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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第四章
94/127

合体

          ◆     ◆


 どうしても本来の威力を発揮できない勇者の技と、グラディーラの怯え。

 そしてスクートのあの言葉。

 それらをすべて総合すると、断片的ではあるが、ある仮説が成り立つ。


「グラディーラ、」

『なんだ』

「お前が原因だったのか」

 次の瞬間、平太の頭の中にチャンネルをでたらめに合わせたラジオのような雑音が鳴り響いた。恐らくグラディーラが激しく動揺したのだろう。


『な、何を根拠にそのような……。証拠でもあるのか。あるなら見せて欲しいものだな』

 刑事ドラマで追い詰められた犯人みたいなセリフに、平太は自分の考えが正鵠を得ている手応えを感じる。

「証拠は見せられないが、言い当てる事はできるかもしれない。もし違ってたら、遠慮なく言ってくれ。その時は謝る」


 グラディーラは答えず、ただ感情を押し殺すような気配だけが届く。平太は構わず続ける。

「勇者がこの技を一番最初に使った時、もしかして、民家か集落を巻き込んだんじゃないのか?」

 グラディーラは答えない。だが、激しい動悸のようなものが平太の頭の中に響く。たぶんめちゃくちゃ狼狽している。

「それでお前はこの技にトラウマができて、無意識に威力を抑えてるってとこだろうか」

 グラディーラは答えない。平太もそれ以上何も言わなかった。


 お互い無言が続く中で、平太の頭の中を埋め尽くす雑音のようなものが、じょじょに小さくなっていく。

 やがて、無音になった頭の中に、グラディーラの声が響いた。


『――知らなかったんだ』

 泣きそうな声で、

『あの戦闘で更地になった山の中に集落があったかもしれないというのは、後から聞いた話だった。当然わたしたちは知らなかったし、あれほどの威力とも知らなかった。いや、知らなかったで済む話だとは思っていないが、何より恐かったのは、わたし自身がその事をついさっきまで忘れていた事だ。いくら五百年経ったとはいえ、この技を使おうとする直前まですっかり記憶の中から消えていた事が、わたしは恐かった』


「聞いた話って事は、本当はなかったって事もあるんだろ? 確かめなかったのか?」

『そんな事、できるわけがなかろう! もし本当に集落が存在し、しかもそれがわたしたちのせいで消滅していたとしたら――』


 わたしたちは、正義ではなくなるではないか。


 勇者が、勇者ではなくなるではないか。


 グラディーラから流れ込んでくる感情が、悲しみから後悔や苦悩に変わる。きっと彼女はあの時からずっと、独りでこの秘密を抱え込んできたのだろう。

 やがて五百年という長い月日は、彼女の記憶を薄れさせはしたが、深層心理はこの技に対する恐怖を憶えていた。それが無意識に威力を制御するという形になっていたというわけか。


 そんなグラディーラに、平太は最初は同情していたが、やがてふつふつと湧き上がる怒りの感情がそれに取って代わっていった。

「なんだよそれ……」


 だんだん腹が立ってきた。

 不幸な事故だというのは同情しよう。だがろくな確認もせず勝手に最悪の事態の方を受け入れ、しかも誰に頼まれたのでもなく自分だけの胸にしまって苦悩している。

 お前は悲劇のヒロインにでもなりたかったのか。

 思わずそう口から出そうになったが、それよりもさらにムカついたのは、

 いつまで前の勇者の事を引きずっているのか、という事だ。


 別に忘れろとは言わないし、所有者風を吹かすつもりもない。だが今グラディーラと契約しているのは自分である。それが、前の契約者との問題が原因で性能が十分に発揮できないとか、これが工業製品ならリコールがかかって即返品交換ものである。グラディーラを剣ではなく、一個人として捉えてみても、やはり納得のいく話ではない。


