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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第四章
79/127

引き抜き

          ◆     ◆


 うたげは、急遽開かれたとは思えないほど、豪華なものであった。

 いや、主催者にしてみれば、この程度など思いつきで開いたホームパーティーみたいなものなのかもしれないが、平太たちにとっては、生まれて初めて経験する大宴会であった。


 会場は立食形式で、見渡す限りの人と、それ以上の数のテーブルがあった。机上にはどれも、見たことも無いような料理の数々と、シャイナが一生かけても飲み干せないほどの酒を載せている。

 ドーラも、宮廷内は初めてではないものの、ここまで大きな宴には参加した事がなかったので、適当に料理をつまんだ後は壁際に独りぽつんと立っていた。


 壁を背に立ちながら、ドーラは自分の服を見る。宴に出席するために、王が平太たちに用意させた正装フォーマルだ。ただ、彼女の身長に合わせるのに相当苦労したようで、あちこち仮縫いされている。


 仲間たちも同様に正装し、それぞれ料理や酒を目当てに放浪を始めている。特にグラディーラは料理を、シャイナは酒を片っ端からやっつけていくつもりなのか、最初の乾杯を終えた直後に姿を見失っていた。

「こういう場って、苦手だなあ……」


 経験が少ないだけで、ドーラとて大勢の人が集まる宴に参加した事はある。

 だが、どれも良い思い出ではなかった。

 着ているものも、今の百分の一くらいのみすぼらしいものであった。

 そして何より、今のように、功労者という立場はなかった。

 ただの宮廷魔術師。

 亜人で、女人の。

 壁の花、とはとても言えない、道端の石ころのように隅っこに立ち、空気のように存在を消す事だけに集中していた。

 よく考えれば、良い思い出以前に、何も思い出に残るような事は無かったか。


「――これはこれは、ドーラ殿。主賓がこんな所でお一人とは、感心しませんなあ」

 ドーラの思考を断ち切ったのは、高齢の魔術師の声だった。

 見れば、宮廷魔術師の中でも古参の、ドーラの元上司であった。

 この男にはよくこき使われ、よく叱られ、よく疎まれたものだ。それが、「ドーラ殿」ときたものだ。ドーラは吹き出しそうになるのを、どうにか堪える。相手もきっと、死ぬほど悔しいだろう。ますます笑える。


「こういう場は、どうにも苦手で……」

 独り言と同じ事を言う。それは本音だった。こういう場は、どうにも苦手だ。だが元上司は「それはいけない」と貼りついたような笑顔を崩さずに言う。

「魔王を討伐すれば、一躍救国の英雄だ。そうなると当然、爵位を賜って貴族の仲間入りを果たすだろう。貴族ともなれば、こういった社交の場は日常となるし、こういった場でこそ交わされる話や結ばれる交友もあるだろう。だから、来るべきその日のためにも、一日でも早く慣れておいた方が良いですぞ」

 ドーラは「う~ん……」と唸る。魔王を倒して地位を上げるというのは当初からの目的であったが、その結果生活水準も上がって社交界にその身を投じる事になるのまでは考えていなかった。


 だが男の言う事は極端なれど、決して的外れではない。地位が上がるという事は、生活する足場のようなものも上がるという事だ。これまでのように、住む家を郊外に追いやられる事もなければ、交代制で家事をする事もなくなるだろう。もしかすると、領地をもらえるかもしれない。ただし、その代わり地位に相応する義務が発生するが。


