なお金を払ってここに通っているというのに……程度の低い平民と同列にしようとする暇があるなら、こういったところをしっかりしてほしいものですね」


 そういって下卑た笑みを張り付けた顔を見合わせる少年たち。


(本当に程度が低いのはあなた方のほうでしょう……!)


 その言葉を飲み込み、代わりにため息を吐いたのは、新入生総代のシュゼイルだった。

 彼は五人いるはずのチームメイトが、自分を含めて三人しかいないこと、さらにその二人がニヤニヤと笑い、動揺した様子がないことに異常の原因がチームメイトのせいだと確信した。

 元々プライドの高い人間の集まりだったが、まさかここまでのことをするとは思わなかった。

 舌打ちしそうになるのを抑え、シュゼイルは一人で歩き始める。


「お、おやおや、どこに向かわれるのですかシュゼイルさん?」


「決まっているでしょう。敵を見つけ倒しに行くのです」


 振り返らず答えると、隣に二人が立つ。


「……何か用ですか?」


「? いえ、特にありませんが。あぁ、私たちはチームなのですから一人で動かないでもらいたい」


「…………」


 あまりにも見上げた発言に、シュゼイルは言葉が出なかった。半開きになった口からは、呼気とともには、は? と間抜けな音だけが唯一の反応だった。

 当然のような口ぶりで何を言っているのだろうか? シュゼイルは数秒ほどで正気に戻ると目を細める。


「何を言っているのですか? 競技前に決めていたでしょう? 個別撃破をすると」


 実力者、というより権力者が集まるクラスに所属しているが故の”親への”ポイント稼ぎ。自分の名誉と誇りをかけた一種のゲームでしかない。

 その認識はシュゼイルも同じだった。


「まさか、私の後を付きまとい、お零れを得ようなど思っていないでしょうね……?」


 冗談ではない気迫がシュゼイルの体から発せられ、勝手に従者を名乗る二人は目をむいて否定する。


「いえいえ! ただ私たちはお互いに頑張りましょうということが言いたかっただけで……!」


 ブンブンと勢いよく首を振り、ひきつった愛想笑いを浮かべる。


「そうですか。なら私はこれで」


 突き放すように冷ややかな言葉を浴びせかけると、シュゼイルは後ろを振り返ることもなく森の中へと立ち去っていく。その背中には、屈辱を受けた者の暗い視線が向けられていた。

 その視線に気づきながら、特に関わろうとも思わないシュゼイルは、ひたすらに無視して森の奥へと入り込んでいく。

 ついには鬱陶しい視線が途切れた時、今度は別の視線を受け始めるようになった。


「おや、随分と早いですね。もっと時間がかかると思ったのですが……」


 シュゼイルは青いローブを翻しある一点の木陰を見る。

 不敵な笑みを浮かべ、誰もいないはずの空間を睨みつける。その先では隠しきれていない魔力と僅かな動揺がシュゼイルには見えていた。


 ……ガサッ。


 かすかに、しかし確実に草を踏む音をたてられたが、かまわず続ける。


「私のクラスが”粗相”をしたせいで、動揺で動けないかと思いましたが……ふふ、下に見すぎていたようですね」


 嘲笑うシュゼイルに、木の上から襲い掛かる影が一つ。その手には鈍重そうなメイスが。

 意図的に魔力を隠しきらず、わかりやすいように隠れていた囮役を狙っている所を奇襲する。

 とても魔法術を教える機関に在学しているとは思えない作戦だが、周囲の状況を理解した、悪くない作戦である。

 しかし、相手が悪かった。


「『ウォーターフォール』」


 初めから自分を狙う視線が一つだけではないことを理解していたシュゼイル。視線を上げようともせず、彼は自らを覆うように水の壁を作り、全体重と重力による全力以上の力を使って振り下ろされたメイスを軽々と受け止めて見せた。

 余裕の動作で杖を構える少年は、少年にとって小手調べの中級魔法を詠唱する。


「『地より湧きい出し其の水流は……』」


「くっ……!?」


 上からの襲撃者は、見向きもされなかったことに強い動揺を受けつつも、作戦通りに邪魔になるメイスを放り捨て、背を向けて逃げ出す。木の間を縫うようにして姿を隠しながら狙いを乱そうと画策するが、それは徒労に終わってしまう。


「逃すとでも? 『ガッシュアウト』」


 速度が乗り切る前に、無情にもシュゼイルの詠唱が完了し、間を置かず発動する。


 ブヴォンッ!


