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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第五章
98/127

燃える闘魂

          ◆     ◆


 関節技は、もの凄く痛かったり、腕や足が折れたり関節が外れたりするから効果がある。

 こと徒手近接格闘《CQC》においては、制圧効率は打撃や投げ技よりもはるかに高い。これは、戦闘時の興奮によってアドレナリンが分泌し、痛覚が麻痺している相手であっても、関節を破壊する事によって行動を制限し、攻撃力を削減できるからだ。


 また、人体である以上、関節は逆には曲がらないし、呼吸や血流を止めれば制圧できる。これは老若男女問わず生物学的な大前提だ。

 だが相手に痛覚が無かったり、外れた腕や足が自由に元に戻る場合は別だ。

 そもそも、相手が人間でなく、意志を持って動く全身鎧という時点で、この前提は無意味であった。


 どうしよう。


 平太は次の手を考える。

 アルマは、はめ直した両足の具合を確かめるように、つま先で地面に円を描いている。どうやら足が外れた影響はまったくなさそうだ。

 考える。どうすれば、両方の手足を一度に極められるか。

 だが平太の知る関節技は、腕や足の単品を攻めるものばかりだった。


 たとえばアームロック。

 たとえばヒールロック。

 どれも片方の腕や足を極める技だ。

 これでは意味が無い。

 せめて両腕を一度に極めて関節を外さないと、残った片腕で自己修復してしまう。

 何て厄介な奴だ。


 活路が見出せない平太に、容赦なくアルマが襲いかかる。攻撃が下手くそなのが、唯一の救いだった。

 のらりくらりとかわしながら、平太は考える。どうすれば、効率よくアルマの四肢を外せるか。

 何だか凄く物騒な事を考えているような気がするが、気にするのは後にしよう。今はとにかくこの勝負に勝たなければ、アルマが仲間になってくれないのだ。


 アルマは相変わらず左手に盾を持ったまま、右のパンチか左右のキックで攻撃してくる。もうスクートの増幅魔法による強化のメリットは無いとわかっているはずなのだが、これも彼女にとっては何か意味があるのか、頑なにスクートを手放そうとはしない。


 だが理由はどうあれ、相手がそのつもりならこっちはそれを逆手に取らせてもらうまでだ。

 平太は自分の身体がアルマの左側に来るように、右へ右へと攻撃をかわす。そうすれば、アルマは手に持った盾が邪魔になって、すぐに平太を追えないからだ。

「野郎、いつの間にかケンカ慣れしてやがる……」

 抜け目のない平太の動きに、シャイナが悔しそうにつぶやく。ついこの間までは、盾を持った相手にどう対応するかなんてまったく知らないド素人だったのに。やはりこれも前勇者の記憶の影響か。


 とりあえずこれで攻撃は当たらないが、さすがにいつまでもこうしてるわけにもいかない。

 ワルツを踊るように右へ右へと円を描いている平太だったが、アルマも馬鹿ではない。盾の方へ避けるとわかっているのなら、いくらでもやりようがある。

 右に避ける平太を、アルマは左手に持った盾で押してきた。重心を右に傾けていたところを急に後ろに押され、平太はバランスを崩す。

 そこを逃さずアルマが蹴りを放つ。

「――ッ!!」

 剛身術で強化されていない生身の足を鎧に蹴られ、激痛のあまり声にならない悲鳴を上げる。


 たまらず地面を転がる平太に、アルマが追い打ちをかける。平太は痛む足をさすりながら、必死で地面を転がってアルマから離れた。

「何やってんだ! しっかりしろよ!」

 無様な姿をさらす平太に向けて、シャイナの激が飛ぶ。確かに、勇者の記憶を持ちながら、このざまは恥ずかしい。平太は両足を大きく開くと、勢いよく腰を捻って回転し、その勢いを利用して手も使わず立ち上がった。


 アクロバティックな動きに意表を突かれ、アルマの足が止まる。

 その隙を突いて、平太が両足を揃えた飛び蹴り――ドロップキックをお見舞いする。

 転倒を狙って寝技に持ち込むつもりだったが、アルマは平太のドロップキックを盾で受け止めた。妹を盾にするとは何て酷い姉だ、と平太は思ったが、よく考えたら妹は元から盾だった。


