第十四話 「Are you redy?」
シェリルを受付に置き去りにし、最後の一人を見つけるべく廊下を駆け抜けていた。
(やっぱり見つからないよ。本当に七人だったのかい?)
(あぁ、間違いないはずだ。三人も実力のある刺客を用意しておいて、雑な工作員が一人だけというのもおかしな話だろ?)
(なら、大きな妨害ができるところにいる可能性が高いわけだな)
コルトとディングに渡した会話石とは違い、念じるとことで脳内で会話できる念話石を使いながら、突き当りの角を右に曲がる。
「キャッ!?」
曲がった先に女性とがいたので、手で壁を叩いた反動を利用してかわす。擦れ違い様に横目で女性とを見るが、特に怪しい点はない。
「悪い」
短い謝罪を残し、すぐに影身で落ちたスピードを戻す。
「ご、ごめ……! あれ?」
後ろのほうで女性とが何か言っているが、それよりディングの言葉に引っかかりを感じる。
(大きな妨害、か……)
何か思いつきそうなのだが、数多ある可能性の海から引き上げるには、まだ余分なモノが多すぎる。
(大きな妨害といったら?)
(会場大爆発)
(ないな。規模が大きすぎるだろ)
(それも可能性としては低いな。別に連中は観客に恨みがあるわけでもなし)
(だったら……)
(次適当に爆発とか言いやがったら辞典でぶっ叩くからな?)
((…………))
途端に黙りやがったよこいつら……!
「ひっ!?」
擦れ違った男子生徒の悲鳴が上がるが、頬の引きつりと額の青筋が浮くのは収まらない。
(もう少し考えてから発言しろよお前ら……!)
(例えば?)
(最終競技を踏まえた上で考えろ。ピンポイントでこの競技を狙った理由を)
(ん~、『ジョーカー』が誤作動を起こすように弄って……とかは?)
(ふむ、保留だな。次、ディング)
(少しはお前も考えろよ……。ここは大胆にこちらが魔法を使えなくさせる仕掛けをしたとかはどうだ?)
確かに大胆な発想ではある。
(具体的には? あぁ、別に呆れてたりしてないからな)
(そうだな……。支給される武具に何か仕掛ける可能性は?)
(どうだろうね? ディングの武器に工作しようとしてた魔術師は全員分にかけようとしてたから違うんじゃないかな?)
(そうだな。それにもしそうならすでに見つかっていない方がおかしい)
二人はすでに観客席も控え室も用具庫も見て回っているらしい。見つからないのはそれ以外の所で妨害工作を行っているから、のはずだ。
(まさか、来賓質……か?)
それ以外で探していない所となると、来賓質しか思い浮かばない。
(来賓質は確認したか?)
(いや……してはないが……)
(歯切りが悪いな?)
(怖い怖い門番さんがいるからね。とても立ち入れるような場所じゃないよ)
(言われてみればあそこには王族がいるんだったな。それなりの警護体制をとってるか、普通)
あまりにもどうでも良すぎて失念していた。
(何か、こう、出てきそうで出てこないんだよね)
(私もだ。行ける所は確かに行ったつもりなんだが……)
どうやら二人も同じ感覚を抱いているようだ。
俺は目を閉じ、眉間にしわを寄せ、第二体育館のマップを暗闇に浮かび上がらせる。
道は風の動きで、人は気配で感じながら第二体育館内を疾走する。
足を動かす度、妙に滑る床を踏みつけるたび、俺は思考速度を加速させる。まだまだ情報を絞りたかったが、これ以上の時間的余裕はない。
途中、例の戦闘員三人の気配を感じたが、その三人は大人しく出入り口に向かっている。どうやらもう帰るらしい。さすがに対象二人に人目のある受付に居られては……、
(あ……)
(どうした? お前にしては珍しく間抜けな声を上げて?)
(うるさい黙れ肉壁風情が)
(だから肉壁ではない!!)
(まぁまぁ。で、カキスは何に気づいたんだい?)
(最後の工作員が今もなお工作している場所だよ)
俺は足を止め、思考の加速のし過ぎで流した額の汗を通り抜ける風に拭いてもらいながら目を開ける。
(おそらくやつは……)
俺は苦い顔で目前まで迫っていた行き止まりの壁を睨みながら二人に言った。
(受付の中だ)
((……はぁ?))
