お披露目
◆ ◆
「もう我慢ならねえ! 進軍だっ!!」
魔王城を揺るがすほどのイグニスの怒声に、城の屋根にとまっていた鳥たちが驚いて飛び立つ。
「待ちなさい。魔王様の留守中に勝手に軍を動かすなど、言語道断不忠極まわりない」
あくまで規律を重んじる姿勢のウェントゥスを、イグニスは敵のように睨みつける。
「待てだと!? これが待っていられるかよ! スブメルススが殺られたんだぞ! お前、悔しくねえのかよ!? 人間なんぞに仲間を殺られて、いいように舐められて! それでも四天王――いや、魔族かコラァっ!!」
怒りに任せて拳を打ちつけると、分厚い机が粉々に砕け散った。仄暗い会議室に煙のような埃が立ち込め、わずかな時間視界を灰色が満たす。
やがて埃が収まるが、イグニスの怒りはわずかも収まらない。むしろ自分の問いに無反応なウェントゥスの態度に、さらに怒りが募る。
ウェントゥスは、動かない。いつものように着席し、体温を感じさせない視線をこちらに向けている。その目には、机を破壊したイグニスに対する呆れも、スブメルススの死に対する悼みも見られない。あるのはただ、魔王への忠誠のみであった。
イグニスは舌打ちをすると、会議室から出ようとする。だがすぐにウェントゥスに制止された。
「どこへ行くのですか?」
「決まってんだろ。仇討ちだよ。今から人間を片っ端からぶっ殺して、スブメルススを殺った事を後悔させてやる」
「そうやって独断で動いて、大ケガをしたのをもう忘れたのですか?」
「な……っ!?」
イグニスは呻く。痛いところを突かれたのと、人間に後れを取った事がバレていた驚きの呻きだった。
「だったら、どうしろってんだよ!? このままやられっ放しでも我慢しろってか? ふざけんな!」
「私は何も我慢しろ、とは言っていません。ただ、闇雲に人間を殺して回って何になるというのです。仇討ちなら、きちんとスブメルススを殺した本人にやりなさい。そして可能な限り惨たらしく殺して、二度と我々魔族に歯向かおうなどという気が起きないように晒し者にしてやりなさい」
「お、おう、そうか。そうですね」
思いがけない言葉に、イグニスは思わず敬語になる。
「しかし、そうなるとスブメルススを殺った奴を探さなきゃならないんだが……」
「心当たりがあるのでは?」
「いや、まあ、あるっちゃああるんだが、」
「居場所がわからないのですね」
イグニスは、沈黙をもって是とする。
「任せろ」
突然割り込んだ岩のような声に、イグニスとウェントゥスが振り向く。見れば、普段は微動だにしないコンティネンスが、ゆっくりと椅子から立ち上がっていた。
「任せろって……お前、何とかできんのかよ?」
「匂いを、たどる」
「は?」
あまりに短い言葉に、イグニスは理解できなかったが、ウェントゥスには理解できたようで、「なるほど」と手を打ち鳴らした。
「スブメルススを倒したのなら、彼女の血や体液が剣や鎧のどこかに付着しているはず。コンティネンスはそれをたどって追いかけるというのですね」
ゆっくりとコンティネンスは頷く。硬い頭が天井をこすり、削れた破片がぱらぱらと床に落ちる。
「匂いをたどるってお前……どれだけ距離があるかわかんねーのに、大丈夫か?」
再びコンティネンスはゆっくりと頷く。
「問題、無い。大地は、すべて、つながっている」
意味がわからなかった。
☽
金をもらうと、責任が発生する。
責任が発生すると、それを果たさなくてはならなくなる。
もしそれができないと、罰が与えられる。
対価には、それ相応のリスクがかかるのだ。
そのひとつが、労働である。
ドーラは国から給金を得る代わりに、魔王討伐の先発となった。それは、彼女がそうなるように企んだからだ。そうしてドーラの計画通り、トニトルスは裏から手を回して、彼女を国外に追い出すように仕向けた。
こうしてお互いの念願叶って、彼女はこの国から、この大陸から出て行った。それですべては終わったと思っていた。
どうやら勘違いだったようだ。
いや、恐らく追い出したトニトルス本人も、この時点ではこれ以上の成果を期待していなかったであろう。とりあえず国外に出してしまえば、魔物や野盗に殺されるかもしれないし、そうでなければ別の策でどうにかできると。
