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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第四章
80/127

王都襲来

          ◆     ◆


 翌朝。

 一晩かけて頭をひねってみたが、王の要求をはねのけつつ、トニトルスも牽制できるような都合のいい案は結局浮かばなかった。


 どの案もあちらを立てればこちらが立たずで、両方を丸く収める方法は無かった。その上さらに自分たちの護身も考慮に入れると、

 どちらかに消えてもらうか、

 両方消えてもらうか、

 奇跡のような展開が起こるかといった、現実味のない方法になってしまう。


 朝食は、小さな食堂に案内されてそこで済ませた。匂いを嗅ぎつけたように、グラディーラとスクートが現れた。さすがに王と同席というわけにはいかないようだったが、むしろ考える時間が増えて好都合だった。


 だがそれでも答えは出ず、時間は残酷にも過ぎていった。

          ☽

「一同、おもてを上げい」

 王の耳につく肥満声に、平太たちは跪いた状態から静かに顔を上げる。彼の中ではもうすでに聖剣と盾が手に入ったとでも思っているのか、ちらちらとグラディーラとスクートを見る目が実にいやらしい。心なしか肌の色艶が良くなっている気がする。いや、単に昨夜の宴のせいで脂ぎっているだけか。


「さて、ドーラ=イェームン。昨夜、そちに頼んだ事は、憶えておるだろうな?」

「はい、憶えております……」

「では、直ちに答えよ。剣と盾、持ち主とともに余の元に――」

 その時、身体に感じるほどの揺れが、王の言葉を止めた。

「地震……か?」

 揺れは次第に強くなり、高い天井に吊られた照明を激しく揺らすほどになった。


「大きいぞ」

「この揺れ、近くないか?」

 人々が不安を口にしている中、平太はドーラのネコ耳が昨夜よりも激しく震えているのを見た。

「おい、何か耳が大変な事になってるぞ」

「何だろう。ボクすごい厭な予感がしてきた」

 地震は収まるどころか激しさを増し、ついには立っていられないほど強く揺れ、王は慌てて玉座にしがみつくようにして座った。


 そして一際大きく地面を突き上げたと同時に、

 大通りの方で、何かが爆発したような轟音が響いた。


 少し遅れて煙が立ち上り、人々の悲鳴が王宮まで届いてくる。ようやく止まった地震に安堵する間もなく、騎士や宮廷魔術師たちが何事かと様子を見に露台バルコニーへと駆け寄った。

「今の音は何だ!? 報告はまだか!?」

「街の方から煙が上がっているぞ。衛兵は何をしている!」

 隊長格と思われる騎士たちが次々と部下に指示を出すが、王宮から現場まで距離があるために情報がなかなか入って来ない。

 そのくせ建物が破壊されるような音と、人の悲鳴は景気良くこちらの耳に届いてきて、不安と不吉な想像を煽ってくる。


「い、一体何が起こっておる? 火事か? 事故か?」

 慌てふためく王を、側近の者がなだめる。そして飛び込むようにして謁見の間に駆けつけた衛兵の言葉に、騒然としていた室内が凍りついた。

「ほ、報告します! 大通りの地下から、魔物が現れました!」

          ☽

 王都オリウルプスの外壁は、ディエースリベル大陸の中で最も高く、厚く、頑丈である。

 数ヶ月ほど前に巨大な魔物に一部を破壊された事はあったが、これまで魔物の侵入を許した事は一度たりともない。


 だが、壁は所詮壁である。

 上空うえと、地下したはがら空きだ。

 今回の魔物は、地面の下からやってきた。

 その名は、コンティネンス。

 魔王直属の配下、四天王の一人である。


 コンティネンスは、迷っていた。

 道に迷ったのではない。スブメルススの匂いをたどって、魔王の城がある北の果てフリーギド大陸からここまで来た。道中は地面の下を掘り進んでいたので、雨も山も海も関係なく、実に快適な移動であった。


