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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第五章
96/127

アルマ☆

今回から第五章です。

文末のイメージイラストはアルマです。

          ◆     ◆

 平太が船室に戻ると、ドーラたちはもう着替え終わって待っていた。


 食堂にお昼を食べに行くと言うので、先に行って席を取っておいてもらう。平太は急いで普段着に着替え、彼女たちの後を追った。

 食堂は、味も素っ気もない広いだけの空間だった。以前ハートリーの奢りで乗った客船では、入ると同時に給仕が着いて席へと案内してくれたが、ここでは客が勝手に空いてる席を探して座る大衆的なシステムのようだ。


 見れば、昼飯時というのもあって、女給たちが忙しそうに立ち働いている。だが、どうにも食堂の広さに対して数が足りていないように見えた。船賃の安さがこういう所に現れるのは仕方のない事だと思うが、これでは従業員は大変だろう、と他人事ながら同情してしまう。

 平太が食堂内を見回していると、ドーラがこちらに手を振っているのが見えた。


 ドーラたちは、十人がけのテーブルを陣取っていた。平太が空いている席に座ると、シャイナが注文をするために手の空いている女給を探す。だがどれも両手に料理を持って早足で駆けて行き、なかなかつかまらなかった。


「チッ、どーなってんだよこの店はよ」

「少し時間をずらして来たほうが良かったですね」

 船の中なので他に行く店が無いため、どうしても同じ時間に客が集中してしまう。今度からはピークの時間を避けて来ようと平太たちが話していると、

「おい、ちょっと、そこのおねーさん!」

 ようやくシャイナが手の空いている女給を見つけたようだ。


「こっちこっち! 注文取ってくれよ!」

「はいは~い、少々お待ちくださ~い」

 妙に間延びした女給の声に、グラディーラが「ん?」と怪訝な顔をする。

「は~い、お待たせしました~。ご注文をどうぞ~」


 そして平太たちのテーブルに来た女給の顔を見ると、グラディーラはそれまで見た事も無いような驚愕の表情を浮かべ、

「あああああああああああああっ!!」

 周囲の客たちがびっくりして一斉にこっちを見るほどの大声を上げて立ち上がった。平太たちは、大声よりもグラディーラがこれほど取り乱している事に驚いた。


「おいおい、何だよいきなり立ち上がって。びっくりさせんなよ」

 シャイナが文句を言うが、グラディーラはまったく耳に入ってないのか「ああああああああああ……」と全身を震わせている。

 やがて腰が抜けたようにへなへなと椅子に座り、まだ震える手を持ち上げて女給を指差す。


 一同がグラディーラの次なる言葉を待つ中、答えは意外な人物から出た。スクートである。

「あ、アルマおねーちゃんだ」

「えっ!?」

 そのひと言に、平太たちの視線が一瞬で女給に集まる。


「あらあら~、誰かと思ったらグラディーラちゃんにスクートちゃんじゃな~い。忙しいからぜんっぜん気づかなかったわ~。久しぶり~、元気してた~?」

 うふふ、と状況をまったく理解していないのか、女給――アルマは手を形の良い口に当てて楽しそうに笑う。


 アルマは、平凡な女給のお仕着せを着ていたが、内側から弾けそうなほど張り詰めた胸や、異常に細い腰とその下についてる胸にも負けない豊かな尻のせいで、こうして改めて見ると明らかに他の女給と一線を画していた。

 そしてふんわりと頭の上で巻き上げた緑がかった髪は、食堂内の照明を受けて淡く浮かび上がっている。衣装がお仕着せでなければ、酒場の歌姫と言われても誰も疑わないだろう。


「あ、アルマ姉、いったいどうしてこんな所に……」

 そう言えば、アルマは魔王が復活した気配を察知し、スクートを置いて旅立ったはず。ならばとっくの昔にフリーギド大陸に到着していてもおかしくないのだが、いったいどうしてこんな船の中で、しかも食堂の女給として働いているのだろう。


「それがね~、話せば長いのよ~。実はね~、」

 アルマは艶やかな唇を軽く尖らせ、よくぞ訊いてくれました、とばかりに勢い込んで語り始めようとするが、

「――っと、あんまり話し込んでたら食堂長に怒られちゃう。ゴメンね~、この続きは仕事がハネるまで待っててちょうだいね~。んじゃ、また後でね~ん」

 そう言うと注文を取りに来た事をすっかり忘れ、厨房の方へと去って行った。


 それからしばらくの間、平太たちは唖然としていた。まさか、こんなにも早く、しかも何の脈絡もなく最後の聖なる武具アルマに出会えるとは、いったい誰が予想できたであろうか。

