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表裏の鍛治師  作者: かきす
第二章「クラス騒動編」
22/55

第十一話 「見習い魔法使い、その名は」

 ▽ ▽ ▽


 ――時を遡り開始直後。


「ところで水谷さんは大丈夫なの? 重度の人見知りだったような気が……」


「いや、面と向かって相対した時だけで、今みたいな状況は問題ない。問題ないはずなんだが……」


 ディングとマルコが移っているモニターの右隣りにはまったく同じ型のモニターでゆりとミラの、主役二人を映していた。

 俺はそれを見ながら首を直角近くまで曲げる。


「あいつ、現実逃避してないか?」


「やっぱり? なんかぼうっとしてるように見えてたけど」


 普段のゆりに比べ瞳の光が鈍いのは、妄想の世界に片足を突っ込んでいるせいだろう。でなければ、さすがのゆりも壁と俺を比較しない。……しないはず。そうであってくれ。


「大丈夫なの、あれ」


「どうだろうな。記憶にあるような無いような……。まぁ、過去にあったとしても別に魔法を使うようなことのない日常生活だったから」


 コルトが心配しているのは、あの状態で競技に臨めるのか、という点だ。俺はその懸念を聞かれてもあいまいな返答しかできなかった。

 ゆりがああいった状態におちいったのは初めてではない。だが、どれも日常生活でしかなかった気がするし、その記憶がある年齢は魔法なんて特に使っていなかったはず。


「……とりあえず、競技の趣旨は理解してるみたいだし、大丈夫じゃないか? 普段のゆりはまだ見習い魔法使いだけど、才能は十分あるし」


 △ △ △


 甘かった。その考えは甘かった。予想以上にゆりの状態はひどかった。


「まさか、こうなるとはね」


 いつもは飄々としているコルトが、驚愕の事態に若干呆然としている。

 誰もが思いもしなかった。あのポワポワした少女が……、


「まさか中級魔法を詠唱短縮して、その魔法で相手の初級魔法に対処するなんて」


「なんという過剰対応。相手のミラって子、段々涙目になってきてるぞ」


 ディングとマルコの真上、そこではいくつもの水球がゆり側の的に飛んでいき、その途中の空中に浮いている渦に取り込まれ、その魔力を吸収して更にその規模を大きくしている。


「『アクアスポイラー』。同属性の魔法を窮する防御系中級魔法だが……、あの使い方は舐めてるとしか思えないな。完全に」


「間違いってわけでもないんじゃない? ただ最後に吸いに吸った魔力をどうすることもなく、その場に開放しちゃってるだけで」


「そこが問題だろうが。あの魔法は吸収した魔力を相手に返して攻撃にするカウンター的な魔法でもあるのに」


 『アクアスポイラー』は渦を大きくさせるだけ大きくすると、その場で霧散して消えてしまう。一つ一つが吸収した魔力量は少ないが、なにしろ回数が多い。試合開始直後は中級魔法も吸い取っていたので、余計に魔力がフィールドの一点に漂っている。

 あのままでは色々と危険である。


「実力だけで考えると水谷さんの一人勝ちだけど、あの的を破壊した方が勝ちだからね」


「最初の誰が勝ちか、まだ予想してたのかよ……」


「そりゃあ二人だけだからね。早くに締め切る必要もないし。もしかして、誰に駈けるか決まった?


 コルトは、誕生日プレゼントを期待する子どもの様に、目をキラキラさせている。

 そんな友人を勝手に賭けの対象にするウザやか系イケメンに嘆息した。


「はぁ……」


 俺は立ち上がると、入り口に向かう。


「あれ? どこ行くつもり~?」


「ディングにアドバイス。それと、俺は誰にも賭けない。どうせ誰に賭けても結果は同じだろうからな」


 部屋から出る直前、俺の予想を告げるとコルトはその判断理由がわからないのか、不思議そうな表情をしながら適当に手を振ってきた。


 すぐにわかるさ。


 呟きは閉じる扉に邪魔され、コルトの耳まで届かなかった。


 ○ ○ ○


「近くで見るとなお傷だらけに見えるな」


 俺は観客席まで上がると、より鮮明にディングの姿を見ることになった。見る分にはここでもいいが、アドバイスをするとなると、声が聞こえる程度に近づく必要がある。

 最下段のストッパーを外し、さらにフィールドに近づく。

 その先には、同じクラスの人間がすぐ近くで応援できるようにと、特設の観客席がある。フィールドには結界が張られているので手出しはできないが、直接会話できるほどには近い。迫力も相当だろう。


