勇者の技
◆ ◆
「山をぶち抜いて道を造る、だと……?」
「無理だ、そんな事……」
騒然となる村人たちの気持ちはわかる。
何しろ山に穴を掘って道を通そうという話だ。砂場で作った砂山に穴を通す子供の遊びとはわけが違う。
その距離、直線にしてざっと40キロ。現代技術をもってしても、山三つを掘進して開鑿するのは非常に難しい。
それは、掘削技術や舗装技術だけではなく、高度な測量技術も兼ね備えていなければならないからだ。
せっかく掘ったトンネルも、あさっての方向を向いていては意味が無い。なので、土の中でも地上と同じように正確な方角と距離を割り出せなくてはならない。
つまり、トンネル工事とは、技術の粋を集めた、土木の集大成なのだ。そりゃあ村人だってビビるだろう。彼らには過ぎた作業だ。
だが、ここは異世界である。
現代よりもはるかに科学技術が劣る反面、この世界では科学を容易く凌駕する存在がいくつもある。
その一つが魔法だ。
この物理法則を無視する存在を駆使すれば、トンネルの一つや二つ朝飯前……
「と、思うだろ?」
平太は、村人たちに向けて立てた人差し指を左右に振る。
「この村の全員で穴を掘ったところで、穴が向こうに届くのに何十年もかかるだろう。だが安心してくれ。穴は俺たちが開ける。みんなは、開けた穴が崩れないように補強したり、定期的に点検して補修してくれればいい」
一番大きな作業は自分らが担う。そう平太が宣言すると、それまで不安にまみれていた村人たちの表情がほっと安らぐ。
だがその顔はまたすぐに曇った。
何故なら、平太がトンネル工事に伴うデメリットを説明し始めたからだ。
メリットだけを語って話を進めるのは、だいたい詐欺の手口だ。そういう人間や組織は信用出来ないと平太は常々思っていたが、いざ自分が詐欺側の立場に立ってみると、デメリットを語りたくない自分がいる。
いい事はつらつら語れるし、語りたい。それによって相手は安心するし、話はスムーズに進む。だがデメリットを語った途端、相手の顔は怪訝になるし、話が遅々として進まなくなる。
そりゃ誰だって悪い面は言いたくない。しかし、それを隠すという事は、相手を騙すのに等しい不誠実な行為だ。
平太は村人たちに対して誠実でいたいから、こうしてすべてを明るみにした上で判断を委ねている。
というのは半分は建前だ。
実際のところ、平太も責任が持てないのだ。
例えば、彼がいま村人たちに語っているのは環境問題。山に大穴を開けてトンネルを通した後、それによって山や周辺に住む動植物がどういう影響を受けるか。そんな事は、学者でもない平太にはやってみないとわからない。
もっと危惧する問題もある。
魔物の存在だ。
動植物がどういう影響を受けるか定かではないように、山に生息する魔物がいた場合、どういう行動を起こすかまったくわからない。
別の山に逃げるとしても、他の山にしたらいい迷惑だ。それによってバランスが崩れておかしな事が起こるとも限らない。
さらに酷い場合は、住む場所に追われて山を降りてくる事も考えられる。この村だけでなく、周辺の村にも被害が出るかもしれない。
そういった事を諸々全部説明した上で、村人に是非を問うているのだ。
平太が語り終えると、ふたたびざわめきが起こる。
村人たちは、互いに近くの者たちと相談を始めるが、喧々囂々とするだけだった。
誰も、結論を出せないのだ。
そうして何も決定されないまま、無為な時間が過ぎていくと、業を煮やしたように工房長が大声を張り上げた。
「ゴチャゴチャ考えても仕方ねえ! やってみなきゃわからねえなら、答えは二つしかねえだろ! やるか、やらないかだ!」
村人たちがしんと静まり返る。二択に絞ってもまだ出ぬ結論に、さらに工房長が吼える。
「だがな、さっきこいつが言った通り、このままだと俺らはジリ貧だ! つまり、もう後がねえってこった! だったらやるっきゃねえだろう、違うか!?」
工房長が突き付ける現実に、ようやく村人たちの覚悟が決まる。
答えなど、最初からわかっていたのだ。
他に解決策がない限り、彼らには他に選択肢などない。選ばなければ、このままやんわりと緩やかな衰退をするだけだ。
再び騒然となる。今度は、迷いのこもったどよめきではない。やるしかない、という覚悟のこもったものだった。
工房長が平太の方を振り向き、不敵な笑みで言った。
「決まったぜ」
平太は頷きながら、ようやくここで腹を決める。
やるしかない。
☽
六日後。
平太たちは、スキエマクシの港から少し離れた森にいた。
