第五話 「魔法使いとしての実力」
ある日の昼下がり。前日にルトアさんへ『お仕置き』をした次の日。本日の新入生の講義は午前中のみ。
理由はただ一つ。
「え~、それでは今からクラス対抗オリエンテーションのクラスミーティングを始める」
そう、四日後に迫るクラ対オリエンの話し合いの時間を設けられているからだ。なお、クラ対オリエンとは、クラス対抗オリエンテーションの一般的な略称である。
「と、言いたい所だが……」
教卓に寄りかかりながらグナイは瞑目している。
何か問題があるのか、学校側からそうしろと指示が出ているにも拘らずストップをかけた。
だが、皆はとくに騒ぐこともなく静かにグナイに視線を集めている。
「俺たちはもうすでに話し合うようなことはほぼすべて終えてしまっている。つまり、この時間はまったくの無駄になる」
グナイの言うとおり、本来であるならば今日が始めての話し合いになるはずなのだが、俺たちは先走って誰がどの競技に出るのか決めてしまっていた。目の前にはもはや、うちのクラスのオーダー用紙が用意されている。本当に気が早い。いや、学校側が遅いのだ。
特異科にいる頃はまったく知らなかったが、クラ対オリエンは普通科では一番最初の重要行事らしい。新入生だけで一般教育を行っている学校の生徒と同人数で、クラスに分かれて自らをかけた戦い(主に成績とか単位とか内申とか)をするのだ。その準備を四日前から始めろとか、いくらなんでも急ピッチ過ぎる。
だが、そんなことを思っているのはどうも俺だけらしい。皆はやる気に満ち溢れている。具体的には魔力が若干暴走して廊下が水浸しになったりとか。
「で、だ。魔法訓練用体育館の使用許可をもらってきているので、これからそれぞれの競技の練習をしてもらう」
「先生~」
「なんだ、カキス」
俺は間延びした声を出しながら挙手をして質問する。
「俺はそもそも全体ルールとか教えてもらってないんですけど、どうしたらいいんすか」
「そういえばそうだったな、ほれ、これをやろう」
グナイは列の最前席に分厚い冊子を渡して俺まで回してくる。
「それをもっていって、あっちで読め。よ~し、移動してくれ」
グナイはチャリチャリと鍵を鳴らしながら教室を出いく。それに合わせ、クラスメイト達は次々と教室を出て行く。
俺も冊子を持ってすぐに立ち上がったが、ゆりはまだ座ったままだ。
「もう少し待ってから移動するか?」
左右の出入り口に人が殺到しているので、今あそこに言ったらゆりは確実にもみくちゃにされるだろう。
「うん、ごめんね」
「別に謝る必要なんかないだろ。俺だって人ごみは避けたいからな」
ゆりの謝罪を適当に流し、冊子を開いて目次から目的のページを開く。
競技中の能力使用について。
競技中の能力の使用には回数制限があります。強力な能力や
競技内容とマッチするものは制限が厳しく設定されます。
異能系能力の使用は基本的には使用禁止です。ですが、本部
が認めたものに関しては一競技につき一回、二分間だけ許可
されることがあります。もし、申請せずに能力を使用した場
合、反則負けとなりますので注意してください。
「なるほどね、一応異能系の能力も使用可能とする場合があるわけだ」
俺の能力はおそらく許可される範囲だろう。”使い方さえ間違わなければ”。
「カキス君は能力を使うつもりなの?」
ゆりは俺が開いているページを覗き込みながら聞いてくる。
「いや、そのつもりはない。俺がシャイなのは知ってるだろ?」
「すっごい初耳だよ、それ。単に目立ちたくないから?」
「そうだな。……というか、能力を必要とするかどうかもわからないからなぁ……」
普通科は、やはり普通科。特異科の中でもかなりぶっ飛んだやつでもいない限り、能力が必要となることはないだろう。そういうぶっ飛んだ奴に限って問題児が多いので普通科にいることはないだろうが。
「少しはクラスに貢献しようという気はないのぉ?」
そろそろ入り口も静かになってきたので、教室を出ようと入り口を向くと、目の前に女の子の顔があった。
「貢献どころか、迷惑をかけることになりかねないんだ、シェリル」
「ふん、どうだか……。せいぜい私達の足を引っ張らないでよね。一番、迷惑なんだから」
赤い二つのしっぽを揺らしながらフンッと機嫌が悪そうに顔を背ける。
(そんなに俺がいやなら関わってこなきゃいいのに……)
こういう時はツンデレ的な反応なのだろうが、絶対に俺に敵意があるのが分かる。俺は本の中に出てくる主人公みたいに鈍くはないはずだ。
シェリルも言いたいことは言い切ったのか、一人でさっさと外へ行ってしまう。
「俺たちも行くとするか」
「そうだな」
