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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第四章
95/127

アルマを探せ

          ◆     ◆

 日が暮れたので、開通初日の作業はここまでとなった。


 将来的には夜間作業もする予定だが、そのためには照明などの設備や、作業員たちが休憩する施設が先だ。

 ともあれ、当初の計画通り穴の開通は一日で終わった。これにて平太たちの役目は終了である。


 現場監督となったギデレッツに後の事は任せ、平太たちは一度スキエマクシに戻った。

 それから平太たちは、改めて今回のまとめ役を買って出てくれたハートリーに礼を言おうと、海上警備隊の詰め所を訪れた。


 だが、またしてもハートリーの姿はなかった。

 副隊長の話によると、ハートリーは昼過ぎに一度戻ったが、すぐにまた出かけたそうだ。

 その際、どこに何の用でどのくらいの期間出かけるとは言わず、ただ「しばらく留守にする」とだけ言い残したという。

 隊長がそんな適当な事で良いのかと思ったが、ハートリーは普段からこうなので、隊員たちも特に気にしなかったそうだ。


 とにかく、出かけてしまったものは仕方がないと、平太たちは副隊長にもしハートリーが帰ってきたら、自分たちが礼を言っていたと伝え、詰め所を後にした。

          ☽

 ハートリーと入れ違いになり、何とも不完全燃焼のような気持ちの平太たちが宿に入ったのは、もうすっかり夜もふけた頃であった。

 例によって宿賃節約のために取った大部屋で遅い夕食を摂りながら、今後の方針を話し合う。


 夜も遅く、すでにかまどの火を落としているという事で、平太たちは馬車に積んでおいた保存食をいくつか部屋に持ち込み、テーブルを囲んだ。

「どーにかこれで、フェリコルリスの輸送コスト問題は解決の目処がついたな」

 平太は保存食を入れた革袋の中から、乾燥させた果物を取り出しドーラに渡す。

「通る分には今のままでも大丈夫そうだけど、安全を期すために補強するとなると、あと何年かはかかるだろうね」

 ドーラはそれを受け取り、手でひと口分ちぎると、残りをスィーネに渡した。

「では、これにて無事フェリコルリス村の問題も解決しましたし、そろそろ次の方針を考えましょうか」

 スィーネも同じようにちぎり、残りをシャイナへと回す。


「次って言ってもよ、具体的にどうすんだよ? まだ最後の武具も見つかってねえのに、フリーギドには行けねえだろ」

 シャイナは直接がぶりと噛みつき、残ったかけらをシズに向ける。

「そう言えば、アルマさんの手がかりって、まだなんにも無いんですよね」

 シズが手と首を振って辞退すると、シャイナは平然と残り全部を口に放り込んだ。


「ところで、グラディーラたちはあれから何か、アルマさんについて心当たりとか思い出した?」

 平太が水を向けると、グラディーラは火が使えないために硬いままの干し肉をみちみちと噛みちぎっていたのを一時中断する。

「いや、やはり特に思い当たる事はないな。それに、アルマ姉は……その、奔放な性格だからな。わたしなどでは行動を予測するなど不可能だ」


「そうか、自由な人なんだな……」

 グラディーラやスクートが同じ場所に居続けたから、聖なる武具は一箇所に留まるきらいがあるのかと思いきや、どうやらアルマだけは例外のようだ。

「アルマおねーちゃんはねー、よくお外でまいごになるのー。ほーこーおんちなのー」

 スクートがリスみたいに木の実をかじり、口とテーブルの周りを食べこぼしだらけにしながら言う。


「え……?」

 思いがけない爆弾発言に、平太はスクートを見る。だがスクートは再び木の実に夢中になっていて、それ以上問うのは無意味だと感じた。仕方なくグラディーラに「そうなの?」と話を振る。

 アルマの話に、グラディーラは眉間にシワを刻むと、大きくため息をつく。

「北と南を間違える程度なら可愛いものだ。アルマ姉は、方向というよりも空間そのものを間違えて移動する時があるから厄介極まりない」


 空間魔法も使わずにどうやって別の空間に行くのだろう、という疑問が湧き起こるものの、それを問い質すとさらにグラディーラの眉間のシワが深くなるだろうから、平太は「すごいね……」と曖昧な返事でその場をやり過ごした。

