不死身
◆ ◆
平太が放った袈裟斬りは、見事にコンティネンスの胴体を一刀両断にした。
斜めに斬り裂かれたコンティネンスの上半身が、ずるりと坂を滑るようにずり落ちた。
「どうだ!」
確かな手応えを感じ、平太が吼えると、
「よっしゃあ!」
シャイナが拳を突き出したので、平太は自分の拳を打ち合わせた。
硬い皮膚を斬り裂き、中の肉を断つ感触は、ルワーティクスでも感じた。あの感触はまだ忘れられない。
そして今の一撃は、グラディーラの記憶にある勇者の動きに似ているような気がした。
だから間違いない。今の一撃で決まりだ。
平太だけでなく、誰もがそう思った。
が、
斬り落とされたコンティネンスの上半身が、もぞもぞと動き出した。
「なにっ!?」
これが魔族の生命力なのか。いや、スブメルススの時はすぐに肉や皮が溶け落ち、骨と鱗だけになった。こうして断末魔の如く動くという事はなかったはずだ。
ならばこれは――
平太たちが驚いて見守る中、コンティネンスの上体は両腕で地面を這い回り、ついには下半身と合流した。
そして、迎え入れるように下半身がしゃがみ込むと、それを上半身がよじ登り、完全に乗っかってしまった。
「マジかよ……」
平太は、悪い夢でも見ているかのように呻いた。いくら回復力が高いと言っても限度があるだろう。胴体を真っ二つにしても死なないなんて、回復が早いどころの話ではない。
これではまるで、
不死身ではないか。
「何だよアイツ……元に戻っちまったぞ」
さすがのシャイナも度肝を抜かれているようで、わずかながら声が震えていた。
そうしている間にも、コンティネンスの傷は見る見るうちに塞がっていく。
「ふむ……」
完全に切断した跡が消失すると、コンティネンスは具合を確かめるように上体を曲げたりひねったりした。
そして、何事もなかったかの如く元通りになった。
「冗談だろ、反則じゃないかあんなの……」
『落ち着け。この世に不死身の者など、神以外にいるはずがない』
しかし、と反論しようとする平太を、グラディーラが先回りする。
『奴は魔力で回復しているに過ぎぬ。だから斬り続けていれば、いつか必ず魔力が尽きて倒せるはずだ』
「いつかって、どれくらいだよ!?」
グラディーラと意識を共有している自分には、彼女が答えられないのはわかっていた。それでも訊いてしまうのは、自分の中に彼女と同じ悪い予感が湧き起こっているからだ。
何だ。この胸の奥がざわつく感じは。無尽蔵に回復するだけでも厄介なのだが、それよりももっとタチの悪い何かを忘れているような、曖昧な不安。なのにこのまま放っておけば確実に最悪な事態になる事だけは知っているみたいな、悪夢を見ている時の感覚。
「まだ、戦える人間が、いたか」
コンティネンスがこちらを見た。胴体を切断されて、ようやく平太を敵と認識したみたいだ。
「さっきからずっといたよ、馬鹿野郎」
どうやら考える時間はなさそうだ。平太は剣先を向けて用心しながら、シャイナの傍へと歩み寄る。
鎧の肩が触れそうなほど平太が近くに寄ると、シャイナはいかにもまだまだ余裕がありそうに笑った。遠くからなら、その笑みに平太も勇気づけられただろう。だが近づいた分、彼女の顔色が少し悪くなっているのが見えてしまう。
「おい、どーなってんだよコイツ? 真っ二つにしたのに元に戻っちまったぞ」
敵に不安を悟られないように、シャイナは表情を変えずに小声で話しかけてくる。
「わからん。とにかく、再生する魔力がなくなるまで斬りまくるしかないようだ」
「マジかよ? けど、いつかは死ぬんだよな?」
「たぶん……」
「ンだよ驚かせんなよ。要は死ぬまで殺せばいーんだろ? 簡単じゃねーか」
不死身じゃないとわかって安心したのか、シャイナがいつもの調子を取り戻す。
「とはいえ……」
ちらりとシャイナは手持ちの釘バットを見る。
「悪くねー武器なんだが、どーにもあいつには相性が悪い」
「あ、少しは気に入ったんだ」
む、とシャイナは少し顔を赤らめるが、すぐに真顔になって、
「あそこまでデカいと、少々殴ったところでまったく効きやしねー。このトゲも短くて、あの分厚い岩みてーな皮膚を抜けねーし。やっぱ剣だわ、剣」
