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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第一章
9/127

初めてのおでかけ

今回は二部構成です。

     ◆     ◆


 ある夜の語学の授業中、唐突にドーラがこう言った。


「そろそろヘイタに町に出てもらおうと思うんだ」


「……は?」


 あまりにいきなりだったので、緑板に走らせていた平太の白墨があらぬ方向へと滑る。


「『……は?』じゃないよ。もう簡単な日常会話ならできるだろうし、いい機会だから一度町に出てみなよ」


 せっかく異世界に来たというのに、平太が知るグラディアースの世界は未だにドーラの屋敷の敷地内だけである。たしかにそれは勿体ないといえば勿体ないが、


「いいよ別に。俺インドア派だし」


 ニートでネトゲ廃人の平太にとってはかなりどうでもいいことである。というか、対人能力欠乏症の彼にとって他人と生身でコミュニケーションをとるなど、考えるだけでお腹が痛くなってくる。


「またわけのわからないことを言う……。ボクらとは普通に話せるんだから、他の人だって大丈夫だって」


「それとこれとは別なんだって。お前らは何て言うかその、他と違うんだ」


「それってボクらが特別ってこと?」


 ドーラが期待を込めたような目で見てくるが、それはある意味正解で、ある意味間違いだ。


「う~ん……」


「どうしてそこで悩むのさ……」


 亜人でありネコ耳魔法少女のドーラは、平太にとってファンタジー世界の住人であり、彼の脳は彼女をほぼ二次元のキャラとして認識している。つまりゲームやアニメのキャラと会話しているようなものだ。


 シャイナは初日に壮絶な肉体言語を交わしたせいか、性別を超えたダチのような不思議な位置に属している。また彼女の戦士としての強さに、平太が純粋に憧れているのも大きい。


 スィーネに至っては、今のところ接点がほとんどないので問題外だ。たぶん向こうも平太をモブ扱いしているだろう。


 というのが平太が彼女たちと普通にコミュニケーションがとれている、またはとれているように見える理由なので、これが他のグラディアースの住人に適用されるかと言えば答えは否である。


 だいたい、自分が生まれた国の言葉が通じる相手とさえまともにコミュニケーションがとれないのに、異世界の、しかも言葉がろくに通じない相手とコミュニケーションがとれるはずがない。


「どうしても町に出なきゃだめか?」


「だめとかどうとかじゃなくて、ずっと屋敷の中にいたら窮屈じゃない? 気分転換も兼ねて、たまには外に出たらどうだいっていう提案なんだけど」


 すると平太は鼻を鳴らして笑う。


「窮屈? フン、引きこもりを舐めるなよ。なんなら一年くらい一歩も外に出ずに過ごして見せるわ」


「……なんでそう頑なに外に出るのを嫌がるのさ?」


「俺は外が嫌いなんじゃない。家が大好きなだけだ」


「キミは本当に不思議な精神構造をしてるね……。キミのいた世界の人はみんなそうなのかい?」


「そんなわけないだろ」


 彼にだって自分がマイノリティであり、社会に適合していない自覚はある。


「だよねえ……」


 ドーラは異世界の社会が正常であったことと、そこから連れて来てしまったのがはみ出した存在であったことの板挟みに合い、複雑な感情が入り混じったようなため息をついた。


「つまりアレかい? キミはこの屋敷の中で一生過ごすつもりなのかい?」


「そ、それは……」


 一生、という言葉に平太は唸る。


「さすがにそれは無理だって自分でも理解はできてるか。少し安心したよ。キミの面倒を見る約束はしたけど、できれば元の世界に帰って欲しいし、それが無理でも何か仕事をして自立して欲しいからね」


「お前は俺の母ちゃんか」


「こんな大きな子どもを産んだ覚えはないし、今のキミみたいな子なら産みたくないよ」


 ドーラは深いため息をつく。今度ははっきりと落胆の色がついていた。


「だいたい、外に出ずにどうやって魔王討伐するのさ? 魔王にうちに来てもらうのかい? けどそうなる前に、魔王が王都に近づいた時点でこの国の軍隊が動いて、ボクらなんかが出る幕じゃなくなってるよ。そうこうしている間に魔王が倒されるか、軍がやられてこの国が滅亡するか。どちらにしろキミが元の世界に戻る方法が永遠になくなるのだけは変わらないね」


