第七話 「新しい器」
「今日も一日お疲れ様でした、カキスさん」
「あぁ、おやすみルトアさん」
風呂から上がり、部屋に戻ろうとしたとき、ルトアさんが二階から降りてきた。おあすみ、とあいさつしたが、数秒程無言で見つめあう。
先に口を開いたのはルトアさんだった。
「ゆりさんはついさっきまで声を押し殺して泣いていらっしゃいいました。今はようやくご就寝されたところです」
淡々と報告するルトアさんの目は穏やかで、逆に俺は、
「……そうか」
固い声でそれだけしか返せなかった。
「ケンカするのも、友情を育むのに重要なことですから」
「ケンカだったらまだ良かったんだけどな……。あの時の自分を投げ飛ばしてやりたいね」
ははっ、と口から漏れ出るのは乾いた笑だけだった。
「……カキスさんは若いんですから……」
「すぐに仲直りできるって?」
ルトアさんと大して歳が違わないのだが、とか思いながら苦笑する。
「いえ、たまには肉欲に溺れるのも悪くないと思います、と言いたかったんです」
「ゲホッゴホッ!?」
何も口に入れていないのに咽たのはしょうがないと思いたい。
「泣いているゆりさんの口から、カキスさんの性欲のなさを嘆いていらっしゃったので」
「あいつ泣きながら何の話をしてんの!?」
「お聞きになります?」
「いえ、いいです」
ニッコリと笑顔を浮かべるルトアさんに嫌な予感しか感じないので丁重にお断りした。
「まぁ、冗談なんですが。そんなわけないじゃないですか」
「あいつの性格を考えると、ありえないこともないどころか確実にありえるから怖いんですよ」
さっき風呂から上がったばかりだというのに、もう汗をかいている。背中を伝う汗の冷たさを考えると決して風呂によって血流が良くなったから、というわけでないだろう。
「でも」
俺がげんなりと顔を俯かせていると、ルトアさんはポツリと呟く。
「さっき言ったことは本当に私が思っていることですよ?」
「……」
顔をあげ、階段の手すりに置いた自らの手を見ているルトアさんを見上げる。
「頭の中がぐちゃぐちゃになっているなら、それをぶつけてくださっても良いんです。私は、ご主人様に尽くすメイドなのですから」
ロングスカートの裾を膝上まで摘まみ上げながら俺を見る。平地ならいざ知らず、俺の位置からではギリギリスカートの中に隠されている漆黒のガーターベルトの、更にその先まで見えてしまっている。
「ただ、私も初めてですので、優しくいただけますでしょうか?」
そういって、ルトアさんはほのかに頬を赤く染めた。
全てにおいてあざとく、全てにおいて”素”の仕草を認めた瞬間、音を立てて俺の中で何かが弾けて砕けた。
それは、俺に足りない性欲を抑える理性だった。
グイッと強引にルトアさんを階下まで引き寄せる。階段下のすぐ近くにはカウンターがあり、そこにルトアの頭を押し付けるようにして女性的で魅力的な臀部を俺に対して突き出すような格好にする。そのまま後ろからスカートをたくし上げガーターベルトが繋がっている黒い下着に包まれている二つの”桃”を両手で揉みしだく。
「あっ!? んっ……ふぅっ……あン……、そんな、急ぅ、にぃ……」
ぐにぐにといやらしく形を変えられる刺激に声を震わせる。その表情は口では嫌がっていても、瑞々しい唇の端をテカテカと淫靡に濡らす唾液が否定する。
「ふぁ……、だぁ……めぇっ、です……!? そ、んな、……乱暴にして……は、アァッ……!」
快感に蕩けさせた瞳と漏れ出る艶やかな吐息を堪えながら抗議しても、俺にとっては嗜虐心をくすぐるだけだ。ルトア本人は、数々の拷問によって培った絶妙な刺激に優しくしてほしいという乙女としての気持ちと、もっとしてほしいという雌の気持ちがせめぎあっている。どちらが優勢かなど、羞恥心に紅潮した頬をみれば一目瞭然だ。
「ぶつけて良いって言ったのはそっちだろ?」
耳元で囁かれながら下着をずらされ、今まで誰にもさらしたことのなかった部位が空気に触れた刺激にルトアは身体さえも震わせる。
「優しくなんて、してやらない。壊れるぐらい激しくしてやる」
つい先程まで手で存分に弄んでいた二つの果実に掴んで己の腰へと引き寄せながら”カキス君は”、
「お前は朝っぱらから人の耳元で何を囁いていやがる万年発情ロリ……!」
ギリギリギリ……!