硬い敵には鈍器だと安直に思っていたが、実際に使ってみると使い勝手が悪い場合もあるのだな、と平太はこんな時ながら感心してしまう。
「ちきしょ~。こういう時にデギースに頼んでおいたあたしの剣があったらなあ……」
悔しそうに言うシャイナの言葉で、ようやく平太はデギースの事を思い出した。そういえば、ここはデギースの店なのに、店主の姿が見えない。まさか、
「そういえば、デギースは無事なのか?」
するとシャイナはお前今さら何言ってんだよみたいな顔をした。
「デギースなら、とっくに逃げ出してるよ」
「そうなのか?」
「この店に入った時、あのデカブツに襲われてるのが見えたんだ。ヤバイと思って慌ててぶん殴ったはいいが、そっからは見ての通り泥仕合だ。ま~あいつが逃げるのを見たから、今ごろはきっと無事どこかに避難してるはずだろう」
「……少しは心配してやれよ」
するとシャイナはフン、と鼻を鳴らす。
「あいつがこの程度で死ぬタマだったら、こっちも苦労してねーよ」
なるほど。そう言われると実に説得力がある。とはいえ、店主が無事なのはいいが、今は彼に頼んでおいた剣が必要なのだ。どうせなら、逃げる前に剣の置き場所くらいは教えておいて欲しかった。
しかし、無いものは仕方がない。となると、今このデカブツの硬い皮膚に勝てるのは、聖剣グラディーラだけという事になる。
「ま、そーゆーわけだから、今回はお前の剣が頼りだ」
「え……?」
思わぬ言葉に、平太は我が耳を疑う。実際そうだから、できればシャイナに援護を頼もうとしていたのだが、まさかシャイナの方から切り出してくれるとは。
これは、ついに自分も戦力として認められる日が来た、と平太が感動していると、
「言っとくが、しゃーなしだからな。新しい剣さえ手に入ったら、もうお前にだけいいカッコさせねーからな。あんま調子乗んなよ」
すごい厭そうな顔で睨まれた。どうやら認められたと思ったのは気のせいだったようだ。
「あ、ハイ……」
どうしてこれから共闘しようという相手に、因縁をつけられなくてはならないのだろう。平太は理不尽に思うが、自分の実力不足は自覚しているので、今は甘んじて受けよう。それに、これからの働きで示していけば、シャイナもきっと見方を改めてくれるに違いない。
何しろ自分には、グラディーラの記憶があるのだから。
☽
先にシャイナが動くと、すぐに平太が彼女と反対側に動く。さっきもそうだったが、ろくな打ち合わせもなしにこちらの動きに合わせた理想的な位置取りをする平太に、シャイナは少しだけ感心する。
それにしても、平太の急激な戦闘の慣れはどうしたことだろう。ついさっきまで、敵と自分の周りを素人みたいにうろちょろしていた奴とは思えない。
まあいい。妙にしっくりくるのが気味悪いが、戦闘では息が合うに越したことはない。
それからシャイナは壁役となり、コンティネンスの注意を自分に引きつける事に専念した。
さすがに重量級の打撃は、盾で受けるたびに全身の骨が軋む。それでもスクートの性能と増幅魔法によって増加された身体能力で、シャイナはコンティネンスと五分の応酬を繰り広げていた。
そして平太は、シャイナがここだと思った場面を見事に逃さず攻撃を仕掛けた。その巧みな戦術の組み立ては、かつての平太からは想像もできないほどであった。
そうして幾度となく平太はコンティネンスにダメージを与えたが、どれも致命傷にはほど遠く、その度に早回しの如き速度で傷が回復していった。
さすがにこのやり取りを二桁も繰り返すと、先の見えなさに心が挫けそうになる。だが平太は斬り込む勢いが衰えるどころか、一撃ごとに強さを増しているような気がする。
諦めるな。言葉ではなく行動でそう示されているような気がして、シャイナの萎えかけた心に再び火が点る。
それにしても――とシャイナは思う。
平太の動きが見違えて良くなった――と同時に、何だかどこかで見たような気がしてきた。
気のせいか、と一度はその考えを頭の外に放り出してみたが、やはり気のせいという事にはできなかった。それでもシャイナは、今は戦闘中だと自分を戒めるようにして、頭の端に気のせいを追いやる。