 だが、オリウルプスの辺りで、匂いが二つに分かれた。これにはコンティネンスも戸惑った。

 一つは、街の中心部。これは、頻繁に移動した形跡がある。

 もう一つは、街の外れ。これは、ここ数日ほとんど移動していない。

 どちらも匂いは同じくらいの強さで、甲乙つけ難い。とりあえず、捕捉しやすそうな移動していない方の匂いへと向かった。


 そこは、『デギース武器防具店』だった。

          ☽

「魔物だと!? 数は!?」

「わかりません……。現場が混乱していて。すでに負傷者が多数出ております」

「直ちに現場に兵を向かわせろ! いるだけ全部だ! 絶対に魔物を王宮に近づけさせるな!」

 隊長格の騎士の指示の元、兵士たちが慌ただしく動く。手にはそれぞれ剣と盾を持ち、隊列を組んで城から出て行くのが見えた。


「……なあ、俺たちも行った方がいいんじゃないか?」

 平太が小声でドーラに尋ねる。

「でも、一応城の兵士が出動してるし、ここは専門家に任せた方がいいんじゃないかなあ……」

「専門家って、ここの兵士って魔物と戦った事あるのか?」

 ドーラは「う~ん」と唸ると、指折り何かを数える。

「ボクの知る限り、ここ数年この国の軍が動いた記憶がないね」

「平和っていいな……」


 戦争が無いからといって何もしていないわけではなかろうが、訓練と実戦は違う。経験だけで言えば、平太だってそこそこある。まったく未経験の兵士よりはましだろう。


 とはいえ、ドーラの言う事も一理ある。王都で起きた事件の担当は、衛兵の仕事である。相手が魔物であろうが人であろうが、対応するために存在するのだ。そこに部外者の自分たちが出しゃばるのは、出すぎた真似というものである。

「でも、とりあえず時間稼ぎにはなったようだね」

「ああ。けど、本当に魔物が現れるとはな……」

「言ってみるもんだね」

「いやいやいや、やっぱり不謹慎だろ。もうケガ人が出ちゃってるし、大通りって言ってたから、一般人にも被害が出るかもしれないし」


 このままここでじっとしていて良いのだろうか。何かしたいという感情と、しゃしゃり出てはいけないのではないかという理性がせめぎ合い、平太はもどかしさで足踏みをする。

 その時、ぱーんとキレの良い音とともに、後頭部を誰かに叩かれた。

「いてっ!?」

 振り向けば、シャイナが仏頂面で立っていた。


「なーにグダグダ迷ってんだよ。お前、フェリコルリスの時の事もう忘れたのかよ?」

「え……?」

「あん時、ハートリーが動けず、あたしが迷っていたら、お前が真っ先に動いたんだろうが。目の前で困ってる人を見捨てるのが勇者なのか、とかどーたらこーたら言いながらよう」

「ああ……」

 思い出す。あの時は、ただ自分の思った通りに、自分が正しいと思った事をやっただけだ。その結果、捨てられるはずだった老人たちを助け、賛否両論はあれどフェリコルリス村に鋳造を復活させ、自活まであと少しというところまで持っていった。


 だが、今はどうだ。管轄とか職権とかくだらない理由に足を止め、動けないでいる。

 はっとして顔を上げる。シャイナと目が合った。彼女は惚れぼれするくらい男前な笑顔を向けると、力強く親指を立てて見せた。

 それでもう、迷いは完全に消滅した。

「よし」

 腹と足に力を入れて、王に向き直る。肩書にビビるな。向こうが王様ならこっちは勇者だ。王様など、勇者に支度金の120ゴールドを渡すだけの存在だ。

 だったら、何らビビる必要無し。


「あ、あの……」

 思った以上に声が出なかったが、一応聞こえたようで王がこちらを向いた。

「お、俺たちも現場に行っていいですか?」 ひと言断りを入れて退室すれば良かったのに、質問してしまった。案の定、王はあからさまに不快な顔をする。

「ならぬ。まだ余の問いに答えておらぬであろう」

「それは、後で……。まずは人々の安全が優先では、」

「ならぬと言ったらならぬ。王である余より優先する事など、この世にあるわけなかろう。下々の者など、知った事ではないわ」


 そのひと言が、スイッチだった。


 久しぶりにブチ切れた。


「――けんなよ」

「は? 何をブツブツ言っておる。それよりも早う余の問いに答えよ。余の家臣となり、その聖剣と盾を余のために使うと」

「ふぜけんなって言ってんだよこのクソデブが!」


 それまで慌ただしかった周囲が、水を打ったように静まり返った。誰もが唖然とした顔をしていたが、ドーラはやっぱりこうなったかというような顔で、スィーネは無表情で、シャイナは祭りにでも来たかのようなワクワクした顔で、シズはそれでこそ平太だという顔で、グラディーラはよくぞ言ったという顔で、スクートはいきなり大声を出されてびっくりした顔で平太を見ていた。