俺は上体を起こしながら、まだ日も出ていない早朝から妙に生々しい寝話を語ってた人物にアイアンクローをしながら問いただす。
「ま、万年じゃ、ない、よぅ……! 性に関心を持ち始めただけの、ちょっぴりお茶目な八頭身でナイスボディな女性……ああ嘘です! 冗談です! だから力を強めないでぇ~っ!?」
途中からふざけたことを抜かし始めたのでさらに力をこめると素直に自分の非を認めた。
「また変なことを言ったら、愛のあるアイアンクロー、通称『愛ア○クロー』を再開させるからな?」
「愛を上回る力をこめたらそれはただのアイアンクローだよぅ!?」
アイアンクローされたままでつっこむゆり。
「大丈夫、最初から愛なんて欠片もないから。どちらかと言えば、お前の残念さに『哀アンクロー』だから」
「まさかの物理と精神の波状攻撃!?」
むろん、全て冗談である。
「で、本当に何で急に保体の実技を睡眠学習させようとしてたんだ?」
完全に目が覚めたのが最後のボロが出たところからだったこともあり、おかげでいらんモノまで起きてしまった。本当に無駄にリアルな表現のせいである。
哀アンクローを継続したまま改まって問いただすと、ゆりは気まずげな声で一段とばしの説明をする。
「その、洗脳をしようかと……。あの、ちゃんと説明するから段々手に力を入れないで?」
仕方なく哀アンクローから解放してやる。
ゆりはベッドに腰掛けながら腕を組んでいる俺に、向き合う形で正座した。
「昨日のあの後、いくら考えてもカキス君が私の手を払った、納得のいく理由が考え付かなかったの。私なら、私だけが、カキス君のことがわかると思ってたのに……」
最近は背中の半ばまで伸びた長い黒髪をさらさらと揺らしながら首を横に振る。
俺はとっさにそれが普通だとは言えなかった。俺とゆりは特別な環境で同じ時を過ごしてきたのだから、俺がなんとなくゆりの言いたいことがわかるときがあるように、俺の考えが読めたとしても、それはおかしくなかった。
結局なにも言えずに俺は無言を貫いて続きを待つ。
「もしかしたら、私はもうカキス君にとっていらない存在なのかもしれない。でも、カキス君は私のことを気に掛ける」
「当たり前だ」
今度は即答できた。
いらなくなったからと言って後は放っておく関係など、友達とは言えない。それは友ではなく道具だ。
第一、その理論を俺に植え付けたのはゆい自身。予想できないはずがない。
「だから私以外のことに夢中になって忘れてほしくて、まずは他のことに興味を持ってほしくて……」
「あのなぁ……、まずルトアさんに迷惑がかかるとかは考えなかったのか?」
いろいろと言いたいことがあるが、とりあえず無関係の人間を巻き込んだことについて聞く。
「絶対に迷惑がかからない自信があったし、むしろ喜ぶと思うよ? ルトアさん、カキス君のこと好きそうだし」
「そんなわけないだろ。あの人は俺をからかって遊んでるだけだし」
「え……?」
何故か信じられないといった表情で見られた。
「天然ジゴロだけじゃなくて、鈍感スキルももってるなんて……」
「ん? 何か言ったか?」
「う、ううん、何でもないよ。ともかくね、私はカキス君の邪魔になりたくないから、だから……」
「ゆり」
俺は耐え切れず、ゆりの名前を呼んで独白を中断させる。
ゆりは俺に苦笑を向けようとして、全くできていなかった。ポロポロと涙を流して、俺のそばを離れることに淋しさを感じて。そんな笑顔は儚げな泣き笑いにしかなっていない。
他人がゆりを泣かせて怒るくせに、自分だって泣かせてしまっているバカさ加減に腹が立つ。
俺はベッドから立ち上がり、ゆりの前にしゃがむ。ゆりの頬を濡らす涙を親指の先で拭いながら笑いかける。
「俺は、お前を邪魔だなんて思ったことはない。俺には、ゆりが必要なんだ」
「本当に……?」
「ああ」
正座を崩し、女の子座りになって不安そうに俺を見上げるゆりの頭を撫でながら頷く。
「大体、俺はゆりのことが嫌いどころか大好きなんだぞ?」
「大しゅ……っ!?」
ボン!
突然、顔どころか首元まで真っ赤になって大きく目を見開いた。というか、今頭が爆発したような音がしなかったか?