「ディング……いたのか?」
「いたわ!ずっと隣にいただろうが!!」
「ふふっ」
ゆりはクスクスと笑いながらも俺たちの背中を押して教室を後にする。
○ ○ ○
魔法訓練用体育館の壁は魔力を拡散する効果があり、魔法が暴発して壁なんかにあたっても壊れることなく魔法を無力化する。天井は空きっぱなしで、閉めることも可能だが基本的には開けたままだ。今も、穏やかな陽光が訓練場の芝に降り注いでいる。魔法や魔術の実技の時はここを使うことが多いが、今日は先にも言った通りの理由で人は俺たち以外にいない。
がらがらな訓練場で競技ごとにまとまって練習をし始めて十分。グナイが魔法書に集中し始めた頃、俺はようやく冊子を読み終わった。
「ふぅ、結構量があったな」
厚みもあるが、字も小さいせいでかなりの文章量だった。一応、全てに目を通しはしたが記憶しきっているわけではない。必要な項目だけを重点的に覚えることにした。
「カキス君、読み終わった?」
俺が参加する競技が集まっているのは俺の希望により角にいる。本当は、壁に寄りかかりながら読んでいたいから、という理由があったがそれは言わなかった。アルターが勝手に「確かに、俺たちは実戦系競技だからな。壁に近いほうがいいのかもしれないな」と解釈したので、本当のことが言いにくくなってしまったのだ。
ゆりはそんな俺の横に寄り添い、崩した正座で魔力を操っていた。
「別に俺が終わるのを待たなくても良かっただろ?」
ゆりは俺が真っ先に角に座り込むと、分かっていたかのようにすぐに横に座って静かに魔力の操作技術を上げる訓練をしていた。
相手なら別にディングだろうがアルターだろうがシェリルだろうがモブ(クラスメイト)だろうが、いっぱいいるので練習相手に困ることはないはずだ。
「でも、そうしたらカキス君だけ浮いちゃうと思うよ?それに、これもちゃんと訓練なんだから」
「たった数分で浮くもないだろ。それに、どうせほっといてなんてくれないさ。なぁ、シェリル」
ゆりは急に暗くなった視界に顔を上げると、そこにはシェリルが立っているはずだ。
「ルールはわかったんでしょ?さぁ、始めるわよ」
「まぁ、待て。まだ準備運動をしてない。つったりなんかしたら一大事だろ?」
準備運動は大事だ。過去にも俺はそれによってコルトとの組手の時に足をつって負けかけたのだ。
が、どうやらシェリルはそれを挑発だと思ったらしく、キッと強く睨んでくる。
「あ、あの!」
俺がやれやれと肩をすくめていると、ゆりが俺の前に立ちシェリルと相対する。
「ゆり?」
ゆりは人見知りで泣き虫だ。いくらクラスメイトといっても、シェリルの気の強さは怖いだろう。なのに、ゆりはシェリルから俺を守るように立つ。
この一週間ぐらいの間、まったく前に出てこなかった子が急に自分に立ち向かってきて、さすがにシェリルも目を点にして驚いている。
「な、何?」
シェリルも、誰に対しても噛みつくな野良犬ではないらしく、俺に話しかけてくる時より数倍優しい声でゆりに応じる。
「な、なんでそんなにカキス君に突っかかるんですか?カキス君はシェリルさんにひどいことなんてしてないと思いますけど……」
「なんでって……、あなたも見てたでしょ?こいつが私たちの邪魔をした所を」
やはり、まだあの時のことを根に持っているようだ。まぁ、そんなことだろうとは思っていたが。
少し強めに返してきただけでゆりは少し身を引きかけるが、なんとか踏みとどまる。
「あ、あれはシェリルさん達の身を守るために……」
「余計なお世話よ。あの程度、なんともなかったわ!」
シェリルは段々とイライラし始め、ゆりをにらみ始める。ゆりの身長が低いせいで睨むというより見下しているように見える。
これ以上ゆりに任せると本当に泣き出しかねない雰囲気になり始めたので、俺は助け舟を出す。
「どうすれば、許してくれるんだ?」
「カキス君……!?」
どうして!?という表情で俺を見上げるゆりは今にも瞳からあふれ出しそうなほど涙を貯めていた。
俺は問題ないという代わりに涙を拭ってやる。
「……許す気なんてないわ」
シェリルは少しだけ申し訳なさそうにしながらも、なかなかに当たりの強いことを言う。
「というと?」
「むむぐ~~!」
ゆりは今度はばっ!とシェリルを向き直るが、俺が口をふさいだので何か喋っているが聞き取れない。
「私だって、あんたが全部悪いとは思ってないわ。だけど、納得がいかないの」
(面倒な奴……)
どうやら、感情的になって事実を受け止めきれないらしい。それによってこっちは幼馴染が泣く事態になっているのだから、良い迷惑だ。
「じゃあ、納得させれば良いんだな?」