珍しくコルトまでわけが分からないという声を返してきた。
俺はそのことに密かに優越感を覚えながら説明する。ただし、受付に向かいながら。
(ディングは受付に向かいながら聞いとけよ? ……お前らは全部を探したって言ってたが、受付は探したか? それも、この一時間以内に)
(いや……確かに調べていないが、それでも例の工作員がそこに居る可能性は低くないか? 選手でもなければあそこに長時間居られないだろ)
(だから、そいつは最終競技に出る選手なんだよ。もしかしたら今日は最初から受付近くに居て、一度仲間と打ち合わせるために集まった時に感知したのかもしれない)
俺は先程怯えさせてしまった男子生徒の横を豪速で通り過ぎながら説明する。
(具体的に何を仕掛けているかはわからないが、直接競技に影響を出せるような工作を行っているはずだ。……それこそさっきディングが言っていた俺たちの魔法を、いや魔力を封じ込めるようなことだって可能になる)
受付は競技フィールドまで直結しているので、魔方陣の効果を発揮しやすい。魔方陣は人が居なくとも自立的に魔法結界を作り、その中に居る人間に影響を与える。その魔方陣の種類には魔法術師に絶大な効果を発揮するものもある。それが、魔力を封じる結界だ。
正確には魔力を放出することができなくなり、魔法だけではなくほぼ全ての魔術も使えなくなる。身体強化ができるのはチーム内では俺だけ。ほぼ全員が無力化されてしまう。
それでも俺一人で殲滅だって可能な自身はあるが、それでは何のためのチームなのか。俺だってそんな疲れることはしたくない。
(時間がない。おそらくすでに魔方陣は設置し終わり、それを見つけて消さなければならない。これにはコルトは使えないし、他のクラスメイトに頼むわけにもいかない。急ぐぞ、ディング!)
(わ、わかった!)
俺は人が増えてきたメイン通路の壁を、影身で三角とびをしながら受付を目指す。
受付終了まで、残り五分。
○ ○ ○
「ねぇ、水谷さん」
「え、えと……なんでしょうか? シェリルさん」
ゆりが机に置かれたオーダー表のある一点を物憂げな目で見ていると、後ろからシェリルに話しかけられた。
ゆりはいまだにシェリル相手に若干の人見知りがあり、反射的に一歩後ろに下がる。
「ちょっと、失礼じゃない。私の顔を見て避けるなんて」
「いえ、その……私、極度の人見知りで……」
早くも泣き出しそうになるゆり。
「ああ……そうだったわね。それにしたってあなた人見知りが過ぎるんじゃない? 少しでも克服しないとパーティーに出られないんじゃないかしら?」
「あの、でも……。入学早々のパーティーに呼ばれて、その時は大丈夫だったよ、じゃなくて大丈夫でしたよ? ……相手が最悪な人でしたけど」
「別に砕けた口調で良いわよ、今は貴族同士じゃなくてチームメイトなわけだし」
「は……うん。よろしくお願いします」
「はぁ……」
二人の会話には埋めがたい距離が存在している。
その距離は約二歩。これでもカキスが見ればかなりすごいことだと言うだろう。それほど、一対一でのゆりの人見知りはひどいものがある。ともすれば、体の震えが止まらなくなるほどである。もはや一種の対人恐怖症である。
カキスですら密着して頭を撫でるに至るまで二年近くかかったのだ。そう簡単には二人の距離が埋まるはずがない。
「お、シェリル……あれ? カキスは? ついでに言えばディングは?」
そこにアルターが加わる。
「カキス君ならまだ……」
そう返すゆりの視線は机の上にあるオーダー表の、カキスの名前欄に向いているが、印はついていない。ゆり達は今、カキスが最後の工作員の場所が分かり、急いで向かっていることを知らない。
物憂げな表情でオーダー表を見ていたのには理由がある。それは、カキスの指示によるものだ。
「あいつ、まだ来てないのか? あと五分もないんじゃないか?」
「たぶん、また危険なことをしてるんだと思います……」
「まったく……こんなに可愛い主人を残してどこほっつき回ってるんだかな、あいつは」
悲しそうな瞳でどこか遠くを視るゆりを見て、アルターはため息をつく。
あはは、と乾いた笑いで答えるゆりの表情に変わりはない。
「……危険なことね。そういえばあいつはどうしてあんなに強いの? 正直普通の強さじゃないわよね?」
シェリルは腕を組んで思案しながらゆりに問いかける。
しかし、訊かれたゆりは視線を床に落とし、首を横に振って拒否する。
「私からは言えません。カキス君が言わないなら、私が教えるべきじゃないと思います」