 腰を落として重心を低く構えるアルマを見て、平太は彼女がさっきの逆エビ固めで寝技を警戒するようになったのを見抜いた。こうなると、生半可なことでは転ばす事はできないだろう。

 だが、そこを逆に突く方法がある事を、相手は知らない。

 関節技は、相手が立っていようが寝ていようが、どんな状況でもかけられるのだ。


 平太が間合いを詰めると、アルマは左手に持った盾で平太を押し返そうと踏み込んで来る。

 しかしそれはフェイントで、平太は素早く左に身体を切り返してアルマの背後を取る。

「え!?」

 後ろから抱きつくようにアルマに密着しながら、平太は右足を彼女の左足に絡ませる。そうして二人の足を一本の柱のようにさせて身体を安定させる。

 アルマが未知の技に戸惑っている間に、平太は彼女の右脇に左腕をかけ、力任せに左に倒す。すると彼女の上半身が大きく左に傾いだ。

 そこをすかさず平太は天に向けて伸ばされたアルマの右腕を自分の左腕でフック。残った左足は、アルマの首を押さえつけるように絡める。


「な、何よこれ!?」

 アルマは立ちながらにして、右肩関節と腰、そして首の関節を極められていた。

 これが異世界初のオクトパスホールド――卍固めが極まった瞬間である。

 そして、動揺した今のアルマの力は、平太の力に及ばない。

 さらに、鎧の関節は、平太の力でもどうにか外せる。

 つまり、この状態で平太が力の限り技を極めれば――

「ダアアアアアアアアアアッ!!」

 この機を逃せば、もう二度とチャンスは無いかもしれない。これが最後とばかりに、平太は吼えながらありったけの力を込める。


「やだ、ちょっと、これ――」

 めき、と崩壊の兆しを告げる音がしたかと思うと、一気にアルマの胴体が腰から折れ、右腕が肩から外れた。

「いや~ん」

 上半身に左腕だけが残ったアルマが、地面に仰向けのままじたばたと暴れる。だが片腕だけでは上手く上体を起こせず、倒れた亀のようにあがくだけであった。


「どうだぁっ!」

 足にアルマの下半身を絡めたまま、平太が右の拳を天高く突き上げる。

「う~ん、悔し~けどこれじゃあわたしの負けね」

 白旗のように、アルマが左腕を大きく左右に振った。とはいえ、自力での修復が不可能になった時点で、平太の勝利は確定している。こうして宣言しているのは、彼女なりのけじめなのだろう。

「よしゃーーーーーーーーっ!!」

 懐かしいプロレス技を決めたせいかテンションの上がった平太が、再び拳を勢いよく上に突き出す。心なしか、顎がしゃくれている。


 さておき、これで本格的にアルマが仲間になった。

 平太は、伝説の鎧を手に入れた。

          ☽

 勝負がついたので、平太たちはグラディーラの居住空間から自分たちの船室へと戻って来た。


 仕切り直すついでに、平太たちは室内に残っていた酒やツマミを胃の中に廃棄する。アルマはヒトの姿へと戻り、外れた関節もすべて元通りになってはいたが、今度は酒を口にしなかった。代わりにシャイナが全部呑んだ。


