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表裏の鍛治師  作者: かきす
第二章「クラス騒動編」
15/55

第四話 「イキの良いペットと不憫な主人」


「あ、そういえば」


「どうかされましたか?」


 いろいろと予想外だった普通科での学校生活初日から五日経った。

 デルベル間学院は単位制で、単位が足りているのであれば毎日通う必要はない。なので、世間一般では平日の今日もピースでゆっくりしている。今は昼前でさっき起きた俺は一人、ロビーで遅い朝食をもそもそと食べていた。

 そんなとき、唐突に声を出した俺にルトアさんは驚くことなく、穏やかに聞いてくる。


「いや、眠気覚ましにここ一週間のことを振り返ってたんだけど……」


「どんな眠気覚ましですか」


 ルトアさんは苦笑しなから、紅茶を入れてくれる。それに、ありがとう、と一言お礼を言ってから口に含む。

 ふわっと口の中に広がる香りを楽しみながら続きを話す。


「ルトアさんと久しぶりにデートでもしようと思ってたのを思い出したんだ」


 目を閉じて抜けていく香りの余韻に浸っていると、ルトアさんから非難の色が多分に入った視線を感じる。


「英雄色好む、ですか?」


「……不名誉すぎて、辞退したいな。そんな英雄は」


「でしたら、鬼の居ぬ間に洗濯、ですか?」


「どうあっても浮気扱いしますか」


 思ったよりしつこく決めつけてくるので、カップを置いて顔をしかめる。


「ゆりさんがいらっしゃられない時に誘われれば、誰だってそう思いますよ」


「周りから見たらそう見えるかもしれないですけど、俺とゆりはそんな関係じゃないですよ」


 ルトアさんの言うとおり、今、ピースにゆりはいない。ゆりは学園にいる。

 俺は別として、ゆりは講義も実技も優秀なので単位に余裕があるが、ディングは実技の方がかなり危うい。不足分を補えるほど、講義の方が良いということでもないので、どうにかして実技ができるようにならないと後が辛くなる。

 ので、ゆりが教師役を買って出たので、全体の保護者としてコルトに連れて行かせた。あんまり大人数で行っても邪魔にしかならないだろうと思って俺は行かなかった。二度寝したかったらもある。


「まぁ、嫌なら無理にとは言わないけど……」


 せっかく久しぶりに、それも外での”『お仕置き』”ができると思ったが、ルトアさんがどうしても嫌だというなら引き下がろう。どうせここでもできる。

 そうは思うものの、やはり残念なことは変わりないので、眉尻が下がりシュンとなってしまう。


「うっ…。そ、その、デートではなく買い出しに付き合ってもらうということなら……良いですよ?」


 何に対してひるんだのか分からないが、妙にそわそわして俺と視線を合わせないながらも誘いを受けてくれる。


「そっか……ありがとうルトアさん」


「~!?……あ、あの沈みようからこの笑顔のギャップは反則ですよ……」


「ん?何か言った?」


「いいいえ、何も」


 ごしごしと頬を強くこすっているせいか、顔が赤い。それに、い、が一回多い時点で何か動揺するようなことがあった気がするんだが……、まぁ、本人が何もないというなら何もないのだろう。


「十分ほどお待ちください。用意をしますので」


「了解」


 さっきまでの奇怪な様子が嘘のように、ピシッとした動作で礼をして、ロビーを出ていく。その後、きっかり十分で用意を済ませたルトアさんとともに、街に繰り出す。

 ルトアさんは、俺がニヤァ……と下種な笑みを口元に浮かべているとも知らずに。


          ○             ○            ○


「ゆりはアホみたいにワンピースしか着ないけど、ルトアさんもメイド服しか着ないよな」


「メイドですから」


 ピースから歩いて数分の所に商店街があり、平日の昼前でありながらそこそこに人で賑わっている。昔は馬車が通ることも多かった通りということもあり、道幅自体は大きく広いので、二人並んで歩いていてもそこまで邪魔にならない。

 最初に向かったのは青果店で、ルトアさんは特に迷うことなく果物を買っていく。野菜をここで買わないのは、野菜は違う店で買うからだ。


「そういえば、何を思い出してデー……ショッピングなんて?」


 選び出してからわずか数分で会計まで済ませたのは買った品物の数が少ないだけでなく、ルトアさんの迷いのなさもあるのだろう。


「ん~、色々とね。日頃の感謝もあるし、まだトラブルに巻き込まれてない今を心から楽しんどこうと思って」


 今回、ゆりがいない間に出かけたのはそういった理由があったからだ。どうせ今頃、コルトあたりがそれを対処しているはずだ。


「そんなに頻繁にトラブルが起きるでしょうか?」


 次の目的地へと歩き始めながらまさかといった様子でルトアさんは苦笑する。対して俺は苦虫を噛み潰した様な表情をする。


「起きる。ゆりなら確実に何かが起きる。……まぁ、トラブルを加速させる可能性が高い俺がいない分、ちょっとしたことで終わるだろうけど」


 俺はトラブル体質ではないが、どうにも俺が加わるとトラブルが一気に面倒なことに発展する。俺の不遜な態度だけが原因ではないような気がするほど、これでもかというぐらいトラブルが何倍も面倒になる。


