原因
◆ ◆
穴に入って行った男が戻って来た。
松明に砂をかけて火を消し、腰に巻いた命綱をほどきながら大きく首を横に振る。
「二百歩ってところだ。全然足んねえ」
穴の周囲の人だかりから、落胆の声が上がる。少し離れた木陰で木にもたれて座っていた平太も、男の言葉に思わずため息が出た。一発でいけるという確信があったわけではないが、ここまで足りないと自信を失くしそうだ。
だが穴の大きさは、馬車が通るに十分だという事がわかった。特に幅は、馬車がすれ違ってもまだお釣りがくるので、片道一車線にするには問題ないのがせめてもの救いだった。
グラディーラは、まだ剣の姿で平太の隣で木に立てかけられている。人の姿に戻らないのかという問いに、この姿のままの方が集中を維持できるのだそうだ。そういう所はやはり剣だなあと思う。
『そう気を落とすな。むしろ初めてで技の体を成しただけ良しというものだ』
珍しくグラディーラに慰められるが、かえって落ち込んだ。いつものように怒鳴られた方が良かったかもしれない。
そういったネガティブな感情が伝わったのか、グラディーラまで暗鬱な気分になったようだ。
いかんいかん。二人して意気消沈してどうする。平太は両手で頬を叩いで気合を入れる。
グラディーラの言う通り、初めてであれだけできれば大したものではないか。それに、一発しか撃てないわけでもなし、穴が貫通するまで何度も撃てばいいだけだ。
そうと決まればぐずぐずしている時間はない。日が暮れるまでに終わらせるくらいの意気込みで、平太は立ち上がった。
「あ、ヘイタ様」
作業を再開すべく穴の入り口まで行こうとした平太に、シズが声をかけてきた。
「なに?」
「あの、お水、良かったらどうぞ」
そう言うとシズは、水の入った木のコップを差し出した。
ちょうど喉が乾いていたので、ひと口飲んでみる。冷たくて美味い。まるで今しがた山奥の清水から汲んできたかのようだ。
「美味い」
素直に感想を述べると、シズは喜んだ。
「良かった。作業、無理しないでくださいね」
「ありがとう。でも実際やってるのはグラディーラだし、俺は添え物みたいなもんだから心配ないよ」
「でも――」
言いかけたシズの言葉が止まる。それから少し眉をしかめつつ何度も鼻をひくつかせると、すごく言い難そうな顔をして、
「あの……ヘイタ様、最近身体を拭きましたか?」
「そういや色々あって、スキエマクシからこっち拭いてないな」
「そんなに!?」
びっくりするシズに、平太が「臭う?」と自分の身体の臭いを嗅ぎながら尋ねると、
「……少し、汗臭いですよ」
あからさまな作り笑いをしながら言うところを見ると、どうやら相当臭いようだ。しかし何度臭っても、自分で自分の体臭はさっぱりわからない。でもシズがそう言うのならと、平太は今日これが終わったら身体を拭こうと決めた。
「さて、」
今後の予定を決めたところで、目の前の問題に取りかかる。
まずはこの穴を反対側までぶち抜かなければならないのだが、このペースだと日が暮れてしまう。いや、明日の朝までやっても終わらないだろう。さすがにそこまで皆を待たせるくらいなら、一度解散して帰ってもらった方がいい気がしてきたが、さすがにそうもいかない。みんな遠方から来てもらっているのだ。顎足代だって馬鹿にならない。
ここはやはりペースを上げるか、どうにかして一回で掘れる穴を長くするしかない。
「とはいうものの、どうしたものか……」
頭で考えてはみるものの、グラディーラの言う通りまっとうな手順を踏まずに会得した技のどこが正しくてどこが間違っているかなど、考えたところでわかるはずもない。
「結局、数をこなすしかないか」
頭で考えるヒマがあったら、身体を動かした方が建設的である。そう結論づけた平太は、作業を再開した。
それから平太は何度も試してみたが、一度に穴が掘れる距離は変わらなかった。どうしても、100メートルほどで穴の進みが止まってしまうのだ。
「おっかしいな、何が悪いんだろう……?」
やり方は間違ってないし、実際成功はしている。ただ効果に歴然とした差があるだけだ。
