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表裏の鍛治師  作者: かきす
第二章「クラス騒動編」
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第九話 「オリエンテーションに向けて」


 薄く微笑み、心を鎮めるような優しい声で、けれども強い意志を持った目で俺の前に立ちはだかる。

 濁りきった俺の瞳と違う、透き通った瞳には不思議と吸い込まれそうになる。

 そこから逃げるように顔を上げると、いつの間にかウンディーネが、ゆりの頭上に漂っていた。


「お前も俺の邪魔をする気か?」


 目を細め低く、呟く。今の俺にゆり以外の相手へ気遣う優しさはない。


「ボルディックは私が責任を持って連れ帰します。この場は引きなさい」


 ウンディーネは無表情のままそう言うと、ボルディックと呼ばれた精霊を水が包み込み、一瞬の内に拘束する。


「ぐっ、ウンディーネ! 貴様も人間の味方をするのか!」


 雷属性のボルディックを苦手属性の水属性で拘束できるところを見るに、二人の実力の差は大きいようだ。


「私はこの子を守りたいだけです。人間すべての味方には回っていません」


 ボルディックの糾弾を、ウンディーネは冷たく跳ね返す。

 ウンディーネが向けていた手をぐっと握りしめれば、水の檻は圧力を上げ、中に囚われたものの身動きを完全に奪う。精霊は空気を必要としないであろうから、窒息死を望めないのが、少し残念だ。