「ええ、そうよ。方法は、分かってるんでしょう?」
俺はゆりは脇にどかし、お互いに不敵な笑みを見せながら火花を散らす。
「け、ケンカはだめだよ、カキス君……!」
ゆりはオロオロと一触即発の空気の俺達をなだめようとするが、今の俺達にそんなものは今がない。
俺はシェリルの言っている、方法を口にする。
「方法は、……お前がMの扉を開けてしまうほどのことをすればいいんだろ?」
……………。
「………………………え?」
シェリルは聞き取れないほど小さく声を漏らす。
「具体的には、『お仕置き』」
どうやら伝わらなかったようなのでもう少し具体性を持たせてみる。
「ももももも、もっと駄目だよぅ!!?」
ゆりは『お仕置き』に反応したらしく、ポカポカと腕を叩いてくる。ひどく動揺しているのか、地味に水の魔力が込められていることがあってかなりダメージがくる時がある。
「『お仕置き』?」
「し、シェリルさんは知らなくていいことだから!!」
ゆりは顔を真っ赤にしてシェリルの呟きを封殺する。かなり必死だ。
「ぜ、絶対!!絶対だめだからね!」
「冗談だから落ち着け、ゆり。勝負、だろう?」
「え、ええ、そうよ」
本当は冗談ではないのだが、ゆりがあまりにも必死なのでそういうことにしておいてやった。
「そうだなぁ……どうせなら、競技形式でやるとしよう。お前はアルターと、俺は……ディングとだな」
実際の競技では五人一チームなのだが、今回はそこまで人数がいないのでタッグ戦とすることにシェリルも無言でうなずく。
「そうね。じゃあ、私が二人を呼んでくるわ」
そういってシェリルは向こうで軽い組み手をしている熱血バカ二人を呼びに行く。
俺はその背中を無言で見送ると、ゆりを見る。そして、久しぶりにデコピンをかましてやる。
ベチン!
「あぅ!……い、痛いよぉ……」
涙目で額を抑えながら俺を仰ぎ見る動作は、さらにデコピンをしてやりたくなったが、自重する。
それよりも、言ってやりたいことがある。
「なんで泣きそうになってまで俺を弁護しようとした?今更俺があの程度で傷つくような奴じゃないのは知ってるだろう?」
「……だからだよ」
ゆりはふっと表情に影を落とすと、訓練場の中央に向かう。
「私は先生に審判を頼んでくるね。怪我だけは、しないでね」
肩越しに振り替えるゆりは、何故か寂しげだった。
○ ○ ○
俺達が参加する競技は五人一チームで争う、模擬戦だ。
元々、魔法学校は戦争で使える魔法使いを育成するために生まれた。今でこそ、そんな事象は少なくなっているものの、ゼロではない。
その名残として、この競技がある。
だからといって、本気での殺し合いを今から行うわけでもない。もちろん、本番でも。というか、そうなったら”俺が有利すぎる”。
今回の勝負の勝敗条件は本番の競技に準じて三つある。
一つ目は相手チーム全員の無力化。一番妥当なものだが、重要なのは言うまでもない。殺し合いをさせるわけではないので、無力化となっている。
二つ目は制限時間終了時のポイント。これは、どれだけ相手に有効な魔法を使用したか、確実に魔法を発動できていたか、などなど戦術的な面を評価される。このポイントが多いチームが勝ちとなる。
三つ目は相手チーム全員の魔力枯渇。これはまず、ありえない。魔法使いが戦場、この場合は勝負なのだが、戦いの場において自らの価値である魔法を使えないということは価値がないということになりかねない。
なので、魔法使いを名乗るものはまず第一に魔力枯渇を起こさないよう心がける。
「勝利条件としてはあるが、さすがに魔力枯渇でこの勝負を勝つのは無理に近いだろうな。順当に相手チームの無力化で勝つぞ」
魔力は体力と違い、いくら使っても体が動かなくなることはない。が、精神的な気力は使う。なので、普通は動けないほどの倦怠感に襲われる。肉体としては動こうと思えば動けるが、人間の体は気力と密接に関係しているため、そう簡単にはうまくいかない。
「ディングはいい加減身体強化ぐらいはできるようになっているだろうな?」
「ああ。魔法も魔術もまだまだだが、とりあえずは身体強化程度は問題なく行える」
この戦いにおいて圧倒的に不利なのはこちらだ。
俺は無属性で魔法がバンバン飛び交うこの競技では少し油断しただけでダウンしかねない。また、ディングはディングで魔法や魔術が不十分だ。魔法を競うはずの競技が、どう魔法をしのいで肉弾戦を繰り広げるかという、一見するとアホの戦いだ。
俺達は今からそんなことをしようとしている。
「良いか、ディング……」
ディングは俺の作戦に最初は眉を寄せたが、最終的にはうなずいて見せた。
ピィーーーーーーーーーーー!