(まぁ、興味ないけどな)


 俺はそんな迫力が欲しいとは思えないので、ここで観戦するつもりはない。


「頑張れディング君っ!」


「負けんな肉壁ぇー!!」


「水谷さん、攻撃だ攻撃!」


「水谷さん……今日も可愛いな」


「「「「「だよなっ!!?」」」」」


 今後のクラス順位に大きく響く試合ということもあって、内のクラスのスペースはほぼ満席に近い。いないのは俺と出場している二人とトラクテル兄弟ぐらいのものだ。


(愛されているのか、自分の家が取り壊されたくない保身に忙しいのか。……判断に困るな)


 どっちにしたって俺やゆりには関係ない。できれば単に二人がクラスの一員として受け入れられていると思いたかったが、邪推しかできない黒い自分がそれを全面的に肯定するのを邪魔する。


「お前ら、人ん家のお嬢様を愛でるのは良いが、問題は起こすなよ? あと、泣かさないように」


 俺がジト目でゆりに黄色い声を上げた一団を見て注意する。入学して一週間で変態紳士|(ほぼ全ての男子と一部の女子)どもから目をつけられているが、本人はそのことを知らない。

 もしかしたら薄ら気付いていながら、怖いから気付いていないふりをしているのかもしれないが。


「「「「「「大丈夫、問題やトラブルを起こすのは水谷さんだから」」」」」」


「俺の苦労を理解してくれるクラスメイトに恵まれて俺は幸せ者だよ……」


 男子全員|(と一部女子)が親指を立てながら、とてもいい顔で声を揃えて言った。

 なんかもう、泣けてきた。このクラスのひどさとか諸々で。

 同じクラスの女子達はそんな男子たちの足を思いっきり踏みつける。あぁ、ヒールで踏んだ上に貧乏ゆすりはやめたげて。


「「「「「「いぃっ!?」」」」」」


『いぃっ!?』


 フィールド内ではマルコの蹴りがギリギリで回避できずに、手の指先を掠らせたディングと悲鳴が被る。

 フィールドの内外が一体化した瞬間だった。正直こんなことでシンクロしないで良い。

 と、そこで俺はこの場にきた用事を思い出した。


「ディングっ!」


『なんだっ!?』


 ちょうど結界の壁際に飛ばされてきたディングに声をかけると、マルコを見ながらディングが叫び返してきた。


「うるさいから叫ぶな!! 良い迷惑だ!!」


『お前から叫んできただろうが!? それを言うためだけにここまできたのかお前は!』


 俺が耳が良いことを忘れているのか、さらに叫び返してくる。今は耳栓をしていないので、眉間にしわを寄せて両耳を塞ぎながらアドバイスをする。


「正面から叩き付け合うだけが勝負じゃないからな!」


 あくまでもアドバイスをするだけで、具体的な方法は口にしない。すぐに意味を理解できるような頭や経験を持っていないのは知っているが、どうせ命をかける実戦ではない。具体的な方法を口にせず、自分で考えさせた方がいいだろうと思ってのことだ。


『……どうせ自分で考えろって言うんだろ?』


「ああ!」


 すべてを教えてしまってはディングのためにならない。答えを言ってそれを実行しても、それでは身につかずまた同じことで立ち止まることになる。

 戦いの中で意味を実感して初めて、自分のものになったといえよう。


「それと!」


『まだ何かあるのか!』


 再び瞳に闘志を宿したコルトが前を向いたが、その背中にまだ伝えることがあった。


「五分経ったら……、気を付けろよ!」


『何を!? 何に対してだ!? その間は何だ!?』


 伝えたいことを伝えた俺は満足した俺は、満足げな表情と足取りで控室に向かう。


『おい何満足そうな顔をしている!? 言え、全部言ってから去れーー!?』


 ○ ○ ○


(あの男、絶対に楽しんでいる……!)


