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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第一章
8/127

平太、武器を探す

     ◆     ◆


「ハァッ!!」


 シャイナの気合の入った掛け声とともに突き出した木剣が、平太の持つ木剣を宙空へと弾き飛ばした。


 手から離れた木剣は、きりきりと回転しながら飛んで行き、やがて庭の土に突き刺さった後頼りなく倒れた。


「下手糞のくせに突きを剣でさばこうとするな。左手の盾は何のためにあると思ってんだ。死にたいのか?」


 平太の喉元に木剣を突きつけながら、シャイナが厳しい声で怒鳴りつける。容赦のない叱咤だが、戦闘では一瞬の油断やわずかな判断ミスが命取りに繋がる。そのため訓練とはいえ実戦さながらだ。


 シャイナは動きやすい普段着に木剣と木でできた円形の小さな盾を装備しているが、平太は彼女と同じ装備に加え、綿を入れた訓練用の分厚い防護服を上下着ていた。


 それでもシャイナの鋭く重い一撃は、当たれば防護服越しでも平太の身体を青アザだらけにしていた。


 対してシャイナは傷ひとつない。事実平太の攻撃は一度たりとも彼女に当たるどころか、今までかすったことすらなかった。


「剣を持つ手ばかりに意識がいきすぎだ。攻撃と同時に防御のことも考えろ。自分の攻撃がかわされ、その隙に反撃を食らうこともあるんだぞ。もっと頭を使え頭を。お前の頭は何のためについてるんだ、帽子かけか?」


 言いたい放題だが、今の平太には何ひとつ言い返せる要素がなかった。剣を振ろうとすればそちらに意識がいき、盾で防ごうとすればそちらに集中してしまう。体力はついてきたが、剣術の方は今ひとつ成果が出なかった。


「お前ホント才能ねーな……」


 木剣で肩をトントン叩きながら、シャイナは呆れ切った顔と声で、今しがた飛ばされた木剣を拾いに行く平太の背中に言う。


「うるせー、こちとら剣なんてこれまで使ったことなんてなかったんだよ。いきなり剣で戦えなんて言われて、そうポンポンできるかっつーの」


「そりゃまたずいぶん平和な世界で育ったな」


 鼻で笑うような息を漏らすシャイナに向けて、平太は小さくつぶやく。


「そう……だな」


 正しくは平太の周囲の世界が平和に見えるだけの話で、彼の世界でも毎日どこかが戦争をしていて毎日数えきれない人間が飢えや戦禍で死んでいる。だが、それでも意味は同じである。少なくとも平太は相手の気まぐれで一方的に殴られることはあっても命まで取られる危険はなかったし、キモいから死ねと言われたことは無数にあっても、生まれや性別などで迫害された経験もなかった。


 だが彼女たちは違う。貧しいから女だから弱いからという理由だけで、周囲は容赦なくすべてを奪おうと襲いかかってくる。それに立ち向かう方法はただ一つ、強くなるしかない。そしてそんな世界の中で剣一つで生き残ってきたシャイナを、今の平太は口には出さないが尊敬すらしている。


「しっかしこんなんじゃお前、いつまでたっても旅になんか出られねーぞ。せめて何か得意な得物とかないのかよ?」


「得物って言われてもなあ……」


 この世界での戦闘は、主にいま平太が訓練しているような利き腕に剣、反対側に盾といった装備が一般的だ。剣は大小様々あるが、形状は直刀で両刃のいわゆるブロードソードが人気らしい。