「ところで、」

 ドーラがあれこれ考えていると、男が話を変えてきた。周囲に目を配り、声量を落とす。

「伝説の武具は、剣と盾、そして鎧があったはず。残る鎧の在り処に目星はついておるのか?」

「あ~……」

 来たか、とドーラはうんざりと胸中でため息をつくが、どうにか表情には出さずに済んだ。


「いやあ、それがさっぱり」

 えへへ、と照れ笑いをしながら頭をかいて道化を演じるが、逆に男は疑いの目を強くする。

「本当か? 本当にそうか? まさか、本当は知っているのに隠しているのではないか?」

 男の声は優しく、表情はにこやかだったが、目が決定的に笑っていなかった。


「そう言われましても……」

 ドーラがどうこの場を切り抜けようと考えていると、

「これはこれは、抜け駆けとはお人が悪い」

「ドーラ殿にお話を伺いたいのは、貴殿だけではありませぬぞ」

 男とドーラが一対一で話しているのを見つけた他の宮廷魔術師たちが、二人の周りにぞろぞろと集まってきた。やはり顔は笑っているが、醸し出す雰囲気がどす黒い。


 抜け駆けを見とがめられ、男が小さく舌打ちをする。だがすぐに取り繕うような笑顔を浮かべ、

「抜け駆けとは人聞きの悪い。わたしはただ、一人で退屈そうにしておられたドーラ殿の話し相手になっていただけですぞ」

 これは心外、といった感じで肩をすくめると、

「それは失敬。では、我々もその退屈しのぎに参加させていただこうか」

 芝居がかった男の態度に負けぬ、安い芝居で宮廷魔術師たちは食い下がる。

 こうして周囲をぐるりと宮廷魔術師たちに取り囲まれ、ドーラはますますうんざりする。完全に逃げる事のできない状態であった。


 何度聞かれようと、何人集まろうと、答える言葉は変わらない。知らないものは知らないのだ。ドーラが言葉に窮していると、助け舟は意外な所から現れた。

「面白そうな話をしておるな。余も混ぜてもらおうか」

 あろうことか、王自らが宴の席の中で、ドーラたちの輪に近寄って来た。これにはさすがの宮廷魔術師たちも驚き、まるで大魚に怯えて散る小魚のようにドーラから離れていく。

 そうして雑魚を散らせると、王は満足そうににやりと笑い、

「おや、誰も話さぬか。ならば余が直々に話し相手になろう」

「はあ……」

「まあここでは何かとアレだ。ちと込み入った話もあるので着いて参れ」

 そう言うと王は、悠然と歩き出した。ドーラが着いて来る事を疑いもせず。

 着いて行った先でどういう話があるのか、ドーラにはある程度予想はできていた。だが、この場に残ってもどうなるかという予想と比べたら遥かにましなので、王の後を遅れて着いて行った。

          ☽

 連れて行かれたのは、秘密の小部屋だった。

 そこそこの年月王宮に通っていたドーラであったが、王は彼女が知らない通路を通り、見た事も無い階段を上ったり下りたりし、奇妙な彫像を動かして隠し扉を出した。

 その扉をくぐった先に、この小部屋があった。どう見ても秘密の部屋である。恐らく王室の人間が極秘で会話するのに使われている部屋なのだろう。


 室内は薄暗く、質素な机に二つの椅子があるだけで、いかにも一対一で密談をするための部屋という感じがした。

「まあ座るがよい」

 王に椅子を勧められ、ドーラは着席する。椅子は固い木の椅子で座り心地は良くなかったが、簡素ゆえに何の仕掛けも人が隠れる隙間もなく、むしろこの部屋に相応しく思えた。


「さて、話というのは他でもない。勇者の武具の事だが――」

 まあそうだろう、とドーラは逆に冷静になれた。この流れで他の話をされても困る。

「言い伝えの通りならば、残るは鎧なのだが、鎧の在り処に心当たりなどはあるのか?」

 先の男と同じ事を、王は問う。これも想定内だったので、ドーラも同じ事を答えた。そして、それを信用しない所も同じだった。


「王様も実際に見てお分かりと思いますが、伝説の武具には自分の意志があり、そして自由に動ける身体があります。なので同じ所に居続けるというわけではなく、その所在を突き止めるのは至難の業かと。ですが、魔王を倒すにはやはり三種揃えねばなりません。我々は引き続き、残りの武具の捜索をする所存であります」


 ドーラの説明に、王はふむう、と唸る。自分の目で見ただけに、残る鎧を探すのがどれだけ大変か理解できたのだろう。

 これで諦めてくれれば良いのだが、とドーラが思っていると、

「残る鎧の事は、そちに任せよう。では話は変わるが――」

 王は、むしろここからが本題だとばかりに、ずいとドーラに顔を近づける。

「単刀直入に言おう。あの剣と盾、余に譲る気はないか?」


 ドーラは内心で盛大なため息をつきつつ、王にグラディーラとスクートの説明をした。やれグラディーラはああ見えて超重量で、並みの人間には扱えない事。そして剣、盾、恐らくは鎧も、それぞれ己の意志で主を選ぶ事などなど、遠回しにピーキー過ぎてお前には無理だよと伝えた。

「ふむ……ではそちは、如何に勇猛果敢な我が城の騎士であろうと、あの剣と盾を扱う事は不可能と申すか」

「それ以前に、両名ともすでに主を定めております。どうかご断念を」

「う~ん、それは残念」


 燭台の蝋燭が短くなるほどの時間を用いて説得した甲斐あってか、ようやく王はグラディーラとスクートの譲渡を諦めてくれたようだ。ずいぶんと長い時間話し込んだものだ。そろそろ戻らないと皆が心配するのではないかとドーラが懸念していると、