「行くぞ!」
「おう!」
試合開始を告げる笛の音が鳴ると同時に隠れていた遮蔽物から飛び出す。
俺が考えた作戦は取っても短くシンプルで、
「うおおおおおおおぉぉぉぉ!!!」
「……声枯らすなよ?」
俺がディングのサポートをするので、お前は全力で突っ込めと。ただ、それだけ。
俺は始まる直前にシェリル達の気配を探り、大体の位置を特定してディングに伝えてある。シェリルはすでに魔法をスタンバイさせている状態で、体を隠してはいるものの、魔力を隠しきれていない。いや、隠れるつもりがないのだろう。アルターも必死にっ気配を隠しながら妹の隣にいるようだ。まぁ、俺相手には意味がないが。
「二秒後に正面と左右から全部で二十発の火の玉が飛んでくるが、スピードを一切緩めるなよ」
俺が予告したとおり、二秒で火の玉どころか炎弾が俺達の正面を覆う。小手調べにしては些か強い気がしないでもないが、気の強いシェリルなら有り得ないこともないだろう。
「お前はただ走ることだけを考えろ」
そういって、俺は一度ディングを追い越し、計七発の炎弾の軌道を魔力を纏わせた脚で逸らす。すると、逸らされた炎弾は周りの炎弾と激しくぶつかり、その衝撃で爆発していく。その爆発に巻き込まれ後続の炎弾も連鎖爆発し、一瞬で視界が赤く染まる。
ド、ババババババババババババン!!
二十発の炎弾が次々と爆発し、長い炸裂音が訓練場に響く。
爆発の余波を背中に感じながらも、僅かながら開いた道をディングの後についで走り抜ける。シェリル達が隠れている遮蔽物から三十メートル離れた地点に到達する。
「な!?あれを全部素手で打ち落としたっていうの!?」
シェリルは素手で自らの魔法を防がれたのが衝撃だったのか、遮蔽物からこちらを伺っていた瞳が大きく開く。
「戦闘中に隙を見せるのは感心しないな」
俺は影身でディングを置き去りにして、一気にシェリル達の真後ろまで移動する。
「やらせるか……!」
アルターも少し驚いていたようだが、すぐに妹の危機を察知し、ローキックで邪魔をする。
俺は一瞬でターゲットをシェリルからアルターに移し、ローキックを半歩下がって避け、背負い投げの要領で、
「一名様、ご案内」
遮蔽物から思いっきり投げ飛ばす。方向はもちろん、ディングが走ってくる方へと。
「はぁぁ!?」
味方のはずのディングも、まさか俺が遮蔽物からアルターを投げ飛ばすとは考えていなかったようで、その下を普通に走り抜けてしまう。
ディングを含め、三人とも俺がミスしたのか?という表情をするが、これはミスではなくわざとだ。
「ディング!挟み撃ちだ!!」
「っ!?わかった!」
ディングはアルターを迎撃しようと踏みとどまりかけたが、すぐに俺が指示を飛ばす。
アルターを投げっぱなしで放置したのは確実にシェリルにダメージを与えるためだ。もし、ディングにあわせて投げれば、着地してから守りに入られる可能性や、そもそもその間のラグでシェリルが詠唱に入らないとも限らない。
だから、この様に不意を撃つことにした。若干の賭けではあったが、うまくいったようだ。
「そう簡単には……!」
シェリルは俺の行動の真意をいち早く察し、徒手空拳での勝負を挑んでくる。
正直、俺一人でも簡単にねじ伏せられるが、それではディングと組んだ意味がない。本気で勝つことだけを考えるなら、ゆりと組めばいいのだから。
次々と繰り出される鋭い手刀を払いながら時間を稼ぐ。目的が分かっているシェリルは汗を額に滲ませながら、さらに激しい攻撃を繰り広げる。
「……っ!?」
ババッ、ボバァ!
