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表裏の鍛治師  作者: かきす
第一章「入学編」
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第一話 「久しぶりに」

2022/1/27 書き直し

 姓を持たぬ家、姓を持つ家。重要なことであり、重要なことではない。

 俺にとってはどれだけ我が家が歴史を重ねていようが知ったことではない。その価値が俺には理解できない。

 我が家、覇閃家は古くから続く一族。何年も、何十年も、何百年も、何千年以上も。

 それは、俺に柵となって蛇のように巻きつく。生まれる前から。生まれた後も。

 それは、俺だけではなく周りの人間を巻き込んで。全てを巻き込んで。

 もう二度と、体験したくもないことだ。

      ○           ○             ○

 トン……、カコンッ!


 静かな森に、リズミカルな音が響く。


 トン……、カコンッ!


 薪割りを長く続けるのは辛い。


 トン……、カコンッ!


 切り株に薪を乗せ、真っ直ぐに体重をかけて振り下ろす。


 トン……、カコンッ!


 一々しゃがんで切り株に薪を乗せ、重心がぶれないように振り下ろす。それは、軸を真っ直ぐにし続ける集中力、体重をかけて斧を振り下ろし続ける体力。それらが切れれば……、


 トン……、ガッ!


 薪がうまく割れなくなる。


「……ふん!」


 斧に刺さったままの中途半端な薪を叩き割り、割った薪を片す。

 斧を肩に担ぎ、道もない森を歩く。

 ここは、深緑の森。そこそこ近くに都市があるにも拘らず、人気は全くない。木材を取りに来てもおかしくないほど木の質は良い。だが、ここ一年誰とも会っていない。


 メェ~………………。


「ん……?」


 少し南の方向からヤギの鳴き声が聞こえる。

 斧で邪魔な草や弦を切り払いながら鳴き声が聞こえた方に向かうと、子ヤギが同じ場所をくるくる回りながら誰かを呼ぶように鳴いている。


「どうした、レック?」


 子ヤギは、俺を見つけると近寄ってくる。俺の足にマーキングするように、甘えるように体を擦り付ける、……ふりをして俺の足を踏もうとしやがる。

 俺はいつものことなので、膝で押しのけてそれを阻止する。


「お前はいやがらせがしたくて俺を呼んだのか?」


 生まれてから半年しか経っていないくせに、俺に対して攻撃的なのだ。こいつは。いや、こいつだけではないが。

 レックは、この森で生まれた子ヤギで親である二匹の影響を受けて育っている。その二匹はとんでもないいたずらをするような奴らだ。教育もあるのだろうが、遺伝子レベルな気がしてならない。

 まぁ、今はそんなクソヤギ共の話はどうでもいい。それよりも、だ。


「……女の子、か?」


 レックがぐるぐる回っていた場所には一人の少女が横たわっていた。穏やかな寝息が聞こえるが、お昼寝ということではあるまい。


「迷子って年齢でもなさそうに見えるが……」


 黒髪、垂れ眉、そしてこの笑顔……まさか、


「なんで、ここに……」


 その呟きは、疑問によるものにも、事実の否定をしようとしているようにも聞こえるものだった。


 ○ ○ ○


 ……メェ~、……メェ~……。


「んぅ……。ヤギ?」


 少し遠くから聞こえる鳴き声に目を覚ます。上半身を起こして辺りを見渡すと、木の机に木の椅子。私の寝起きの頭では「木造だ……」と見れば分かることぐらいしか感想が出なかった。

