第二話 「普通科と特異科と」
「本当にこの時間は人が少ないんだね」
ピースを出てから十分と少し。入る門が違うコルトとはすぐに別れ、人が全くいない石畳の道を三人で歩く。ゆりを真ん中にして、左に俺、右にディングという隊列だ。
「そうですね。とても静かで心が洗われるようです」
ディングは両腕を広げて胸いっぱいに息を吸う。ディングのがたいはそこそこいいので、手を広げて胸を張るとかなりの邪魔である。俺もゆりも無言で一歩横へずれる。
ゆりもディングも清々しそうにしているが、俺はそうは思えない。
「……俺には、嵐の前の静けさな気がするんだが……」
大抵、俺が誰かと静かな朝を満喫……しているのはディングだが、していると、何かしらの事件に巻き込まれる。
「おいこらテメェ!!」
こんな風に。
「い、今のどこから?」
「私たちに対して言っているものではないようですが……」
キョロキョロとゆりとディングは怒声の主を探すが近くには見えない。
ディングがどうかは知らないが、視力の悪くないはずのゆりでも、前方の男女のことが見えないようだ。
「……穏やかじゃないな」
「え?」
俺が目を細めて前方を注視しているのを見て、ようやくゆりも前を見る。
その先には、一人の少女が倒れており、その子を守るようにして立っている少年。二人の顔立ちがよく似ていることから、兄弟なのだとわかる。そして、その少年が先ほどの怒声を向けた相手であろう、三人の男達。
真ん中の男が先頭に立っていることから、あいつがリーダー格だということがわかる。
最初の怒声以来、ここまで声が聞こえないので会話の内容はわからない。読唇術をしようかと思ったが、さすがにこの距離では口元を細かく読み取ることはできそうにない。
だが、少女がリーダー格の男を強く睨んでいることや、少年の言葉に肩をすくませて薄い笑いを浮かべる男、その左右の男二人がニヤニヤしていることからなんとなく何があったのかがわかった気がする。
「今にも魔法をぶっ放しそうね、あの男」
「急に替わるな。びっくりするだろうが」
右を見ると、いつの間にかゆりの眼は鋭くなっている。
「お嬢様?」
「違うわ。今日の朝にも説明したでしょう?私は黒百合よ」
様子の変わったゆりにディングが声をかけると、ぴしゃりと黒百合が固い声色で否定する。
「し、失礼しました、黒ゆりお嬢様!」
ディングはあわてて跪く。
「……相変わらず、人当たりが強いな、お前」
今朝、ピースを出る直前に黒百合のことを他の皆にも説明したが、その時も相当に当たりが強かった。
「私のことはどうでもいいじゃない。それよりも、あの子達はどうするの?」
黒百合は前に指を向ける。向こうでは、兄弟ともに魔力で髪が揺れるほど、魔力を集めている。
「別に?どうもしないさ。精々巻き込まれないように遠回りするぐらいだな」
それを見ても、俺は興味ないといわんばかりに、実際に興味がないので、関わる気がないことを言う。
「あら、意外ね」
「そうでもないさ」
俺はコルトと違って無駄に疲れることに嬉々として巻き込まれるつもりはない。
さっさとこの場から立ち去ろうとしたが、
「お~い!!そこの銀髪少年!見てないで加勢しろぉ!!」
「呼ばれてるわよ、シルバーボーイ?」
「らしいぞ、ディング」
「明らかにお前だろうが!?」
チッ!流れるようにディングに押し付けたのに引っかからなかったか。
ため息の一つでもつきたいが、先に巻き込まれるのを阻止することにする。
「なんで俺なんだ!ここに手頃な肉壁があるだろうが!!」
「誰が手頃な肉壁だ!!」
片手を口元にあてながら、もう片方の手でディングを指すと、肉壁が激怒する。マルニアスごときに一撃で気絶した奴なんて肉壁で十分だ。
「じゃあその手頃な肉壁もだ!!」
「何を言ってるお前!?」
「よっしゃ!」