「あぅ、えと、その、わ、私先に降りてるね!?」
上下左右に目でも回しているかのごとく視線を彷徨わせ始めたかと思うと、全力疾走に近いスピードで部屋を出ていく。ガタガタッ! と扉の向こうから、階段を転げ落ちたような音がした気がしたが、すぐに意識の外に追いやる。
俺は呆然とそれを見送った後、ベッドの側面に背中を預けて天井を仰ぐ。
「……一瞬、昨夜の会話を聞かれてたのかと冷や冷やした……」
▽ ▽ ▽
「ただ、私も初めてですので、優しくしていただけますでしょうか?」
そう言ってルトアさんはほのかに頬を赤く染めた。
全てにおいてあざとく、全てにおいて”素”の仕草を認めた、俺は……、
「……珍しく、酒でも飲んだんですか?」
俺は、逃げるようにそう呟いた。
今の俺にはルトアさんの冗談に付き合う気力がない。もしかしたら冗談のつもりはないのかもしれないが、どちらにせよそんな気分ではない。
「……そう、ですね。知り合いからの貰い物だったので飲まないと悪いかと思いまして」
ルトアさんも俺の言葉から察して冗談ということにしてくれる。
「失礼しました、はしたないところをお見せして」
「そう思ってるなら、スカートを下してくれません?」
顔をそむけながら言うが、スカートを下す気配は一切ない。それどころか、そのまま階段を下りて俺のすぐ横に立つ。
「ふふふっ。実は私、酒癖が悪いんですよねぇ~、ひっくっ」
「じゃあ俺はこれで」
嫌な予感がした俺は階段に逃げ込もうとしたが、いつの間にか服の中に手を入れられていた。
「ちょ、ルトアさん……!?」
服の上からはすりすりと熱を帯びた顔で頬ずりし、服の下では上半身をくまなくまさぐろうと蠢く。さすがに上半身をまさぐられて何も思わないほどの悟りは開いていないので、両脇を締めて両手首を掴んで止める。
「さっきよりはしたない状況ですけど!?」
「そこは、ほら、恥じらいは重要ですから」
「いま恥らってもらえませんかねぇ!」
ぐりぐりとのけ反って逃げようとする俺の背中に鼻先を押し付けながら、温かい吐息を吹きかけてくる。ぞくぞくとした感覚が脳に伝わってくるが、喜んでばかりいられる状況ではない。
「何か色々とキャラ崩壊起こしてるのは良いんですか、ルトアさん!」
ルトアさんはもっと大人の余裕があって、穏やか女性だったはずなのに、これは痴女以外の何者でもない。
「私だって若い女ですから肉欲に溺れたくなるときもあります!」
「単に酔ってるだけだろあんたは!!」
服の上から掴んでいるせいで、さっきから何度も手が滑ってその度に動きを再開させる。そのため、少しずつではあるものの、上昇していき、俺の服がめくれあがっていく。
(まずい、非常にマズイ!? さっきから地味にポロリし始めてきてる! 主に俺のチクービが!?)
△ △ △
後から思うとかなりアホなことを考えるほど動揺してたな、俺。なんだよ、チクービって。
あまりのアホさ加減に俺は頭を抱える。
結局、あの場はシャツを犠牲にすることで脱出することができた。
「さて、俺も降りるか」
今日は休日だがゆりを連れて行きたいところがある。昨日あんなことがあったのでついてきてくれるか怪しいところだが。違う、チクービのことじゃない。あんなところを見られたら俺は社会的に存在を抹消させたくなる。俺を。
陰鬱とした気持ちのまま階段を下り、
「……、……~!? ふにゃああああぁぁぁぁ~………!!?」
無駄に煩いゆりの部屋の前を通り過ぎて一階まで下りる。
「おは、……よ、ぅ」
昨夜のことをどこまで覚えているかわからないので、それを探る意味を含めてルトアさんにあいさつし、ようとして尻すぼみに声が小さくなっていく。
「やぁ、カキス。二階から聞こえてくるのは水谷さんがカキスに萌えて悶え苦しんでいる声かな?」
「なんでお前がここにいるんだよ……」
俺は一度シャキと伸ばした背を、また曲げて不満を口にする。二階から聞こえてくる声に関しては間違いではないので何も言わない。というかその話を引っ張りたくない。
「今日はどうするんだい? またディングの修行? それともゆりちゃんとのデート?」
平然と人の宿でモーニングティーを楽しんでいるのはコルトだった。
今日もさわやかにうざい。
「ゆりとデートをするつもりだったが……できないかもな」
「どうしてさ? ゆりちゃんだったら喜んで飛びつきそうな話なのに」
俺はコルトの問いに答えながら対面の席に座る。コルトは俺の答えにカップを置いて首を傾げる。