 ディングは今にも結界を切り破りそうな鬼気迫る顔で肝心な部分を隠して去ったカキスの後姿を睨む。

 その気迫といえば、先ほどアドバイスを受け再び立ち向かおうとした時以上に強い意志を持っている。むろん、後ろ向きの方向で。

 一連の流れを傍から見ていたマルコはディングに同情すると同時に引いていた。


「あの、大丈夫かい? なんかこう、黒いオーラ的なものが見えるんだが……」


「ハッ!?」


 マルコに指摘されてようやく正気に戻り、自分が置かれている状況を思い出すディング。 

 慌てて剣を構えなおすと、その高さは元通りになっていた。

 それを見たマルコも剣を構える。今だ、その刀身は青く揺らめき、通り過ぎる照明の光の行先を曲げている。

 つか尻をヘソの正面に置く基本の構えをとるディングと違い、両手で持ち剣先を足元に沈め、膝を少し折っている。ここにきて疲労がきているようにも見えたが、眼差しの強さがそれを否定している。

 一般的な構えとは言えないそれは、ディングの緊張を高めた。


(魔術を使っているからあの構えをとっているのか、それとも別に目的があるのか……)


 なぜなら、基本の構えを捨て独自の構えをし出した相手の面倒さを兄弟子のコルトに教えられていたからだ。


 ▽ ▽ ▽


「自分だけのスタイル(構え)を持つ相手には注意した方が良い。特に、初見の場合だね」


「どうしてだ? 基本の構えがベストなんじゃないのか?」


「違うよ。ベストじゃなくてベターだ。あくまでもこれよりも良いというだけでこの状況にはこれしかない! ってわけじゃないんだ」


「だから独自の構えを持つと?」


「正確には自分に最も合った戦い方をするために、と言った方が良いのかな? 基本の構えはクセを無くして個性を平坦に均している。それと違ってクセが強くなって個性が際立つ」


「……そうか、それによって対処がしにくくなるのか」


「そういうこと。対処法が確立すれば簡単だけど、中々見つかりにくいし、対処法自体が特殊だったりしてやっかいなんだ」


「それなら最初からすればいいんじゃないのか?」


「言ったでしょ? ある状況にはベストだって。状況次第ではノーマルになるし、ワーストに転落することだってあるんだよ」


「……今日はテンションが高い気がするな」


「わかる? いや~、昨夜カキスに三つも奥義を引き出せたからね。十歩ぐらい前に進んだ気分だよ」


「二人とも無傷だったような気がしたんだが?」


「見間違いじゃないよ。僕は全力で攻めて、カキスは両方が無傷になるように終わらせるっていうハンデだったから」


「あのカキス相手に三つも奥義を出させたコルトに驚くべきか、そのハンデの内容でも勝てるカキスに引くべきなのか……」


「でも本当、カキスは何個奥義があるんだろうね?」


「お前が知らないのに私が知っているはずがないだろ……」


 △ △ △


(後半はどうでも良いとして……。間違いなくあれがマルコの本気と見て違いなはずだ。すぐにでも決着をつけるつもりということか)


 回想の最後から二十分後ぐらいにようやく本題に戻ったので途中で切ったが、ある程度共通している弱点も教わっている。

 それは、長期戦に持ち込むこと。長い時間をかけて分析することで、クセを見抜き対処法を見つけることができる。そうでなくても、独自の構えをとなるとどうしても多くの体力を消費してしまうらしい。

 そのため、相手が初めからそうしてこないのが、カキスのように手の内をできるだけ明かしたくないから、という理由でない場合は十中八九長期戦に持ち込めば勝てるとも。

 コルト曰く、今のディングが五分以上耐えきれるようなら長期戦に持ち込める可能性が高い、らしい。だが、残念ながらこの競技は時間に追われている。時間的余裕も、今の肉体的にもきついものがある。

 時間といえば、競技時間が後残りどのくらいなのかも気になるが、それ以上に気になることがある。

 カキス残した言葉だ。

 今でもあの言葉の続きが何なのか見当もつかない。だからこそ、マルコ以上に恐ろしくてたまらない。

 特等席と言ってもいい、クラス専用の席にチラリと視線を向けても、そこに不吉な預言者はいなかった。


「よそ見とは、ずいぶんと余裕だな!」


 その隙をついて、マルコが動き出した。

 ディングはすぐさま振り返ったが、正面に姿はなく、声を頼りに上を見れば、普通ではありえない位置に飛んでいた。


(そうきたか!)