 あまりの衝撃に昼食の事など頭からすっ飛んでいた平太たちであったが、突然スィーネが右手を軽く上げたので、一同は何かあったのかと彼女に視線を向ける。


 スィーネは皆の注目の中、ひと言。

「すいません、注文よろしいですか?」

 見れば、手を上げたスィーネを見て、別の女給が平太たちのテーブルにやって来ていた。

          ☽

 夜になって、平太たちは再び食堂を訪れた。アルマが言った通り、食堂が閉まる時間まで待っていると、仕事から開放された彼女が自らやって来た。

「お待たせ~。ハァ、今日も疲れた~……」

 心底疲れたという顔で首を傾け、凝りをほぐしている姿があまりにも所帯じみていて、グラディーラが証言していなければ、本当に彼女が聖なる武具の一人だとは思えなかった。


「アルマ姉、それよりも早く説明してもらえないだろうか。いったいどうして――」

 来たと見るやさっそく質問を始めるグラディーラを、アルマは彼女の唇を人差し指で軽く押さえ、「焦らないの」と柔らかく窘める。それから平太たち全員を軽く視線で捉えると、

「う~ん、それじゃああなたたちの泊まっている部屋に行きましょうか。わたしの部屋、従業員用だから相部屋なのよね。それに、こんな大人数入りきらないし」

 ごく自然にこの場を取り仕切ってしまった。


「凄いな。あのグラディーラを完全に制御してる」

「苦手っぽいのはわかってたけど、ますますどういう人なのかわかんなくなってきたね」

 平太とドーラがひそひそ話していると、アルマは「ん」と二人に両手をにゅっと伸ばして、手に持っていたカゴを突きつける。

「これは?」

「ま~長い話になりそうだし、こういう話はシラフじゃちょっと、ね」

 カゴを開けて中を見てみると、酒とつまみが入っていた。ますますアルマが仕事帰りにコンビニでビールとつまみを買って帰る疲れたOLみたいに見えた。

          ☽

 部屋に着くと、アルマは寝台の一つに腰を下ろした。平太たちは、彼女の前に集まって床に座る。

「さて、何から話そうかしらね~……」

 早速カゴから酒とつまみを物色しながら、アルマが話を切り出す。

「何からも何も、アルマ姉が旅立ったところから話してくれないと困るんだが」

「そう? じゃあね~、」

 アルマは酒をひと口飲んで口の中を湿らせてから、語り始めた。


 魔王の復活を感知したアルマは、様子を探りに行くべくスクートを置いて旅に出た。

 そして魔王の城があるフリーギド大陸に向かう船に乗り、


 無賃乗船で捕まった。


 そして現在も、船代を働いて返している真っ最中である。


「――というワケなのよ~。いや~も~ホント大変だったのよ~。客室でくつろいでたら、いきなり乗船券を見せろって言われて、何それ? って言ったら両脇抱えられて船長室に連れてかれるし。それから根掘り葉掘りの質問攻めだわ、魔王の話をしたらみんな大笑いして頭がおかしい人扱いされるわ。それでお金が払えないなら働いて返せって言われて船の仕事をやらされるけど、今まで働いた事なんてないから失敗続きで怒られてばっかり。すっごい呆れられたけど、こっちだってうんざりよ~。それから、できる仕事が見つかるまであちこち転々とさせられて、ようやくわたしにもできる仕事があると思ったら、超忙しい食堂の給仕でしょ。も~毎日戦場よ、あそこは」


 喋りたいだけ喋って喉が渇いたのか、アルマは残っていた酒を一息にあおる。ぷは~っと大きく息を吐いて、さて続きを話そうかと思ったところで、一同の顔から表情が消えているのに気がついた。

