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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第五章
99/127

心を宿す者たち

          ◆     ◆


「竜って、あの竜か?」

「他にどの竜がいるのよ?」

「だよね~……」

 平太も理解はしているが、それでも頭のどこかでアルマが別の竜、あるいは別の言葉を言った可能性を捨て切れず、聞き直したのだ。


「けど竜って言っても色々いるんだろ?」

 ひと口に竜と言っても、トカゲに毛が生えたような下位種から、ケラシスラ山を噴火させようとした火竜を始め、地水火風の四元素を司る上位種などピンきりである。

「そりゃそうよ。けど、勇者が乗るんだもの。それ相応のじゃないと、箔がつかないでしょ」

「……ということは」

「紅い火竜って知ってる?」

「あいつか~……」

 火竜という単語に、平太のみならずドーラたちが死ぬほどうんざりという顔をする。


「あら、知ってるの?」

「知ってるも何も――」

 紅い火竜とは少なからず縁がある一行であったが、平太などは鼻の穴に折れた剣を投げ入れて怒らせた因縁がある。竜の記憶力がどれほどのものかは知らないが、仮に憶えていた場合、次に会ったらまず間違いなく殺されるだろう。


「前回の勇者はケラシスラ山に巣食った火竜と戦い、死闘の末に竜を屈服させたの。負けた竜は命まで取られなかった代償に、その背中を勇者に預けたってわけ――って、グラディーラちゃんも知ってるでしょ」

「え?」

 突然話を振られ、グラディーラは懸命に記憶の糸をたぐるが、

「――いや、そうだったっけ? ちょっと記憶に無いのだが……」

「おいおい、本当に憶えてないのか? いくら五百年前の事でも、早々忘れるような事じゃないだろ」

 平太が訝しむような目で見るが、グラディーラは本当に記憶にないのか、困惑した顔をする。


「そう言われても、まったく記憶にないんだ」

「スクートもしらなーい」

 元気よく手を上げるスクート。

「……まあスクートは仕方ないか」

 平太がスクートの頭を撫でると、スクートは「えへへ」と笑った。

「そうね、仕方ない事だったわね」

 二人の様子を見ながら、小声でアルマがつぶやいた。


「え? 何だって?」

「いいえ、何でもないわ。それより、知っているのなら話は早いわ。で、あの子は今どこにいるの?」

「う……」

「火竜なら、最近ケラシスラ山に戻って来たけど、今はどこかに行っちゃったんだ」


 口ごもる平太に代わって、ドーラが答える。

「あら、また来たの? あの子よっぽどケラシスラ山が好きなのね……。で、どこに行ったかはわかる?」

「いやあ、そこまではちょっと」

「まあいいわ。最近までいたのなら、そこから気配が追えるかもしれないし。よし、それじゃあ夜が明けたらケラシスラ山に向かいましょう」

「だから、どうやってだよ? 今俺たちがいるのは船の中なんだぜ。しかも海のど真ん中だ。急ぎたいのは山々だが、港に着くまではどうしようもないだろ」


 話が振り出しに戻ってしまった。竜の話で大きく脱線してしまったが、話の本筋はどうやって船以外の移動手段を用いずにフリーギド大陸に行くというものだ。

「どうやってって、そりゃ~もちろん魔法でよ~」

「魔法で? そんなの無理だよ」

 魔法と聞いて、真っ先にドーラが泣きそうな声を上げる。いくら元宮廷魔術師の彼女でも、魔方陣を使って小物の移動が限度なのだ。これだけの人数に加えて、馬や馬車を移動させるなど不可能である。


「や~ね~、違うわよ~」

 すぐにアルマはドーラの誤解に気づき、彼女の誤解を解くように頭を撫でる。

「魔法を使うのはグラディーラちゃんよ~」

「え!? わたしが!?」

 驚くグラディーラに、アルマはドーラのネコ耳を弄びながら「そ~よ~」と笑顔で答える。


「アルマ姉、お言葉だが、わたしが使うのは空間魔法で、移動魔法ではない」

「知ってるわよそれくら~い。でもそ~じゃないでしょ~」

 そこでアルマは、グラディーラが本気でそう言っているのを見てとると、ため息を噛み殺すように鼻から細く長く息を吐いた。

「大丈夫よ。今のあなた――いえ、あなたたちならちゃんと使えるから」

「わたし……たち?」

「そうよ。グラディーラちゃんの空間魔法をスクートちゃんが増幅させてあげるの。そうすれば、世界中のどこにだって……と言っても制限はあるけど、自由に行き来できるのよ~」

