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私があの世界で七日間生きた証  作者: FIIFII&たまご&ライト
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一日目 異世界だ




「ん……んん……」


 地面の上に寝ていたようで体の節々が痛い。

 起き上がってから伸びをして、周囲を見渡してみる。


「……」


 視界の殆どが平原に木が数本生えているだけのサバンナみたいな場所だ。

 首筋に冷や汗が流れた。


「……いや、そんな馬鹿な」


 近くに丘があったので少し登ってみると、そこは丘ではなく崖だった。

 崖下を見ると木々が視界に飛び込んでくる。人の手が入っていない、雄大な自然だ。

 川のせせらぎ、小鳥のさえずり、森のあちこちから聞こえる動物の鳴き声。


「ここ……どこよ」


 都市近くの植林地であってほしい、けど空気は新鮮で機械音一つしない。

 気温は常温で、心地よいくらい。

 絶対にここ都心じゃない!

 と確信を持つ。

 とりあえず人が住んでいそうな所がないか崖から見渡していると、足に衝撃を感じた。


「わわっ!」


 あと一歩で落ちるところだった。危ない危ない。

 振り返ると、私の太腿あたりの高さしかないシカの子供が後ずさっていた。

 頭からは立派な三本の角……三本? シカの角って確か二本だったような……まあシカでいいや。

 声にびっくりしたのか後ずさっているけど、見たところ私を怖がってはいない様子。

 触りたいな~……でも野生動物には寄生虫とか色々あるんだっけ。

 接触するのはやめておこう。




 その時、風が吹いた。

 疾風と表現しても違和感がないほどの強い風は、私の横をすり抜けていった。

 数秒後、崖に何かが落ちる音が聞こえて思考を整理。ようやく状況を把握した。

 あの風は、巨大なシカが走ってきたから起こったのだ。恐らく親だろう。

 そして子供を口に咥えて崖下にダイナミック投身自殺。

 多分理由はあれだ、私が傍にいたからだ。

 迷子になった子供を探した親は、すぐ傍に人間の私がいるから警戒して一瞬で子供を救出した。


 それにしても気になるのは、車よりも早い速度だった。

 風圧から考えて電車くらいあるんじゃないだろうか?

 走ってきてるのが察知出来ていなかったから、ぶつかられてたら確実に死んでた。

 思い返してみると怖いな。

 凄く大きかった。車よりちょっと大きいくらい。

 えっとテレビで見たことがある……あれだ! 『ヘラジカ』!

 シカ科最大種で、車のエアバッグの効果があまりないとかなんとか。正面衝突したら後部座席まで角が届くとか。

 うろおぼえだけど確かこんな感じだった、はず。

 よく当たらなかったなぁ……運がいい。

 運はいいんだけど、これからの事を考えると大変だ。

 あんなデカい動物がいるのに、なぜ周囲を見渡しても視認出来なかったのか。

 単純に足が速いだけかもしれないし、突然変異種でカメレオンのように透明になれるのかもしれない。

 どちらにしても、襲われたら一溜まりもない。


「すぅ…………はー…………」


 深呼吸。

 落ち着くためにはこれをやるといいのが私のルール

 ついでに背筋を伸ばすともっといい。


 さて、と。

 現状確認をしよう。

 冷静に物事を判断するために落ち着いたのだから、一つ一つ間違いがないか確認するんだ。


 その一、殺人現場に遭遇して「見たな……?」。刺されて血だくだくに溢れて死にそう。

 その二、私より先にやられた女性にキスされたら意識を失い、目が覚めたら平原。ヘラジカ闊歩。


 以上が、私の覚えていることである。

 そして問題点。


 一つ、ここがどこなのか見当もつかない(日本ではないのは確定)

 二つ、人と出会っても言葉が通じなければ意志疎通は不可能。もちろん私は日本語オンリー。

 三つ、衣食住が衣しかない。今着ている服は長袖Tシャツとジャージに羽織っていた薄手の上着。

 四つ、凄い大きい動物がいる。


 それらの要素から導き出される結論は……『死』の一文字。

 先ほどのシカみたいな生物は草食動物だったけど、もし肉食動物が存在するとすれば絶対逃げられない。

 ライオン、ヒョウ、チーター。四足歩行の動物は足が速い。

 足が人の私より遅いことは考えられないので、希望は持てない。


 とりあえず周囲の探索から始めることにした。

 サバイバルなんて初めてなので、基本とかはわからないけど少しなら知識ならある。

 日本ではまずそんな職業はないが、両親は裏世界的な職に就いている。

 生き延びるための方法は10歳のときに教わった。


 さて、やりますか!