「お前もお前で普段やりもしないであろうガッツポーズを全力でするな!!」
ざまぁみろ、これで道連れだ。
「ほら、さっさと行くぞ、肉壁」
「お前さっきまで乗り気じゃなかっただろうが!?」
そんな過去のことなんて都合の悪い時には出てこない。
ディングを引きずり連れて、はっきりとそれぞれを確認できる位置まで近づく。
「……で、俺は何の騒ぎに巻き込まれたんだ?」
「達をつけろ達を」
肉壁の言っていることは無視。
「こいつらが俺の妹に肩をぶつけて転ばせやがったくせに、謝ろうとしないんだよ!」
目の前の三人を睨みながら、また声を荒げる。
「まぁ、とりあえずあんたはいったん冷静になれ。朝から声をからすつもりか?」
ポンポンと肩を叩きながら、三人組と妹を盗み見る。
三人組の服装は青地のローブで、中央の茶髪の男だけは、先端に拳大のサファイアが埋め込まれている杖を持っている。
(貴族連中か……)
魔法使いにとって、杖というのは、剣士にとっての剣と同じで、重要な武器だ。魔法のアシストができ、打撃もできる。……まぁ、肉弾戦をする魔法使いはほとんどいないが。
そういった魔法使いが使用する杖には戦争や実践で使う実用的な杖と、見栄えを良くするためや祭典などで使う非戦闘的な杖がある。男が持っているのは単なる宝石を装飾用に取り付けた、高いだけの杖。つまりは、自分は金を持っているということをアピールするための杖。
一方で妹。妹は、兄と同じ赤色の髪をポニーテールにしている。服は一応は存在している、ローブの様な第二学生用の制服を着ている。目つきの鋭さは黒百合とは少し違い、気の強さをのぞかせている。キリッとした、口うるさいクラス委員長系の女子、という奴だろう。
(へぇ……そこそこ魔力量があるみたいだな)
集まっている魔力の色は赤。つまり、火属性。この魔力量的に、おそらく火属性中級魔法『サークル・フレイム』だろう。
対象の周りを炎の壁で囲い、少しずつその壁を迫らせていく、小範囲魔法だ。
普通科で入学前後に中級魔法を使える生徒は優秀な方だと聞いたことがある。
だが、運悪くもっと優秀な奴が目の前にいる。
「やれやれ。君も対外人の話を聞かないな。……いい加減にしないと、その子に”コレ”、当てちゃうよ?」
男は肩をすくめ、杖の先を妹に向ける。埋められているサファイアの先に密度の高い水属性魔力の塊と共に。
「……くっ!?」
「……っ!」
使用している魔力量でいえば、妹の方が溜めている量が多い。だが、密度は段違いに男が高かった。その水球の表面は限りなく穏やかだが、中は高速で回転しているのが見える。
しかも、それだけじゃない。
(ほぅ、『アクアレーザー』を無詠唱でか。どこぞのプライドだけはハイな先輩とは大違いの貴族だな)
普通、魔法は詠唱を必要とするのだが、この男はそのステップを飛ばして、魔法を発射直前状態にしている。対して妹は、まだ詠唱にすら入っていない。このままでは、妹が詠唱に入った時点で、男に狙い撃ちにされる可能性がある。
俺にとっては喧嘩を吹っ掛けた兄弟がどうなろうが知ったことではないが、ディングと俺が食らうわけにはいかない。特に、無属性の俺は。
放たれる前に潰す決断をして行動しようとした瞬間、
「いい加減にするのはお前の方だ」
校舎へと続く道、俺らにとっては右から少し低い男の声が聞こえた。
俺とリーダー格の男以外は体ごと声の方を向いたが、俺と男は視線だけを向ける。
「朝っぱらから中級魔法をぶっ放そうとすんなよ、新入生。教師がいないところで初級魔法以外の使用は禁止だ」
小汚いローブのフードから覗く顔は、無精髭を生やした三十代後半のやる気のないおっさんの顔だ。
「これは失礼。あまりにもこの兄弟がちょっかいを出してくるので正当防衛のつもりだったのですが」
「この……っ!!」
グッ!