何が間違っているのだろう。平太はもう一度グラディーラの記憶をおさらいする。それに合わせて動作の確認もしてみるが、やはりどこも違うところは見当たらなかった。
『本当にそうか?』
グラディーラの念を押すような低い声に、平太は改めて考える。だが思い当たるものは無かった。
「なあ、その口ぶり、何か知ってるなら教えてくれよ」
『わたしが教えては意味がないだろう。お前が考え、答えを見つけて初めて技が本当にお前のものになるのだから』
そう言われてしまうと、ヒントくらいくれとも言いづらくなってしまった。仕方なく平太はもう一度考える。
「技は出るんだから、間違いじゃないんだよな。だとしたら、何かが足りないか――」
足りない、という言葉に、平太は引っかかるものを感じた。そうして一度取っかかりを見つけると、答えまでたどり着くのにそうはかからない。
わかってしまえば、呆れるくらい単純な話だった。
「あああーーーっ!!」
あまりにも単純な見落としに、平太は思わず叫ぶ。その突拍子もない奇声に、周囲の人たちが驚いて彼の方を振り向いた。
「どうしたどうした。とうとうおかしくなったか?」
シャイナがスクートと遊ぶ手を止めて振り向くと、
「げっ!?」
もの凄い勢いで平太がこちらに向かって走って来ていた。
「なんだなんだなんだ!?」
突進する勢いでやって来る平太に、シャイナが慌てふためいていると、
「スクートおおおおっ!!」
雄叫びを上げながら、シャイナを素通りしてスクートに駆け寄っていた。
「へ……?」
呆気にとられながらシャイナが振り返ってみると、平太が何やら興奮しながらスクートを両手で持ち上げてくるくる回っている。
何だかわからないが、犯罪の臭いがしたのでとりあえず殴っておいた。
☽
「そうだよスクートだよ。あの技にはスクートの増幅魔法が必要だったんだよ!!」
痛む頬と流れる鼻血をものともせず、平太は自慢げにドーラたちに語る。右手では、スクートの頭を撫で回している。スクートは少し迷惑そうだ。
「俺は勇者がどういうふうに技を出しているのか、やり方ばかりに気を取られて、彼の装備にちっとも目がいってなかった。おまけに剣から発せられる技というだけで、剣さえあればできると思い込んでたのも間違いだった」
興奮して解説する平太に、ドーラがぽつりと告げる。
「でもさ、それだったら鎧もそろってないと駄目なんじゃないの」
「あ……」
そのひと言で空気が固まる。勇者の武具と言えば、剣と盾と鎧の三つだというのをすっかり忘れていた。
「どうしよう……やっぱり聖なる武具三つそろわないと駄目なのかな……」
平太たちが呆然としていると、剣が光ってグラディーラが人の姿に戻った。
「その必要はない。この技は、わたしの力をスクートが増幅すれば良い。アルマ姉は関係ないぞ。そもそも、この技が完成したのは、まだアルマ姉が加わっていない頃だしな」
「なんだ、良かった……」
アルマは関係ないと言われてほっとするものの、それならそれで疑問が残る。今さらではあるが、訊いてみた。
「じゃあ、アルマの能力って何だ?」
グラディーラなら空間魔法、スクートなら増幅魔法と、聖なる武具ならば何か特別な能力があるはずだ。
「言ってなかったか。アルマ姉は、中和魔法を使う」
「中和魔法?」
「あらゆる魔法を中和して無力化する魔法だ。まあスクートの反対みたいなものだな」
「あらゆる魔法を無力化って、最強じゃないか……」
「う~ん、実際は制約があって、言うほど最強でも無敵でもないのだがな」
「え? そうなの?」
「まあ、とりあえずアルマ姉の話はいいだろう。問題は、スクートだ」
「お、おう」
またアルマの話が途中で終わってしまったが、グラディーラの言う通り、今はトンネル掘りの方が優先だ。
平太たちの視線が、スクートに集まる。スクートは皆に注視され、頭の上にクエスチョンが浮かんでいそうな顔で小首を傾げる。
「なーにー? よーやくスクートのでばんー?」
「よーやくって、スクートは知ってたのか? この技には自分が必要だって」
「しってたよー」
スクートは平然と頷く。