  ***




 私が倒れていた場所から、目算で半径500メートル以内は全て調べた。

 木の実が付いている木を発見して収穫したが毒物かもしれないので口に入れるのは保留する。本当に食べるものが無くなって死にそうなときに食べる。

 そしてなんと、千切れているが『縄』を見つけた。

 30センチ定規くらいの長さで地面の色と同化していたけど、踏んだらわかった。


 縄があるということは人がいるかもしれないので、足跡を探したがなかった。

 土が硬いのでどうしても足跡がつかないからだった。

 探索を終えたころには日が暮れそうになっていて、寝る場所をどうするか考える。

 一番安全なのは木の上だけど、襲われたら逃げ場がない。

 どうしようもないのかと首を傾げて唸っていると、後ろから半日ぶりの懐かしい『人の声』が聞こえた。


「おい、そこでなにしてんだい?」


 えっ? と呟きながら振り返ると、女性がいた。

 肌が褐色で、髪の色は黒い。

 細く鋭い目は、まるで鳥類のそれを思わせる。

 腰にはポーチのようなものがぶら下がっていて、そこに手を入れて身構えながらこちらを睨み付けてくる。


「人だああああああああああ!」


 あまりの嬉しさに抱き付いてしまった。

 相手の女性の胸に、顔をぐりぐりと押し付ける。デカい。


「なっ! なんだアンタ!」

「日本語通じてりゅうぅぅぅぅぅ! 良かったあああああああああああ!」


 圧倒的な腕力と膂力で私を引きはがすと、いいから話を聞けと怒鳴られた。


「いいから落ち着け。『王の刻』になっちまったらおしまいだぞ!」


 『王の刻』がなんなのかわからないけど、言われた通りいったん離れて深呼吸して冷静になる。


「私はアマメ=グレイガルド。話は後で聞くから早く『城』に来い。死ぬぞ!」

「は、はいいい!」


 怒鳴られちゃった。

 このままいたら死ぬそうなので、アマメさんに着いていく。ていうか引っ張られていく。

 足早いよアマメさん。


「遅い! 乗れ!」


 鬼気迫る表情で言われるもんだから、ついつい背負われてしまう。

 私の体重なんて気にせずに走っていくあたり体鍛えてるんだろうなぁ。

 背負われているからわかることだけど、この人筋肉ばかりなの。

 贅肉ぜいにくなんて触った感じ全くない。

 体を使う競技なら、この人オリンピック優勝も出来るかも……。

 そうして数分走り続けた後、大きな建物が見えてきた。

 西洋風の城みたいだ。


「間に合うか……!」


 間に合わなかったらどうなるんだろうか。

 少し気になるけど、死ぬのは嫌だ。


「『神速』でいくぞ! しっかり掴まれ!」


 そう言われた直後、建物は眼前まで迫っていた。

 明らかに数百メートルはあったんですが……?

 何があったのか理解できないまま、アマメさんと私はそこに転がり込んだ。

 膝すりむいた。痛い。


「助かった……?」


 アマメさんから落ちた後、入ってきた空間から外の風景を確認する。

 これから何が起こるというのだろうか。


「『王の刻』ギリギリだけど、間に合ったね。『氾濫』するからもう少し下がりな」


 立ち上がって服をはたきながらアマメさんが言った数秒後に日が落ちた。


 暗くなった外の視界内全ての地面が掘り返され、そこから人の形をした何かが這い出てきた。

 体は真っ黒に染め上がっていて、まるで人が焼け焦げたのに原型を失わなかったような。普通の人間とは決定的に何かが違う何かが。

 生理的に受け付けない、物凄くおぞましい印象を受けた。

 その黒い生物はふらふらと彷徨うかのように、幼いころテレビで見たことがあるキョンシーのようなポーズを取りながら目的もなく歩き這いずり、またあるものは地面に潜っていった。