「人の命より自分の質問が大事だ!? それでも王様かこの野郎! そんなに聞きたきゃ答えてやるよ。厭だよバーカ! 誰がお前みたいな脂ぎった豚に仕えるか!」

 そう言うと平太は、王に向けて中指を突き立てた。その瞬間、それまで静まり返っていた室内が、恐怖の声に溢れ返る。


「え?」

 見れば、皆愕然とした表情で平太を見ている。ただ一人、シャイナだけがゲラゲラ笑っていた。

「と、とにかく俺は行くからな!」

 奇妙な空気に戸惑いながらも、平太は話はこれまでと王に背を向けて歩き出す。それを見たドーラたちが、慌てて彼の後を追って駆け出した。


 巨大な扉を出て長い廊下を小走りに駆けていると、シャイナが背中をバシバシ叩いてきた。

「ってー。何だよ?」

「いやー、お前はいつかやる男だとは思っていたが、ついにやっちまったなー」

「何がだよ?」

 意味がわからないという平太の顔を見ると、シャイナは思い出し笑いで吹き出す。


「お前、さっきあのデブにこう中指突き立てただろ?」

「ああ、それがどうした?」

 怒りに任せてついやってしまったが、あれは平太の世界での侮蔑のジェスチャーだ。まさか、この異世界グラディアースでも意味あるポーズだったのだろうか。


「あれはな、『この中指を根本までお前のケツの穴に突き立ててやるぜ』って意味の、相手を最っ高に侮辱するポーズなんだぜ」

「……マジか」

「マジマジ」

 とうとう堪えきれずに、シャイナが顔を真赤にするほど大笑いを始めた。反面、平太の顔が見る見る青ざめる。よりにもよって、この国の最高権力者に無礼な口をきいただけでなく、指をケツに入れてやると公衆の面前で表してしまった。これは下手をすると、いや、下手をしなくても重罪であろう。


「参ったな……えらい事をしてしまった」

「そうだよ。どえらい事をしてくれたよ」

 追い打ちをかけるような言葉に驚き、平太はドーラの方を振り向く。見れば、彼女は頬を膨らませてわかりやすいくらい怒っていた。


「王様を怒らせたんだ。もう給金を払ってくれないだろうし、そうなるとこれからは旅費が自腹になる。いや、それどころか国外追放になって、二度と王都に戻れないかもしれない。そうなったらボクらのあの家を買い戻す夢だって、二度と叶わなくなるじゃないか」


「本当にすまん……」

 平太が謝る。一時の感情に任せて、取り返しのつかない事をしてしまったと反省していると、

「でも、少しスッキリした」

 ドーラがにやりと親指を立てた。

「へ?」

「国民を蔑ろにするなんて、王様失格だよ。今まであんな奴に仕えていたなんて、自分が恥ずかしいくらいだ。そもそも、ヘイタとシャイナを召し抱えるのだって、グラディーラやスクートを戦争に利用するのが目当てだろうしね。ホント、最低だよ」


「で、でも、あんな王様でも一応給料払ってくれるんだし、」

「そんなの、何とでもなるよ。今はホラ、サキワレスプーンヌやナイフとフォークの売り上げがあるし」

「けど、さっき家を買い戻すのが夢だって……」

「家なんて、住めればどこでもいいよ。大事なのは、みんな一緒にいる事なんだから」

 そう言うとドーラは、自分で言って照れたのか、少し赤くなった顔を見られないようにうつむく。


「でも、」

「いや、ドーラはいーこと言ったぞ。あたしも同感だね。このメンツなら、住むとこなんてどこでもいいじゃねーか。むしろもっといい場所を探そうぜ」

「ならばいっそ、他の大陸に移住するという手もありますね」

「あ、でしたら、この間のウィアテルグムなんてどうでしょう? ご飯も美味しいし、いつでも温泉に入れますよ」

 シズの提案に、ドーラたちは笑顔で「いーねー」と同意する。本気でそう言っているような彼女たちの姿に、平太は慰められるのと同時に、ドーラの言う通り、このメンツなら住む所なんてどこだっていいと思えた。