「どうしてよ。教えてくれたっていいじゃない?」
どうしてもカキスの強さの秘訣が気になるシェリルはしつこく食い下がる。何故そこまでカキスのことが気になるのか、本人ですら気づかないほど小さな小さな好意の表れだった。
「……シェリルさんに」
「私に?」
理由を話さないと諦めてくれないだろうと、ゆりはそれでもまだ迷いながら口を開く。
「危険が迫るかもしれないからです」
「……どういうこと?」
思いもよらない言葉にシェリルは眉を寄せた。
「カキス君は今実家を家出中なんです。その実家が、国に関わるレベルで大きな家なので、不用意に私の口から教えてしまったらどうなるか……」
ゆりの脳内では過去数回程見たことがある覇閃家の暗部。その容赦のなさと冷徹さは、幼いゆりには衝撃が強すぎた。いつも優しくしてくれる彼らが、人を殺すことに何の躊躇いも持たず、ただ淡々と殺す様。
それだけがゆりの心を揺さぶったのではない。本当に衝撃的だったのは、カキスがそれ以上に罪を犯している人間だということだった。昔のカキスはその暗部の人間たち以上に人を殺している。それどころか、戦場の中に紛れ込み、陰から勝者を制御させていた。
それほどのことを為す少年が、自分と同い年。それだけでも衝撃だったが、それを強要する実家が信じられなかった。今でこそカキスは不必要な殺しはしなくなったが、昔はそれこそ自分の邪魔をする対象も切り捨てていた。
ただ、ゆりは覇閃家の家業について納得がいかなくとも、そこで生活している人達を否定するつもりはない。
ゆりは自分が聖人君子ではないことをはっきりと理解している。だからこそ、人を憎みもすれば怒りをぶつけることもある。その頻度が限りなく低いだけで、今まで十何年生きてきた中で、誰かに、死んでほしいと強く望んだことがないわけではない。そんな自分が彼らを軽率に軽蔑するのは違う気がしたからだ。それに、その世界の中で愛しき少年が生きているのだ。
自分でも少し妄信的過ぎると思いながら、それでも受け入れられる自分が誇らしかった。
「ちょ、それ本当なの!?」
「……ああ。あいつは、大和の国でかなり重要な立ち位置にある人間だろうな」
それを裏付けする様なアルターの言葉。半身の言葉に目をむくシェリル。
「アルターは知っていたの!?」
「いや、教えられたんだ。ほら、この前カキスが家に来たことがあっただろう? それであいつが帰った後にあいつがどんな立場なのか、予想を父上からな」
「あいつが……」
シェリルは呻くような呟きに、知らずそれを信じている色が滲み出ていることに気づいていない。シェリルも薄々そうなのではないかと予想していた。そうでなければ、あの年で世界中を巡り、特異科に所属などできるはずもない。
それでも、信じられない部分が一つある。それは、
「なんで家出なんかしたのよ、あいつは?」
「え……?」
家出の理由だった。
思いもよらない疑問の表出に、ゆりは呆けた声を出し、家出する切っ掛けとなったであろう”例の夜”を思い出した。
「あの実力で、しかも家の立ち位置もそこまで高かったら家出する理由なんて……、ってどうしたのよ!?」
「ふぇ……?」
シェリルは理由探しを中断し、急にゆりの両肩を持って揺さぶった。いつものゆりならこれだけで体を大きく揺らしただろうが、今のゆりはそこまで接近していることを意識していなかった。
「な、何がですか……?」
「あなた、今、泣いてるわよ……?」
言われて、ゆりは自分の目元を強くこする。シェリルの言葉通り、目元を拭った手には水気があった。
(カキス君……、そういえば結局ちゃんと家出の理由を聞けてないな……)
今更のように溢れ出る後悔。あの時、黒ゆりがカキスを問い詰めたのは同じ気持ちを感じていたからかもしれない。
(……だから言ったのよ。それでいいの? って)
(うん……。私、馬鹿だね)
「うぅっ、グス……!」
「ちょ、ちょっと!? 私が苛めたみたいに映るから!?」
「何やってんだよシェリル……」
「あ、呆れてる暇があったらあんたも手伝いなさいよアルター!!」
完全に泣き出したゆりを慰めるべく、二人は受付に背を向ける。
その際、後ろを通る下卑た笑みを浮かべる存在にはついぞ、気づけなかった。
○ ○ ○
「カキス!!」
「ディングか!」
何度目かの角を曲がった先、ちょうど角を曲がったディングと対面する。
そのまま、肩を並べて最後の直線通路を俺らは走る。
「コルトはどうした!?