「不幸の星に生まれたかのようですね……」


 ルトアさんはゆりと巻き込まれる俺に同情を込めた苦笑をする。


「俺達と同じ星の生まれのはずなんだがな」


 長年ゆりと同じ時間を過ごしてきた俺は、ルトアさん以上に苦笑を深める。もうすでにあきらめたことだ。

 ゆりが幸運かどうかで言えば、かなりの幸運の持ち主だと思う。ただ、それは結果的なもので、あいつ自身がトラブルを起こしやすいのは事実。

 大和にいたときは、神の加護的なものでまだ守られていたが、今はそこから離れている。そんな今の状況は、トラブルメーカー・水谷ゆりの本気モードといっても過言ではない。

 俺の周りの人間はこぞってトラブルに巻き込まれる。俺自身はそこまで幸運でも不運でもトラブルメーカーでもないのに、常にややこしいうえに面倒なことに巻き込まれてきた。

 ルトアさんは完全にいたって普通な一般人だ。多少のことに巻き込まれることがあるが、それは一般的に考えればどこもおかしいものじゃない程度のものだ。ゆりの様にイカレた頻度でトラブルはないので、安心して休日を満喫できる。

 そんなことを雑貨屋で考えていると、ルトアさんから穏やかな声をかけられる。


「どうかされましたか?」


 俺にはこの柔らかな微笑みをするルトアさんが天使に見える。

 え、ゆり?ゆりは寝ているときの幸せな顔が天使。


「いや、ルトアさんは俺の唯一の癒しだな、と」


「……ゆりさんの影響を受けて育ったということを考えると、不意打ちにある程度耐えられますね」


「不意打ち?」


 通りに出されている「掘り出し物」と書かれたプレートが置かれている箱の商品を物色していたルトアさんは、一瞬だけ動きを止めた。ほんのり頬を染めているが何かヘンなものでもあったのだろうか?

 ルトアさんはしゃがんで箱の中をあさっている間、俺はアクセサリーがごちゃごちゃに入っている箱の中身をなんとはなしに漁る。


「ええ、カキスさんの天然ジゴロな台詞に対してです。子どものように純粋で他に何も混じっていない気持ちだと思えば、そこまでドキドキしないんです。そういうところがゆりさんと似ていると思って」


 俺は偽物のルビーを埋め込まれている指輪に指を通してみながら、ルトアさんの言葉に首を傾げる。


「ドキドキするようなこと言ったか?」


「えぇ、言いました。私だって女なんですから、唯一とか言われたらドキッと……、何を探しているんですか?」


 目的の物が発掘できたのか、手に何かを握りながら近くに来たルトアさんが、俺を見て首を傾げる。

 俺はいまだに箱を物色中なのだが、途中で思い出した目的の物が中々見つからない。


「ちょうど良さそうなのが……見つからないんですよ」


 箱は本当にごちゃごちゃに入っていて、同じようなやつが五つくらいあったり、本当だったらかなり高価な物があったりと、種類が多いこともあって、探すのに時間がかかりそうだ。


「ごめん。もう少し時間がかかりそうだ」


「お待ちした方がよろしいでしょうか?」


「いや、先に行ってもらっても大丈夫だと思う」


 どうせ三年前と変わらぬコースで買い物をするだろうから、多少別行動しても問題ない。どうせ、この通りはそこまで道幅ばかりで長くはないし。


「わかりました。それではまた後で」


「あぁ、また後で」


 ルトアさんもそれが解っているので素直に引き下がり、俺に一度会釈をしてから次の店に穏やかな足取りで向かう。

 俺はすぐに人ごみに紛れて消えたメイド服、のスカートから覗く白いハイソックスに包まれた健康的な脚を見送った後、再び物色を始める。


                 ○      ○       ○


「おう!ルトアちゃん、今日もメイドだね!」


「ふふっ。はい、今日もメイドです。これとこれ、それと~これをそれぞれ一つずつくださいな」


 私は今日も陽気なおじさんの不思議なあいさつにクスッと笑い、夕飯に使うつもりの野菜を選ぶ。この八百屋はいつも新鮮な野菜を仕入れており、ご近所の奥様のお気に入りのお店だ。かくいう私も、その一人ですけど。


「あいよ。……そういえばルトアちゃん、最近あった事件を知ってるかい?」


「事件?」


 おじさんは袋に詰めながら表情を少し暗くさせて声のトーンも下げ、周りに聞こえないように声を潜める。

 心当たりのなかった私は、今まで買ってきたものを入れてある袋を抱き寄せて口元を隠す。


「ああ。何て名前の貴族だったか忘れたが、その貴族の坊ちゃんが地価の屋敷で死んでいたらしい」


「殺人、ですか?」


 事件、ということは少なくとも病気で死んだということではないはずです。もしそうだとしたら、事件扱いされるほどに惜しまれている人物なら、おじさんが名前を思い出せないはずがないからです。