 盾も大きさや形状は多種多様で、そこは個人の趣味や趣向が入るらしい。他にも槍や弓などもあるようだが、今はとりあえず基本から始めている。


「お前手先は不器用なくせに剣だけは自由自在だな」


「剣だけじゃないぞ。戦士だからな、一応武器全般はひと通り扱えるぜ」


 そう言ってシャイナは平太の手から木剣を取り上げると、自分の盾を捨てて二刀流の構えを取った。


 最初は左右の剣を交互に振る単調な動作だったが、次第に速度が増し、剣の軌道も複雑になっていく。


「すげえ……」


 思わず平太が声を漏らす。素人の彼の目にも、シャイナが多数の仮想敵を相手に、左右の剣を攻撃と防御にこだわらず状況に応じて自在に操っている姿が見えた。


 当たり前だが、明らかにレベルが違う。練度が違う。これが実戦で鍛えられた技というものか。平太は自分がここまでたどり着けるとは到底思えない。


「とまあ、ざっとこんなもんだ」


 演舞を終え、一息つくシャイナ。あれだけ動いたのに息一つ見出さないどころか、汗もかいていない。


「う~ん……、とりあえず得物を変えてみるってのもテか……」


 自分で双剣を扱って何か思うところがあったのか、シャイナは木剣で背中をかきながら何やら考えると、


「よし、今日はお前に合った武器を探すとするか」


 あっさり今日の予定を変更してしまった。


「ついてこい」


 そうと決まれば善は急げなのか、シャイナは平太の返事も待たずにさっさと歩き出した。慌てて平太が後を追おうとするが、シャイナが放り出した盾をそのままにもできず一秒にも満たない時間逡巡した挙句、ダッシュで盾を拾いに戻るとさらに駆け足の速度を早めて彼女の後を追った。


「よーし、ここだ」


 着いたのは、庭の外れにある小さな小屋だった。


「なんだここは?」


「まー物置小屋みたいなものだ」


 そう言うとシャイナは小屋の扉を開け、先に中に入る。平太が入るとまだ闇に目が慣れていないので真っ暗だったが、シャイナが木板の窓を開けると外の光が入ってきて中の様子が照らしだされた。


 確かに文字通り「物が置いてある小屋」だが、室内には所狭しとわけのわからない道具や本、皮紙を丸めたものの束などが棚や木箱から溢れてあちこちに散乱していて、物置と言うよりはゴミ捨て場と言った方が正しいような場所だった。


「酷いなこりゃ……」


 元の世界の自分の部屋よりも壮絶な散らかりように、平太は上には上がいると妙な感心をする。


「えっと、たしかこの辺りに……お、あったあった」


 平太が足の踏み場を探して右往左往している間に、シャイナは足元に散らばった物を蹴散らしながらずんずん歩いていき、壁際に立てかけてある長物を手に取って満足そうに頷いた。


「よっし、とりあえずこれから試してみっか」


 シャイナは長い棒きれのような物を一つ手に取ると、無造作に平太に向かって投げつけた。


「おっと……」


 足元を気にしながらどうにか受け取ると、それはただの木の棒だった。


「何だこりゃ?」


「ド素人に刃のついたもん使わせるわけにはいかないだろ。とりあえずこれで適正を見極めてやる。いいからそれ持ってとっとと外に出ろ」


 何だか腑に落ちないが、いきなり本物の槍や斧を渡されても危ないだけなので文句は言わないでおく。平太は言われるがままに木の棒を両手に持って、物置小屋から外に出た。


「よっし、じゃあまずは槍の適正だ」


 平太の後から出てきたシャイナも、同じような棒きれを手に持っていた。どうやらこれで模擬戦をして、平太にどの系統の武器が合っているかを見極めるつもりらしい。


「槍って言われても、剣以上に使ったことねーぞ」


「ゴチャゴチャ考えるな。自分に合った武器ってのは、理屈じゃなく身体が勝手に判断してくれるもんだ」


「本当かよ……」


 半信半疑なまま、平太は棒を両手で握り締めて一応の構えを取る。明らかにズブの素人と判る格好で、隙だらけだった。そんな平太のへっぴり腰を見て、


「よし、次」


「はやっ!」


 一合も得物を交えることなく、シャイナは平太に槍の素質無しと判断した。


 その後も棒を斧や薙刀のような長柄の先に刃物がついた武器に見立ててみたが、どれもこれも平太には合わないようだった。


「お前びっくりするくらい素質ねえな」


「そんなもん、本人が一番知っとるわ……」


 真剣に驚いた顔をするシャイナに、開き直るくらいの勢いで平太が言い返す。むしろ全部の武器を「ちげーよこーだよこー」と簡単そうに扱って見せるシャイナの方がおかしいように思える。