「昨日色々あったんだよ。上が煩いのはきにするなよ」
とても昨日色々あったとは思えない様な叫びをあげて、いや、むしろ色々あったと思えないこともない声が聞こえる二回を指さしながら補足する。
「それで、デート予定地は?」
コルトは紅茶を口に含み、香りを楽しんでから質問を再開する。
「学園地下のとある研究所だな。ついでにいえば、黒ゆりもだな」
「あら? 女の子をついでで誘う男には私はついていかないわよ?」
いつの間にか部屋から出てきたゆりの体は、とある部位が著しい成長を遂げていた。
「おはよう、黒ゆりさん」
「……おはよう」
黒ゆりはコルトのあいさつをぶっきらぼうに反して俺の隣に座る。
服装はゴスロリ、ではなく生地の薄い黒いワンピースを身に纏い両手首にはフリルのついた紫色の布がある。ワンピースの背中から垂れているリボンは長く、大きく結んでいても余りが床に乗るほどだ。ゆりも似たようなワンピースを着ていたが、黒色をあまり見なかったのは黒ゆりが個人的に用意したものかもしれない。
印象としては、儚いながらも妖艶さを秘めている少女といったところだ。
「ゆりはどうしたんだ?」
「あんまりにもうるさいものだから変わってもらったの。そろそろ私も”食事”をしたいし」
「……後でな」
熱っぽい視線を送ってくる黒ゆりの額に軽くデコピンをして誤魔化す。
黒ゆりの食事は吸血。定期的に血を摂らないと少しずつ衰弱してしまうとのことだが、間隔はわりと余裕がある。純血種なら一か月に一回、混血種なら二、三か月に一回程度らしい。とはいえ、それは何十年も吸血を続けてきた魔族に限った話で、現状半人半魔の黒ゆりは十数日に一回は吸血をする必要がある。
とはいえ、それは最低限生きるために必要な量であって、それよりも短い間隔で吸血することが多い。人間にとって三大欲求の一つに含まれる食欲が、黒ゆりには吸血欲なのだろう。そろそろとか言っているが、実際にはつい一昨日に吸血されたばかりである。
「というか、なんで俺ばっかり吸われるんだ? 俺以外の、それこそルトアさんでも良いんじゃないのか?」
毎回食事相手に選ばれるのは俺で、そのことを少し前にそう聞いたのだが返答はこうだった。
「さぁ、なぜでしょうねぇ……うふふ。私としては紅いジュースより、白くてドロドロしたミルクの方が好きなんだけどね」
妖艶な笑みを浮かべながら八重歯をちらつかせられたのでそれ以上追及しなかった。決して、白くてドロドロしたミルクに話がいきそうになるのが怖かったわけではない。決して。
「絶対よ? それで、なんでそんなところに私を連れて行こうとするのかしら?」
「さぁてね。行ってからのお楽しみだな」
「もし私が行かないって言ったら?」
「……『お仕置き』」
「じゃあ準備してくるから」
俺が一言魔法の言葉を呟けば、光の速度で階段を駆け上がりに行く黒ゆりだった。
「……どうせお前もついてくる気だろう?」
「もちろん!」
「はぁ~……」
○ ○ ○
「ここだな」
学園の地下十二階、魔力を動力としている昇降路を三回ほど乗り継ぎ、さらに降りてから歩くこと数分。ようやく目的の建物が見えてきた。
ゼイドア研究室と書かれた札が外壁にかかっているがとても”室”というレベルの大きさではないので建物と呼ぶことにしている。
「とても研究室じゃないわよね……」
黒ゆりも同じことを思ったのか首を傾げているが、特に気にした様子はない。
「なるほどね、だから黒ゆりさんを連れてきたのか」
コルトは納得顔で頷くと魔力を練り始める。
魔力を練る、というのは魔力を体内で圧縮し魔力の純度を上げ、魔法の威力を上げる戦闘準備だ。
「開けるぞ……」
「なんで二人して身構えているのよ?」
黒ゆりが何か言っているが、集中している俺達に答えている余裕はない。
「3、2、1、GO!」
バン!
俺が建物の大きさの割には普通の扉を蹴り破り、室内に入ると同時に左に飛ぶ。コルトがコンマ一秒ずらしてから右に飛んでいるが、暗闇の中から飛来してくる注射器を受けてしまう。
「う……っ!」
どたたっ、ガシャン!!
うまく着地できず、数歩よろめきながら台車に突っ込んでようやく動きが止まる。
おそらく、注射器の中身は麻酔だろう。
わざとタイミングをずらしたにも関わらず、それを見破って手始めにコルトを無力化したということは……、
ヒュヒュヒュヒュッ!
「フッ!」
パリリリリン!