あともう少しでディングが到着するというところで、周囲の魔力が急に上昇したのでシェリルから距離をとる。と、さっきまで俺が立っていた場所に突然炎の柱が噴出した。
「ディング、アルターを任せた」
俺は着地すると同時に影身でディングの横に立つと、詠唱を始めているアルターに向けて豪速で投げる。
「はああぁあ!!?」
ディングは突然俺が現れたと思ったら、今度はさっきまで走っていた勢いを殺されて豪速で投げらる事態を飲み込めず、唸りを上げながら叫ぶ。
「……よく避けたわね」
シェリルは平気でディングを投げ飛ばした俺を半眼で見ながらも、油断なく構える。
俺はゆっくりとシェリルに向き直り、木刀を腰から抜いて中段に構える。
「まるで自分の放った魔法みたいに言うが、さっきのはアルターの魔法だろ?」
俺が指摘すると、シェリルは悔しそうに歯を食いしばる。
「二対二の戦いだけじゃなく、一対一の戦いも楽しもうじゃないか」
シェリルが詠唱に入ると同時に懐に踏み込む。
「はっ!」
シェリルはすぐさま詠唱を中断し、木刀を横に払う。剣術の教養もあるのか、素人丸出しといった振りではない。が、それでも教養がある程度。
速度もそこまで早くはなく、簡単に木刀で弾けた。力が入っていない分、弾かれてもそこまで体勢を崩すことはなかった。
「炎よ」
(初級魔法は無詠唱でできるようだな)
木刀を持っていない左手から飛んできたバレーボール大の炎弾を顔を傾けることで避けながら冷静に分析する。
俺から見て右へ振った木刀を返し、わき腹を袈裟切りで狙ってみる。
「甘い!」
シェリルは退かず、逆に俺の懐に潜り込んでくる。
「『我に仇名す者を焼き尽くせ!『フレイムショック』!』」
シェリルは両手を俺の腹に当て、いっきに魔力を爆発させる。
『フレイムショック』の本来の目的は相手を吹き飛ばし、詠唱の時間を稼ぐというものだ。それに比べ、シェリルは二倍ぐらいの魔力を込めている。吹き飛ばすのではなく、円力なくダメージを与える気だろう。
無属性の俺がこの量の魔力をまともに喰らったら腹に風穴が空く可能性がある。おそらく、シェリルはそのことを知らないので、少し痛い目を見せてやろうというつもりだろう。
この距離では初代覇閃家頭首の技はできない。俺は木刀を手放し、腹に当てられた両手を左右に引き、どうにか直撃を避ける。が、さすがに普通以上の魔力量が籠められているせいで、爆発の余波だけでも背中が焼ける。
「流連流激天脚の型、其の五『砕地裂』」
おそらく、シェリルは自分の周りと範囲系の魔法が得意な魔法使いだ。常にこの距離にいるのは俺が不利なので、距離を離すことにする。
ビキッ!
砕地裂は、踵で地面を少し割り相手の足場を崩しながら震脚で体勢を崩させる。
「くっ……!」
ぐらっと体が傾いたときに掴んでいた両手を下に引っ張ってから距離をとる。
五メートルほど距離をとってから着地をした瞬間、身を屈める。
チリッ。
髪を掠りながら通過したのは大きめな石で、後ろから飛んできた。
「ディング~、ちゃんとアルターを相手しろ~」
「無茶を、言う、な!!」
十メートルぐらい後ろからブオンブオン木刀が振られている音が聞こえる。おそらく、妹のフォローをするために石を投げてきたのだろう。残念ながらディングではアルターを他人に気を回せないほど拘束できないようだ。
「仕方ない。練習もかねてちゃんと二対二をするか」
俺はシェリルの実力がどの程度か測れれば良かったので、別に終始一対一の戦いをしようとは思っていなかった。
「合流させない!」
シェリルは亀裂に足を嵌らせたまま詠唱に入ろうとする。どうやら、あの地帯から抜け出すことより俺を縛り付けておくことを優先したようだ。
いくつかの炎弾を放ったが、残像の俺には意味がない。
「ふっ!」
「ぐおっ!」
影身で、ディングに攻撃しかけていたアルターのわき腹に手刀を叩き込み吹き飛ばす。
「ほら、ディング」
「お、おう」
どこかに吹き飛ばされたのか、焼き尽くされたのか、ディングの木刀がなかったので、代わりに俺の木刀を投げ渡す。
「お前、武器は?」
「この肉体」
「いや、無表情でそんなことを言われても一切安心できないんだが」
ぐちぐちと言いながらも立ち上がり、トラクテル兄妹を向く。あちらも、アルターがシェリルを助け出している。
「どうなんだ?」
「ん?何が?」
ディングはこちらを見ることなく聞いていくる。
「シェリルを試していなかったか?」
「あぁ、気づいてたのか。……そうだな、まずはチームプレイというのを意識させるべきかな?」
「そうか……」
試合前、シェリルは俺が乗り気じゃないようなことを言っていたが、実際にはそうでもない。