「うが……!」


 『ガッシュアウト』は対象の足元から水を湧き出させ体勢を崩す魔法で、込める魔力を細かく制御できるのが特徴だ。今回、シュゼイルは魔力を多く込めることで、勢いのある水流を作り上げた。結果、想像以上に広いその範囲を見極められず、逃走者は無様に空中へと押し上げられてしまった。

 そこから追撃を……と思いきや、杖先を向けたのは真後ろだった。


「水よ」


 トリガーとなる詠唱をつぶやくと、杖の先端から高純度の魔力休が、枝上に隠れていた鎧を着た少年を吹き飛ばす。


「ふむ、この索敵速度……共闘ですか」


 悠々と、叩き落とした相手に近寄ったシュゼイルは顔を見て判断した。二人の顔には覚えがあり、それぞれ違うクラスだった。

 この競技、一人の突出した人間がいると、ルール上その一人にポイントが集まりすぎてしまう。そうなれば、限られたポイントを得ようと思っても物理的にできなくなる。

 彼らは違うクラスながら共闘し、突出した実力のシュゼイルを、まず最初に倒そうと考え実行したのだ。

 まさかチームメンバーが開始直後に散れ散れになるとは思わなかったが、運よくシュゼイルの近くに飛ばされた同士が数人いたので計画に支障はなかった。なかった、はずだった。

 予想外にシュゼイルが強すぎる。今、少し攻撃を受けただけでその実力差がわかってしまった。

 撤退し、体勢を整えることもできそうにない状況。もはや戦意など保っていられない。


「浅ましい。この程度で私を倒そうなどと、出直してきなさい」


 竜の尻尾に迂闊に手を出した彼らに、シュゼイルは杖を向けた。


 ○ ○ ○


『シュゼイル選手、三ポイント入手です!』


「……早いな。知名度の高さは伊達じゃなさそうか」


 俺は、シュゼイルの取り巻き二人を縛りながら呟く。


「んー! んんー!!」


「んんー、ん、んー!?」


 口を封じられた二人が必死に声を上げているが、身を捩ったりはしない。何故かというと、ツボを押したからである。


「諦めろ。というか、あんまり煩くするなら喋れなくするぞ。……物理的に」


「「んんっ!?」」


 手で何かをつまんで引っ張るような動きを見せると、ビクリ! と体を大きく揺らし静かになる。満足そうに爽やかな笑いを見せると、バケモノめ……、と言いながら引いていた人間と同じ目をしていた。まったくもって失礼な奴らである。指の五本でも折ってやろうか?

 そんなことを考えながら、俺は時限式の爆弾をセットする。

 時限式の爆弾と言っても、ただの爆弾に仕掛けを施し自動で着火するようにしただけだ。二人は即席で作った地下室の中に放り込み、上から土をかければ完成だ。

 もしもこいつらが大騒ぎをしても聞こえず、誰かに発見されることもない。


 パンパン!


「よし」


 埋める時になってまた騒ぎ出したが、無視してシャベルの裏で土を固める。別にさらなる絶望を与えたいのではなく、周りと比べて土が浮きすぎているからだ。それ以上の意味はない。一割程度しか。


「さて、まずはゆり達と合流するか」


 正確な地図がなく、現在地が端なのかどうかもわからないが、バトルフィールド自体はそこまで広くない。身体強化をして走り抜ければ崖下にでもいない限り、簡単に見つかるはずだ。


「……とりあえずはシュゼイルと真逆に進むとするか。今遭遇しても面倒だし」


 背を向けた方向には、シュゼイルが入っていった森がある。一部始終を見ていた俺は、今回の妨害がシュゼイルとは無関係なところで進んでいたことを知った。

 怪しいとは思っていたが、やはり取り巻きの独断行動で間違いなかった。


(あいつの実力を考えてもする必要がないしな)