「では、その剣と盾の主とやらを、この城に召し抱えるというのはどうだ? そうすれば、二人は余に仕える王直属の騎士としての地位を得られ、余は二人を介して伝説の武具を手に入れられる」


 さも名案、といった感じで王がはしゃぐ。自分の権力が、この世のすべてを支配しているとでも思っているのだろうか。ドーラは呆れてものが言えなくなりそうな口をどうにか動かして、

「それは……本人たちに訊いてみなければ何とも、」

「では早速二人に訊いて参れ」

「はあ……」

「返事は明日聞こう。今の話、しかと二人に伝えておけよ」

 こうして話は終わり、ドーラは解放された。


 部屋から出ると、扉の外で待っていた衛兵に案内され、割り当てられた部屋に戻る。

          ☽

 ドーラが自分の部屋に入ると、中でシャイナたちが集まっていた。

「お、やっと戻ってきやがった」

「あれ? どうしてみんなボクの部屋にいるの?」

「それが……」

 平太が言うには、宴が終わって割り当てられた部屋に戻ってみたが、部屋が広く豪華過ぎて落ち着かず、このままでは眠る事もままならないのでとりあえずドーラが戻っているか確認しに来てみたら、みんな同じような理由で集まっていたそうだ。ただ、グラディーラはスクートを連れて、別の空間にいる。そこには、彼女の住み慣れた居住空間があるからだ。


「それでみんな、そんな隅っこに集まってるのか」

 他に場所はいくらでもあるのに、平太たちは壁際に置かれた長椅子に身を寄せ合うようにして座っている。


「なんっかこう、だだっ広くて落ち着かねーんだよなあ」

 言いながらも、シャイナは椅子がふかふかし過ぎて座り心地が悪いのか、しきりに尻をずらしている。

「寝台も柔らかすぎて、逆に背骨が痛くなりそうですし」

 スィーネは残念そうに、五人は横に並んで寝られそうな天幕つきの寝台を見る。


「わたしたち、ずっと馬車で野宿してましたからね……」

 シズがしみじみと言うと、ドーラもそう言えばウィアテルグムの温泉宿では何故か寝付きが悪かった事を思い出した。

「贅沢できない身体になっちゃったのかなあ……」

 ドーラがため息をつくと、皆も一斉に大きなため息をついた。


「ところで、宴会の途中から姿が見えなかったけど、どこに行ってたんだ?」

 平太の問いに、ドーラは「ああ、」とこれまでの経緯を説明する。

「あぁ? 何だそれ?」

「それは、大変な栄達ですね」

「……いや、それってどう考えても軍事利用だろ」

「だよね~……」

 想像はしていたが、やはりこうなってしまったか。

 強大な力というものは、得てして権力者の目に留まる。宮廷魔術師しかり、近衛騎士しかり。権力は、それを守り誇示する力とほぼワンセットだと言っても良い。

 それが社会の仕組みであり、

 そして人間のさがだ。


「ふざけんなよ。グラディーラとスクートを渡しちまったら、こっちはいったいどーやって魔王と戦うんだよ? 代わりに戦ってくれるってのか?」

 それは無いでしょう、とスィーネ。

「恐らくは魔王よりも、近隣諸国との戦争のために用いられるでしょう」

「ンだよそれ? 人間同士で戦争してる場合じゃねーだろ」

「けどまあ、魔王って今までなんにもしてないし……」と平太。


 これまでは魔王が復活した影響で、人間同士の争いが停滞していたが、あまりにも何も起こらないので影響力が薄くなってきているようだ。そうして思い出したように軍事に目が行ったところに、伝説の勇者の武具の登場である。どうなるかは火を見るよりも明らかであろう。


「しかし、厄介な事になったな」

 平太が腕組みをして鼻から大きく息を吐く。

「よりにもよって王様に目をつけられるとはな。こりゃ下手に断ったら国外追放とかになりかねないぞ」

「もしくは、あらぬ罪を着せられて城の地下牢に監禁、とかね」

 ドーラの言う事は、さもありなんである。権力者が、自分の思い通りにならない者、特に身分の低い他人に対してどういう行動を起こすのかは想像に難くない。


「かといって、素直に王様に従うわけにもいきませんし――」

 困りましたねえ、とシズは細い指を顎に当てる。

「でも、王様がボクたちに話を持ちかけて来なかったら、ちょっと面倒な事になってたんだよ」


 ドーラの言葉に、一同は「え? どういう事?」と説明を求める。

 恐らく自分たちが王宮に呼ばれ、王と謁見させられる事になったのは、トニトルスの仕業であるとドーラは読んでいる。この事から、トニトルスはすでに王を抱き込んでいる事が推測される。彼の計画では、魔王討伐の任を受けていながら何の成果も出せていないドーラたちを、公然と処罰する良い機会になるはずであった。