彼らの他には、ハートリーが各村を回って連れて来た代表者と、土木関係に明るい技術者たちであった。
当然その中にはギデレッツとコスケロ親子の姿もあり、彼らが事前に用意してくれた大量の材木とともに待機している。
一度スキエマクシ側に戻って来たのは、フェリコルリス村からスキエマクシに向けて穴を掘ると、勢い余った場合とんでもない被害が出ると予想されたからだ。その点スキエマクシからなら、射線上にどの村も入っていないので安心だ。
「ええ天気だのう。絶好の工事びよりだわい」
眩しそうに空を仰ぎながら、ハートリーがやって来た。彼が他の村を巡って説得してくれなければ、いくら天気が良くても意味がなかったであろう。
「そうですね。しばらく雨もなさそうですし、本当にいい天候ですよ」
地盤が弛みやすくなるため雨だけが心配だったが、どうやら天気にも恵まれたようだ。しかしながら――
一抹の不安を噛み潰している平太に、ハートリーがいやらしい笑みを浮かべた顔を近づけて、
「ところで、そろそろ聖剣に会わせてくれてもよかろう。すぐ近くにおるんだろ? ん?」
「いやあ、まあ、それは……」
平太は苦笑しながら頭を掻く。
未だにトンネル掘りに使われるのが納得いかないのか、あれ以来グラディーラの機嫌がすこぶる悪い。
そのせいで食事の時くらいしか顔を出さないし、ほとんど口もきかない。おまけに必要最低限の意思疎通以外は全面カットされていて、今彼女がどういう心境なのかもわからないでいる。契約を破棄されていないだけマシだが、さすがにこうも拒絶されると心配になる。
「すぐ近くというか何というか、こことは別の空間にいるんですよ」
「何と。さすが伝説の聖剣。やる事がいちいちとんでもないわい」
「それで、今は……そう、精神統一をしているみたいなので会うのはちょっと……」
「おう、そうだったか。それは邪魔しちゃいかんのう」
「すいません、作業が一段落したら紹介しますんで」
「ほうか。まあ逃げるわけでもなし、楽しみは後に取っとくとするかのう」
そう言ってハートリーは、他の村の代表者たちの集まりへと足を向けた。
「ふう……」
咄嗟に思いついた言い訳で何とかその場をかわしはしたものの、平太の不安は一向に減らなかった。
こんな状態で、本当に勇者の技が使えるのだろうか。
グラディーラの記憶で見た勇者は、姿形こそおぼろげだったが、彼がグラディーラを心の底から信頼し、彼女もまた、彼に対して絶対の信頼を持っているのははっきりと感じられた。
聖なる武具は、相手と契約して魂で繋がる。これによって言葉を越えた意思疎通が可能になるのだが、勇者の技は、それだけでは再現できないと平太は思っている。
ただ契約というシステムで魂が繋がっているだけでは、それは本当のパートナーとは言えない。そこから先――心が通じあってこそ、剣と人はひとつになれるのではないか。
そうして剣と人がひとつになって初めて、勇者の技が使えるはずなのだが、今の自分は、本当にグラディーラと心が通じあっているのか甚だ疑問である。
「はあ……」
平太がため息をついていると、
「ヘイタ、そろそろ始めようか」
ドーラが測量道具や図面を持ってやってきた。彼女が方角などを測り、平太がその指示に従って勇者の技を放ち、山に穴を開けて道を通す手はずなのだが、
「あ、うん。そう……だ、ね」
そろそろと言われても、こっちはまだ準備ができていない。
準備というか、グラディーラが来ていない。
参った。まさかこの期に及んでストライキでも起こしたのだろうか。確かに穴を掘るのに使われるのは、聖剣としてのプライドが許さないのだろう。だがそれにしても、ガン無視というのはさすがにやり過ぎではないのか。
ドーラが測定を始め、いよいよ平太の出番が近づいてくる。着々と進む観測作業に、平太の焦りが一秒ごとに倍加する。
「ヤバい」と「どうしよう」で平太の脳内が埋め尽くされ、焦りのあまり股間が誤作動しかけたその時、
「まったく、見ておれんな……」
うんざりしたようにグラディーラが現れた。その背後ではスクートが、「スクートもいるよー」と可愛く手を振っていたが、すぐにシャイナの方へと走り去って行った。
「グラディーラ! 来てくれたんだ!」
「見苦しいほどうろたえおって。お前はそれでも勇者か。情けない思念を垂れ流すな。耳障りだ」
「う……、ごめん……」
厳しい小言に、平太はしゅんとなる。さらにグラディーラを怒らせてしまったようだ。この様子だとまだ工事に反対しているんだろうなと平太が困っていると、
「鬱陶しくて仕方ないから、協力してやる……」
ぼそりと小声で、きまりが悪そうに言った。