「あいつは観客席に戻ったぞ!」
走っているせいで、自然と叫ぶような言葉を投げかけあう。
チラリと通り過ぎた壁を見上げれば、時計には受付終了まで残り三分という無情な現実を指していた。
(妨害工作を無力化している暇はないか……!?)
あまりの時間のなさに俺は人知れず歯噛みする。このままでは、間に合いそうにない。
「着いた!」
「お前は代理で受付の準備をしてろ!」
今回の最終競技、チームリーダは何故か俺になっているが、受付は俺でなくとも可能だった。
着いてすぐ足を緩めかけたディングを叱責しながら視線で怪しい人物を探すが、相手チームのほぼ全員が怪しく見えてしまう。人物を特定できそうにない。その上、五人全員が集まっているということは、工作は終わっている可能性がある。
(なら……!)
俺は数少ない無属性魔術、『ソナー』を足から撃ちこむ。
『ソナー』は一定範囲内の床に魔力を通し、結界や魔方陣の存在を調べられる探知系魔術だ。無属性が他属性に弱いことを利用し、触れるとすぐに消える程度に魔力をこめ、消えたところには何かしろの魔法術物体がある、ということになる。
ポァァァァ……。
独自の音をさせながら拡散する無属性魔力は、ある一点で消失する。
「そこか……」
「カキス、先に受付を済ませよう」
「そうだな。いざとなれば競技中にどうにかするし」
「どうにかできるのか……」
受付近くに向かうと、何故かゆりが泣いていた。
「ひぐ、うぐぅ……!」
「何やってんだよシェリル」
「何で真っ先に私を疑うのよ!?」
「だってお前しかゆりに攻撃的じゃないし」
「うっ……!」
攻撃的な自覚があるのか、シェリルはひるんでそれ以上食いかかってこない。俺はまた一から慰め始めると長いので、適当に頭を撫でてやる。
「ゆり、泣くなら競技が終わってからにしろ。もう受付に行くぞ」
「うぐぅ……!」
「……せめてまともな言語で返事してくれ」
肯定しているのかも拒否してるのかも判りづらい反応を返され、俺は苦笑するしかなかった。その様子をトラクテル兄妹は同情の眼差しで見てくるが、そもそもこうなったのはシェリルのせいなのだが、そこのところをちゃんと理解しているのだろうか?
俺は何となく納得のいかない気持ちのまま受付に行く。
「チームメンバーが揃いました」
「はい。競技開始まで残り二分です。準備をお急ぎください」
俺はオーダー表にマルをつけると、すぐさま紙をアルターに任せ、室内にある相手チームの武具置場に向かう。
「あ、ちょ、カキス!?」
断りもなく押し付けられたアルターの呼び止める声が背中に届くが、耳には届かなかったことにして、扉を開け放つ。
バン!
音を立てて開け放たれた扉の奥には、乱雑に置かれた杖や剣、鎧にローブといった武具の他に、希少石を埋め込まれた丸い水晶もある。そして、それらの下にある床には、部屋の端まで広がる大掛かりな魔方陣があった。
魔方陣を解除させるには、陣を壊せば良い。今回の魔方陣は特殊な粉で陣が作られているので適当に足で払えばそれで解除完了だ。ただ、魔方陣は全てを消さなければ一部だけでも効果が出てしまう。
目の前にある魔方陣は、ディングの言っていた魔力を封じる様な効果はないが、それ以外に厄介な効果が多数込められている。放置しておくのは危険すぎる。
(程度によっては見なかったことにするつもりだったが……これじゃあさすがにそうもいかないな)
下手をすればけが人どころか死者すら出てきてしまう。それも、敵味方関係なく。
ここまでして競技に勝ちたいのだろうか? 何か、違和感を感じる。
(俺は何か、読み間違いをしているんじゃないか?)