「っかしーなー、こんだけやれば何かしら合う武器があるはずなんだがな……」


 言いながら、シャイナはカンフー映画さながらに棒を手足のように扱う。真似して平太もやってみるが、すぐに棒が自分の身体に当たって転がっていった。自分が痛いだけだった。


「お前、何か得意なもんとかねーのかよ?」


「得意なもんって言われてもなあ」


「あの変な体術はどうだ?」


「変な体術?」


「ほら、あたしを持ち上げてこう、後ろにズバーンと投げたあれだよ。あんな強烈な技を喰らったのは初めてだぜ」


 ああ、と平太は納得する。どうやらシャイナはバックドロップのことを言っているらしい。


「あれは体術なんて大袈裟なものじゃなく、何て言えばいいのかな……」


 プロレス技をどう説明しようかと、平太は頭を悩ませる。


「そう、あれは俺の世界の有名な格闘の技術なんだ。俺の国じゃ子供から年寄りまで知ってるし、俺も小さい頃はよく真似したもんだよ」


「そうか、お前の故郷の格闘術か……。しかもガキの頃から仕込まれてたとは。畜生、納得だぜ」


 何やら誤解が深まった気がしないでもないが、これ以上説明してもますます深みにはまりそうなので、平太はそっとしておくことにした。


「もうお前武器なんか捨てて、あれだけで戦えよ」


「無茶言うな!」


「何度も言うが、武器には相性ってのがあるんだ。性に合わないもんをいくら使い続けても、上達には限界がある。だったら、ガキの頃から馴染んだ体術を磨くってのも一つの選択だと思うぜ」


「って言われてもなあ……」


 転がった棒を拾い上げつつ、平太はシャイナに言われた言葉を噛み締める。


 これまで武器を持った戦闘どころか徒手格闘――いや、ケンカすらまともにやったことのない平太に、得意な武器もへったくれもない。彼にとって武器というものは、ゲームの中でキャラクターの数値パラメーターを上下させるデジタルな記号でしかない。


 だが――


「ゲームだったら、こう……」


 平太は棒を持つ位置を中心から末端へと移し、それ自身を一本の長い剣に例えて構える。それは、彼がグランディールオンラインの中で自身のキャラクターが使っていた大剣をイメージしたものだった。


「ほう?」


 それまで絶望的にセンスの欠片もない平太の構えに、一瞥しただけで興味を失っていたシャイナであったが、大剣の構えを取った平太を見て、小さく興味深いといった感じの声を漏らした。