やれやれといった調子で肩をすくめる男に、また牙をむき殴り掛かりそうだったので肩をつかんで止める。
「放せ!!」
「あんたがアレに貫かれないっていうならこの手を放すが、どうする?」
掴んでない方の手で、『アクアレーザー』を指さす。水球はこちらに穴を空け、今にも高速回転によって高圧レーザーとなった水を放ちかけている。
一瞬、男は兄が突っ込んでこなかったことに悔しそうな顔を仕掛けたが、すぐにニヤニヤと見下した笑いを見せつける。
「命拾いしましたねぇ、アルター殿?」
一人で勝手に校舎に向かう男を、取り巻きの二人はあわてて追いかける。三人が完全に見えなくなってから、兄、アルターを解放する。
「……クソッ!」
アルターはしばらく男たちが去って行った方を憎らしげに睨んでいたが、苛立ちをぶつける様に、地面の土を蹴りあげる。
「ふぅ……」
ディングは肩の力を抜いて息をつく。この部分だけ見ると、まるでディングが平和的に解決したかのように見えるが、実際には何もしてないし、こいつも出会い頭に剣を全力で叩きつける危険な男だ。
無事解決したので、ディングを置いてゆりの方へ向かう。
「ちょっとアンタ!」
そんな俺に、何故か怒りを露わにしながら詰め寄ってくる。全力で無視したいが、こういうタイプの女は放っておくと、後から面倒なことになることが多い。
どうにかため息を出しそうになるのをこらえながら、緩慢な動作で振り返る。嫌そうな顔をしても良かったが、イライラしている相手に余計にストレスを溜めさせるのはよろしくないので、少し冷たいと言われる普段の表情で答える。
「ディング、呼ばれたら返事くらいしろ。無視は相手に失礼だぞ」
「どう考えたってあんたでしょうが!!」
どうやら余計なストレスを与えてしまったようだ。
「あんまり大きな声を出すな。うちのメス……子犬が怯えるだろうが」
後ろで、駆け寄ろうとしたゆりがビクっ! とひるんだのが背中越しに何となく伝わる。
「……お前、今、お嬢様をメス犬とか言いかけたな?」
「気のせいだ。それで、何の用だ?」
今度はちゃんと答えると、妹はさっきよりは声を抑えて要件を言う。
「何でアルターの邪魔をしたのよ!」
「……はぁ?」
元々、妹の気に障るようなことをした覚えがなかったが、予想以上に意味不明なことを言われた。
「アンタがアルターを止めなければ、私がアイツの魔法を相殺してアルターが……!」
「無理だな」
自分でも思ったより冷たい声が出る。訳の分からないことに巻き込まれた上に、必要以上に大きな声を出してゆりを怯えさせたことに、気づかないうちに苛立っていたのだろう。妹の言葉に目を細めて口を挟まずにはいられなかった。
妹は、さっきまでの少しだらけているような俺が、急に鋭い反論をしたのに少しひるむが、持ち前の気の強さで立て直す。
「どうしてそんなことが言えるのよ!」
「お前が唱えようとしていた魔法は貫通魔法に弱い。属性相性も悪い。第一、魔法使いとしての腕が違いすぎていた」
おそらく、アイツは魔法師に片足を突っ込んでいる。それに比べると、妹の腕では上級魔法でも使わない限りまともな勝負にすらならない。まぁ、あの感じだと上級魔法が使えなさそうだが。
「シェリル。こいつの言うとおりだ。今の俺たちじゃ勝ち目がなかったのは事実だ。それどころか、巻き込んだ張本人の俺を助けてくれたんだ。こいつにあたるのは八つ当たりでしかない」
「アルター……」
どうやら、妹の名前はシェリルというらしい。
アルターは思ったより理性的な思考ができるようだが、頭に血が上った場合はそうもいかないようだ。さすがに兄に言われて冷静になったのか、シェリルはさっきまでの勢いを失っていく。
「でもな、それも今は、だ。俺たちはいずれあいつらに勝つつもりだ」
シェリルを下がらせ、前に出てきたアルターは暑苦しく力説する。
「うむ、それでこそトラクテル家だ。シェリル嬢もなかなかの腕前のようだしな、教えがいがありそうだ」
フードを外し、おっさんがアルターの肩に手を置く。……何故か俺の肩にも。
「……何の手だ?これは」
「これからよろしくという意味だ。お前たちは俺が受け持つクラスメンバーだからな」
……………。
「「「「ええーーー!!?」」」」
「え~?」
ゆりやディング、トラクテル兄弟はおっさんが言ったことの意味に驚きの声を、俺はトラクテル兄弟が同じクラスなのに不満の声を漏らす。
○ ○ ○
「え~、これからこのクラスを担任するグナイだ。特に自己紹介することもないからさっさと出席をとるぞ」
おっさん改めグナイは出欠を確認していく。よれっとした見た目のわりに、しっかりとHRを進めていく。
「水谷ゆり」
「は、はい!」
「ういっす」
「肉壁」
「ちょっと待った!?何故私の名前が肉壁になっているんですか!?」
ガタタン!!