合計で四つ程飛んできた注射器を懐に収めていたナイフでほとんど同時に切り落とす。なおかつ、台車を注射器が飛んできた場所から少し横に逸れたところに蹴り飛ばす。
かなり強く蹴ったが、何かに衝突する音も床を滑る音もない。そのことに嫌な予感がし、反射的に前方の床に身を投げる。
すると、後ろで火属性魔法による爆発が起こり俺の頭上を色んな器具が通り過ぎていく。
「ちぃっ!」
「姿を現したな?」
暗闇の向こうから煩わしそうな舌打ちが聞こえ、俺は残像を残しながらそいつの後ろに回る。だが、ナイフを振る前に振り向かれ、その勢いを利用したフックが鼻面めがけて飛んでくる。
相手に振るうことを諦め、フックの軌道上にナイフを置き、空いている左手で逃がさないために右腕を掴もうとしたが、フックを中断してバックスッテプをされてしまう。
俺は空いた距離を二歩で詰め、右腰を掠らせるようにナイフを走らせると、ポーチに収まっていた試験管を砕く。
「あっ!?」
内容物である緑色の液体は携行者本人の下半身を濡らし、床に水たまりを作る。動揺する相手を尻目に顎を狙う鋭い後ろ回し蹴りを放つ。身体強化を施された軸足の力を余すことなく伝えられた渾身の後ろ回し蹴りをどうにか背中を逸らして躱すが、足元が滑りやすくなっているせいでバランスを崩して転倒する。
「……包み込め、『ゲイルトラップ』!」
すかさず、詠唱を終えたコルトの魔法が発動する。風でできた円形の檻に中で悔しそうにこちらを睨み上げるのは、体は普通なくせして十歳ぐらいの幼女にしか見えない女だった。
「まったく……、いきなり物騒なことをしてんじゃねえよ。あの速度で注射器を飛ばしてもし針が折れてみろ。コルトなんか首に直で受けたんだからうれし、死んでいたかもしれないんだぞ?」
「今、嬉しいことに、って言いかけたよね」
コルトは苦笑を浮かべながら最初に迎撃された位置から部屋の中央にいる俺と女性の所へ、首に刺さっている注射器を抜き取りながら来る。
「まさか、麻酔を頸動脈に受けても眠らないような人間が死ぬとは思ってない」
「さすがに頸動脈には受けてないよ。それにまだ麻酔は残ってるから」
確かに歩きにくそうにしているが、麻酔を首に受けて即歩けるのもどうかと思うが。まぁ、俺も人のことを言えないが。
「で、何の用があってここに来たんだ坊や」
「もちろんお前に用があってきたんだよロリババア」
一向に眼光を緩めないまま子ども扱いしてくるが、逆に年寄扱いしてカウンターを決める。
このロリババア、またの名をゼイドア・K・デュレーリアと呼ぶ女はこの研究室の主だ。
先ほども言った通り、顔はかなり幼いが決して肉体まで幼いわけではなく、こう見えても30を超えているらしい。とてもそうは見えないが。
「前に魔族の体の構成を研究してたが、今はもうやっていないのか?」
「そんな物、数か月もあれば研究し尽くしたさ。それがどうかしたのかい?」
俺は風の檻越しに話しかけると、不機嫌そうにしながらも返してくれる。
「実は知り合いにちょっとした事情で一つの器に二つの魂が混在している状況なんだ。その二つある魂の一つが魔族のなんだよ。そいつの器を作ってもらうのが、俺の用だな」
「なんだって?」
俺が一気に説明すると、途中まではそっぽ向いていたゼイドアだが最後の言葉に顔をしかめる。
「魔族と普通の人間の魂が混在していう状況っていうのは、相当まずい状況じゃないか!?」
喚きたてながら俺の胸ぐらを掴もうと手を伸ばしてくるが、バチッとコルトの魔法が弾く。
「言っておくが、悪意を持って憑依したわけじゃないからな? 二人の仲は良好でまるで双子の姉妹のようだからな?」
魔族の中には人間を乗っ取る種類もいる。
「なら器なんて必要ないじゃないか。くだらないことで私を使おうと思わないでくれ」
ふんと鼻を鳴らして腕を組むゼイドア。面倒なロリババアだが、技術力はバカにできない。
「不便なものは不便なんだ。必要は発明の母っていうだろ?」
「もうワタシは発明し終わっているんだけど? 大体君は女性に対して容赦がなさすぎだ。いきなり台車を飛ばしてくるなんて、もし当たったらどうする気なんだか」
ぶつくさ言いながら、コルトが張っている魔法にパンチする。対して力がこもっているわけでもない単なるパンチだが、それだけで風の檻は消滅する。俺がいつも使っている方法ではなく、一般的な方法によるものだ。
「わかったよ、君には三年前に返せなかった借りがいくつもある。だが、君にも協力してもらうからな」
ゼイドアは白衣についた埃を叩いて払うと、いまだに薄暗い部屋の奥へと歩き出す。いい加減目が慣れてきたが、それでも普通に明かりは欲しい。入り口近くにあるスイッチの元へ行くと共に、ついでに黒ゆりを部屋に入れる。
「あの人間、信用しても大丈夫なの? 私は貴重な実験サンプルになるなんて御免だわ」