 木の壁にはめ込まれたガラスの外には森と獣道が見え、足元には白いシーツがかぶさっている自分の足がある。

 ようやく自分がベットで寝ていたということに気づく。

 まだ意識がはっきりとせずぼーっと窓の外を眺めていると、白い子ヤギが横切る。さっき聞こえた鳴き声の主はこの子のようだ。

 少しずつ意識がはっきりするとふと、あることに気づく。


「私、小屋で寝てたっけ?」


「もしも~し」


「うひゃあ!」


 突然、横の方から聞こえた声に飛び上がる。


「悪い、驚かせたな」


「いえ、あの、こちらこそ!」


 声をかけてきたのは男の子で、私が変な声を出したことに驚いていた。

 少年の格好は、黒の半そでシャツとポケットに黒と白を使っていて、灰色に近い銀色のズボン。頭はきれいな銀色の髪を短めにカットしてあるが、少しボサボサだ。

格好よりも、鋭い眼差しの方が私は気になった。目尻が釣り上がっているわけでもないのに、不思議な威圧感のようなものを感じさせる。全てを見透かされるような。

私の幼馴染みに似ている。その眼が、とても。


「ここは森の中央付近にある小屋で、君が倒れているところを見つけてここに運んだんだ」


男の子は私が見ていることに気づいているのか気づいてないのか、私がここにいる経緯を説明してくれる。


「小屋があるなんて私、知らなかった。街では森には近づくなって言われてたから」


「言われてたのに森に来たのか……」


 少年は呆れながら机から丸椅子を持ってきてベッドの横に座る。


「モンスターがいて危険だって教えられなかったのかい?」


「あ、本当にいるんだ」


「おいおい……」


 更に呆れさせてしまったようだ。

 確かにモンスターが住んでいると聞いたが半信半疑で、子供騙しだと思っていた。実際、モンスターに襲われたなんて話は聞いたことがない。


「そんな奥には行く気なかったから、あはは……」


モンスターは居ないにしても、熊とか危険な猛獣がいた可能性だってあったのだから。

 今思うとかなり無謀なことをしたんだなと気づく。

 少年は一つ溜め息を吐くとおもむろに立ち上がる。そしてドアに行き、


「飲み物、何が良い?」


 と、振り返らずに聞かれ、一瞬何のことか分からなかったけど、


「甘い物が良いな」


 と答える。すると少年は、


「仰せのままに、お嬢様」


 わざわざ振り返り、一礼して出て行く。

 これまたすぐには分からなかったけど、意味が分かると笑みが込み上げてきた。きっと彼は私が本当に"そう"だとは知らずに言ったに違いない。だからこそ、それが面白かった。


(そういえばまだ名前を聞いてない……)


 ふとある名前を思い出した。私がまだ小さいころに屋敷を出て行ってしまった彼。

 少年はすごく彼に似ている。六年前はお互いに子どもだったから顔が似ているとかは判別し辛いけど、雰囲気が似ている。特に、あの眼が。

だから、人見知りで初対面の人には上手くしゃべれない私が自然に話せるのは彼に重ねているからかもしれない。

 けれど、彼とは決定的に違う点があった。彼の髪は黒だが、少年は銀。髪を染めたにしてはナチュラルだ。

 それでも、彼かもしれない、という希望が捨てられない。

 そんなふうにあれこれ考えていたら、気がつくと日はだいぶ傾いてきている。夕日で赤く染まる室内で彼に思いを馳せる。


「……今頃何してるかな、”カキス君”」 


 トントン……。


「すまん、開けてもらってもいいか? 今両手がふさがってるんだ」


「あ、うん。どうぞ」


 少年が運んできてくれたのはりんごジュースとチーズケーキだった。両手がふさがっているのはそれらを一度で運ぶためにお盆を使っているからだった。


「市販のりんごジューズと手作りのチーズケーキ。口に合うといいけど」


「そんなそんな。飲み物だけでもありがたいのに手作りのチーズケーキまで……。今日は本当にありがとう」


「どういたしまして。そういえば名乗ってなかったな」


「それなら、私から……」


 ○ ○ ○


「そういえば名乗ってなかったな」


 盆を机の上に置き、少女を見やる。俺はこの子の名前を知っているが、おそらく向こうはわからないはずだ。

 先じて名乗ろうとすると、少女が自分から名乗り始めた。


「それなら私から……。私の名前は『水谷ゆり』。この森の東にあるカルヤに住んでるの」


 その名前を聴いた時、予感に近いものが確信に変わった。やはり、この少女はゆりなのだと。俺の知っている、『水谷ゆり』に間違いない。

何年振りだろうか。一年や二年ではない時間に随分と成長している。当然と言えば当然だが、より女性らしさが増している。それでも、一目見たときには、ゆりだとわかった。


「……」


(さて、どうする……?)