「たぶんな。現場は相当ひどい状況だったらしいし。ただ……」


「ただ?」


 おじさんは詰め終わった袋をもちながらそこで話を切ってしまう。

 続きが気になった私は、その袋を受け取ろうともせず、おじさんに眼で先を促してしまいます。


「その場には、その家の坊ちゃんの遺体だけじゃなく、殺人ギルドの男の遺体もあったらしい。しかも、おかしいのはそれだけじゃない。殺人ギルドの男は首を刎ねられ、坊ちゃんの方は顔に靴跡があるがぐらいで、死因は溺死って話だ」


「溺死?そのギルドの男による負傷などでではなくですか?」


「そこがおかしな話なのさ」


 貴族の方々が殺人ギルドに狙われ殺されること自体はそこまで珍しくない話です。嫉妬や復讐、貴族同士の牽制によるものです。また、抵抗して相打ちとなってしまうケースも少なからずあります。

 普通、今回の様に同じ場所に遺体があるのなら相打ちと考えるのが妥当です。ですが、坊ちゃんが顔に受けた靴跡以外なにも外傷がないというなら、それほど力量差があったはずです。それに、溺死という点も相打ちという可能性を低くします。


「これはあくまでも噂なんだが……『パーヂコード』のナンバー0が戻ってきたらしい」


「あのナンバー0が!?」


「ル、ルトアちゃん声がデカいよ!?」


 不可解な事件に、推理物が好きな私が色々と考えを巡らせていると、おじさんはヒントとしてある噂話を口にします。

 私はその内容に大きな衝撃を受け、つい叫んでしまいました。ですが、私の反応は仕方ないものなのです。

 私の大声におじさんは慌てて注意をしますが、周りを確認すると私に苦笑されます。


「す、すみません。はしたなく大声を出して……!」


「ははっ。まぁ、俺も最初聞いたときは同じように声を上げちまったさ」


 それほど、この噂はすごい内容です。


「ナンバー0、コードネーム、表裏の鍛冶師『アルテミス』。国の数多ある組織の中で、現王女の私兵組織に十四歳で加入。しかも、ナンバーが0!」


 おじさんはボリュームを下げてはいるものの、力強くナンバー0について語ります。その瞳には、憧れについて語る子どもの様な輝きがあります。


「0というのは、大国家レベルを表し、アルテミスは国に仕事を依頼される立場にいるってんだから、イカレ具合が解るよな」


「えぇ。正体不明で、パーヂコードの中でも、一、二位を争うほどの実力者だといわれていますよね」


 パーヂコードのメンバーは全員で十人。国でもトップクラスの魔法師が集まる中で、トップを争う人物。もしかしたら世界最強になりえるかもしれないとすら言われています。


「もしかすると、アルテミスがやったことかもしれねぇんだ。その坊ちゃんは自分の両親を殺して隠蔽してた。それだけじゃなく、大麻の常習犯でそれを買うための資金稼ぎとして、違法な奴隷売買を繰り返していた。その証拠の数々が父親の死体とともにあったらしい」


「なら、国からの特務で粛清したんでしょうね。……彼は何が目的で戻ってきたんでしょうね?」


「さぁな、その辺は信憑性の低い噂しか流れないからなぁ、なんとも……」


 一番の謎、何故彼はまた『パーヂコード』に戻ってきたのか?国が全面戦争をするのを躊躇うほどの力を有していると噂の彼が、国に協力する理由があるのだろうか?あったとしてそれは何だろうか?

 私が顎に手をやって推察をしていることに、おじさんは気づかずに話題を変える。


「しばらく貴族連中が荒れるな」


 おじさんはニヤッと黒い笑みを浮かべる。おじさんは貴族の方々にそこまで強い反感があるわけではないのですが、それでも多少なりとうらみはあるようです。


「あんまり表だってそのようなことを発言しないほうがいいと思いますよ?」


 おじさんの笑みはどう見たって貴族の方々をバカにしています。この通りは庶民の方々しか通られませんが、絶対ではありません。


「それでは、興味深い話を教えてくださってありがとうございました」


「おう、またな。ルトアちゃん」


 あまり長く店先で話をしていては商売の邪魔になるだろうと、お礼を言って次の店へと向かいます。


「次で最後、ですね」


 買い出しメモを取り出すと、チェックがされていないのは残り一つだけ。カキスさんと別れてからすでに三つほど店を回りましたが、まだ来られないようです。

 少し待ったほうがいいのかどうか、迷って一度止まってしまいました。


 トンッ。


「あっ」


「おっと……」


 そのせいで後ろから歩いてきた通行人にぶつかってしまいました。


「すみません」


 私は、慌てることなくすぐに後ろを振り返って頭を下げます。


「……頭を上げなさい」


 値踏みされるような視線を背に受けながら、言われたとおりに頭を上げます。


「どこにも家紋を刺繍していないようですが、どこの家のメイドで?」


 青色のローブを着ている茶髪の少年は私の全身を流し見ます。一瞬、胸のところで視線を止めましたが、何でもないようなフリで足元まで一気に見ました。

 よく知る少年と同じ年頃でしょう。年頃の少年らしい反応からして間違いないはずです。……よく知っているほうの少年はそんな可愛らしい反応をすることがほとんどありませんが。

 なお、ルトアが気付いていないだけで、カキスの動体視力では止まることがなくとも、自動で補正してベストな画質で脳内保存が可能(本来は重要物を見逃さないため)なのと、胸元よりも脚を見ることの方が多かったこともあり、割と見てないこともない。が、暗殺者の家で育ってきたカキスが視線を気取られるはずもなく、それに気づいていないルトアのプライドを傷つけている。