「マジか!?」

 思いがけないアルマの言葉に、平太のテンションが上がる。

「マジマジ~」


「よしグラディーラ、さっそく試してみようぜ」

「え? あ、ああ……それじゃあスクート、こっちに来い」

「はーい」

 平太に促され、グラディーラは戸惑いながらもスクートを呼び寄せる。

「よし、やるぞ」

「うん」

 グラディーラはスクートと向い合って両手をつなぎ、意識を集中する。

 平太たちに見守られながら、グラディーラはスキエマクシでトンネルを掘った時の感覚を思い起こす。魔力の出力を上げると、スクートはそれを増幅し、二人の魔力がどんどん上がっていく。


 室内が膨大な魔力で満たされるのを感じ、ドーラは小さく悲鳴を上げて毛を逆立てた。

 そうしてドーラの毛がネコ耳から尻尾の先までくまなく逆立つが、いつまでたっても何も起こらない。

「……失敗のようだ」

「あら~?」

 両手をつないだまま所在なさげに立ち尽くす妹たちの姿に、アルマは首を傾げる。


「グラディーラちゃん、ちゃんとやった~?」

「やりましたよ!」

「スクートちゃんは~?」

「スクートもちゃんとやったもん。でもなにもおきなかったよ」

「あら~?」

 もう一度首を傾げるアルマに向けて、スィーネが空を斬り裂く音が聞こえるほどの鋭さで挙手をする。

「何か?」

「とりあえず、貴方の身請けを済ませない事には、この船から出るわけにはいきません。なので、明日貴方の借金を払い終わってから、改めて試すというのはどうでしょう?」

 すっかり忘れていたが、アルマには借金があるのだ。それを完済せず勝手に船を降りたら、それこそ踏み倒しているのと同じである。

「そうね。今日はもう遅いし、休みましょう」

 姉の提案に、グラディーラは安堵の息を漏らす。


「それじゃグラディーラちゃん、久々に姉妹水入らずって事で、今晩は泊めてね~」

「わかってる……。スクート、行くぞ」

「ほいほ~い」

 グラディーラがアルマとスクートを両手で囲うように抱くと、三人の姿が一瞬で消え去った。今夜はグラディーラの寝床で姉妹三人、川の字になって眠るのだろうか。

「じゃあ、俺たちも寝るか……」

 平太たちも、明日に備えて寝た。

          ☽

 翌朝。

 朝食を済ませた平太たちは、さっそく食堂の責任者に話をつけ、アルマの借金を全額肩代わりした。

 ついでに自分たちはここで途中下船をするが、決して失踪や行方不明ではない事を告げる。食堂長は怪訝な顔をしたが、ドーラが魔術師である事を説明するとどうにか納得して、後で客数を管理している者に伝えてくれると約束してくれた。


 こうして、晴れてアルマは自由の身となった。


「ん~……、綺麗な身体って素晴らしいわ~。身も心も軽くなったみたい」

 借金の無い清々しさを噛みしめるように伸びをするアルマであったが、服装は相変わらず女給のお仕着せのままだった。

「アルマ姉、それ以外の服は持っていないのか?」

「ん~? そりゃ持ってるけど~、ここの仕事が長かったから、すっかり馴染んじゃったのよね~」

「はあ……」

 まあ本人が好きで着ているのだからいいか、という風な息を吐くと、グラディーラはそれ以上何も言わなかった。それにこの船にいる限り、別におかしな服装でもないのは確かだ。


 それよりも、問題は――

「さ、借金も綺麗に片付いたことだし、ちゃっちゃとケラシスラ山に行くわよ~」

「お、おう……」

 テンション高く拳を振り上げるアルマとは対称的に、グラディーラのテンションは目に見えて低かった。

          ☽

 グラディーラの居住空間に馬車と馬を回収した平太たちは、改めてグラディーラとスクートによる移動魔法の練習を再開した。


 が、やはり何度試しても、グラディーラの魔力が高まるだけで1ミリも移動しない。

 いい加減ドーラの毛も逆立ち疲れた頃、

「おかし~わね~。どうして何も起こらないのかしら?」

 アルマが不思議そうな顔をして、妹たちを調べるように周囲をぐるぐる回る。

「アルマ姉、本当にわたしとスクートが協力すれば、移動魔法が使えるようになるのか?」

「そうよ。別の空間に移動するのも、ここから別の場所に移動するのも、自分の位置を移動させるという点では同じでしょ? つまり、空間を超える力を移動する力に変換してやれば、ケラシスラだろうとフリーギドだろうと一瞬で着くはずなのよ」