しかし、トニトルスの期待とは裏腹に、ドーラは順調に旅を続けた。いや順調かどうかはさておき、とりあえず生きて戻ってきた。
暗殺者まで差し向けたのに。
トニトルスに落ち度は多々あれど、これはいただけない。何しろ暗殺だ。今までの迂遠なやり方とは違う。直接殺し屋を雇って口封じをしようとした上に、
失敗している。
どういう経緯で失敗し、暗殺者がどこに消えたかはまだ調査中だが、あの小賢しい亜人の事である。恐らく誰が依頼したか気づいているだろう。
それは拙い。非常に拙い。
ただでさえ、弱みを一つ握られているというのに、その上それをもみ消そうと殺し屋を差し向けたのが公になったら、トニトルスがこれまで金に物を言わせて従わせていた権力者たちも、彼を庇いきれないかもしれない。
そうなる前に、彼はもう一度動いた。
この国で最も権力のある者を、味方につけたのだ。
☽
さすがにこの展開は、ドーラも予想外だった。
エーンの村での職務怠慢をエサに、うまくトニトルスを動かしたつもりだった。
だが、まさかここにきて、自分が仕掛けた策を逆手に取って反撃してくるとは思いもしなかった。
どうやら思った以上に、トニトルスという男は馬鹿ではなかったようだ。
これは拙い。非常に拙い。
別にこの状況をひっくり返す手札が無いわけではない。
ただ、ここでこの札を切ると、後々面倒な事が起こるような不安が、ドーラに二の足を踏ませていた。
ドーラは、どうにかこの切り札を出さずにこの場を切り抜ける策がないかと思案したが、どうにもなりそうになかった。
☽
「今一度問う。これまでの旅で、何か進展はあったか?」
王の口調には、最初から成果を期待していない感がありありと出ていた。周囲を取り囲む騎士や文官たちからも、別の期待に満ちた表情が見える。
「早う答えい。あるのか、無いのか」
ドーラは迷った。一応答えは二つある。Noと答えるとそこで終了なので、当然Yesの方でだ。
一つは、魔族の四天王スブメルススを倒した件。
そしてもう一つは、伝説の勇者の武具の件。
だがこれは、出さなくて済むなら出したくないカードだ。これを出してしまうと、後々面倒な事になるのが予想できるからである。
ただ、スブメルススを倒したと言っても、今現在出せる証拠が無い。素材はすべてデギース武器防具店にて加工中だ。
唯一手元にあるシャイナの釘バットを見せたところで、誰があれを魔族の四天王だと認めるだろう。これは相手に悪い印象を与えるので、むしろ出さない方が良いカードかもしれない。
そうなると、残るはもう一枚のカードしかないのだが、
「――無いなら仕方あるまい。残念だが、そちの職務怠慢という事で、それ相応の罰を与えねばなるまい」
もう迷っている時間はなかった。王が次に口を開く前に、自分の言葉を滑り込ませる。
「あります」
「っと……、今、何と申した?」
「成果はあります、と申し上げました」
思いがけないドーラの返答に、王がきょとんとする。周囲がどよめく音に我に返ると、仕切り直すように一度大きく咳払いをした。
「成果があると申したか。では、その成果とやらを聞かせてもらおうか」
どよめきが止まる。誰もが、ドーラの次の言葉に耳を傾ける。誰かの唾を飲み込む音が聞こえた気がした。緊張でカラカラに乾いた口の中を懸命に動かし、ドーラは言葉を紡ぐ。
「勇者の武具を、手に入れました」
少しの静寂の後、城が震えんばかりの大爆笑が起こった。王など、腹の肉をちぎれそうなほど震わせ、目に涙を浮かべて大笑いしている。
まあ、予想通りである。ドーラもこうなる事くらいは予想していた。なので平然と、笑いが収まるまで待っていた。
やがて笑いが収束していき、笑い疲れた息切れだけになると、ようやく王が涙を拭きながらドーラに言った。
「なかなか面白い冗談であった。褒めて遣わす。が、余は旅の成果を問うておる。まさか、そちの冗談の腕前が上がったのが成果だと言うまいな」
王の諧謔に、小さな笑いが起こる。
「いいえ、違います」
