二日目 本当に異世界
「夏凛ちゃん、いったね。要するに君はこの世界とは異なる世界で育ち、何らかの事故でこの世界に来たということかい?」
「そうです」
「その服を見る限りこの世界にはもうないものだし、持っていたこの『コーカ』もこの世界にはない。――やっぱり君が『救世主』なのかな」
私がポケットに入れていた『百円硬貨』を指で玩びながらアマメさんは嬉しそうな顔で言う。
「『救世主』?」
「絶対に命中する預言。遠い昔に未来予知を得意とする人がいてね、なんでも荒れたこの地球を救うという異邦人が現れるとか」
「へえ……」
占い師じゃなくて預言者なのか。違いがよくわからない。
アマメさんが百円を私に返した後、立ち上がって伸びをした。
ふとこちらに向き直ると、思い出したかのように私に聞いた
「そういえば随分とうなされていたようだけど、怖い夢でも見たのかい?」
「夢? あー……」
眠っていた時に話していた神様の話をしようとしたけど、思わず口を噤む。
この世界の宗教がどんなものかわからないし、最悪の場合異教者として殺されるかもしれない。黙っておこう。
こういうところから気を付けておかないと。
「本当に見たのかい?」
「あ、いえ。なんでもないです」
「遠慮しなくていいよ」
遠慮?
言葉に違和感を感じた。
なんで遠慮なのだろうか。
アマメさんは、私の顔に顔を近づけてくる。
なぜか目を閉じているし、唇を突き出している。
あわわわわわわ、まだ心の準備が……
「あ、そうか。そっちの世界にはないのか」
目を突然開いたアマメさんは、左の掌を上に向け右の拳をそれに叩き付けながら呟いた。
「これは悪夢を見た人にする儀式でね。その夢が正夢にならないようにするって御呪いなんだ」
「そ、そういうことだったんですか。それってどうやるんですか?」
「簡単だよ。目を瞑って相手の額と額を優しくぶつけるんだ。やってみるかい?」
うん……あれだ。
キスじゃなかったことに安心しよう。
「あ、ありがとうございます。でも悪い夢は見てないので」
「そうかい、ならいいんだ。そうだ! 腹減ってるだろう。昼飯を持ってくるよ、待っててくれ」
そう告げて部屋を出て行った。
ひとりぼっちになったので、部屋を見渡す。
病院の個室くらいの広さがあり、結構広い。
倒れたのだから布団から出て探索することも考えたが、アマメさんがご飯を持ってきてくれるようなので出ないことにした。
に、しても――
「さっむ!」
布団を被っていても感じられる冷たい風。
明らかに部屋のどこかが空いている。
一つしかない扉はしっかり閉められているし、窓や通気口などはこの部屋にはない。
堪えるように布団でダンゴムシのように丸まりながらアマメさんを待っていると、扉が開いた。
しかしアマメさんではない。
足音が違う。
この建物は石造りなので、足音が響く。
アマメさんの足音は……あれだ。
某巨人の足音みたいな感じ。ドスンっ! って。
漢気溢れる足音です。はい。
「目が覚めましたか」
「はい、おかげさまで助かりました」
入ってきたのはエリスと呼ばれていた美人さんだった。
「あなた、名を」
「……矢代、夏凛です」
「どこからきたんですか?」
「い、異世界らしいです」
責めるような重圧を孕んだ言葉が私に降りかかる。
「異世界、ねぇ……ふざけているんですか?」
「ほ、本当なんです! いつの間にかここにいて」
「……信じておきましょう。次にあなたが何を出来るのか聞いておかなければなりません」
「それはどういう?」
「生きるためには食糧が必要です。水も汲んでくる必要があります。ここまで言えば大丈夫でしょうか?」
「えっと、私が出来ること……わかりません」
なんでこんなポンポンと話が進んでいるのかわからないが、やることやったら住まわせてくれるみたいだ。
この世界を全く知らないので上手く答えられないけれど。
とりあえずこう答えておこう。
「わからない、と?」
「やれることはやります。やれないことは他の人に頼みます。
それが集団での行動だと私は思います。
だからまだここを知らない私にはわかりません。
なにも……わかっていませんが、理解する努力はします。
だからここに置いてください。
私を7日間だけここに住まわせてください」
***
話を終えて数分後。
「飯持ってきたぞ」
アマメさんはそう言いながらトレイを差し出す。
布団の上で食べろっていうことかな?