 シュゼイルの情報は十分に出揃っており、直接話した時もその情報との差異を感じなかった。

 天才。そう称されているシュゼイルは、若くして上級魔法を使えるようになり、さらには数々の魔法技術すらも修得し、飛び級でもおかしくない才能を持っている。また、父親は黒い噂の絶えないディアルボという貴族のせいか不遜な態度をとることが多いが、俺はそれが彼の心からの行動とは思えないでいた。


(あいつも、生まれ持った環境に順応せざるを得なかった人間の一人のはず……)


 シュゼイルはどこか俺と似ている点があった。それが、環境によって人生を歪まされた人間の一人だという共通点だった。

 先日、ルトアさんと街に出たとき、シュゼイルはルトアさんを雇いたいといったらしい。ルトアさんはその誘いを断り、シュゼイルもその気がないと察して引き下がろうとした。残念なことにしつけの悪い飼い犬が騒ぎ立ててしまったが。

 その気になれば、シュゼイルはルトアさんを無理やり連れて行くことが可能だったのに、それをしなかった。シュゼイルの家の権力はそれだけの力を持っている。

 気づいたのはそれが理由だった。


「よっ、と。……意外と広いな」


 俺は一度思考を切ると、一際背の高い木の上に上り、バトルフィールド全体を見渡す。

 地平線まで続く仮想空間の大地は、地上二十メートルの高さから見下ろしても果てが見えない。


(これは……皆を探すのに苦労しそうだな)


 何か目印になるものがあれば良かったのだが、都合よく高台があるわけではない。あるとしたら今のように高い木の頂点に上るぐらいしかなさそうだった。


「変化があるまではここまで待機だな」


 俺は脳で大まかなマップを描きながら、見知った魔力を見落とさないように忙しなく眼球を動かし続けた。


 ○ ○ ○


 さて、場所はカキスが簡単に見つからないだろう所だと言った崖下。

 そこでは、トラクテル兄妹が転移されていた。


「それで、この先はどこに続いていると思う?」


「さぁなぁ……たぶん地上続いているとは思うが……」


 二人は並んで歩きながら、肩近くに火の玉を作り出し明かりとしながら奥へと進んでいく。その足取りに迷いはなく、警戒した様子はない。

 何も考えていないわけではなく、何が来ても問題ないだろうと踏んでいるからだ。

 カキスやシュゼイルのせいで二人の地位が図りにくいものとなっているが、二人だって本来なら入学生の中で上位に入る実力を持っている。ただ、今までその実力を如何なく発揮できる相手がいなかっただけだ。

 と、いうわけで、主にシェリルがカキスに自分の実力がどれだけのものかを見せつけるべく、今回の最終競技についてはノリノリで参加している。

 一方、兄のアルターは正直あまり乗り気ではない。原因は、妹にあった。


「なぁシェリル……頼むから無理だけはするなよ? お前は過去何回も同じようにやる気を見せて大けがを負ってるんだからな?」


「……う、煩いわね。わかってるわよ……」


 シェリルがこのようにやる気を見せるのは今日が初めてではなく、今までも数回ほど経験している。そのたびに傷痕こそそこまで残らなかったものの、十分大けがに含まれる傷を負っている。そのため、心配性な兄としては妹がやる気を出すことが逆に不安に感じている。

 アルター自身は、そこまで誰かに認められたいという欲求があるわけではなく、友人には熱血漢と言われているが、大人びた一面の方が多い。彼が熱血になるのは、誰か他人のためだけだ。


「それでもね、多少の無理でもしない限りカキスに認められないのよ!」


「……そうか。なら、俺もその目標を手伝おう! 大丈夫、俺たち二人ならいつかあいつにだって勝てるさ!」


 例えば、こんな風に。

 結局は二人して闘志を満溢れさせ、ずんずんと天然の洞窟を歩き進む。


 ……………………カラ……………。


「…………」


「…………」


 微かに響いた軽い音。誰かが小石を蹴り、それが岩の壁や床に当たった時の音。

 トラクテル兄妹が出した音ではない。何故なら、石は前から転がってきたのだから。


「アルター!」


「おう!」


「くっ!?」


「ちょっとうそでしょ!?」


 狭い空間に若い少年少女が四人。

 真っ先に動いたのはシェリルだった。

 シェリルは即座にアルターに声をかけ、装飾の少ないシンプルな杖を構えると牽制として初級魔法を放つ。


「火よ!」


 シェリルが得意とするのは範囲魔法。複数の対象をまとめて仕留めるタイプだが、牽制魔法も得意としている。

 五つの火の玉がシェリルの周囲に浮かび、標的に向けて一挙に押し寄せる。狭い洞窟内で放たれた波状攻撃は逃げ場をなくし回避を困難にさせた。


「よっと!」


 ヒュヒュッ!