 そんなわけで、久しぶりに女としての自信を取り戻したルトアは、思わず緩みかける頬を引き締めるのに少し苦労しながら、少年の問いに答える。


「いえ、私はどこのお屋敷にも属していません。宿屋のオーナーと兼任でメイドをしております」


 本当は、たまたま一日だけメイドをしてみたときに気に入って以来、ずっと趣味でやっているんですが、それは言わないようにします。


「なら、私の家のメイドになりませんか?あなたは能力も十分にあるようですし」


 少年の言葉に私は心の中で眉をしかめます。


(なりなさい、ではなく、なりませんか、ですか……)


 私は一般市民。おそらくは貴族の方でしょうに、命令口調ではなかったことが私に違和感を与えます。もし、命令された場合、抵抗できる可能性は低いのですが……。

 過去に三十代くらいの方が私に屋敷に仕えるよう、命令されたときは隠す気すらない厭らしい目でした。その方が、資金に恵まれず私を雇えるほど潤沢でなかったため、その時は使えずに済むことができました。まぁ、いざとなれば、メイドをやめて普通に宿屋のオーナーになるつもりでしたが。

 ですが、目の前の少年からはそんな吐き気のする色はありません。何を基準にしたのかはわかりませんがどうやら純粋に私を買ってくれたようです。

 それ自体はとても光栄なことです。光栄なことですが私の答えは最初から決まっています。


「すみませんが、私はどのお屋敷にも使えさせていただくつもりはございません。宿のオーナーをしながら、趣味の一つに、メイドをしながら皆さんの世話をする。そんな生活が気に入っているのです」


 私はあの宿のオーナーとなった時から、この思いは変わっていません。

 だから、私はたとえお相手が貴族の方でも堂々とお断りしてきました。今回も同じです。

 ですが、今回は今までと大きく違うことがありました。


「おいおい、メイド如きが坊ちゃんの寛大なお誘いを断れると思ってんのか?」


「ちょっと良い肉体してるからって調子に乗るなよ、えぇ?」


 ガラの悪い付添い人がいたことです。

 さっきまでは近くのお店の商品ばかりを見ていたくせに、私が誘いを断ったタイミングで介入してきました。

 少年と違い、下卑た目で私の肉体からだを視姦してきます。さっきまでつまらなそうにしていましたが、恩着せがましく迫ってきます。

 大方、私を無理やり従わせて恩を売るつもりなのでしょう。

 また、もう片方の男はさっきから私の胸ばかりを見て舌なめずりをします。ゾクッ、と背筋に悪寒が走り、無意識に一歩距離を取りました。もしかしたら、顔も強張っているかもしれません。

 じりじりと後退していると、トンッと壁に背中がぶつかってしまいました。もう、これ以上は退がれません。その間にも男たちは距離を詰めてしまい、悪意のヘドロを塗りたくったかのような笑みを浮かべながら私に手を伸ばします。


(もう、ダメ……)


 怖くなった私はせめてもの抵抗として、胸を腕で隠しながらキッ!と睨みます。それでも、目前まで迫ってくると睨むことすらできず目を強く閉じてしまいます。


(いや!!)


 ついに手が触れ……、


「誰の許可を得て人のモノに触れようとしやがる」


                  ○      ○       ○


 ……触れることはなかった。俺が手首を掴むことによって。

 掴んでない方の左手でルトアさんの腕を引き寄せる。


「あ……」


 引っ張られたルトアさんは、俺の胸に倒れこむ。ちらっと様子を見ると、ほぅっとした瞳でこちらを見上げている。頬も、少し上気している。


(間に合った……のか?)


 いつもと少し様子の違うルトアさんは、ぎゅっと服を握る。ゆりもそうなのだが、何故女性は胸に抱き寄せると服を握りながら全体重を任せてくるのだろうか?とっさに動き辛くなるからやめてほしいのだが。

 とりあえず、安心させるために髪を撫でると、さらに身を任せてくるので、とても柔らかい物体が余計に押し当てられる。地味に気持ちが良い。


「てめぇ……!イチャイチャしてんじゃねぇぞ、あぁ!?」


「……」


「無視すんなゴラァ!!」


「はぁ……」


 ゆりとは違う感触(六年前と比較して)をもう少し楽しみたかったが、放って置くと面倒なことになりそうなので、チンピラ二人を見る。


「俺が言いたいことはさっき全部言った。だからお前らに用はない」


 俺は別に仕返しとしてこいつらをボッコボコにするつもりはない。ルトアさんに触れられる前に止められたのでそれで終わりのつもりだ。

 だが、チンピラどもにとってはそうもいかないらしい。


「そのメイドはお前のじゃなくて俺らのだっての!」


 さっきまでルトアさんの胸を見ていた男は唾を飛ばしながら言いかかってくる。


「俺らの、ねぇ……」


 それに対する俺の反応は冷めたものだった。

 俺ら、というと、貴族っぽい男も同じくくりとなる。もし、あれが上司の位置にある人物なら、チンピラたちは礼儀をわきまえていない。そのことに気づかず、主張してくるチンピラがあまりにもあほらしいのだ。