何をそんなに慌てることがあったのか、椅子を蹴飛ばすぐらいの勢いで立ち上がる。
さすがに、一日目から暴力的な人間だというレッテルを張られるのは可哀想なので、俺がディングをなだめる。
「落ち着け、肉壁」
「だから肉壁ではない!」
指まで刺されて逆切れされてしまった。
「まさかお前が名前を書き換えたとかいうわけではないだろうな?」
「するわけないしできるわけないだろ?あの出席簿は今さっき持ってきてたのをお前も見てただろ?」
「むぅ……」
騒いでいるのが俺らだけという空気の悪さを感じたのか、渋々という感じで座りなおす。
「いやぁ、カキスが朝お前のことを肉壁って言っていたもんだからそういう名前なのかと思ってな」
「やっぱりお前のせいだったじゃないか!!」
「いや、俺じゃなくて、出席簿があるくせに間違えるアイツのせいだろ」
「ぐぬぬ……!」
最近はディングの不興を買うことがなかったのに、グナイのせいで台無しだ。
ディングは席に座りなおしても、歯ぎしりしながらこちらを睨んでいる。グナイはそれを気にも留めず、出席を続ける。
ディングの睨みを無視しながら頬杖をついてそれを聞き流していると、ふと視線を感じた。
(誰だ……?)
視線は後ろから感じるので、目を動かして確認することができない。普通に後ろを向けばいいのだけの話なのだが、昔からの癖で見られていることに気付かないふりをしてしまう。
(悪意のある視線、というわけじゃないみたいだが……)
三年前の特別異能科、通称特異科にいたときは、そういったねっとりした視線を向けられることが多かった。視線に限らず、雰囲気自体も普通科は全体的にほのぼのしている。特異科のピリピリした空気とは大違いだ。
(まぁ、”今回も”、面倒なことに巻き込まれる奴がいるから、何かしら起きるんだろうが)
はぁ、とこれからのことを思ってため息が吐きながら、ゆりの方を見る。
斜め前の方の席に座っているゆりは、ディングのようにもの珍しそうにあたりを見渡すこともせず、顔を俯けてじっとしている。もしかしなくても人見知りを発動させているに違いない。
隣の男子が先ほどからチラチラとゆりの様子をうかがっている。
(青春してるなぁ~)
俺はそれを他人事のように眺める。いかにも、可愛いけどどう話しかけたらいいか迷ってます、といった挙動は、青春以外の何でもない。
(まぁ、ゆりなら当然か)
俺は若干慣れた面もあるが、ゆりはかなり可愛い。あんな風にわかりやすい視線を向けてしまう男子生徒の気持ちが半分くらいはわかる。
もし、あの男子に、ゆりは人見知り隠れMで、体がロリと巨乳ロリの二変可能で行動のすべてが地味にエロいサキュバスを心に飼っているロリ少女、と言ったらどんな反応をするだろうか?