 アルマの持ってきた酒やツマミがきれいになくなると、平太が話を切り出した。

「どうしてわざわざ勝負なんて持ちかけたのか、そろそろ説明してくれるとありがたいんだが」

「それはね……」

 ようやく明かされるアルマの意図に、平太たちは前のめりになる。

「ゴメンね~、まだ言えないの~」

 だが呆気なくはぐらかされ、ズッコケそうになる。

「まだ、って事は、いつかは話してくれるんだろう?」

「ん~、それもどうかしらね。約束はできないわ」

「アルマ姉、もったいぶらずに教えてくれ! いったい何を企んでいるんだ!」

「企むってや~ね~、人聞きの悪い」

「アルマ姉はその、少々破天荒なところはあるが、意味もなくこんな馬鹿げた真似をするような人ではないとわたしは信じている」

「あら~、嬉しい事言ってくれるじゃない」

「だから、訳があるのなら教えて欲しい。どういう意図があって、ヘイタを試すような真似をしたのだ」


 懇願するようなグラディーラに、アルマはしばし沈黙する。

「……今は話す事はできない。けど、これだけは信じて。今日の事は、いずれきっと意味を持つから」

「……っ!」

 グラディーラは何かを言おうとしたが、アルマの決然とした顔を見て、そのまま口を閉じた。

 平太たちも、彼女が何か深い訳があってこのような事をしたのだというのは察したので、これ以上追求はしなかった。


「さてと、それじゃ~始めましょうか~」

 会話が途切れたところで、アルマが伸びをしながら立ち上がった。

「え? 始めるって何を?」

 平太の問いに、アルマは片手を口に当てて目だけでいやらしそうに笑う。

「や~ね~、契約じゃな~い。け~やく~」

「ああ、」

 自分がアルマと契約して良いものか。ちらりと平太はシャイナを見やる。

 シャイナは、自分にはもう気に入った鎧があるから好きにしろといった感じの意志を、表情とゴミを払うような手の仕草で示した。


「それで? どうするの? ちゅ~にする? それとも、もっと別の体液にする?」

 アルマが両目を閉じ、両腕で身体を抱きながら唇を突き出し、腰をくねらせる。

「え? ……え?」

 戸惑う平太の周囲で、スクートとスィーネ以外が一斉に勢いよく立ち上がった。


 まずシズが平太を後ろから羽交い締めにし、

「え?」

 と平太が言う間に、シャイナが目にも留まらぬ速さで、彼の右手の親指の皮一枚を切る。

「いてっ」

 そして血の玉が浮き上がった平太の親指を、ドーラが手首を持ってアルマの前に掲げる。

「はい、これ飲んで」


「え~。わたし、血じゃなくてもっと別のがいいな~」

「贅沢を言わないでください。わたしだってこれだったのですから」

「ちぇ~、つまんな~い」

 ぶちぶち文句を言いながらも、アルマは平太の親指を口に含む。口の中で舌を一回転させると、唇をすぼめたまま平太の指から口を離す。

「――ん、はあ……」

 ごくり、とアルマの白い喉が平太の血を嚥下する。無駄に生々しい吐息と仕草に、平太は赤面し、シャイナは舌打ちをした。


 これで平太はアルマと契約を完了したわけだが、グラディーラの時といい、特に何かが変わったようには感じられない。

「実感が湧かないようね。だったら、一度装着してみる?」

「いいのか?」

「契約しといて、いいも悪いもないでしょ」

「それもそうか。よし、」

 平太はやや緊張した面持ちで、咳払いをする。そしてグラディーラの時と違い、握り拳を作った両腕を胸の前で交差させ、それを素早く腰だめにし、

「来い、アルマ!」

 アルマの名を呼ぶと同時に右手を開いて頭上に突き上げた。


 次の瞬間、アルマの全身が光に包まれたかと思うと、音もなく五体がバラバラに分裂し、五つの光の玉となってもの凄い速度で平太に向かって飛んだ。

 光の玉は平太の身体に当たると、泡が弾けるように消え、その部分が銀色の鎧に覆われる。


 そうして五体すべてに光の玉が当たると、最後にひときわ大きな光が平太を包んだ。

 閃光が収まると、そこにはしろがねの全身鎧を着込んだ平太が立っていた。

「おお……」

 わずかの隙間もなく全身を覆われ、平太は感嘆の声を漏らす。試しに軽く身体を動かしてみるが、鎧を着込んでいるとは思えないくらいすんなりと動けた。


「すごいな。まるで何も着けてないみたいだ」

 それでいて、身体全体を包み込む安心感と、まるでぬるい温泉に浸かっているかのような心地よさはなんだろう。これが、母体の中にいる胎児の気持ちなのだろうかと平太は思ったが、胎児の時の事など憶えていないのであくまで個人の感想だ。