 アルマのとんでもない話に、一度会話が途切れる。


 室内に、乾燥した保存食を咀嚼する音が響いていると、シズが平太に質問した。

「あれ? ヘイタ様は召し上がらないんですか?」

 シズの言う通り、平太は保存食に一切手をつけていなかった。

「うん。ちょっと鼻がつまってるからかな? 食欲がなくてね」

「おいおい、風邪か? そういう時こそメシはしっかり食った方がいいぞ」

 メシは生きる基本だからな、と言うとシャイナは、自分が食べようと確保していた乾燥果物のいくつかを、平太の前に並べる。


 それを見たグラディーラが、大事に残しておいた干し肉の塊と平太を何度か交互に見て、

「いやいや、ヘイタはこの間もとんでもない無茶をして身体に負担をかけただけでなく、大量に出血したのだ。その上今日の大仕事ともなれば、身体も相当疲弊しているだろう。そういう時は肉を食え、肉を。肉はいいぞ。手っ取り早く血肉になる」


 もの凄く名残惜しそうな目をしながらも、干し肉を平太に差し出した。

 平太は目の前に集められた乾燥果物と干し肉を見て、苦笑する。

「あ、ありがとう、二人とも……」

 二人の厚意を無駄にしないようにと、平太が乾燥果物と干し肉に手を伸ばす。

 が、それよりも先にシズの手がそれらをすべてテーブルの端に押しやってしまった。


「だめですよ。身体の調子が悪いときに、こんな消化の悪いもの食べたらかえって毒です。後でわたしが宿の人に言って、もっと胃に優しい食べ物をもらってきますから。ヘイタ様はそれを食べて、今夜はしっかり休んでくださいね」

「あ……うん、」

「あーお前きったねーぞ。なに一人でいーこちゃんぶってんだよー」

「後からしゃしゃり出ていいところを持って行こうとするとは、なんと浅ましい奴だ。お呼びでないから引っ込んでいろ」


 ぶーぶーと文句を垂れる二人に、シズはにっこり笑顔を向けると、

「本職の剣士のくせに、大事なところでしくじってヘイタ様の足を引っ張っただけでなく、体調が悪いのをさらに助長させるような食べ物を勧めるなんて、ヘイタ様に何か恨みでもあるんですか? それと、前の勇者とのトラウマのせいで本来の性能を発揮できなかったポンコツ剣が何か言ったようですが、いま現在自分が契約しているのが誰なのか理解していない貴方こそお呼びじゃありませんよ」

 傷口をえぐった上に塩を塗りたくるような言葉をさらっと投げかけた。あまりのえぐさに、ドーラが思わず「うわあ」と呻いて手に持っていた食べ物を落としたほどだ。


「わかったら、シャイナさんは一秒でも早く新しい剣に慣れるように、今から外で素振りでもしてきたらどうですか? グラディーラさんは、その干し肉を持ってさっさと自分の空間に帰ってください。貴方たちの分の宿賃は払ってないので、宿の人に見つかったら迷惑するのはわたしたちなんですよ。食費だけでなく宿賃までかかるようでしたら、これからはグラディーラさんにも働いてもらいますからね」


 間髪入れず追い打ちをかけるシズ。

 次の瞬間、シャイナは「うわーんちくしょー!」と半泣きになりながら、剣を持って逃げるように部屋から出て行った。

 グラディーラは、無言でスクートや干し肉と共に消えていた。ただ彼女の座っていた場所には、涙が落ちたような雫がいくつか残っていた。


「シズ、ちょっと言い過ぎなんじゃ……」

「なにを甘い事を言ってるんですか、もう。それよりも、わたしはこれから宿の人に何か消化に良い物をもらってきますから、ヘイタ様はそれを食べたら今日はもうゆっくり休んでくださいね」