 何より頭にくるのは、

「お前、俺が前勇者あいつと同じ失敗するとでも思ってたのかよ!!」

 前もって地図で調べた。

 直前にシズが周囲を飛んで確認した。

 今回に限っては、射線上に民家や集落がある事など絶対にありえない。


 なのにこのバカ聖剣は、過去に一度やらかしただけの失敗を恐れてビビってしまっている。

「ふざけるなっ!!」

 もうたくさんだ。

 顔も見た事ないような、前勇者の影に比べられるのはうんざりだ。

 こうなったら、力ずくでもわからせてやるしかない。

 自分と前勇者との、決定的な違いというやつを。


「うおおおおおおおおおっ!!」

 平太は気合と怒りを込める。すると、グラディーラとスクートの身体が光に包まれた。

『な、なにをする!?』

前勇者あいつと俺が違うってところを、しっかりと見せてやる!!」

 驚くグラディーラをよそに、平太は新たな剣をイメージする。前勇者の使っていた剣の形など、もう二度とさせるものか。


 そうして思い浮かべた新たな剣のイメージには、スクートも組み込まれていた。

 シャイナにかつて言われた「じゃあもういっその事いつもの馬鹿でっかい剣に盾をくくりつけとけよ。そうすりゃお前でも少しはサマになるかもよ」という言葉をヒントに、以前から考案していた形状があったのだ。


 スクートがシャイナと契約したため、使う事はないと思っていたが、まさかこんな形で実現する事になるとは。

 平太はグラディーラとスクートが抱き合うようなイメージをする。それは、剣と盾の融合を表そうとしていた。


 そして平太のイメージを具現化するように、二つの光となったグラディーラとスクートが混ざり合い、一つの大きな光の球となって平太の両手に収まる。

 その瞬間、爆発するように光が弾けた。


「どうだ!!」

 光が収まると、平太の手には巨大な剣が握られていた。

 そして、その剣の鍔には、銀色の盾が装着されていた。

 それは、大剣に盾が付いているというよりは、盾から大剣が生えていると言った方が近いような、何とも奇天烈な剣だった。

          ☽

『な、何だこれは……!?』

 グラディーラは、初めて受容する感覚に戸惑っていた。

『わーい、おねーちゃんとぎゅーってしてるー。ぎゅー!』

 スクートはこれまでにないほどの姉との密着にはしゃいでいる。何しろ肉体的な触れ合いではない、精神体での接触だ。


『スクート……』

 グラディーラの精神体は今、スクートの精神体と融合している。いや、融合しているのは肉体や精神だけではない。彼女らが持つ呪いのような、属性までもが二人で共有するかのように融け合っていた。二人は今、剣であり盾、盾であり剣でもある状態なのだ。


『おねーちゃん、すごいよこれ! スクートこんなの初めて!』

『わ、わたしもこんな事、初めてだ……』

 スクートの声はすれど姿は見えず。だが、スクートが自分のすぐ傍にいるというのは感覚でわかる。何とも奇妙な感じだった。

「どうだ、これでわかったか!? 俺と前勇者あいつは違う! 俺はあいつにできた事ができないかもしれないが、あいつにできなかった事が俺にはできるんだ!!」


 息継ぎをし、「それに、」と平太は続ける。

「勇者だって人間だ。カミサマじゃないんだ。だから失敗だってするし、とんでもない間違いだってする。だけど、それを隠してどうする? そんな事したって、やっちまった事は無かった事にはできないんだぜ。それに失敗したり間違えたら、できるまでやり直すのが俺たち人間の生き方なんだ。一度も間違えた事の無い奴なんていない代わりに、そいつが諦めない限り何度だってやり直す事ができるんだ。だが失敗を隠すって事は、そいつから失敗してやり直すチャンスを奪ったって事じゃないか。いくら聖剣だからって、いや、カミサマだってそんな権利はありゃしないだろ」


『ぬ……』

 平太の言葉もさることながら、直接精神に叩きつけられるような熱さが、グラディーラには刺さる。


 この男は、これほど熱かっただろうか。

 そしてあの男は、これほど激しかっただろうか。


 いや、平太と彼は違う。同じヒトではあるが、同じ勇者ではあるが、中身はまるで違う。そう頭では理解しているが、一度心に刻まれた恐怖は、どうしても払拭し難いものがあった。