「……ふぅ」


 ここまでされた以上、俺が矛を収めないわけにはいかなくなり、息を吐いて肩の力を抜く。


「ゆりを守りたいってことなら、あのまま俺に任せても問題なかっただろう」


 スイッチを切り、魔力を収めた俺は不満を口にする。それを見て、ゆりは腰が抜けたのかへなへなとへたりこむ。


「……」


 ウンディーネは難しい顔で俺を見下すだけで何も返さないので、女の子座りのまま目じりに涙を止めているゆりの髪をぐしゃぐしゃとかき回す。


「あぅ……」


 つられて頭までぐるぐると回されるゆりに俺は苦笑を浮かべた。嫌がる素振りを見せないことをいいことに、今度は両手で頭を挟みながらぐわんぐわん揺らす。


「あぅあぅあぅ~……!?」


 されるがまま頭をシェイクさせられたゆりの呻きが可笑しくて、もっと激しくシェイクしてやろうかと思ったが、乱れた(した)髪に指を通して整える。


「あぅ~……♪」


 髪を梳かれる感触に、ゆりは表情と声をとろかせ始める。梳く側も、さらさらとひっかからず、艶やかな絹糸のような手触りに俺も自然と頬が緩む。


「お前はいつまでお嬢様で遊んでいるつもりだ」


 その声に振り返ると、今回も特に役に立たなかった肉壁が、仁王立ちして俺を見下していた。


「まったく、さっきはヒヤヒヤしたぞ。お前があんなふうに飛ばされたのは初めて見た分、余計に」


「あれは俺も予想外だったんだよ。おかげで反応が遅れて少しダメージを受ける羽目になった」


 俺はゆりの両脇に手を差し込んで立たせながらディングに事情を説明する。

 多少の子ども扱いは許容するゆりだが、さすがに扱いが過ぎたようで、ディングに向き直った俺の腰をポカポカと叩いてくる。が、まったく痛くない。


『人間、あなたの名前は確かカキスでしたね?』


「あぁ。それがどうかしたか?」


 突然口を挟んできたウンディーネを訝しげに見上げる。


『……、あの力を使うのは止めなさい。あれは、人が扱いきれる力ではありません』


「……そんなことは分かってる」


『ゆりを悲しませたくないのならなおさらのこと』


「それも、分かっているさ。心配しなくても、みだらに使わねぇよ」


『……』


 ウンディーネが言っている力は、俺の能力のことだろう。ウンディーネは知っている。この能力を。

 そうでなければ、あんなことは言えない。


「ウンディーネさん、あの力って……」


 俺たちの会話を聞いていたゆりは俺から体を離して訊いかけた。


『それは……』


 今までゆりの頼みなら断らなかったウンディーネが答えに窮した。チラリと向けられた視線に、俺は首を横に振った。


「ゆり。あまりウンディーネを引き留めるな。こうしている間も一人を拘束しながら存在を維持してるんだ。魔力切れの苦しさをお前も知ってるだろ?」


 ゆりの肩を叩いて諭すフリをして、ウンディーネに助けを出す。

 俺の都合で黙ってもらっているのに、助けも何もないかもしれないが、そういうことにした。

 顔だけ振り向いたゆりの瞳には、隠しようのない不安の色があった。ついすべてを話したくなる衝動に駆られる。

 その気持ちを心の奥深くへ沈ませ、誤魔化すように微笑む。そうすることしかできない。


「……いつか時がくれば、その時は話すから。な?」


 ゆりはその言葉に大きく目を開いた。震える長い睫は何を感じてのことだろう。

 俺には、それを知るのが怖くて長く見ていられなかった。


「そろそろそいつを連れていったほうがいいんじゃないか?」


『えぇ、それではこれで』


「……また。会いましょうね」


 何か言いたそうに口を開いては閉じ、最後には再開の約束を交わすゆり。ウンディーネは申し訳なさそうに微笑んでから、その姿を虚空に溶かして消えた。


 パシュン……。


「……」


「……変えろっか、カキス君。今日は私がお夕飯作るけど、何が良い?」


「……特に思いつかないな。シェフのお任せで」


 少しの間、俺たちを静寂が包んだが、ゆりが明るい声を出して俺を見上げる。

 ゆりは、何も聞かない。聞かないでくれる。

 その優しさに甘え、和やかな空気を作り出す。ぎこちなさが拭えないが、少しすればお互い、普段通りに振る舞えるようになるだろう。


「う~ん……、じゃあ和食? 確か最後に食べたのが……」


「俺が五日目に作ったな。あの時は普通の定食を作ったはず」


「……カキス君は今日のお夕飯抜きで良い?」


「いや、なんでだよ」


 記憶を掘り返しても事実を確認しただけなのに、この扱いはひどすぎる。


「だって、一番困る『なんでもいい』とか言ってくるし、案を出したらケチをつけてくるんだもん」


「別にケチつけてなかっただろ……」


 ため息を一つ。と、そこであることを思い出す。


「やっぱり夕飯抜きかもしれないな……」


「え、いや、その……? じょ、冗談だよ?」


「あぁ、違う違う。俺はこの後用事があるんだよ」


 俺の呟きに慌てて訂正するゆりに苦笑する。


「用事って?」


「トラクテル兄弟との密会」


「ええ!?」


 もちろん冗談である。

 本当はトラクテル兄弟に夕食に誘われただけだ。俺を嫌っているはずのシェリルも、一緒になって誘ってきたところを考えると、何か裏がありそうだ。

 それがわかっていながら受けたのには理由がある。ちょうど俺も話したいことがあったからだ。

 俺がいない間のことはアルフォディオルに任せられるので、安心してゆりの傍を離れられる。

 単に夕食に誘われただけだから安心しろ。

 そういってタネ明しをするつもりだったが、ここで終わらないのがゆりクオリティ。


「兄弟仲良く『ご飯』なの!? 『丼』なの!?」


「誰もそんなこと言ってねぇ!?」


 まったくもってゆりの知識の出所が掴めねぇ……!