 モブレベルまで格下げされた主人に同情の眼差しを向ける。


「ん?あんた……」


「おや?君は……」


 向こうも、俺の視線に含まれているものに気づくと渋い顔でこちらを見てきた。はじめてお互いの顔を確認すると、つい最近にあったことのある顔だった。


「アルターと口喧嘩してた奴か」


「口喧嘩してた奴、ではなく、シュゼイルです。シュゼイル・ティーズド・リベルです。以後お見知りおきを」


「そうか。俺はカキスだ。アルターと喧嘩するときは俺がいないところでやってくれ」


 今にも握手しそうなユルい雰囲気の俺らに、ダブルモブとルトアさんはめを白黒させている。内心俺も少しだけ驚いているが、意外とフレンドリーな奴のようだ。

 おれはこのまま和やかな感じでこの場を収めようと軽口を続ける。


「今日のペットは随分とイキが良いんだな。道に並べられてた商品を勝手に広い食いしなかったか?」


「えぇ、十数分前にもね。さっきは止めてくれてどうもありがとう」


「気にすんな。ペット同格に下げられたアンタよりは大変じゃない」


「まったくです。今度からきちんと鎖に繋いで誰が主人なのか教え込みますよ」


 シュゼイルは目を細めて駄犬二匹を魔力を放出することで威圧する。中級レベルの魔力量の波動に充てられた二匹はタラりと冷や汗を額に伝わせている。


「ま、頑張ってくれ。じゃあな」


「待ちなさい」


 まだ少し呆けているルトアさんの手を引いて立ち去ろうとしたが呼び止められる。俺は振り返らずに立ち止まる。


「……どうした?」


「君は新入生のクラス対抗オリエンテーションに出るのかい?」


 クラス対抗オリエンテーション。新入生同士の親睦を深めるためと、現段階での実力を自他共に知るための行事だ。

 サー社から聞いた話だと、「新入生だけの魔法運動会」らしい。様々な競技があるらしく、中には実戦形式の模擬戦もあるらしい。

 クラス対抗とはなっているが、参加自体は自由だ。なお、それぞれの校舎ごとのクラスなので、コルトがウザやかスマイルで関わってくることはない。と思う。

 背中越しなので、声からしかシュゼイルの考えていることが読めそうにない。表面通りに受け取るなら俺が参加するのを期待しているようだ。


(コルトみたいに、ライバルを求めているから、か?)


 シュゼイルの魔法使いとしての実力は初日にわかっている。まだ一週間ぐらいしか経っていないが、内のクラスで対抗できるのは例の兄弟二人がかり位なものだろう。

 俺はざっと推測をつけると、その問いに背中を向けたまま、


「次は第二体育館で会うことになりそうだな」


 そう言い残してルトアさんの手を引いて雑踏に紛れる。

 残されたシュゼイルはじっとカキスの背中を見ていたが、一つ頷くと付き添いの二人を置いて自らの屋敷へと帰っていく。二週間後の行事に備えるために。


               ○         ○        ○


 しばらく大通りを無言で歩いていく。そして、路地裏に入る。


「あの、カキスさん?」


 急に路地裏に入り、手をつないだまま立ち止まっている俺に、ルトアさんはおずおずと声をかける。

 俺はゆっくりとルトアさんを向く。そして、少し強引に引き寄せる。抱き寄せた頭の後ろ、後頭部に右手を置き、ポンポンと軽く叩く。ルトアさんは体から力を抜いていく。

 完全に力が抜けたようなので、”結界を張る”。そのことに、ルトアさんは気づいていない。

 左手で耳にかかっている髪をどかすと、くすぐったかったのか、ピクッと体を短く震わせる。そのまま、汚れ一つない剥き出しの耳にふ~と優しく息を吹きかける。


「ふぁぁぁゃっ……!」


 ピクピクピクッ、とさっきより激しく長く震える。胸元に抱き寄せているので、俺の鎖骨に熱く甘い吐息がかかる。

 だが、俺は別にこんなことがしたくて髪をどけたわけではない。俺は下を伸ばせば届いてしまうほど口を近づけ囁く。


「数日前、学園でサーシャに久しぶりに会って、面白い話を聞いたんだ」


 後頭部に置いてある右手を滑らすようにして背中まで持っていく。


「サーシャは誰からか聞いたらしいんだけど、俺は拗ねた女性を慰めるために胸を揉みしだくって」


 左手は、背中から体のラインを確かめるようにゆっくりと腰下まで通り、尻に……入るぎりぎりでグッと腰を抱き寄せる。

 下半身の密着度が上がり、体の全面すべてがぴったりとくっつく。


「覚え、ない?」


 背中に添えてあった右手で、ブラのホックを外す。


「あ、や……!?」


 ルトアさんは外れたブラを直そうと身じろぎをする。だが、俺はそれを待つ気はない。


「ルトア、ちゃんと答えろ」


 俺は語調を強めて前を向かせる。右手を少しずつ前へ、胸へと移動させながら。


「そ、それは……」


 抑えていたものから解放された二つの果実。その片割れの側面に指が触れる。


「ルトア」


 そして、とどめに瞳を覗き込みながらもう一度名前を呼ぶと、


「……………はい、私が言いました」


 ルトアは、堕ちた。


「俺を貶めるようなことを言ったんだな?」


「はい……」


 ルトアを壁に押し付け、逃げられないことをより意識できるように体を密着させる。双丘はグニュウッ、と柔らかく形を変えながらつぶれる。


「つまりは悪いことをしたんだな?」


「はい……」


 両手首を左手で掴み頭上で組ませて拘束して、身を少し引く。両手を持ち上げた状態で拘束されて、自然と胸を張る体制となり、本来隠れているはずの二つの突起が自己主張をしている。