鋭い視線をゼイドアが消えていった暗闇に向けるが、慎重に室内に入る。
おれは 苦笑しながら黒ゆりの頭を撫でてやる。
「あれでも一応、正義感を持っている研究者なんだ。非人道的な実験は決してしないから、安心してくれていいぞ」
「……はぁ、わかったわ。だからこの手をどかしなさい」
自分の頭に乗せられている俺の手を両手でペチペチと叩きながら口を尖らせる仕草は、生意気な子どもそのものだった。
○ ○ ○
「まず、自己紹介をさせてもらおう。ワタシはゼイドア・K・デュレーリアだ」
「私は黒ゆり。宿主の子の名前はゆりちゃんよ」
案内された部屋は会議室のように、部屋の中央に大きな円卓があり、多数の椅子が置かれている。ゼイドアと黒ゆりは対面の席に、俺とコルトは黒ゆりを挟む位置に着いている。
「いきなり説明に入らせてもらうが、まず君の新しい器、肉体を作ることについてだが……」
「ちょっと待って。私はその辺りの話を一切聞いてないのだけれど?」
「お前とゆりが一つの肉体しか持っていないと色々不便なんだよ。黒ゆりもわざわざゆり越しに会話するのももどかしいって言ってただろ」
ゆりが出ている間は黒ゆりはゆりに話しかけることしかできない。切り替わることが自由といっても、問題は少なくない。
「それで私専用の肉体を作るって? 知ってると思うけど、私達魔族は肉体が魔力でできているのよ」
「もちろん、そのことは重々承知だ。ワタシは様々な分野の研究を行っているから、魔力で肉体を作る術も、魂をそこに移す術も持ち合わせている」
ゼイドアは誇ることもなく淡々と事実を語っているが、簡単なことではない。
魔力を肉体の形に整えるのも至難の業だが、それを継続させるのもまた、至難の業なのだ。更に、肉体を形作って終わるわけではなく魂が移れるようにもしないといけない。
通常、魂が器を離れることはない。あるとしたら、器が壊れたぐらいのものだ。器に収まっていない魂は、魔法や矢が飛び交う戦場のど真ん中で丸裸になるのと同じで、とても脆い状態なのだ。
「実際の肉体はお前の思うような形にすることができるらしい。ただ、一度構成しきるとやり直しは効かないからな」
器となる肉体は魔力で作るので、多少チューニングすることもできるが、何度も変えられるほどではない。
その旨を付け加えると黒ゆりはどうでも良さそうに頷く。どうやら、特にこだわりはないようだ。
「それじゃあ、肉体を作る作業に移るけど……カキス。君には肉体の基となる魔力を注いでもらうからね?」
「それはかまわないが……、俺じゃなくてコルトとかゆりの魔力の方が良いんじゃないのか?」
「大丈夫だよ。無属性は他属性に染まりやすい性質を持っているのは君も知っているだろう? どうせ魂を移すときに本人の魔力を浸透させるから問題ないよ。それよりも、必要な魔力量が馬鹿にならないから、むしろ君以外にはできないことさ」
無属性の魔力は日常生活でも厄介なところは多い。そうでなくとも、この世界で一度も属性攻撃を受けないことはない。学院生であるならばなおさらだろう。そうなった時に、無属性だと危険が多い。
ゼイドアは俺に説明しながら円卓の上に小さな、おおよその体の輪郭だけの模型を置く。
「この模型には様々な呪印が刻まれている。核となる魔石を壊されると肉体を形作る魔力が霧散してしまうが、魂は元の場所、この場合ではそのゆりとかいう少女の元に戻るように設定してある。他にも、肉体を使わない時には魔石に収容する機能もある」
「至れり尽くせりね。これだけの機能を取り付けさせるのに、あなたはどんな貸しを作ったのかしらねぇ……」
何故か浮気を疑う妻のような視線を向けてくるので、冷や汗が背中を伝う。おかしい、この部屋妙に寒くないか?
「違うよ。ワタシのポリシーなだけさ。貸しを返す時は相手がその時に望む最高の物を返すっていうのがね。なんだったら、非常に不本意ではあるもののカキスに処女を捧げてやっても良いぐらいだ」
「さりげなく黒ゆりを煽るんじゃない。そんなことは望んでいないし、そんなことをしてお前にどんな得がある」
挑発的な笑みを黒ゆりに向けながら、これまた挑発的な言葉を発した瞬間、部屋の温度が更に五℃くらい下がった気がする。
俺は若干頬を引きつらせながらゼイドアを嗜める。
だが、その時に余計な一言を付け加えたせいで会話が続いてしまう。
「あることはあるね。君のような強い雄の子種が欲しくなるのは雌として当然の本能だろう? どちらにせよ、ワタシは求められた返済を自分の限界まで遂行するつもりだがね」
「カキス…………?」
「いや、おかしいだろ。今の言葉で俺に氷点下の眼差しを向けるような点は一切なかっただろ」
俺は、足の甲に段々と体重を乗せる黒ゆりを冷や汗だらだらで諭す。俺は何故こんな状況に陥ってしまっているのだろう?