この魔方陣は本当に、”相手クラスの人間が仕掛けたものなのか?”
「誰だ!?」
「ちっ!」
思考に集中しすぎていたせいか、近づいてくる存在に気付かなかった。時間をかけすぎた。
見れば、扉にはいつぞや街でルトアさんに襲いかかろうとしていた男の一人だった。
男は、俺が魔方陣に足をかけていることに気付くと、血相を変え接近してくる。俺は冷静に足を動かして少しでも魔方陣を蹴り払っていく。
残り一メートル。あともう少しで俺に手が届く、という所でアナウンスが入り、
『最終競技を開始します。一斉転送、発動!』
「ナイスタイミング」
シュンッ、とという音とともに俺の視界を光が包み、視界が暗転した。
最終競技で使われる、仮想魔的空間へと強制的に飛ばされたのだった。
それは男も選手である以上同じで、あとに残されたのは無人の武具庫と、中途半端に消された魔方陣だけだった。
○ ○ ○
最終競技名「イマジネーション・ウォー」。
この競技は五人一組のチームを組み、全クラスが同時に戦う競技だ。
その内容は実践的かつゲーム性に富んでおり、敵を気絶または運営が判断する戦闘不能にするとポイントが入る。そのポイントはクラス全体のモノであり、ポイント獲得者を倒しても獲得しているポイントは得られない。
例えば、一人倒すごとに五ポイント手に入るとして、アルターが三人倒したとする。そのアルターをシェリルが倒した場合、得られるポイントは五ポイントであり、アルターの獲得したポイントは倒されても失わなず、チームのポイントは十五ポイントのままである。
一人倒すごとに五ポイントというのはあくまでも例えであって、実際には様々な加算基準があり得られるポイント量には差がある。また、入手方法もいくつかある。今回例えに出したのは撃破ポイントだったりする。
撃破ポイントはどれだけ実践的に相手を倒せるかを判断され、その腕によってポイントは大きく変化する。いつでも戦争で使えるように、という学園側の意図が透けて見える競技ではあるが、俺にとっては都合が良いので文句はない。
あとは、基本的に相手を殺すことは厳禁とされ、一応運営が設定しているセーフティーがあるので死ぬことはない。しかし、いくら仮想空間といっても痛みや負傷による行動の阻害はそのまま影響が出るので、腕を犠牲に相手を倒したとすれば、競技終了まで腕が戻ってくることはない。
バトルフィールドは先程から出ている通り、学園の教師数人の魔力によって構成された仮想空間だ。選手は受付時に配られる腕輪を装備し、それにより肉体が転移、安全な場所へ。そして意識はこの空間の中へ飛ばされるという仕組みだ。もちろん、いくら意識を飛ばしているとはいえ、想像だけで魔力を作り出したりなどできはしない。
また、武具は持ち込みが可能だが、その性能は一定に慣らされ、あくまでも使い慣れた武器防具を使えるだけなので、そこで戦力差が出ることは少ない。……経済力の差という方が正しい気もしなくないが、それは触れないでおこう。
競技終了時に最もポイントが高かった順に順位をつけられ、その順位が高いほどクラスのポイントが高くもらえる。最終競技らしく、最下位から一位に下剋上も可能だ。燃える展開だが、一位以外は団子状態なので燃えるかどうかは正直微妙である。
さて、まだまだ細かいルールを説明できていないが、そろそろ現状の説明をしておこう。
まず、競技開始時はチームごとにランダムな場所へ転移される。今回のテーマは「緑豊かな自然」のため、どのチーム大抵森に飛ばされることになる。障害物となる木や視界を遮る草、それらが点在するため、競技開始時にはどうせめるかの話し合いが行われる。
のだが……。
「話し合いをする相手がいないんじゃどうしようもないな……」
本来一緒に転移されているはずのチームメンバーの姿はなかった。
周囲を見渡せば、テーマに恥じぬ鬱蒼と茂る木々達。獣道すらない根がむき出しになっているような地面は、所々に獣の足跡すらある。実際に獣がいるわけではないだろうが、かなり力の入った演出である。
それは素直に称賛するが、せめてもう少しセキュリティを強化してほしいところである。
右を見れば、運よく目印になりそうな巨木がある。左を見れば、見通すことのできないほど密集した草木。
これでどうやって敵、ないし見方を探索しろというのだ。
「う~む、魔方陣を消す部分を考えるべきだったか……?」
魔方陣に書かれていた呪文はあの一瞬で全てを把握できていなかったが、一番勝機がなくなりそうな効果を消すことを選んだ。あの時、転移されるギリギリで消せたのは、自らの周りに魔法結界を張る効果で、かなり強固な結界が作られていた可能性がある。そうなれば、出会った時に手も足も出せず、逃走するか倒されるかの二択しかなくなっていただろう。