「だったらシャイナと一緒になって遊んでないで、最初から言ってくれよ……」
「だって、グラディーラおねーちゃんに言われてたもん。『ヘータが自分で気がつくまで何も言うな』って」
「マジかよ……」
平太がグラディーラの方を振り向くと、何故かしたり顔をされた。何だか腹いせをされているような気がしてならない。
「……とにかく、次からはスクートも一緒に手伝ってくれ」
「うん、いーよー」
そう言うとスクートは、グラディーラと同じように光になると、平太の左手に盾として収まった。
「おいコラ、絶対粗末に扱うなよ。したら殺すぞ」
「わかってるよ……」
シャイナが本気としか思えない脅しをかけてきた。恐い。
「よし、これなら――」
平太は手に持った盾を構える。相変わらず馴染みがないというか、どう扱っていいかわからないが、とにかくこれで条件がそろった。
はずだった。
☽
結論から言うと、効果はあった。
スクートの増幅魔法は、グラディーラの空間魔法の効果を数倍に引き上げ、一度に掘れる穴の長さが格段に伸びた。
が、所詮は数倍である。100メートルが300メートルになった程度だ。これではお世辞にも「一撃で山を更地に変えた」とは言えないだろう。
『スクートはちゃんとやってるよ』
「うん、それはわかってるんだけど、さすがにここまで差があると、明らかに何かが間違ってるって感じがするんだよね……」
そこで平太は、ある可能性に気づく。
「もしかして、スクートとは契約していないからか?」
『いや、それはない。スクートの魔法はわたしの魔法を増幅しているだけだから、この場合契約の有無は関係ない』
「そうなのか。でも契約してない俺にスクートの声が聞こえるのはなんでだ?」
『それは、わたしがスクートの声をお前に中継してやっているからだ。基本的に、魔法の対象が契約してるかどうかというのは関係ないぞ』
そうなると、ますます勇者と自分の違いがわからない。もし才能などという漠然としたものだったら、完全にお手上げだ。こればかりは剛身術でもどうにもならない。
結局、穴は半分にも満たない状態で昼食となった。
何も知らないギデレッツや他の村の人々は、たった数時間で山に竜の寝床のような穴を開けた平太の働きを賞賛した。
だが、平太は彼らの言葉に愛想を振りまきながら、味のしない昼食を噛み締めていた。
☽
昼食が終わると、少し食休みを取る事になった。答えが出ないまま焦って作業を再開しても、無為に回数が増えるだけだからだ。元々このトンネル工事には、平太が勇者の技をちゃんと会得するための意味もある。闇雲にやってただ穴を開ければ良いというわけではない。
「しかし、いったい何が違うのやら」
平太は最初に休憩した時と同じ木の根本で、ごろりと横になる。もうすっかり日が高くなってしまったので、木陰も小さくなって足が半分以上はみ出している。
構わず平太は組み合わせた両手を頭の下に敷いて枕にすると、目を閉じて考えに集中する。木洩れ日が顔に当たり、暗闇の中に現れるわずかな光が、まるで地下道の出口のように見える。
だが思考の出口は、一向に見えなかった。そうしているうちに、朝から勇者の技を連発した疲れからか、平太を猛烈な睡魔が襲う。いけないと思いつつも、腹が満ちたのも手伝って、平太はあっさりと眠りに落ちた。
☽
グラディーラの膨大な記憶は、未だに整理しきれず平太の脳を圧迫している。あれからまだ十日あまりしか経っていないとはいえ、さすがにそろそろ終わりが見えてもいい頃だと思うのだが、あいにくその気配すらも見えない。
夢の中は、相変わらず酷い有り様だった。
グラディーラとスクートと旅をする勇者は、休む間もなく魔物たちと戦っていた。グラディーラなど、刃についた魔物の血が乾く暇などないといった感じだった。
夢の最初の頃は息が合わなかった三人であったが、時間が経過して経験を重ねていくにつれてチームワークが上がり、やがて危なげなく敵を倒していく。
そうしてさらに練度と親密度を上げていくうちに、ついに勇者がある境地に至った。