「? ちょっと何を言ってるかわからないのだが」

「スクートもわかんなーい」

「いいのよ、理屈なんかわからなくったって。それよりもあなたたち、ちゃんと頭に思い浮かべてる?」

 思い浮かべろと言われても、具体的に何を思い浮かべれば良いのかグラディーラにはわからない。スクートに至っては、アルマの一つ前のセリフの時点で置いてけぼりだ。


「あなたたち、もしかして……」

 自分の言った事が理解できない様子のグラディーラを見て、アルマはようやく自分の根本的な勘違いに気づく。

「移動魔法を使った事が無いの?」

「そんなものは無い。そもそも、使える事さえ知らなかったのだ」

「え? 嘘? だって、あなたたち最近融合した痕跡が――」


 そこで再びアルマは、自分の誤解に気づいたように、目と口をぱっかり開く。

「そういう事ね」

 そう言うとアルマは、頭の上で結わえた髪を解く。長い緑の髪が、広がるように肩から背中へふわりと落ちる。それだけで、アルマの印象ががらりと変わった。


「それじゃあ改めて質問するわ。グラディーラちゃん、最近あなたとスクートちゃんが融合したと思うんだけど、それってどういう状況?」

「どうしてそれを!?」

 スキエマクシでトンネルを掘る時、スクートと融合して限界以上の力を発揮した事を、グラディーラはまだアルマには話していない。なのにそれを言い当てられ、グラディーラは驚く。


「質問してるのはこっち」

「そ、それは――」

 睨みつけるような鋭い視線に、グラディーラはたじろぎながらも、アルマにあの時の状況を説明する。

「なるほど。ようやく合点がいったわ」

 アルマはため息をつくと、平太を指差す。

「ヘイタちゃん、こっちに来て」

「へ? 俺? ちゃん?」

 いきなりちゃん付けで呼ばれ、平太は目を丸くする。


「あなたでしょ? この子たちを融合させたのは」

「融合……」

 あれか、と平太は思い出す。あれは結果的にグラディーラのトラウマを解消させてはいるが、大部分は平太の前勇者への嫉妬である。そんなものをもう一度グラディーラとスクートにぶつけても良いものだろうか。

 というか、あの時のような嫉妬の炎を、もう一度再現できるだろうか。

 平太にとっては、後者の方が難しい問題であった。思い出し笑いならまだしも、思い出し嫉妬などやったことない。


 平太が答えに困っていると、アルマは髪をかき上げながらこっちにやってきた。大きく首を振って長い緑の髪を揺らす彼女の姿は、別人のように肉感的だった。平太は思わず後退る。

「てっきりあの子たちだけの力でできたんだと思ってたんだけど、どうやらまだあなたがいないとダメみたいね。だから、手伝ってあげて」

 そう言うとアルマは、平太が何か言う前に彼の手を取って歩き出した。


「え、ちょ、」

 腕を引かれ、仕方なく平太はグラディーラとスクートの傍に立つ。それを見届けるとアルマは「じゃ、お願いね」とひと言言い置いて三人から離れた。

「参ったな……」

 思わず平太がつぶやくと、グラディーラが申し訳なさそうな顔で、「済まない。わたしたちが至らぬばかりに」と謝る。らしくないじらしさに、平太は罪悪感で胸が痛くなった。

「い、いや、俺こそ、この間は強引に二人をくっつけちゃって――」

「それは別に問題ない。と言うか、お前がああせざるを得なかったのも、わたしが過去をいつまでも振り切れずにいたせいだ。今だって、本当はお前の力を借りずに、わたしたちの力だけでできなければならないのだが、未だにわたしたちはあの時の感じがつかめず、思うようにならぬ。まったく、聖なる武具でありながら、甚だ不甲斐ない」


 度重なる己の力不足に、グラディーラは相当参っているようだ。聖剣である事が彼女の誇りであり、自身を支える礎であっただけに、そこが崩れると少しつついただけで壊れそうになっている。