なお、これはカキスが知らないことだが、魔方陣の効果を無くせたのは一つだけだと思っているが、実際にはこのランダム転移に関する部分も一部だけ消せていた。
そのおかげで、本来なら孤立するように設定されていたものが崩れ、更には運よく他のメンバー達はお互いに近くに転移されていた。ただ、カキスだけが運悪く遠くに飛ばされてしまっていた。
あの場で効果を消す内容が間違いだったとは思わないが、この状況もなかなか面倒ではある。
最も懸念しているのは、ゆりが孤立することだ。
ゆりは魔法使いとしての才能はあるが、格闘の才能があるとは言えない。もし距離を詰められでもしたら苦戦必須だろう。また、この競技の性質上、倒されない限り仮想世界から現実世界へ、つまり肉体に戻ることができないのだ。運営が監視をしているとはいえ、全ての選手を同時に見ているわけではない。
ヴィジョンに映像を映すためにはカメラが必要だが、今回の競技では自立式魔導飛行システムという、簡単に言ってしまえばビットが飛んでいるので、それを介して監視するシステムになっている。
が、これの欠点はコストが高くつくため、数を揃えられないことだ。そのため、絶対にカバーできない部分ができてしまう。
「ゆりなら大丈夫だと思いたいが……」
その隙を狙って、女子を慰めものにする者が出てくるらしい。あくまでもコルトから聞いた話であって、実際にあった場面を見たことはない。だが、可能性がないわけではない。むしろ、高いくらいだ。
「ディングもだし、トラクテル兄弟だって……」
俺はそこまで考えて、頭を振った。
今ここで心配していても状況は動かない。さっさと行動を起こすべきだ。
意味のない思考を落ち着けるためにも、俺は一度自分の装備の状況を確認する。
「……良し、全部揃ってるな。あとはこれをどこに仕舞うかだが……」
意識とともに飛ばされてきた武器の”数々”を確認し終えると、俺は最後にとある水晶をどこに仕舞うかを考える。
手には二つあり、そのどちらもが切り札になる。片方は俺専用の切り札で、もう片方がパーティーとしての切り札だ。当初は、パーティー用のは俺が持つという話になっていたのだが、結局俺が持つことになった。まぁ、内容を考えても俺が適役といえば適役だろう。
「……ま、すぐに取り出せる位置にあれば問題ないか」
一つずつズボンのポケットに仕舞いこむと、目を閉じて精神を統一を始める。
(……ひとまずは、狙った結果が取れるように動くとするか)
俺は一日中、嫌な予感が胸中を駆け巡っていた。本当に心配なのは、その予感が的中することだった。
気のせいに違いない、何だかんだで緊張でもしているんだ。そういって目を逸らす気になれない俺は、とりあえずは作戦通りに動くことを決める。
もしもの時の準備は……
「……整っている。もしゆりの身に何かあれば……容赦はしない」
そう呟くと、冷徹さを湛えた瞳で世界を映す。
俺は一人、見通せぬ樹海を音もなく歩く。その行進はさながら、お伽噺に出てくるような森の死神に見えたに違いなかった。
○ ○ ○
「お嬢様、お嬢様ぁーー!!」
「……ングさん? ディングさん!?」
カキスが転移したところからは遠く離れた地点で、主と護衛役の男は再開を果たす。
「お嬢様、ご無事でしたか!?」
「はい! あ、か、確認は後にしてすぐにこの場を離れましょう……! さっき大声を出しちゃったので敵に気づかれた可能性があるので」
「わかりました」
二人は他の仲間が見当たらない理由を考える前に自らの身の安全を図る。ゆりは覇閃家の屋敷にいた頃に、ディングはつい最近に、カキスから教わったサバイバルでの重要な教えを忠実に行っている。
サバイバルで味方の行方が分からなくなったからと言って、大声を出して探したり、浅慮な考えで探しにでも行けば、ミイラとりがミイラになる。だから、最初は自分の身の安全を確保してから行動すべし。と教えられている。
二人の周囲はカキスほど木々には囲まれおらず、近くには廃墟がある。二人は揃ってそこに移動した。
「……私が先に中の様子を少しだけ見てきます」
「……わかりました」
普通なら護衛騎士として、主を危険があるやも知れぬ廃墟の奥へ斥候として行かせるなど言語道断だが、斥候としての腕は体重が軽く、わりと素早い動きができるゆりが適任だった。水谷家にいた頃のディングであればそんなことなど許しはしなかっただろうが、今は違う。
コルトやカキスによって、少しずつ何が重要なのかを状況によって見極める力をつけ始めている。だから、昔のような頭のない肉壁ではない。
(そうだ、私は肉壁ではないのだ……!)