スクートが増幅させたグラディーラの空間魔法を、剣から放ったのだ。
そのあまりにも強力過ぎる威力は、敵だけでなくその延長線上にあるすべてを空間ごと圧縮した。
結果、勇者の前方にあった森や山が消滅し、更地になった。
その時、夢の中でありながら、平太は奇妙な後味の悪さを感じた。
それは、例えるなら罪悪感。
あるいは後ろめたさ。
この記憶の主である、グラディーラの自責の念がねっとりと平太の頭の中を満たした。
「何だこりゃ……」
どうして三人のチームワークの結晶とも言える技の完成シーンに、こんなマイナスの感情が刻まれているのだろう。本来なら、嬉しいとか達成感とか、プラスの感情が付随しているはずなのに。
平太が記憶と感情の奇妙なズレの正体について考えていると、
「――おい、起きろ。いつまで寝ている。そろそろ再開するぞ」
グラディーラに乱暴に揺さぶり起こされた。
「ん……なんだ、夢か」
「まったく、呑気に昼寝などしおって。さっさと起きろ」
「スクートももーちょっとお昼寝したーい」
スクートは眠たそうに目をこする。確かにこの陽気と寝心地の良い木陰がそろえば、昼寝をするなと言う方が無理な注文だ。
「わがままを言うな。ただでさえ工程が遅れているのだ。これ以上遅れると今日中に穴の補強作業に入れなくなるぞ」
「む~……」
スクートがむくれるが、残念ながらグラディーラの言う通りである。予定では、早ければ午前中には穴を貫通させて、ギデレッツの補強班が作業に入っているはずだったのだ。
とはいえ、さすがにすべてが順調に行く前提で予定を組んでいるわけではないので、多少の遅れは想定内である。だが、作業の遅れは玉突き状に後の予定を押していくので、できれば無いに越したことはない。特に、作業の初っ端から遅延を出すのは、工程的にもまずいしゲンもよくない。
「よし。ちゃっちゃと終わらせて、ゆっくり昼寝しようぜ」
平太はそう言って起き上がると、スクートの頭を撫でた。
「うん、わかった」
素直に頷くスクートの無邪気さにほっこりしていた平太であったが、すぐに頭の中はさっきの後味の悪い夢で埋まった。
あれはいったい何だったのだろう。
ただの夢と言えばそれまでなのだが、モノがグラディーラの記憶なだけに、たかが夢だと流してしまう事はできなかった。
☽
そうして夢の事が気になって集中力を欠いたわけではないが、午後一発目の作業も大した成果を得られなかった。
こうなると、もう原因などというものは最初から無く、ただ単にこれが自分の限界だったというだけではないのかと思えてきた。
所詮自分は勇者ではなく、ただのニートなのだから。
と、平太が諦めにも似た結論をつけようとしたところ、
『んもーーーーっ! もっとちゃんとやってよねー、おねーちゃん!!』
突然スクートが烈火の如く怒りだした。
「え? ええっ!?」
『わ、わたしはちゃんとやっているぞ』
『うそだよー! ぜんっぜんちゃんとしてないもん! だってゆうしゃのおにいちゃんのときは、もっとすごかったもん! けどあれ一回だけでそれからずっとちゃんとやらなくなったもん! スクートちゃんとおぼえてるもん!』
平太の「え?」という声と、グラディーラの『う……』という呻きが重なる。
「スクート、今の話ちょっと詳しく聞かせて」
だがスクートの声は、もう平太には届かなかった。
「おいグラディーラ。スクートの声を中継してくれよ」
『その必要はない。それよりも、さっさと作業を再開するぞ』
「おい――」
その時、グラディーラから流れ込んでくる感情の中に、焦りと苛立ちに混じって怯えがあるのを感じた。
しかし怯えの感情は本当に微かで、もしかすると本人ですら気づいていない、無意識のもののように感じた。
何故グラディーラに怯えの感情があるのだろう、と平太は疑問に思う。
そして今のスクートの話。
もしこれらが勇者の技に関連しているとしたら。
本来の威力が出ない原因の一部なのだとしたら。
「――まさか、」
頭の中で組み合わさって出た答えに、平太は思わず唸る。
自分でも、さすがに突飛だと思った。
だが、可能性は十分にあると思った。