「フンッ!」


 気合の掛け声とともに平太は棒を振る。これまでの筋トレや薪割りの甲斐あってか、自分でも驚くほど鋭い振りができた。


 棒の先が地面を強く叩く。


「からの――」


 平太はそこから棒の先端を地面に残したまま、自分自身が回転し背中を向ける。素早く棒を肩に担ぐ体勢になると、両足を踏ん張って肩と腰の回転を乗せつつ棒を横薙ぎに払う。


「さらに!」


 大きく周囲を払った棒は、その勢いのまま軌道を上へと変え、平太は自然と大上段の構えに行き着く。


「せいやぁっ!!」


 気合一閃。最後の一撃は最初のものよりも数倍強く地面を叩き、その威力に耐え切れなかった棒の先が折れた。


「あちゃ~、やっちまった……」


 平太が折れた棒の先を拾いに走ると、その背中に「おい」とシャイナが声をかけてきた。


「ん?」


「お前、それどこで習った? それもお前の故郷の技か?」


「習ったってわけじゃないが……よく見てたと言うか何というか、」


「習ってもないのにあんな動きができたのか。おかしな奴だなあ」


 平太が返答に困っていると、シャイナは「まあいいや」と自分で話題を振ってきたくせに勝手に納得してしまった。


「そうだ。俺に合ってそうな武器だが、この棒くらいの長さの剣ってあるか?」


「ん~? そんな長いだんびらなんてどうするんだよ?」


「いや、さっきの感じで何か掴んだって言うか、馴染みがあるって言うか、とにかく一番しっくり来るんだよ」


「そう言われてもなあ……。自分の身体くらいの大きさの剣なんて見たことねえよ」


「ないのかよ?」


「当たり前だろ。マトモに振れもしねえ剣担いで戦場に出る馬鹿がどこの世界にいるってんだ。死にたがりか?」


 言われてみればそうである。大剣を振ったイメージで興奮した頭が冷めてしまえば、ゲームと現実をごっちゃにしていた自分が恥ずかしい。


「そうか……そうだな」


「しかし参ったな。そうなるとウチにはもうお前に合う武器が残ってないぞ」


「マジか!?」


「いや、待てよ。たしかあそこに、」


 何か思い出したのか、シャイナはぶつぶつ言いながら小屋へと戻っていった。


 シャイナが何か自分に合う武器を持って戻ることに淡い期待をよせながら平太が待っていると、小屋の中から何か大量の固い物を高い所から盛大に床にぶちまけたような音と、「いてー!」というシャイナの叫び声が聞こえてきた。


 さらに待つこと数分。ようやく扉が開いたかと思うと、全身埃まみれの上に足の小指でもぶつけたのか右足を引きずりながらシャイナが出てきた。


「何があったんだよ」


「聞くな」


 平太の質問を一蹴すると、シャイナは手に持っていたものを差し出す。見ると、それは平太の世界で言うクロスボウみたいなものだった。


「うお、何だよそれ? そんなもんあったのかよ!?」


「これか? なんか新製品だから思わず買ったが、どーにも性に合わないっつーか、イマイチ使い辛くてずっとしまい込んでたやつなんだが、」


 シャイナがクロスボウを手渡すと、両手に見た目以上の重量を感じた。


「そうか、この世界にはまだカーボンとかないからか……。全部木と鉄でできてりゃ、そりゃ重いわな」


「あ? なにブツブツ言ってんだよ。ほれ、矢もあるから、試しに何発か撃ってみろ」


「いいのか?」


「あたしはもう使わないし、好きにしていいぞ。ただし、お前に使いこなせたらな」


 にたり、という音がしそう笑みをシャイナは浮かべる。その表情から何か裏があると読むのは、平太でなくともたやすかった。


「どうせ買ったはいいが、すぐに飽きてしまい込んだんだろ?」


「ははは、すぐにわかるって」


 悪びれるふうもなく、シャイナが笑う。そのあまりにも屈託のない笑顔に、平太はそれ以上文句を言う気が失せる。


「説明書は……ないだろうから、とりあえず色々試してみるか。弓矢はこれで一式そろってるのか?」


 平太はとりあえずクロスボウ本体と矢を地面に並べる。クロスボウは全長が1メートルほどで、矢は50本ほど皮の筒に入っていた。


「あとはたしかえっと、おっ、その何だかよくわからない箱で全部だ」


「箱?」


 見れば、長方形の小さな木箱に取っ手のついたものが足元に転がっている。手に持って振ってみると、中でカラカラと木と木のぶつかる音がした。


「よくわからんからとりあえず保留だな」


 木箱をその辺に転がしておいて、平太はクロスボウを手に取る。


 見れば見るほどクロスボウである。さすがに現代のクロスボウとまではいかなくとも、古代の弩と同程度の機能を有しているのではなかろうか。人間、住む世界が違っても至る思考や発明は同じなのかもしれない。


 構えてみる。平太は拙い記憶を頼りに、銃床ストックを右脇と胸の間に当て、左手は銃身の下から包むようにして持つ。するとどうだろう。生まれて初めて触ったとは思えないほどしっくりくるではないか。


「お、なかなかサマになってるじゃないか」


 シャイナがからかうように言うが、自分でもそう思う。棒を大剣に見立てて振った時もそうだが、この世界に来てからというもの自分の身体機能と言うか身体の使い勝手の良さに自分でも驚くことがある。