 母親よりも頭と舌が回る分、ドーラは手強い。しかも正論をガンガン吐いて理詰めでくるだけならまだしも、平太のことを親身になって心配している感が伝わるだけに厄介だ。


 つまり、頭と舌が回るお母さんだった。


 勝てるはずもない。


 それに平太とて、彼女を論破してまで引きこもりを強行しようという気はない。むしろ異世界に来てからの彼は、自分を変えようと前向きになってきている。


 だが長い時間をかけて心に刻まれたトラウマや条件反射やPTSDのような傷は、おいそれと消えるわけではなかった。


「じゃあもういいよ――」


 何度目かのため息とともに吐き出された諦めの混じった言葉に、平太の心の中にあった前に進もうとして何度も躊躇っていた足が止まって立ちすくむ。


 また諦められてしまった。平太は手足から血の気が引いて、心も一緒にすうっと冷たくなるのを感じた。


 そしていつものように、血が出ないように心を冷たく硬くしかけたそのとき、


「――今回は誰かに付き添ってもらうから」


 思いがけない声がした。


「え……?」


「いきなり一人で町に出るのは不安なんでしょ? だったら今回は誰かについてってもらえばいいよ。でも最終的には一人で外出してもらうからね」


「お、おう……」


 諦められたわけじゃなかった。段階的に慣れていけばいいと言ってくれたのだ。


 泣きそうになった。


 冷たく硬くなりかけた心が、じわりと溶けるような気がした。


 彼女たちだけには失望されたくない。本気でそう思った。


 変わらなきゃ。


 いや、変わるんだ。


 改めて決意を固める。


「俺、頑張るよ」


「うん、期待してるよ」


 平太は拳を強く握りしめ、己を鼓舞する。これまで散々ないがしろにしてきた一歩踏み出す勇気を、心の中から死ぬ気でかき集める。


「ところで一つ頼みがあるんだが」


「なんだい?」


 踏み出せ。


 一歩を。


「今日から段階的に俺にかけた魔法を弱めていってくれないか」


 今はまだ、ドーラの魔法の助けがなければ平太は満足に会話できない。だがいつまでもそれに頼っているわけにはいかないが、かといって急に魔法をかけるのをやめられると困る。