「エリスが来てたのか」
「は、はい。なんでわかったんですか?」
突然言われたので驚いた。
「匂い」
「残り香で?」
「生まれつき鼻が効くんだよ。犬みたいだってよく言われるけどね」
犬ねぇ。
なんか不思議な人たちだな。
「さっさと食っちまいな。口に合うかわからないけど」
「はーい、いただきまー……」
一皿目。
トレイの上をよく見ていなかったせいで気づかなかったが、何か真っ黒なもじゃもじゃとした草みたいな物体が『蠢いていた』。
「動いてるんですけ……」「食べられるよ」
「あのちょっとこれやっぱ……」「大丈夫大丈夫。食べられるから」
「いやこれ生きてますし……」「食 べ る よ ね ?」
「……はい」
笑顔の圧力ってこわひ。
手掴みで一気に口の中に入れる。
すると気持ち悪い触感が口内に広がり甘さと酸味がフルーティーさを醸し出して……って美味しい。
触感はアレだけど、味はいい。
ギャップがありすぎて困るくらいだけどこれはいい!
「どうだい?」
「これは……」
うーまーいーぞー(口からビームを放出しながら)。
って反応でも良かったけど、普通に「おいしい」と言っておいた。
「さて、次の皿は」
今度は緑の肉っぽいものが異臭を放っていた。
この料理、ゲテモノ料理コンテストに出す予定ですか?
「これ大丈夫ですよね? 腐ったりしてませんよね?」
「獲れたてぴちぴちの新鮮な食材さ! たんとお食べ!」
そんな自信満々で言われても反応に困ります。
今度は爪楊枝みたいなものがあったので、それを刺して口元まで運ぶ。
臭い。
例えるならば、一日中外を走り回った人の靴の中の臭いだ。
漢字は《臭》いで合っている。間違っても《匂》いではない。
「い、いただきます……」
小声で聞こえないように呟いてから、口に含む。
うぼろげえええええええぇぇぇぇぇ(女性がこのようなはしたない声を出すはずはありません。あくまでも想像上の声です)。
こ、これは悪魔の食べ物だ、悪魔の実くらい不味いって断言する! しかしあの自身に満ち溢れているアマメさんの期待を裏切るわけにはいかない!
ごっくん。
勢いよく飲みこんだ。
次の瞬間、私の腹がギュルルッル♪ と不思議な音を奏で始めた。
――ああ、これが天国へ導かれる者へと歓迎の曲か……。
そして私はもう一度倒れた。ばたんきゅ~。
***
「ああ……おなかが……おなかがぁ……」
「いや本当にごめんよ。あれ腐ってたみたいで」
アマメさん、なんと何が食べられるのか把握していなかったらしい。
基本的に他の人に任せていて、動物を狩るのが本業だそうだ。
「あんな臭いしてたのに、気づかないなんておかしいですよぉ」
「返り血を浴びているせいで鼻が麻痺していて……味覚とかあんまりないんだ。腹も生まれつき丈夫でね」
「そんなことって……」
異世界は、私の想像よりも遥かに生臭い場所らしい。
「狩人が外に出て獣を獲り、家に残った者が野菜を育てて料理を作る。昔はこんなじゃなかったんだけどね」
「昔は違ったんですか?」
「昔は城下町や他の町もあったんだ。
教育なんて偉そうに騙って子供を集めた国は非人道的な実験をして、最終的に凶暴になった子供たちに滅ぼされたんだ。
それから謎の病気が蔓延したり、不穏な事ばかり起こってこの国、いやこの大陸はこんな場所になっちまったのさ」
アマメさんの顔が暗い。
「それってどのくらい前のことなんですか?」
「一年前だよ」
一年!?
一年でここまで廃れてしまうものなのか……。
「色々とあったからねぇ……本当に」
「大変だったのはよくわかりました……。あっ、そうだ聞かないといけないことが」
「なんだい?」
「夜になったら地面から湧いてきたあの黒いやつですよ。ゾンビみたいな」
「ゾンビっていうのは知らないけど、なんだか不穏な響きだねぇ。あいつらまだ名前ないからゾンビでいいや」
なんと、今この場で命名されてしまった。
固有名詞なかったのか。
「あれは実験体にされた子供たちの成れの果てさ。もう人間に戻ることはないらしい」
「なんで昼間は出てこないんですか?」
「結構前に、捕獲したことがある。エリスの指揮の元色々と調べてみたけど収穫はなかったけど、最後の実験で日の光を当ててみたんだ」
生唾を飲む。
どうなったんだろう?
「──人間以外の何かになった。体中から黒い刃が伸びて数人死んだのさ。それからしばらく抑え込んで日光に当ててたら消えて無くなったよ」