「え……? 今後の方針を話し合うんじゃ?」

「そんなもの、今日やらなくたって別に世界が終わるわけじゃないでしょ。それよりもヘイタ様が休む事の方が先決です。話し合いなら明日でも十分。わかりましたか?」


 畳みかけるようなシズの舌鋒に、平太は圧倒されて頷く事しかできなかった。

 振り子の如く頭を上下させる平太を見て、シズは満足そうに微笑むと、

「それではヘイタ様、少々お待ちくださいね」

 いそいそと部屋から出て行った。


 ぱたりと扉が閉まると、平太のみならずドーラも緊張が解けたように大きく息を吐いた。

「恐かった……」

「もしかして、この中で一番強いのってシズなんじゃないかな……」

 平太の言葉に、ドーラが何度も頷く。

 その傍らで、スィーネは黙々と保存食を食べていた。

          ☽

 翌朝。

 昨晩の余波で一部気まずい朝食が終わると、ようやく今後の方針を話し合う事となった。


「これからどうしよう?」

 とりえずといった感じにドーラが切り出すが、話が漠然とし過ぎて誰も何も言えなかった。

「ほとぼりを冷ますのも兼ねてフェリコルリスまで来たけど、さすがにそろそろ王様も忘れてないかな?」

 楽観的に平太が言うが、それに賛同する声は出ない。


 あれからひと月近く経っているが、もし王命が出て手配書でも出回っていたら、ひと月やそこらでは安心できない。下手に王都に近づこうものなら、あっという間に賞金稼ぎたちが群がってくるだろう。

「仮に北を目指すとしても、王都を経由する航路は避けた方が良いですね」

 スィーネの意見には、皆が頷いた。


「となると、北側をいくルートになるな。ディエースリベル大陸で寄港する港も、王都オリウルプスからほど遠いモンスオースとカレムシルワだから安心だ」

 ただし、とシャイナは付け加える。

「前も話したと思うが、モンスオースとカレムシルワはディエースリベル大陸の北と西の端っこだからな。この間で何かあったとしても、前みたいに適当に漂流して何とかなったりはしないからな」


 ディエースリベル大陸を単純に図形化すると、横長の菱型になる。するとシャイナの言う通り、モンスオースが左の角、カレムシルワは上の角という位置になる。当然この間に港がまったく無いわけではないが、どれも漁船などの小型船舶のためのもので、大型船が停泊できるほどの規模はない。

 これは、北ルートの沿岸は険しい崖が多く、また近海は深度が浅く暗礁などがあるために大型の船舶は通れないからだ。


 そのため北ルートは海岸線に沿った航路がとれず、大きく北に湾曲した航路をとる。なので寄港する港が二つに限定される。

 つまり、北ルートは南ルートに比べ寄港する港が少ないため航行する日数は少ないが、その代わり万が一船が航行不能になった時、最悪港とはほど遠い海のど真ん中に放り出される危険があるのだ。


 このような理由で前回は北ルートを避けて南ルートを選んだのだが、今回は理由が違う。最初から南ルートが選択肢に入っていないので、実質北ルート一択だった。

 とはいえ、今すぐに北の大地フリーギド大陸を目指して海に出る、というわけにもいかない。先の話にも出たように、まだ聖なる武具が全部集まっていないからだ。


「アルマさん、どこにいるんだろうね……」

 テーブルに広げた地図を指でなぞりながら、ドーラがぼそりとつぶやく。

 こればかりは、いかな大魔術師(自称)といえどどうにかなるものではない。そもそも、同じ神から創られた姉妹ともいうべきグラディーラたちでさえ、長姉の居所どころかその性格も掴みきれていないのだから。


「ただでさえ手がかり一つ無いのに方向音痴となると、本当にどこから探していいやら見当もつかないぞ」

 平太は地図を睨んでみるも、異世界の地図はゲームの攻略本に載っている架空の地図のようだ。むしろゲームの地図なら注釈がついてるだけわかりやすい。そもそも地図を見てわかるものでもない。


 そんな平太を見て、グラディーラは鼻を鳴らす。

「アルマ姉の足取りなど、探したところでそう易易と見つかるものではない。あれは探すと絶対見つからないくせに、居て欲しくない時に限ってそこに居るという厄介なたちだからな」

「一度見うしなったアルマおねーちゃんをさがすのは、森の中でなくしたはっぱ一まいをさがすよりもたいへんなの」


 そんなにか、と平太たちがうんざりしていると、グラディーラは「だが、」とテーブルを両手で叩く。

「お前たちはすでに聖なる武具のうち二つも手に入れているではないか。これは明らかに、お前らに縁があるという証拠。縁があれば、放っておいても向こうからやって来るに決まっている。だから、今はそんな事を気にせずに進め」