「では、そちは本当にあの伝説の勇者の武具を手に入れたとう申すか?」
「先ほどからそのように申し上げております」
ドーラがはっきりと言うと、今度はさらに大きなどよめきが起こった。その大半は、どうやらコイツ頭がおかしくなったらしいといった感じのものだが。
「ではドーラとやら。さっそく余にその伝説の勇者の武具とやらを見せよ」
「はっ。では少々お待ちを」
ドーラはそう言うと、平太とシャイナに向き直る。視線で「グラディーラとスクート出して」と送ると、二人とも「ゴメン、無理」と視線で送り返してきた。
「え?」
思わず声に出し、慌てて二人の元にコソコソとすり足で駆け寄る。三人で円陣を組むように頭を突き合わせると、小声で相談を始める。
「なんで? 二人とも魂で繋がってるんじゃなかったの?」
「いや、それがなあ、スクートを連れていったあの日以来、さっぱり音沙汰が無いんだよ」
「あたしもそうだ……」
「え……?」
平太の話では、スブメルススを倒した後、グラディーラが倒れたスクートを連れて異空間に消えてから、さっぱり交信が途絶えているのだ。どうりで最近食事の時間が静かだったわけだ。
「ちょ、そういうのはもっと早く言ってよ~。今さら言われても困る~」
「いや、そんな事言われてもな……」
「あたしらだって戸惑ってんだよ」
困るのは、平太とシャイナも同じである。何しろ平太とシャイナは、彼女たちと一心同体なのだ。それがいきなりわけもわからず音信不通になり、心配でないはずもなかろう。この胸の中にぽっかりと穴の開いたような喪失感は、彼女たちと契約した者にしか理解できまい。
「これ、何をひそひそ話しておる。早うその伝説の武具とやらを余に見せい」
びくり、と三人の肩が震える。できれば「今ちょっと無理っぽいんで、日を改めてください」と言いたいところだが、周囲が絶対許してくれそうにない。
ドーラが答えに窮していると、周囲が急速に「それみたことか」という雰囲気を醸し出してくる。誰一人として彼女の言葉を信じていないどころか、この場で彼女が王の怒りを買って懲罰を受けるのを楽しみにしている連中ばかりだった。
ドーラが久しぶりに向けられるこの気持ち悪い疎外感に、懐かしい吐き気を憶えていると、
「すまない。待たせたな」
何の前触れもなくグラディーラとスクートが現れた。
「グラディーラ!」
「スクート!」
突然出現した二人に、平太とシャイナがその名を呼ぶ。
「あ、シャイナおねーちゃんだー。わーい」
スクートはシャイナの姿を認めると、グラディーラと繋いでいた手を離して駆け寄る。その元気そうな姿に、シャイナはここが王の御前である事も忘れ、テンション高く両手を広げる。
そこにスクートが思いっきり飛び込む。シャイナはスクートを抱きとめると、実に嬉しそうにぐるぐる回った。
「おー、元気そーじゃねーかちびっ子ー!」
「うん。スクート、元気になったよー。心配かけてゴメンね」
「バッカおめー謝んじゃねーよ。悪いのはこっちだっつーの。っつかガキは余計な気を使うんじゃねー」
再会を全力で喜び合う二人とは裏腹に、室内には動揺が広がっていた。
「おい、あの二人、どこから現れた?」
「何だあの女たちは……」
「魔法か?」
「転移魔法? いや、幻術か?」
「狼藉者だ。王を守れ!」
突如現れたグラディーラとスクートを警戒し、騎士たちが王の前に壁を作る。宮廷魔術師たちも、いつでも呪文を発動できるように杖を構えていた。
「あ、あの、違うんです! すみません、怪しい者じゃないです!」
瞬く間に築かれた鎧の壁に、ドーラが慌てて呼びかける。
「彼女たちが、その、伝説の勇者の武具なんです」
ドーラが説明すると、王とそれを取り囲む護衛の者たちは、一瞬呆然とした後、
再び城内が割れんばかりの大爆笑が起こった。
「これは……、何かと思えば先の冗談をまた被せてくるとは。余を笑い死にさせる気か」
笑いすぎて呼吸困難を起こしかける王。
「冗談を二回続けると、天井をドンと突くような笑いの渦が起こる、か……。よし、これを天ドンと名付けよう」
世界の新たな法則を発見したような大真面目な顔で頷く、老宮廷魔術師。