 俺は迷っている。正直な反応をして俺であることを教えるのか、誤魔化してこの場を乗り切るか。

 欲を言えば、まだ”動き出す”には早い。もう少し時期を見計らいたかった。が……、


(……いや、黙っていたところで時間の問題か)


ゆりという少女は勘が鋭い。その場しのぎの嘘ではバレてしまうだろう。

昔何度かバレた経験がある。


「……あの、もしもーし……?」


「あぁ、ごめん」


 はっとして顔を上げると、ゆりが不安そうな表情でこちらを見ていた。勢い込んで自己紹介を行ったのに反応がなければ不安にもなるだろう。

 俺も腹をくくって自己紹介をする。


「その名前は良く知ってる。懐かしいな、ゆり」


 真剣な顔でも、柔らかな笑みを浮かべるでもなくさらりと告げる。


「えっ……?」


「居なくなる前は声変わりする前だったよな……。俺が分かるか?」


 ゆりは親しく話しかけてきた俺に、一瞬目を白黒させていた。


「カキス……君……?」


「あぁ。六年ぶり、だな」


 ゆりは信じられないものを見た、という顔をしている。大きく開かれた紺碧色の瞳がじわりと潤む。その表情が、感情が、懐かしい。


「何で……何で……」


 今にも涙が溢れそうな眼で、呟くように繰り返す問い。抽象的な問いでも彼女が知りたがっていることは分かる。

 俺が、家を出て六年間も行方をくらましていたこと。ゆりは、その理由を知らない。いや、もしかしたら何となくわかっているのかもしれない。もしかしたら、俺がいなくなったことより何も言わず出て行ったことについて言いたい事があるのかもしれない。


「……ごめんな。理由を話したら、ついていくって言いそうだったから」


「それもだけど、そうじゃなくて……」


 そうでもなかったらしい。


「色々、心配してたんだよ……」


「悪かった……」


ぎりぎりのところで張っていた表面張力が破れ、ポロポロと溢れ出している。その様子に、ズキりと心に痛みが走ったような気がした。

 謝罪を口にし、頭を下げる。謝る気持ちと、泣いているところを見たくない気持ちと。どちらにせよ、ゆりに対して誤魔化していることに違いはない。

 頬を伝う雫を拭うことすらせず、ゆりは言葉を漏らし続ける。


「お屋敷で、どこかで死んじゃったんじゃないかっていう人もいたりして……」


「あぁ……」


「六年間、ずっと、ずっと待ってたんだから……。帰ってくるの、遅いよ……」


 静かにベットから降り立った少女が、窓の陽光を背負う。眩しすぎるその光に俺は目を細める。

 ゆりは椅子に座る俺の手の上に、自分の手を重ねる。ぎゅっと柔らかな手に力が籠められる。


「……ただいま」


 握り返すこともできず、空いた左手でゆりの頬を拭い、なぞる。


「うん……お帰り、カキス君……!」

 

そんな俺に、ゆりは――涙ながらも――笑顔で応えてくれた。


◯ ◯ ◯


ゆりはひとしきり泣いた後、勢い良く目元を擦り涙を拭い真剣な表情を作る。


「ねぇ、カキス君」


「どうした?」


「どうして、屋敷を出たの? どうして、この国に、この森に暮らしてるの?」


「それは……」


当然の疑問だ。

俺は六年前に生家を出て以来、ゆりと顔を会わしていない。当時は俺もゆりも11歳。一般的に考えれば一人で、それも国外で生活していけるわけがない。

いくら俺の家が特殊だとしても、だ。


「いつもだったら教えてくれるのに、何で今回は教えてくれなかったの?」


任務で家を長期間離れる際には必ずゆりに声をかけていた。

人見知りのゆりが、俺の後を追ってくるようになった頃に4日程度屋敷を出ていたことがある。任務が終わり帰ってくると、その日はほぼ一日中泣きながら俺の服を離してくれなくなったことがあった。