「え……?」
「わ、わたしもあれから色々と考えた。勇者とは、ただ魔物と戦い魔王を倒すだけで良いのだろうか、とか。こうして道を造ったり、人々のために何かを成すのもまた、勇者としての務めのうちではなかろうか、とか」
「それじゃあ、手伝ってくれるのか?」
「だから最初からそう言ってるだろう! だが言っておくが、これは人助けだから手伝うのであって、お前らの金儲けだけが目的だったら、一切協力せんからな!」
「わかったよ。とにかくありがとう、助かったよ」
「礼を言うのは、無事に道が通ってからにしろ。何しろ勇者の技を使うのは、お前はこれが初めてなのだ。山を穿つどころか、木の葉の一つもそよがん可能性だってあるのだからな」
言い方はきついが、まったくもってその通りである。前勇者は剣の一振りで山を更地に変えていたが、平太にはその記憶があるだけで、同じ事ができるという保証はどこにもない。すべては彼のできるという思い込みで、ここまで話が進んだのだ。
ともあれ、グラディーラが来てくれたので準備は整った。平太は一度大きく深呼吸をし、精神を落ち着かせる。
そしてゆっくりと右手を開いて眼前に上げ、決然とした声で呼ぶ。
「来い、グラディーラ」
その声に、聖剣グラディーラが応える。全身がまばゆい光に包まれたかと思うと、光の球となってもの凄い速度で平太へと飛ぶ。
そして開かれた平太の掌にぶつかった瞬間、光が爆発する。
あまりの眩しさにくらんだ周囲の人々の目が回復する頃、
平太の右手には、片手剣が収まっていた。
☽
それは、剣と呼ぶにはあまりにも美しすぎる。
陽光を受けて輝く銀色の刃は鋭く、周囲の空気をも斬り裂いているように見える。
だが、ただ美しいだけではない。華麗な刀身でありながら、内部から力強い覇気のようなものを放ち、まるで剣自身が己は決して折れず曲がらずと主張しているかのようだ。
そして何よりも目を奪われるのは、鍔から柄にかけての意匠である。長い銀髪の女神が刀身を抱いている像は、まさに芸術品だ。しかもよく見れば、その女神はグラディーラに似ている。
いや、この剣自身が彼女であるのは当然なのだが、それよりも重要なのは、
この剣の姿が、平太たちが初めて彼女と会った、あの時のものであり、
そして、平太がグラディーラの記憶で見た、前勇者が持っていた剣の姿だという事だ。
『お前……』
どういうつもりだ、と問うまでもない。今のグラディーラには、平太の考えなどすべて筒抜けだ。
けれど、平太の頭の中には、グラディーラに対する気遣いや、前勇者への嫉妬や羨望など、そういった余計なものは綺麗さっぱり無かった。
あるのはただ、そうするべきだと思ったという、ごく単純な思考のみ。本当に、自然にそうなったのだ。
「やれやれ、やっと測定が終わったよ」
そうこうしているうちに、ドーラが測定を終えてやってきた。
「あれ? その剣、いつもと違うね」
ドーラが指摘すると、平太は顔を勢いよく彼女の方に向けて、「わかる?」とおどけた。
「そりゃわかるよ。だっていつものはもっと大きいもの」
「だよね」
「でも、ボクはそっちの方が好きかな」
「どうして?」
「だって綺麗じゃない。いつものはちょっとゴツいし、重そうだし、何だか恐そうだよ」
「剣だからゴツくて重くて恐そうなのは当然だろ」
「それもそうだけど、聖剣なのにあれじゃあグラディーラがちょっと可哀想だよ」
まったく予期していなかった意見に、平太は「むう」と唸る。彼にとって剣とは武器であり、武器とはゴツくて重くて恐そうなのが定番だった。
だが、考えてみれば聖剣グラディーラは剣であるけれど、女性でもあるのだ。だとすると、やはりゴツくて重くて恐いのは厭なのだろうか。
「それは……ちょっと気がつかなかったな」
「ヘイタはそういうのはからっきしだなあ。そういうところは嫌いじゃないけど、あんまり朴念仁だといつか困る時が来るよ」
「ちょっと意味がわからないんですけど……」
「そのうちわかるよ。それでね――」
平太の問いを軽く流し、ドーラは話を切り替える。今しがた測り終わった方角と角度を平太に指示していると、空から大きな布を足で掴んだ鳥がゆっくりとこちらに舞い降りてきた。
鳥は地面に降り立つ手前で一度大きく翼を羽ばたかせて浮き上がると、突然その姿を変えた。
鳥は一瞬にして全裸のシズの姿になったが、シズは目にも留まらぬ速さで持っていた布を身体に巻いて隠してしまう。
周囲から驚きの声が上がると同時に、残念そうな声が響く。シズはそれを無視し、平太たちの元へ駆け寄った。