『おねーちゃん』

 突然、スクートに手を握られたような気がした。

『だいじょうぶだよ。こわくないよ』

 二人の精神が融合したため、グラディーラには、姉を安心させようと包み込んでくるような、スクートの温かな感情が流れ込んでいる。


 スクートには、グラディーラの怯えや後悔、そしてあの時の記憶が流れ込んでいた。

 そうしてすべてを知り、グラディーラの気持ちを知ってなお、スクートはこう言ったのだ。

『どんなことがあっても、ゆうしゃのおにーちゃんはゆうしゃのおにーちゃんだし、グラディーラおねーちゃんはグラディーラおねーちゃんだよ」

『スクート……』


『スクートね、こんなだからあんまり憶えてなくてごめんね。グラディーラおねーちゃんがなやんでいるの、気づいてあげられなくて、ごめんね』

 姿が見えず声だけであったが、グラディーラは確かに感じた。

 スクートが泣いている。

『スクートはなんにもできないかもだけど、これからはグラディーラおねーちゃんがかなしかったり苦しかったりしたら、スクートにもわけて。スクートこんなだけど、いっしょにかなしんだり苦しんだりはできるもん。だからもう、ひとりでなやまないで。だってもう、グラディーラおねーちゃんは――』


 ひとりじゃないよ。


 そのひと言は、これですべてが解決するというような都合のいいものではなかった。そういう意味では、この世界においてはほとんど意味や効力を持たないひと言であった。


 ただグラディーラだけは違った。

 そのひと言で、彼女の中にあった過去の記憶に対する恐れが、一発で消滅した。


「目が覚めたか?」

 平太の声がする。

『ああ……どうやら、長い悪夢を見ていたようだ』

「以前お前は俺に尋ねたよな? 『力が欲しいか』って。その言葉、忘れてないだろうな?」

 フン、とグラディーラは鼻を鳴らす。

『忘れてなどいない。何なら、今ここでもう一度同じ事を言ってやろうか?』

「ああ、もう一度聞かせてくれ。お前の口から」


『ならば、いま一度問おう――』

 力が欲しいか。

「おうっ!!」

 間髪入れず答える平太の気迫が、グラディーラの魂に火を点ける。

『強大な力を手に入れ、お前は何を成す?』

「そんなもん決まってるだろ。魔王を倒すためだよ」

『ほう、それだけか?』

「まあ、その合間にちょこっとトンネル掘ったりするけどな」


 ははっ、とグラディーラが吹き出すように笑う。

『構わん。魔物と戦い魔王を倒すだけが勇者の務めにあらず。こうして道を造ったり、人々のために何かを成すのもまた、勇者としての務めのうちだ』

「さすがグラディーラ。話がわかるぜ。ところでこの力、ちょっとショボ過ぎやしないか? まさかこれで全力って事はないよな?」

『当然だ。この聖剣グラディーラと、聖なる盾スクートの力、甘く見られては困る』


「だったら、そろそろ見せてくれよ。本気の力をよ」

『良かろう。だが驚くなよ。これまでとは比べ物にならないからな』

「望むところだ!」

『よし。スクート、やるぞ!』

『はーい、いっくよー!』

 グラディーラの魔力を、スクートが何倍何十倍にも増幅させる。そのとんでもない量に、グラディーラが思わず制御をかけそうになる。


 だが、今度はあの悪夢は見えなかった。代わりに己の内部で増加を続ける膨大な魔力に、グラディーラは奇妙な懐かしさを感じていた。

『そう、これがあの時の――』

『すごいすごーい。やっぱりグラディーラおねーちゃんはこーでなくっちゃ』

 本来の力を取り戻した姉に、スクートが興奮してご機嫌な声を上げる。彼女のテンションが上がると、必然かけている魔法の効果も上がる。


 そうして相乗効果的に膨れ上がったグラディーラの魔力は、今までの作業に使った魔力をすべて集めたものを遥かに超えていた。

 空気中の魔力と剣に集まった魔力が接触し、放電に似た現象が起こる。

「うおっすっげえ! これがグラディーラの本気か!」

 剣を握る手から伝わる桁外れの魔力に、平太の期待が否が応でも高まる。


『さあ、そろそろ頃合いだ。あまりの威力に、腰を抜かすなよ』

 平太が剣を構える。剣先に魔力が収束し、集まった魔力が出口を求めて暴れる。剛身術でなければ抑えきれないほどだ。

『それじゃ、せーの……』