それ以来、必ずと言っていいほど任務に限らず屋敷から出る時はゆりに教えるようにしてきた。

 因みに今も服を掴まれている。


「……悪い、話せない」


 そんな俺がゆりには何も言わずに家を出た。止められないために。

 俺のやり方に、ゆりを巻き込むわけにはいかなかった。


「六年かけて準備していたんだ。その内容も言えない」


「カキス君……」


 下準備で六年もかかってしまった。二、三年程度のつもりだったのだが、良い”駒”がなかなか見つからなかった。


「ごめんな」


「あぅ……」


 ゆりには申し訳ないと思っている。この子のためとは言え、理由もわからず寂しい思いをさせてしまったのだから。

 そっと一撫で、頭を梳く。反射的になのか、ゆりはすっと目を細める。

 六年振りに触れる彼女の髪は、ひどく懐かしかった。もっと撫でていたくなるような手触りに釣られ、もう数回撫でる。ゆりも、それを受け入れてくれた。


「……」


「…………ん」


 無言で頭を撫でる時間が続く。静かに撫で、感じ入るように撫でられ。六年ぶりの再会だというのに、なんだか異様な空間だった。だが、俺達はこれでいいのだ。これが俺達にとっての再会の挨拶だから。

 そんな心地よい空気の最中、


(……ん?)


 一瞬だけ、細められているゆりの瞳の色が変化したような気がした。真夏の空のような紺碧色から、夕焼けのような赤色とも橙色ともとれる色に。

 見間違いや充血かと思い注視したが、すっと瞼が下ろされ確認できなかった。


「ゆり……?」


「……どうしたの、カキス君?」


 なんとなく気になり声をかけてみたが、開かれた眼におかしなところはない。濃い青色だ。

 見間違いにしても寒色と暖色を見間違える程目は悪くない。


「いや、眼の色が……」


「眼?」


 しかし、ゆり自身はその事に気づいていない様子で、俺の言ったことに首を傾げている。


「まぁ、何ともないなら良いんだが……」


 少し気になるが、ゆりが何ともなければいいか、と考えるのを止める。


「え、そんな含みのある言い方されたら気になるよ……」


「特に痛くも痒くもないんだろ?」


「そうだけど……」


 目元を擦り、瞬きを繰り返すゆり。だが、再度赤色の眼が見られることはなかった。


「まぁそれはいいとして……」


「よくないよぅ……」


「この後はどうする? 街まで送ろうか? それとも今晩は泊まるか?」


 気が付けばもう夕暮れだ。街からそこまで離れているわけではないが、着く頃には暗くなり始めるだろう。ゆりがどの辺りに住んでいるか知らないが、女の子を一人で歩かせるには不用心な時間になる。


「そっかもうこんな時間になるんだね」


 ゆりは、窓から差し込む夕日に目を細め寂しそうに呟く。そして、困ったように笑いながら帰ることを選んだ。


「お父さんお母さんが心配するだろうし、帰るよ。できれば森の出口まで……」


「いや、街まで送る。遠慮するな」


 遠慮して森から抜けるまでの道案内を頼まれたが、断る。

 送るぐらいで遠慮しないで欲しい。

 それに、


「送りながら、この六年間の事を話すから」


 久しぶりに会ったゆりとすぐにお別れでは味気ない。


 ◯ ◯ ◯


 覇閃家。

 何百年も前から続いている暗殺一族。

 元々は、どこかのお抱え忍者のようなことをしていたらしい。が、いつしか独立し裏社会で大きな力を持つようになった。

 現頭首が七代目で、俺が八代目になる。

 初代頭首はそれはそれは強かったそうで、何でも世界最強の剣士だったとか、時空を操る者だったとか。逸話が沢山ある。


 とはいえ、それも昔の話だ。今でも暗殺家業を行ってはいるが、現在の主な仕事は傭兵業と戦争孤児の保護。母国である大和(やまと)のお偉いさんとズブズブの関係ではあるが、子供への脅し文句に使われていた時代はとうに過ぎている。