主が奥へと消えていき、その間に自分は外を警戒していると、そんなことを思い出しギリギリと歯を食いしばるディング。残念ながら今の所活躍シーンがほぼ壁役でしかなかったため、その不名誉な呼び名を返上するには至っていない。
そのうち、クラス中がディングのことを肉壁と呼んでしまいそうだった。
それはさておき、音もなく暗がりから戻ってきたゆりは、何故か遠くを見ながら(しかもちょうどその方向にはカキスがいる)歯ぎしりをしている騎士に首を傾げながら、中が安全だったことを報告する。
そうして二人は、具体的な合流方法を思いつくまで、そこを拠点とした。
○ ○ ○
「大丈夫か、シェリル?」
「ええ。大丈夫よ、アルター。……状況は最悪だけどね」
飛んでトラクテル兄妹へ。
二人は今、崖下の洞窟の中にいる。
「まさか、ここが俺たちのチームの転移先……とかじゃないよな」
「あり得ないわ。私達二人しかいない時点で絶対それはない」
「だよな……」
二人はとても素手では登れそうもない崖を見上げながら腰に手を当てる。
「どうする? 救援を待つか?」
「まさか。どうにかしてこの詰んでる状況から脱出するわよ。……たぶん、救援を当てにしても無駄だと思うから」
シェリルは自分の周囲を見渡し、どこにも自分達を発見できそうな足場がないことを再確認する。
「……だな。たぶん、他三人も同じようにバラバラに飛ばされてるんだろうな。……一番心配なのはディングだな」
「……同感。主にすら心配される肉壁系騎士だからね」
ここでも不名誉な呼び名を使われている不憫なディング。しかし、本人がそのことを知る方法などない。と、そんなどうでも良いことではなく、二人がこの先どうするか、である。
助けを待たず、自分達で崖上まで戻ると言っているが、上は断崖絶壁、下は雄大絶海、前方はどこまで続くかも知らぬ洞窟。
進む道など一つしかない。
「さ、行くわよアルター」
「ああ。燃えてきたな、この不利な状況……!」
「まったく……。駄目ね、……私も燃えてきたかもしれないわ……!」
火属性に負けぬ熱血ぷりで、双子の兄妹は暗闇へと足を進める。
○ ● ●
「さぁて、最終競技はどんなふうになるかしらね」
「……早速妨害工作が行われていたようですが」
「…………」
来賓室。三人の男女、いや二人の女性が期待に満ちた目でモニターの前を陣取り、男がその後ろから呆れた視線で二人を見下ろす。
最終競技にかける期待は、選手だけではなく観客にだってあるのだ。
今日一日最後の競技。盛り上がりを期待しないわけがない。例えそれが王族であっても、その王族を守る女騎士であっても。例外があるとすれば、最初からオリエンテーション以外を見据えている、仮面の男ぐらいなものだろう。
● ○ ○
「さて、このクソッタレな仕掛けをかけた奴は、相応の仕返しを受ける覚悟があるんだろうかね」
銀髪を揺らし、腰に下げた剣やナイフを揺らし、少年は口角を上げながら言う。
「準備は……できたか?」
――遥か先、正面方向に森を抜けた先にいる三人組の男を捉えながら。
ついでに作者は次話の準備(プロットとか細かいルールの内容とか)ができていません。
カ「Are you redy? (準備はできてんのか?)」
か「hahaha! ……When is in love; but? (はっはっは! ……できているとでも?)」