「大体アルターは男だろうが!」


 これがまだシェリルだけならまだマシだ。マシだったのだが、この暴走ロリはそこら辺を失念している気がする。


「そ、そうだった……」


 その証拠に、ゆりは今更気づいたように呟く。他のことなら問題ないクセして、こっち方面の時だけ暴走するのはやめてほしい。

 はぁ、と疲れをため息に混ぜて吐く。誤解を解けて本当に良かった。


「カキス君は両党使いだったんだね!?」


「違うわっ!?」


 解けていなかった。


「じゃ、じゃあその証拠は!?」


「どうやって示せと?」


 どう考えたって話が悪い方向に行っている。それもマッハで。速度以前に|スタート(丼)地点もおかしかったが。


「逆に、お前は俺がどんな証拠を示せば納得するんだ?」


 こういうときは逆に、自分が攻める側に回ると上手くいく場合が、経験上多かった。今回もその経験則にならって、若干くたびれながらも反撃に移る。


「そ、そんなの決まってるよぅ! 目の前の女の子の胸元に熱い視線を向けるとか、目の前の女の子に正面から浴場を向けるとかすればいいんだよぅ!」


「俺の視界ずいぶんと狭くなってる上にそれで証明されるの犯罪性だけだよなぁ!?」


 くっ! まさかクロスカウンターが飛んでくるとは……!

 これまで俺の中の経験をいろいろと壊してくれたゆりだが、こんな方向で壊れるのを望んだ覚えはない。


「僕もいつかカキスに後ろから狙われたりするのかな?」


「確かに常々お前には恨みがありすぎて後ろから刺してやりたいとは思っているが、そういう意味じゃねぇよ!!」


 ようやく復帰してきて早々に場を更にめちゃくちゃしようとするコルトに、ゆりのせいで余裕のないツッコミをする。


「さ、刺したいの!? 掘っちゃうの!?」


「頼むから人の話を聞いてくれ……!!」


 はたして、俺は約束した時間に遅れず向かうことができるのだろうか……。


 ○ ○ ○


 招待された食事の席。覇閃家の屋敷にいた頃、大和以外の国でも上流階級の人間に招待されることがあったため、この国での正しい食事マナーに関しての不安はない。となれば、気楽に「招待」されていれば問題ない。

 だが、そうはさせてくれない人物が、今回の席には同席することになっている。

 俺がそれが面倒で、ダルくて、不安でしかない。


「良く来たな、カキス」


「アルター。わざわざ門に迎えに来る必要はないんじゃないか?」


 俺は学園とは違い上品な貴族服に身を包んだアルターが門前で立っていることに、つい疑問を口に出した。

 トラクテル家がどれほど位の高い家なのかしらないが、家の人間が外に立って待つのはどうなのか? と疑問に思ったのだ。

 その疑問に対してアルターは、


「ま、俺らは成人したばっかりだから。どうせまだ周りは子どもだからと、大目に見てもらえるだろう。それに、家はあんまり位の高い家でも、マナーに煩いわけでもない。安心しろ」


 そういって、ぐっと親指を立てたこぶしを突き出してくる。


(それならまぁいい、のか?)


 あまり深く考えず、目線をアルターの隣に移す。


「……何よ」


 そこには夕日とは艶が違う色鮮やかな赤髪を降ろし、気の強い瞳でジロリと睨みあげてくる少女がいる。


「いや……、まさかシェリルも出迎えてくれるとは思わなかったから、驚いただけだ」


 例の一件以来まったくシェリルとは会話をしていいない。嫌われて当然のことをした意識のある俺は、近づかないよう意識していたのだから、顔を合わせるのすら久しいと感じる程だった。

 学園で、兄弟そろって誘ってきたときも、しぶしぶ従っているふうだった。


「別に、兄様がそうしろっていうから仕方なく出迎えることにしたのよ」


「そうか、二人ともありがとう」


 さすがに学園生としてではなく、一貴族の娘として生活している時は、アルターを呼び捨てにしないようだ。

 それについて冗談を言う間柄ではない。特に言及することなくさらりと流して二人に礼を言った。


「あぁ、気にするな。もう食事の準備は終わってるらしいから、入ってくれ」


 とても貴族らしからぬアルターに苦笑しながらも、門の内側に踏み入れる。


「……」


「……」


 案内されている間、後ろからシェリルの視線をひしひしと感じたが、気づいていないふりをしてやり過ごした。

 これでまた視線を合わせて会話をしようとすれば、さらに溝は深まるばかりだろう、と考えた結果だった。

 多人数からの殺気に満ちた視線や、ゆりの泣きそうな視線に比べればどうということはない。

 しばらく無言で先導していたアルターは大きな扉の前で止まり、ノックをした。


 コンコン。


「父上、客人を案内いたしました」


「うむ」


 返事は単純明快で、気負ったふうもない。俺程度の若造には緊張する必要もないらしい。


(まぁ、当然か……)