 

 しかし、相手方の少年は一瞬の判断で下に潜り込み、立ち上がると同時にレイピアを抜き放ちアルターに向かって二連続で刺突する。

 アルターは二歩後ろに下がりそれを回避すると、シェリルにアイコンタクトを送る。送られたシェリルは小さく頷くと、杖を手に前に出た。

 手始めに、火球を避けた少年に上から叩きつけるように杖を振るシェリル。


 ガンッ!


 当然、大して腕力もないシェリルの攻撃は容易く避けられてしまう。すれすれの所で身をひるがえした少年は、がら空きなシェリルの脇腹に鋭くとがったレイピアを突き込む。流麗なその動きは短くない年季を感じされる動きのキレを有していた。


「はぁっ!」


「させない!」


 裂帛の気合いとともに伸ばされた肘を打ち付けた地面から跳ね上げた杖で弾くと、再び複数の火球を作り出し今度は足元に向かって放った。


 ボボボボボォン!


「うぐっ!?」


「今度は俺だ!」


 火球に直撃こそしなかったものの、少年は連続する爆風に焼かれながら視界を赤く染められる。現状を把握できる感覚を一時的に失った少年に、爆炎からアルターが飛び出してくる。

 僅かにローブの裾に引火しているが強行突破したアルター本人には火傷一つない。同属性による魔法の通り難さを利用した突貫である。さらに、入れ替わりに後ろへと下がったシェリルが詠唱を始める。


「『我望むは敵囲いし炎輪』……」


「水よ!」


 だが、詠唱を邪魔する存在がいた。それは、少年と同じ場所に飛ばされていた少女だった。少女は最初、突然の遭遇に戸惑い身を硬直させていたが、チームメイトの危機にようやく気を取り直し、自分の役割を思い出したのだ。

 彼女の役割は戦闘補助。


「水よ! 水よ! 水よ!!」


 バシャン! バシャン! バシャン!!


 新入生として平均的な実力の彼女は、シェリルのように一度に複数の初級魔法を同時発動できないため、必死な表情で三度に渡って水球を連発する。一つ目と二つ目は少年と組み合っているアルターへ、三つ目は気にせず詠唱を再開し始めようとしたシェリルに向けて。

 どれ一つとして命中することはなかったが、トラクテル兄妹の動きを抑制させるには十分だった。


(やり難いったらありゃしない……!)


 今まで形式的な試合しかしたことのないシェリルにとって、今回が初めての実戦と言っても過言ではない。正面からお互いに魔法を打ち合うのとは違い、立地、味方、敵、条件を考慮しなければ勝てない戦いは、シェリルの実力を十全に発揮できているとは言えなかった。

 詠唱を必要とする中級魔法を一旦諦めたシェリルは、一対一でも十分戦えているアルターを放置し少女に視線を向ける。視線を向けられた女生徒は、その眼の鋭さに足がすくみそうだったが、相手だって同じなのだと気を奮い立たせる。


 ガン、ガガァン、ガギッ!


 アルターは杖ではなくショートソードを持って競技に臨んでいる。

 鉄と鉄がぶつかり合い僅かに火花が飛び散るが、そこに視線を向ける余裕はない。アルターの剣術の腕は高くなく、教養の一つとして嗜んでいただけで、目の前の少年のような本職の騎士には適わない。

 それを理解したうえで、彼は剣を交えることを望んだ。何故ならアルターには攻撃手段が剣だけではないからだ。


「喰らえ!」


 手が痺れ始め振りが甘くなったアルターの剣筋を見切った少年は、横合いから剣の腹を叩き体勢を崩させる。生じた隙を逃さず、腕を大きく引いて全体重をかけた攻撃を抉りこもうとした。

 しかし、


「燃えろ!」


 ボボゥ!