 くだらない悩みで足を止めている暇があったら、とにかく前に進め。グラディーラの言葉に背中を押され、平太たちはお互いに顔を見合わせる。そして肩の力が抜けた自然な笑みをこぼすと、平太がグラディーラに言う。

「違うだろ、グラディーラ」

「何がだ?」

「二つじゃない。二人だ」

 にやりとした笑みを平太が向けると、グラディーラは少し呆れたような顔をして、すぐさま同じようににやりと笑う。

「そうだな。では三人にするために、まずは動かないとな」

「おう」

 こうして、ひとまず船に乗って北に向かう事だけは決まった。

          ☽

 向かう方向が決まると、すぐさま平太たちは出発の準備に取りかかった。

 フリーギドに向かう船の手配は、スィーネがした。幸い、安く大部屋が手に入った。


 ドーラはその間に魔方陣を使い、デギースが作った新しいシャイナの剣の鞘を取り寄せた。

 新しい鞘は、一見飾り気のない簡素な白鞘だが、スブメルススの骨を使っているため鉄よりも硬い。またさすがデギースというところか、剣は寸分のずれもなくぴったりと収まった。これにより、ようやくシャイナは大手を振って剣を外で持ち歩けるようになった。


 それと同時にドーラは、金銭関係の回収も行った。

 予想していた通り、城からの給金はなかった。考えるまでもなく、王が停止させたのだろう。お世辞にも多いとは言えない額ではあったが、なくなるとこれはこれで痛い。だが仕方ない。


 そして先割れスプーンの売り上げもなかった。これはデギースの工房がコンティネンスにめちゃくちゃにされたので、仕事が再開するまでは払わなくていいと前もって言い置いていたのだ。しかしこれもこれで痛い。


 最後にフェリコルリス村のナイフとフォークの売り上げだが、トンネルが開通する以前の輸送コストがかかっていた頃の純利益なので、悲しいくらい少なかった。だが、無いよりははるかにマシである。

 こうして雀の涙ほどではあるが資金を調達したシズと平太は、フリーギド大陸で補給ができなかった場合に備え、水や食料の買い出しに出かけた。


 翌日。

 無事すべての準備が整うと、平太たちは船へと乗り込んだ。

 船はスィーネが選んだだけあって、簡素ではあるが必要十分といった感じの客船だった。さすがに今回はハートリーの奢りではなく自腹だし、懐も寂しい状態なので贅沢は言えない。


 馬車を係の者に預けると、平太たちは自分たちの船室へと向かった。室内は、値段のわりには広くて綺麗だった。

 荷物を部屋に入れ、ようやく一息つく。

 シャイナたちが鎧や旅装束から普段着に着替えるため、平太は部屋から追い出された。仕方なく、時間を潰すのと探検を兼ねて船内をうろつくことにした。


 適当に歩いているうちに、潮風と海鳥の鳴き声に誘われて甲板に出た。

 甲板には、見送りに来た者と別れを惜しむ乗客の姿がいくつかあった。まだ錨も上げていなし帆も張っていないので、別れを惜しむ時間は十分ありそうだ。

 港と反対側の縁に立ち、平太は海を見る。

 手すりからわずかに身を乗り出す。下を見ればその先には、平太の胴体ほどもある鎖が海面へと伸びて錨に繋がっている。

 これが引き上げられたら、行き着く先はフリーギド大陸だ。そこには、魔王が住むと言われる城があるという。


 とうとうここまで来たか。平太は手すりに両肘を乗せ、指を組む。このまま進んで良いのかという不安はあるが、不思議と後悔はなかった。きっと、グラディーラが背中を押してくれたおかげだろう。

 アルマとは、縁があれば会えるだろう。そうでなければ、ただみんなで死力を尽くして魔王と戦うだけである。


 あちこちから船員が出てきて、出港の準備を始めた。タラップが外され、帆が張られていく。

 海底から錨が引き上げられ、本格的に出港となった。船がゆっくりと進み始め、港がじょじょに遠くなっていく。

 身体全体を使って見送りに手を振っている若者を見ながら、平太は改めて決意する。


 必ずや魔王を倒し、この世界を守ろう。


 そしてその後は――


 その後は、まだ決まっていなかった。

今回で第四章は終了です。

次回から第五章に入ります。

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