 だがそれは、この世界に来たからであろうか。この世界に来たことがきっかけではあろうが、何より大きな要因は自分自身が変わろうと決意し、努力してきたからではなかろうか。


 もしかすると、今が一番肉体的に最高潮ピークに達していると言っても過言ではないかもしれない。いや、この調子で鍛錬を続けていけばもっといけるかもしれない。それこそ、戦士のシャイナと張り合えるほどに。


「いや、それはないな」


 さすがにそれは高望みであろうか。いくらなんでも調子に乗りすぎだ。純粋培養された真性のニートが少々身体を鍛えたところで、生粋の戦士に敵うはずがない。人間、分相応というものがある。


「中のものを試し撃ちに使っていいか?」


「いいぜ。物置のガラクタなら好きに使えよ」


 住人のお許しが出たので、平太は物置から台になりそうなものと、的になりそうなものを適当に見繕って外に並べた。シャイナは「後は自分で好きにやってろ」と言わんばかりに、どこからか持って来た木箱に腰掛け、小屋の壁にもたれて高みの見物を決め込んでいた。どうやら手伝う気は毛頭ないらしい。


 数個の的を用意し、適当な距離を取ってさあ試し撃ちだ――と思ったところで、平太は重大なことを思い出した。


「しまった。使い方がわからないままだった……」


「とりあえず、弦を引いてみたらいいんじゃないか?」


 珍しくシャイナが助言をしてくれるが、その妙に楽しそうなニヤニヤした笑みが気になる。


 シャイナが何を企んでいるかはわからないが、平太は言われるがままに弦に指をかけ、力の限り引っ張ってみる。


「かたっ!?」


 びくともしない。あまりの固さに、少しばかり力がついてきたのではと思っていた平太の自信が脆くも崩れ去った。


「ぎゃはははははははっ!! 『かたっ!?』じゃねーよバーカ、あたしでも無理なのにお前が片手で引けるわけないだろ。もっと頭使えよ頭」


 コイツ本当に女かと疑いたくなるほど大口を開けて、シャイナがこっちを指さしながら腹を抱えて大笑いしている。元の世界でも異性にここまで笑われたことはない。何だか厭なトラウマが蘇りそうになる。


「お前、弦が引けないからこいつをしまい込んだな!?」


「ちげーよ。何回か引いたら手が痛くなって厭になったんだよ」


「同じことだろ!」


 平太もクロスボウなど見なかったことにして、また物置にしまい込みたくなってきた。だがせっかく見つけたのを無碍に扱うのも気が引けるので、とにかく弦を引くためにクロスボウをじっくりと観察することにした。


 すると銃身の矢が射出される側の先に、鉄製のフックのようなものがついているのに気がついた。


「思い出した。これに足をかけて引っ張るんだ」


 ゲームの攻略本やファンタジー系のイラストで見たのをようやく思い出した。クロスボウの弦を引くには、先端のフックに足をかけて両手で引っ張る方法と、


「もしかしたら、」


 平太は先ほど地面に転がしておいた木の箱を取りに戻る。箱を手に取ってよく見ると、平太はにやりと笑う。


「まさかこの世界にこれがあるとはな……」


 意外とグラディアースの文明が高いことに驚嘆しながら、平太はクロスボウに木の箱を銃床ストックに取り付ける。


「おいどうした? まだ引けねーのか? なんだったら手伝ってやろうか?」


 弦を引くのに手こずっていると思っているシャイナが野次を飛ばすが、この木箱の使い方を知らずにクロスボウを物置にしまい込んだ彼女が何を言っても今の平太は気にもならない。むしろ哀れみすら湧いた。