「あづっ!? ぐっ……!」


 アルターは弾かれた勢いを殺そうとせず、そのまま左下への推進力を利用して、体勢を崩しながら足払いを敢行する。その際、足払いをした右足に炎を纏わせることで直前で飛んで避けた少年の足元に燃え盛る炎を残す。

 着地した少年は足裏を焼かれ、思わず膝を曲げてしまう。炎自体はすぐに消火したが、足裏を焼かれたのは騎士としてかなりの痛手だった。


「せぁっ!」


「ぐぎゃ……!」


「ベンド君!? み、水よ!」


 容赦なく下がった顔面に膝蹴りが深く突き刺さり、後ろに下がって衝撃を吸収することすら適わず最大威力を喰らってしまった。

 少年の体は僅かに浮き、洞窟内の固い地面にその身を打ち付けようとしたが、少女がシェリルの牽制の間を縫って激突地点に水たまりを生成する。ベンドと呼ばれた彼は、粘度の高い水に衝撃を吸収され、鋭い岩肌に背が突き刺さることは防げた。


「もらい!」


 だがそこにアルターの追撃が入る。

 アルターは効果が薄いことを承知で剣に炎を纏わせる魔術を施すと、視界が白くちらついているベンドの腹に思いっきり突き立てる。


 ザクッ!


 仮想空間というだけあって、切った手ごたえは限りなく薄い。肉ではなく何枚も重なった厚い紙を刺し貫いたような感覚だった。

 これは学園側の配慮であり、実際に肉を切った感触まで再現するとトラウマを抱えてしまう学生や、その感覚に憑りつかれ快楽殺人鬼へとなってしまう者も出てくるからだ。

 アルターはその感覚にほっとしながらも、すぐ剣を抜き少女の方へととびかかる。

 炎を纏わせた剣はベンドの体に引火し、少しずつ彼の体力を減らしていく。水属性の彼にとって火属性は得意属性であるが、ダメージを受けないわけではない。さらに言えば、彼は体を貫かれ体の内で炎が引火したせいで肌を焼かれるよりよっぽど直にダメージを受けるはめになる。

 そして、アルターが少女に向けてとびかかったのは、彼に引火した火を消されないためだ。いくら仮想空間といえども心臓を貫いたり首を断ち切るなど怖くてできない。魔法で倒すか、こうして燃焼させて倒すかをしたかった。魔法と魔術では消費魔力の差がそれなりにあり、体の内側から燃やされる感覚に襲われているベンドに申し訳ないが、競技後半のことを考え魔術にしたのだ。

 もし消されでもしたら、また魔術か魔法を喰らわせなければいけない。それだけは避けたかった。


「セィア……!」


 少女には避けられないだろうと踏んだアルターは大ぶりな横薙ぎ払いを放った。

 気合の声を上げながら振るわれたそれは情けないことに……、


 ブォンッ!


 剣の間合いを間違え大きな音を立てて空振ってしまった。


「ちょ、何やってるのよアルター!?」


「わ、悪い!」


「い、今だ!」


 これが実戦でさえなければシェリルは腹を抱えて笑っただろうが、今は真剣勝負中。アルターのあまりにも恥ずかしすぎる空振りに目を剥いて怒鳴る。怒鳴られた情けない兄は慌てて第二激を振ろうとするが、少女は背を向けて一目散に逃げてしまう。

 それはもうみごとな逃走で、まだ生きている味方を振り返ることもなく手と足を動かし、舗装もされていない歩くことすら面倒な道を駆けていく。置いて行かれたベンドは、涙ながら手を伸ばすが、薄暗い洞窟内ではすぐに少女の背は見えなくなり、希望は潰えた。


「ひ、ひどい……! がくっ」


 フィィィ……。


『アルター選手、一ポイント入手!』


 微かな転移音とともに現実世界に引き戻された少年だったが、倒した本人であるアルターは、青筋を浮かべている妹の後に続いて走るのに必死でそのことに気づいていなかった。どこまでも報われない少年である。