ゆりが今回のオリエンテーションに参加すると決めたとき、当然のように俺も参加を決めた。俺は特殊な環境下で育ってきたせいで、まともに学校生活というのが送れていなかった。三年前にもデルベル魔学院に在校していたが、特異科でまっとうな学校生活とは大きくかけ離れたものだった。
ゆりのお蔭で喜ぶことも、怒ることも、悲しむことも、楽しむこともできるようになったのだ。できる限り楽しまなくてはゆりに申し訳ない。だから、完全に本気というわけではないが、自分の参加する競技するぐらいは真剣になるつもりだ。
「せっかくクラスメイトでチームを組むなら連係プレーをするべきだと思うだろ?」
「お前の場合は、周りを巻き込んで楽しんでいるような気がしないでもないが……。同意だけはしてやる」
「そりゃどうも」
シェリルは髪がなびくほどの魔力を集めている。
「休憩はここまでだな。……準備は良いか?」
「あぁ、いつでも」
ディングは木刀を構え直し、俺は少し腰を屈める。
「次の作戦は、お前の自由に動け。シェリルにチームプレーを見せてやろう」
ディングは無言でうなずき、シェリル達の動きを待つ。
……………………………………………。
お互いに無言で見つめあいながらも、その瞳には闘気がぎらついている。
○ ○ ○
カキス君はピリピリしている皆と違ってのらりくらりといつものように余裕の表情をしている。でも、私にはわかる。
「カキス君、楽しそう……」
本当は、カキス君には戦ってほしくなんてない。小さい頃から戦いばかりで、体も心もボロボロだったカキス君。だからこそ、戦わなくてもよくなった今は戦わないでほしい。
でも、あんなに楽しそうにしているカキス君は六年前には一切見なかったからこそ、だからこそ……、
「頑張ってね、カキス君」
○ ○ ○
「うおおぉ!」
ディングは降り注ぐ石の礫をできる限り避けながらアルター達との距離を詰める。
(意外とアルターは魔法の幅が広いな)
アルターは周りの遮蔽物を魔法で削りだし、小さな爆発を起こして飛ばしてくる。
ディングが避けきれないだろう軌道の破片は俺が投擲する石によってずらしている。
「……煉獄の窯を現の物とし、全てを溶かし……」
シェリルは長い詠唱を続けている。シェリルは細かい魔法を連続で唱えるのが得意なので、大きな魔法を唱えるのには長い詠唱を必要とするようだ。アルターはその間の時間稼ぎを押し付けられているのだろう。
「ディング、アルターを狙え」
「了解」
ディングは走る方向を右に修正し、遮蔽物の一つに身を滑り込ませる。
バゴンッ!
さっきまでの破片というレベルではなくなり、岩石といってもいいようなレベルの遮蔽物の破片が飛んでくる。
隠れた遮蔽物もすぐにつぶれるが、その前に脱出し、また距離を詰める。それの繰り返し。
「ずいぶんと大人しいな!カキス!!」
「そういうお前こそ……!随分とシェリルに見せ場を譲るんだな!!」
時たま大き目な破片を飛ばしてくるようになり、妨害は激しさを増していく。岩が砕ける破砕音は大きくなり、大声を出さなければ離れたアルターとは会話ができない。
「くそっ!なかなか近づけない……!」
「焦るな。確実に前には進んでいる。むしろ、このまま時間をかけた方がいいかもしれないぐらいだ」
「何……!?」
確かに、アルターの妨害は激しさを増していく一方だが、同時に魔力消費も増していくということ。
「シェリルの詠唱が終わるまでは確実に持ちこたえるだろうが、もし、俺達がシェリルの魔法に耐えることができたなら……」
「アルターは魔力が尽きるか、尽きなくとも弱い魔法しか放てなくなるということか……!」
アルターは、いや、シェリルはあの魔法で決着をつけるつもりのようだが、俺にはあれを防ぐ方法がある。
隠れていた障害物から飛び出し、俺たちは前に進むよりも確実に攻撃を躱すことに集中する。
アルターは俺たちの企みに気付いた様子もなく、妨害を続ける。
「……具現せよ!『キルンオブフレイム』!!」
ついに、シェリルの詠唱は完了し、魔法が放たれる。
俺とディングの頭上に十メートルはありそうな巨大な窯が現れる。
「な、なんだ、あれは!?」
「中級魔法『キルンオブフレイム』だ。あの窯の中身は炎で、それを対象に浴びせかける魔法だな」
見た目は大仰な魔法だが、実際には中級の魔法だ。大量の炎を具現するのはそこまで詠唱を必要としないが、その炎を収める窯が詠唱時間の七割を占めている。威力自体はそこまで高くないが、範囲は広い。
「のんきに解説している場合か!?もう傾き始めたぞ!」
ディングの言うとおり、頭上の窯は少しずつ傾いている。あと数秒で中身が降り注いでくるだろう。
だが、俺は一瞥しただけですぐにアルター達の方を見る。
シェリルは一気に魔力を消費し、荒い呼吸を繰り返しているが、俺の視線に気づくと得意げな眼差しを向けてくる。魔力はまだあるようだ。