……ふむ、なかなかに面白そうだ。ぜひともゆりの目の前で暴露したいものだ。
なかなかにゲスなことを考えていると、いつの間にか生徒たちの自己紹介に移っている。ちょうど、ゆりの番だ。
「え、えっと……水谷ゆり、です。名前で分かる通り、大和出身で、十五歳です。ひ、人見知りが激しいですが、よ、よろしくお願いします!」
(((((可愛い……!)))))
ゆりのたどたどしい自己紹介や外見から男子(カキスを除く)がキュン!と胸をときめかせ、
(((((守ってあげたい……)))))
女子は母性本能を刺激されたのだった。
(泣かせてぇ……)
これが誰の心の声なのかは、言わなくてもわかるだろう。
ゆりが、何とか泣かずに自己紹介できた喜びで、カキスにちらっと視線を送る。が、カキスがニヤニヤしていることから何を考えているのかを察し、結局涙目になるゆりだった。
なお、それを見たグナイが、名簿に記されているカキスとゆりの主従の文字を矢印で逆にしたのを二人は知らない。
「じゃあ、次」
「はい」
そうして、俺の番まで回ってくる。
「よし、次」
「うぃっす」
立ち上がり、ざっとみんなの方へ体を向ける。
全員の視線にさらされるが、特に気にならない。大勢の注目を集める場での発言は慣れている。第一、大和で城を一つ、”正面突破で落城させた”ときの200人近いさっきに比べたら、どうということはない。
「名前はカキス。こんな名前だが、大和出身だ。少々事情があって、6年前に家出をして旅人をしてた」
そこでいったん言葉を切り、ゆりの方に視線を向ける。
「ゆりとは幼馴染で、その関係でボディーガードをすることになったんだ。ついでにゆりは見た目通りでMだ!」
「「「「「おおー……!?やっぱりそうだったのか」」」」」
「しれっと変なことを皆に吹き込まないでよぅ!? ていうか皆もやっぱりって何!?」
俺が力説すると、教室は歓声で沸き立つ。それをゆりは顔を真っ赤にして否定している。
「そうだな、ゆり。俺が間違ってた」
俺はなんて勘違いをしていたんだ。
「あの、カキス君?なんかキャラがおかしいよ?そんな悔しそうな顔したことなんて一度もなかったよね?」
ゆりの声は聞こえてないものとする。キャラが違うことがわかるのはディングとゆりぐらいなものだから。
「皆、聞いてくれ。ゆりはただのMじゃない。隠れMなんだ!」
「何一つさっきと変わってないよ!?」
「いや、違う!自分からスパンキングを求める、恥を知らないメス豚と違い、ゆりは追い詰めていくたびに少しずつMな自分を解放していくんだ!!」
「わー!?わー!?わぁーーー!?」
俺の声をかき消すほどの大きな声を上げて妨害してくる。その頑張りは意味があったらしく、皆は聞こえなかったのか、悔しそうな顔をしている。
ゆりが否定やツッコミを止め、俺の妨害をしたのは、図星だからだろう。ゆりは基本嘘はつかないので、ごまかすことはあっても、事実を否定することは少ない。
『お仕置き』によって、ゆりの隠れた性癖を知っている俺にはそうとしか思えない。
「はいはいはい!自分の紹介をしろ、カキス。お前らの夫婦漫才は長すぎる」
「夫婦だなんて、そんな……」
「いや、俺ら別にそんなんじゃ、全っ然!ないんで」
きっぱりと否定すると、もじもじしていたゆりがすごい勢いでしょんぼりしていく。
グナイの言うとおり、関係ないことで時間をとりすぎた。仕切り直しの咳払いをして自己紹介を再開する。
「んん!……3年前にもここに通ってたが、その時は特異科だったから普通……」
「「「「「特異科ぁ!?」」」」」
……科には慣れてない面も多いからよろしく、と続けるつもりがゆりとディング以外の全員が特異科に対して大きな反応を示す。グナイなんか、口を大きく開けて驚いている。
ディングは状況を理解できず、俺に説明を求める。
「特異科とはどんな学科なんだ?」
「……特別異能科の略称が特異科だ。権力、武力、魔力、あらゆる力で特別な存在が集まる学科だ。王族の人間とか、国にとって重要人物なんかは特異科に回される。また、自らで制御しきれていない異能系能力者もここに強制収容される」