しかしながら、それでも何度も見ていると、攻防に集中していたはずの脳ミソの端っこで、ついにその気のせいの正体に思い当たった。
信じ難い事に、今の平太の動きは、ハートリーに似ている。
確かに、平太はごく短期間ではあるが、あの変態に弟子入りしていた事があるので、動きが似てくる事もあるかもしれない。
だが、それにしてはそっくり過ぎると言うか、まさに瓜二つといった感じで気持ち悪い。
いや、気持ち悪いは言い過ぎか、などとシャイナが考えていると、
『う~ん』
スクートの唸り声が頭の中に響いた。
「どーしたちびっ子?」
『おねーちゃん、スクート変なのかな?』
その言葉に、シャイナはスクートが属性破りの罰で倒れた事を思い出し、どきりとする。
「お、おいどうしたいきなり? どっか痛いのか?」
『そーじゃないよ。あのね、あのお兄ちゃんがね、勇者のお兄ちゃんそっくりに見えるの』
「はあ?」
ちょっと何言ってるかわからない。だが当のスクートもよくわかっていない。自分が感じている感覚に戸惑って、それを上手く言語化できないでいるようだ。
『そんなわけないのにね。おかしーよね』
あははは、とスクートは笑うが、そんなわけない事を感じていたのは、シャイナも同じである。
それにしても、平太の動きがハートリーに似ているというだけでもお笑い種なのに、勇者に似ているとはあり得ないどころの話ではない。
「そーだな。そんなわけねーよな」
一緒になってあははは、と笑うシャイナであったが、心のどこかで、まさかな、という思いがあった。
しかし、そのまさかは、コンティネンスの弩よりも強烈な一撃を受けると、あっさりと砕け散ってシャイナの頭の中から消えた。
☽
コンティネンスの強烈な一撃を、シャイナが盾で見事に受けきる。その隙に平太は死角へと回り込み、岩のように硬い皮膚が少しでも薄い関節部分を狙って斬りつける。
もう何度もこうして斬りつけているが、どうしても決定的なダメージを与えきれない。
それでも、二桁を超える回数を経て、得られた情報は少なからずあった。
まず、コンティネンスの身体は、岩と砂でできているのがわかった。
これは、ルワーティクスを斬った時の感触と比較してわかった事だ。コンティネンスを斬った時、ルワーティクスの時のような厚く硬い皮膚の下にある脂や肉の感触がまったくなく、砂しかなかった。これにより、コンティネンスは外皮が岩のように硬化したのではなく、本体のような核を岩と砂で守るように構成された、土系統の魔物ではないかという結論に至った。
だから大通りにコンティネンスが出てきた穴がなかったわけだ。コンティネンスは核だけで地面を移動して、王都までやって来たのだ。あの地震は、核が移動した際に地層に何らかの影響を与えたからだろう。そして目的地にたどり着いたら、身体の材料は現地調達すればいい。
コンティネンスの身体の謎はわかったが、そうなると岩や砂などいくら斬ったところで無意味である。斬ったそばから砂が切り口を埋めていき、向こうの魔力が切れる前にこちらの体力が尽きるであろう。
しかしながら、ただの岩と砂がこんなデカブツになるはずもない。ゴーレムなどのように、必ず身体のどこかに魔力を蓄えた核があるはずだと平太は睨んだ。
そう思って注意していると、とうとう見つけた。大太刀がコンティネンスの皮膚を斬り裂いた一瞬の事であったが、砂の中にピンポン球くらいの大きさの紅い宝石が見えた。
紅玉はすぐに砂の中に消えて見えなくなったが、直感でわかった。あれがコンティネンスの核だ。
ところが、不死身のからくりがわかったのは良いが、新たな問題が発覚した。
要は核さえ砕けばコンティネンスを倒せると、平太はさっきと同じ箇所を斬り裂いた。が、さっきあったはずの核は影も形もなかった。
移動したのだ。
『そうだ、思い出した。コイツの核は、身体の中を自由自在に移動するのだった』
「で、核の場所をどうやって特定したのかは――」
『スマン、そこまでは思い出せなかった……』
「お、おう……」
思い出すのが後手に回っている事に苛立ちそうになるが、何しろ五百年前の記憶だ。思い出せないのも無理はない。平太など、五日前の記憶も定かではないのだ。