ドーラたち以外の者は、先よりも長く激しく笑い続けた。これも予想の範疇であったが、仲間を笑われるのはやはり気分の良いものではなかった。ドーラは元より、平太もシャイナも、あのスィーネやシズもあからさまに眉をつり上げている。
笑い声が鎮まるのを待ち、ドーラは改めて紹介する。
「彼女たちが、伝説の勇者の武具――剣のグラディーラと盾のスクートでございます」
その堂々たる声と態度に、笑う者こそいなかったが、明らかに胡散臭そうな視線が投げつけられた。だがグラディーラとスクートはまったく意に介さないのか、普段と変わりなく佇んでいる。
「ほう……これが伝説の剣と盾とな? 余にはただの女性にしか見えぬが」
薄く起こる笑い声に、グラディーラがフンと鼻を鳴らす。
「知らんのか? 我らは神によって創られし聖なる武具。必要とあらばこのようにヒトの形を模す事くらい造作も無い。そう言えば、五百年前も貴様のような偉そうな奴の前に立たされた事があるが、その時はもう少し我らに敬意を見せたものだぞ」
「き、貴様! 王に何たる口の利き方を!」
グラディーラの言葉遣いに、騎士の一人が声を荒げる。
「わたしが仕えるのは、わたしが認めた主のみ。人間の上下関係など知るか」
「何を……!」
「まあ良い」と王のひと言で、騎士は不満ながらも怒りを収めた。
「だが、そちたちが本当に聖なる武具という証拠はあるのか?」
「証拠?」
「ただ現れたり消えたりするだけなら、幻術なり魔法でどうとでもなる。それよりももっと明確に、そちたちが魔王を倒すために生み出された武具である事を余に見せよ」
グラディーラは少し考えると、「良かろう」と承諾した。
「だが、ここでは少々手狭なので、もっと広い場所がいいだろう。それと、これよりわたしの言う物を用意してもらおう」
グラディーラがいくらかの品物を要求すると、すぐさまそれらが集められた。そして一同は城の中庭へと移動することになった。
☽
三十分ほどで、グラディーラの要求は完璧に叶えられた。さすが王宮、何でもある。
王宮の敷地内にある兵士訓練用地に集められたのは、王宮の武器庫にある兵士たちの鎧や盾であった。さらにその背後には、防城だけでなく攻城兵器としても使える巨大な弩が運ばれて来ている。
「そちの言う通りの物をすべて用意したぞ。さあ、早う証明して見せい」
ずらりと並んだ鎧や盾を見回し、グラディーラは満足そうに頷く。
「ではこれより、わたしが如何に優れた剣であるかをお見せしよう」
言うとグラディーラは平太に目配せをする。平太はそれを受け、人垣の中からゆっくりと歩を進め、グラディーラの前へと立つ。
いきなり出張ってきた奇妙な鎧を着た濁った目の男に、観衆がコイツ何をする気だと訝しんだ。
構わず平太は右手を高々と掲げ、「来い、グラディーラ!」と大声で叫ぶと、一瞬で周囲が光に包まれた。
現れたのは、大剣だった。人々はいきなり閃光を受けた衝撃と、グラディーラが消えた驚きと、見た事も無い形状の巨大な剣の登場に、感情が追いつかないでいる。
「な、何だあの巨大な剣は……」
「剣……なのか、あれは?」
「あんな巨大な剣、振れるものか」
目が慣れ、落ち着いた者たちがそれぞれに見慣れぬ剣を評するが、グラディーラはそれに構わず平太に呼びかける。
『行くぞ』
「おう」
平太の上段斬り一発で、まず一体の鎧が縦に潰された。
ずん、という地響きとともに、大剣が兵士の甲冑一式をただの鉄の塊に変える。その圧倒的な威力に観衆が驚くよりも先に、平太は大剣を横薙ぎに払う。
壮絶な音を立てて、五体ほどの鎧が吹き飛んだ。しかもすべてがぐしゃぐしゃにひしゃげている。もしこれに中身が入っていたら、とても只では済まないだろう。
大人数人でも持ち上がりそうもない重厚な剣を軽々と振り回す平太の姿と、その人智を超えた破壊力に人々は声を忘れる。
『次だ』
「おう」
再び閃光が起こる。次に姿を現したのは、長大な刀身を持つ大太刀であった。
「剣が変わった!?」
「持ち替えたのか? だがあの巨大な剣はどこに行った!?」
「あんな細長い剣、見たことないぞ!」