 俺はもしもの逃走経路を頭の中で組み立てながらアルターが開けてくれた扉をくぐる。


「いらっしゃい。君がアルターが言っていた少年か」


「初めまして、カキスと申します。少々事情がありまして、数年前から傭兵家業をしております」


 案内された部屋には、双子の兄妹と同じ、燃えるような髪を持つ一人の男が正面の上座にいた。いくらアルターがマナーにうるさくないといっていたからといって、初対面の相手に無礼を働くのは後々面倒だ。ので、無難な自己紹介をする。


「私の名はアデル。アルターとシェリルの父親だ。よろしく」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 机の上で手を組み、少し威圧感を持たせた瞳で見据えられる。俺はそれに動じることなく頭を下げる。


「父上。あっていきなりのクラスメイトを威圧しないでください。そんなことだから他の友人を我が家に招待しにくいのです」


 アルターは、自分の父が初対面の相手に威圧をかけたことを慣れた様子で窘める。日常的な光景らしい。


「ははは。悪かったな。つい、……試したくなったのでね」


 ス……………。


「いえ、お気になさらず」


 言いながら、さっきよりも数倍強い圧力をかけてきたが、俺はその威圧に影響を受けることなく顔を上げる。


「……肝も据わっているし、”底”も見せてくれないか……」


 どうやら、俺の実力がどこまでなのかを測りたかったらしいが、残念。


(あの程度、殺気をぶつけられても”スイッチ”が入ることはありえなさそうだな)


 俺は防衛本能として一定レベル以上の殺気をぶつけられると、意思に関係なくスイッチが入る。そうなるよう、教育されている。


「二度にわたって客に失礼をしたね。本当に悪かった」


「いえ、お気になさらずに。客として認めていただき感謝しております」


 会釈程度に下げられた頭を冷めた目で見降ろしながら、感情のこもっていない言葉を吐き出す。

 別に圧力をかけてきた程度で起こっているわけではないが、あえて不快感を感じたように見せる。

 シェリルは眉を寄せて睨んできたが、アルターは申し訳なさそうに頭をかいている。性格の違いか、単にシェリルが生意気なのか。

 どちらにせよ、いい顔をしていないのが明白だ。


「本日は招待していただいて、非常に名誉なのですが、何分忙しい身でして。手短に要件をお聞かせいただけませんか?」


 正す気もない粗野な敬語でアデルの頭を上げさせる。


「ふむ。なら、すぐにでも本用に入らさせてもらうとしよう」


 それを気にした様子もなく、手で正面の席を進めている。

 俺は軽く頷いてから席に着いた。アルターはアデルの向かって右隣り、シェリルはさらにその右隣に座る。


「君は我がトラクテル家を知っているかね?」


「いいえ、まったく。いくら数年前から傭兵家業を始めたといっても、他大陸を回っていたので。それに、あまり貴族の方と交流を持とうとも思わなかったので」


「そうか。まぁ、今この場でトラクテル家に関して深い知識は必要ない。これから話そうと思っている内容も、よくある話だからな」


 過去六年間で三大大陸を周りはしたが、見分を広めるだけが目的ではなかった。最初から最優先目標があり、少々見逃しておくには危険な男が逃げ込んだからこの大陸に足を伸ばしただけだった。