 このままではいけない。彼女が少しでも早く自信を取り戻すきっかけになるのであれば、自分にできる事は何でもやるべきだ。平太はそう考える事にした。

「よし。それじゃあ始めるか」

「よろしく頼む」

「ほーい」

 平太が身体を緊張させると、グラディーラとスクートも身体に力を込めるのを感じた。


 大きく息を吸う。

「来い、グラディーラ、スクート!」

 右手を上に掲げ、平太は大声で聖なる武具の名を呼ぶ。

 同時に、グラディーラとスクートは光の塊となって空中を高速で飛ぶと、二つの光球は螺旋を描くように絡まりながら平太へと一直線に向かった。

 光球が平太にぶつかり、光の爆発が起きる。あまりの眩しさに、ドーラたちは慌てて目を手で遮った。

          ☽

 光の中で、平太はグラディーラの心に触れていた。

 何度もこうしてグラディーラとともに戦い、彼女の心に触れているうちに、平太は少しずつわかってきた。


 どうして、聖なる武具は持ち主と契約し、魂で繋がるのか。

 どうして、聖なる武具にはそれぞれ違った人格があるのか。

 この世界の神は、いかなる理由を以って、彼女たちに人の身体と心を与えたのか。


 召喚した勇者に武具を与えるだけなら、どれも必要のないものばかりである。それどころか、自由な意志を持ち、武具の方が持ち主を選ぶなど本末転倒ではなかろうか。

 しかも、グラディーラに至っては、精神的メンタルな傷が元になって自身の力に抑制がかかっていた。

 彼女の心の枷は、平太が力づくでその心的外傷トラウマをほじくり出し、スクートが埋めてやることで溶解した。

 するとどうだろう。呆気ないくらいに彼女は自身の力を取り戻すどころか、これまで限界だと思われた威力を軽く超えてきた。


 武具として最高峰に位置する彼女たちが、まるで人間のような心を持ち、その影響で力が上がったり下がったりする。


 なんて人間臭い。

 神は、彼女たちをどうしたいのだろう。

 モノにココロを与えて、何がしたいのだろう。

 平太は、ずっとそんな事を考えていた。

 その答えを今ようやく、おぼろげながら理解した。


 すべては、心があるからだ。

 心があるから、人と人がわかり合えるように、武具と人がわかり合える。

 心があるから、力を出し切れなかったり、限界以上の力が出せる。

 わかり合えるから、お互いのために一生懸命になれるのだ。

 きっとこの世界の神は、勇者と一緒に頑張る女の子を創りたかったのだろう。平太はそう理解した。サンキュー神様。


『そんなわけないだろ』

「え~……」

『黙って聞いていれば好き勝手に妄想を垂れ流しおって……。スクートの教育に悪いから、叩き斬ってやろうかと思ったぞ』

「いや、でも途中までは当たらずとも遠からずって感じじゃなかったか?」

『知るか。自分が生まれた意味など、考えるだけ無駄だ。我らは聖なる武具。それ以上でもそれ以下でもない』

 切り捨てるように言ってのけるグラディーラ。最近少し打ち解けてきたと思っていたが、下手につついたせいでまた心に殻を作ってしまったようだ。


「やれやれ……」

『そんな事より、お前の手助けがなければわたしたちはまだ融合できんのだ。さっさと気合を入れてやれ』

「お前それが人にものを頼む態度――」

『スクート、またグラディーラおねーちゃんとぎゅーってしたーい』

「……へいへい。それじゃお前ら、準備はいいか?」

『応』

『いーよー』


「グラディーラ」

『ん?』

「俺を信じろ」

『何を今さら』

「だったら、同じくらい自分と仲間を信じろ」

『――』

「それができれば、きっとお前に斬れないものは無くなるよ」

 グラディーラは答えなかった。平太は構わず気合を入れる。

「行くぞおおおっ!!」

 グラディーラの魔力を強引に引き上げ、それをスクートに増幅させる。そうして高まっていく膨大な魔力を、平太は自分を中継させて融合していく。


「ぐぬおおお……」

 右手の剣と、左手の盾を胸の前で合わせる。

 剣と盾は磁力が反発するかの如く激しい抵抗を見せるが、平太はそれを有無を言わさぬ力で引っ付ける。

 剣と盾が接触すると、観念したように剣は盾に、盾は剣に吸い込まれていった。

          ☽

 光が収まり、平太たちの姿が現れる。

 その手には、ひと振りの巨大な剣が握られていた。

 そしてその剣の柄の部分には、銀色に輝く盾がくっついていた。

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