 だが、ドーラたちは結果を出して見せた。

 ここで、王が選択を迫られる。

 当初の目的通り、トニトルスのためにどうにかしてドーラたちを処罰するか。

 それとも、ドーラたちを懐柔し、伝説の武具を手中に収めるか。


 結果は、後者だった。

 王はトニトルスに見切りをつけ、ドーラたち――正確にはグラディーラとスクートを選んだのだ。彼女たちの圧倒的な武力は、大規模領主の税収や人脈よりも魅力的だったというわけだ。


 なので、王がこちらを選ばなかったら、今頃毒殺やら何やらで消されていた可能性もあったわけである。

「はっ、あのクソ領主、切り捨てられたってわけか。ざまーみろだな」

「いや、それがまだそういうわけじゃないんだよねえ」

 ドーラの含みのある物言いに、シャイナは片方の眉を上げる。

「まだ、ってどういう事だよ?」

「だから、この話をボクらが断ったら、王様がさらに掌を返してトニトルス側につくからだよ」

「現時点では、トニトルスは王様が自分とわたしたちを天秤にかけているなど知らないでしょうしね」

 ドーラの説明を、スィーネが補足する。


「ンだよそれきったねー! じゃあ、まだ今はどっちも好きな方を切れる状況ってわけかよー」

「まあそういう事だねえ」

 ドーラが苦笑混じりで言うと、シャイナは「やってらんねー!」と長い手足を子供のようにばたつかせる。


「……となると、さし当たって考えなくちゃならないのは――」

 暴れるシャイナの手足を手で防御しつつ、平太が言う。

「王様の申し出を断りつつ、トニトルスの思い通りにならない方法か」

「でも、そんな方法ありますか?」

 心配そうに眉を寄せるシズに、平太は「う~ん」と唸る。さすがにそう簡単には良案が出そうになかった。


「いっその事、王都が魔物に襲われるとかしてくれたらなあ」

「またヘイタは縁起でもない事を……」

「でもさ、そうなったら王様も『やっぱり先に魔王を倒さないと駄目だね』って事になって、また人間同士での争いが先送りになるだろ?」

「そりゃあまあ、目の前の危機が優先されるだろうね」


「だから――」

 言いかけた平太の口が、開いた状態で止まる。

「――やっぱり不謹慎だし、そもそもそう都合よく魔物なんて出て来ないか」

「僻地の小さな村ならともかく、王都だしねえ。防壁も厚くて高くて頑丈だし、そう簡単には魔物は中に入って来れないさ」

 二人そろってため息をつくと、ドーラのネコ耳がぱたぱたと忙しくなく動き出した。


「ん? どうした?」

「いや、何だろう? 地震かな?」

「地震? 揺れてるか?」

 平太がシズやスィーネの方に顔を向けると、二人は静かに首を横に振った。平太も、揺れてるようには感じない。


「地震か。地震と言えば、思い出すなあ」

「あ~、あれ? スキエマクシの?」

「そーそー。地震かと思ったら、火山に火竜が戻ったせいで活動が再開したって話」

「明日にでも噴火するかもしれないって言われて、シャイナがえらく落ち着かなくてさあ」

 ドーラが視線を向けると、シャイナは赤くなった顔を隠すように両手をぶんぶん振る。

「しょ、しょうがねーだろ。実家のすぐ近くの山が噴火するかって瀬戸際なんだからよう……」


「でも、あの時は大変でしたねえ。村に行ったらお年寄りたちが見捨てられていたり、本当に火竜が出たり」

 シズが当時を懐かしむように言うと、平太たちも思い出を噛み締めるように何度も頷く。

「俺、あの時の印象が強くて、この世界の地震は竜や魔物が出る前兆じゃないかって気がしてさー」

 平太が冗談のように言うと、ドーラたちは「またまたー、そんなわけないじゃーん」などと軽口で返す。平太も「だよねー」と笑いながら言うと、室内は明るい笑い声に包まれた。


 やがて沈黙が訪れる。

「……さ、馬鹿な事言ってないで、何か考えないとな」と平太がだるそうに頭を掻く。

「明日また謁見があるから、今夜は徹夜かなあ……」

 ドーラは机に両手をついて、猫のように伸びをする。

 こうして、王宮の夜は更けていった。

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