「悪い子には、『お仕置き』だな?」


「…………………………………………………はい」


               ○        ○        ○


「思ったより人に見られましたね」


「……全部カキスさんのせいじゃないですか」


 『お仕置き』を終え、路地裏を出てから十数分。俺は今、ルトアさんをおんぶしながら帰路についている。


「腰が立たなくなったのは、ルトアさんがお仕置なのに感じまくったのが悪いと思いますけど?」


「……ブラ、返してください」


「いいですけど、それで俺の背中から降りれます?」


「……」


「無言で耳引っ張るのやめてくれます?」


 ルトアさんはグイグイと耳を引っ張ってくるが、痛みはない。

 ルトアさんが俺におんぶされている理由は三つある。

 一つはさっき言った通り、腰が抜けているため。二つ目に俺が罰としてノーブラを強制しているため。黒ゆりと同レベルのおっぱいを持っているルトアさんは、何もしていなくとも”グミ二つ”が浮き出てしまう。まったくけしからん、もっとやろう。

 そういうこともあり、俺の背中にはふにゅふにゅした柔らかさとコリコリした硬さが押し付けられている。背負いなおすたびに、


「ぁん……」


 とルトアさんが喘ぐのが地味に楽しい。

 三つ目は……


「盛大にお漏らししたのは言いませんよ」


 お仕置き中にお漏らしをした際、体制の問題でスカートの全面がびしょ濡れになってしまったからだ。多少スカートを引っ張っておんぶをすれば、濡れている面が他人に見られることはない。

 以上、三つの問題が発生しているためルトアさんは背負われなければならない状況下におかれている。まぁ、ほとんど全て俺がそうしたのだが。

 ルトアさんが気にしているのは俺が誰かにこのことを言ってしまわないかを気にしていると思って声をかけたが、相変わらずむすっとした声で否定される。


「……私が気にしているのはそこじゃないです。そのせいでカキスさんの服を汚している自分が恥ずかしいんです!」


(妙に落ち込んでたのはそっちかい!)


 ルトアさんは今年で二十一歳。若い女性なので野外で、それも年下の男の前でお漏らししたのは死ぬほど恥ずかしい体験だと思ってそれを狙ったのだが、全然見当違いだった。

 もはや、フォローする気など失せているが、一応はフォローを続ける。ただし、かなり投げやりに。


「何をいまさら……。過去の『お仕置き』の時にも数回やらかしたことあるでしょうが。し・か・も、今回は俺の顔にも思いっきり浴びせたし」


 生暖かい温度でした。

 それなのに今更俺の服が汚れたことを気にするのはかなりズレている発言だと、俺でもわかる。


「そ、それは!?でそうって何度も言ったのに太ももから顔を離さなかったのが、悪いじゃないですか!」


「いや、そもそも太ももを舐めただけで漏らすのもどうかと」


「その前にんっ!散々あんなことをぁっ、やられてたらああなりぅん!さっきから頻繁に背負いなおさないでください!!」


 少しでも気が逸れるかと思った、俺なりの気遣いだったのだが、お気に召さないようだ。


「ほら、もうピースに着きましたよ?ゆり達はもう帰ってきてるみたいだから、冷静になってもらわないと言い訳しづらいんですけど?」


「……はぁ。ん、ん!!」


 文字に直すとなんだかいやらしいが、溜息を吐いてから咳ばらいをしただけである。数回深呼吸をすると、いつものルトアさんの表情に戻る。……いまだに顔が赤く、背中に当たる小さな突起は硬いままだが。