「――って事だから、済んだ事をクヨクヨ考えるな。それより今は、大通りに現れた魔物を何とかするのが先決だろう」

 シャイナの言葉に、一同の顔が緊張で引き締まる。

「そうだな。急ごう」

 平太が走る速度を上げると、皆それに遅れまいと足を早めた。

          ☽

 王宮の入り口で預けたシャイナの釘バットを回収すると、平太たちは街の大通りへと急いだ。

 衛兵の働きによるものなのか、途中で逃げ遅れた人を見る事はなかった。だが、負傷して運ばれる衛兵は多数見た。

「どうやら相当厄介なのが湧いて出たようだな」

 いくら実戦経験が不足しているとはいえ、負傷兵が多すぎる。それほど魔物の数が多いのか、それともそれだけ凶暴な奴なのか。どちらにせよ、これ以上無駄な被害を出させるわけにはいかない。平太たちはさらに速度を上げる。


 角を曲がり、大通りに出る。たった1ブロック違うだけで、景色と空気ががらりと変わった。

 土埃と血の臭いに、むせる。

 つい昨日まで様々な人で賑わっていた大通りは、今や見る影も無くなっていた。店は倒壊半壊全壊と、ありとあらゆる破壊に弄ばれ、瓦礫が赤く染まっていたり、崩れた家屋の隙間から人の手足と思しきものがはみ出ている。


 だが、死体と瓦礫は見当たれど、魔物の姿はどこにもなかった。どうやらすでに移動したようだ。

「これは酷い……」

 あまりの惨状に、平太は思わず手を口で覆う。これまで事故現場や死体は何度か見た事あるが、ほとんどがネットの画像だった。モニターを通して見るのと、肉眼で見るのとは全然違う。何より臭いがあると、視覚だけでなく嗅覚も同時に刺激され、気持ち悪さがケタ上がりする。


 同じように死体と空気に中てられたのか、シズが真っ青な顔で平太の肩に寄りかかってきた。ドーラの顔も、心なしか血の気が薄い。シャイナだけがいつもと変わらないように見えたが、そう見えるだけかもしれなかった。スィーネは、遺体に向けて小声で祈りの言葉を唱えている。


 思わず目を背けたくなる酸鼻な光景であったが、道はそれほど荒れていない事に平太は違和感を憶えた。

「おかしいな……」

「どうかされましたか?」

 スィーネの問いに、平太は屈み込んで地面を調べながら言う。

「魔物が大通りの地下から現れたって言ってたけど、その穴が見当たらないんだ」

「それは、瓦礫の下に隠れてしまったのでは?」

「そうかな?」

 そう言って平太は足元に落ちていた矢を拾い上げる。矢は、至る所に無数に落ちていた。


「かなり激しい戦闘をした形跡があるから、魔物は相当数がいるか、強力な奴だと思うんだ。そんなのが通る穴が、すっかりきれいに瓦礫に隠れるかな?」

「それは、たしかにそうですね」

 二人が首を傾げていると、少し離れた場所で破壊音と悲鳴がした。あの方向は、裏通り。

「あっちだ。行こう!」

 平太は声を張り上げる。とりあえず今は侵入経路を探るのは後回しにして、魔物を倒す事が先決だ。


 近い。一歩近づくごとに、何かが壊れる音と誰かが叫ぶ声が大きくなる。

 平太は走りながら、道に見憶えがあるのに気がついた。確かこのまま行けば、デギースの店があるはず。何度も通った馴染みの店なので、間違いない。

 平太は焦る。デギースの店の近くに、魔物が迫っている。彼はもう避難しただろうか。いや、頭の回る彼の事だ。とっくに避難しているに違いない。

 そこで、平太は内臓が押し潰されるような感覚に襲われる。それは、思い出したからだ。


 デギースは今、シャイナの剣の最終工程に着手している。四五日はかかるところを、三日で何とかすると言っていた。それは、寝食を犠牲にするくらいでないと達成できない目標であろう。

 だとしたら――

 彼はまだ、工房にいるのではなかろうか。

 猛烈に厭な予感がする。

 最後の角を曲がる。


 デギース武器防具店は、入り口が消滅していた。

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