 むしろ、子供を保護しているくらいだからな。

 だが、一つだけ変わらないことがある。覇世家との確執だ。


 初代頭首には弟がおり、その弟が分家してできたのが覇世家だ。

 初代頭首はとても強いことで有名だったが、弟の方も随分有名だったらしい。二人が組めばどの国も手が出せない程に。しかも、兄弟仲が良く、子供の時から兄を支えていたらしい。

 だが、いつしか二人が持つ大きな力の振るい方について、意見が合わなくなっていった。

 元々、初代頭首は自分の力について興味がなく、自分と親しい者を救うためだけに振るってきた。だが、弟の方はその力を使い世界をまとめるべきだと思っていた。兄が世界を統べる王になり、自分はそれを支える臣下になる、と。当然、兄はそんなことは求めておらず、いつしか少しずつ関係が捻じれ歪み憎みあうようになっていった。

 これが、ただの兄弟喧嘩であればそこまで大きな問題にならなかった。が、曲がりなりにも世界最強の剣士と謳われる男とそれに肩を並べるような男の喧嘩。更にはそれぞれを慕う者達まで加わり、戦争が起こった。結果は覇閃家が勝った。だが、いずれにしても禍根を残すこととなった。


 表向きには、負けた覇世家はなくなっているが、今も密かに存在しており覇閃家、我が家と小競り合いをしている。表舞台からは姿を消し、虎視眈々と復讐の機会を伺っている。

 復讐して、復讐し返されて。

 そんな馬鹿げた争いなど続けても無意味だ。だから、終わらせる。

 きっと、俺はそのために存在している。


 ◯ ◯ ◯


「……とまぁ、そんな感じで五年間を過ごしてた」


 パキッと小気味良い音が鼓膜を揺さぶる。

 少しずつ橙色が濃くなっていく森を歩きながら、ゆりにここ数年の事を簡単に説明する。

 人が寄り付かない森の通り、まともな道などなく、街に向かって直進している。

 それでも、ヤギ達に教え込ませ獣道を作らせている。辛うじて、程度の物だが。


「へ~。じゃあ、ほぼ世界一周みたいなものだね」


「確かに、そういうことになるか」


 ゆりは俺の話に目をキラキラさせている。

 旅行好き、という訳でもないが単純に好奇心なのだろう。

 俺はそんなゆりの様子を見て苦笑する。細かく世界各地を巡ったわけではないが、三大大陸を渡ってきた。世界一周と言っても過言ではない。


「私はガグ大陸は行ったことがないからなぁ。どんな感じだったの?」


「噂通りの大陸だったよ」


「本当に大陸のどこに行っても機械ばっかりだった?」


 俺は顎に手をやり目線を頭上に向ける。


「そんな事はないと思うが……まぁ、ない街はなかったな」


 東の大陸「ガグ」は、他大陸と違い機械の関する文化が非常に進歩している。魔力を用いる事が当たり前のこの世界において、とても珍しい文化を持つ大陸だ。

 他大陸でも機械を使用してはいるが、やはり魔道具が一般的で街の中でも余程中央都市でないとあまり御目にかかれない。

 が、ガグ大陸では逆に魔道具の方が見かけない。彼らは自分達の技術に誇りを持っており、万人が使える道具に拘っている。

 俺が言っていた「噂」というのは正にそのこと。


「それにしても、少し意外だな。商人の娘であるお前が、物珍しいガグ大陸に行ったことがないのは」


「あはは……」


 俺の冗談混じりの返しに、今度はゆりが苦笑する。


「実は、前にガグ大陸の商品を開拓しようとお父さんが頑張ったことがあるんだけど……」


 ゆりの母方の実家は昔から巨大な貨物船を有しており、西の大陸「ヴェルド」でも有数の大商家。なのだが、


「輸送コストがかかり過ぎたのか?」


 商売相手はやはりヴェルド大陸が相手なのだ。物珍しいからといって、西から東へと大陸を往復していてはコストがかかりすぎる。

 その点が問題なのだと思っていたが、ゆりは首を横に振る。


「それもあるんだけど、維持費の方がね。ちょっとね」


「あぁ……なるほど」


 俺はその理由に微妙な顔になる。おじさんとしては歯痒いのだろうな、と。