これもすべてさっきからわざと存在感を消して巻き込まれないように隠れているコルトが助けてくれないからだろう。
「ふむ。女の子相手にたじたじになる君はとても珍しいな」
身体強化までして足踏みを耐えている俺を、ゼイドアは他人事のように評価する。もうさっさと本題を進めてくれ。
「……さて、それで魂についてだが。移り方はわかるかい?」
「……それは一応。人間を乗っ取って人間社会のなかで活動することもあるから。あと、逃れたつもりのカキスはピースに帰ってからゆりちゃんが色々聞きたいことがあるそうよ」
ようやく本題に入り始めたことに安堵の息を吐いたところに追撃。もう俺が何をしたっていうんだ。
「じゃあさっさと始めようか。ほら、カキス。頭を抱え込んでないで魔石に魔力を篭めて!」
俺は一度深い深呼吸をして精神を落ち着けてから、魔石に魔力を流し込む。
すると、少しずつ魔石は光を発し始めその輝きは増していき、魔石が光で見えなくなるほど魔力を篭めると、
「よし、それぐらいで良い。それ以上は魔力を篭めないようにしてくれ」
ゼイドアの指示を受けて魔力の注入を止め、魔石を手渡す。それを慎重に持ち上げ模型の正面、心臓部分に押し付けると、トプン……という水音と共に模型の内部に吸い込まれる。ゼイドアは模型を円卓から少し離れた床に置く。
変化は、緩やかに始まった。
「へぇ……」
黒ゆりが感心したように息を漏らすのも分かる変化が模型に起こる。
まずは淡い光が心臓部から少しずつ全身に広がっていく。それが全身まで行き渡ると、水を吸って膨張するスポンジのように大きくなっていく。そして、その変化が止まるとゆりと大差ない体格の人一人ができあがる。
顔や髪、細かいボディラインはなく、曖昧で思念体と言ったほうが正確な体だが、それは今から黒ゆり自身が調整する。
「うん、悪くない。カキスに頼んで正解だったな。魔力が綺麗に纏まっている」
製作者の一人であるゼイドアは、研究者というより自分の納得のいく作品が出来上がった美術者の様に満面の笑みを浮かべて何度も頷く。
もう一人の製作者である俺は、密かに胸を撫で下ろしている。
(危なかった、危うく魔力を開放するところだった……)
俺は普段は能力によって増えた魔力は封印している。一定以上の魔力を短時間で消費すると自動的に魔力を全開放するようになっている。しかし、こんな狭い場所で魔力の全開放などやらかした日には、建物全体にひびが入る恐れがある。
今回はかなりの魔力を消費したので、かなりぎりぎりのところだった。
「もうこれに移っちゃっても大丈夫なの?」
「あぁ、どうぞ」
黒ゆりは、出来上がった新たな器に向き合うと、額同士をくっつけ合い静かに目を閉じる。
すぐに黒ゆりの魔力が器に流れ込んでいくのが感じられる。少しずつ淡い光が強い光に変わっていく。
「おっと」
ふっと足元から崩れ落ちたゆりの体を受け止めると、閉じていた瞼が開かれる。
「んぅ……、カキス君?」
「あぁ、おはようゆり」
目覚めの挨拶として選んだが、時刻はそろそろ昼時だ。
「成功したのかな……?」
どうやら表に出てこなかっただけで、起きてはいたらしく状況は理解しているようだ。
不安そうに黒ゆりが収まったであろう器を見守るゆりの頭を撫でながら微笑みかける。
「大丈夫だ。ほら……」
器は先ほどまでとは比べ物にならないほど輝きを増し、その身が隠れるほど光が強くなっていく。あまりの眩しさに、俺以外の全員が腕で目を隠すほどだ。俺は確かに目を細めるだけで、その光を穏やかに見守る。
数秒ほどだろうか? 次第に光は収束していき、ようやく姿を現す。
先ほどまであやふやだった輪郭は、はっきりと幼い少女の姿の体格になっている。大まかな部分はまるっきりゆりだが、黒ゆり特有の目の鋭さと、ゆりとは違う金色の艶やかな髪が腰まで伸びている。
よくみればゆりと双子に見えるが、逆に言えばぱっと見ではそう見えないということだ。それほどまでにゆりとは印象が違う。まさか、目の鋭さと髪の長さや色でここまで印象ががらりと変わるとは。
だが、一つ問題がある。
他の皆はいまだに目をやられているが、俺には見えてしまっている。それはもうばっちりと。
何が見えているかだって? そんなことは決まっている。おっぱいである。
我々人間の原点であり、帰結すべき女性の母性の塊。柔らかく、温かく、対人関係で疲れた俺たちをやさしく包み込んでくれる魔法のマシュマロ。
俺は脚派だが、けっしておっぱ、胸が嫌いなわけではない。胸の大きさに拘りがないだけであって、蔑にするつもりはない。
例えば、相手を四つん這いにして自分が後ろに立ったとしよう。想像してほしい、目の前には叩いてほしそうに揺れる臀部があることを。だが、その下に伸びる至高の|おみ足(絹の道)を忘れてはいけない。それを愛でようとしゃがみ見る時、僅かな隙間の向こうから見えるのは羞恥に頬を染める顔だけではない。その先には、胸、|おっぱい(魔法のマシュマ)がある。
俺は胸という一つのパーツだけを語るつもりはないのだ。それは専門の人に任せるとしよう。俺が言いたいのは相乗効果を生み出すのに欠かせない存在でもある、だから俺は胸が嫌いだとかそんなことは一切なく、むしろ大好きであって、
(って、違う、そうじゃない!?)