ともあれ、問題は核である。これさえ砕けば、恐らくコンティネンスを倒せる。だが、巨体の中を不規則に移動する小さな核を、どうやって狙えば良いのやら。
『あれだけの体躯だ。当て推量でやっていたら、こちらが先に参ってしまう。せめて魔法か何かで中が見えれば、』
グラディーラの言葉で、平太は閃いた。
「もしかしたら、見えるかもしれない」
『なに!?』
驚くグラディーラをよそに、平太は再びシャイナに近づく。二人で固まっているところを狙われると危険なので、用件はなるべく手短に。
「おい、どうした?」
「あいつの弱点がわかった。だが、そこを叩くためには時間が必要だ。何とか捻り出してくれ」
「マジか」
平太が頷く。
「よし、任せろ」
二つ返事だった。なんて男前な奴だ、と平太は感心しつつも、シャイナが稼いだ時間をコンマ一秒も無駄にするまいと集中する。
眼球に意識を集中し、見えざるコンティネンスの体内を視る。
ケラシスラ山でグラディーラの張った結界を看破した時は、赤外線までだった。それでも、終わった後鼻血が出た。きっと脳にそれだけの負担がかかっていたのだろう。
だが今回は、それよりさらに段階を上げて、X線までいかねばならぬ。どれほど脳に負担がかかるかは未知の領域だ。
だが、やらねばならぬ。
いつの間にか、ドーラとスィーネが魔法で援護してくれているが、今の平太にはもう何も見えない聞こえない。
液状化した地面に足を取られ、動きが止まったコンティネンスをじっと視る。その輪郭が消えていき、青と緑に彩られる。赤外線モードだ。どうやらあまり体温は高くないようだ。
しかしそれでも体内にあるはずの核の居所はわからない。やはり赤外線では無理か。
覚悟を決め、さらに集中。忘れていた頭痛が激しくなり、眼球が焼けるように熱くなる。
やがて赤青緑の世界から色が失われていき、白と黒と灰色の世界になる。ついに平太は生身でX線の照射と知覚をするまでに至った。
やった、と喜ぶのはまだ早い。肝心の核がまだ見つからないし、それよりも眼の奥に火箸を突っ込まれているような激痛がずっとしてて頭がおかしくなりそうだ。
あと何秒かしたら発狂するんじゃないかと思えたその時、
「視えた!」
コンティネンスの右足、太ももの辺りからじりじりとふくらはぎに向かって動くピンポン球大の固形物を発見。きっとあれが核だ。
X線モードを維持したまま平太は走る。核の動きはそれほど早くはないが、どう動くかわからないので解除はできない。
痛みに正気を失いそうになるのをどうにか堪え、平太はコンティネンスの核に向けて大太刀を突き立てた。
「どうだ!?」
だが、平太の苦労も虚しく、切っ先はわずかに核からそれていた。これは平太の腕前もあるが、硬い皮膚と中の砂のせいでどうしても刃筋がぶれるのだ。
「ぬ……」
コンティネンスがシャイナと平太の両方を視界に入れるべく距離を取る。平太が的確に核を狙ってきたので、これからはもうシャイナだけに意識を割くような真似はしないだろう。これは次からやりにくくなってしまった。
「クソ……せっかくのチャンスが……」
悔しがったところで後の祭りである。それに、やりにくくなったのはコンティネンスのせいだけではない。
「お、おい、お前大丈夫か……?」
シャイナのものとは思えない脅えた声に、平太が振り向く。すると、顔の下半分を温かい液体が伝い落ちる感触がした。
平太が何気なく手で拭うと、ぬるりとした感触と鉄臭さで、それらの正体に気づく。
両目と鼻から血が流れていた。
「おおう……」
鼻血はともかく、眼血は地味にショッキングである。物体の内部を見ようとしたら、それ相応の負荷がかかるのは当然と覚悟はしていたが、涙のように目から血が出る恐怖に、早くもその覚悟が萎えそうになる。
おまけに頭痛が痛いを通り越して、脳ミソが溶けたんじゃないかと思えるくらい悪化して、頭の中がぐちゃぐちゃになっている。さっきからグラディーラが何か叫んでいるような気がするが、ずっと遠い所で喋っているみたいで何を言っているのかさっぱり聞き取れない。
ただ何となく、これだけはわかった。
同じ事は、あと一回が限度だ。