 用が済めばさっさと旅立つつもりだったが、一年近く滞在してしまう羽目になったのは完全に予定外だった。

 まぁ、おかげで『覚醒』した時に死なずに済んだが。


「よくある話、とは?」


 面倒事の予感しかしないので相槌すら打ちたくないが、これで無視してシェリルが怒るほうが面倒そうではある。

 仕方なく話を円滑に進められるような相槌を打つことにした。


「敵対している家があって、そこの息子とアルター達が今年同じ学年になってしまったんだ」


 敵対している家、と聞いて真っ先に思い付いたのは例の少年のことだった。入学初日、学園の敷地内で二人の従者を従え、アルターとシェリルに喧嘩を売っていた少年を。


「問題は、その家の当主が息子を使って我が家を取り潰そうと画策していることだ。例えば学校行事で勝負し、命令を聞かせるとか、ね」


「お前も覚えていると思うが、あいつはその当主の命令で俺たちの邪魔を何度もしてきている。おそらく今回もそうだろう」


「なるほど……」


 概ね予想がついてはいたが、まさか家丸ごとかけた話とは思わなかった。その後にはもう少し細かい話を聞いたが、どうもその当主が面倒そうなやつということだけしか収穫はなかった。


「それで、私はどのようにすれば良いと?」


「そうだった。君にお願いがあるんだったな」


 ついさっきまで忘れていたかのような物言いをしたが、最初からそれが目的で俺を呼びつけたくせに……。

 少しばかり頭にきたので、主導権を握らせてもらうことにしよう。


「忘れられるほど小さなことでしたら私のような身元不確かな人間は必要なさそうですね。話を聞いても、貴族間のどうでもいい睨み合いのようですし」


「あんたねぇっ!!」


 バンっ!


 俺の言葉に一秒も満たない速度で机に両手を叩きつけ反応したのは予想通りシェリルだった。


「おや、どうされました?」


 アデルとアルターが口を挟む前にシェリルへと矛先を変える。

 シェリルが怒った理由がちっともわからない、という表情と仕草で問いかければ、さらにシェリルのボルテージは上昇する。


「とぼける気? あんたみたいな下の者が私達上流階級の人間に何を言ったか、どういう意味をもつ言葉だったかを!!」


 俺はシェリルの反論を聞いて目を細める。


(何もわかっていないな、こいつ……)


 今日は随分と大人しくしていたので、少しは考えるところがあったのかと思ったが、期待外れも甚だしい。


「申し訳ありませんが、私には少々難しいお話だったようですね。これは失礼」


「え……、え……?」


 依然、俺は無知のふりをしてシェリルに向けて謝罪をする。


「どうも、私はシェリルお嬢様のご機嫌を害する模様。こんな私では今回のお話は受けられそうもありませんね。失礼させていただきます」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!?」


「チッ……!?」


 俺の言葉にアルターは慌てふためく。アデルはここにきて俺のやろうとしていることを察したのか、悔しそうに舌打ちをした。

 そして場をとりなすようにフォローの言葉を選ぶ。ただし、額には汗を滲ませ余裕はなさそうだ。


「そんなことはない。君だからこそできることがある」


「そうですか。なら依頼内容をお聞かせくださいませんか? ただ、初めに言ったように忙しい身ですし、お嬢様は私のことをお気に召さないようなので、内容を聞いてからですがね」


 俺は、体をアデルに向き直し話を聞く態勢をとる。


「さっきから、むぐうっ!?」


「す、少し黙ってようなシェリル!?」


 それを見てまた何か言い放ちそうだったシェリルの口を慌てて塞ぐアルター。

 アルターがここまで必死に俺を話そうとしないということは、それほど重要なことだということか。

 俺は少し場をかき乱してみることにした。


「はは、アルター殿。女性の口を封じるとストレスが溜まって、後から大変ですよ。お嬢様によく思われていないことはすでに百も承知。今更何を言われても”私は”傷つきませんよ?」


「むぐ、むぐ!」


 同調するようにうめくシェリル。


「いやいや、客人に失礼なことを言う癖がついてもそれはそれで問題ですから。なあに、妹の扱いは心得ているのでご心配なさらず!」


 暴れるシェリルを抑え込みながら部屋を退室しようとする。どうやら、戦略的撤退を選んだようだ。


(賢明な判断だな……)