俺は僅か0.1秒でそこまで|言い訳(変態思考)をしてようやく正気に戻り、上着を黒ゆりにぶつける勢いで投げ渡す。
「わぷっ……!?」
黒ゆりは突然飛んできた物体に反応できずに顔面からもろに受け止めたが、すぐに物体の正体に気づきそれを羽織る。ゆりの体をベースに作ってくれたおかげで、なんとか膝上ぐらいまでは隠してくれた。裾の長い上着をチョイスした俺を褒めたい。
「わっ!? 本当に黒ゆりちゃんになってる! あれ? それってカキス君の上着なんじゃ……?」
「だって服がなかったんだもの。真っ先に私のいたいけな肌をじっくりと舐め回すように蟲観してきたから奪ってやったのよ」
0.1秒はじっくりの内に入るのだろうか? というか、俺が渡してやったのに奪ったってどういうことだよ。まぁ、追求したら色々と怖いからしないが。
「うん。さっきまでとずいぶんと印象が変わってるけど、これはこれで可愛いじゃないか。クールビューティーってやつかな?」
「そうだね。確かに黒ゆりさん、って感じがするね」
皆は口々に黒ゆりを褒めるが俺は天井のシミを数えている。だが、最近改装したのかシミ一つなくて数えがいがない。
黒ゆりだけはそんな俺に気づいているが何も言わないでくれている。ただ、視線が合ってしまったとき、微かに頬を染めたような気がした。
「基本的には食事を必要としないし排泄もしない。魔力体だから病気とか伝染病もない。もしゆりさんだったかな? の所に戻りたかったら念じればその器の魔力と一緒に戻れるから、肉体だけ置き去りとかないよ」
「随分と便利だな」
「まぁね。といっても、あまり離れていたら戻れないし、魔力でできてるからそれが切れたら自然と消えるし」
「補給方法は?」
「基本的には空気中の魔力を吸収するから大丈夫だと思うよ。もし魔法が枯渇しそうになったらカキスから魔力をもらえばいいんじゃないかな?」
黒ゆりはそれらの質問を聞いている間、ずっと難しい顔をしている。
「どうしたんだ?」
「……重要なことを二つ確認したんだけど」
「何だい?」
ゼイドア真剣な黒ゆりな表情に同じく真剣な表情で問い返す。
「まず、私は吸血をする種族だけど、それが本来と変わらず機能するか」
「それは問題ないよ。ゆりさんの体でできたのなら、その体でもできるはずだ。もちろん、魔力に変換することもね」
今まで生きるためにしてきた行為をしなくてもよくなったといっても簡単に喜べることではないのだろう。基礎生活ががわりと変わるのは戸惑いが多いはずだ。
「もう一つだけど……」
黒ゆりはうまい言葉が見つからないのか、何度も口を開いては閉じてを繰り返す。
俺を含め全員が静かに黒ゆりの言葉を待つ。段々と嫌な予感がしてきた頃、ようやく口を開き言葉を、いや、爆弾を投下する。
「この体ってちゃんと【ピー】ってできるの?」
「「「「ぶっ!!?」」」」
全員が吹いた。
「お前それ重要なことか!?」
「重要に決まってるでしょ? だって子孫繁栄よ? とっても気持ち良いのよ? これほど重要なことはないでしょ?」
「今いったことはほとんどすべて本能に生きてる人間の言葉だからな!? 決して理性的な、それもすごい真剣な顔でいうことじゃないからな!!」
ゆりも爆弾発言をすることがあるが、それは無自覚に近いものがあるが、こいつはある意味意図的にそれを投下してくるからなおたちが悪い。というか、こいつに自由に喋らせる口を与えたのは大きな間違いだった気がしてきた。
コルトは苦笑、ゼイドアは顔を引きつらせ、ゆりは真っ赤な顔であわあわ言っている。
「と、とっても気持ちいいって……、黒ゆりちゃんってもしかして私の体でカキス君と……!!?」
「おい待てそこの勘違い発情ロリ。どうして俺が黒ゆりとヤったという考えに辿り着く?」
余計な奴まで暴走し始めてきた。
「ヤ、ヤった……!?」
「なんでその単語にだけ反応するんだよお前は!!」
もう駄目だ。今のゆりに何を言っても意味がない。状況をまずい方向に持っていくだけだ。
「ま、まぁ、できると思うよ? 一応女体のつもりで設計したし、君が細かく決める時に無意識にそうしてるかもしれないけど」
ゼイドアも一応女ではあるが、特に恥じらうこともなく冷静に返す。
黒ゆりの言葉に引いてるけど、さっきお前も似たようなことを言ったからな?
「そう、なら良いわ」
黒ゆりは安心したように胸を撫で下ろす。が、混沌としたこの状況を起こした張本人なので、事態の鎮圧に協力してほしい。
「ね、ねえ、黒ゆりちゃん、どうなの? しちゃったの? カキス君と【ピー】しちゃったの!? パンパン音が鳴るぐらい激しく【自主規制】しちゃったの!?」
「お前はもうほんとに黙れよ!!?」
その後、結局ゆりを止めるのに三十分以上かかり、ピースに帰る頃には昼飯を食うほどの気力がなくなっていたカキスだった。
そして、本人は誓った。
黒ゆりの言葉を先読みして先に潰す、と。