「なんであんな場面でスカるのよあんたわ!」

「わ、悪かったって!? 俺だってまさかあそこで外すとは思わなかったよ!」


 普段アルターが剣の訓練で使っているのはショートソードではない。もう35センチ長い剣だ。型通りに剣を振ると見栄えが良いためその長さになっているのだが、その剣の長さに慣れてしまったアルターは、土壇場で距離を見誤ったのだ。

 アルターは妹に強く罵られながら逃げ出した少女を追跡する。彼女の逃げ足の速さはかなりのもので、いまだその背を視界に収めることができない。

 何度か凹凸の激しい床に足を取られながら、少しずつ傾斜になっていく道を上っていると遠くに光が見えた。そして、人影もまたそこから覗けていた。


「出口か!?」


「まずいわよ! あの子が逃げてしまうわ!」


 もし地上につながっているとしたら、近くに森があった場合、追跡がし辛くなる。二人の属性が火属性のため森の木に引火した場合、自分達も危険になる可能性や、目印となり余計な敵を呼び寄せる可能性もある。

 確実に倒せるであろう相手を取り逃すのはあまりにも惜しい。二人はさらに足に力をこめ、一気に駆け上る。


「いた!」


 薄暗い洞窟を抜けると、そこは廃墟のような所だった。どうやら森の中にある廃墟の地下通路だったらしい。

 先に地上に出たシェリルは明るさに目を晦ませながら廃墟の中を見渡す。遅れて飛び出たアルターは、同じように首を回すと、ちょうど見覚えのあるローブが通路の影を曲がっていくのを捉えた。

 叫ぶと同時に走り出したアルターがその背を追って角を曲がり、


「……アルターさん?」


 そこには、長い黒髪に紺碧色の瞳を持つ小柄な少女、ゆりが立っていた。その足元には水浸しになって地面に伏している少女は、つい先ほどまで逃走していた少女だった。


『ゆり選手、一ポイント獲得です!』


 ○ ○ ○


「まさか、下から出てくるとは思いませんでした」


「俺たちもだよ。運よく近くに飛ばされてて良かった」


 四人は廃墟内の野営地跡に焚き木をし、その周囲を囲うように座りながら話している。


「それにしても入れ違いにならなくてよかったです。私たち、もう少ししたら皆を探しに行こうって話してたんですよ」


「そう。私達が飛ばされたところは道が一本しかなかったから進むしか選択肢がなかったわ」


「最初の地点が崖下の洞窟とか、運が良いのか悪いのか……」


「敵に遭遇しにくいと思えばいいんじゃないのか?」


「そうでもないんじゃないですか? 地上につながってるかもわからない状況なんですから」


 一旦休憩してから行動をしようと、積もる話を解消していく四人。お互いにどんな状況だったかを話しているとディングがあることに気付く。


「もしかして、妨害工作は上手く破壊できた……のか?」


「「「妨害工作?」」」


 時間的に考えると、全部を全部破壊できたとは思えないが、もしかしたらカキスなら上手くやったのかもしれない。そう思った故の呟きだったが、事情を知らない他三人は一斉に首をかしげる。

 ディングは思わず吹き出しそうになりながらも、事情を説明する。


「ああ。実は……」


 …………。


「な、何よそれ!?」


「あいつら……!」


「じゃあ、カキス君がいないのもそういうことなんですね」


 ディングの説明を受け、トラクテル兄妹は怒りをあらわにし、ゆりは以外にも落ち着き払っている。それでも、真っ先にカキスのことを確認したのはいつも通りである。

 ディングは、途中でカキスに口止めをされていたことを思い出したが、今ここに至っては仕方がないだろうと腹を括った。今日の晩、きっついシゴキを受ける覚悟を。


「それで! あいつはどこ!?」


「あいつとは?」


「カキスに決まってるでしょ!」


 突然立ち上がり誰かを探している様子のシェリルにディングが声をかけると、鋭い視線をディングに向ける。

 どうやら、工作を行った敵チームに対してよりも、カキスに対しての方がヘイトが溜まっているらしい。

 横からアルターがシェリルを落ちつけようとするが、先程空振りしたことを引っ張ってこられ黙ってしまう。まったくもって情けない兄である。


「カキス君なら近くにいないですよ。私達は一応周辺の様子を調べてはいましたので」


 代わりにゆりが落ち着けるように語りかける。

 ゆりとディングの二人は、念のためにと廃墟を調べる前に周辺の様子を探っていた。近くに他のチームもなく、カキスの姿もない。やはり周りは森に囲まれており、ポツンと取り残されたような気分を味わうだけだった。


