プロローグ 「ソノ瞳ニ映ルモノ」
若干グロシーンがありますので注意を。
「早く隔壁を下ろせ!」
「それよりも避難が先だ!」
「混乱が起きているんだぞ!? 時間がかかる! それに避難を優先している暇など……!」
「な、何だよあいつら!?」
「どう、どうするんだよ ――さん!」
「落ち着きましょう。とりあえずは……ぐぅっ!」
「まさか、あいつらにやられたキズが……!?」
「うわぁーー!!?」
「どけ! どけよ!?」
「私が先よ!」
「お、押すなって!? おい!?」
「あらあら、なんだか大変みたいね、――」
「姫様、ご安心ください。この部屋はすでに結界が張られております」
「そう。ありがとう――」
「………………悪趣味だな。自分の国の教育機関に通う学生達の危機を上から眺めるだけとは」
「あなただけには言われたくないわ、――」
「――さん! こっちに!」
「お嬢様! ……くそ!? あいつらは一体……!?」
「たぶん、私と――君に関係のある人達だと思います」
「二人にですか……。そういえば、あいつは……!?」
「……――君なら」
「彼なら、迎撃に行ったよ、――」
「――!?」
「――さん!?」
「やぁ。二人の安全を任されちゃったからね。二人とも、動ける?」
「ああ。急いでここから離れるのか?」
「う~ん、僕はどっちでも良いけど……どうする? ――さん」
「……――君の所に行きましょう。邪魔にならない程度に近づいて……守られてばっかりも嫌ですから」
「うん。君ならそういうだろうって――も言ってたよ」
「ま、いざとなれば、私もいるから大丈夫よ」
「……どう考えたってこの場では私が守られる立場だよな……」
「はは、まぁ、しょうがないってことで」
「……くぅっ!?」
「――!? どっけぇぇーー!!」
ボバァン!!
「大丈夫!? 早くここから離れましょう!?」
「悪い……、うまく体が動かないんだ。どうやら毒を塗られていたらしい……! お前だけでも……!」
「嫌よ!! 私達は兄妹なのよ!? 置いていけるわけ……!」
「……くそ、囲まれたか……!!」
「くくくっ。ここは楽しいな。ちょっと調子に乗ってる奴がいっぱい居やがる。ここは食べ放題だな……!」
「隊長。お上からの指示ではあまり派手に動かないようにとのことでしたが?」
「つれないこと言うなよ。お前らだって、久々に楽しみたいだろ? ……殺しを」
「それを言われちゃあ、ねぇ……?」
「くくく、ははははははははは!!」
「……しばらくは大人しくしてると思ったんだがな」
少年は立ち上がり煙に覆われた世界を見る。
この場は先程まで学生同士が己の実力を競い合う場だったはず。それなのに、今は阿鼻叫喚と変貌を遂げている。
白い視界はどこまでも続き、時折鉄と鉄のぶつかり合いの音や、魔法による爆発音、そして……、
「甘い」
ザシュッ。
肉を切る音。
少年は斜め後ろの死角から音もなく飛び込んできた黒装束の男を、振り返ることもなく一刀で切り伏せる。競技用に刃を潰されているにも関わらず、男の大腿部に太く深い溝を作る。隙間からは白いモノが覗けている。
「う、が、ぁ……!?」
無様に肩から地面に墜落した男は呻くような声を上げ、切られた足を抑える。日ごろの訓練のおかげで痛みに叫ぶようなことはしない。
「それだけ深く切られて悲鳴を上げなかったのは褒めてやる」
少年は視線だけ肩越しに向けると、一言そう残して白い世界を歩く。
背中には真紅の液体が付着しており、どこまでも白い世界の中で一人だけ切り離された存在の様だった。
「うう、……あ、あれが……!?」
その後ろ姿を見送ることしかできなかった男は、少年の眼に本能的な恐怖を抱いた。そして、その実力から少年が何者であるかを理解した。
少年にある世界を映す二つの水晶は、白い世界など映していない。見えているのは赤と黒の世界。
「……」
「こね~こちゃんには、俺達を楽しませてもらおっかなぁ?」
「お前だけでも、逃げろ……!」
「嫌よ!! 絶対に置いていくわけには行かない!!」
映せるのは、
「……流連流百華繚乱の型、その一『桜閃』」
ギギギギィン!!
「ぐぉっ……!?」
モノか死かだけ。
「俺の大事なクラスメイトにその刃を向けたこと、後悔させてやるよ」