『どう? わたしの着心地は?』

 契約して魂が繋がったので、アルマの声が頭に直接届く。彼女の中にいるせいか、声を聞くだけでも不思議と気持ちいい。

「ああ、最高だ」

『ふふ、良かった』

「これでついに伝説の武具が全部集まったね」

 感慨深げにドーラが言うと、今さらながら平太の中に興奮にも似た感動が込み上げてきた。


 始まりは、ただの成り行きだった。

 勇者と間違えられて異世界に召喚され、帰るために仕方なく魔王を討伐すると決めた。

 それからは、今までのニート生活が嘘のような日々だった。

 正直、最初は地獄だと思った

 けれど、今までの人生の中で一番充実した日々だった。

 その日々に、はっきりとした終わりが見えてきた。

 聖なる武具がすべてそろった今、残るは魔王を倒すのみである。


「とうとう、ここまで来たな……」

 平太は、自分に視線を向ける仲間たちを見回す。みな、今日まで一緒に苦難を乗り越えてきた、今では家族よりも深い絆を感じる者たちだ。

 彼女たちは平太と目が合うと、決意と覚悟に満ちた表情でしっかりとうなずく。

「これでようやく魔王と戦える。よし、このまま行くぞ、フリーギド大陸へ」

 平太が拳を振り上げると、みなも同意の声とともに拳を振り上げる。


 だが、

「あら、それはダメよ~」

 ただ一人、アルマだけが意義を唱えた。

「……え?」

 一同の視線が平太――正確にはアルマに集まる。


「ダメって、どうして?」

 代表して平太が質問すると、アルマは強烈な光を放ち、鎧から人型へと戻る。

「よく考えてみなさいよ。あなたたち、もう何度も魔族とやりあってるんでしょ?」

「うん、まあ、それなりに」

 思い起こせば、さほど多くもない戦闘でありながら、すでに魔族の四天王のうち三つと戦っている。何という密度だ。


「だったら、完全に魔族に目をつけられてるじゃない。そんなのが、こんな大勢の一般人が乗ってる船とか使っちゃダメ。彼らが巻き込まれたらどーすんのよ」

「あ……」

 言われて初めて気づく。

 そして思い出す。

 以前、同じように船に乗っている時に、スブメルススという魔物に襲われた事を。


 しかもその魔物は、自分たちを追ってきた事を。


 これまでなら、平太たちは魔物にとってその他大勢の人間に過ぎなかった。だがイグニスとやり合い、スブメルススを倒し、コンティネンスを撃退した今となっては、平太たちはその他大勢ではなくなっている。魔物たちにとっては、明確な【倒すべき敵】なのだ。


 そんなある意味有名人が、大勢の一般人が乗る客船を使っていいわけがない。平太たちにとっても、彼らにとっても。

「わたしの言ってる意味、わかった?」

「ああ。確かに、俺たちは思慮が足りなかったようだ」

「けど、どうしよう? もう船は出港しちゃってるし、次のモンスオースの港まではまだ三日はかかるよ」

「その間にまた魔物が襲ってこないとも限りませんしね……」

「かといって、途中で降りることもできませんし、どうしましょう……?」

 シズの言葉に、一同う~んと唸る。陸路ならまだしも、ここは海の上だ。途中下車ならぬ、途中下船はできないのだ。


「あら、降りられるわよ」

「え?」

 アルマがあっさりと言ってのけると、平太たちはそろって素っ頓狂な声を上げる。

「まさか、海に飛び込むとかじゃないよな?」

「そんなわけないじゃない。極めて安全確実な方法よ」

「けど、降りたところで、我々には移動手段がありませんが」

 スィーネの言う通り、陸路なら馬車なり徒歩なりどうとでもなるが、フリーギド大陸には陸路では行けない。どうしても海を渡る必要がある。


「あたしらに船は無いし、あったとしてもあたしらだけで操船なんてできねーぞ」

「誰も別の船を調達しろなんて言ってないわよ~」

「じゃあ、どうするんだい?」

 ドーラが小首を傾げて尋ねると、

「そりゃあ、勇者が乗るものって言ったら――」

 アルマは答えを待つ平太たちに、ウィンクをして、


「竜に決まってるじゃない」


 さも当然のように言った。

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