「私達は少し席を外しますが、おきなさらず。父と談笑していてください」


「わかりました。もしかしたら今日はもう会わないかもしれないですので、また学校で会いましょう、”お嬢様”」


 ニッコリとコルトのように爽やかな、しかし背中に漂っているだろう悪魔の姿を隠さず二人に笑いかける。


「あ、あぁ。じゃあ、また」


 アルターは頬を引きつらせながら、かなり激しく抵抗するシェリルを連れて部屋を出て行った。

 ……。


「さて、それでは本題に入らせてもらおうか」


 二人の気配が完全になくなったところで、俺は意識を切り替える。


「……驚いたよ。その年で知りもしない貴族相手に随分と大立ち周りをしてくれたじゃないか」


 纏う空気の変わった俺をみて、また汗を滲ませる。今度は、さらに余裕がなさそうだ。

 それは当然だろう。俺は今、大和と手を組み国を支えている一族、覇閃家の次期頭首のつもりでいるのだから。

 おそらく、アデルは覇閃家を知ってはいても、俺が次期頭首だとは知らないはず。でなければ、自分の子ども達、特にシェリルを同席させるなどしなかった。


「知らないからこそ、どう扱われようと構わないということだ。例え、どれだけ立場を弁えない発言のされたところでな」


「先ほどは、私の娘が本当に失礼をした」


「謝罪はいらない。それよりも早く本題に入ってもらいたい」


 何故急に言葉づかいを変えてもアデルが何も言わないか。

 それは三大大陸と大和の間のとある法にある。

 大和はその力を考えれば主要大陸に含まれてもおかしくない。それも、他を従えられるほどに。しかし、大和はそれをしない。それどころか、基本的にかかわりを断つようにしている。

 そうすることで、三大大陸は自由に自らの大陸を統治できている。

 その代り、決め事として、大和で重要な立場を持つ貴族やそれに関わる人間はお互いに権力による争いはなしにすることが法に定められている。

 この法は今まで表に取り上げられることはなかったが、実は確実に数百年前から存在している。もちろん、この法は今でも有効である。

 この法を決めるにあたって、もっとも深く関わったとされるのは初代覇閃家頭首だと言われている。

 初代頭首は自由奔放な性格だったらしく、誰かに媚びへつらうのも、へつらわれるのも嫌っていたらしい。そのため、様々なところで自由に動けるようにとこの法を”無理やり”通したらしい。

 初代頭首が消えた後も、その法は長い間守られ続け、廃ることなく今も続いている。……良いように言っているが、実際には一個人のわがままを世界を巻き込んだ話である。数百年も続いたのは、それほど影響力の高い人間だったということだろう。

 だが、俺がその覇閃家の人間だと知らないアデルが、何も言わないかというと、水谷家の護衛というのが理由だからだ。

 水谷家は大和で重要な立場を持つ貴族に含まれているので、それの護衛である俺は、それに関わる人間に属するということになる。さらに言えば、水谷家が覇閃家と仲が良く、関わる人間全ては両方に深いつながりがあるというのも、常識として伝わっている。

 なので、俺は覇閃家の身分を隠しながらも、ある意味いつも通りにふるまうことができる。


「……以来というのは、今度のレクリエーションでアルターとシェリルのサポートをお願いしたい」


「具体的には?」


「子ども達の正面対決の舞台を整えるように、露払いをしてほしい。君なら簡単だろう?」


「……ふむ。まぁ、それは構わないが……、何か懸念があるということですか?」


 俺は少しだけ雰囲気を和らげる。いくら法に守られているからと言っても、それを傘にして振り回すような下種になり下がるつもりはない。とりあえず、油断できない男という印象を植え付けたかっただけだ。