 魔道具は人が持つ魔力を使う。最近では使用者の技量によって使い勝手が変わることも少なくなったが、一部ただの一般人では扱えない物もある。

 しかし、ガグ大陸制の機械は魔力を使用しないため、使い方が解れば誰でも変わらぬ扱いができる。

 その、使い方が問題なのだ。


「私も、お父さんがお土産でちょっとした機械を持って帰ってきてくれたから使ってみたんだ」


 お土産というのは、踊る人形だったそうだ。


「けど、ちゃんとした使い方が分からなくてすぐ壊しちゃって……」


 ゆりは、何故か遠い眼をしている。

 どういう壊れ方をしたのか知らないが、中々に悲惨な事が起きたのかもしれない。


(触れないでおこう……)


 詳しく聞く気になれなかった。


 機械の長所は使い方が解れば誰でも使用可能なところ。短所は、その使い方が難しく知っているものも限られているところだ。

 使い方が解らなければ壊しやすくなってしまう。国外、どころか大陸外輸入となれば職人も少なく……。

 修理に関してはお察し、ということになる。


「そろそろ街が見えてくるな」


 気が付けば、前方に平野が見える。平野が見えればこの森からすぐ近くの街「カルヤ」の塀が見える。


「ほんとだ!」


 現実に戻ってきたゆりも目標物が見え喜んでいる。


「一応、門まで送る」


「うん、ありがとう」


 ゆりは弾けるような笑顔で駆け出していく。

 俺は変わらぬ歩調で後を追う。焦らずゆっくりと。


「元気いっぱいだな、ゆり」


「うん! 色々思うところはあるけど、カキス君と出会えたんだもん」


 嬉しそうなわりにそこはかとない嫌味を感じるんだが?


「カキス君はこれからもずっとあそこにいるの?」


「いや、少し用があって近々リベル大陸に移る。デルベル魔学院って知ってるか?」


「知ってるっていうか、もう少ししたら通うようになるんだけど……」


 驚いた。


「あそこに通うのか」


 デルベル魔学院というのは、中央大陸「リベル」にあるデルベル王国にある魔法に関する学校だ。世界でも指折りの魔法学校であり、世界中から魔法に興味がある者が集う。

 あの学院は入学試験が相当難しいのだが、ゆりはそれに合格したということなのだろうか。俺も一度受けてみたことがあるが、結果は不合格。まぁ、俺の場合はそれ以前の問題だったのだが。


「うん。あ、でも従軍志望ってわけじゃないよ。興味があって」


「なるほど」


 デルベル魔学院に通う生徒の主な目的は二つある。軍に入隊するためか、研究のためか。

 入学時試験を行いその成績によってクラス分けを行われ、実力に応じて振り分けられる。ほとんど魔法が使えない、使ったことがない一般人であってもその試験を受けられ合格できる可能性がある。そのため、入学できただけではなんの自慢にもならない。対して、卒業に対するハードルは非常に高く、毎年合格者がクラスの四分の一以下などということもざらにある。

 そのため、デルベル魔学院を卒業する者はそれだけ優れているということで好待遇で軍に入隊することができる。それを目的として入学する生徒も多い。

 もう一つは、研究。学院には大量の実験室及び実験棟がある。在学生や卒業生にのみ貸し出しているそれらは、世界トップクラスの機材が揃っており、一生籠りきって出て来ない研究者が後を絶たない。

 どうやらゆりはそっちの目的で入学するらしい。


「研究ねぇ……。ゆりがそんな研究肌の人間だとは思わなかった」


 六年前の記憶では、好奇心や研究心が強いような素振りはなかったと思うが……。


「あはは……。それ、お父さんにも言われたよ」


 ゆりは苦笑して答える。


「別に研究が好きで、ってわけでもないんだよ?ただ、やりたいことがみつかって」


「やりたいこと?」


「うん。魔法を治療に使えないかなって」


 魔法を治療に、か。

次回の書き直しは未定です。

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