「よし、できた」


 どうにか木箱を取り付け終わる。箱から伸びたフックに弦を引っかけると、平太は取っ手を慎重に回し始めた。


 すると平太の予想通り、取っ手を回すと木箱から伸びたフックが巻き上がって、クロスボウの弦を引いていくではないか。


「思った通り、これは滑車だったんだ」


 そう。クロスボウの弦を引くもう一つの方法は、滑車を使うことだ。クロスボウが存在していただけでも驚きだったが、まさか滑車が存在していたとはさらに驚きだった。


 だが地球でもクロスボウの出現後、滑車が登場して弦を引かせているので、グラディアースがそうなったとしてもあながちおかしなことでもない。むしろ効率を求めると自然な成り行きかもしれない。


 ともあれ、少ない力で大きな力を生み出せる滑車のおかげで、平太は無事クロスボウの弦を引ききることができた。あとは弦を引き金と連動した留め金に引っかけ、弦から滑車のフックを外す。


「よし、あとは矢を装填して、と」


 銃身上部に掘られた溝に矢を乗せて、これで準備万端。ここまでやれば、残るは狙いを定めて引き金を引くだけである。


「お、意外と早く引けたようだな」


 並べてある的に狙いを定め始めた平太の姿に、シャイナが感心したようにつぶやく。まだ平太が手で弦を引いたと思っているようだ。


 一方、平太はすでに的を狙うことに集中していた。


 意識のすべてが遠くの的に向き、耳から音が、視界から余計なものが排除される。平太がここまで集中したことは、これまでゲームの中でもなかったことだ。


 いや、そう言えば過去にこれと似たような経験があった。あれはたしか――そう、夜店の射的だ。


 あの時もこれと同じような感覚に襲われたことがある。先端に詰めたコルクの弾を空気で飛ばすだけの陳腐なライフルが、まるで身体の一部のように感じられたあの感覚。遠く離れた場所にあるはずの的が、まるで手で触れそうなくらい近く大きく感じられ、絶対外しっこないと確信できた記憶。どうコルクを詰め、どう構えてどう撃てば当たるか手に取るようにわかったあの万能感。


 それが今、コルク銃からクロスボウに変わったとはいえ、まったく同じ感覚に襲われている。


 特にこの、初めて触ったとは思えない馴染み方はどうだろう。手に吸い付く、と言えば大袈裟だろうが、誰かに教わったわけでもないのに、どこをどう持ってどう構えれば良いのか手に取るようにわかる。


 おまけに照準もない単純極まる構造なのに、まるでスコープでもついているかのようにどこを撃てば的のどこに当たるかが撃つ前からわかる。


 わかるのはクロスボウのことだけではない。屋外での射撃に関わってくる風の向き、風力、引力などあらゆる情報が脳内で高速処理され、それが視覚にフィードバックされてまるでレーザーサイトを使っているかの如く狙いを定められる。


 これが平太の、隠れた才能――


 異世界で完全に花開いた、射撃の天賦。


 平太は唇を尖らせ、静かに息を吐く。


 息を吐ききったところで止めると、これまで僅かに揺れていた腕や身体がぴたりと止まる。その瞬間を逃さずに、かつ余計な力をまったくかけずに、右手の人差指が引き金を引く。


 いや、絞る。


 たんっ


 矢が勢い良く放たれる。


 約20メートル離れたところにあった縁の欠けた陶器が、バラバラに砕け散った。


「ちょろいもんだぜ」


 引き金を引く前から、当たるとわかっていた。


「ヒュウ、やるぅ」


 シャイナが口笛を吹く。


 命中した感動も興奮も特にないまま、平太は滑車を使って早々に次の矢をつがえる。その様子が背中で隠れているため、シャイナには彼が何をしているのかは未だわからない。


 二発目を構える。


 狙う。


 撃つ。


 当たる。


 ここまでがすべて一連の動作に感じられるほど、平太の射撃には無駄な動作や不安要素がなかった。


 最初は的が砕けたり穴が開いたりするたびに口笛を吹いたり嬌声を上げていたシャイナだったが、撃って当たることが当たり前のように行われるたびに、次第に言葉がやみ、表情から笑みが消えていった。