「私は、これから国を背負う若者同士の熱い戦いを期待している。結果がどうであれ、それが正面からぶつかりあったものならば私は何も言うことはない」


「それはいい心がけだ。ぜひとも全世界の親や権力に目がくらむ貴族どもに教え込んでほしい」


「茶化さないでもらおう」


 本心を口に出したのだが、アデルは苦い表情で首を振る。


「だが、あちらはそうは思っていないようでな。十中八九、実力者を連れている可能性が高い」


「……まぁ、当然そうなるでしょうな」


 俺はアデルからその可能性を提示されても特に驚かなかった。

 家をつぶすつぶさないの事態まで進んでしまったのだ。むしろ、この期に及んでも正々堂々と戦いを望もうとするトラクテル家に疑問すら感じる。


「ついでに言えば、これは我が家だけの話ではない」


「……ほう?」


「どうやら、同じクラスの他の家にまで同じような勝負を持ちかけているらしいんだ。どうも、一学年丸ごと自分の天下にしようとしているらしい」


「ははっ! そりゃあ面白い。ひどく滑稽な話ですな。それを考えているのは子どものほうですか?」


 どう考えたって無理な話だ。そんなことをしようとして、学園長が黙っているはずがない。あの男はそういう男だ。

 自分の庭を荒らすものには容赦がない。おそらく、今回は見せしめとして少し泳がせてから釣り上げる気だろう。そのことが手に取るように予想でき、思わず笑いが出る。


「どうだろうな。正直、子どもの方は何を考えているかわからない。ただ親に従っているだけのようにも見えるし、傍観者のようにただ行方を見つめているようにも見える」


「確かに、彼は権力争いなど興味がなさそうな目をしていましたね」


 いつかの街中で出会った時も、周りの従者を邪魔だと感じていたようだし、言葉遣いは気を付けているようだが、それ以外は適当な印象を抱いた。


「それで、受けてもらえないだろうか?」


「いいでしょう。クラス全体となるなら私も関係者ですから。それに、今ここで受けてしまえば後から面倒なお誘いはなさそうですしね。他の家には連絡をお願いいたしますよ」


 俺は軽い返事でその依頼を受けた。どうせ、ここで断っても他家から似たような話を持ちかけられる可能性が高い。それどころか、目立ちたくない俺に不都合な以来ばかりされる可能性もある。アルターとシェリルが舞台の主役となってくれるなら、脇役として目立たず終えられそうだと踏んだこともある。

 アデルは俺の返事にほっとしたよな表情をする。どうやら、シェリルの失言と俺の態度で断られるかもと緊張していたようだ。


「もちろん。それぐらいはこちらがしよう」


「報酬の話はまた後にするとして、他になにかありますか?」


「いや、もう話したいことは話した。どうする? 食べていくかね?」


「いえ、この後は用事がありますので、遠慮させていただきます。……ああ、それと」


「どうしたかね?」


 俺は当初の名目だったディナーの誘いは断り、思い出したように付け足す。


「娘さんには少し、貴族界の常識や抑えるということを教えてあげたほうが良いでしょう。それでは」


「……今日は本当にすまなかった」


 俺はアデルが顔を上げる前に、部屋を後にした。

 廊下で待機していた執事に案内してもらいトラクテル家の敷地を出る。その足で、学園に向かう。


「……さて、どうしたもんか」


 オリエンテーションを行う予定の第二体育館。ドームの中心には芝が生えているバトルフィールドがある。当日にはあそこで俺たちが参加する最終競技が行われる。

 観客席は後ろに行けばいくほど高くなり、最上段は完全にフィールドを見下ろす形になる。俺は外階段からそこに入り、下を見ていた。

 視線の先には暗躍する影が、忙しなく揺れ動く。人型の影は次々とフィールドの芝に魔方陣を書いては消し、書いては消しを繰り返している。


「……準備は万端、ということか……」


 興味がなくなった俺は、一つ呟いて影たちに背を向けた。

 影が人の気配を感じて観客席を見上げた時には俺は外階段を降りていた。首を傾げ、すぐに作業に戻る。

 影たちは知らない。


 ――当日が楽しみだ。


 もっと大きな影の呟きを。

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