俺が説明する前に、グナイがいまだに信じられないといった様子で特異科についての説明を続ける。
「特異科の人間は普通科のように授業がなく、代わりに様々な研究をしている。特異科に属すということは、国から認められた人間といっても差支えがない。……まさか、そんな奴が普通科に再入学するとはな」
「俺は好き好んで特異科に入ったわけじゃないんだがな」
誰に聞かせるとなく、俺は小さく不満を漏らす。
「というか、その説明だと勘違いする奴が出てくるんじゃないか?」
まるで、名誉ある生徒たちのように説明しているが、あの科の人間の大半、いや、もう9割ぐらいが扱いの難しい問題児を閉じ込めるための檻の様な学科なのだから。
皆もそれを知っているから、俺を見る目におびえの色がある。
「どういうことだ?」
いまだに理解しきれていないディングの察しの悪さに嘆息する。
「周りを見てみろ。お前と皆、俺を見る目に温度差を感じないか?……普通科にとって特異科ってのは得体の知れない連中の集まりなんだよ」
今の状況のみたいにな。
俺だけが席を立ち、みんなは座って俺を見ている。異質な存在を糾弾しているかのようだ。
こういうとき、憤ったりするべきなのかもしれないが、俺は特に怒りも悲しみも悔しさも感じることなく、ただ苦笑を浮かべるだけだった。
(まぁ、こういう反応をするも間違いってわけじゃないか)
ゆりは納得がいかなさそうにしているが、それでも俺の意思をくみ取ってくれたのか、口を挟まないでくれている。
「別に、それは間違った反応だとは俺は思わない。人ってのは大きな力が自分たち側についてないと、どうしても恐れるものだからな。……ま、そんな奴なんでよろしく」
これ以上続けてもあまりいいことははないので、少し強引に自己紹介を終える。
(必要以上にゆりの周りに群がられるよりはいいか)
俺がゆりのボディーガードだと宣言してあるので、無駄な人間が集まることが少なくなり、多少の抑止力になるかもしれない。そう思うと、この視線もそこまで気にならない。
申し訳なさそうにしながらも逃げ腰の……あれ?なんか違う?どちらかといえば、子どもが憧れの存在を見るときのキラキラした眼差しの様な……何このデジャブ?
「……えっと、何?」
「「「「「す……」」」」」
「す?」
「「「「「すげぇ!!」」」」」
「うおわ!?」
すごい勢いで人が集まって、敵でもないので蹴散らすこともできずあっという間に囲まれる。
「なぁなぁ、特異科の校舎は地下にあるって本当か!?」
「あ、あぁ、本当だ。正確には、研究地区であって、特異科に校舎はないに等しいんだがな。それでも、地上よりも縦横高さのすべてにおいて広い」
「上級魔法がそこら中から飛んでくる危険地帯ってものも本当か!?」
「上級魔法について研究しているエリアはそうらしい。俺は踏み入れたことないが」
「地下何階まであるんだ?」
「それは教えられない。機密事項だ。ただ、俺は一番下まで行ったことがある」
「そこには何が!?」
「特に何も。だだっ広い体育館みたいな感じだった。使用用途としては、地下シェルターぐらいじゃないか?」
「お前は何がすごくて特異科だったんだ?」
「異能系だから、というだけだ」
「見せてみなさいよ」
「簡単に言うな。リスクがあってそうそう使えねぇよ」
「あんた……良いケツしてんなぁ……」
「誰だ!?今、どさくさに紛れて俺の尻を触った奴は!?」
「大変そうだな」
「そう思うならこの暴徒共をどうにかしてくれ、ディング」
「ふふっ、良かったね、カキス君」
「五月蠅い、黙れ、去ね、すぐに泣いてまわりを誘惑するマゾ犬め」
「なんで私だけそんなに冷たいの!?八つ当たり?八つ当たりなの!?」
「……もう、これ、自己紹介を続けられそうにないな……」
グナイは深いため息をつきながら、カキスの名前の下に追加で、元特異科、と書き加える。