 だから魔法で補助する分を少しずつ減らしていって、最終的に魔法の助けをなしにしようというのだ。


 自発的な制限の提案に、ドーラは嬉しそうに笑うと、


「わかった。キミがそう望むのなら、お安い御用さ」


「ちなみに、今試しに魔法を解いたらどれくらいになるんだろう?」


「試してみるかい?」


 そう言うとドーラはちんからほいっと平太にかけている言葉が通じる魔法を解除した。


「どう――? 少し――通じる――思う――あえれおえれらぼばらぅじょうおじょあおがあがあじゃおうがぼ」


「ストップ! 待て。無理、戻す、頼む」


 ゆっくり喋るうちは聞き取れる単語もいくつかあるが、さすがに日常会話の速度になると何が何やらである。慌てふためく平太の姿に、ドーラはもう一度魔法をかけ直すと、


「キミすごい片言だったね。おもしろーい」


 何がそんなに楽しいのかと思うくらい笑った。


「うん、これでキミの今の語学力もだいたいわかったことだし、これを参考に今後の予定を組むとしようか」


「なるべくお手柔らかに頼むぜ」


「なに弱気なこと言ってんだい。言葉を憶える一番の近道は、その言語だけで生活する環境になることだよ」


「単一言語世界の住人のくせに利いた風な口を……」


「とにかく、一度言ったからにはもう取り消せないからね。覚悟を決めて、これまで以上に習得するように」


「へいへい……」


 ドーラの目は本気だった。彼女ならやると言った以上、容赦なくやるだろう。平太は早まったことをしたかと後悔しかけたが、すぐに思い直した。これで良かったのだ。


 こうして、段階的な平太の強制ガルディアース語習得プログラムが始まった。



 翌朝。


 朝食の場で昨晩の話題が出ると、意外なことにシャイナが同行の名乗りを上げた。


「え? いいの?」とドーラ。


「いいぜ。ちょうど町に用事もあるし、そいつを案内すりゃいいんだろ?」


「貴方が自ら面倒な役を買って出るとは、ずいぶんと珍しいこともあるものですね」


「まーたまにはいーだろー。どーせついでだしな」


 肉を噛みちぎりながら言うシャイナの顔には、物のついで以外の何やら悪だくみのような気配が覗いていたが、スィーネは見て見ぬふりをした。


「それは助かるよ。ボクは昼間はどうしても抜けられないからね。シャイナが引き受けてくれるのなら心強い。良かったね、ヘイタ」


「ん? お、おう」


「何だよ、あたしじゃ不満かよ?」


「いや、別にそういうわけじゃ、」


「あたしはいいんだぜ? だったらお前一人で行けよ」


「ぬ……」


 シャイナの不穏な気配に気づいたは、この中ではスィーネだけであった。だが彼は彼で、動物的本能のようなもので危険を察知していた。


 そしてそれは、あながち間違いではなかった。



「あたしもそんなヒマじゃないからさ」というシャイナの一存によって、さっそくその日の昼から町に出ることになった。


 ドーラの屋敷から町に行く方法は、概ね二通りある。


 まずは徒歩。自前の足を使っての移動なので、基本無料のうえ天候や路面状況を選ばない優れもの。ただし腹が減るわ疲れるわ、おまけに時間は半日かかるわとメリットよりデメリットが勝つためにオススメしない。


 そして次が馬を使う方法。正確には馬に似た何かだが。この世界にも移動や労働のために家畜を使う文化があり、似ている環境があれば使う動物も似てくるのか、どことなく馬っぽい生き物や牛っぽい生き物がいる。しかし水や飼葉などの維持費に加え、目的地での預かり賃などの諸費用がかかる。だが楽チンな上に一時間もあれば着く。


 ただし乗れるなら、の話だが。


「はあ? お前馬に乗れねえのかよ!?」


「当たり前だろ! 乗る以前に触ったことすらないわ!」


 平太が馬に乗る以前の問題だとわかると、シャイナは「か~っ」と呆れ果てたように額に手を当てて天井を仰いだ。


「馬に乗れないのでしたら、歩いて行くしかありませんね」


「ハア? 馬鹿言ってんじゃねーよ! 町までチンタラ歩いて行ったら日が暮れちまうだろうが」


「ですが、ヘイタさんが馬に乗れない以上、他に方法と言えばあれになりますがよろしいのですか?」


 何がそんなに気に食わないのか、「ぐ……」と歯噛みするシャイナ。


「そうだ。何も今日急に出かけなくても、俺が馬に乗れるまで延期ってのはどうだろう?」


 自然な流れで町に出るのを先延ばしにできる、我ながら良いアイデアだと平太は思った。


 が、


「お前が乗れるのを待ってたら、魔王が世界を滅ぼしちまうだろうが」


 酷い言われようである。だがあながち冗談では済まなさそうなのが自分でも恐ろしい。


「あ~もうしょうがねえなー!!」


 赤毛を掻きむしりながら、シャイナは断腸の思いといった感じで決断する。


 ドーラそんなシャイナをニヤニヤしながら見ていた。


 スィーネは何となくしてやったりという顔をしていた。


 わけがわからないのは平太だけだった。



「おい、わかってるだろうが、変なことしたら殺すからな」


「りょ、了解……」


 殺す。これまで現実非現実問わず幾度となく耳にした言葉であったが、これほど現実味溢れる思いをしたのは生まれて初めてだろう。


 シャイナは普段着の上に、簡素な革鎧と長剣を装備している。さすがに完全武装とまではいかないが、今から行く所が日本(一部例外を除く)のように安全というわけではないのを如実に物語っている。