「じゃ、入りますよ?」


 一応ルトアさんに一声かけてから扉を肩で押し開ける。


 カランカラン。


「あ、お帰……り?」


 ゆりはロビーのテーブルの上にクッキーの材料を並べていた。服装は、珍しくシャツとロングスカートで、白衣のようなシンプルなエプロンを着ている。

 スン、と鼻を鳴らしたゆりは、ほんの少しだけ眉を寄せるそぶりを見せた。それを見ていたルトアさんは、俺の首に回されている腕に力を込める。


「ただいま。お前はこんな時間からクッキー作りか?」


 二人の反応を気にせず風呂に向かう。ゆりは何か察したのか、見送るだけで後ろをついては来なかった。


「う~ん!久しぶりに作ろうかなって~!」


 きちんと風呂場のドアに鍵をかけ、ルトアさんをそっと床に降ろす。身を離したことによって外気に触れた腰のあたりがひんやりする。

 濡れたシャツを脱ぎ、ハンドタオルでさっと腰回りを拭く。そのまま、上半身裸のままロビーに戻る。


「声を張り上げなくても聞こえるぞ、ゆり」


「あ、……う、うん」


 ロビーから風呂場は廊下一本を挟む程度しか距離がいないので、声を張り上げる必要はない。

 ゆりは、歯切れの悪い返答をしながら、ほんのり頬を朱色に染めて視線を少しそらす。


「どうした?」


「その、た、逞しい肉体をお持ちで……」


 どうやら、俺の半身を見て照れいるようだ。


「そんなこと言われたのは初めてだな。ボロボロな体と言われることはあったが」


 そういいながら、無数にある傷の一つを指でなぞる。

 俺の全身にある傷痕の多くは六歳以前に負ったものが多い。切り傷の跡が圧倒的に多いのはそれだけ真剣による訓練が多かったからだ。だが、この六年で負った傷はほとんど残っていない。だから、六年前と体の大きさしか変わらないはずだ。

 ゆりとは幼いころに少なくない回数、一緒に風呂に入っている。初めて一緒に入った頃にはすでに、俺がどう育ってきたかを知っていた頃だった。

 傷一つないスベスベな自分の肌に比べ、俺の肌は抉れた肉を再生させようとして盛り上がっていたりへこんでいたりで、デコボコで歪な肌だった。

 ゆりはそんな俺の肉体を見ても何も言わずに、率先して洗ってくれ。その時の悲しげな瞳を、俺は、まだ覚えている。

 その頃とまったく変わらない傷だらけの肉体はずだが、ゆりには違って見えるようだ。


「昔は痛々しいだけだったけど、今は体も大きくなって、筋肉もついて……。男の子の体って思うと急に恥ずかしくなっちゃって……」


 あはは、と照れ笑いを浮かべるゆり。


「……男の上半身くらいで一々照れるような年じゃないだろ。いい加減慣れないとどうかと思うぞ?」


 そんなゆりに俺は苦言を呈する。


「うっ……。で、でも、それでもカキス君の裸は見ていたいって思えるけど、けど……。うぅ、恥ずかしいよぅ……!」


 最後のほうは消え入りそうな声で恥ずかしがっている。顔を真っ赤にするほど恥ずかしいなら言わなければいいのに。と両手で顔を隠していやんいやんと体をクネらせているゆりを見てそう思った。

 俺は俺で、


「……まぁ、お前が不快に感じないなら見るなり触るなり好きにしろ」


 二連続で、男として意識していると言われたような状況に、照れ隠しにらしくないことを早口にまくし立ててしまった。


「そ、そんな!?ま、まだ私たちまだキスもしてないのに、いいいいきなり触るだなんて……!?」


 ボン!と音を立ててあたまが沸騰したゆりは、顔を覆っていた両手を頬に宛てて俺の胸板から下腹部に視線を下げる。というか、さっき二回「まだ」って言ったよな?

 こいつはこいつで、頭の中でどれだけコトを進めていやがるのだろうか。


「どこに視線を向けてるんだ、お前は……!……まさか、黒ゆりじゃないだろうな?」


 いつの間にかゆりと入れ替わって、俺をからかっているのかと思い、身構える。

 すると、長めに瞬きしたゆりが目を開くと瞳の色だけが黒ゆりのものとなっていた。


「あら、私はもっと大人っぽく誘うわよ?こんなにあたふたすると思う?」


 ゆりと黒ゆりは体全体を入れ替えなくても意思の疎通は可能だ。ただ、本人達だけの会話なら一々表に出てこなくても会話はできるらしい。


「さ、誘っ……!?え、えっと、ち、違うんだよ、カキス君!?私はそんなつもりで言ったんじゃなくて……」


 ただ、それは両方がそれなりに落ち着いていないと成立せず、今みたいにゆりが大慌てしていると、黒ゆりは表に出てくる必要が出る。


「じゃあ、どういうつもりで言ったの?ねぇ、ゆりちゃん?」


「だ、だから!そーゆーコトをするのは私だって興味があるけど、心の準備もまだなのにいきなりお、おち……!」


「それ以上先を言うなよ、ゆり?」


 恥らっている割には、口に出すと相当まずいことを言いかけるゆり。というか、やっぱりそのぐらい妄想が進んでやがったのか。


「黒ゆりも、そんなにゆりを弄るな。俺の専売特価なんだから」


「それはちょっとおかしいんじゃないかなカキス君!?」


「あら、私はゆりちゃんと一心同体なのよ?ゆりちゃんを好きにする権利があるわよ?」


「「それは権利じゃない(よぅ!)」」


「ふふふ、仲の良いこと」


 くすくす、とさっきまで俺と一緒に全力で否定していたゆりの体は、今度はくすくすと笑いだす。まったくもって忙しい状況だ。

 はぁ、と俺がため息を吐くと、黒ゆりは少し硬い声で俺に質問してくる。


「それで?さっきの召使いはなんであんなに臭かったのかしら?」


「黒ゆりちゃん!」


 黒ゆりの見下している言い方に、ゆりが抗議の声を上げる。


「そんな言い方は良くないよ?」


 だが、黒ゆりはゆりの注意に肩を竦めるだけで訂正をしようとはしない。


(魔族はそれほど人間を下に見ているということか……)