アルターはシェリルの傍らに立ち、俺達をじっと見ている。その眼に油断の色はなく、俺がこの魔法をやり過ごすことを予見しているかのようだ。
「……さて、ディング。さっきアルターと一騎打ちになった時にどのくらい攻撃を避けられた?」
「急になんだ?……致命傷にならないぐらいでなら大体は避けられたぞ」
「そうか……」
どうやら、この数日間コルトに良い具合に絞られた成果が出ているようだ。以前までのディングでは考えられないことだ。
「よし、じゃあ大丈夫だろう。いくぞ~」
「いや、何がだ?いや、何をする気だ?なんで私の腕を掴む!?まてまてまてぇぇぇーー!?」
俺はディングの腕を問答無用で掴み、アルター達の方へ”投げ飛ばす”。
「「なぁっ!?」」
双子の兄妹はまったく同じ悲鳴を上げながらディングを迎撃する準備を整える。さすがに、あのまま呆気にとられてはくれないようだ。
「ふむ。相方を投げてピンチにするっていうのは、なかなかに面白いな」
本番でもこれを作戦の中に取り込むことを心に定める。
「……さあて、見せてやりますか。俺の実力を」
勝負する場所の範囲をわかりやすくするために張られたロープの外には、ゆりとグナイがこちらの試合を見守っている。その二人が見えないように障害物に隠れる。
「素手でやるのは、初めてかもな」
俺の手には木刀はない。ディングに渡したままだ。だが、問題はないはずだ。
「フレイム系の魔法は比較的広いからな」
魔法名にフレイムが付いているものは火属性範囲魔法を示す。
窯が90度ほど傾くと、ついに炎が溢れだす。赤い蛇はお互いに巻き付き合い、滝のように降り注ぐ。
俺は先ほどまでは影を作っていた窯が新しい光源となった灼炎を仰ぎながら、精神を落ち着けるために目を閉じた。
○ ○ ○
ガッ!ガッ!ガガッ!!
「くっ……!」
「なかなか、耐えるな……!」
右、左、と交互に振られた後、唐突に下からの切り上げが私を襲う。が、ぎりぎりのところで木刀を差し込み、軌道をずらすことに成功する。
かなり近くに踏み込まれたアルターの肩を蹴り飛ばし、距離を空ける。
「あいつの知り合いにかなり扱かれたから、な!」
今度はこちらから切りかかる。上段からの振りおろし。全体重を後先考えずに載せる。アルターは身を翻してこれを躱す。下半身に力を入れ、地面に木刀が激突しないように踏ん張る。視線をすぐにアルターに固定し、すぐには動かない。
「……攻め難いな……、クソ」
アルターは翻した勢いを利用して反撃をしようと木刀を構えたが、動作を無理やり止めて一歩ほど距離をとる。
(本当に、カキスやコルトの言うとおり、相手を常に視界に収めながら待ちの行動をすると攻め難そうにしているな)
ここ数日コルトに叩き込まれた技術はこれだった。常に相手を捉え、相手が動いてから動く。それだけで相手を威圧でき、本当は付け入られる隙を誤魔化すことができると。
「でも、私の魔法の前には関係ないわよ?」
バッ!と後ろに大きく飛ぶと、さっきまで立っていた場所に炎が沸き立つ。
回避するのが僅かに遅かったようで、服が少しだけ焦げてしまう。
「卑怯だと思わないのか! こちらは魔法が使えないのだぞ!」
「あら、それはあなた達の問題でしょ? 大体、あそこで諦めて突っ立ている男が認めたルールだと思うけれど?」
そういってシェリルが視線を向けたのは、上を向いたまま目を閉じているカキスの姿があった。
「あいつ!? 何を考えているんだ!?」
「そんなことは私にはわからない。私の魔法に諦めの境地にでも目覚めたんじゃないかしら?」
シェリルは勝ち誇ったような、いや、本人は確実にそう思っているのだろう、表情で笑っている。アルターは笑うほどではないが、勝負はついたと思っているかのような表情だ。
「まずいんじゃ、ないのか……?」
カキスは前に、無属性は四代属性の攻撃は大怪我をする可能性があるといっていた。なのに、あいつも落ち着いている様子だ。何より、シェリル本人が笑っている。
「何が? あぁ、大丈夫よ。確かに魔力は結構込めたけど、無属性でもない限り死なないから」
シェリルは何が楽しいのか、私をからかう様に手を振る。
「あいつは無属性だぞ!?」
シェリルはカキスが無属性だと知っていなかった!?
「な、何ですって!!?」
「か、カキスー!!意地でも逃げろぉーーーー!!!」
シェリルだけでなく、アルターも知らなかったのか慌ててカキスに対して叫ぶ。
「あ、あれは止められないのか!?」
「流れている分はもうどうしようもないわよ!? どうしろっていうの!!?」
「そんなことは私が知りたいことだ!!」
もう傾いて中身が溢れた分はどうしようもない。あいつは、あんな風に諦めるしかないのか!?