「ドーラさん、指示された方向を見てきましたが、山を越えている人の姿は見当たりませんでした」
「ご苦労様」
「わざわざ確認してきたのか」
「一応警告はしてあるけど、念のためにね。安全第一だよ」
「わたしたちにできる事はこれくらいですから。それよりヘイタ様、頑張ってくださいね」
「お、おう」
平太がぎこちにない笑みを返すと、ドーラとシズはさっさと安全な距離まで離れていった。
「ぬう……」
それにしても気になる。ドーラの言う、「そういうの」とか「いつか困る」というのは、どういう意味だったのだろう。
中途半端なところで話を切り上げられ、もやもやだけが残った平太の頭に、グラディーラの声が響いた。
『おい、集中しろ』
「なあ――」
『何だ?』
平太は言葉に詰まる。直接本人に今の状況に不満は無いかと問うのは、実に間抜けな行為に思える。グラディーラは社交辞令を言うようなタイプではないと思うが、それでも100パーセンの本音が聞ける事はないだろうというのは、平太にだってわかる。
などとつらつら考えていると、
『くだらん事を気にするな。わたしは剣だ。剣はどのような形であっても、ただ剣としてあるだけだ。それ以上でも、それ以下でもない。ましてや姿形など、剣という本質が損なわれなければ、それこそどうでもいい』
これまでの会話や平太の思考から、察せられてしまった。何だ気を遣わせてしまっているようで、申し訳ない。きっとこういうところが、ドーラの言う「からっきし」なのだろう。わかったところでどうしようもないが。
『それよりも、余計な事は考えるな。ただでさえ、まっとうな手順を踏まずに会得した技なのだ。まともに扱える保証もないくせに気もそぞろでは、成功するものも失敗するぞ』
「わかった。この話は後でしよう」
『だから、気にするなと言っておるだろう……』
盛大なため息が頭の中を埋め尽くしたので、平太は頭を切り替えて集中する。グラディーラの言う通り、気もそぞろな状態では成功するものもしないだろう。
ドーラに指示された方向を向き、剣を何度も素振りして角度の確認をする。距離があるだけに、どちらも少しずれただけで先端の誤差はとんでもなく大きくなる。
剣を構え、深呼吸をする。両足を踏みしめ、意識を剣に集中。
すると、空気中に微かに含まれている魔力が、平太の周囲に集まり始めた。
魔力の塵は導かれるように、平太の持つ剣――グラディーラへと吸い込まれていく。ただし、この中で魔力が見えているのはドーラだけであった。他の者には、平太がただ剣を構えて突っ立っているようにしか見えないであろう。
グラディーラの持つ魔力量は、聖剣だけあって膨大である。何しろ自分の体重で地面に沈んでいかないように、常に足元の空間を固定しているくらいだ。
だがそれだけの魔力をもってしても、山を穿つとなるとやはり足りない。だからこうして平太を通して、空気に含まれる僅かな魔力をかき集めているのだ。
そうして集めた魔力をグラディーラの魔力に上乗せし、さらに平太の剛身術で魔力を圧縮して圧力を上げて一気に解き放つ。これが勇者の技だ。
傍から見ればただ立っているだけの平太の姿に、集まった人々がコイツ何やってんだと疑念を持ち始めた頃、平太が動いた。
「せいやあっ!!」
裂帛の気合とともに、剣を突き出す。
今度は、魔力を持たぬ者たちにもはっきりと見えた。
平太が突きを放った瞬間、山に穴が出現したのだ。
穴は直径4メートルほどで向きは横向き。中は暗闇となっていてよく見えない。だがゆっくりと奥に進んでいるのはわかる。
わかるが、どうして穴ができていくのかはまったくわからない。掘っているでもなし、熱で溶かしているわけでもない。まるでそこだけ土がなくなってくように、じわじわと穴が深くなっていくのだ。
最初に気づいたのは、やはりドーラだった。
「すごい、圧縮してるんだ」
彼女には、他の者にはない“魔力が見える”という優位がある。それによって彼女の視覚には、土砂を別の空間に転移させているのではなく、空間ごと土砂を圧縮しているのが視えるのだ。
まあからくりがわかったところで、他の者たちには山に穴が開く以上の驚きはなかった。ただ驚いた声を上げながら、ゆっくりと穴が奥へと伸びていくのを遠巻きに眺めている。
このままいけば、時間はかかるがいずれ山の向こうに穴が開通するだろう。ならばそれからが自分たちの出番だな、とギデレッツたち穴の補強班が準備に取りかかろうとした矢先、
「あ、」
平太が気の抜けた声を上げた。
見れば、穴の進みが止まっていた。
穴は、100メートルほどしか掘れていなかった。