 黒ゆりは基本的に俺とゆりには素直だ。だが、それ以外の人間相手にはひどく冷たい。昔の俺のように感情のない機械的な冷たさではなく、昔からの習慣のような嫌悪感による冷たさ。

 ゆりは優しいので、そういうところが許せないのだろう。誰かを個人的に苦手だとか嫌いだとかはゆりにだってある。だが、人種だとかですべてを嫌うことはしない。その理念は俺の中にもある。


「黒ゆり、お前自身が何か人間に嫌なことでもされたのか?」


 俺が介入してくるとは思っていなかったらしく、黒ゆりは心外そうな顔で答える。


「ない、けれど……」


「俺はゆりほど確固たる信念というか信条というかがあるわけじゃない。だから、もしお前が魔族の時代に何か人間に嫌な思いをしたとして、それをすべての人間に向けるなとはいわない」


 人の感情ってのは簡単じゃない。全てが悪いわけではないが、それに関係する物全てが憎らしく感じることがある。それはどうしようもない物だと思う。


「でもな、せめてこの宿で暮らしている人ぐらいにはもう少し気を使ってやってくれないか?お前が不快感を感じるように、ゆりはお前の言動に不快感を感じることだってあるんだ」


 これは幼い子どもに言い聞かせるような内容だ。自分のことだけではなく相手のことも。単純明快、だが簡単にできないこと。俺や、へたすればゆりよりも人間味がある黒ゆりには難しいかもしれない。それに、黒ゆりは完全な善人ではない。どちらかといえば、必要であれば悪に手を染めるタイプだ。

 まぁ、逆に言えば必要がなければ何もしないのだが。


「……はぁ、分かったわよ。私だって、ゆりちゃんは悲しませたくないもの。でも、すぐには治らないからね?」


「あぁ、それで良いさ。その内、慣れてくるだろうし」


 ナデナデ……。


「なぁんで頭を撫でているのかしらぁ……?」


「……さぁ?」


 自分でも良く分からないがなんとなく頭を撫でたくなったのだ。


「あ~……、カキス君は何かにつけて私の頭を撫でるから」


 ピキピキ、と音を立てて顔を引きつらせる黒ゆりにゆりが苦笑する。


「でも、さっきは完全に私だったわよねぇ?……ねぇ?」


「何故繰り返す。そして何故そんなに切れてる」


「子ども扱いされるのが嫌いだからよ」


「そんなつもりはないんだがなぁ……」


 俺は別にゆりを子ども扱いして頭を撫でたことは一度もない。それは今まで一緒に育ってきた(であろう)黒ゆりも知っていると思ったのだが、知っていなかったらしい。


「ううん、違うと思うよ黒ゆりちゃん。カキス君は別に私を子ども扱いしたくて頭を撫でてるんじゃないと思うよ?」


 ゆりも俺と同じだったらしい。が、俺と違うのは、俺が頭を撫でる癖の理由がわかっているようだ。

 それが気になった俺は黙ってゆりの言葉を待つ。


「たぶんだけど、カキス君は幸せを感じると頭を撫でる癖があると思うの」


「……どういう思考回路なんだお前は?」


「そんなにおかしなこと言ってないと思うんだけど……」


「いや、おかしいと思うぞ。それでいくと、俺は度々幸せを感じていることになるだろうが」


 俺がゆりの頭を一日に撫でる回数はかなり多い。俺は自分がそんな平和ボケしたような思考回路の持ち主だとは思っていない。

 俺の反論にゆりは微笑を浮かべたまま首を横に振る。


「ううん、全部がそうだとは言わないけどそれでも半分ぐらいはそうだと思うよ?」


「根拠は?」


「だって、そういうときのカキス君の顔はとっても優しい顔してるんだもん」


「……そう、かもな」


 基本的に俺は無愛想な表情をしている。それは何時何があっても良いように常日頃から警戒をおこたわらないようにしているからだ。

 だが、ゆりの頭を撫でる時は警戒を解いている状況が多い。


「昔からの癖となると余計にじゃないかな?」


 感情についての理解もだが、感情を表に出すのが苦手だった俺は行動で示すこともあった。というか、その方が多かったくらいだ。昔というのはその頃の話だろう。


「じゃあ、カキスは何に幸福感を覚えたのかしら?」


「ん~、それは本人にしか……」


 どうやらゆりは俺の行動原理は予測できても、詳しい事までは判らないらしい。

 あはは……、と誤魔化すように笑うゆり。

 俺はゆりからヒントをもらったので何となくだが分かった気がする。


「本人は納得してるけど、やっぱり子ども扱いしているとしか思えないわ」


 黒ゆりはキロッと軽く睨んでくるが、撫でるのをやめない。


「争いもなく大事な二人が過ごせるのが俺にとっては、この上ない幸せだよ」


「……」


「……」


「……何故二人共黙る?俺が寒いこと言った見たいじゃないか」


 無言で目を逸らされるとなんだか滑ったかのようだった。


「……寒いどころか、ポカポカであつあつだよぅ……」


「……まったく、これだから天然ジゴロは……。あ~、暑い暑い」


 原因がわからず首をかしげていた俺には二人の呟きは耳に入ってこなかった。

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