「何でシェリルはカキスに対して怒ってるんだよ。普通怒るならこんな不正を働いた相手チームに怒るだろ」


 穏やかではない妹に兄は再度宥める様に話す。話の流れ的に、カキスに感謝すれども怒りを向けるのはお門違いである。証拠に、ゆりが少しむっという表情をしている。謂れのないことでカキスに敵意を向けられていることにご立腹のようだ。


「そんな大事なことを黙っていた上に、なんだかんだで失敗してるのがムカつくのよ!」


「……それはあまりにも酷いと思います」


 思わずゆりが、口を挟む。

 されど、シェリルは興奮のせいで聞こえていないのか無視してギリギリと歯を食いしばっている。


「カキスが来てから妹がずっと穏やかじゃない……」


「その……なんだ。悪い……」


 カキスと出会う前まではここまで我儘をいう子では無かったのに……、と嘆くアルターの肩を叩いて謝罪するのは結局の苦労人ディングだった。二人はお互いに固い握手をしながら、身近な女子の性格が崩れていっていることの異常さを嘆いていた。

 かなりのカオス空間である。


 ○ ○ ○


「ん~? 今一瞬ゆりの魔力を感じたような気が……。駄目だな、もう薄すぎてどこかもはっきりしない」


 俺はゆったりと瞼をあげ一瞬だけ感じた方向を見るが、もうすでに感じ取れるような残滓は残っていない。

 こうして木の上に上っていると、木々の間から覗ける生徒達の戦いは、予想以上にハイレベルだった。

 実戦形式ということを念頭に置き、貴族同士の力の見せつけあいである試合をしているようには見えなかった。きちんと急所を狙い、死角から襲い掛かり、フェイントを活用している。

 また、チームメイトがバラバラになるというアクシデントに負けず、少ない人数で隊列を組みながら歩きにくい森林を進軍している。


「今年の新入生のレベルが高いというのもあながち間違いじゃなさそうだな」


 俺は目を細めると、俺と同じように高いところで標的を探しているシュゼイルを監視し続けるのだった。


 ○ ○ ○


「それじゃあそろそろ移動するか。どうやら他の連中も敵とあってないみたいだし、いい加減動き出すとしよう」


「そうですね。隊列とかはどうします?」


「基本的に俺達二人は前衛気味なんだ。最後尾をディングに任せるとして、水谷さんは間に挟まれてくれるか?」


「わかりました。私は戦闘補助の魔法使いなので……」


「水谷さん、固いよ言葉遣いが」


「そう、かな?」


 出発前、最後の確認の途中でアルターに言われた言葉で、自分が少し拒絶気味にしゃべっていたことに気付くゆり。もちろん、ゆりにそのつもりはなく、人見知りが出てしまったりはしていたものの、二人を完全に拒絶していたわけではない。

 逆に失礼だと感じたゆりは少しだけ口調を崩す。


「これぐらなら、大丈夫?」


「崩した口調は慣れてないとか?」


「そうですね。カキス君以外にそんなに長期間一緒にいる人が少なかったですから」


 水谷家の屋敷にいたときは、身内の人間しかおらず、その上使用人を含めて自分と同じ年の人間がいなかった。ほとんどが年上だったため、いまさら崩した口調で喋るのは少し違和感を感じているのだ。

 あとは、


(カキス君以外の人に同レベルで砕けると、普段どれだけ自分が子供っぽいことを言ってるかを意識させられちゃうから、なんてさすがに言えないよぅ……)


 という複雑な乙女心? が邪魔をするからである。


「固い口調で話すのが癖になってて……。その、許してくださいね?」


「まぁ、無理強いはしないよ。少しずつ俺らにも慣れてくれればいいし」


「そういうところ、やっぱりお兄さんって感じですね」


「ま、まぁ兄歴は長いからね」


 クス、と微笑を浮かべるゆりの可愛らしさに不覚にもときめいたアルターは、気まずそうに頬を掻きながら顔を逸らす。ゆりはそれを急に褒められて照れているのだと勘違いし、また笑う。


