魅了
弟は何時も後をついてくる。
実際鬱陶しい時もあった。
勉強している横でお絵描きや粘土細工やうたた寝していたりした。
気になるんだよ!
それは自分の集中力のなさを告知するようなものだ。
弟は静かだ。邪魔する訳でもない。
うん。
集中力がないので弟を別の部屋へやって下さいとは言えない。
武術の指導中も他の生徒に混ざって素振り。
視界の端で、砂場遊びや木登りや何時も唸っている犬を撫でていたりする。
犬が腹を晒してパタパタ尻尾を振り回しているのは見間違いだろう。
あればケルベロスとか言う師範の相棒。
大人が固まっていたりするが気のせいだ。
気がつくと弟は文字を読み書きしていた。
うん
良く絵本を読み聞かせたからね!
俺の教育の結果だ!
気がつくと同じ授業を受けている。
うん。この時間の先生が教えているのは俺だから終わるの待っているんだよね。
これが終わったら庭の鯉獲りでも教えよう。
庭に父上の雷竜がいた。
ええと、なんで地面にめり込んでいるのかな?
具合が悪いのか?
「にいたまドラドラ」
竜の鼻先をペチペチする弟。
うん。身動き出来ないほど重病らしい。
鯉でも食べさそう。
怒られた。
はあ、おやつ抜きとか。
父上が雷竜に乗って飛んで行く。
弟が手を振っている。
上空を旋回して格好良い所を見せている。
父上、とっとと出かけて?
学園の公開授業に弟が来た。
気のせいか飛竜がピシッと整列している。
いや、飛行訓練だから飛んで?
その日、飛竜は石像のままだった。
「で?」
足の下にアッシュが嬉しそうにしている。
変態は放って、いや後で踏んで貰おう。
「あ、兄上、魅了の解除できますか?」
うん?
「そんなことより、来なさい」
この腕の中に!
「ちょっ」
フフフ、弟は俺のもの
魅了にかかった。
反省文を仲良く書く。
おかしい。弟を抱っこしたら怒られた。
抱っこされた弟も反省文? 何故だ?
まあいい。兄弟で反省文なら、他の奴は謹慎だろう。
寮に押し掛けた。
おかしい。
アッシュがいた。
コンラッドがいた。
あっちのは誰だ?
いやいやそれよりも…………
「チューするなら私にしなさい」
何故にスライムにチューしているのだ。
「オート魅了が発動しっぱなしなんだけど、オートてどうとめるの?」
「いや、赤ん坊の頃から愛らしさ発揮していただろう?」
「え?」
弟はどうやら成長期に入ったらしい。
魅力が増えたらしい。
一晩でポンと上がるとは。恐るべし。
それでオート魅了だと勘違いしたらしい。
「にいたま、それじゃ魅力を下げる偽装とか気付かれない様になるスキルはありますか?」
「…………初等科じゃあ教えてないと思うぞ」
うん。可愛い。
困ってる。困ってる。可愛いすぎるぞ。
「とりあえず兄上、魅了耐性覚えて来てください」
追い出された。
「ウオオ、ヴィンセントーー」
泣き落としたら入れて貰えた。
スリスリ。
弟を抱っこするのは久しぶりだ。昔は何時も抱っこしていたな。
そうしないとメイドの膝にいたからな。
スーリースーリー
「あれ、アッシュ、待機中か」
フルフルとアッシュが我慢状態な事に気が付いた。
コンラッドは「心頭滅却」と呟いている。
「君たち、消灯なのだが」
見回りが来た。
学園長が。
何時からか見回りに学園長が人員に入ったのか?
「おや、アッシュ君、忍耐を覚えたのですか。なるほど、勉強会は本当だったのですね」
上級生が下級生寮に入るのに、申請書にそんな理由を書いたらしい。
「コンラッド君は、魅了耐性獲得出来たのですか」
なんと!
「でアルシオン君、君は?」
怖いです。学園長。
「弟とスキンシップを」
「家族の交流は大切ですからね」
怖いです。
今日は 教師を交えて勉強会。
目的は魅了耐性か、それに近いスキル獲得。
魅了耐性は魅力的なものに惑わされないよう我慢から。
弟は空の罠を見ながら、荒らされた畑の中に。
「それじゃ呼び寄せるから捕まえてね」
ついでに弟のお手伝い。
弟が唄う。
ボーイソプラノの優しい声が流れる。
スキル無しであの響きだ。唄系スキルや声系スキルを獲得したらどのぐらいの威力が増すのか楽しみである。
ワラワラワラ
声に惹かれて集まってくる。
ワラワラワラワラワラワラ
それを格好良く捕獲する出来る兄はここですよ?
ワラワラワラワラワラワラワラワラワラ
!?
その日弟の称号が増えた。
魅惑の歌姫。
集まった野良を端から捕まえ、作業は深夜にも及んだ。
疲れた。
が、しかし。一日中弟の側にいたからか魅了耐性をいつの間にか獲得していた。
「アルシオン様? 此方の方は」
誰だ。この女。
…………あ、婚約者だった。
俺の膝の上の弟を凝視している。
見るな。減る。
「弟のビィだ」
「弟? あ、そうでしたわ」
「兄上、僕はもう失礼しますよ。ではごゆっくり、ぐえ」
放さん。
「では三人で?」
何の話だ。あ、デートだったか?
なんでデート。
そもそもなんで婚約したんだ?
あ、思い出した。
「お勉強したいのに求愛の殿方が騒がしくて困っておりますの」
確かそう、実家からの見合い話にうんざりしていた俺は虫除けに利害の一致で形だけの婚約者になった。
デートも敵の目を欺く為に。
いやいや、弟から目をはなしたから虫が沢山涌いてたのだろう。
もう目を放さん。
「ちょっ、兄上、困ってらっしゃるでしょ。とっととエスコートして下さい」
「お前魅了耐性覚えたら何時でも会ってくれると言ったではないか」
「二人のデートまで一緒とは言ってません」
「み、魅了耐性?」
「おう!バッチリ獲得した」
お? 何かびくついて?
ピコン
「あ、真実の目が来たぞ」
「え?」
「ええと、偽装効果を排除して本来の姿を見ることが出来るーー」
「いやぁーー」
何故か逃げられた。
どうでもいいけどこれで可愛い弟の可愛さをバッチリ堪能できる。
ダサいメガネやダサい髪留めにイラついてたのだ。
「兄上、女性にそのスキル持っていると言わない方が良いですよ」
「ビィ、このダサくなるイヤリングもつけなさい」
みな弟をチラ見していく。見るな。
「まだあるぞ。ダサいフード。ダサいブローチ、ダサい腕輪」
「兄上、錬金術は追試ですか?」
「おう!」
デートは坑道になった。ついでに材料集めが出来る。
鉱石採取のスキルが上がった。
ダサい(魅力が下がる)シリーズを提出したらため息をつかれた。
これでもまだ足りないのですよ?
精進せねば!
兄の暴走は止まらない。