一瞬で大剣が大太刀に変化したのを、奇術だ魔法だと騒いでいるうちに、平太はずらりと並んだ鎧に斬りかかる。
またも横薙ぎに一閃。涼やかな金属音が一度鳴ったかと思うと、一拍を置いてすべての鎧が胴体から真っ二つになって地面に転がった。
三度目の閃光。再び人の姿になったグラディーラは、驚き疲れた観衆に向けて淡々と言う。
「以上だ」
グラディーラが観衆に背を向け歩き出すと、平太もそれに続く。そして二人と入れ替わるように、スクートが前に出た。
「じゃあ、今度はスクートの番だねー!」
とてて、と可愛らしく訓練場の中央まで小走りで駆けると、ゆっくりこちらに向かってくるシャイナに向き直る。
「んじゃ、いっくよー」
「おう、行くぜ」
シャイナが左手を高く掲げ、にやりと笑う。
「来い、スクート!」
四度目の閃光。シャイナの左手に白銀の盾が現れると、前もって準備していた騎士が十人ほどシャイナに向かって駆け出した。
剣や斧を構えた騎士たちが、一斉にシャイナに襲いかかる。だがシャイナは不敵な笑みを保ったまま、悠然と待ち受ける。
最初に斬りかかった剣が、盾に当たって呆気なく折れた。
折れた刃先が宙を舞う中、次に斧が折れた。
そうして次々と騎士がシャイナに襲いかかるが、彼女はその攻撃をことごとく盾で受け止める。そして自身は反撃どころか剣すら抜かないが、盾で受けるだけで相手の武器は呆気ないくらい折れたり曲がったりした。
二合打ち込んだ者は、一人としていなかった。皆すべて最初の一撃で、シャイナに得物を破壊されて攻撃力を失っていた。
「よし、次!」
シャイナの号令で、騎士たちはすごすごと下がる。そしてシャイナも訓練場の端まで下がり、軽く首や肩をほぐしていると、
「本当にいいのか!?」
反対側から、大声でそう尋ねる声がした。
「構わねーよ! さっさとやってくれ!」
そう言い返すと、ためらうような気配の後、
丸太のような矢が飛んで来た。
シャイナの視線の先、訓練場の反対側には、巨大な弩が設置されていた。
矢は、それから射られたのだ。
「やるぞ、スクート」
『りょーかーい』
弛い放物線を描いてこちらに向かってくる、冗談みたいな大きさの矢に向けて、シャイナはやや斜に構えて立つ。
五度目の閃光。
光の中で、シャイナは盾を地面に突き立てる。すると、盾は見る見る大きくなり、あっという間にシャイナの倍以上の大きさになって彼女をすっぽりと隠す。
と同時に地面に突き立てた先から二股の脚が伸び、その先から杭が飛び出して地面に打ち込まれた。
固定杭で地面に固定が完了したところに、弩の矢が唸りを上げて突っ込んで来る。平太たちを除く観衆全員が、シャイナはこれで死んだと思った。
だが、矢は盾に当たった瞬間、先端からひしゃげて潰れていき、運動エネルギーを自身の破壊に消費し尽くすと、重そうな音を立てて地面に落ちた。
「次ぃっ! どんどん来い!!」
シャイナがおかわりを要求すると、慌てて次弾が装填される。そうして小さい城なら門ごと粉々になるくらいの矢が撃ち込まれたが、後に残ったのは、圧縮された矢の成れの果てたちであった。
そうして変身を解いたスクートとともにシャイナが戻って来る頃には、王を始め城の者たちの平太たちを見る目が、完全に変わっていた。
こいつら、本当にあの伝説の武具を見つけてきやがった。
それまでの嘲笑と陰謀に満ちた空気は一変し、王たちは気持ち悪いくらいの笑顔で平太たちを迎えた。
「見事。これぞ紛う方なき伝説の武具たち。ドーラ=イェームンよ、よくぞこれらを集めた。褒めて遣わす」
「ははあ」
ドーラが恭しく地面に片膝をつくと、平太たちも一応それに倣う。どうやらこれで、旅の成果を認められたようだ。
「それではボクたちは、引き続き魔王討伐の旅を――」
続けます、とこれ以上話がこじれない内にその場を退去しようとするが、
「まあ待て。そう慌てるでない。そちたちの功績を労うために、これから宴を用意させよう」
「え? いや、あの、お気遣いなく……」
「遠慮するでない。すぐに部屋も準備させよう。もちろん、貴賓室をな」
「はあ……」
呆れるほど豹変した王の態度に、ドーラたちは厭な予感を抑えきれなかった。