「人の彼女にデレデレしてんのよアルター」


「し、してないしてない!」


 ディングとともに廃墟内を再度確認していたシェリルに見咎められ、呆れた視線を向けられたアルターは大慌てで否定する。その意味が良く分からない、普段は無駄に妄想力多感な万年発情ロリは首を傾げている。サラサラと流れる黒髪を垂らしながらきょとん、という表情をするだけでもかなりの愛らしさを放っている。

 それを見た同じ女子のシェリルは、自分とはまったく違う種別の魅力を持っていると、素直に認めていた。

 シェリルは別に自分の容姿について特に思うことはない。ポニーテイルにしているこの真紅の髪も、鋭い目も、適度にある身長も。……ただ思うことがあるとすれば、自分よりも圧倒的に小柄な少女に、服の上から見ただけで大きさが違うと見せつけられる母性の存在だろうか。

 シェリルもゆりもスレンダー――ゆりは小柄な体型な上に細身――なので、違いが出るとすれば胸部だろう。傍から見れば、ゆりを選んだ人間はとある紳士協定に引っかかる人だけだ。正直遠くから二人を比べてみただけではゆりに合法性は感じられない。

 しかし、近くによって見たり接したりすればどうだろうか? 逆にこの儚さが男の守りたいという欲求を刺激しないわけがない。自分がゆり以上に整った顔立ちをしているとは思えないし、今はまだ二人とも子ども。もしこれでゆりが大人の色気を醸し出そうものなら……。


(やめよう……。嫉妬するのはせめて胸だけにしよう)


 そこまで女性として魅力に欠けているとは思っていない自分の体がある以上、多くを望んでも破滅が待っているだけだ。一般的な女子の悩みを抱えて終ろう。

 そう心の中で醜い感情を封じ込めると、意外とすんなりその気持ちが収まる。


(なんだかんだ言って、このスタイルにそこまで不満がないってことかしら? うん、そうよね)


 決して、暗い感情の矛先が胸元にしか向いていないとかいう可能性を、一切考慮しないシェリル。


「な、なんですか……?」


 視線を感じたゆりは、条件反射で胸元を隠す。巨、だとか、爆、だとかが冠するレベルのボリュームではないが、その仕草自体に意味がある。その恥じらいの表情がまた、男たちを魅了していく。


(…………何で私は最終競技中に、女として完全敗北を認めてるのよ……)


「あ、あの……シェリルさん!?」


「ああ……。気にしなくてもいいよ。人が誰しも抱える劣等感というやつさ」


 突然両手両膝をついて項垂れ始めたシェリルに混乱したゆりを、兄は優しい目で真実を告げる。が、その言葉に具体性はいまいちかけており、ゆりが理解するに至らなかった。もっとも、理解できたからと言って解決になるかといえば、そうでもないが。


「よし、問題は……ってどうしたんだ?」


 後から来たディングは、またもやおかしな状況になっている主と他二名に疑いのまなざしを向ける。

 ここは何か呪われているのではないだろうか? そう思わずには居られないディングであった。


 ○ ● ●


「さっそく不正があったみたいね」


「そのようですね。どうやら、その不正を働いたものの配下が、アルテミスの見つけた人物たちのようです」


「なるほどなるほど。確かに私には危害がないわね」


「結果論にすぎませんがね」


「どうしてあなたはそんなに彼に強く当たるのよ……」


「信用ならないからです。……姫様は本当に彼のことを知らないんですか?」


「……ええ。私が知ってるのは彼が、何故か妹に気をかけていることぐらいしか、ね……。その真意は測れそうもないわ。たぶん、何年経っても」


「私はやはり反対です。彼には姫様直属の部下など、後々大きな障害となるはずです!」


「なら、彼の代わりを見つけてきて頂戴。あ、できればクッキーが同じくらいおいしくなきゃ駄目だからね?」


「姫様……」


「ふふ、大丈夫よ。私にはわかる。彼は、最終的に国のためになることをしてくれるわよ。だから、そんな可哀想な子を見る目で私を見ないで、なんだか泣けてくるから」


 ● ○ ○

大丈夫ディング。呪われてるのはハプニング系リズム狂わせ万年発情ロリの方だから、きっと!

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