「これはいつ目にしても慣れないね」


 いつの間にか私の横に立っていたアマメさんは、ずっと黒い生物が動き回るのを見ていた。


「そこの娘はどなたですか? アマメ」


 声を掛けられたアマメさんが振り返るので、私も振り返る。

 そこには民族衣装っぽい服を着た集団と、その人たちに守られるように囲まれた美人のお姉さんがいた。

 金髪で肌の色は白い。凄い美人。心なしかアマメさんと似ているような気がする。

 アマメさんは私を守るようにその人の前に踏み込んだ。


「掟を忘れたとは言わせませんよ」

「この子は森の上の崖にいたんだ。『王の刻』が迫っていたから連れてきた」

「つまりそこにいた事情は聞いていないということですか。他の集落の『掟破り』かもしれないのですよ」

「『掟破り』がこんな綺麗な服を身に着けているはずがないだろう。私はこの子が『救世主メシア』だと思うよ」

「こんな小娘が、伝説の『救世主』? アマメ、あなた疲れてるのよ」

「エリス、じゃあこの子に直接聞いてみようじゃないか」


 アマメさん突然話降らないで下さいよ……こっちはよくわからない現象を夢ということで片づけようとしているんですから……。

 エリスと呼ばれた美人さんは威圧的に私を睨み付けてこう言った。


「そこの貴方、なんで崖にいたのか言いなさい」


 なんというか、もう帰りたかった。

 早くお風呂入ってお布団入りたい。


「……」

「なにかいったらどうなんですか?」

「…………」

「聞いてるんです……」




 訳も分からず、何も判明していないまま一日を過ごした。

 ここがどこかも、どうして来たのかも、明らかに外国なのになんで日本語が通じているのだとか。

 何も、分からなかった。


「おい大丈夫か! おい! しっかりし…………」


 そうして肉体的にも精神的にも疲れていた私は、倒れた。

 アマメさんの声が聞こえた気がする。




 ***




 目を開けると、変な空間・・にいた。

 全方位が白、白、白、白……視界内は白一色だが、だからこそ遠くに見える点に気付いた。

 その黒い点はどんどん大きくなる。

 何かが高速で近づいているということを理解するまで、時間がかかった。

 目を擦り、再度確認する。

 それだけの仕草をしている間に、更に近づいていた。




「やあ」


 一瞬。

 瞬きをしている間に目の前まで迫っていた。

 驚きすぎて声も出ない。

 それは片手を挙げて笑いかけていた。

 人……?


「時間がないから単刀直入に説明するよ。君は異世界に飛ばされている。

 そこは君の住んでいた地球が存在する世界の平行世界だ。元の世界に送り返すのには時間が掛かるんだけど7日だ、一週間その世界で暮らしてほしい。」


 矢継ぎ早に何事か言われるが、耳に入ってこない。

 思わず口から思っていたことが洩れる。


「……神様?」

「僕が名乗ってもいないのに、見た感じだけで分かるのか。流石はあの二人の子供だ。

 色々と話したいけど接触出来る時間は限られていてね、次の接触は4日後かな。

 君は死ぬ直前、あの女性によって異世界に飛ばされた。転位しているんだ。

 世界は君を異物だと判断して排除しようとしたけど、送った側の力が強すぎてその世界に定着してしまっている。

 それを引き剥がすまで7日間だけ待ってほしいんだ。いいね?」

「は、はぁ……」

「もう時間がないね。ここまで来るのにも結構な労力が必要でね。じゃあまた4日後に」


 最初から最後までよくわからないまま、白い部屋は黒く塗り替わっていく。

 視界の端で白が完全に塗り潰されたのを見ていたら、私は目を閉じた。




 ――神様って、居たんだなぁ……。




 ***




「知らない天井だ」


 目を開けてそう呟く。


「やっと起きたかい。もう昼だよ」


 起きあがってどこで寝ていたのか確認する。

 ここは布団の上だったらしい。通りで寝心地がいいわけだ。

 その横でアマメさんが水が入ったコップを差し出してくれる。

 一口だけ飲む。


「あ、私……」

「大丈夫かい?」

「いえ、大丈夫です。言わないと誤解を生むというか、問題が起こるので先に話しておきます」


 深呼吸して、一拍置く。


「私、異世界から来ました。矢代夏凛やしろかりんです。ここに七日間だけ滞在させてください」







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