 やがて二十発の矢がすべて的を射抜き終わる頃には、シャイナはただ黙って見ているだけになった。


「しまった。撃ちすぎた」


 気がつけば、ほんの二三発試し撃ちするつもりが結構な本数の矢を撃っていた。矢とてタダではないだろう。それを調子に乗ってもう半分近く浪費している。


「やっべ~……」


 これはまずい、と平太は背後で見物しているシャイナの顔色を肩越しにそっとうかがい見る。するとシャイナは難しい顔で何やら考え込んでいるようだった。


「おい、なにボーっとしてんだよ?」


 平太が近寄って声をかけると、シャイナは肩を痙攣させて「お、おう、どうした?」と間の抜けた声を上げた。


「いや、試し撃ちが終わったんだが……」


「そうか、なかなか大したもんじゃねえか。気に入ったんならそいつはお前が使え」


「いいのか?」


「ああ、どうせあたしゃもう使わないしな。良かったな、ようやくお前に合った武器が見つかって」


「うん、まあそうなんだが……」


「どうした?」


 平太は恐る恐る中身が半分くらいに減った矢筒をシャイナに見せる。


「ちょっと調子に乗って撃ち過ぎちゃって……」


 シャイナはすっかり中身の寂しくなった矢筒を見て、口を真一文字に切り結ぶ。


 ああ、やっぱり怒鳴られるか殴られるかするんだろうな、と平太はすでに覚悟完了。


「何だ、こんなに残したのか。別に全部撃ち尽くしても良かったのに」


 だが予想に反して返ってきたのは、意外な言葉だった。


「え? いいのか? 矢だってタダじゃないんだろ?」


 するとシャイナは呆れたような顔をして、


「なんだ金の心配して遠慮したのか? そりゃタダってわけにはいかないが、矢なんて消耗品なんだから、ひと山いくらにしてもそう大した金額じゃねえよ」


「何だよそれを早く言えよ……」


 てっきり一悶着あると覚悟していた平太は、そのひと言で腰から砕けそうに力が抜ける。そう言われてみれば、ゲームなどでも矢はまとめていくらの消耗品である。


「ところで、さっきは何を考えてたんだよ?」


「あ? ああ、まあちょっとな」


 平太の問いに、シャイナは酷く曖昧な返事をする。どうにもシャイナらしくない奥歯に物がはさまったような答えだが、あまり深く追求してウザがられてもいけないので平太はそれ以上何も言わなかった。


「そういやお前、手は何ともないのか?」


 今度はシャイナの質問に、平太は「なんだそれ?」と答える。


「いや、だから、あれだけ矢を撃ったんだから、何度も何度も弦を引いたんだろ?


 さぞかし手が痛かったんじゃねえの?」


 何を期待しているのか、シャイナはニヤニヤしながら平太の両の掌をチラ見してくる。


 だが生憎なことに、滑車を使ってクロスボウの弦を引いていた平太の手は腫れても切れてもいなかった。


「ンだよ、なんで平気なんだよ!?」


「そこキレるところかよ!」


 理不尽なシャイナのキレ方に、平太の脳天に天啓のような閃きが走った。


「あ! お前自分の手が痛くなったから、同じ目に遭わせようと俺にこれを使わせたな!?」


「当ったり前だろバーカ! っていうかなんでお前あれだけ撃ったのに何ともねーんだよ!?」


 納得がいかないと憤るシャイナだったが、そんな理由でクロスボウを勧められた知って、平太も怒りが湧いてきた。


「知らねーよバーカ! 知ってても教えねーよ!!」


「なんだよ! さてはお前何か知ってるな!? 教えろよ! 教えねーとその弓使わせねーぞ!」


「いやですー、教えませんー。それに一度もらったものは返せませんー。もうこれは俺のものですー」


 しばらく返せ返さないの押し問答が続いたが、結局どうせ手が痛くなるので使いたがらないシャイナが折れ、クロスボウは晴れて平太のものとなった。


 こうして平太の装備に、クロスボウが加わった。


 滑車の存在は、まだしばらくシャイナには秘密にしておこうと思った。

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