「カキス君!?」
遠くからは、異常事態だと察したのか、お嬢様が悲痛な叫びを上げられている。
同時に、カキスはその声に答えるように目を見開き、腕を突き上げた!?
ピシィ……。
「な……」
「え……」
「……」
「あ……」
かすかに聞こえた何かにヒビが入るような音がしたと思ったら、炎の動きは止まり、それどころか砂のように消えてしまう。それも、カキスの腕が刺さっている部分を中心としてその現象が窯まで伸び、ついには窯すらも跡形もなく、静かに砕け散った。
○ ○ ○
もし、俺が今からしようとしていることが失敗した場合、俺の体は黒く焼け焦げるだろう。
だが、俺には気負いなど、一欠けらもない。
「覇閃家秘義、『魔絶』及び、流連流流水の型、其の四『衝伝閃』!」
炎の蛇が俺に触れる寸前、どこからか馴染み深い少女の叫びを合図とし、俺は目を見開き牙を剥く咢に己の腕を突き出す!
………………………………………。
場を包むのは、静寂。メラメラと燃え広がる炎の絨毯の音でも、灼熱に焼かれて悶え苦しむ俺の断末魔でもない。
「……何とか、なったか」
俺は腕を突き出した格好のまま、呟く。
ピシィ……。
僅かに硬質な音が鳴り、炎は動きを止める。
そして、火花のような粒子となり、俺が触れている部分から音もなく崩壊しだす。風に吹かれ飛んでいく砂のように。
「さすがに肝が冷えたな」
もし失敗すれば、まず間違いなく死んでいたことだろう。それほど、切羽詰まっている状況だった。
俺は魔術や初級程度の魔法であれば簡単に唱えられるが、それではシェリルの魔法に対抗することはできない。当然、中級魔法や上級魔法を詠唱するような時間もない。俺が無属性だということもあり、普通に唱えたのでは威力はかなり低い魔法しか放てない。同レベル魔法を放つとしたら二倍近い詠唱が必要となる。
だから、覇閃家に伝わる技を使わせてもらったのだ。
『魔絶』は前に少し説明したとおり、初代覇閃家頭首が編み出した、魔法を無力化する技術だ。
論理自体はとてもシンプルで、実行するのはかなり難しい。というのも、放たれた魔法の核を壊す必要があるからだ。
魔法というのは様々な形で現象化する。その全てにはその形や効果を保っている核がある。核は魔力の集まりで、そこから魔力を引き出している。俺達は核に魔力を注ぎ込み、詠唱というプロセスによって核に現象内容を刻み込み、それを体外に放出する。それが、魔法。
その核をピンポイントで破壊するのが『魔絶』の正体。
しかし、言うのは簡単でも実行するのは簡単ではない。
まず、確実に魔法を核を見抜けなければいけない。もし、ずれた場合、魔法の規模が多少小さくなっても、完全に消滅することはない。形を保っている分の魔力を使い、核が自動修復をしてしまう。そうなると、無属性の俺では意味がない。掠っただけでも致命傷になりかねない。
また、適切な力で破壊することも重要だ。あまりにも弱い力では、核が破壊しきれず、さっき言ったように規模が小さくなるだけだ。強すぎると、それはそれで魔力が爆発し、自らに牙を剥く。
正確に核を見抜く視力や魔力察知能力、適当な力加減。このすべてが成り立つことで、『魔絶』は成功する。
ただ、今回は炎を一つ一つに核があり、纏めると一つの魔法だが核は複数あった。なので、『衝伝閃』で衝撃を全てに流す必要があった。まぁ、落ちてくるたびに壊しまくってもよかったのだが、効率はかなり悪い。
「というか、あのレベルの魔法を許可するくせに、木刀を支給してくるとは……、へんなところで生徒の身を案じるな」
本番であれば木刀ではなく、性能の低い武器であればなんでも許可される。性能が低いというのは、簡単には大怪我を負わせられなければいい。
だが、今回は練習ということもあり、グナイから渡されたのは木刀を一本ずつだった。
「その貴重な一本も、ディングは駄目にしやがるし……」
チラリと足元を一瞥すると、完全に灰と化している木刀が一振りある。
「手元になく、相手が持っているのなら、奪えばいいか」
顔を向けた先には、棒立ちのクラスメイトが立っている。相手は、二人。
涼しげな表情で見つめてくる俺を見て、トラクテル兄妹はぶるりと身を震わせた。
俺に恐怖を抱いたのだ。
この距離では声を張り上げなければ聞こえづらいだろうが、俺は普段の音量で声を出す。
「俺の実力は、まだまだこんなものじゃないぜ?」
その声は、確かに二人の耳に届いていた。