 地を這うような低い位置からの攻撃を主軸に置く構えかと思っていたが、その予想は大外れだったらしい。

 ディングは、普通ではない高さまで飛んだことに対する驚きと、思いもよらないチャンスが舞い込んできた喜びがごちゃまぜになった表情をしていた。

 なぜなら、頼れる二人の師匠にお墨付きをもらった技が使えるこの上ないチャンスだからだ。その技は今のディングにとって奥の手に等しいからだ。

 上空にいるマルコの目にどう映っているかディングにはわからないが、相手も同じ様な顔をしている気がする。

 まぎれもない勝利を確信した顔を。


 ○ ○ ○


「お、この状況は……」


「どうだ? ディングの様子は」


「見たほうが早い」


 告げることを告げた俺は早々に控室に戻ると、ヴィジョンに映されているのは真上を見上げるディングの姿だった。

 それを見ただけでコルトの言いたいことを理解した俺は、真剣な表情で行方を見守る。


「どっちが勝つと思う?」


「……、そうだな」


 今日何度目かの予想。

 今なら違う結果になるかもしれない。チラリと横のヴィジョンを盗み見る。


「俺の予想は変わらない。全員仲良死だ」


 予想は変わらなそうだった。


 ○ ○ ○


 ディングはタイミングを調整するために、身に着けている僅かな防具の一つであるガンレットを外し、上空のマルコにぶん投げる。


 ガィンッ!


「こんなモノで私が怯むとでも!?」


「思っていないさ!」


 簡単に防がれダメージを与えることはなかったが、上昇から落下が始まっていたマルコの勢いは緩まる。

 それでも高い位置にいるのは変わりなく、少々の時間稼ぎ程度にしかならない。だが、今のディングにちょうど欲しいものだった。

 ディングは剣を構え、目を閉じると魔力を剣に流し込んでいく。


(もしこれを外したら、私の負けは確定だな……)


 ディングの魔力量は決して多くなく、技を行うためにはその多くない魔力を使い切るほど必要なのだ。

 あたっても外れても魔力枯渇で動けなくなってしまう。

 吸い取られるような錯覚を起こしそうになりながら、着実に魔力を流し込む。今のディングには動きながら魔力を流していくような腕はなく、どうしても立ち止まって集中する必要がある。だから、今の状況の様に邪魔されないのは好都合だった。


「良いだろう。そっちが大技を打つつもりなら、こっちも大技で返そうじゃないか!」


 普通に攻撃してもディングの技に勝てないと判断したマルコは、同じく大技を打つ準備をする。

 マルコがしようとしているのは、着地と同時に魔力で大量の水を生成し、川の氾濫を疑似的に発生させるもの。着地の勢いを受ける水は一瞬で相手を呑み込み、全身がバラバラになりそうな力に襲われる。

 例えディングが何かを放とうとしても、それごと押し流すつもりだ。

 二人は同時に魔力を流し終えると、マルコが地上に着くまで二秒もかからない速度と距離になっていた。

 ディングは肩幅に足を開き、剣を高く頭上に掲げる。

 残り一秒。

 マルコは剣先を地上に向け、姿勢制御に集中する。

 ディングは片足を下げ、踏ん張りがきく体制にすると不敵な笑みを浮かべながら見上げる。

 残り、0秒

 先に動いたのはディングだった。マルコが着地する直前にその狙いに気づき、魔力を解放した。


「うおおおおおおおっ!!」


 ありったけの魔力を込めた片手剣は、二メートルを優に超す水の大剣と化す!

 ディングが雄たけびを上げながら巨剣を縦に振りおろすと、木が倒れこむような迫力があった。


「くっ!?」


 マルコは剣の腹で直撃するのを回避することを選んだ。激流を作るはずだった魔力を全体に広げたと同時に巨木の様な水の剣に向ける。

 二つの青き力が交わり……!


 ギキィぃッ!!


 鉄と鉄がし鎬を削る音ではなく、力と力のぶつかり合いによって生じる音。それが質量をもった空間に波を立てているのは、お互いに削り飛んでいく魔力のせいかもしれない。

 せめぎ合う魔力は拮抗し、わずかでも気を抜けば簡単に押し負ける。その緊張感に二人の額に汗が伝う。その数はディングの方が多かった。

 今この時にも、ディングの頭から離れない言葉がある。その言葉が更にディングの緊張を追い立てている。


(くそ!)