「あれ? どうしたの、みんな?」

「あ、ああ……ちょっと、軽く目眩がしてな……」

 グラディーラがうつむきながら、左手の親指と人差し指で眉間の間を強く揉む。そのまま数秒マッサージを続け、最後に大きく深呼吸をする。


「いくつか質問があるんだが」

「ど~ぞ~。何でも訊いて~」

「どうして無賃乗船なんかしたのだ? まさか、船に乗るのに金が要ると知らなかったわけではあるまい」

「わたしだって、別にしたくて無賃乗船したわけじゃないのよ~。ただ、気がついたら船の中に居て、たまたま居心地の良さそうな部屋が空いてたから、しばらくのんびりくつろいでいただけなのよ~。そしたら、急に大勢で押しかけてきて、『いつからそこに居た。どうやってこの船に乗り込んだ!?』とか大声で問い詰められたの。そんなのこっちが知りたいわよ」


 方向音痴だとは聞いていたが、まさか船の中に迷い込むほどだったとは。それで運が良いのか悪いのか誰にも気づかれずに船室に入ってしまい、結果的に無賃乗船になったというわけか。

「……なるほど。事情はだいたいわかった。では次の質問だ」

「は~い」


「いくら何でも魔王が復活したあの頃からずっとここで働いていて、未だに船賃が払えてないというのはおかしくはないか? まさか、騙されているのではなかろうな」

「それは大丈夫よ~。お給金はちゃ~んともらってるし、別にピンハネとかはされてないから」

「では何故?」

「それはね~、」

 言いながら、アルマは手に持った盃をグラディーラに向けて掲げる。

「お給金はぜ~んぶ呑んじゃうから、ちっともお金が貯まらないの~」

 楽しそうにアルマは笑うが、グラディーラたちは1ミリも笑えない。酔いが回ってきたのか、アルマのテンションがますます上がってきた。


「何をやっているのだ……」

 頭痛に耐えるように手で額を押さえるグラディーラに、平太は小声で問いかける。

「アルマさんって、お酒に目がないの?」

「アルマ姉は普段から何かにつけてだらしないが、酒には特にだらしないのだ……」

「そ~んなことないわよね~、ね~スクートちゃ~ん」

「や~んアルマおねーちゃんお酒くさいの~」

 ふざけて抱きつくアルマを、スクートは厭そうな顔で押し返そうとする。だがアルマはそんなスクートの全力の拒絶すら楽しむように、「ん~」とか言いながらスクートの柔らかい頬に自分の頬をこすりつける。


 しばらくアルマの「ん~」とスクートの「や~ん」が室内に響いていると、

「アルマ姉、」

 じゃれる二人の姿に耐えかねたように、グラディーラが声を上げると、アルマはようやくスクートを開放した。アルマが手を離すと、スクートは一目散にシャイナの背後に逃げた。

「なあに?」

「労働して借金を返済するのも大事だが、アルマ姉には目的があったのではなかったのか?」

「目的って?」

「魔王の動向だ!」

 グラディーラが声を荒げると、シャイナの背後にいたスクートが驚いて身を隠す。だがアルマはしばらくぼんやりとした表情で虚空を見て、ようやく妹が何を言っているのか理解したのか、「あ~、」と両手をぱんと打ち鳴らした。

「そうだったわね~、そう、魔王。うん」

 アルマは何度もうなずく。


「なんかね~、復活した気配を感じたから何はなくともまず確認をって思って旅に出たんだけど、それ以来うんともすんとも言わないじゃない? その上ほら、ここの食堂の仕事って忙しいでしょ? だから、すっかり忘れちゃってたわ」

「要するに、日々の生活に追われて忘却していたというわけか……」

「わたしの事はもういいじゃな~い。それよりも~、」

 少し焦点の覚束ない目で、アルマは平太たちを見やる。

「グラディーラちゃんこそ、あれからどうしてたのよ~? 霊山スピルトゥンスに引きこもってたと思ったら、大所帯でこんな船なんかに乗ったりして。どういう心境の変化?」


 グラディーラが「それは……」と答えに窮していると、アルマは「あ、そっか~」と何かに気づいたような顔をして立ち上がり、平太を指差す。

「この子ね? グラディーラちゃん、この子が気に入ったの?」

「ちょっ!? アルマ姉!」

 慌てるグラディーラをよそに、アルマは平太の前に屈み込むと、彼の顔を両手で挟んで自分の顔を近づけ、まじまじと見つめる。

「やだなにこの子、ぜんぜん目に光がないけど大丈夫なの? こんな死んだ魚みたいな目をした人、初めて見たわ~」

「え? うわっ、酒くさっ」

 アルマの吐き出す酒気から逃れようと、平太が顔をそむけようとする。だがアルマは平太の顔をしっかりと両手で挟み込み、目の奥を覗き込んでいる。


「あら、この子――」

「アルマ姉、ヘイタが厭がっている。離れてくれ」

 一瞬真顔に戻ったアルマが何か言おうとしたところに、グラディーラが割って入る。平太から引き離されたアルマは、少し不満そうな顔をしたが、すぐに何か良からぬ事でも思いついたのか、酔っ払い特有のだらしないにやけ顔をすると、