 自分の身は自分で守れ。それができないのならば、この世界で生きていく資格はない。無言でそう言われているようで、丸腰の平太は出発前から身とタマが縮む思いだった。


 ただでさえ人の多い所は苦手だというのに、カツアゲどころか生命の心配までしなければならない危険な場所に行くなんて、ストレスで腹痛どころか胃に穴が開きそうだ。


 しかし今現在、平太の生命を最も脅かしているのが、彼の前にいるシャイナその人である。


 正確には、平太がシャイナの乗る黒い馬の後ろに乗っているわけだが、このままだと町に着く前に落馬して首の骨を折って死亡とかいう間抜けなオチになりそうだ。


「おい、どこ触ってんだよ! 殺すぞ!」


「無茶言うなよ、触らなきゃ落ちるだろ!」


「だったら落ちて死ねよ! コラ、腰に腕を回すな!」


 シャイナは手綱を持っているので動きが制限されているが、それでも身体を鋭く振って肘で攻撃してくるあたりさすが戦士といったところか。


「痛ぇ! 地味に痛ぇ!」


 しかしこれしきで振り落とされるわけにはいかない。死に物狂いになった平太がなりふり構わずシャイナのわき腹を掴むと、


「きゃんっ!」


 意外に可愛い声が出た。


「ほう……」


 脳内録音完了。これで平太はさっきのシャイナの悲鳴をいつでも自由に脳内再生できるようになった。


 だが脳内録音に気を取られている隙に、シャイナの渾身のエルボーが平太の顔面を捉える。


「ご……っ!?」


 平太の意識はそこで途切れた。



「おい、起きろ」


 何だろう。誰かが呼んでいる。


「起きろっつってんだろ。落とすぞコラ」


「ん……」


 気がつくと、目の前で地面が揺れていた。


「おおっ!?」


「コラ、暴れるな。落ちるだろ」


「え? 何がどうなってんだ? あててて……」


 意識がはっきりしてくると、思い出したように顔の痛みが戻ってくる。だが今はそれよりも、腹の痛みが気にかかる。どうやら気絶してからずっと鞍にうつ伏せにした状態で運ばれていたようだ。まるで荷物扱いだ。


「はっはー、最初っからこうしてりゃ良かったな。帰りもそうするか?」


「ふざけるな!」


 平太は馬に乗り直そうとするが、揺れる馬上では思うように身体を動かせず、逆に何度も落ちそうになって遂には諦めた。


「無理すんなって。ホラ、町ももうすぐそこだから、我慢してそのまま運ばれてろ」


 亀みたいに首を伸ばして、平太はシャイナの指差す方向を見た。


 圧巻だった。


「おぉ…………」


 思わず声が漏れた。


「あれが王都オリウルプス。このディエースリベル大陸一の都市だ」


 まだずいぶん距離があるはずだが、それだけに都市の大きさがよくわかる。


 王都オリウルプスは高い城壁に囲まれた階層型の都市で、中央に向かって隆起するように建物や土地が高くなっていく。


 その中で一際目を引くのが、都市の中心部にそびえ立つ冗談みたいに豪奢な建物だった。


「すげぇな。まさに王都って感じだ」


「だろ? あの真ん中に建ってるのが王宮で、ドーラはそこに務めているんだ」


 へへん、とシャイナは自分のことのように自慢する。王宮といえば王族が住んでることが第一に来るはずだが、彼女にとってはそんなことはどうでもよいのだろう。


「あのちんちくりんのネコ耳少女がねえ……」


 宮廷魔術師と言われても、平太にはいまいちピンと来ない。だがあれだけのに王宮に務めるというのは、相当名誉なことだろうというのは感じた。平太の世界で言うなれば、国家公務員の上級職のようなものだろうか。


 唐突に馬が歩みを止める。


「どうした?」


「降りろ。ここからは歩いて行け」


「は?」


「つべこべ言わずに降りろ。こっちもゆっくり行ってやるから、いいから歩け」


 蹴り落とされるように馬から降ろされると、平太は渋々歩き始めた。ずっとうつ伏せで馬に揺られていたので、気持ちいいくらい晴れた空に向かって大きく伸びをすると腰がボキボキ鳴った。