 心の中で悪態をつきながら、更に力を込める。

 まだ余力があるのか!? とマルコにプレッシャーを与えるが、バランスは崩れない。それでも少しずつディングが押しているのが目に見える。

 限界を超えた極限まで力を引き出させる言葉とは何か。

 ディングの脳内で何度目かの言葉が再生される。


 ――五分経ったら……気をつけろよ。


 ……誤解なきよう言っておくと、ディングは真剣そのものである。決してシリアスな展開を壊そうなどと考えていない。

 ディングにとってカキスの言葉、それも警戒を呼び掛ける類の言葉は、絶対に無視できない。主であるゆりの言葉よりも。それほどの信頼を前面に押し出す説得力があるのだ。

 何を思って彼が言いよどんだのか見当もつかないが、危険な事が起きてしまうに違いない。これももう何度も考えた。そしてその答えはあっていた。


 △ △ △


 マルコが高く飛び上がる少し前。主役同士の戦いも見せ場を迎えようとしていた。

 ミラという少女は、実はヘヴィーソーサラーとは言えない点がある。それは、火力の高い魔法が苦手という点だ。

 最大魔力量も多く、時間経過による魔力回復能力も同年代と比べて多い方だ。そのため、初級魔法を乱発してもかなりの余裕がある。だが、あまりその才能を生かせられない。

 クラスでも有数の努力家として知られている程、授業態度素晴らしい。のだが、やはり強い魔法が使えない。

 そのせいで何度も辛い思いを繰り返してきた。ある時は親族に嫌味を言われ、ある時はとある貴族の少年に見下され、何度も何度も涙を流してきた。

 ミラは若くして現実を知った。多少の才能や努力では到達できない領域があると。

 そして、知った事で得られたこともあった。


「負けるものですか……!」


 ミラは動かない戦況に歯ぎしりし、攻め方を変えることにする。

 杖を地面に置き、両手を的である『体目的』に向けると、詠唱を始める。


「『流れるは空を駆けし清流!』『押し流すは全てを包む濁流!』」


 ミラは同時に複数の詠唱をしたのだ。

 魔法の同時行使。ミラが多少と言った、しかし実は恵まれた才能と血の滲むような威力によってはじめて可能になる技術。初級魔法を連続で放つのとは求められる魔力操作のレベルも、必要とする集中力も違う。

 同時詠唱デュアルスペル。そう呼ばれている高等技術だ。

「『ブロウブラスト!』『エディオブマディネス!』」

 『ブロウブラスト』は初級魔法の完全上位互換で、単に水球を飛ばすのだが、その大きさも構造も複雑になっている。なお、魔法において構造というのは術式のことで、術式が複雑だとその分強度も増す。雑な例えを出すなら、常に一定方向に巻かれた糸とがんじがらめでぐちゃぐちゃに絡まった糸。どちらが簡単にほどけるか? ということである。


 『ブロウブラスト』はゆりの『アクア・スポイラー』を相殺し、再びゆりが唱える前に、『エディオブマディネス』が的を襲う。


 ガガガガガッ!!