「え? なに? 妬いてる? お姉ちゃんに取られると思ったの? や~ね~、取らないわよ~」

「そ、そんな事はひと言も言ってない!」

「ムキになっちゃって、か~わいい~」

「アルマ姉、からかわないでくれ!」

 グラディーラが顔を真赤にして怒ると、アルマは「わかったわかった」とそれ以上妹をからかうのをやめた。


「今は、この子たちと行動を共にしているのね?」

「そうだ。彼らはわたしの――」

 そこでグラディーラは言葉を止め、小さく息を吐く。そして誇らしいような笑顔をアルマに向けると、はっきりと言った。

「わたしたちの仲間だ」

 そのひと言に、アルマだけでなく平太たちも驚いた。


 あの、人間に絶望して人間不信になっていたグラディーラが、人とともに旅をするようになっただけでなく、仲間と呼ぶとは。

 ようやく自分たちを仲間と認めてくれて、平太は胸が熱くなるのを感じた。

 アルマは視線をグラディーラと平太たちの間を何度も往復させると、ふ、と力の抜けた息を笑みとともに吐く。

「そう。良かったわね」

「ああ。それで、もし良かったら、アルマ姉もわたしたちと一緒に来ないか?」

 グラディーラが握手を求めるように手を差しのべる。


 だが、アルマはわずかに笑顔をしかめて、その手を残念そうな目で見る。

「そうねえ……、そうしたいのはやまやまだけど、わたしってホラ、借金があるじゃない?」

「それは……」

 そこでグラディーラは助けを求める視線で平太を見る。だが平太もこと金銭に関しては管轄外なので、この旅の資金を取り仕切っているドーラに向けて同じく助けを求める視線を送った。

 するとドーラは一瞬胸に何か刺さったかの如く顔をしかめて「う、」と唸ったが、すぐに諦めの表情に変わって、魂ごと吐いてるんじゃないかと思うようなため息をつくと、

「……わかったよ。アルマさんの借金はボクたちが肩代わりしよう。その代わり、と言っちゃあナンだけど、魔王を倒すために協力してくれないかな?」

 断腸の思いといった感じで言った。


「ほんとぉ? いいの? やだ、太っ腹~」

 何となく金で聖なる武具を買ったような気分に、平太たちが複雑な心境でいると、

「じゃあ、お言葉に甘えて、わたしもご一緒させてもらおうかしら?」

 ようやく、アルマはグラディーラの手を取った。

 が、

「でも、その前にちょっと確認させてね~」

 すぐにその手を離す。


 アルマは妹に背を向け、平太に向き直る。

「あなたが、グラディーラちゃんの新しい主ね?」

「え? は、はい」

 再びアルマに顔を両手で挟まれ、平太の声が上ずる。アルマはさらに顔を近づけ、平太の目を見つめる。二人の身長が近いせいか、まるで恋人同士が見つめ合っているような姿だった。


「あ、あの、近いんですけど……」

 息がかかるほどの近さに、平太はアルマの手から逃れようとするが、できなかった。彼女はさして力を入れているわけではない。ただ、目をじっと見つめられているだけだ。

 だが、その視線に魅入られたように、身体が思うように動かない。彼女の目は、自分の眼球を通り抜けて、もっと奥の、平太には見えない何かを見透かしているような気がした。


 そうして緊張のあまり止めた息が続かなくなる頃、ようやくアルマが手を離した。

「なるほどね~、なかなか面白いじゃないの~」

「面白いって、何が――」

「あなたたちの仲間になるには、一つ条件があるわ」

「条件って、アルマ姉、いったい何を――」

 グラディーラの言葉を遮り、アルマは平太に向けて言い放つ。


「わたしと勝負して、勝ったら一緒に魔王と戦ってあげる」

挿絵(By みてみん)

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