 どーん、というスクートの合図と共に、平太は思いっきり剣を前に突き出す。

 一気に開放された魔力の圧力で、爆発が起きたように平太の周囲の空気が吹っ飛んだ。


 突然の轟音と爆風に、離れて見ていた人々が煽られて転んだり、びっくりしてその場にへたり込んだりした。

 やがて爆風によって巻き起こった砂煙も収まり、落ち着きを取り戻して立ち上がった彼らであったが、目の前に現れた光景に再び度肝を抜かれ、その場にへなへなと崩れた。


「さすが聖剣。一発だぜ」

 にやりと平太が笑いながら、新しい盾つきの大剣を右肩に担ぐ。

 その視線の向こう、山に開いた大穴の遥か先には、穴が貫通した証拠の光が点となって見えていた。

          ☽

 穴が通ってしまえば、平太の役目は終了である。

 後は穴が崩れぬように補強するのだが、それはギデレッツなど土木作業班の仕事だ。それに、ここからの作業は一日や二日でというわけにはいかない。何年かかるかわからない、途方もなく長い時間がかかる作業だ。一応魔王討伐という目的がある平太たちは、そこまで付き合ってはいられない。


 それでも、長い作業であるにもかかわらず、作業にかかる人々の表情は明るかった。

 それはそうだろう。

 これは、彼らの道なのだから。

          ☽

 大剣が光を放ち、大きな光の球になる。光球は人の形へと変化し、抱き合うグラディーラとスクートの姿となり、ゆっくりと地面に降りた。

 二人は閉じていた目を開くと、しばらく無言で見つめ合う。それからお互いの身体をそっと離すと、大きく息を吐いた。

 二人は初めて融合してこれまでに感じた事のない感覚を味わった名残か、顔が上気し息が弾んでいた。


「スクート」

「おねーちゃん」

「凄かったな……」

「すごかったね……」

 二人が融合する事によって、これまでのスクートがグラディーラに増幅魔法をかけた時よりも遥かに高い効果が出た。この新しい方法に、二人は自分たちの力の新たな可能性がぼんやりとではあるが、見え始めていた。

          ☽

 トンネル内に着々と組まれていく足場を眺めながら、平太は一息つく。

 穴の向こうはフェリコルリス村の近くに繋がっていて、全長は約40キロ。馬車で走れば二三時間、徒歩でも一日の距離だ。かつて三四日かかっていた山越えに比べたら、驚異的な短縮である。

 これで後は安全さえ確保できたなら、鋳造品や原材料などを運ぶ輸送コストの問題も解決だろう。


「いよう、お疲れさん」

 工事の様子を眺めていた平太に、ギデレッツが声をかけてきた。

「どうも、お疲れ様です」

 平太が会釈を返すと、ギデレッツは汗を拭きながらトンネルの方に顔を向け、

「まさか、本当に山をぶち抜いて道を通しちまうとはな……」

 苦笑いして頭を掻く。彼の視線の先では、息子のコスケロがあくせくと働いていた。どうやら平太は、サボるためのネタにされたようだ。


「けど、これくらいやらないと、フェリコルリスとスキエマクシの距離は縮まりませんからね」

「いやいや、いくらやらなきゃならねえっつっても、本当にやれちまうところが凄いよ。って言うか、そもそも俺っちたちじゃあ、山に穴開けて道を通そうっていう考えすら出てこねえよ」


「はあ……」

 ギデレッツは賞賛するが、山に穴を開けたのはグラディーラとスクートの力だし、そのアイデアは平太が考えたものではない。彼の世界では、彼が生まれる前から当たり前のようにあったものだ。なので、褒められれば褒められるほど、平太は他人の褌で相撲を取ったような、申し訳ない気分になった。


 そうしてギデレッツの話に肩身の狭い思いをしていると、ふとこの場にハートリーの姿が見えない事に気がついた。

「あれ?」

「どうした?」

「あの、ハートリーっていう、黒い覆面のおかしな人って見ませんでした?」

 平太の言葉に、ギデレッツは周囲を見回す。

「ああ、あの暑苦しい格好の。そういやいないな。穴ん中でも見に行ったかな?」


 あれほどグラディーラに会いたがってたのに何も言ってこないとは。不思議に思いながら、平太はハートリーの姿を探した。

 だが結局、ハートリーはどこにもいなかった。

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