 激しく何かを削る音がするが、元々攻撃用の魔法ではないので完全に壊すことはできない。


「これなら行けそうですわね!」


 的に与えることのできたダメージは多くないが、今の今までまったく攻撃が通らなかったことを考えれば大きな一歩だ。

 まだ魔力に余裕がある。例え消費の大きい同時詠唱を続けても尽きる前に勝てる。

 ミラはこの時、確かな勝機を見た。

 図らずも、そのタイミングはマルコが勝機を確信した時とまったく同じだった。


 ▽ ▽ ▽


 そして今、一度拭ったミネラルたっぷりの汗を目から分泌しているミラ。

 原因は、ついにゆりは、現在の状況を瞬時に理解すると、すぐさま行動をおこした。

 具体的には同時詠唱で三種の魔法を使ったのだ。それも、短縮詠唱で。

 相殺された『アクアスポイラー』を設置し直し、泡をまき散らして壁代わりに使う魔法の『スプレッドバブル』で的を守らせ、『フロウブラスト』を敵方の的に向かって撃った。

 この三つを同時にやられ、ミラは対抗する前に守りを固めらてしまった。ようやく見えた道筋は即断たれてしまったのだ。涙も出よう。

 そして、いつもは泣かされてばかりのゆりは相手がそんなことになっているとも気づかず、一心不乱に攻撃を繰り返す。


「は、早くしないと……!」


 ディングもカキスの言葉によって時間を意識していたが、ゆりも同じく、何かを焦っているようだ。


「ああもう、私なんであんなことばっかりしちゃってたんだろう……!?」


 珍しくイラつきながらも攻撃の手を緩めない。それだけ急いでいるのだろう。

 ミラは遅れて的を守るように設置系の魔法を置くが、その全てをことごとく躱されている。


「早くしないと……!」


 ゆりは自分で語っていたように、サポートを得意とする魔法使い。カキスの手伝いをするために魔法を覚えだしたが、苦手というだけで威力の高い魔法が使えないこともない。それこそ『フロウブラスト』などよりもよっぽど効果的な魔法があるというのに、急いでいる割には使うそぶりすら見せないでいた。


「このままじゃ負けちゃう……!」


 ゆりのこの呟きを聞いた人間の大半が「お前は何を言っているんだ?」と思うだろう。それほど戦況はゆりに向いている。


(もう少し、もう少しで……!)


 少しずつヒビが大きくなってきた的を見て、ゆりはラストスパートをかけながら心の中で強く祈った。間に合って、と。

 しかし、それは叶わなかった。

 きっかけは、存在を忘れてしまっていた『アクアスポイラー』だった。

 限界まで魔力を取り込んだそれは、術者の意識が他を向いていたせいで勝手に消滅した。その時、小さな爆発音がしたが、クライマックスが近い競技フィールド上ではかき消され、一番近いゆりの耳にすら入ってこなかった。それ程に小さな爆発だったが、それだけで終わりではなかった。


 ボン……、ボン、ボン、ボボボボボボッ!!


 連続して似た規模の小爆発が起きたかと思えば、段々と爆発音が大きく、しかし間隔は短くなりながらフィールド中央、最も”魔力が集中している”地点へ。

 それはさながら導火線の様に。


『ゆりちゃん、防御!』


「嘘っ!?」


 黒ゆりはいち早くそのことに気づき、ゆりに注意を呼びかける。ゆりは自分の周囲に苦手な結界魔法を張る。

 そして、小爆発の導火線は本体へ。


 ボ――ッッッッッッッォン!!!!


 フィールドは大爆発を起こした。

 音が消えるほどのそれは、体育館全体を大きく揺るがし、その威力の凄まじさを物語っている。

 フィールドを覆う結界はなんとか形を保っているが、全体に細かいヒビが入っており中をうかがえない。本部は、結界を解除する。


 ………………。


 会場を静寂が包み、結界が解かれていく光景を瞬きすら忘れて見守る。誰も勝負の行方を判断できない。

 下から溶けていく結界の中から最初に見えたのは、目を回しているディングとマルコ。二人とも真下にいたせいで直撃したといっても過言ではない位置にいたが、特にけがをしている様子はない。音や衝撃ばかりで実際は大した爆発ではなかったようだ。

 次に見えてきたのは二人の少女の姿。ミラは飛ばされたのか、結界ギリギリの所で横たわっていた。ゆりはとっさに結界を張ったことにより飛ばされはしなかったものの、仰向けに倒れている。ワンピースのスカートが少し際どい位置に上がっていた。

 そして、両陣営の台座。的が乗っていたその場所には……無残な姿になっている体目的の残骸が乗っていた。


『……こ、この勝負! 両ペアの引き分け!』


「「「「「「「「「「「う、うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」」」」」」」


 呆気にとられていた審判が正気に戻り、勝負結果を宣言すると、爆発以上の大歓声が体育館全体を揺らした。


 ○ ○ ○

「最初からあの結果になるってわかっていたのかい?」


「最初からってわけじゃないが、ゆりが『アクアスポイラー』をあんな風に使ってた時点である程度はな」


「ディングが先に壁を壊して……とか考えなかったの?」


「ないない。ディングのことだから、そう易々と負けることはないとは思っていたが、逆に負かすこともできないってわかってたからな」


「それもそうか」


「……というか、ディングのことは今はどうでも良いんだよ。それよりも今は……」


 ガチャ。


「うぅ……、ひくっ、グス……ふぇぇ……!」


「一向に泣き止まないゆりが問題だ」


「ははは、……だね」


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