 乾いた大地を踏みしめながら歩いていると、砂利道から明らかに人の手が加えられた道になった。


 道は数人乗りの馬車がゆうにすれ違えるほどの幅があり、車輪が派手に軋まないくらいには床石の大きさが揃えて敷き詰められている。どうやら石畳を敷く程度の土木工事の技術があるようだ。


 お上りさんよろしくあちこちに感心しながら歩く平太の背後を、シャイナの乗る馬の蹄の音がゆっくりと追いかけてくる。なんだか他人行儀でよそよそしいと思っていると、巨大な城壁にぽっかりと開いた門が見えた。


「あそこが入り口か」


「あたしが話をつけるから、お前は余計な口を挟むなよ」


 町の門は、さすが王都と言うべき巨大さと、それに見合う警戒態勢だった。城壁が五階建のビルほどの高さに対して、門はその半分ほど。幅はここまで通じている道と同じくらいある。番兵は道の片側だけで五人いるので、計十人が常時警護している。門の奥には詰め所らしきものが見えるので、常駐している門番の数はそれ以上になるだろう。


 大物外国人アーティスト来日さながらの厳戒態勢を平太が田舎者丸出しで見ていると、門番の一人が「よう、シャイナじゃないか」とこちらに向かって声をかけてきた。


「おう、久しぶり」


 シャイナも門番に向かって手を上げて応える。どうやら顔なじみのようだ。


「今日はどうしたんだ? 買い物かい?」


「まあそんなとこだ。それよりさ、」


 そこでシャイナは視線を平太に向ける。


「あいつ、あたしのツレなんだよね。悪いけどちょっと通してくれないか?」


「お前の? 珍しいな、どれどれ」


 シャイナの視線を追って、兵士がこちらを見る。平太と目が合った。見知らぬ人間と目が合い、反射的に目をそらしかける。が、ここで目をそらすと怪しさ爆発なので何とか堪える。


「見ない顔だな。まさか、お前の男か?」


「馬鹿野郎、ンなんじゃねーよ。うちで新しく雇った下男みたいなもんさ」


 聞こえてるぞ、と平太は思ったが、ここで否定すると話をややこしくするだけなので、できる限りの愛想を振りまく。本人は笑顔のつもりだが、頬が引きつっていた。


「うわ、なんだあいつ、あんな濁った目をした奴初めて見たぞ……」


「面白いだろ。けど見た目はあんなでも案外使えるところもあるんだぜ」


「ふ~ん、けどお前んところって女所帯だろ? 若い男なんか雇って大丈夫なのか?」


「女所帯だから、男手が必要なときがあるのさ。それにあいつはもう、スィーネの洗礼済みさ」


 シャイナが笑って言うと、兵士は心底同情するような顔をして、若干内股になった。


「そうか……まだ若いのに可哀想に」


「だから心配ないのさ。それよりどうだい? あたしの顔に免じてってことで、あいつも通っていいだろ?」


 シャイナが兵士の肩を叩くと、「う~ん……」と少し悩むような唸り声を上げたが、すぐに「ま、いいか。シャイナのツレだし」とあっさり許可が降りた。


「よし、じゃあ行こうぜ」


 シャイナが戻ってきて平太の横に馬を並べる。てっきりまた後ろに乗せてくれるのかと思ったが、シャイナはただ足並みを揃えてくれるだけでそのつもりはまったくないようだ。


 そこで平太ははたと気づく。コイツ、町に入る前に自分を馬から降ろしたのは、後ろに乗せているのを知り合いに見せたくないからだな、と。


 とはいえ、立場が逆になれば自分も同じことをするだろうと思い直し、平太は黙って歩いた。


「町に入ったら、あまりキョロキョロせずにちゃんとついて来いよ」


「わかってるよ。小さな子どもみたいに言うな」


「そう言っていられるのも今のうちだぜ」


 思わせぶりな言い方をして、シャイナが白い歯を見せて笑う。平太がその笑みを怪訝な顔で見ている間に、自分たちが門を通る順番が回ってきた。


「さあ、いよいよだぜ」


 巨大アミューズメントパークの入り口のような門をくぐって町の中に入ると、


 そこはまさに異世界だった。

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